貴女の為に出来る事、したい事

      前編










とある休日。
わたくしは、ミカエルを連れてある場所へ向かっています。

時刻は午前11時40分。
少し急がないと間に合わないかもしれません。
余裕を持って家を出たけど、商店街で買い物をした時、お店の人と話し込んだのが悪かったみたい。

長い入院生活で衰えた身体だと辛いですけど、
時間に間に合う為に、少し無理をして小走りで目的地へ向かう事にしました。

「はぁ……はぁ……んっ」

ある程度予想はしていたけど、ここまで自分に体力がないとは思ってもみませんでした。
少し走っただけで息は上がり、両足・両膝が悲鳴を上げています。
側にいるミカエルも心配そうにわたくしの事を見ています。

「ふぅ……大丈夫よ、ミカエル。
 だいぶ落ち着いてきたから、心配しないで」

息を整えると、心配そうにわたくしの事を見ているミカエルを優しく撫でた。

「それに、もう目の前だから」

無理をして走った甲斐もあり、時間通りに目的地へ着く事が出来ました。
改めて深呼吸をすると、インターホンを押した。

『は〜〜い。どちら様ですか?』

暫く待つと、スピーカーから女の子の声が聞こえてきました。
その声を聞いた瞬間、わたくしは嬉しくなってきました。

「こんちには、鈴凛ちゃん。鞠絵です」

『あ、鞠絵ちゃん?
 待ってて、今開けるから』

………そう
わたくしの目的地であるこの家は鈴凛ちゃんの住む家なのです。

「いらっしゃい、鞠絵ちゃん」

「お邪魔します」

玄関の扉を開けた鈴凛ちゃんは、
油で汚れたツナギのズボンと黒のキャミソール姿でわたくしを迎え入えてくれました。
勿論、顔や両腕も油で汚れています。

「でも、どうして態々インターホン押したの?
 確かここの合鍵、鞠絵ちゃんに渡したよね?」

鈴凛ちゃんの言う通り、わたくしはここの合鍵を持っています。
何故わたくしが鈴凛ちゃんの家の合鍵を持っているかというと、咲耶ちゃんに頼まれたからです。

鈴凛ちゃんは機械の事になると、他の事は二の次になる事が多く、
食事はよく抜くし、睡眠時間も削るし、場合によっては徹夜なんて事も………

それで、前に1度倒れた事があって、
その時、わたくしと咲耶ちゃんが救急車を呼んで大事には至りませんでしたが、
それ以来、咲耶ちゃんに鈴凛ちゃんの事を任されたという訳です。

