耳を突く金属音。
 その後に訪れた一瞬の静寂。
 ……それは多分、本当に一瞬のこと。

 アレが鉄板を振り回した直後から、振り抜かれた今の体勢になるまでの映像を、アタシの目は録画していない。
 過程になにがあったのかはまったく分からなくて、ただ結果だけがそこに残っていて。
 目の前に広がる情景は、ただ印象的だった……。

 分厚い鉄板を振り抜いたソレは、重厚な存在感を放つ鉄板を高く横に掲げたまま佇んでいる。
 そしてその前に……立ち塞がるひとりの少女。
 両手に持った短刀を交差させて掲げる小さな後姿が、そこにある。

 それは……「魔獣と戦う勇者」、なんて一枚の絵画を思わせて、アタシの眼球に焼き付いた。







 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月19日 水曜日

第23話 立ち向かう者








 ―――良かった。

 白雪ちゃんの無事に、安堵の言葉がこぼれる。
 いや、こぼれようとしていた。
 実際に声に出たのは、それとは逆の言葉。そのカケラ。


「―――メッ、逃」


 目に写る状況に比べアタシの口はひどくノロマで、
 白雪ちゃんの身を案じて出したはずの言葉が、事が終わった今になっても言い終わらない。
 世界のスローモーションはいまだ続いている。
 止まっていると錯覚するほど、スローに。
 状況からズレた叫びは、ひどく場違いで……

 ……ああ、アタシはなにを早とちりしてるのよ……。
 白雪ちゃんの身の危険は、今でもしっかり続いてるじゃない!

 響いたアタシの声は、時が流れていることを伝える校正基準となったのか。
 途端、世界の一時停止は解除される。



 伸びきったソレの右腕が、振り抜いた鉄板に働く慣性の法則をねじ伏せて、無理矢理元来た方向へと引き戻した。






    ―――キィィィィーーー……ドゴォォーーーンッッ


 再び聞こえた「何か」の金属音。そして爆発音。
 もちろん、この遅過ぎる世界においても、その過程は一切見えない。
 舞い散る地面の残骸が、まるで紙吹雪かなにかだってのに、あの鉄板と、扱うアレだけが時間軸が違う。


「―――てっ……」


 ここに来て、アタシの口はようやく白雪ちゃんに「逃げて」と言い終える。
 それほどの速さが、繰り広げられていた……。

 結果だけ見たままに伝えるならば、あの分厚い鉄板はまたも地面にめり込んで、地面を破裂させていた。
 その横で、白雪ちゃんの姿はある。
 振り上げていた両腕を、まるで思いっきり振り下ろしたかのような格好だった。
 アタシの声に律儀に従ったのか、別の意図があるのか、白雪ちゃんは一度後に引き下がり、ソレとの距離を取り始める。


(なん、で……?)


 状況に言葉が追いつかないことを悟って、心の中で疑問を投げ掛ける。

 白雪ちゃんが無事なのは嬉しい。
 けれど、なんで無事でいられるの?
 あんなモノを相手にして、彼女は今も健在しているだなんて……。
 その疑問が、喜ぶ心に比べわずかに勝った。


 打ち合いはない。
 確かに、状況だけで推測するなら、白雪ちゃんは両手の武器を振るっているのだろう。
 彼女の体の向きも、分厚い鉄板を振り回すソレではなく、先端を埋めた鉄塊の方に向いている。
 金属同士をぶつけた音まで鳴っているのだから、そう考えるのが妥当とも言えるかもしれない。

 だってのに、白雪ちゃんの武器は弾かれたわけでも、ましてや白雪ちゃん自身が傷ついた訳でもない。
 あの怪力、受け止めるだけで腕の方がオシャカになってしまう。
 白雪ちゃんは無事、だからこそ打ち合ってなどいない。

 だから外れたのかと疑うけれど……ならあの「キンッ」って音はなんなのよ?
 「何か」に当たっている。
 でも打ち合ってはいない。
 矛盾している。
 お互いの武器がぶつかり合って、それでも白雪ちゃんが無事でいられる条件なんて……。

 そんな不可思議な現象を実現する解が果たして存在するのか?
 半信半疑で、条件を満たす方程式がないか脳みその中を漁ってみる。


「―――ッ!? まさか……」


 ……それはいかなる感情だったのか。
 頭の中で歯車が噛み合った瞬間。
 アタシは心底、―――震えた。


 外れた訳ではなく。
 打ち合った訳でもない。
 なら、


「白雪ちゃんはあの攻撃を受け流してるっていうのっ!?」


    ―――そんなバカな!?


