「なによ……これ?」
息切れまで起こして、掠れそうな喉だってのに、思わずそんな声をこぼしてしまう。
全力疾走で駆け抜けること十数分、やっと到着した雛子ちゃんの家の前で見た風景……。
その昨日までとは打って変わった姿に……アタシは息を呑んだ。
玄関の壁には、まるで散弾銃でもぶっ放されたかのような無数の穴たちと、その中に数本の大きく裂けた跡が浮かび上がっていた。
Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜12月19日 水曜日
第19話 追跡
無残に傷だらけになった雛子ちゃんの家の壁を前に、呆然と立ち尽くしてしまう。
こんなの漫画や映画の中なら、アタシもよく目にする結構在り来たりなシーンだった。
くだらないだの、つまらないだの、散々批評して来た場面が……今、現実 を侵食して来ている。
あんなに見下してきたチープさが、画面を飛び出してきただけで、こんなにも恐ろしいものに変わるだなんて……思いもしなかった。
その姿は、とても平和な街角の風景とは思えない強烈な威圧感を、アタシに向けて放っていた……。
無数に開いた穴。それが散弾銃の作り出すものと違うのは、その中に弾が埋まっていないってことだろう。
だけど……切り傷に至ってはもう笑うしかなかった。
何の冗談か、コンクリートが"切れて"いた。
"砕けている"のではなく、"切れている"のだ。
コンクリートってのは、鉄骨の上にセメントと砂と砂利とかを塗り固めてる―――要するに粉状のもので出来てる代物だ。
だから壊れる時はどうしたって"砕ける"。
なのに、雛子ちゃんの家の壁は、その傷だらけの身を晒しながらも、原形を保ったまま……。
こんなの、よっぽどの道具 と腕 と力 が揃ったとしても、人間技では到底不可能な現象だ……。
不可能、なんだ……。
「……"人間以上の……存在じゃなきゃ"……。」
状況から見ても、思い当たる節は……ひとつしかない……。
だからアタシは、ここに来たんだ……。
「もう、手遅れだって言うの……?」
ギッ……、音が聞こえるくらいに奥歯をかみ締めた。
そんな、悪態をつくような態度とは裏腹に、身体は震えそうになる。
この、ヒト以上の暴力に。
「まだよ……まだ……諦めるなんてまだ早い……。ふたりを、探さなきゃ……」
恐怖はある。
ハッキリ言って拭いきれるような生半可なものじゃない。
アタシなんかは下手に知識がある分、余計に恐ろしい。
でもそれ以上に…………悲しかった……。
大切なふたりが争ったという事実が、どうしようもなく悲しかった。
怖いことよりも、悲しかった……。
「もう、大切な人が傷つくのはイヤ……。失うなんてもう、イヤだから……」
だからアタシは、その恐怖に立ち向かえた。
ガチガチ震えそうになる奥歯を噛み締めて、震えを押さえ込んで、再び今自分の置かれている状況に目を向けた。
ふたりの姿はここにはない。
ならどこへ向かったのか?
戦いの痕跡は、壁から道へ、そしてそのままどこかに向かってが続いていた。
傷は、さすがに壁ほどじゃなく、数メートルに1個か2個くらい、切るか刺すかした痕跡があるだけだったけど、
それでも、ふたりが向かった先を辿るには十分なほどだった。
アタシは、その痕跡がどう伸びているか、一通り辺りを眺める。
「……ん?」
ふと、道の脇になにか光っているのが視界に入った。
何かの手がかりかと思い、近寄って手に取ってみる。
「ドライバー……じゃない。……錐?」
それはパッと見は木製の握りに、細長い銀色の金属棒がついているという形状の物。
先端をよく見てみると、ネジに挿し込むための十字型や一の字型に加工されているという様子はなく、ただシンプルに尖っているだけ。
ただそれだけのもの……。
「……!?」
その、ただそれだけのものに……アタシは驚きを隠せなかった。
握りのパーツと先端のパーツ、別個にある部品を組み合わせて作られているのが普通のドライバー、もしくは錐の構造だ。
一見してみれば、これは市販のもののように別々の部品から組み立てられている"ようには"見える。
けれどそれは単なるデザインであって、よくよく観察すれば、
"木から鉄が生えている"……。
手に取ったそれは、木 と金属 との間に繋ぎ目のない、ひとつながりでできた物だった。
そんなおかしな話があるだろうか?
あるはずがない。
あるはずないのに、今目の前に存在している矛盾。
どういう生態系をもてばこんな木がこの世に存在するのだろうか?