「はい、今も持っていますよ」

「え? じゃあ何で?」

「ふふっ、だって、合鍵を使って入るより、
 大好きな鈴凛ちゃんに迎え入れられた方がいいじゃないですか」

わたくしがそう言うと、鈴凛ちゃんは顔を赤くした。

実は、わたくしと鈴凛ちゃんは恋人同士なのです。
たぶん、その事を咲耶ちゃんは知っているから、わたくしに鈴凛ちゃんの事を任せたのだと思います。

「ところで鈴凛ちゃん」

「え? な、何?」

「もうすぐお昼ですが、昼食は済ませましたか?」

時計を見ると11時50分。
もうお昼時でした。

「え? もうお昼なの?」

「その様子だと、まだみたいですね」

「というか、朝も何も食べてなかったわ」

その言葉を聞いて、少し頭が痛くなりました。

「はぁ……
 そんな事だと、また倒れますよ?」

わたくしがそう言うと、鈴凛ちゃんは「あ、あはは……」なんて苦笑いして誤魔化しました。

「待ってて下さいね。
 今から用意しますから」

わたくしはそう言うと、キッチンへ向かいました。

鈴凛ちゃんの性格なら、1度機械弄りをはじめるとご飯を食べない事が多い。
だから休日は、わたくしが鈴凛ちゃんの家に来てご飯を用意しているのです。

「いつもゴメンネ、鞠絵ちゃん」

「いいですよ。
 わたくしだって、好きでやっているのですから」

わたくしは鈴凛ちゃんに微笑むと、
先程商店街で買ってきた食材をテーブルの上に広げて、料理をはじめました。





〜2人の料理〜





「ふぅ……お腹いっぱい」

その言葉通り、鈴凛ちゃんは満足したみたいです。
でも、幾ら朝食を抜いたからって、4人分もお代わりするとは思ってもみませんでした。

「それにしても、鞠絵ちゃんの料理は美味しいね」

「そうですか?
 そう言って貰えると頑張った甲斐があります」

やっぱり、料理を作る側としては、
食べてくれた人に「美味しい」と言って貰える事が1番嬉しいです。


それが、恋人なら尚更………


「それに比べてアタシなんて、簡単なものしか作れないし」

「でも、鈴凛ちゃんの料理も美味しいですよ?」

「そうかな?
 でも、やっぱり鞠絵ちゃんみたいな家庭料理が作りたいなぁ」

鈴凛ちゃんの料理はサンドイッチやホットドック、パスタ類が多い。
簡単に作れるものだけど、味の方は白雪ちゃんの保証済みです。

「鈴凛ちゃんだって練習すれば作れますよ?」

「あはは、だけど練習するより機械弄っていそう」

「ふふっ、そうですね」

鈴凛ちゃんの性格なら、料理よりも機械弄りの方を取りますね。
それに、鈴凛ちゃんは包丁を持つよりスパナとかいった工具を持っている方が似合っていますし。

「でも、鞠絵ちゃんが先生なら練習するだろうなぁ」

「それなら、今日の夕飯は一緒に作りますか?」

「え? ホント!?」

「はい。今日の夕飯はハンバーグにするつもりなんです。
 ハンバーグなら比較的に簡単ですから、鈴凛ちゃんならすぐにマスター出来るはずですよ」

和食の煮物系は調味料や火加減が難しいけど、
ハンバーグなら空気をきちんと抜いて、火加減さえ気をつければ後は簡単ですからね。

「じゃあ、宜しくね、鞠絵ちゃん」

「はい。任せて下さい」

ふふっ、これで今日の夕飯の準備が更に楽しくなりそうです。

「それじゃあ、食器を洗いますからさげて下さい」

「うん。了解」





〜眠り姫〜





「そういえば、鈴凛ちゃん」

「ん? 何?」

昼食の後片付けも終わり、今は鈴凛ちゃんのお部屋でお茶を楽しんでいます。
そんな時、不意に疑問に思った事を鈴凛ちゃんに尋ねてみました。

「今、どういった物を作っているのですか?」

「どういった物って……あぁ、メカの事?」

「はい。そうです」

わたくしがここに来た時、鈴凛ちゃんはメカを作っていました。
そのメカを作るのに夢中になって、時間が経つのを忘れていました。
そして、鈴凛ちゃんが何を作るのに夢中になったのか、少し気になったのです。

「ん〜………
 口で説明するより、見てもらった方がいいかな?
 でも、調節とかでちょっと時間がかかりそうだから、少し待ってて」

「はい。判りました」

「ごめんね」

鈴凛ちゃんはそう言うと、部屋を出て行きました。
たぶん、行き先は母屋の隣にある鈴凛ちゃんのラボでしょう。
鈴凛ちゃんはいつもそこでメカを作ったり、色々な研究をしています。
今まで作ったメカも、基本的にはそこに保管していますからね。


ただ、わたくしが先日尋ねた時は、足の踏み場もありませんでしたが。
ちなみに、整理整頓や掃除はわたくしがしました。


「………暇ですね」

大好きな鈴凛ちゃんを待つ事は苦痛ではありません。
だけどわたくしだって人ですから、何もする事がないと暇に感じます。


ばふッ


そんな音と共に、わたくしの身体はベッドに沈みました。
服から出た素肌からシーツの肌触りが伝わってきます。

「…………このベッドで鈴凛ちゃんが休むのですね」

わたくしは枕を抱いて、大きく深呼吸をしました。

「…………鈴凛ちゃんの匂いがする」

実際に鈴凛ちゃんの匂いがする訳ではありません。
でも、何故かそんな感じがします。
そして、何だかとても心が安らいで、とても落ち着きます。

「…………なんだか、眠たくなりましたね」

ぽかぽかとした陽気の所為か、
それとも鈴凛ちゃんのベッドに横になって心が安らいでいるからかもしれません。
もしかしたらその両方が原因かも。

「んっ……ふぁ……」


だんだんと睡魔が襲い、ついに意識を夢の世界へ委ねました。





〜約束〜





『鞠絵ちゃん』


誰……?
わたくしを呼ぶのは……?


