いくつねむれば






右脇に抱えた、たった一人の“友人”の手を握り締める。

(…ねぇ、ウサギくん………。
 …………ちか……どこか、おかしくなっちゃったのかな…………?)

物言わぬ彼は、そのビー玉のような瞳に、千影の暗い表情を反射させた。
どきどきどき、どきどきどきどき。
先程から、耳を衝く心臓の音が、小さな体を蝕んでいく。
とても耐えられそうにない重みに、千影は顔を歪めた。

千影は鈴凛が苦手であった。
口数が少なく、兄妹にもあまり溶け込んでいない
――と、鈴凛は思っているらしい。当人は気にしていないのだが――
千影に、ちょこちょこと付いてまわってくるのだ。
既に自分と他人の距離を悟りつつあった千影にとっては、欝陶しい存在であった。

彼女は、機械や科学といったものを好んでいるようだった。
そして、千影の行う占術や呪(まじな)い事もそれの一端だと思っているようで、
それらを行う千影の手元を興味深そうに覗き込みながら、
『それはどういう仕組みなの?』だとか、『今のは何がどうしたの?』だとか、
下らない質問を矢継ぎ早に投げ掛けてくる。
そのお陰で、彼女が傍に居ると全く集中出来ないのだ。
何度『これはキミの思っているような仕組みはない』と説明したところで、
彼女はどうしても納得がいかないらしい。
彼女の好むものとは、絶対に相入れないだろうに。

そして今、久方振りに一人に戻れた。
愛した筈の静寂が、悲しい色へと変化していた。
どうして今日に限って、彼女は姿を現さないのだろう?
無意識に窓の外へ眼を巡らせて、彼女を探していた。

ふと目の前を、プロペラの音がよぎった。
見ると、庭の中央に帽子をかぶった兄の姿を捉える。
彼がラジコンを操作しているようだった。
その横で、鈴凛が笑っていた。
大きな瞳を輝かせ、空駆けるラジコンを追いかけている。
兄がラジコンの飛行機を着地させると、勇んで駆け寄ってつまづいた。
千影は思わず身を乗り出す。涙ぐむ鈴凛に、兄が慌てた様子で駆け寄る。
頭を撫でても涙を止めない鈴凛に、兄は頭を掻き掻きリモコンを握らせる。
途端に顔中を赤くして立ち上がり、兄を窺いながらリモコンを握りしめた。

赤地に白いラインが引かれた飛行機が、小さくブゥンと唸り、空を飛んだ。
それは、空の色にくっきりと存在感を示しながら飛んだ。
目と口を限界まで開けきって、ただ飛行機を追う鈴凛の視線。
きっと、今の彼女の頭の中には、飛行機だけが存在しているに違いなかった。

鈴凛が千影の元を訪れる回数は、緩やかに、しかし確実に減っていった。
1日おきになり、2日おきになり、1週間が過ぎ、10日が過ぎた。
千影は繋ぎ止める術を探せずに、『何の仕組みもない』と否定するしか出来ない。

ある晴れた春の日、鈴凛はいつものように頬杖をつきながら、ぽつりと言った。

「ちかげねぇは、リンがそばに居ると、ジャマ?」

本当に否定しなければいけないところで、うまく言葉が出てこない。
無言を肯定と受け取ったらしい鈴凛は、椅子からピョンと飛び降りた。

「こないだね、アニキがヒコーキくれたの。こんど、ちかげねぇにも見せに来て…いい?」

「…あぁ………キミの気が向いたら……いつでもおいで………。」

そう言うと、少しだけ鈴凛が笑った。素直に、瞳だけは悲しそうにしていた。

「ゴメンね、ジャマして。」

木製の扉が、きぃと音を立てて閉まった。

次に彼女がこの扉を開けるのは、いつになるだろう?
明日、明後日…、いや、おそらくもっと先だろう。何度も眠らなくてはいけない。
その途方の無い時間の長さに、千影は独り、泣いた。
物言わぬ、温もりをも持たぬ“友人”を抱いて泣いた。
鳴咽も漏らさず、瞳を拭うのも億劫で、ただ頬に涙を流した。
今さっきまで鈴凛が腰掛けていた椅子に触れるとまだ少し温かくて、また泣いた。

「…リンくん…………。」

名前を呼んでも返って来ないことが、淋しくて堪らなかった。

「ちかだって……キミのそばにいたいよ………。…行かないで…リンくん…………。」

伝えられなかった言葉が漸く零れると、泣き疲れて眠った。
眠る間際、一つだけ彼女に近づけたような気がした。


 


あとがき

後書きです。
リクエストの内容が『恋が芽生える前の千影と鈴凛』に加えて
『案外対立していたり(片方だけ苦手意識も可)』だったので、
幼少のときの二人を書いてみました。
大好きな割には何気に初めてきちんと書いたかもしれません、ちびちか&ちびリン。
書きあがってみれば、『恋が芽生える前の二人』というよりは寧ろ
『恋が芽生えつつある渦中の千影』しか書けていない気もします。
でもいいじゃん? 私となりゅーちゃん様の仲じゃん?
兄弟の契りっていうか、ある意味スールだし?(ぇー)
冗談は程々に。
短い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

なりゅーの感想

とことんまで千×鈴一筋な電寿さんから、恋が芽生える前の千×鈴話。
なんとなく気まぐれで贈った一言だったのに、まさか投稿SSとして来るだなんて驚きましたよ!

その内容も、実のところ「いじっぱりな鈴凛を振り回す千影」が来ると予想していたのですが、
予想の斜め上行く切ない「幼な千×鈴」で来るとは、見事意表を突かれました。
まあ、これはこれで千×鈴のまた別の一面が垣間見れてグッドですが(笑
「恋が芽生えつつある」も「恋が芽生える前のふたり」ですので、十分範囲内ですよ!

短い中にも、幼い千影の素直になれない弱さや内気さが上手く描けた、
切なくて深い作品に仕上がっていたと思います。
なりゅーの文章と比べ、表現力や比喩も上手いので、その切なさもグッと引き出されていたかと!
できることが「否定しかできない」なんて、悲し過ぎます!
ウサギくんも、心の支えではなく千影の寂しさをかもし出す演出として、見事と思わされました。

そして、さすがはとことんまで千×鈴一筋の電ちゃん寿さん!
まだ恋ではないにしろ、お互い魅かれるものを感じ取っていたこともしっかりと描かれていました(笑
そんな一本筋な所に憧れますっ!(爆
そして……そんな気持ちを持ちながらもすれ違うふたりは、
幼いながらというか幼いからこそのドラマを見せてくれました。
自分の中に、しっかりとした千×鈴の柱となるべき筋があるからこそ、描けるドラマでしょう。

電寿さん、切なくも洗練された千×鈴を、どうもありがとうございました!
なにより、あとがきでグッと心を掴むとはどういった了見ですか!?(ぇー


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