「見せ……てた……? アタシ、が……?」


 小森さんの言うことが信じられず聞き返した。
 まるで何かに怯えるように……。
 突然告げられた言葉。それは、冗談なんかじゃ決して許されるようなものじゃない。
 緩んでいた場の空気が、再び緊張の色に染まる。

 アタシが、白雪ちゃんに見せていた……?
 白雪ちゃんに……。
 そんなこと……そんなこと、アタシからするワケない!

 それはそうだ。
 だってスレイヴァーのことは、スレイヴァー本人と、例外として巻き込まれたアタシと亞里亞ちゃん以外は知らないはず。
 そして、それを「知る」ということがどのくらい重いことなのか、分からないワケじゃない。
 昨日だって、一瞬とはいえ「知っている」という理由で春歌ちゃんに目を付けられてヒヤヒヤしたし、今だって疑われているはず。
 なのにそんな、スレイヴァーのことを話すようなことしたら……一食触発のこの状況、どうなるか分かったもんじゃない。
 「知っている」ということが他のスレイヴァーにでも知られでもしたら、それこそ……白雪ちゃんを、巻き込んでしまう。
 相手は超人で、こっちはなんの力も持たない一般人。戦いにでもなれば話にならない。下手したら、命だって……。
 スレイヴァーは生き返れらても……それ以外の人間は違うんだ……それこそ、取り返しがつかないことに……。
 だからアタシからそんなことは、絶対に―――


「……あ」


 そこでふと思い出す。
 確かに……白雪ちゃんは、あのらくがきを唯一見ることのできた、唯一の"候補きょうだい"だったということを。






 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月19日 水曜日

第17話 小さな亀裂、平穏の決壊 ―後編―







 昨日の昼休み、自身の目で録画、耳で録音した記録を、頭のレコーダーが再生する。
 そう、らくがきに夢中になってるアタシに呆れて話しかけてから、慌ててらくがきをしたノートを隠す一瞬の間。
 ほんのわずかな一瞬だけだったけれど、確かにその間、このノートは"誰かに見られていた"。
 他でもない、話しかけたその人だ。
 でも、見られたのはノートそれ自体のことで、肝心のノートのらくがきのことではない。

 そうよ、見られているはずないじゃない。
 だってアタシが慌ててノートを隠したそんな一瞬で、内容を理解できるような超知覚能力を所持してる人間なんて早々いない。
 第一、なにも知らない白雪ちゃんが、「スレイヴァー」という単語を見ても、
 アタシのことだからとメカに関する専門用語か何かだと思って流してしまうはず。
 アタシが、千影ちゃんが自慢げに語る魔術研究の成果を、
 初めて聞く単語ばかり並べられた理解不能な言語で、興味もないからって聞き流しているみたいに。

 聞き返さなかったってことは、見られていないか、見られたとしても興味を持っていない。つまりは、無関係な人間ってこと。
 もし仮に知っていれば……そう、スレイヴァーであるとしよう、それこそウソをつき慣れていない白雪ちゃんだ、すぐ顔に出てしまう。


(大丈夫……白雪ちゃんは知らない。白雪ちゃんはこの戦いに一切関係なんか、ない)


 見せていたというのも、ノートを慌てて隠す直前やりとりをちらりと見ただけの小森さんの早とちり。
 湧き上がった不安も、冷静に思考をくり広げた結果、杞憂だったと導き出され、もう一度ほっと胸を撫で下ろすアタシ。
 勘違いだよ。そう言って、今度こそこの話は終わり。
 安堵した、その瞬間。


「なに言っているんですか?
 その子の教室の授業、昨日は早めに終わったのか、休みのチャイムが鳴ると先生と入れ違いですぐに入って来てたじゃないですか」


   ドクンッ……


 小森さんの台詞に、その安堵は一気に覆され、心臓がはねた。
 ドクンドクンと、突然暴走したように脈打つ鼓動は、それこそオーバーヒートしそう。


「なに、いって……? だって……白雪ちゃんが来たのって……」


 おかしい。それはおかしい。
 アタシがあのらくがきを見せるはずない。
 白雪ちゃんを巻き込むようなマネ、するはずないじゃないっ!