『鞠絵ちゃん、起きて』


起きて?
あぁ、そうでした。
ベッドに横になっていたら眠たくなって寝てしまったのですね。


『起きて、診察のお時間ですよ』


「……んっ………」

ゆっくりと目を開けた。
朦朧とする意識の中、わたくしは辺りを見回しました。


純白で統一された壁紙。
その壁を飾る1枚の絵画。
掛けられた可愛らしい帽子。
窓には白いレースのカーテン。
種類豊富な本が収められた本棚。
サイドテーブルには小奇麗な花瓶。
その中にはピンクの薔薇などの花束。





そして…………





「………百合子さん………葵先生……?」

昔からわたくしのお世話をしてくれた百合子さん。
現在わたくしの主治医である葵先生。
その2人が瞳に映りました。

「おはよう。
 いや、時間的には『こんにちは』だな」

「え……?」

葵先生の言葉に驚いて、わたくしは時計を見ました。

午後2時53分
それが時計が示した現在の時刻。

「身体と脳を休めるのは構わないが、ちょっと寝過ぎだな」

……確かに。
記憶が少し曖昧ですが、朝の10時頃以降の記憶がありません。
たぶん、その時から寝てしまったと思うから、4時間も寝ていた事になります。

「何より、食事をとらないのがマズイ。
 唯でさえキミは小食なのに、そんな事だと、治るものも治らないぞ」

葵先生はそう言うと、食事の乗ったトレイをテーブルの上に置いてくれました。

「一応持ってきたが、どうだ?」

「………スミマセン。
 食欲の方は、あまり………」

元々小食なのに加え、寝起きはあまり物を口にしたいと思えません。
それに、気味だった風邪が本格的になってきた所為で食欲が殆ど皆無になっています。

「そう言うだろうと思った」

その事が判っている葵先生は、それ程気にしない様子でした。

「でも、一応何か口にした方がいいわよ?」

百合子さんが差し出してくれたのは、ヨーグルトでした。
よく見ると、ただのヨーグルトじゃなくて、りんごを小さく切ったものが入っていました。

「ありがとうございます」

一言お礼を言って、スプーンでヨーグルトを掬って口に運びました。
ヨーグルト独特の酸味とりんごの甘味が口の中に広がりました。

固形物はあまり食べる気がしませんが、これなら少しは食べれそうです。


「そうそう、鞠絵くん」

「はい? 何ですか?」

ヨーグルトを半分程食べ終わった時、不意に葵先生が話しかけてきました。

「今日、鈴凛くんが来る事になっていただろ?」

「はい」

今日は休日で、鈴凛ちゃんがお見舞いに来てくれる日です。
普段は学校に行っている鈴凛ちゃんが来てくれる唯一の日が休日だけ。


今日は何をお話しようか
今日はどこをお散歩へ行こうか
今日はどんなメカを見せてくれるのか


わたくしは、それがとても楽しみで、いつも休日が待ち遠しいのですが………

「さっき電話があって、
 今日は遅れるか、最悪来れないかもしれないらしい」

「………え?」


今なんて?
鈴凛ちゃんが遅れる?
最悪、来れないかもしれない?


「詳しくは聞いてないが、何か用事があるらしい。
 そして、『約束が守れなくてゴメン』というメッセージを預かっている」

「…………」

「ショックかもしれないが、彼女にも用事があるんだ。
 何より、キミの我侭で彼女を束縛する訳にはいかないだろ?」

「………はい。
 それは判っています」

わたくしには、いえ。
人には、人の行動を制限したり束縛する権利はないのです。
だから鈴凛ちゃんが用事で来れないのなら、それは仕方ない事。
わたくしが我侭を言って、今すぐ来て貰うなんて事出来る訳がありません。





でも………





わたくしの心は悲しみで染まっています。

「そう気を落とすな。
 何も一生来ない訳じゃない。
 幸い、明日も祝日で休みなんだ。
 今日の分、明日はしっかり楽しめばいいだろ?」

わたくしの気持ちが判ったのか、葵先生はそう言ってくれました。

「……はい」

「だったら今日は大人しく休んだ方がいいだろ。
 無理をして、風邪を悪化させたら明日も会えなくなる」

葵先生はわたくしが今日という日を、
鈴凛ちゃんと会える日をどんなに楽しみにしているのか知っています。
だから葵先生には珍しく、ここまでわたくしの事を気遣ってくれているのでしょう。









