「たああぁぁぁぁああああッッッ!!!」


 巻き起こる土煙の中からソレがゆっくりと姿を現すと同時に、白雪ちゃんは叫んだ。
 そして……目にも止まらぬ速さで、そこに佇むモノへ駆けていく……!
 一瞬だけ見えた真剣な表情は、まるで今ある全てをぶつける決意の現われにさえ見えた。
 

  「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
  
■■―――ッッ!!!


 瞬間、またも鳴り響く爆音。
 金属音や爆発音やアレの発する歪んだ音やら……。
 なんだか色んな音が鳴り過ぎて、アタシにはもう雑音にしか聞こえない。
 鼓膜が破れるんじゃないか、ってくらい耳を痛めつける爆音の中。
 アタシの両手は耳を塞がずだらりと下げ、なにが起こってるかまるで分からないそれを、ただただ眺めていた。

 そして―――







 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月19日 水曜日

第24話 決死攻








 白雪は、木々の残骸が散らばる中に佇むソレに向かい駆け出した。
 勝負を決する決意と気迫をもって。
 ゆえの神速。
 決意によって研ぎ澄まされた走駆は、今まで以上に力強いキレを与え、白雪を矢へと変えた。

 勇敢に立ち向かう少女の姿。
 けれどもソレには確かな敵意。
 「敵」の姿を確認して、ソレは己が剛腕みぎうでを唸らせた!


 

  「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――――



 耳をつんざく爆音が吐き出される。
 ただ一度の咆哮……。






 ―――結果だけを先に言うならば、その一度が鳴り止む前に勝負は着いた……!!






 矢のように真っ直ぐ、速く、鋭く駆ける白雪の体。
 白雪が矢ならば、アレは大砲だろうか。
 一撃一撃が重く、絶大な威力を有した破壊の一撃。

 正面からぶつかれば、いかに洗練されたとて矢が大砲に敵う道理はない。
 それはこれまでの攻防で重々証明されている。
 そして……そんなことは当然白雪も承知している!


 矢となった白雪の体が、分厚い鉄板の舞う嵐の領域に入らんとする。
 ……直前、矢が横に跳ねた!
 白雪は地面を蹴って大きく右に。アレから見て左側に。
 矢のように飛んでいた白雪の体は、柔軟で軽やかな脚を持つ猫となって、進路を横に逸らした!

 まずはあの鉄塊との距離を広げる!
 距離が広ければ、当然判断に費やす時間は多く確保される。
 その思考する一瞬ほどの些細な時は、彼女の命を左右するほど大きな希望へと変わる!
 だから白雪は、自分から見て左上より放たれる鉄塊に対し距離を開くようにステップを取る。
 発生源を中心に円形に広がる嵐の領域の、その外周ラインをなぞるように……!


 大砲は、確かに一発一発の威力が強力な兵器と言えよう。
 しかし反面、重い砲弾を込めるのも、放つ火薬を用意するのも相応の対価を必要とする代物。
 そして、それら全てをたった一発、一点に集中させるからこその火力。
 だから単発ずつしか放てない。
 更にその一発に威力もエネルギーもなにもかもを集中するため、外れた時には全てが無意味となる!!

 あの鉄板もまさにそれと同じ!
 一振り一振りは強力だが、大振りで軌道が読み易く直線的。
 一度振り抜いてしまったら、早々に次弾は放てない。

 だから、まずはその初弾を空振りさせる……!
 白雪が渾身で刃を振るえるのはわずか数回。
 まさに「切り札」とも言える限られた手札なのだから、ギリギリまで取っておけるに越したことはない!


 唐突な動きの変化に、思惑通り分厚い鉄板は対応しきれない。
 一度放たれた砲撃は、いまだ射程外の当たらぬ標的目掛けてその膨大な火力を放つ。
 結果、斜めに振り降ろされた分厚い鉄板は、彼女が通ると思われた地面にめり込むだけに終わる。
 その後、時間差で領域内に侵入した白雪の体にはなんのダメージも与えられない。
 僥倖。白雪は切り札を切るまでもなく一撃目をやり過ごした。

 ………………………………否。

 たかが地面。この鬼神にはなんら障害にはならないっ!!


 鉄塊の軌跡が、唐突に……曲がる……!
 矢が猫へと変化したのと同様に、大砲もまた意志を持つ獣へと姿を変えた!
 大砲と同等の力を有した荒々しい獣に?
 違う、少し語弊がある。大砲こそがものの例えであり、それは始めから獣だった!

 熊か? 虎か? 獅子か? 猪か? ……そのどれでもない。
 現存する猛獣のいずれにも該当しない、理解を超えた凶々まがまがしい狂獣!!

 獣のまなこはエモノを捕らえたまま、その姿を追うように体全体を旋回させる!
 本来の軌道を力で捻じ曲げ、地面ごと鉄板を切り上げて、何事もなかったかのように「一撃目」を白雪に放った!!

 迫り来る狂獣の剛爪剛牙!
 一度潰えたはずの一撃を、エモノを倒さんとする本能が! 執念が! 白雪を追い詰める?!


 ―――……そのくらいなら予想できてますの!


 相手も生半可ではないのだから、やはり早々上手くいくものでもない。
 既に承知していたかのように、猫は鋭くも柔らかい動きで獣の振るう一撃に応えた!!

 白雪は、もう一度地面を蹴る。
 今度はさっきと逆方向、狂獣から見て右側……切り上げられる鉄の塊に向かって!?
 自殺行為ではない……身を低く屈め、潜り抜ける算段!

 いかに獣に姿を変えようと――……いや、戻そうと、か?――その一撃は大砲と同じ。
 執念で追って来ても、直線的で単発的な性分だけは隠せない!
 猫は軽やかで鋭く、それでいて柔らかな動きで、地を駆けた!


