――カチ、カチ、カチ……


 蝋燭に灯されたごく僅かの明かりのみが薄ぼんやり光る、暗い暗い……黒の空間の広がる一室。
 手に持った、懐中時計の音だけが静かに響き渡る……。

 私の名は千影……。
 魔術の探求と研究をこよなく愛す者だ……。
 私は今、自ら研究室と称している部屋で、ひとつの石盤を目の前に置き、
 時計の針を眺めながら、ただ時が来るのを見計らっていた。

 これから始まる、宴の準備のために、ね……。






 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月15日 土曜日

プロローグ








「そろそろ時間…………か…………」


 今夜は満月……もっとも魔力の高まる夜。
 実際、そんなことをしなくても大丈夫なのかもしれないのだが……
 なにせかかっているものが大きい儀式だ……万全の体制を整えるに越したことはない。

 この石盤、もちろんただの石盤ではない……。
 これは……「どんな願いをも叶えることができる」という、奇跡じみた魔術が施されている石盤……。
 単純ではあるが……しかし明確で絶対的な報酬……。
 もし本当に叶うのならば、一体どれほどの人がこの権利を手に入れるため、
 己の才や財を投げ打ってでも手に入れようとするだろうか……?
 いや、財を投げ打って財を手に入れるのなら少々本末転倒な気もするが……まあ、あながちない話ではないか……。

 ……私の願い?
 フフフ…………聞きたいのかい?

 ……まあ、実のところ私は、別に願いが叶うなんてことどうでもいいんだ。
 私の目的は、一介の魔術師として、この過去の魔術師たちの遺物を知りたいという探究心、好奇心を満たしたいだけなのだ。
 もちろん叶えたい願いがないわけではない……が、こんなものの力を借りなくても、
 私自身の力でいつも何とかしているからね…………フフ……。

 さて、どんな奇跡を起こす力にも必ず条件というものが存在する。
 「魔術」といっても、結局のところそこにはルールや法則の上で成り立っているもの。
 "超常"と頭に付くだけで、その本質はただの現象には過ぎないのだから。
 そして、この石盤の魔術にも例外なくそれが存在する。


「さて…………そろそろ始めるとしよう…………」


 手に持っていた懐中時計をポケットにしまうと、机の上に置かれた石盤に向かい、気を引き締めた……。
 この時間帯が、特に魔力を存分に発揮できる。

 願いを叶えるための条件……それは、あるカテゴリー内の複数名の者達に、
 石盤から「スレイヴァー」という名を冠した兵士として「力」と「武器」を分け与えられ、
 その者たち同士で、願いを叶える権利を賭けて戦って、戦って、戦い抜くことである……。

 ――そうして最後まで残ったひとりに、王は報酬を与え、どんな奇跡の願いをも叶えるだろう……。

 過去、この石盤を研究してきた者たちが記した記録にはそう記されていた……。
 「王」とは、この石盤のことを指すのだろうか……もしかしたら、願いを叶えることを比喩した表現なのか、それはよく分からない。


 「スレイヴァー」とは、石盤が戦士として選んだ者に蓄積されている魔力を行使し、人の力を遥かに超えた力を与えられた者のことを指す。
 その力はあまりに強大で……その力同士のぶつかり合いは、過去の研究者たちもそう形容していたように、まさに「戦争」だった。
 恐らく、この石盤に秘められている魔力ちからは、
 普通の人間よりは優れているはずの私の魔力を1000人分用意したとても、
 到底追いつけるものではないだろう……。

 私の目的はその戦いへの参加、それ自体なのだ。
 「スレイヴァー」となりその大戦に参加すること。
 例え選ばれなかったとしても、その傍らで戦いを見届ける。
 それほどの魔力から力を分け与えられるスレイヴァー同士の戦い……。


「フフ…………想像しただけでも…………私の中の探究心が疼くよ…………」


 もっとも、それでも「どんな願いを叶える」には、まだまだ足りはしない。
 それを補うため、スレイヴァー同士での「戦争」が必要となるらしい……。

 スレイヴァーとは個々の魔力の増幅器と変換機のような仕組みらしく、結局は本人からの魔力を増幅し使えるようにしているに過ぎない。
 その強力に膨れ上げられた魔力同士を、「戦い」という形でぶつけ合わせ、消費させる。
 そして、それらで削られた魔力は「王」の下へ送られ、「王」はその力を更に蓄積させてゆくという。
 その更に蓄積した魔力で、「どんな願いも叶える」、という訳だ。