でも…………









「じゃあ、私達は行くな」

「ゆっくり休んでね」


私の悲しみは、どんなに慰められても消える事はありません。





〜お見舞い〜





わたくしが鈴凛ちゃんの事を意識するようになったのは、2ヶ月程前の事でした。


<2ヶ月程前>


「こんちには、鞠絵ちゃん」

その日、不意に鈴凛ちゃんがわたくしのお見舞いに来てくれました。
それまであまりお見舞いに来てくれなかったのに、その日は来てくれたのです。

「こんちには、鈴凛ちゃん。
 でも珍しいですね、鈴凛ちゃんが来てくれるなんて」

鈴凛ちゃんはメカの発明とかで、
休日はパーツを買いに行くのと、わたくし達姉妹で遊びに行く以外殆ど家に篭っています。
だから、片道数時間かかるこの病院まで足を運んでくれた事にとても驚きました。

「うん。自分でも不思議。
 何だか今日はメカを弄るより、鞠絵ちゃんの顔が見たくなったんだ」

「わたくしの………顔、ですか?」

「うん。鞠絵ちゃんの顔をね」

鈴凛ちゃんはそう言うと、バッグを床に下ろして、近くにあった椅子に座りました。

「調子はどう?」

「病気自体の方は徐々にですが、よくなっているみたいです。
 この調子だと後数ヶ月程で自宅療養に移れると、葵先生は仰っていました」

それは、つい先日の事。
葵先生が診察の時、


『良好だな。
 この調子でいけば、後数ヶ月で自宅療養に移れそうだ』


と、仰ってくれたのです。

「ホント?
 よかったね、鞠絵ちゃん」

「えぇ。でも、今はちょっと熱があって、思うように動けないんですが」

わたくしは苦笑気味に言いました。

せっかく病気の方はよくなっているというのに、今、わたくしは風邪で寝込んでいます。
どうやら3日前、ミカエルのシャンプーの時に水を被ったのが悪かったみたいです。
今は落ち着いて、話を出来るぐらいに回復はしましたが、横になっていないと辛いです。

「そっか……
 それじゃあ、本も読めないね」

「いえ。本は読めますが、それを取りに行くのがちょっと………」

1番熱の高かった昨日は本を読む事は出来ませんでしたけど、
熱もだいぶ下がってきた今なら本を読む事は出来ます。
でも、その本が仕舞われている本棚まで歩く事すら出来ないので、結局読めません。

「う〜〜ん。
 動けないと辛いよね」

……と、わたくしの話を聞いていた鈴凛ちゃんは、
不意にブツブツと呟きながら何か考え事をはじめました。

「よし、決めた」

思考の旅に出た鈴凛ちゃんが帰って来たのは、10分後の事でした。

「鞠絵ちゃん」

「はい?」

「今度、何かいいもの作ってきてあげる♪」

「………え?」

「鞠絵ちゃんがベッドから動かずに、物を持ってきてくれるようなメカ。
 そうすれば、鞠絵ちゃんも楽でしょ?」

「え、えぇ。まぁ……」

それに、百合子さんの手を煩わせる事もなくなるでしょう。
本当にそんなメカがあれば。

「だからアタシが作ってきてあげる。
 よし。膳は急げ、帰って図面を引くから、アタシ帰るねッ!」

鈴凛ちゃんはそう意気込むと、急いで部屋を出て行きました。
部屋には、何が何だか判らず困惑するわたくしと、ぐっすりとお昼寝をしているミカエルだけ。

「………一体、何だったのでしょう?」





〜失敗、でも笑顔〜





本当に、何だったのでしょうか?



何も連絡なく来て、急に帰る。
本当に鈴凛ちゃんの行動は不思議でした。

不思議でしたが、何だか嬉しかったです。
態々時間をかけて、わたくしに会いに来てくれた事が。
それが数十分の間だったとしても、わたくしは嬉しかったです。









だから………










「………また、来てくれますよね?」

また、鈴凛ちゃんに会いたい。
今度はもっともっと、たくさんのお話をしたい。
鈴凛ちゃんが作ってきてくれると言っていたメカを見てみたい。





わたくしは、鈴凛ちゃんに会いたいのです。





わたくしのその願いが叶ったのは、数日後の事でした。


「鈴凛ちゃん、こんにちは」

昼食を終えて2時間。
部屋で読書をしていると、鈴凛ちゃんが尋ねて来てくれました。

「こんにちは、鞠絵ちゃん。
 どう、風邪は治った?」

「えぇ。お薬が効いたみたいで」

また少し身体がだるくて咳は出ますが、
1番症状が酷かった時と比べると、本当に楽になりました。

わたくしがその事を言うと、鈴凛ちゃんも嬉しそうでした。

「あ、そうだ。
 コレ、この前言ってたメカ、作ってみたんだ」

鈴凛ちゃんはそう言って、大きなスポーツバッグをテーブルの上に置きました。


ただ、置く時に『ゴンッ』なんて音がしましたが大丈夫なのでしょうか?