 ……だが! 白雪の顔色が一瞬にして青ざめる!!
 潜り抜けるのに、高さが……足りないっ……!?

 一瞬の判断ミス。
 このままの鉄板の軌道では、白雪の頭に直撃するか掠めるかしてしまう……!
 白雪は既に地面を蹴った後。進路を変えることなど容易にできない。
 ……最悪だった。

 次を見越したその判断は悪くはなかった……が、有利を求めた心が、彼女をほんの少し見誤らせたのか……?
 ……それも仕方のないことかもしれない。
 肉体的にも精神的にもギリギリのところで、一瞬に全てを要求されるこの現状。
 既に幾分か消耗した白雪が最善手ばかりを的確に選べるはずもなく、中身はごく普通の女の子である以上は仕方がない。

 そう……仕方がない……。












 ―――で済んだら、






 お料理担当が務まるかぁぁあああっっっ!!!



 後悔したって状況が良くなる訳じゃない! っていうか後悔して良くなってくれるならいくらだって後悔しますの!
 ああ残念、間違っちゃった、しくしく、やり直したいわ〜ん。これで満足ですの!?
 どうやったって今の状況が変わる訳じゃない!
 カレーを作ろうとしたらルーがなくて、だから今まで切ったじゃがいもニンジン玉ねぎ奮発して買ったちょっと良い牛肉を全部ゴー・トゥー・ゴミ箱?
 違うですのでしょッ!?

 カレーがなければシチューを作る!
 シチューのルーもなければ煮物を作る!!
 それもなければ……えーっと、えーっと、新しい発想の野菜炒め?
 ああもうっ! そもそも時間があるならスーパーまで買いに走れば良いじゃないですの!!

 方法なんていっぱいある! あの時だって新しい発想の野菜炒めで姫のレパートリーが増えましたの!!
 ほらっ! 後悔して食材をゴミ箱ポイポイしちゃうよりも、もっとずっと良い未来じゃないのですの!
 だから、起こってしまった「今」から「未来」のために何かをするべき!!

 ここでやると決めた!
 なら覚悟を決めるんですのよ、姫ぇぇぇッッ!!


 決意と気迫は、後悔の時間をも神速で終わらせる!
 そして、起こってしまった「今」より「未来」のために、決断する!

 本当は取っておきたかった。
 けど、1回のミスも許されないこの状況。
 白雪は、なけなしのおこづかいで高級食材を奮発する思いで、一枚目の切り札を切った!!



    ―――ッキィィィィーーーーーンッッ



 白雪は、駆け抜けながら両手に持った短刀を思い切り切り上げる!
 金属音を鳴り響かせて、分厚い鉄板の軌道がわずかに変わる。


    ―――1回。


 本当に、本当に貴重な切り札だったけど……甲斐あって鉄板は本来の軌道より上に向かって逸れる。
 潜り抜けるには十分なスペースができた。
 その作り上げた空間には、無数の破片が宙を舞っていた。
 鉄板が、諸共切り上げた地面の破片。
 けれど白雪は、その破片をほとんど無視して、その空間を潜り抜ける!

 ………………痛かった。
 地面の破片は顔に腕に脚に、というか全身くまなく当たってけっこう痛い。
 自分自身がかなり速く動いているから、その分破片さんが余計に強く当たるとか……確か、相対的速度?
 なんか鈴凛ちゃんが得意げに話してましたような……?

 けどちょっとだけ。
 普通の状態なら大ケガですのけど、パワーアップしてる姫にはちょっと痛いだけで済んでいる。

 それに、当たれば一発退場な状態をなんとか切り抜けた……そう、切り抜けたんですの!!
 ならやれる!!
 その希望が精神を高揚させ、アドレナリンがなんたらして興奮状態が……えーっと、とにかくっ! 姫はやる気がもんもんですのっ!!


 地を駆ける猫は、紙一重の状況を切り抜けたことに精神を高揚させた。
 一方、猛烈な勢いで放たれた鉄塊は、さすがに完全に通り過ぎた標的にまでは攻撃を向けられない。
 外れた大砲のそれと同じく、「一撃目」はその火力の全てが無意味となって終わった!!

 だから、鉄板は減速を始めた。……そして停止。
 鬼神の剛腕は、今一度慣性の法則を捻じ伏せる!
 たった今逃がしたエモノをいち早く再び追い詰めんとして……!


 けれども、一撃目の火力全てを打ち消し二撃目が放たれるまでの数瞬。そこに確かに発生する一瞬のタイムラグ。
 それは白雪に見切りを見誤らせるほど価値がある珠玉の時!
 通り過ぎたあの鉄板との距離をより開くため、右に回りこむ勢いは殺さないまま、
 そのわずかな時の許す限り、白雪は体勢を整えながらソレとの距離を詰め寄った!
 行け!
 進め!
 近づけ!
 駆けろ!
 アレが戻ってくる前に一歩でも数センチでも数ミリでも速く速く速くっ!!


