貴女の為に出来る事、したい事

      後編










〜2つの想い〜





1週間後の休日。
今日は外泊許可が下り、わたくしは鈴凛ちゃんのお宅へ泊まりにいきます。

「気をつけてね、鞠絵ちゃん」

「何かあったらすぐ連絡しろよ」

「はい」

百合子さんと葵先生に見送られ、わたくしは電車へ乗り込みました。
これから数時間、わたくしは電車に揺られる事になります。

本当なら鈴凛ちゃんがお迎えに来るはずでしたが、
何でもちょっと用事があって、お迎えに来られなくなってしまったのです。
でも、わたくしの体調は大夫よくなっているので、
お迎えがなくても大丈夫だろうと、葵先生が仰ったので外泊許可が下りたのです。

「それにしても、鈴凛ちゃんの用事って一体……?」

窓の外の景色を眺めながら、わたくしは呟きました。

鈴凛ちゃんが用事があるからお迎えに来れないと電話してきたのは昨日の事でした。
昨日、わたくしが読書をしていると、鈴凛ちゃんから電話がかかってきたのです。


『あ、鞠絵ちゃん……?
 ごめんね、ちょっと用事が出来ちゃって、明日お迎えに行けれなくなったの』


その言葉を聞いた時、わたくしの中に2つの感情が芽生えました。


1つは悲しいという気持ち。
鈴凛ちゃんがお迎えに来て下さる事。
わたくしはそれを楽しみにしていました。
でも、用事の所為でそれはダメになってしまいました。
わたくしはそれが悲しい。

もう1つは申し訳ないという気持ち。
わたくしは鈴凛ちゃんのお宅に泊めて貰います。
それだけでも鈴凛ちゃんに対して申し訳ないという思いがあるのです。
それなのに、鈴凛ちゃんはお迎えに来れない事を謝ってきてくれたのです。
その事が、わたくしは本当に申し訳なく思えます。


「………鈴凛ちゃん。
 貴女は何故、わたくしにそこまでしてくれるのですか………?」


迷惑じゃないのですか?
わたくしに会いに来るだけでも時間とお金がかかるのに。


そんな疑問を抱えながら、わたくしは時間が過ぎて行くのを待ちました。





〜昏倒〜





電車とバスに揺られる事数時間。
わたくしは、目的地である鈴凛ちゃんのお宅に着きました。

鈴凛ちゃんのお宅ははじめて来たのですが、
昨日の電話の後、FAXで駅からの地図と目印などを教えて貰ったので着く事が出来ました。


ピンポーン


「………あれ?」

インターホンを押しましたが、何も返事が返ってきません。

「鈴凛ちゃんのお宅ですよね?」

『相沢』
もう1度表札を見て確認。
鈴凛ちゃんはお爺様である相沢神司お爺様のお宅に住んでいます。
この辺りで『相沢』という家はここだけしかありませんし、
何より、母屋とは別に小さな離れのようなラボがある家はここしかありません。