 確かにそれなら合点が行くわよ!
 簡単なベクトルの方程式だもの!


    ―――あり得ない……!?


 攻撃のベクトル方向に対して垂直に力を与えれば、衝撃を受けることなく、与えた力の分だけ軌道はズレる。
 結果、あの怪力と鉄塊の到達点は、白雪ちゃんの居る場所とは別の位置となり、外れる。

 受け流すのと打ち合うのはまるで違う。
 衝撃が正面でぶつかり合ってる訳じゃないから、どんな凶悪な破壊力でも、白雪ちゃんにその力は伝わらない……!!
 受ける負担と言えば、せいぜい打ち込んだ際の作用・反作用の法則くらい。

 けどそれって……あの"見えない一撃に合わせて、的確な角度で攻撃を当てなくちゃできない"のよ!?
 超高速で動く物体に、ピンポイントで、しかも正確な角度で!!

 正確な角度で当てるってのは、実は止まってるものでも相当難しい!
 ただ当てるのだって、あの速度なら反応すらできるものじゃない!
 なのにその両方を実現しているだって!?

 だというのなら、鉄塊を有り得ない物理法則で振り回すアレとは別の意味で、人間の領域レベルを超えている……!
 ……いいえ、きっとそれ以上よっ!!
 その、不可能さ加減を理解できるからこそ、アタシはその解をすぐに思い浮かばなかったんだからっ!


    ―――キィィィィーーーーーーンッッ


 ……けれど、じゃあこの目の前に広がる光景はなんだっていうのよっ……!?

 同じ現象は今、目の前で何度もくり広げられている。
 分厚い鉄板は何度も白雪ちゃんに襲い掛かり、その度に連続的に金属音を起こして、鉄塊は白雪ちゃんを外している。
 白雪ちゃんが距離を取れば、目の前のアレも逃がすまいと距離を詰める、そのくり返し。
 有り得ないと断じた今この場、アタシが疑問を過ぎらせている間もずっと。

 アタシってヤツは……一体いつになったら覚えるのやら。
 昔の魔術師たちが仕組んだこの「ゲーム」は、そういう有り得ないことが平然と起こるんだってことを……!


「白雪……ちゃん……」


 ……白雪ちゃんが危険を回避できることを理解し、集中力が切れたのか、世界のスローモーションはこの時点ではもう解けていた。
 だからアタシにはそれ以上なにが起こってるかなんて理解できなかった……。
 分かることといえば、白雪ちゃんがいまだ屈することなく立ち向かえているということ。


「これが……スレイヴァー……?」


 人知の及ばない、超人同士の戦い。
 アタシはただ、その様子を眺めるしかできなかった。

 ……眺めることさえ、まともに行えない。
 アタシは蚊帳の外の"ニンゲン"だった……。







  ・

  ・

  ・

  ・

  ・




 なんて理不尽。

 再び間合いを取った白雪は、肩で息をしながら思っていた。
 目の前のソレは、休む暇をくれてやるほど易くはない。
 白雪が取った距離を、あっという間にゼロにして、巨大な鉄板でなぎ払いに来た……!


「ハ……―――ッ!!」


    ―――ッキィィィィーーーーーンッッ


 白雪は高速で迫り来る鉄塊に両手に持った刃を打ち付ける。
 衝撃は鉄塊を本来の軌跡から逸らし、虚空を切り裂くだけに終わらせた。

 鈴凛の考えた通り、白雪は、凶悪な力で振り回される鉄の塊を、両手の短刀を打ちつけることで受け流していた。
 スレイヴァーとして強化された動体視力と反射神経は、雷となった鉄塊の捕捉をも実現する。
 それさえも与えられた力なのか……相手の力を受け流すその戦い方を、鈴凛のような理屈ではなく、感覚的に理解して。
 白雪は、紛れもなく人間を遥か超えていた。

 だがそれを踏まえたとしても、アレの振り回す鉄塊の一撃は異常だ。

 超常であるはずの白雪スレイヴァーをもってして、逃げるしか手がない。
 そのくらいデタラメな一撃……!


 白雪は、さっきいなした時の失敗を思い出す。
 ほとんど垂直から打ち込んだ。
 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ正面からだったけど、ほとんど垂直に打ち込むんだから大丈夫だろうと思った。

 だけど実際はどうだった?
 ものすごい衝撃が走って、踏ん張った足が地面を抉ったまま後ろに大きく押し戻された。
 楽観なんて許されない、ギリギリの狭間なんだと改めて自覚する。
 まともにくらえば、一撃で終わる……。―――ああ、そんな「楽観」はダメだって今言ったばかりじゃないの!
 アレの一撃はまともじゃなくても、触れただけで「砕ける」ッ……!!