いや鉄でも良い、途中から木に変わる鉄……当たり前だけど、そんなもの当然有り得ない。
鉄が生えるだけでもその逆でもおかしいのに、その上で何らかの人工物の形を成している。
まるで、この形になるためだけに生まれたような。
まるで、「誰か」が、理想そのものを"材料の存在から"オーダーメイドさせたみたいな。
それゆえに"理想的過ぎて有り得ない物質"……。
……でも、なんだろう……?
「なんだか、どことなく暖かい感じがする……」
脈絡もなく脳裏を過ぎったのは、一昨日の鞠絵ちゃんの手に光の集まる幻想的な光景と、
昨日千影ちゃんの手の内で短剣に姿を変えた光の粒たち。
これは、そのふたつと同じ魔力 でできている。
恐らく、間違いはない。
鑑定結果が「魔力」だなんて、科学者の卵としてはなんて非科学的な発想なんだろう。
しかし、考えられる可能性を追求した結果、唯一ありえる結論がそこしかないのだから仕方がない。
科学者だからこそ、非科学的な結論を認めざるをえないなんて、少し皮肉な話……。
そんな皮肉めいた思考も、いつものアタシなら鼻で笑ってるところなんだろう……けど、今のアタシにそんな余裕はなかった……。
「アタシは……大好きな人たちが犠牲になっている上で、研究優先できるほど科学者じゃないわ……」
だってこれは、心躍る未知の研究対象なんかじゃなく……大好きな、大切な自分の姉妹たち争いあった証拠だから……。
高鳴る胸の鼓動は、未知への探究心ではなく、悲しみと不安から。
だから、早くこの不安を終わらせようと、改めて傷だらけの路面を見渡す。
痕跡は続いていた。
恐らく、人目の付かない所へ向かったんだろう。
ふたりの性格を考えると、簡単に考えが及ぶ。
なんだかんだで、ふたりとも優しい子だから、無関係な人を巻き込みたくないはず。
……なら、今ここに痕跡が残っていることが納得いかない。
公共物破損も、立派な無関係な人間を巻き込む行為だ。
一体どうして……いや、それは今は頭の隅に追いやっておこう。
ここに突っ立ってあれこれ悩むよりも、直接聞いた方が早いと思ったから。
今ここに、ふたりを追う手がかりがある。今はそれだけで十分。
この痕跡を辿って行けば居るはずなんだ……鞠絵ちゃんと白雪ちゃんが……アタシの大切なふたりが。
とりあえず、拾った錐のようなものは、刺さらないよう気をつかってポケットにしまった。
これは今後なにかの手がかりになるかもしれないし、
精密に成分解析を行えば、新たな発見や未知の結果が導き出せるかもしれない。
無闇に置いていくのは、得策じゃないないのは明白だったから。
ポケットにしまうと、アタシは疲労を訴える脚へとゆっくり語りかける。
「休むなら、全部終わってからたっぷり休ませてやるから……その分今はしっかり働いて、ね……」
そうして、その疲弊した身体に鞭打って、再び動かし始めた。
・
・
・
・
・
「はぁっ………、はぁっ………、はぁっ………!」
少女は、走った。
それは普段の自分ならば、息切れが発作へと変わり、とっくに倒れてしまっているほどの運動量だった。
だが、それでも少女は、走り慣れない足で走らねばならなかった。
鋭い風を切る音が、少女の背後より響く……刹那、その身より紙一重の空間を切り裂いた。
右に、左に、縦横無尽に襲い来る凶刃。
その猛攻から逃れるため、少女は……鞠絵は必死に走り続けた。
自分と同じスレイヴァーから。
この戦いの、敵から……。
「はぁっ………はぁっ………、はぁっ………!」
親友を助けるために、約束を破ってまで出て来たのに……まさかこんな展開になるだなんて。
突然の遭遇から衝撃の告白、そして……宣戦布告へ。
目的を果たせない焦りと、予期せぬ敵襲に、気持ちを整理するので手一杯だった。
目の前に現れた彼女は、鞠絵の目の前で自らの武器を生成して見せた。
それはスレイヴァーとなったものに与えられる能力であり、この戦いを勝ち抜くための武器 。
そして、スレイヴァーとしての紛れもない証……。
彼女が、自分の"敵"として立ちはだかった事を、鞠絵は理解せざるを得なかった……。
「はぁっ……はっ……は、ぁっ………っ…………!」
「…………」
始めは……初撃を避ければ何とかなると考えた。
だが、それが楽観であることはすぐに理解する。
話し合いなど通じないことを、鞠絵は理解した。
だから鞠絵は背を向けた。
「…………」
「……はぁ……………はぁ……………」
彼女は背後から声も出さず、呼吸も乱さず、ただひたすらに鞠絵を追い続ける。
相手は、自らの立場や後先など考えていないのか、あんな往来で堂々と武器を取り出し襲い掛かってきた。
彼女には、鞠絵がスレイヴァーという確証があるよう……これはもうこの際どうでもいい。
現に襲い来る彼女 から逃げ切れている自分は、対等の能力を所持していること を証明してしまっている。今更隠しようもない。
ただ、どんなに確かな証拠を持っていたとしても、いくら人目の少ない時間帯だとしても、
彼女がそんな危険を冒すだなんて……鞠絵には、それをこそ信じられなかった。
今も凶器を手に自分を追い立ててくる彼女は、どう取り繕っても危ない人だ。
そんなこと、冷静に考えればすぐに分かること。
なによりも彼女の性格を思えばこそ尚更そんな行動に出るはずもない。
だからこそ……それが彼女の「覚悟」なのだと理解できた。
故に、この戦いは逃げ切れない。
でも、あのまま戦えば関係のない人を巻き込む……そんなことするわけには、行かない……!