だからこの家が鈴凛ちゃんのお宅のはずですが………


「あら、どうしたの鞠絵ちゃん?」

「………え?」

わたくしが考え事をしていると、不意に後ろから声をかけられました。
意識が完全に思考の渦に呑まれていた為、反応が遅れましたが、わたくしは振り返りました。

「咲耶ちゃん?」

わたくしに声をかけてきた人。
その人は、わたくしの姉である咲耶ちゃんでした。

「どうしたのよ、鈴凛ちゃんの家の前で」

「え? それじゃあ、やっぱりここが鈴凛ちゃんのお宅なんですか?」

「そうよ?
 でも、それがどうしたの?」

「あ、あの……実は……」

わたくしは事情を話しました。

「ん〜……おかしいわね、
 お爺様はお仕事の都合で不在なはずだけど、鈴凛ちゃんはいるはずよ」

「でも、インターホン押しても返事がなくて………」

「寝ているのかしら?
 最近、夜遅くまで何か作っているみたいだから」

咲耶ちゃんはそんな事を言いながら玄関ドアのノブを回りました。


ガチャ、ガチャガチャ


「………鍵がかかっているわね?
 もしかして、鞠絵ちゃんのお迎えに行ったのかしら?」

「それはないと思いますけど。
 鈴凛ちゃんの方から用事でお迎えに来れないと電話がありましたから」

「う〜〜ん。
 取り敢えず、入ってみる?」

「え? どうやって?」

鍵がかかっているのに。
わたくしがそう尋ねると、咲耶ちゃんはニッコリ笑って言いました。

「実は、皆の家の合鍵持っているの♪」

バッグから取り出したのは、幾つも鍵がついた天使のキーホルダーでした。
咲耶ちゃんはその中の1つの鍵を鍵穴に挿しました。

「はい、これで入れるはずよ」

「あ、ありがとうございます」

わたくしはお礼を言うと、ノブを回してドアを開けました。

幾ら家族である鈴凛ちゃんのお宅とはいえ、
無断でお邪魔するので、何だか罪悪感を感じてしまいます。

でも、玄関を見た瞬間、わたくしのそんな思いは全て消え去ってしまいました。









何故なら………










「り、鈴凛ちゃんッ!!?」

鈴凛ちゃんが玄関で倒れていたのですから。





〜涙〜





「過労だな。
 後、睡眠不足も原因の1つだろう」

葵先生による鈴凛ちゃんの診察結果はそれでした。


あの時。
鈴凛ちゃんが倒れているのを見たわたくし達は―――
―――いえ、実際はわたくし『達』ではありませんね。
何故なら、わたくしは鈴凛ちゃんが倒れているのを見てパニックを起してしまいましたから。
あの時、救急車の手配をしたのは咲耶ちゃんなのですから。


「2、3日も休めば元気になるだろう」

「そうですか。
 ありがとうございます、葵先生」

咲耶ちゃんは頭を下げてお礼を言いました。

「いや。これも仕事だからな。
 しかし、彼女は何をしていたんだ?」

「さぁ、詳しくは………。
 ただ、何か作っているみたいで………」

「そうか。
 鞠絵くん、キミはどうだ?」

眠っている鈴凛ちゃんの手を取り、
涙で瞳を潤ませ、啜り泣きをしているわたくしに葵先生は尋ねてきました。

「…………いえ、何も」

わたくしは絞り出すように答えました。

「となると、後は本人に直接訊いてみるしかないな」

「判りました。
 お父様達には私の方から伝えます」

「それじゃ、私は仕事に戻るから」

葵先生はそう言い残すと、病室を後にしました。

「ふぅ……。
 取り敢えず、私はお父様達に連絡してくるけど、鞠絵ちゃんはどうする?」

『どうする?』
おそらく病室に戻るのか、鈴凛ちゃんの側にいるか訊いているのでしょう。
それなら、わたくしの答えは決まっています。

「…………わたくしは、鈴凛ちゃんの側にいたいです」

「そう? じゃあ、鈴凛ちゃんの事、お願いね」

「…………はい」

わたくしが答えると、咲耶ちゃんは病室を後にしました。
真白で消毒液の香りが漂う病室には、わたくしと鈴凛ちゃんだけになりました。

「…………わたくしは、嘘吐きですね」

鈴凛ちゃんを見つめたまま、わたくしは自嘲気味に呟きました。

「…………本当は鈴凛ちゃんが倒れた理由も知っているのに」


………そうです。
わたくしは、鈴凛ちゃんが倒れた理由を知っています。
何故なら、あの時、咲耶ちゃんが救急車を呼んでいる時、
一瞬だけ目を醒ました鈴凛ちゃんが、わたくしに向かってこう囁いたのです。


『……ゴメン、鞠絵…ちゃん。
 アタシ……頑張った…けど………間に合わなかった…ん……だ……』


それを聞いた時、わたくしは理解しました。





何故、鈴凛ちゃんが倒れたのか

何故、鈴凛ちゃんが過労になったのか

何故、鈴凛ちゃんが睡眠不足になったのか










それは…………










「…………鈴凛ちゃん。
 どうして貴女は、わたくしなんかの為にそこまで出来るのですか………?
 わたくし…なんかの約束の為に……倒れるまで……ぐすっ……頑張れるのですか………?」



『よしッ。今度は必ず成功してみせるねッ』

『ほら。来週、鞠絵ちゃんは外泊許可が出るでしょ?』

『それでさ。その日までに何か作ろうと思ってね』



わたくしとの約束。
それを果たそうとしていたのです。





〜病〜





「……ぐすっ…鈴凛ちゃん。
 本当に……どうして、わたくしなんかの為に………?」

判らないです。
どうして鈴凛ちゃんがわたくしなんかの為に頑張ってくれるのか。



わたくしは病弱で入院生活を送っています。
病気自体は決して治らないものではありません。
ただ、治るまでには長い時間がかかってしまうのです。
その長い間、百合子さんと葵先生にたくさんのご迷惑をかけてきました。