 しかも戦いの中では、休憩という形で膨大な魔力を回復させる、再び行使することだって可能となるのだ……。
 また、様々な感情により魔力は高まったりもする。
 それだけに留まらず、そこに渦巻く正や負の感情すらも取り込み、願いを叶えるための促進剤としても利用される。

 もともと蓄積されていた魔力を使い、スレイヴァーを媒体に更に何倍、何十倍――場合によっては何百倍か……――と増幅させる。
 要するに、「王」からしてみればこれは「先行投資」に他ならないわけだ。
 数字に直してでもした場合、それこそ天文学的数字を叩き出すだろう……。
 そうしてやっと、「どんな願いも叶えられる」ようになるのだ。


 しかし、さすがにというか所詮というか、そんな奇跡に等しい力を扱える石盤も「人の作った産物」だけあり、
 不安定で、不確定で、ところどころでアバウトな要素が点在する……。
 高名の魔術師たちの集まりといっても所詮は人間ひと、ということだろう……。

 その「プログラム」がまともに動くという保障があるわけではない……。
 が、それに目を瞑ろうとも「どんな願いも叶えられることができる」という甘い汁は、
 多くの研究者たちの心を鷲づかみにするものらしい。
 かく言う私も――"願い"それ自体ではないが――別のものにその探究心を鷲づかみされている……。

 その計り知れない力……どんな願いをも叶えるという奇跡を生み起こすほどの力を行使する「スレイヴァー」。
 それに選ばれるのは特定のカテゴリー内の者達だけという……。
 まあ、石盤を起動させる者の好きな範疇を選べるという話だが……―――。


「…………別に他意はないのだけれども…………協力、してもらうよ…………」


 私は、「私の姉妹」という範疇の下、石盤を起動させることにした。
 理由は……私が知っている人間の中では、12人というある程度の大人数が揃っており、一番丁度いいカテゴリーだったから。
 まあ人間以外なら、それなりには、ね……。
 それに、「姉妹」とはいえ、特殊の事情があってそれぞれ別々に暮らしている……戦いには丁度いいだろう。
 願いを叶えられるかもしれないという権利と引き換えだ……彼女達にとってもそんなに悪い取引じゃないだろうしね……フフ…………。


ΘЖЮБФЧ…………ПЯЯЭЫЗ…………


 呪文を唱えながら、石盤へと魔力を注ぎ込む。
 せめて、私が有利に戦いを進めるように、少し細工を施しながら、ね……フフフ…………。


ЦУЭЖЮ……ФЧЖЯЭ…………ЫЖ……


 やがて、唱えていた呪文も終りを迎える。


УЧЖЙ……!!」


 すると、



    ピカァッ



「…………!?」


 石盤が、輝かしい光を放ち始めた。
 それは極わずかな間のことだったか、それともとてつもなく長い時間だったのか。
 光は、暗黒だったその一室を、眩いほどの光で満遍なく照らし出し……そして、光は収まった。


「終わった…………のか?」


 そこには……ついさっきまで発していた光だけではなく、蓄積されていたはずの魔力をも失った石盤が残されていた。
 そして、私の体には…………何の変化も起こってはいない?


「…………失敗……なのか?」


 そう思った瞬間だった。


「…………これはっ……!?」


 今、私の頭には、スレイヴァーとしての様々な情報が流れ込んで……違う、"湧き上がって"来ていた。
 それだけではない、力が……魔力が、内側から溢れてくるように、湧き上がってくる……!


「フフフ…………どうやら…………上手くいったみたいだ…………」


 それは文献で調べていたもの以上の結果。
 やはり、知識だけと実際に体験するのでは大きく違う……。


「しかし…………小細工の方は失敗のようだな…………。なんだ…………つまらないな…………」


 別にそのことには期待もしていなかったクセに、なんとなくそう愚痴をこぼした。
 いや、小細工が上手くいかなかったことに関しては正直どうでも良かった。
 なぜなら、与えられた力の大きさに、喜び、その身を震わせていたからだ……。
 そのお陰で、私は柄にもなくしばらく声を上げて笑っていたのだから。