「勘違い、してる…じゃ……」

「私、いつもお昼のご飯前には手を洗いに行っているんですけれど、教室を出る前にはもう見かけました」


 アタシの事実と小森さんの事実が、どこかで食い違っている。
 もう一度、頭のレコーダーを再生させた。
 アタシが、突然来た白雪ちゃんに驚いて時計を確認した時、昼休み開始から5分が経過していた。
 なのに、白雪ちゃんは昼休みが始まってから居た、ってことは……おかしいじゃない。
 じゃあその5分間、彼女は一体何をしていた?
 確かにらくがきに没頭していて、声を掛けられるまで、彼女の存在に気がつきも……


「……え?」


 必死になって記憶の糸を辿る。けれど、どんなに頭の中をあさっても、その5分間のことは出てこない。
 出てくるのはその直後。声を掛けられ、顔を上げた時、目の前に居た白雪ちゃんの姿を確認した時から……。
 当たり前だ……アタシは、"見ていない"。
 ノートにばかり気が向いていて、"その直前の白雪ちゃん"を知らない……。
 居たことも知らなければ居なかったことも知らない。
 "見ていない"と"覚えている"からこそ、その記憶は、これ以上探ることの無意味さを訴えてくる。

 じゃあ……その場を目撃していた小森さんの言葉は……?
 彼女にウソをつく理由はない。
 なら見ていないアタシの推察よりずっと確実に信頼できる。
 それこそ、絶望的なまでに……。
 "しっかりと見ていた"小森さんからの、その次の一言は、絶望を確定させるトドメの一言となり、アタシを襲った。


「私が手を洗って戻ってきた時も、お姉さまは妹さんに見せるためにスラスラと書き連ねていたじゃないですか」


 頭の中、その奥底で、ピシリと何かがヒビ割れる音が聞こえた気がした。
 食い違う事実が、だんだんとパズルのピースのように当てはまっていく。
 見えてくる完成画を目前に、ぐるぐる回るイヤな予感が止まらない。


「うそ……だ……」


 小森さんの言うことが信じられず、震える声を漏らす。まるで何かに怯えるよう……。
 違う……信じられないんじゃない、信じたくないんだ。
 真昼の、眩しいくらいの日が差し込む教室の中、アタシの視界は、突きつけられた事実の衝撃に、真っ暗にシャットダウンされそう。

 つまりは……白雪ちゃんの存在に気がつきもせず、夢中に書き綴っていたアタシのらくがきは、
 絶対に見せてはいけない相手に向けて披露していた、と……


「そんなはずない……そんなはずないっ!!」

「きゃっ!?」


 席から立ち上がり、小森さんの両肩を掴んでは、顔を覗きこむように問い詰めた。
 その語調に、怒りすら込めて。


「お姉さま……? どうか、なさったんですか……そんな顔して……」


 小森さんの言う「そんな顔」とは、一体どんなもののことをいうのだろう。
 それが険しい表情なのか、恐怖に引きつるものなのか、アタシには分からない。
 少なくとも、決して楽しい感情から来るものではない。
 小森さんも、なにがなんだか分からないという感じに目をぱちくりさせているしかできずにいた。


「そんなはずない……! そうだよね!? そうだって言ってっ!! ねぇっ!?」


 掴んだ両肩を揺さぶって、何度も必死に問いかけた。
 人目も気にせず大声を張り上げてしまう。
 けれど、そんなこと気にする余裕も無いくらい、アタシの心は切羽詰っていた。


「い、痛……」

「あ……ご、ごめん……」


 小森さんの小さな悲鳴にハッとして、なんとかわずかに冷静さを取り戻す。
 なにやってんのよ……これじゃあアタシ、恐喝かなんかと一緒じゃない……。
 謝罪と共に、慌てて肩から手を離して解放してあげた。
 それでも思考回路はぐしゃぐしゃなまま。
 一度頭の電源を再起動させようと、心の中で何度も「落ち着け、落ち着け」なんて言い聞かせては、
 苛立つ気持ちをぶつけるように髪の毛をかきむしっていた。

 あの時、アタシが焦ってノートを隠したとき……白雪ちゃんはアタシを見ていた……?
 5分……。アタシ、夢中になって5分……なにをしていた?
 昼休み開始と共に入ってきた白雪ちゃんは、その5分の間なにをしていた?
 白雪ちゃんがじっと眺めている間、一体なにを書き綴ったの!?

 アタシ、昨日何書いたっ!?