それだけではありません。


わたくしの入院費。
それは決して安いものではありませんし、
街から離れた高原に建つこの病院までの交通費だって同じです。
それらを払わなければいけない家族にだって、迷惑をかけてきました。





そうです。





わたくしは皆に迷惑をかけています。
病弱な為に、こんな病気を患った為に、たくさんの人に迷惑をかけています。

それなのに、鈴凛ちゃんはわたくしの為に頑張ってくれるのです。
こんな人に迷惑ばかりかけているわたくしの為に、倒れてしまうまで………



「……ぐすっ…ひっく……
 こんな……人に迷惑ばかりかけている…ぐすっ………わたくしなのに………」



わたくしはそれが判りません。
どうして鈴凛ちゃんがわたくしなんかの為にそこまでしてくれるのか。



「……それはね、アタシが鞠絵ちゃんの事好きだからだよ」


――辛そうで、
―――本当に辛そうで、
――――今にも消え去りそうで、
―――――とてもとても弱々しく、


わたくしの疑問に答えてくれる声が聞こえました。


「……り、鈴凛ちゃんッ」

瞳は涙で潤んでも、
わたくしはその人の姿を、顔を、瞳を、確かに映す事が出来ました。
そして、わたくしは鈴凛ちゃんの胸に抱きつき、涙を流しました。

「ぐすっ…よかった……
 鈴凛ちゃんが……ひっく…めを…さましてくれて……ぐすっ……」

「……鞠絵ちゃん」

本当は辛いのに
目を醒ましたばかりなのに
まだ横になっていたいはずなのに


鈴凛ちゃんは、わたくしの身体をしっかりと抱きしめてくれました。





〜この想いを貴女へ〜





「聞いてくれる、鞠絵ちゃん」

静かに、優しく鈴凛ちゃんが言う。

「…………はい」

どのくらい時間が経ったのでしょうか。
わたくしは、涙が止まり落ち着くまで鈴凛ちゃんの胸の中で泣き、
ずっとこの胸に抱えて、口に出せなかった疑問を鈴凛ちゃんに尋ねました。





何故、わたくしの為に頑張ってくれるのか。
病気の所為で人に迷惑ばかりかけているわたくしの為に、何故頑張ってくれるのか。





わたくしはそれを泣きながら尋ねました。
だけど、まだ辛いはずの鈴凛ちゃんは、わたくしの事をずっと抱きしめててくれました。

「アタシが今まで頑張ってきたのは、鞠絵ちゃんの事が好きだから。
 大好きな鞠絵ちゃんに笑顔でいて貰いたかったからなんだ」

―――優しく、
――――本当に優しく、
わたくしの傷ついた心を優しく撫でるように鈴凛ちゃんは話してくれました。

「だけど鞠絵ちゃんが見せてくれる笑顔って、
 どこか悲しそうで、辛そうな感じがして、本当の笑顔には見えなかった」

それは仮面。
わたくしが被った仮面です。


わたくしは病気の所為でたくさんの人に迷惑と心配をかけています。
だから少しでも心配させたくなくて、皆の前では『笑顔』という名の仮面を被っていました。


だけどその仮面も鈴凛ちゃんには知られていたみたいです。

「だからアタシは考えたんだ。
 どうやったら鞠絵ちゃんが本当の笑顔を見せてくれるのか………」

そしてその仮面を剥がそうと………

「・……考えて、すっごく考えてたんだ。
 だって、アタシに出来るのはメカを作る事しかないでしょ?
 それで『どうやって鞠絵ちゃんを笑わす事が出来るんだろう』って………」