 しかし、幸いにもスレイヴァーとして選ばれ、喜びに浸っていた私だが、残念なことにまだこの力を行使することはできなかった。
 なぜなら、強大な力も相手がいることで始めて意味を持つからだ。それは例え一方的な虐殺であっても。
 そして、私は別に一方的な虐殺を行いたいわけではなく、得た力をちゃんとした形で使い、試したいだけなのだ。


「しばらくは我慢…………か」


 スレイヴァーの力は強大で、スレイヴァー同士ならば大丈夫なのだが、
 そうでないものにその力を振るおうものなら、恐らくは……簡単に最悪の事態が招かれるだろう。
 だからこそ、他のスレイヴァーたちが"目覚める"までは待たなければならない。

 スレイヴァーとして選ばれたものは、今の私のようにこの「戦争」ルールとその他必要な情報を理解することができる。
 つまり、なった瞬間に基本の学習は済ませてある訳だ。
 これも「ゲーム」の公平を帰すために設定した「プログラム」なのだろう……。

 もっとも、その時期は非常に曖昧で、私のようにその場で理解する場合もあるが、
 遅い場合は力を授かってから理解するまで3日もかかるという話だ……。
 まあ、どんなに遅くとも3日もあれば全員が覚醒する。
 ならば、ルールをまだちゃんと理解していない者を一方的に攻め落とせば良い……
 ……ということになるのだが、やはり話は早々上手くはいかない。

 理解していない間は、まだスレイヴァーではないのだ。
 一方的な殲滅も立派な戦術だが、「王」に送られる魔力は「スレイヴァーとしての使用された魔力」である。
 それによって蓄えられる魔力を使って願いを叶えるのだから、願いを叶えるためにも戦いは必要と条件づけられているのだ。
 だから、結局は目覚める前のその者と戦っても、全くの意味がない……。
 恐らく、他で勝手に争い合い、最後に残っていた負傷者を自分が倒す、というのがセオリーとしての理想的な展開なのだろう。


 更にもうひとつ、これは魔術師たちのちょっとした遊び心なのか、それとも心理戦を強いたかったからなのか……
 石盤を起動させる時指定したカテゴリーの"全ての者にスレイヴァーとしての力を与えられることはない"らしい……。
 だから、いつの時代も、この「戦争」の参加者人数は一定しているわけではないのだ。
 もっとも、"権利"だけは残ってはいるが……。

 つまり、戦中はスレイヴァーでないことを装って何食わぬ顔をしていれば騙まし討ちも可能というもの。
 スレイヴァーでないものは、その情報すら与えてもらえないのだ。
 無関係のものを巻き込むわけにもいず、だからこそ迂闊に攻撃もできない。
 少なくとも、まともな仲間意識の持ち主ならばそう考える。
 「全員がなる訳ではない」というルールは、そういう探りあいの戦術も要求されているわけだ。
 ところどころにアバウトな点が点在するとはいうが……ここまで見れば、かなり完成度の高い魔術だと見受けられるだろう。
 準備不足も、また戦争。
 ルールは教えるくせに、そういうところでシビアさを演出させる……。
 まったく、昔の魔術師たちも酔狂なものだ……。


「開戦まではまだ時間がかかるのだろう…………。なら、今のうち…………一足早く準備を整えさせてもらうとしよう…………」


 だが、私は与えられたからには、その権利を最大限に行使させてもらう方でね……。
 準備には、余念なく取り掛からせて貰うよ……フフ…………。


「さて、今大戦で争う"クラス"は……」


 スレイヴァーにはそれぞれ「クラス」が存在する。

 剣士セイバー弓兵アーチャー魔術師マジシャン聖職者プリーストなど様々。
 その数は計り知れないほど多く、次々と新しいクラスが生まれ続けていると考える研究者もいるくらいだ。
 戦士として選ばれたものは、その膨大なクラスの中のうちひとつを、
 対象者が強く望むもの、事柄、対象者の相性からなど、相応のものが他と重複することなく与えられるという。

 だが、そんな膨大な種類を備えているクラスではあるものの、
 スレイヴァーとなったものは、基本情報として今回の戦いに参加するクラスを理解することができるようになっている。
 しかし、誰がどのクラスかは分かることはできない。
 まあ、もしそんなことにでもなっていれば、即座に誰がスレイヴァーでないのかも分かってしまうし、
 わざわざ情報戦を強いてきた者たちの作ったプログラムだ、そうそう上手い話もないだろう……。