自身の立場を捨ててでもと、覚悟を決めた彼女。
目撃されることや周りを巻き込む危険を気にかけ、手を出せずに居る鞠絵。
立場の優劣は明確だった。
鞠絵は、ただただ防戦一方に避け続けることを余儀なくされていた。
「はぁっ………、はぁっ………、はぁっ………!」
猛攻から逃れるため、鞠絵は必死にその足を動かしていた。
それは普段の自分ならば、息切れが発作へと変わり、とっくに倒れてしまっているほどの運動量だった。
―――でも……わたくしはまだ走れている。
襲われている、という事実も忘れ、そのことに顔が綻びそうになる。
だが再び振り下ろされる斬撃を察知するなり、その余裕はないことを再認識した。
シュッッ……
「……ふっ!」
喜びに浸りそうになる感情を押し込め、鞠絵は走る右足を外側に向けて地面を蹴った。
視認はしていない。空を切る"音"と、向けられた"気配"から、襲い来る刃を察しただけ。
だが、それが的確に状況を把握できているのなら、視覚は必要ないだけのこと。
タンッ、という音と共に、鞠絵の体には前に進む慣性にプラスし、左側へ向かう地面からの反作用が加わる。
鞠絵の体は、斜め左前方―――背後から迫る彼女から相対的に見ると丁度直角方向に左―――へと移動し……直後、その場に刃が振り下ろされる。
ズンッ……
足を狙ったそれは空を切り、そして鈍い音を発し地面に突き刺さった。
そのため、一瞬彼女の動きが止まってしまった。
だが「一瞬」。
すぐに状況を把握し、己の振り下ろした武器を引き抜くと、再び目の前の鞠絵に向かい駆け出した。
されども「一瞬」。
その間に掛かった時間、ほんの数秒かそれ以下……鞠絵 にとって、距離を取るためには十分な時間だった。
鞠絵は安堵した。……といっても油断はない。
緊張の糸は緩めないままで、心に余裕を取り戻しただけ。
油断と余裕は別物。余裕がなくなっては焦りが生まれ、冷静な判断が出来なくなるから。
そのための余裕である。
鞠絵の息の乱れはとうに収まっていた。
乱れた呼吸は、体の悲鳴ではなく、心の乱れから。
余裕の出来た心は、既に彼女元来の淑やかさが戻っていた。
逃げる者とそれを追う者、ふたつの影。
その逃走劇に、終着点がない訳ではない。
鞠絵は逃げながらも、心にはひとつの風景を思い描いていた。
この街に来て、はじめの夜に行った公園。
四葉ちゃんと、刃を交えたあの場所に……。
確か……そう「皆井公園」とか、そんな名前だったはず。
あそこなら、人が来ない。
あそこなら、人目につかない。
あそこなら、誰にも迷惑かけたりしない。
あそこなら、……―――
だから鞠絵は背を向けた……戦うために。
それまでの我慢……。
我慢することなら、慣れてるじゃない。
そんな言葉を脳裏に思い浮かべると……心の中で自嘲気味に笑ってしまった。
時折、背後から迫るスレイヴァーに目を向けつつ、鞠絵はただひたすらに目的に公園へ足を進めていた。
そう……あそこなら、……―――
この身に宿った力を、
存分に発揮することが出来る……。
更新履歴
H18・11/29:完成・掲載
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