 珠玉の時が―――終わる。

 慣性を完全に屈服させた剛腕は、ほとんど真逆の方向に向けて分厚い鉄板を放つ!
 白雪の目は、その胎動を見逃さない。
 同時に理解する。その一撃は、まるで先ほどと遜色がない威力で放たれていることを。


 ああああなんてデタラメ!!
 掠めただけで砕けるような重さと速度を、たかが腕一本、しかも振り抜いた直後のメチャクチャな姿勢で打ち消して、更には同じような威力で放ってくるなんて!
 まるでデタラメな動きなのに結果が伴うなんてなんてデタラメ!
 そしてアレはそのデタラメを実現する!!
 姿勢も効率もなにもあったもんじゃない!
 体勢が崩れるから精度が落ちるとか節約しなくちゃとか頑張ってる自分が悲しくなってくる!
 ほんっっっとに理不尽理不尽理不尽りふじーーーんっ!!
 白雪は、頭の中でそんな感じの超高速の愚痴を吐く。
 ……それをいえば、そのデタラメを見切って的確な角度で打ち込める白雪も十分理不尽、と曰く鈴凛なのだが……彼女自身はその奇跡を自覚してない。


 文句を言ったって仕方がないのはさっきと同じ!
 どうこう言ったって鉄板は再び放たれてる!
 それに白雪は、鉄板との距離をさっきよりも十分に取っている。
 さっきよりも広い間合いで、到達までの時間も数瞬長い。それだけあったら十分!
 体勢もいくらか立て直せている。この調子ならリミットの4回目まで渾身で振るえそう。
 状況は優位に傾いていると、かすかに安堵を得た白雪。
 が、


 ―――しまっ……!?


 直後に悟った絶望に、白雪の余裕はすぐにかき消された。


 ―――これは……切り払えないんですのっ!?


 なぎ払われる巨大な鉄塊は、白雪の中心、およそ腰辺りを目掛けて来襲してきた。
 白雪に距離を開かれたため、打ち込む角度が浅く、比較的横になぎ払うように放たれる鉄塊は……
 結果、上に払うにも下に払うにも中途半端という厄介なものとなっていた!


 下に叩き付ける……?
 いや、そんなことをしても足りない。
 下に向かって弾いたとしても、地面に到達するのは姫の足を通過した後になる!
 そうなったらおしまい。
 命に別状はなくても、足を負傷したら動けなくなって、次に逃れる術がないですの。

 なら切り上げる……?
 それこそ無理ですの。
 アレは横なぎとはいえ、斜め上から切り下ろされている。
 切り上げれば、ほんのわずかに打ち合う形になる。
 あの怪力を、わずかにでも正面に捉えるなんてことはもう論外!
 その上、潜り抜けるなら姿勢をさっきよりずっと低くしなければならない。最低でも腰より低く。
 さすがにそこまで体勢を崩したら、次の行動をすんなり移せるとは思えない……!


 だから白雪は、ここまでの攻防で、今のような腰辺りへの横なぎには迷わず逃げた。
 だから今度も、距離を取って逃げて次に賭けるか……?


 ―――それじゃあ、今までと何ら変わらないじゃないですのっ!


    ―――ッキィィィィーーーーーンッッ


 またも鳴り響く金属音。白雪は両の手に持った刃を、再び煌かせる!!
 この超高速の攻防では、一撃目からの時間差はほとんどなく、鈴凛の耳にはひとつ目のそれと重なるように聞こえていた。


    ―――2回。


 一瞬の判断。
 決意と気迫は、白雪にこれまでの判断と違う選択肢を選ばせる!
 今まで逃げることに全身全霊を傾けた局面で、鉄塊に向かい合うという選択を!
 白雪は体を捻り鉄塊を正面に捉えると、両手の刃を掲げ、迫り来る鉄塊に向けてそのまま思いっ切り! 上から叩きつけたっ!!

 距離が比較的開いていたため、向き直るのに大して無茶を要することはなかった。
 けれども白雪の予測通り、鉄板は下に弾ききらない!
 この軌道では、鉄板が地面に到達する前に白雪の足を通過することとなる!
 そう思われた軌跡の先に―――既に白雪の足はない!?

 跳んだ!
 鉄板を渾身の一撃で叩きつけたその反動を利用して、まるで新体操の選手のように体ごと跳ね上がった!!
 そう、白雪の選んだ選択肢は、下に弾くことにプラスして、自らを上に退避させることにあった。

 ……もっとも、判断が遅れればどの選択を選んだところで間合いの広さなどなんの意味も成さない……。
 だからこれは、白雪の決意がなくては、決して成功し得なかったと言えるだろう。


 ……いや、「成功」と言うにはまだ早い。
 白雪を襲う試練はまだ続く!
 避けることはできた、けれど白雪は翼を持つ鳥ではない。
 いかにもがこうとも空中ではどうすることもできず、与えられる選択肢は落下以外存在しない。

 だが、この超高速の応酬、地面が白雪を迎えるより速く鉄板の方が迎えに来る!
 つまり、白雪は、自由の利かない空中にて次の一撃を迎え打たなければならない!?


 本来ならすぐ辿り着ける地面になかなか辿り着けない違和感が、空を飛んでいるのではないかという錯覚を覚えさせる。
 無論、空を飛んでいる訳ではない。
 極限まで高速化した思考が落下より遥かに速いだけ。
 丁度鈴凛が何度も体感したそれを、白雪もまた超常となった身で体感しているに過ぎない。
 スレイヴァーではない鈴凛の比ではないほど速く!!

 頭が妙に冴え渡っているためか、白雪は今自分が置かれている状況を冷静に分析できてた。
 まずは自身とソレとの位置関係を理解する。
 あの分厚い鉄板を物差しに判断すると……丁度真ん中辺り……。
 まだ、半分……!? まだ遠い……!

 既に切り札を二度切っているにもかかわらず、まだ距離も遠く、更には地面に足のついていないというこの状況。
 やると決めたタイミングが、たまたま恵まれていなかったのか……と言われれば、答えはNoである。

 この段階で切り札を二度使うくらいなら、今までの攻防で常に起こっていた。
 ただ今回は安全に逃げず、この場に留まることを選択したからこそ、より高いリスクが待ち構えているだけ。
 そのため、ここから先は今までの打ち合いでは参考にならない未体験ゾーンが繰り広げられる。
 その未知は、早速来襲してきた!