『だけど』と、鈴凛ちゃんは悲しげに続けました。

「結局いい考えも浮かばないで、
 何かヒントになればって、鞠絵ちゃんに会いに行った」

それは数週間前。
何の連絡もなしに鈴凛ちゃんがお見舞いに来てくれた時の事でしょう。

「鞠絵ちゃんに会いに行くと、
 風邪の所為で満足に身体が動かせなかったでしょ?
 それで思いついたんだ、何か鞠絵ちゃんに役に立つものを作ろうって………」

「それがこのロボットですか?」

わたくしは鈴凛ちゃんから離れると、
サイドボードの脇に置いてあった、あの卵の形をしたロボットを手に取りました。

「あ、取っておいてくれたんだ」

「えぇ、鈴凛ちゃんが作って下さったものですから」

ギュッと、わたくしはその子を抱きました。

「ありがとう」

鈴凛ちゃんは嬉しそうにお礼を言うと、
今度はとても真剣な表情で続きを話してくれました。

「図面を引いて、パーツを買って、組み立てて。
 完成したらテストもしないで鞠絵ちゃんに見せに行った。
 だけど、肝心の身長を忘れていて、結局失敗しちゃった」

『えへへ』と、鈴凛ちゃんは舌をちょっと出して苦笑しました。

「それなのに、鞠絵ちゃんは誉めてくれた。
 届かないのに必死に本を取ろうとしてくれるこの子を誉めてくれた。
 そして、鞠絵ちゃんが笑顔を見せてくれた。
 あの悲しそうで辛そうな笑顔じゃなくて、本当の笑顔」

一瞬剥がれた仮面。
鈴凛ちゃんのメカのおかげで、わたくしの仮面は一瞬剥がれたのです。

「それで気付いたんだ。
 『あ、アタシのメカでも鞠絵ちゃんを笑わす事が出来るんだ。
  アタシが鞠絵ちゃんの為に出来る事、したい事はそれなんだ』って…………」

そこまで話すと、鈴凛ちゃんは嬉しそうに笑みを浮かべました。


鈴凛ちゃんがしたかった事。
わたくしに本当の笑顔をさせる事。


それが叶ったのだから。

「それでもっともっと笑って欲しくて、
 外泊許可が下りる日までにメカを作ろうとしたんだけど………」

「………倒れてしまった」

「うん。殆ど徹夜だったからね。
 おまけに結局完成できなかったし、鞠絵ちゃんを悲しませちゃったし」

先程の笑顔が一変。
鈴凛ちゃんは悲しそうに言いました。

「アタシって、本当にダメだよね。
 鞠絵ちゃんの事が好きなのに、悲しませて………ゴメンね」

悲しそうに。
本当に悲しそうに鈴凛ちゃんは謝りました。


だけど鈴凛ちゃんは何も悪くありません。
全てはわたくしの為にしてくれた事なのですから。


だから鈴凛ちゃんの姿を見るのは辛いです。
そんな悲しそうな表情をされると本当に辛いです。
辛いからこそ、わたくしは鈴凛ちゃんの身体を抱きしめ言いました。

「………謝らないで……下さい。
 わたくし……嬉しいですから、鈴凛ちゃんの気持ち。
 わたくしの為に頑張ってくれた事と、わたくしを好きと言ってくれた事が………」

嬉しい。
本当に嬉しいのです、鈴凛ちゃんの気持ちが。


こんなわたくしの為に頑張ってくれた事。
こんなわたくしを好きと言ってくれた事が。





…………だから





「………わたくしの為に無理をしないで下さい。
 わたくしの為に自分の身体を犠牲にしないで下さい。
 無理をして………また倒れて………今度は入院なんて嫌です………」


………さぁ
勇気を、今まで出せなかった勇気を出して。
いつまでも臆病なままじゃなくて、きちんと勇気を見せて。
鈴凛ちゃんの想いに答える為、伝えます。





わたくしの、この想いを………





「………わたくしの好きな人が、
 わたくしの為に倒れるのは、本当に悲しくて辛いですから………」





〜空へ夢を〜





その告白から2ヶ月。
今ではわたくしと鈴凛ちゃんの関係は恋人同士になっています。
ただ、恋人同士といっても、わたくしの身体の都合で、街中をデートなんて出来ません。
その代わり、休日は森林浴や近くの湖までのお散歩ならします。
これもわたくし達にとっては、立派なデートなのです。





だけど………





ボーン、ボーン


無情にも、午後5時を知らせる大時計の音。

この病院の面会時間は午後5時まで。
葵先生に鈴凛ちゃんが遅くなると聞かされたのが午後3時ちょっと前。
その間、約2時間の間、鈴凛ちゃんが来てくれると信じて待っていました。