わたくしがそんな事を思っていると、鈴凛ちゃんはバッグの口を開けました。
その中に入っていたのは、大きな卵に手足やアンテナがついたようなロボットでした。

「どう? 可愛いでしょ?
 アタシ特製の、鞠絵ちゃん専用メイドロボよッ」

「め、メイドですか?」

本や小物とかを持って来てくれるメカ。
鈴凛ちゃんはそう言っていましたが、何時の間にメイドになったのでしょうか?

「そっ、メイドさん。
 鞠絵ちゃんが今欲しいものとかを入力すれば取ってきてくれるんだ」

どうやら『メイド』と名前がついていても、
性能は最初に言っていた事と何ら変わりないという事ですね。

「よし。それじゃあテストね」

「え? もしかして1度もしていなかったのですか?」

「うん。だってこの子、今朝出来たんだもん。
 それからテスト云々なんてしてたら、来るのが遅くなるじゃない」

それに、徹夜で作っていた所為で妙にテンションが高くなっていて、
完成と同時に大喜びして、早くわたくしに会いに行きたかった、と続けました。

「取り敢えずテストね。
 鞠絵ちゃん、何か持ってきて欲しいものない?」

「そうですね。
 では、本棚にのこシリーズの本があるのでそれを」

鈴凛ちゃんに、わたくしが読み終えた本を手渡しました。

「えっと……『マリア様がみてる』ね」

「はい。わたくしの好きな本なんです」

「うん。判った」

鈴凛ちゃんはそう答えると、
ロボットと繋がったキーボードを使って、何か打ち込んでいます。

「よし、これでオッケー。
 後はこのスイッチを、ポチっと」


カタッ テクテクテクテク


鈴凛ちゃんがスイッチを押すと、
ロボットは立ち上がり、本棚の方へ歩き出しました。

「凄いですね。
 動いてますよ、鈴凛ちゃん」

「当たり前よ。
 何て言ったって、このアタシが作ったんだもんッ」

いちにいちに。
まるで行進のような動きで、思いの他性能のいいロボットに、
わたくしは勿論の事、作った本人である鈴凛ちゃんもはしゃいでいます。





このロボットの最大の欠点に気付かずに。





それに気付いたのは、ロボットが本棚の目の前に着いた時でした。

「………あの、鈴凛ちゃん」

「………何、鞠絵ちゃん」

わたくしと鈴凛ちゃんは、
今、目の前で起こっている出来事に唖然としています。

「………もしかして、届かないんじゃないんですか?」

「………それは言わないで」

わたくしの言葉に、鈴凛ちゃんは頭を抱えています。


………そうです。
あれだけ順調に動いていたロボットなのですが、最大の欠点が判明しました。
それは、わたくしが頼んだ本が仕舞われている段に、ロボットが届かないという事。