 凍った時の中、相手の出方を伺っていた白雪は……アレが、今までと少し違う動きを見せるのに気づく。
 鉄板は、慣性の法則を捻じ伏せない……!?
 それどころか振り抜いた勢いを止めたりはしない!
 むしろ自らの旋回に勢いを加速させていく!!

 その意味を察する。
 アレは……慣性を捻じ伏せず、その勢いを次の一撃に加担させようとしているのだと!


 鉄板が地面スレスレを疾走する!!
 中心のソレが、体ごとの旋回を始める!!
 ソレを中心に、円を描くように爆走する!!
 既に辺りの障害物は一通りなぎ払われ、その動きを妨げるものは最早ない。
 加速する……!
 更なる速度、更なる威力、更なる強さを身につけて、加速し出す!!

 動くことのできない白雪は、空中でその餌食になってしまうか!?
 それは違う!
 彼女はいまだ、決意と気迫を絶やしてはいない!
 最中、白雪は刮目した。
 ソレの剥き出しの……背中。
 しっぽのように垂れ下がった三つ編みが、中心のソレに巻きつくように必死について来ていく、無防備な背中を!


 白雪の脳裏に、電光の閃きが走った!
 閃きが、こここそがチャンスだと理解させ!
 チャンスが決意を下し!
 決意が…………有り得ない行動を起こさせる!!?


「でッ―――」


 白雪はなんと……短刀の片割れを投げつけたっ……!?

 自身の命を繋ぎ止めていた、2本の内、右手に持っていた短刀。
 2本でやっと鉄板を弾いていたそれを、惜しげもなく!?

 白雪の命の半分ともいえる刃が……!
 片方でも欠ければ回避さえできなくなるという意味では、命丸ごと1個とも換算できる刃が……!
 ソレの剥き出しの背中目掛けて飛んでいく!!


 旋回する狂気の鉄塊!
 飛んでいく命の刃!
 いずれも我先に目標に辿り着かんと走る!

 そして……鉄塊が回転の3/4を迎えた時、命の刃が嵐の中心に到達した!
 ソレを中心に白雪を12時の位置とすれば、いまだ鉄塊の針は9時を示している……12時しらゆきまでは届いていない!
 間に合ったのは、白雪の命の刃の方!

 ……が、―――

 アレの旋回はまるで技術というものが存在しない。
 回転は安定したコマのようではなく、止まる寸前のコマのように荒々しく、不安定なブレが出ている。
 そのせいか……ソレの体はまるでスウェイバックするように、上体が斜めにのけ反っていた。

 丁度、白雪から見て左側に反れるように……。
 白雪の、命と等価値の刃を放った手とは、反対の方向に……。
 ……偶然か……本能が起こした回避なのか?

 ―――……一閃の煌きは嵐の中心を通り過ぎ、嵐の外へ流れていった……。


 投擲されたいのちは、鉄塊を支える腕の上を素通りし、1週遅れで振り回される三つ編みの先端をかすめて、何処かへ飛んで行ってしまった……。
 白雪の命を対価にした攻撃は、怪物を止めるに至らない。
 ダメージなどなく、ただリボンの結びついた髪の束の先端が切り離されただけ。
 片方の刃を失った白雪には、もう攻撃を受け流す手立ては、ない……。

 ……だというのに、非情にも鉄の塊は止まることなく……ここに来て再び浮上っ!

 目標は、空中に浮遊する「エモノ」!!
 さぁお前を止めるものはなにもない!!
 鉄塊よ、思う存分エモノを喰らい尽せッッッ!!


 今度はソレが刮目した!
 剛腕を振り抜くその直前、再び視界に捉えたエモノの姿を!!
 ただでさえ凶悪な剛腕の一撃は、回転の勢いがプラスされ更に凶悪に!
 更に猛烈に!!
 更に苛烈に!!!
 宙に漂うエモノ目掛けて放たれたッ!!!!


 絶体絶命、空中に縛られた白雪は―――


「すッ―――」


 今一度切り札を切る……!


    ―――ッッキィィィィーーーーーンッッ





 その音は、鉄塊に、白雪が残る1本の刃を下から切り上げ叩き付けた音。
 三度鳴り響く金属音は、まるで同時に出されたかのように鈴凛の耳に届いていただろう。
 2本で辛うじて弾いていた鉄塊だ。当然、半分の力ではビクともしない……。
 鉄塊は軌道を変えることなく空を走り続ける。
 …………そう、鉄塊"は"。


    ―――……3回!


 ダンッ、強く地面を踏みしめる音が聞こえた気がした。
 もっとも、仮に聞こえたとして、狂獣の咆哮と三度の金属音、地形を破壊する音に紛れ、聞き分けるのは不可能であったろう。
 それでも、音を出した本人には、そう聞こえた気がした。
 地面に両足と、空いた右手をつけて着地した、白雪自身の耳には!!


 弾かれたのは鉄板ではない、白雪の体の方。
 白雪は、鉄塊から"自分の体をいなした"!

 元々支えのない空中にいるのだから、力が加われば白雪の体はいとも容易くその方向に動く。
 鉄板に当てた切り上げの反動。
 剛腕が支える鉄板は、刃1本程度では到底その軌道を変えたりはしない。
 しかし、そこに働く作用・反作用法則は、鉄塊と短刀の衝突部分を起点に地面に向むかう力を白雪の体に与える。
 本来の落下速度よりもずっと速く!

 白雪の決意は……!
 気迫は……!
 いまだ潰えることなく、熱く滾っている!!