 事実、私の頭にもそういう感じに情報が頭に入ってはきているのだが……いかんせん、いっぺんに情報を詰め込まれた感じで整理がついていない。
 まあ、能力ちからと共に私の中に刻み込まれているから、思い起こそうと思えばすぐにでも思い起こせるが……。

 このクラスこそ、この「戦争」の分け目となる重要な要素だ。
 クラスや個人により力やスピード、テクニックなどの上昇する能力や、持ち備える武具がそれぞれ異なるということもあるが……
 やはり、その決め手は各個に備えられた「特殊能力」にあるだろう。

 スレイヴァーは、クラスにより様々な特殊能力を備えている。
 通常はクラスとしてのものと、与えられた力で自身から発生するもののふたつを、そのクラスに相応しい形で発現させられる。
 単純なものから複雑なものまでそれは様々で、同じクラスであっても人が違えば全く違う能力を発揮することとなる。
 また、能力は武器に依存する場合もあるため、敵が持っている武器にも気を払わなければならない。
 能力と武具を同一化させたものの例としては、「無機物を通り抜けて生命体だけを切ることができる剣」というものが在ったらしい。

 まあ、場合によってはひとつの能力しか与えられない場合もあるとの話だが……
 これは気づかないまま戦いを終わらせたか、はたまた製作者側のプログラムミスか……もしかしたらそういう風に作っているのか。
 色々な説があるが……まあ、それはやっていく内に自分で見極めれば良いさ……。


 それで、肝心の今大戦でのクラスについてだが……




  ―――魔術師マジシャン

    ―――騎兵ライダー

      ―――海兵マリーン

        ―――狂戦士バーサーカー
    ――― ――
―――守護騎士ガーディアン

  ―――盗賊ローバー

    ―――偵察兵サーチャー

      ―――鍛冶師クラフター





「…………。……これは…………なんとも曲者ぞろいになったものだな…………」


 思わず口にして、苦笑いを浮かべる。
 「名は体を現す」とはいうが、やはりそれはクラスにも当てはまることで、能力もそれに関するものが相場と決まっている。
 だからこそ、どのクラスであるかは重要であり、知っておくことは有利、知られれば不利になる。
 例えば、守護騎士ガーディアンは守備に、海兵マリーンは水辺の戦いに優れた戦士という具合にだ。
 この場合なら、守護騎士ガーディアンと戦う場合にはカウンターによる撃破により向こうの防御を封じる戦術を、
 海兵マリーンには水のない陸地で戦うようにするなどの戦術が有効となる。
 逆に、それらが防御を強いさせる戦い方や、水辺での戦いに持っていければ、それ自体が勝利の鍵となりえるのだ。
 そういう意味では、状況による戦術が要求されるだろうこのふたつは厄介……。
 また、狂戦士バーサーカーなど、どんなスレイヴァーなのかは想像には易いが、逆に易すぎてその名前自体で既に恐ろしい……。
 偵察兵サーチャー鍛冶師クラフターに至っては、一見戦士というにはあまりにも頼りない……。
 が、どんな奇抜な能力を秘めているか分かったものではないため、名が戦闘向けではないからと決して侮ってはいけないのだ……。
 その他にも…………やれやれ……本当に曲者が多い戦争になりそうだ……。


「スレイヴァーとして選ばれたのは12名の内8名…………。ハズレの確率は3分の1…………決して小さくはないか……」


 つまり、今回は8人で、「願い」を賭けたこの戦争を行なうこととなったわけ、か……。


「さて…………今ここでできるのはこのくらいか……。
 なら、次は能力ちからについて…………色々と試してみるとしよう…………」


 念には念を。
 私は、更に準備を重ねるべく、机の上においておいた小さなコンパスを手に、その部屋を後にした。

 ……ん? ……これかい?
 フフフ…………これはね、過去のこの大戦の参加者が作った、スレイヴァーを感知する道具さ…………。
 確かに、「願い」についての興味はそれほど持ち合わせていないが……
 私は、やるからには……勝つさ…………フフフ…………。






「さぁ…………宴を始めよう…………」













更新履歴

H17・1/8:完成
H17・1/12:掲載
H17・1/13:誤字修正
H17・4/17:誤字修正
H18・4/3:書式他微修正


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