「ふ―――ッ!!」


    ―――キィィィィーーーーーンッッ
    
                   ―――カキィィィーーーーンッッ

        ―――キィィィィィィーーーーーーンッッ


 そんな一撃を、白雪は精神を研ぎ澄まして捌いていた。
 もう何十度くり返したかも分からない。

 片や、力のみで全てを終わらせる「剛」の戦法。
 片や、技にて遥か上の力に対抗しうる「柔」の戦法。

 片や、意思というものを完全に排除し、本能のみで襲い掛かる狂獣。
 片や、極限まで意識を集中し、研ぎ澄ませた理性によって戦う超人。

 ふたりは、まるで逆の戦い方でせめぎ合う。



 ゆえに、彼女は誇って良い……!



 その「デタラメ」と、対等以上の力をもって渡り合っているのだから……!






 

■■■■■■■■■■■■■■■■――――!!!!



 咆哮と共に、鉄塊は荒々しく舞った。
 相変わらずムチャクチャな体勢から飛び出してくる。
 どんなムチャな体勢からでも、常にその時、その位置から最短で、アレは攻撃を放ってくる……!


(……来るっ!? ―――上ッッ!!)


    ―――ッキィィィィーーーーーンッッ


 白雪にとって幸いなことは、バーサーカーが小細工を弄さない戦い方だったということ。
 予備動作はそのまま攻撃の軌道を示して非常に読み易い。
 上手く読めば、鉄塊を払うこともなく攻撃をやり過ごせた。

 ……そうなることが一番の理想だった。


(……っ?! 次は、かわせないですのっ……!?)


 2〜4回。
 それが、白雪が一度の接戦で刃を渾身で振るえる限度。

 アレの一撃を逸らすためのそれは、全て渾身の大振り。
 確かに、「技」を操り、攻撃の衝撃こそ伝わらない。
 が、剛腕が鉄板を支える力は強靭で、ただ打ち付けるだけではビクともしない。
 両手で渾身を叩きつけて、やっと方向を変えてくれるのだ。
 それゆえ体勢は保ちきれず、くり返す度に姿勢は崩れ、精度もまた落ちる。
 崩れた体勢からでは渾身の一撃は繰り出せず、かわせる攻撃もかわせなくなる。


 限度を悟って、白雪は一度退くことを選択する。
 高く後ろに跳び退くと、足元を横一閃に走る鉄板が通過……紙一重で回避を成功させる。
 が、アレは易々と逃がしてはくれなかった。
 冷や汗を流す間もなく、分厚い鉄板は異様な軌跡を描いて、白雪に喰らいついて来たっ……!


(まったくっ……!)


 白雪は後ろの木に垂直に着地するように足をつけ、反動をつけて横に跳んだ。
 幹が弾けるほど蹴りつけてしまったので、木さんが可哀想と思ったけれど……それも一瞬。
 すぐに追いついたアレの追撃が、周りの木々諸共なぎ払って、全部が絹ごしのお豆腐同然に砕けた。


(デタラメ過ぎですのっ……!!)


 心の中で愚痴る。
 とはいえ、続けて回避成功させた甲斐あってか、ソレの勢いもさすがに止まらず、そのままあらぬ方向へと通り過ぎる。
 結果、今まで以上に大きく距離を開けることができた。
 アレはまたすぐに追いつくだろうけど、今の内に体勢は整えれば、また次を凌げる。


(凌げる……? それじゃあ、ダメですのっ……!!)


 ここまで命を削って、白雪が成しているのは単なる「防御」。
 「攻撃」ではない。

 相手の持つあの分厚い鉄板は、大きさは元より長さもある。
 軽く身長の2〜3倍か。
 白雪が両手の短刀で切りつけるには、その範囲内で荒れ狂う鉄塊を潜り抜けて距離を詰めるしかない。
 そして、現に何度も攻撃を仕掛けようと間合いを詰めてはみた。
 けどあのリーチで、あの速度で、あの破壊力。
 それを突破するには、命を削っても尚届かなかった……!