 だから白雪は再三切り札を切った!
 弾くと言うよりは押し上げるように。
 白雪は、"鉄塊を押し上げて地面に落ちていった"のだ!


 高速で落下した白雪の体を、両足はバネのように受けとめた。
 地に屈む白雪の真上を、凶々まがまがしい鉄の板が素通りする……!
 珠玉の時は、再び巡り来る。

 そして―――バネとは、縮めば力を蓄えるもの。
 今の白雪の両足はまさにそれと同じ状態!!
 遠慮することはない、さぁさぁ溜まった全てを惜しげもなく……


「のぉぉぉッッッ―――!!」


 白雪の両足は放ったッッ!!


 更にダンッ、と白雪は聞いた気がした。
 白雪の体は怪物に向かって跳んだ!!
 走ったのではない、前に跳んだ!!

 右腕で若干バランスをとりつつ、屈んだ姿勢から両足を思いっきり後に蹴り出して、今度は自身の体を足で弾いた!!
 ここに来て白雪の体は再び矢へと姿を変える!!
 いや、矢ではない。これは弾丸か!?
 両足が蓄えた力は、まるで火薬のような爆発的エネルギー!
 溜めた両の脚のエネルギーを受け止めた地面は、まるで火薬が爆発したかのように破裂してる!?
 その勢いで、白雪はソレに向かって跳んだのだ!!


 それは中腹に居た白雪とソレとの距離を一気に縮め、ゼロにまでしてしまうほど速い!
 頭のリボンが激しい空気の抵抗を受けて、髪の毛に必死にしがみつく感覚がある。
 だが白雪は気にも留めなかった!

 "まだ"半分もあると思われたその距離が、瞬間よりも短い時間で縮められていくのだ!
 しかし、三度も切り札を切った対価として……体勢を保つのもそろそろ限度いっぱいか……。
 希望と絶望が隣り合わせにある現状。
 依然予断は許されない……けど、

 間に合う!!!!!!!!!!!!!!!



 自ら退路を捨てたその意志が、苦肉の策であろうとも留まった執念が呼び起こした最大最高のチャンス。
 白雪が決着をつけると決意と気迫を持たねば、決して辿り着き得ない「今」だった!


 だが、ソレもむざむざとやられるほど易くはない……!
 白雪の上を通り過ぎた鉄塊を、またも慣性の法則を捻じ伏せ、その場で停滞させ始める……!!

 慣性の捻じ伏せか回転か?
 ソレが次撃に対して行う選択肢はふたつ。
 避けられたところから打ち込む際、タイムラグが発生するという意味では共通している。
 威力や速度こそ違えど、当たるか当たらないかのふたつしかない白雪にはさほど変わりはないとも考えられる。
 そしてソレが今選んだのは前者。……もとより理性など吹き飛んでいる以上、「選んだ」という表現は誤りがあるかもしれないが……。

 理由は単純、近いから。それだけ。
 9時の位置より地面スレスレから半円を描き切り上げられた分厚い鉄板は、今3時を示す針となっている。
 12時の位置にいる白雪に再び到達するなら、時計元来の動きを描いて12時に到達するよりも、時間を逆行させて到達させる方が3倍短くて済む。
 実に単純明快。

 ……もっとも、その選択には無理がある。
 その選択は、3時の位置で"ゼロからのスタート"という対等な条件だったらの話だ!
 既に1回転させ強化した横なぎの一閃は、二度目の回転を終え更なる火力を得ている!
 ならば、ソレは2度強化された火力を打ち消した上で一撃を放たなければならない!!

 例えば、ソレの放つ一撃の威力を100とし、仮に1回の回転で2倍となるとすれば200。
 更に二度目の回転で倍となり400。
 それを打ち消した上での一撃を放つならば……必要となる数値は500!
 都合5倍!!
 もちろんそんな単純な計算式ではないのだが……つまるところ肉体に掛かる負担はゆうに何倍にも及ぶということ!!

 不可能だ!
 できやしない!
 だから普通は選べず、更に回転を加速させる方を選ぶだろう!
 できたとしても、その選択は明らかに限界を超える!?




    ……ああ、なんだぁ……




    ……じゃあ、






    ……限界を超えよう。


















 

  「―――■■―――ッッ!!!



 そして、時を刻む針は逆行した。

 やらなければやられる。本能が理解わかっていたからこそ、ソレの肉体は応えた!
 ただ一度きりの咆哮、その語尾が急激に強まる!!


    ―――なにかの軋む音がする……。


 もはや声と認識できるレベルから遥かに歪んだそれは、もう一度更に崩れていく!!
 おとの強さと凶々しさ呼応するように、狂戦士の力は限界を超え発揮された!!


    ―――なにかの壊れる音がする……。


 力が届かないなら、追いつかせば良い。
 もとより狂戦士バーサーカー。限界を超えた力を発揮するのが本領!!


    ―――なにかの千切れる音がする……。


 だから放つ、


    ―――けれども、唯一聞き取れる音の主に、そのひめいは届かない……。


 なにを犠牲にしてでも!!






 そして狂戦士は正面より跳んでくる白雪を迎え撃つ一撃を放った!
 回転の勢いのついた体を、またも無理矢理逆方向に旋回させるというデタラメを実現して!!

 地面スレスレを駆ける白雪が、自身に届く前に鉄塊で上から叩き落す!
 言葉という概念が残っていれば、きっとその意思のもとに鉄塊を振るっているのだろう。
 獣の瞳は、白雪を凝視したまま、微塵もブレることなく捉えている!!
 決して逃がさない……狂戦士のその執念が!
 その本能が!
 白雪を視線で握り潰すッッ……!!