 考えを巡らしていても埒が明かない。
 机の上の、返してもらったノートを目に捉え、"あのらくがき"を一刻も早く確認しようと慌ただしく手に取り、ページをめくる。
 けれど、そういう時に限ってめくろうとする指が上手く動いてくれない。
 指が紙から滑ってめくれなかったり、目的のページに限って2枚重なって余分にめくられたり。
 更には、くしゃっと折り目がついたノートの端が、重なったページの鍵となったように跡がついて、余計にめくり難くなってしまった。
 この一刻も早くって時に……焦らされるようでイライラする。
 とにかく今は早く確認すること。はやる心を押さえつけ、慎重に作業を続ける。
 重なったページが、やっと2枚に別れてくれたので、次に目の当たりにする事実へ備えて、
 大きく息を吸い、吐いて、心を落ち着かせるよう勤めてみる。
 例えそれが、焼け石に水だと分かっていても。
 そうして別れた片方の端を指でつまみ、恐る恐るページをめくった……。


「…………」


 言葉は、無かった……。
 出せなかった。
 驚き。
 落胆
 自己嫌悪。
 悟り。
 そのどの感情から、アタシは言葉を失ったのかは分からない。
 言葉なんてもう、そこに書かれていた文字を目に捉えた瞬間から、頭の中からも消失していた。

 綴られていたらくがき。
 8つのクラスの名前と、書いた本人にしか分からないような断片的な言葉のピース。
 それでもそれらは全て、明確な……スレイヴァーを知る者の確かな証拠。
 その中、目に焼き付いた言葉、ふたつ。
 自分自身を心底嫌うには十分な、決定的なピース……。






    < アタシ→違う >



    < 鞠絵ちゃん=スレイヴァー決定 >















「………………違う……」


 最悪の予感が、頭を過ぎった。
 白雪ちゃんは今……学校を休んでいる。
 昨日まで、あんなに元気だったのに……。
 その候補である白雪ちゃんが……戦いに勝ち抜くには有力過ぎる情報を得ただろう彼女が……今は……。


「違う……違う、違う! 違う違う違うっ!!」


 だから否定した。
 過ぎった不安を、即座に否定した。
 頭の中だけじゃ足りない。口で言って、耳で聞いて、そうやって徹底的に否定した。
 否定したかった。
 もう、クラスの視線なんてどうでも良い。


「白雪ちゃんは違う! スレイヴァーなんかじゃない!!」


 こんな疑惑、抱くなんてしたくない! したくないんだ!!
 なのになんで考える、アタシっ!?
 白雪ちゃんは……白雪ちゃんは、あのバカげたゲームの参加者なんかじゃない! 知りもしないはずよっ……!!
 うっかり情報漏らしちゃったけど、それは白雪ちゃんを危険な目に遭わせてしまうだけで……
 彼女は可憐ちゃんと同じ、たまたまの事情で学校を休んじゃっただけ!


「そうだよ、そうに決ってる!!」


 だって、だって………ほら、理由があるじゃない。
 昨日一日様子を見て、それで違うって結論付けられた理由。
 理由が……―――


「…………、……理由って……なによ?」


 血の気が引く。頭の中身が一瞬で冷え切った。
 熱暴走するアタシの頭に、それを抑えるための冷却水を流し込まれたような、そんな気分だ。
 その冷たい頭で、自問した。
 なんでアタシ、そう思ったんだっけ……?

 冷静に思い返してみる。
 白雪ちゃんは、優しい子……だから?
 まさか、その程度の理由で、決め付けていたとでも?
 アタシ……昨日自分で言ってた……。
 「選ばれてしまったのなら、その理不尽な戦いに身を投じなければいけなくなる」って……。
 例え亞里亞ちゃんでも、雛子ちゃんでも。そして事実、雛子ちゃんは選ばれている。
 なのに、「優しいから」が理由になるだなんて、なに間の抜けたことを言っているの?
 その理屈は、「ミカエルを奪われる」という決定的な状況証拠まで突きつけられて、現実に覆されている。

 ……いえ、違う証拠はもうひとつあるじゃない。
 白雪ちゃんは突発的にウソをつけるような子じゃないということ。
 不明確な証拠ではあるけれど、今までの付き合い、積み重ねた時間の分だけ、確実で立派な証拠になってくれる。
 白雪ちゃんは、普段ウソをつき慣れてないから、すぐに顔に出てしまうんだ。
 必ずおかしなところがあるはず、違和感が出てくれるはず。
 けれど昨日、昼休みに会った時から白雪ちゃんの様子が変わったとは思えない。
 それに、仕返しついでに「なんでも願いが叶ったら」なんて質問けしかけるっていう、不意打ちスレイヴァー検査までやってみた。
 それで全然動揺する様子なんか全然見なかった。