ロボットの背丈は、幼稚園に通う子供と同じか少し小さいぐらい。
それに対して本棚の1番上の段は、ちょうどわたくしの目線と同じ高さにあるのです。

当然、届く訳ありません。
おまけに胴体に比べて手足は短いので、椅子に登るという事も出来ません。

「うぅ……本棚の高さを考えてなかった」

後悔しても、既に後の祭り。
鈴凛ちゃんが作ったロボットは、必死に短い手足を伸ばして本を取ろうとしています。

「ゴメンね、鞠絵ちゃん。
 全然役に立たないもの作って……」

「いいえ。そんな事ないですよ。
 確かに本は取って来れませんでしたが、これはこれで面白いですよ」

短い手足を必死に伸ばしたり、
その場でピョンピョンと、飛んで本を取ろうとしている姿。

それが何だか可愛らしくて、自然に口元が緩んできます。

「それに結果が全てではないんです。
 どんな結果になろうと、その過程で必死になれればいいと思います。
 今、本棚の前で必死に頑張っているあの子みたいに」

例え失敗しても、その過程でどんなに必死になれたか。
何かをやり遂げる上で、それが1番大切だとわたくしは思います。

「……うん。そうだね。
 よしッ。今度は必ず成功してみせるねッ」

『先程の失敗を次の成功へ。
 今度は必ず成功させて、鞠絵ちゃんを喜ばせたい』

鈴凛ちゃんの笑顔にそんな意気込みが感じられます。
だから、わたくしは笑顔で答えました。


「はい。期待しています」





〜疑問〜





メイドロボットの一件から、
鈴凛ちゃんは休みの日は必ずわたくしのお見舞いに来てくれます。
お昼過ぎに来て、夕方の4時ぐらいに帰ります。
その間、約3時間と短い時間ですが、わたくしにとっては掛け替えのない時間。
何より、鈴凛ちゃんが態々来てくれた事がとても嬉しいのです。


嬉からこそ、わたくしは不安なのです。


「どうしたの?
 何だか元気がないけど………」

「いえ。大丈夫ですよ。
 ただ、ちょっと眠たくて……」

………嘘。
本当は不安を抱えているから元気が出ないだけ。
だけどその不安を口に出す勇気は今の私にありません。

「そう?
 鞠絵ちゃん、病気なんだからゆっくり寝ないと」

「それなら鈴凛ちゃんもですよ?
 目の下に隈があるじゃないですか」

よく見ると、鈴凛ちゃんの目の下には薄っすらと隈が出来ています。

「え? あ、あははは。
 実はここ最近、ずっと徹夜なんだよね」

「笑い事じゃないですよ」

苦笑する鈴凛ちゃんに、わたくしは頭を抱えました。

「ほら。来週、鞠絵ちゃんは外泊許可が出るでしょ?」

「えぇ」

来週は待ちに待った外泊許可が下りる日です。
その日だけは皆が住む街に行く事が出来、わたくしはとても楽しみにしています。
前回の時は体調が優れなくて結局許可が下りませんでしたが、今回は大丈夫そうなのです。

「それでさ。その日までに何か作ろうと思ってね」

「そんな。わたくしなんかに、そんな気遣いしなくても………
 唯でさえ、その日は泊めて頂けるのに………」

小夜叔母様がお仕事の都合で日本にいない今、わたくしには帰る家がありません。
だから外泊許可が下りた日は、他の皆――大抵、美緒叔母様――のお宅に泊めて貰っています。
ですが、今回は鈴凛ちゃんが泊めて下さると言ってきたのです。
それだけでも充分迷惑をかけたと思っていたのに、そんな気遣いまでされては………

「いいのいいの。
 アタシがしたくてやっている事だから」

鈴凛ちゃんは笑顔でそう言ってくれます。
だけど、そんな笑顔を見せられると、わたくしの心は痛みます。
そこまでしてくれる鈴凛ちゃんに申し訳なくて。

「さて………
 ごめんね、そろそろ帰らないと電車がないや」

時刻は午後4時少し前。
普段、鈴凛ちゃんが帰る時間です。

「ホントごめんね。
 もっともっと、お話出来たらいいんだけど」

「そんな事ありませんよ。
 わたくし、鈴凛ちゃんが来て下さるだけでも嬉しいのですから」

例え、それが1時間でも。
それ以下でも、鈴凛ちゃんが来て下さるのですから。

「それに、せっかくの休日をわたくし何かの為に無駄にしてしまっていますし」

ここ最近、休日になると鈴凛ちゃんは必ずお見舞いに来てくれます。
それに、ここは鈴凛ちゃん達が住む街から片道数時間かかります。
その時間だけでも、勿体無いのに鈴凛ちゃんは来て下さるのです。










だから…………










「無駄じゃないよ。
 鞠絵ちゃんと過ごす時間は無駄じゃないよ」

鈴凛ちゃんのその優しさが、私には不安なのです。

「それじゃあ、また来週ね」

鈴凛ちゃんはそう言うと、病室を出て行きました。


結局、わたくしは訊けなかった。
わたくしが抱えている不安と疑問を、勇気がなかったから。


「………どうして。
 鈴凛ちゃん、どうして貴女はそこまでしてくれるのですか?」

こんなわたくし何かの為に………?


その疑問に答えてくれる人は、もういません。





 

 

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