 それに、距離を詰めれば詰めるほど、あの鉄塊をいなすことは困難となっていく。
 長物を手に持った時、先端より根元の方が腕は安定して支えられる。
 中心のソレに近づけば近づくほど、鉄塊の軌道を受け流すことが難しくなる。


 近づくほどに体勢は崩れ。
 近づくほどに分厚い鉄板は強く支えられる。
 先に進めば進むほど、危険は増していく。

 そんな状態だ。例え自身の射程内に辿り着いたとしても、白雪に起こせる行動は限られていた。
 生き残るためには行動を「防御」に移さざるを得なくなっている……。
 そのため、白雪が残せる最善手は「現状の維持」だった。

 まるで、自分は減点制なのに、相手は普通にポイントを溜めていく対戦ゲームをしているみたい。


(ほんとっ! 理不尽なんですのっ……!)


 折角取った距離、詰められる前に白雪は大きく息を吸い、体中に酸素を行き渡らせた。
 白雪の体を襲う疲労は……そろそろ全身が悲鳴を上げ始めるほどに蓄積されている。

 防御のための渾身の一撃さえ、白雪の小さな体に疲労を蓄積させていく。
 それに白雪を襲うのはあの巨大な鉄板だけではない。
 巨塊に目を奪われ目立たないが、鉄塊の一撃が炸裂した地面や木、その飛び散る破片もある。

 しかし、そんなものに構ってなどいられない。
 当たったら即退場と、たかがポイントを減らされる程度で済むもの。
 なら、どっちを選ぶかなんて一目瞭然。
 そもそもスレイヴァーとなった白雪には、普通の人間が受けるような深手を負うことはなく、
 せいぜい……ウッカリ肘とか足をイスにぶつけた時くらい、と感じていた。
 だから初めから眼中にない。
 構ってる暇もない。
 ガレキを避けることはもう切り捨てて、鉄板にだけ意識を集中していた。

 が、それも積み重なれば無視できるものではなくなる。
 小さく、それでも確実に、白雪の力は削り取られていく。

 いや、当たればただの一度で終わる一撃を前に、ギリギリのところで戦っているのだから。
 なによりも、精神の疲労の方が激しかった。


 たった1分になるかならないか、そんなわずかな間の激戦。
 顔は土まみれ。
 髪も乱れ、トレードマークの大きなリボンも激しい動きについてこれずほどけかかっていた。
 お気に入りだった服も……動く事を前提に選んだとはいえ、ドロドロのボロボロ……。
 ああ、それにそれに、こんなムチャクチャなことして傷でもついたらどうしよう……?


(姫……女の子なのに……)


 年頃の女の子に、この状況は相当堪えた……。
 心の疲労が、更に増す。

 もっとも、状況は向こうも同じ。
 白かった肌も服も土に塗れ。
 結んだ三つ編みは麻のように乱れて。
 メガネはいつの間にか外れて落ちている。

 ただ、向こうにはそれを気に留める「思考」がないから、別にどうということはないのだけれども……。


(……理不尽、ですの……)


 再三、心の中でその言葉を愚痴った。
 だからといって、理性を失くしたいかといえば、答えはNOに決まっていた。

 ……心は―――姫にとって、全てだから……。

 ちらりと鈴凛の方を向いた。
 余所見でさえ命取りとなる超高速の戦闘の最中、それを承知で白雪は一度意識を別のところに向けた。
 視線の先で、鈴凛が不安そうに自分たちのやりとりを眺めている。
 そして、思いを馳せた。

    ―――守ってみせる……。


「ですのっ!」


 自分がなんのために今ここに居るのか、思い起こし、白雪に気合が入る。
 危険を冒してでも行った余所見は、白雪の消耗した精神に気力を与えた。
 こんな精神的ドーピングも所詮は一時しのぎ。
 何度もくり返せるものでもない。


    ―――なら……次で決めるしかない!


「ムフンッ!!」


 今一度気合を入れて、白雪は構えを取った!

 体力も気力も、尽きるのは時間の問題。
 疲労は確実に溜まるし、力も確実に削ぎ落とされている。
 一度も避けられなくなってからでは遅い。
 なればこそ……白雪は、今にでも勝負を決めることを選ぶ。

 ―――心の力で、打ち勝ってみせる……!

 思い浮かべた言葉が、そんなどこかのアニメやマンガでお決まりな台詞だったものだから、なんだか逆に軽く感じてしまった。
 けれど、それでも良いなとも思う。
 別に格好をつけたい訳じゃないし、結局のところ、思い浮かべた言葉の意味は……意思は、それなのだから。

 白の狂獣が、再び姿を現した。
 その凶々しい姿を視界に捉えて、


「たああぁぁぁぁああああッッッ!!!」


 ―――少女はソレに駆け出した。











更新履歴

H20・7/25:完成・掲載


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