でも、神様は残酷です。


「………はぁ。
 鈴凛ちゃん………わたくし、寂しいです」

わたくしは溜息をつくと、
サイドボードの脇に置いてあった、あの卵の形をしたロボットを手に取りました。


このロボットは鈴凛ちゃんがわたくしの為に作ってくれたもの。
当初の目的をあまり果たす事が出来ませんが、わたくしにはとても大切なものなのです。


そして、わたくしが寂しさを感じた時、いつもこの子に慰めて貰っています。

「………鈴凛ちゃん」

ギュッと、わたくしはその子を抱きました。


鈴凛ちゃんに会いたい。
今すぐ鈴凛ちゃんに会いたい。
会って、たくさんのお話をしたい。
この胸に抱く寂しさを消し去って欲しい。


そう思った時でした。


コンコン


「………え?」

ノック?
誰かが扉をノックしている?
いえ、扉をノックする時の音とは何か違います。
何より、扉よりも近い場所から聞こえてきます。


コンコン


またノック。
だけど扉ではない。
扉以外にノック出来る場所。



それは………



「………窓?」

そう窓しかありません。
わたくしはそう思って、窓の方を見ました。

「……え? り、鈴凛ちゃんッ!?」

一瞬、自分の目を疑いました。
何故なら、窓の外には鈴凛ちゃんの姿があったのですから。

「鈴凛ちゃん、一体どうして窓から?」

わたくしは窓を開けると、鈴凛ちゃんに尋ねました。

「え? だって面会時間過ぎちゃったし」

「だからって………」

何も窓からわたくしに話しかけなくても。
葵先生や百合子さんに頼めば、入れてくれるのに。

「まっ、いいでしょ。
 それよりさ、今すぐこっちに来れるかな?」

「え? でも………」

時刻は午後5時。
空は茜色になり、風も冷たくなってきます。
そんな状態で、風邪を引いているわたくしが外に出れる訳―――

「別に構わないぞ。
 ただし、厚着をしていくように」

―――ありました。
葵先生にお願いしてみると、簡単に許可してくれました。

「よし。行こうか、鞠絵ちゃん」

「………はい」

鈴凛ちゃんに連れられ、わたくしは外へ出ました。
10月の中旬ですが、やはり夕方だと風が冷たくなっています。
だけど鈴凛ちゃんが握ってくれている手は、鈴凛ちゃんの温もりで温かいです。

「あの、一体どこまで?」

「もうすぐだよ」

わたくしが尋ねても、鈴凛ちゃんはそう答えるだけ。
判らないまま、わたくし達は木々に囲まれた遊歩道を抜けました。
だけどその瞬間、わたくし達がどこへ向かっていたのか気付きました。

「………湖」

「そ。ここに来たかったんだ」

鈴凛ちゃんに連れて来られた場所。
それは病院の近くにある湖でした。

「でも、どうして?」

「ん? それはね、この子を飛ばしたかったからなんだ」

鈴凛ちゃんはそう言うと、
バッグから1羽の鳥を、機械で出来た鳥を出しました。

「………これは?」

「この子は『SKY』
 ほら、前に倒れた時、作っていた子」

『SKY』と呼ばれた子は、
銀色の機械で出来た鳥で、鳩程のサイズでした。

「この子がですか?」

「うん。あれから随分経つけど、改良とかしたからね」

『それと、この子の最終調整で今日は遅れたんだ』
付け足すように、鈴凛ちゃんは言いました。

「でも、どうしてこの子を?」

そこまで一生懸命に作ったんですか?
わたくしがそう尋ねると、鈴凛ちゃんは笑って答えてくれました。

「願いを、夢を空へ届ける為だよ」

「………空へ?」

「うん。空へ。
 人ってさ、空や星にお願いするでしょ?」

「えぇ」

代表的なのは七夕。
彦星と織姫へ、短冊に願い事を書いてお願いする。

「でも、人は飛べない。
 直接空へ願いや夢を届ける事は出来ない。
 だから、アタシはこの子『SKY』を作ったんだ。
 飛ぶ事が出来ないアタシ達人間に代わって、この空へ夢を届けて欲しいから」