 ―――瞬間、その凶々まがまがしい瞳を、黒く艶やかな大量の糸が……舞った……。


 唐突に目の前に現れたそれは……三つ編みのほどけた長い黒髪。
 狂戦士が、狂戦士に至る前に自らこしらえた、狂戦士には似つかわしくない……少女らしいおしゃれ。


 確かに、狂戦士は限界を超え、その肉体を限界以上に酷使させられる。
 しかし、人体には操作できない箇所はいくらでもある。
 髪の毛がそう。
 事実、後頭部に垂れ下がった三つ編みは、鉄塊を振るう動きに抗えず激しく振り回されていた。
 それが問題にもならなかったのは、それが1本の束でまとめられ、ただの一度もソレの動きを妨げなかったから。

 だが今は違う。
 三つ編みを拘束していたリボンは、結び目より少し前の部分で髪の毛ごと切断され、束ねた髪を解放していた。
 それぞれが自由を得た髪の毛は、十数万通りの舞い方で宙を舞った。
 抗うことを知らず、ただ流されるままに。

 そこに、2度の回転と、その後の逆回転が加わる。
 白雪が、命と等価の刃を捨てて切り落とした瞬間から、本体に遅れて1回転。
 その間に散り散りとなった数十万の黒い糸は、その回転力に抗わず各々が宙を舞った。
 再び同じところに戻ってきた時、主の視界を完全に覆ってしまった……!

 白雪の雷光の閃き……防御を捨てた決死の投擲は、今ここに成し遂げられたッッ!!!!!


 狂戦士は、視界を奪われながらも、躊躇することなく分厚い鉄板を振り下ろした!!
 だが、それが小さく……それでいて大きな分かれ道。
 標的を見失った一撃は、数瞬前に捉えたエモノの位置目掛け、完全に直感で放たれたもの。
 相手を見失った事実だけは隠しようもなく……今の白雪の技量なら、その程度あれば十分!!

 白雪は直線的な軌道を瞬時に見切ると、空いた右手でカルタでも取るように地面を叩いた。
 真っ直ぐに跳んでいた白雪の体が、その軌道をわずかに逸らす。

 鉄板が落ち、地面が破裂した。

 鉄板は、白雪を捉えられない。
 姿が見えぬ以上、エモノの動きを追う能力を失い、鉄板はその身を地面に埋めるしかなかった。
 吹き荒れる鉄塊の嵐は、遂に止む。
 ……少なくとも白雪が次の行動を終えるまで。


 姫の次の行動……?
 そんなの決まってますの……!
 ようやく射程内に捉えたんだからッッ!!






 弾丸となった白雪の体は、狂戦士を初めて射程内に捉えた!!
 鉄塊を避けるために進路を変えるだけなら、軌道を読んでしまえばそう難しいことではない。
 しかし白雪は、攻撃を避けるだけではなく、避けた上で尚射程圏内に相手を捕らえられるコースに進路を「制御」した。

 超高速の中でありながら、機械でも不可能なほど精密過ぎる動きを成し遂げたその技量。
 超常スレイヴァーとなった少女に与えられた「技」は、目の前のソレが実現してきたデタラメ以上の「奇跡」を実現した!!


 狙うは鉄板の柄を握る右腕。
 こんな物騒な鉄板を振り回す右腕さえ使えなくなれば、もう戦えなくなる!!
 それで……このデタラメな全てが決着する……!

 最後の最後、しくじる訳にはいかない……白雪は、片割れの刃を握り締める!
 リミットいっぱい、四度目の渾身!
 だが今までとは決定的に違う四度目の一閃!!
 今まで守りにしか使えなかった切り札を、初めての「攻撃」へと転じさせて!!
 白雪は、体ごと回転させて、左腕に残った1本の刃を振り上げるっ―――!!



    ―――4回!!!












 勝負を決したもの。



    ―――鈍い音が、鳴り響いた。



 それは……"価値観"の違いだった。






 白雪のミスは、今までのデタラメが「攻撃を当てる」以上の意味を求めていないということを、理解していなかったこと。
 単純に、今までの間合いから当てられる攻撃が分厚い鉄板それだけだった訳で。
 当たるなら、別に素手でも構わなかった。

 ソレの空いた左手は、肉食動物の鉤爪のように指を開いて、白雪の腹へと抉りこんだ。


「が―――ふ……ッ……!?」


 鉄板で追いつかないことを本能で察知して、ただ無造作に放った一撃。
 急所に当てた訳でなく……むしろ自身の指を砕きかねない非効率さをもって尚、白雪の体から戦う力を全て削り尽くす。



    ―――こんな物騒な鉄板を振り回す右腕さえ使えなくなれば、もう戦えなくなる!!



 武器を持ってるから、それでしか攻撃しない。
 その先入観に……白雪は敗北する。

 今まで、激しい動きの中で必死についてきた白雪のリボンが……ほどけ落ちる……。







  ・

  ・

  ・

  ・

  ・




    ドォォォォーーーンッッッ


 ―――白雪ちゃんが飛び込んだそこから、なにか大きなモノが飛んできて、アタシの横を通り過ぎた。
 突然来たものだから、それがなんなのかまでは分からなかった。
 地面か木の破片かとも思ったけど、それにしては色合いが鮮やかだったから、違うっていうのはなんとなく分かった。
 "なにか"は木にでもぶつかったのか、一度後ろから大きく音が鳴って……全ての爆音が止んだ。

 唐突な静けさに……嵐の前のなんとやらという言葉が思い起こされる。
 そのせいか、妙に不安が掻き立てられた。


 そして………………アタシの横を通り過ぎた人間大のそれが、本当に人間だっただろうことに気がついて、不安が恐怖に変わった……。


 アタシは、巡るイヤな予感が、予感の通りでないことを確認したくて……後ろを振り向く。


「……ぅ…………が…、…は………、……ぁ……」


 ……イヤな予感は、覆らなかった……。


「…………白……雪……ちゃ……?」


 そこには……大きな木に体全体がめり込み、苦しそうに声を上げる……白雪ちゃんの、姿……が……。

 ―――白雪ちゃんが負けた……?