「夢?」

「人は誰だって夢を持つでしょ?
 例えば、アタシの夢は発明家になる事。
 もうずっとずっと昔からの夢なんだ」

それは前に鈴凛ちゃんから聞かされた事があります。


発明家である神司お爺様に憧れたのがはじまり。
お爺様の真似事で玩具のようなメカを作って楽しんだ。

最初はそれだけで満足だった。
だけど、いつかお爺様のような発明家になりたいと思うようになった。


鈴凛ちゃんはそう話してくれました。

「それを叶えたいから?」

「うぅん。それもあるけどね。
 今、1番叶えたいの夢は別にあるんだ。
 でも、それはアタシの力じゃ叶えられないから」

少し寂しげに鈴凛ちゃんは言いました。

「だからこの子『SKY』に夢を空へ届けて欲しいのですか?」

「うん、そう」

鈴凛ちゃんは空を眺めながら答えました。


この無限に広がる大空へ
鈴凛ちゃんは自分では叶わない夢を届ける為に『SKY』を作った。


「それで、鈴凛ちゃんの夢って……?」

発明家になるのが鈴凛ちゃんの夢だと思っていました。
でも、先程、それ以外に1番叶えたい夢があると言いました。


それは一体……?


わたくしが尋ねると、鈴凛ちゃんは少し照れながら答えてくれました。

「それはね。
 鞠絵ちゃんと一緒に普通の生活を送りたい。
 ………アタシが1番叶えて欲しい夢はそれなんだ」

「………鈴凛ちゃん」


―――深々と、
――――雪が大地に降り注ぐように、
―――――鈴凛ちゃんの言葉の1つ1つが、
――――――わたくしの心を嬉しさで満たしていく。


「この子の右翼にはアタシの夢が書いてある
 アタシにとって、1番叶えて欲しい夢がね」

『鞠絵ちゃんと一緒に普通の生活を送りたい』
羽根を広げると、黒いマジックでそう書かれてありました。

「そして左翼にはさ、鞠絵ちゃんの夢を書いて」

「わたくしの……夢ですか?」

「うん。鞠絵ちゃんだってあるでしょ?」

鈴凛ちゃんのその言葉に、わたくしは頷いて肯定しました。


確かにあります。
わたくしがこの胸に抱く、
どうしても叶えて欲しい夢が。


「だけど、いいのですか?」

「勿論、いいに決まってるよ。
 だから書いて、鞠絵ちゃんの夢を。
 そしてさ、一緒に届けようよ、この大空に」

「はい。判りました」

わたくしはそう答えると、
鈴凛ちゃんから渡されたペンで『SKY』の左翼に夢を書きました。


わたくしがこの胸に抱く、
どうしても叶えて欲しい夢を。


「それで、何て書いたの?」

ペンを返すと、鈴凛ちゃんはそう尋ねてきました。

「えっと、秘密です」

「えぇ〜〜ッ
 いいじゃない、アタシ達恋人同士なんだからさッ」

「で、でも、恥ずかしいですからッ」

一歩。
また一歩と、わたくしは後退。

「問答無用、見せないさいッ」

だけど鈴凛ちゃんはわたくしを追ってきます。
わたくしが夢を書いた『SKY』を奪い返そうと。

「コラ〜〜〜ッ 見せなさいッ」

「だ、ダメですぅッ」

追う鈴凛ちゃんと逃げるわたくし。
だけどわたくし達は笑顔で追いかけっこをしています。

「さぁ、飛んでッ!」

鈴凛ちゃんにわたくしが書いた夢を見られる前に、
それを左翼に書いた『SKY』を大空へ向かって投げました。
『SKY』は機械で作られた自分の羽根を羽ばたかせ、空へと飛び立ちました。


飛べないわたくし達人間に代わり、
わたくし達の夢をこの無限に広がる大空へ届ける為。


「届きますよね」

「当たり前よ。
 アタシが作ったんだもん。絶対届けてくれるよ」


遥かなる高みを眺めながら
無限に広がる大空を眺めながら
夢を空へ届ける『SKY』を眺めながら


わたくし達はお互いに寄り添いました。



「………鈴凛ちゃん」

 

病気になった時から被り続けた『笑顔』という名の仮面。


皆に心配かけたくないから、
皆に少しでも心配させたくないから、


ずっとずっと被っていたけど、


もう必要ないよね?



本当の笑顔を見せる事が出来たのだから。



この人

わたくしの大切な人

わたくしが誰より愛した人

わたくしの事を愛してくれる人



その人がいるのだから。





「愛しています」





そっと、わたくし達の唇が重なりました。





〜夢の欠片を1つに〜





『鞠絵ちゃん』


誰……?
わたくしを呼ぶのは……?


『鞠絵ちゃん、起きて』


起きて?
あぁ、そうでした。
ベッドに横になっていたら眠たくなって寝てしまったのですね。


『起きて、もう夕方だよ』


「……んっ………」

ゆっくりと目を開けた。
朦朧とする意識の中、わたくしを呼ぶ、愛する人の姿を探しました。

「おはようございます、鈴凛ちゃん」

「おはよう、鞠絵ちゃん。
 ………って、もう夕方だけどね」

鈴凛ちゃんは苦笑気味に言いました。

時計を見ると、もう夕方の5時を過ぎていました。
どうやら鈴凛ちゃんを待っている内に、眠ってしまったみたいです。

「すみません。
 せっかく鈴凛ちゃんが新しいメカを見せてくれるって言って下さったのに………」

「いいよ別に。出来たのだって30分前だもん。
 『少し待ってて』とか言っておいて、全然『少し』じゃなかったアタシが悪いんだし」

鈴凛ちゃんはわたくしの事を気遣ってそう言ってくれました。
だけど、その中に気になる言葉がありました。

「あの、鈴凛ちゃん」

「ん? 何?」

「出来たのが30分前って、
 だったらその30分間は何をしていたのですか?」

鈴凛ちゃんの言葉の中で気になった事。
それは『出来たのが30分前』という言葉。

鈴凛ちゃんが作っていたメカが出来たのが30分前。
それなら、その30分間は何をしていたのか。


だけど、何となく予想はつきます。


「え? 鞠絵ちゃんの寝顔見てた☆」

「………(///)」

予想的中。
だけど、恥ずかしいです(///)

「酷いですぅ、鈴凛ちゃん。
 勝手に人の寝顔見るなんて……(///)」

「ゴメンゴメン。
 でも、鞠絵ちゃん、凄く可愛かったよ♪」

「はぅ〜〜(///)


幾ら鈴凛ちゃんが家族でも
幾ら鈴凛ちゃんが恋人でも
幾ら好きな鈴凛ちゃんでも


これは本当に恥ずかしいです(///)

「それにしてもさ。
 鞠絵ちゃん、凄く気持ちよさそうだったけど、何かいい夢でも見たの?」

クスクス笑いながら、鈴凛ちゃんはそう尋ねてきました。

「えぇ。とてもいい夢を」

本当にいい夢を見ていました。

「へぇ、どんな夢?」

「鈴凛ちゃんに告白した日や、
 わたくし達の夢を『SKY』に託して空へ飛ばした日の夢ですよ」

「あの日の夢かぁ。
 ホント懐かしいね、もうあれから2ヶ月経つんだよね」

そうです。
『SKY』を空へ飛ばしてもう2ヶ月経ちます。

「………2ヶ月。
 何だかアタシの夢が叶うのに意外とかからなかったね」

「うふっ、そうですね」

鈴凛ちゃんの夢。
それは『わたくしと一緒に普通の生活を送りたい』というもの。
この2ヶ月、葵先生の治療の甲斐あって、わたくしは晴れて退院しました。
まだ油断出来ませんが、もう病気で人に迷惑をかけないでいいのです。

「それに、年明けから鈴凛ちゃんと一緒に住めますしね。
 あの『SKY』って、本当にわたくし達の夢を空へ届けてくれたんですね」

「当たり前よ、アタシが作ったんだから」

わたくしが『SKY』の事を誉めると、鈴凛ちゃんは誇らしげに言いました。


わたくしが退院して2ヶ月。
その間、帰国した小夜叔母様と一緒に暮らしていました。
でも、小夜叔母様――わたくし達の家系――は、お仕事の都合で家を空ける事が多いのです。
それで、小夜叔母様と相談して、神司お爺様――鈴凛ちゃんの家で住む事になったのです。