「あ……ああ……、う……ぁ、ああ……」


 恐怖で、声が漏れる。
 だって……白雪ちゃんが負けた……ってことは……。
 つまりもう―――"アレを止められる者は……ここには居ない"……。


「あ……、……ぁ―――……っ!」


 理性のない……話し合いの通じないアレを……。
 今の……スレイヴァーになった白雪ちゃんですら敵わなかったモノを……。
 アタシなんかにどうこうできる訳ない……!?
 絶望的な状況を理解して、あまりの恐怖で、声が引きつって、出ない……。

 どうする……?
 どうなる!?
 どうなっちゃうの?!

 頭の中がグシャグシャになっていく。
 なにもまともに考えられない。
 どうすれば、良―――


「……え―――?」


 恐怖に身を支配されながら、その原因へと目を向けてみると……不思議なことに、そこにアレの姿はなくなっていた。

 まるで小型の爆弾でも投下させたかのように、見るも無残に荒れている。
 たった数秒前までは、まだもうちょっとマシな景色だったというのに、その部分だけが荒野に壊されていた。
 荒れた景色の中、可愛らしいリボンだけ、ポツリ場違いに落ちている。
 けれど、それ以外のものはそこにはない……。


「消え、た……? 一体……どこに……?」


 アレはさっきまであそこに佇んでいた。
 土煙であんまりしっかり見えなかったけど、白雪ちゃんが走る直前、ちょっとだけ姿が覗けたから、居たのは間違いないはず……。
 なのに、今は居ない。


「そ……そっかっ! きっと白雪ちゃんの捨て身の攻撃で、どっか遠くまで吹き飛ばされたのね!
 きっとそういうことに決まって―――」


 ……なんて、楽観的な想像を膨らませるのとほとんど同時に―――なにかが太陽の光を遮った……。


 ……え? なに?
 雲か飛行船かなにか?
 けどそんなのどうでも良いじゃない。
 だってやっと、あの恐怖が終わったんだから。
 なにが空の上に居ようとも、今は喜ぶべき時。
 白雪ちゃんにはとても大変な目に遭わせちゃったけど、もうすっごく感謝。
 感謝しても全然し足りないくらい、お世話になっちゃった。
 今までもお弁当をお世話になっているのにまた更にお世話になっちゃったから、返しきれるかなぁ?
 でも絶対なにかお礼を返さなきゃ。
 アタシができることって言ったら、メカを使ったエンターテイメントぐらいだから、やっぱりその方向で考えて。
 花火やヒコーキやラジコンや、メカマジックショーなんてのもアリで。
 それからそれから……―――……なんでこんなにも恐怖が拭いきれないの……っ!?


 ……それは、分かっているから。
 そんな楽観的な妄想が、論理的に考えるアタシの脳みそが、限りなく有り得ないことだと認識しているから。
 そもそもアタシは、"居る"なんて表現してるじゃない?
 答えが既に分かっている証拠……。

 それでも、現実逃避のように、遮るものの正体を思考するのを拒否する。
 そして、これからずっと拒否し続けたい。
 けれど、体は反射的に空を向いてしまっていて……そして、太陽を遮る影の正体をアタシは見る。


「……は―――?」


 頭が、フリーズする。
 パソコンに一気に作業行わせようとして、HDDの処理が追いつかなくて固まるのに似てた。
 そのくらい、アタシの脳みその負荷は凄まじい。
 白雪ちゃんが負けたと分かってから、既に急展開がくり返され過ぎて、ついて行くのがやっとだったのに……。
 あんな、信じられない光景を見たのだから……。

 あの巨大な鉄塊が……空高く飛んでいた。
 鉄塊の端、申し訳程度についている人間の形をしたソレが、重力さえも無視してそれを空に引っ張り上げている。
 明らかに超重量だろう鉄塊を持ったまま、ニンゲンが跳躍できる遥か上を飛んでいた!

 さっきからの全てが「有り得ない」ことなのに、それを見たくらいでフリーズするのも今更過ぎるのかもしれない。
 けれど、その信じられない光景だけがフリーズの原因じゃない。
 "それをすることに何の意味があるか?"と、同時に自分に問い掛けてたから。

 ……この答えも、本当はすぐに出ていた。
 それが余りに単純過ぎて……けど一番起こって欲しくないものだから、みっともなく言い訳や屁理屈を重ねて他の答えを探していた。
 ああ、ダメだアタシ。全然ダメだ。今日一日、ずっと同じことをくり返してるって言うのに、全然学習なんてしやしない……!
 アタシがどうこう言ったって、"ソレがやることには変わりないってのに"……!?

 もう現実を受け止めなさい!
 目の前の状況を見て……!
 でないと……でないとアタシは―――きっと後悔するからっ!


 アタシが白雪ちゃんに気を取られてる間に、アレは、空へと飛翔していた……!!   ―――なんのため?


 それは追撃のため。   ―――追撃?


 上から真っ直ぐ、アノ鉄塊を振り下ろすこと。   ―――ああほら、今まさに垂れ下げていた分厚い鉄板を上に構えたっ!?


 間違いない間違いない間違いないあの一撃は白雪ちゃんを仕留める最後の一撃。白雪ちゃん目掛けソレは鉄塊を空から振り落として来る!!
 勝負は既に決している!
 けど……それは"決着"ではない!
 まだ白雪ちゃんが"戦闘不能になっただけ"で、あの忌まわしいゲームに"倒したと認められていない"!?
 だからアレは、確実な"決着"をつけようと暴走して―――


■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!