「それでは、新しい子の方も自信ありますか?」

「もっちろ〜〜ん♪
 今度の子はね、凄く性能がいいんだから。
 きっと、鞠絵ちゃんも驚くと思うよ」

鈴凛ちゃんはそう言うと、
わたくしの手を引いて、その子が置いてあるラボへ向かいました。

「それにしてもさ。
 鞠絵ちゃんの夢って、結局教えてくれなかったね」

思い出すように鈴凛ちゃんが言いました。

わたくし達の夢を『SKY』に託して空へ届けましたが、
実は、鈴凛ちゃんには1度もわたくしの夢を話した事はありません。

「だって、秘密ですから」

訊かれると、いつもそう答えます。
少し恥ずかしいのも理由の1つですが、敢えて言う必要がないからなのかもしれません。










だって…………










「うぅ〜〜
 せめてヒントだけでも」

「ヒントですか?
 そうですね、わたくしの夢はもう叶っています」

「え!? 嘘!?」

わたくしの夢。
それはもう叶っていますから。

「うふっ、本当ですよ♪」

 

……夢。


それは誰もが持つ願い。
誰もが胸に抱く純粋な願い。
人の数だけ存在する数多の願い。



勿論、わたくしにも夢があります。




貴女がわたくしを愛してくれた日から、

貴女がわたくしの仮面を取ってくれた日から、

貴女とわたくしの想いが1つに結ばれた日から、



わたくしが心に抱きはじめた夢が………。



「うぅ〜〜
 全然判らない、お願い教えて」

「ダメですよ♪」

「お願い〜〜、鞠絵ちゃん」

「だ〜〜め♪」
 

何気ない会話。
裏表のない笑顔。
愛する人との生活。


人には当たり前の事だけど、
わたくしには、本当に掛け替えのない大切な大切な夢の欠片。





その欠片を1つに。
散らばった欠片を1つに。
小さな夢の欠片を大きな夢へ。





「うぅ〜〜、いいよ。
 自分で考えて、ぜっっったい当てるからッ!」

「うふっ、楽しみにしていますよ♪」








 

『いつまでも鈴凛ちゃんと一緒にいられますように』


それが、わたくしの夢。
たくさんの欠片を1つにした夢。
わたくしが『SKY』に託した夢なのです。










FIN


作者のあとがき

チェキチェキ、影葉デス。


この『貴女の為に出来る事、したい事』は、
ミニSSのネタ不足の時、なりゅー様に“まりりん”をリクエストされたのがはじまりでした。

ただ、最初は6話程の予定していたのデスが、
気付けばストーリーが膨れ上がったり、鞠絵や鈴凛が勝手に動いたりして14話まで増えました(苦笑


テーマは『自分が出来る事としたい事』
鞠絵に偽りの笑顔、『仮面』を取って本当の笑顔を見せて欲しく、
鈴凛がその為に、自分が出来る事としたい事をひたすら頑張っていく、というものでした。


…………が、


書いている内にストーリーが膨れ上がったり、
鞠絵や鈴凛が勝手に動いたりして、2人の夢とかが加わったりしました。

おまけに“はるまり”SS『星に願いを』と似ているし、
何より『Kanon』・『AIR』・『ラブひな』で使われたネタが満載だし(苦笑


なりゅーの感想

まさか、なりゅーの何気ない一言から、この作品の作者である影葉さん日記内で連載してしまい、
そしてこんな長編モノとなってしまい、まりりん好きのなりゅーとしてはいい事尽くしな作品でした(笑)
一言で感想を述べるなら「素晴らしい」としか言えません。

この話のまりりん像は、実はなりゅーのイメージするまりりんイメージとかなり重なるんですよね(笑)
特に鈴凛が鞠絵の笑顔の為にがんばることとかが。
だから、より一層この話に対していい印象を受けました。

鞠絵の愛読書が『マリア様がみてる』だったことや、“卵メイドメカ”の「届かない・・・」など細かいところで笑えたり、
鈴凛が倒れるなどの事件的な急展開があり目が離せなくなったり、
鞠絵が鈴凛の倒れた理由について知らないと嘘を吐くシーン、そう言う“人の弱い部分”を見事に描けていたり、
中揃えになっている部分、特に『もう必要ないよね?』の部分で大きな感動を覚えたり、
とにかく全体的に見て、すべてが上手く書けていて、そして本当にいいものだと思える作品でした。

こんな素晴らしいまりりん作品を作ってくださって、影葉さん、本当にありがとうございました。

ちなみに『Air』とかのネタは分からなかったので、だからより楽しめました(笑)








 

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