 ―――え?




 白雪ちゃん………




 しんじゃうの…………?












「ダメぇぇぇえええェぇぇェッッッッッ!!!!!」


 気がついたら、叫んでいた。

 多分……アタシはバカなんだと思う。
 今まで、自分は頭の良い方だと思ってたけど……これは決定的。

 気がついたら、走っていた。

 止められない。
 止まるはずのない。
 そんな分厚い鉄板の落下を前にして……

 気がついたら……

 ……白雪ちゃんを庇うように、前に立ち塞がっていた。






 ―――バカだなぁ……アタシ……。






 その行為に、一体どれ程の意味があるのかと言われたら……そう、まるでない。
 アレから見れば、アタシの体なんてプリンよりも柔らかいモノ。
 「庇う」って、本来の意味も成さないくらい弱い物体で、そのために命ひとつ使っているに過ぎない。

 そう、これは無駄に命を捨てる行為。
 それ以外なんの意味も持たないバカな行為。
 この世の中に……これ以上のバカな行為なんてある?
 ……ないでしょ?


 この時……正直言っちゃうとさ、冷静に状況を分析して、効率的な答えを導き出すアタシもいたの。

 白雪ちゃんは死んでも大丈夫で。
 アタシにはそんな保険はなくて。
 止める力のカケラもないアタシは、ただ黙って経過を見守ればいい。
 全部終われば全て丸く収まる。
 それが効率的で、理知的で、正しい判断。
 だってのに……その冷たい判断に従えない感情が、アタシをつき動かしてた。

 だってもう……あんな思い……したくないから……。


 アレの落下が迫る。
 今までの、超高速の戦闘に比べて、自由落下のなんて遅いこと。
 落下っていうのは、もっと速いものだと思ってたけど、こんなにものんびりしたものだったのね……。
 見えもしなかった今までに比べ、致命的な程のタイムロス。
 アレの本能が、それで十分と訴えたのかしら……?

 あ……鉄板が、アタシの後ろの木の先っちょに触れて……埋まっていく。
 木を、まるで霧かホログラフみたいに通り抜けて……そのまま真っ直ぐ、ただ真ーっ直ぐに……落ちて。
 多分そのまま、真ん中を縦一直線に通って、木にめり込んだ白雪ちゃん諸共……―――。
 そして、アタシも一緒に……―――。

 生存本能かなにかなんだろう。アタシは……反射的に目を瞑って……"その時"に備えていた。






 

  「―――ッッ!!!!














 激しい爆音が、轟いた……。



























    ズドォォォォーーーンッッ


 ……なにかの倒れるような音が、聞こえた。


(―――……聞いて、る……?)


 一方的で、その音を"聞いている"自分に気がつく。
 正直、耳はさっきからの爆音とかで大分やられてて聞こえにくいんだけど、それでも空耳じゃないって実感はあった。
 それに、地響きのような振動も足を伝わってきていた。だったらもう、間違えようもない。


(アタシ……生きて……? ……助かっ、た……?)


 助かるだけじゃない。体も……耳と木にぶつかった時の打撲以外はなんにも痛くない。
 今の出来事に関してだけ言えば、アタシは全くの無傷。
 あの状況で、一体なにがあれば助かるのというのか……?
 不思議に思い、瞑ってた目を開ける。

 まず飛び込んできた映像は―――アレが目の前で俯いているというもの。
 姿を確認し、また恐怖が沸き上がりそうになったけど……それはまるで動く気配がなく、ただ静かに佇んでいるだけ。
 それに……なんだろう……? なんとなく雰囲気が違って……怖く、ない?

 右手には、あの無骨な分厚い鉄板を持っていた。
 鉄板からは不思議な光の粒子が発生していて……まるでアニメか特撮で、消える寸前の演出のようだった。
 ……多分、消える前兆そのものなのだろう。アタシは一度、それを見せてもらっているのだから。

 先端はアタシのいる方向に向かって伸びていた。
 けれど……少しだけ、アタシの居る位置より横に逸れて伸びている。
 気になって鉄板を先端まで目で辿ってみると……先端は、アタシたちから少し離れた所にクレーターを作り、埋まっていた。
 その威力の凄まじさに、ぞくりと恐怖を思い起こされる。
 けど……そこにある奇妙なものを見て、恐怖よりも不思議に思う気持ちが上回った。

 クレーターには……裂けた木の半身が中に倒れこんでいた。
 けれど奇妙なことに……切れ口は途中から、まるでカタカナの「ノ」の字みたいに曲がっている。
 後ろを見てみると……間違いない、後ろの木も同じ「ノ」の字切れ口で、半分から右側が無くなっていた。
 「ノ」の字は、白雪ちゃんの体が埋まっている部分からほんの少し上にできていた。
 まるで、アタシたちを避けるように……。


「……ぁ…り……ガ………、ど……ぅ……」

「え……?」


 状況の把握に努めるアタシに……しゃがれた声で、ソレは言った。
 耳はほとんどやられて聞き取りにくかったけど……それは確かに、人の言葉を話した。
 その事実に気がついて、もう一度ソレの方を向く。


「……止め………、グ……、れ…デ……」


 ソレは……微かに、笑顔を浮べて……


「り…、ン…り……ぢゃ………」


 鉄板が完全に消えるよりも早く、"彼女"は地面に倒れ込んだ。


「あ……―――っ!!」


 ……アタシはやっと……ソレが、鞠絵ちゃんであることを……思い出した……。












更新履歴

H21・2/2:完成・掲載


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