 ほら……やっぱり彼女は違うんじゃない。
 昨日の白雪ちゃんを、最初から思い出してみなさいよ。そんなところ、どこにもないから。
 来た時には、らくがきに没頭したアタシに呆れていた。
 窓から一緒に衛ちゃんを見送って、お弁当箱を自慢げに取り出していた。
 自分は準備しているからって、アタシをひとりで手洗いに向かわせて……


「……なんで、急かして手洗いに行かせていたの……?」


 そう、アタシも、らくがきと突然声を掛けられたことに焦って見落としていたけれど、
 今思えば、あの瞬間のそれら一連の動作は……まるで"急かすように"行なわれていた……。


「……っ」


 見つけてしまった……ほんのわずかな心当たりに、体中の熱を一気に奪われた感覚に見舞われる。
 冷却水を流し込んだなんて程度なんかじゃなく、凍り付いてしまいそう。

 思い出したくなかった。
 思い出さなきゃいけないことだって分かっているけれど、けど思い出したくなかった……。
 こんな、白雪ちゃんヘの疑いを確定させてしまうことなんて……

 白雪ちゃんは突発的に嘘をつくのが苦手かもしれない……けど、アタシに話しかけた時にはもう、心の整理を終えて居たなら……。
 もしくはその逆。昼休みに会った時から様子が変わってなかったのは、話し始めたときにはもう動揺して、変化が出ていたから。
 アタシ自身焦っていたあの状況で、普段との比較がしっかり出来ていたかといえば、ノーとしか答えられないんだから。

 その中で生まれた、些細な違和感。
 心の準備を終えたつもりで、その直後にうっかり表に出してしまった、普段ウソのつきなれていない彼女の動揺。
 もしくは、心の準備が間に合わなくて、これ以上引き伸ばすことも不自然になるからと、一度アタシとの距離を置きたくて出た焦り。
 「願い事が叶ったら」って聞いた時、既に心の準備を終えていたのなら。
 "急かすように手洗いに向かわせる"という、それが小さくて……その割に合わないくらい大きな警告だったんだ……。

 そう、昨日の昼休みに、既に「戦い」は始まっていた。
 アタシと白雪ちゃんの、どちらがより相手に、自分の手に入れた情報ピース情報を隠し通せるか。
 武力を用いない、心の戦い……。


「バカだ……アタシ」


 何が「白雪ちゃんはスレイヴァーとは思えない」よ……。
 それは、最初から破綻していた希望だったと、今更ながらに思い知らされる……。
 理を元に結論を導き出す科学者として、らしくない感情論。
 テストの答案を半分も書けずに出しておきながら、答案用紙が返ってこないのを良いことに合格点を期待しているような愚かさ。
 理屈にならない理由で、勝手にそうじゃないと決め付けて、自分の願望を結果に置いた……アタシは科学者失格だ。


「くそぉッ!!」


 どうしようもない悔しさを、握った拳で机にぶつける。
 ガシャンと響いた大きな音で、さすがに周りの視線を集めてしまったけれど、依然そんなものには興味のカケラも抱けなかった。
 思い切り振り下ろしたその手は、衛ちゃんのように鍛えていないヤワなもの。
 その八つ当たりを受けた机の方は無事で、逆にアタシの手の方が痛くなった。
 こんな痛み……こんな痛み程度じゃ、今のぐしゃぐしゃ気持ちの、緩和剤にもなりやしない……。


「お……お姉、さま……?」


 コロコロひとり芝居しているアタシに、オロオロうろたえる小森さん。
 それもそうだ、こんな様子、周りから見たらただのバカな人にしか見えない。
 何を今更……。ここまでの失態、バカ以外のなんでもないじゃないの……。
 自分の望む結果ばかり張り巡らせて……肝心なことには目を瞑って……考えることから拒否していて……。


「認めよう……」


 今、現実に用意された残酷なシナリオも、アタシ自身の招いた取り返しのつかないミスも、弱さも。
 そうしなければ、それこそ最悪の結末を招いてしまう……。

 5分間、スレイヴァーという言葉に反応を示さなかったこと。"疑問に思わなかったこと"こそが証拠。
 わずかに残された、アタシと同じ「巻き込まれただけ」という可能性だってあるけれど、少なくとも関係者だ。
 知っているということ、それ自体が物語っている。
 突発的なただのらくがきに、覗かれるなんて不測の事態。だからこそ、そこにウソを交えることなんてもうほとんど不可能。
 そこまで罠を張れるほど狡猾な人間なんて、予知能力者でもない限り無理よ。
 いや、それ以前に、白雪ちゃんがそこまで疑うとは思えない。仮にスレイヴァーなら、間違いなく、信じてしまうだろう。

 だからただの可能性としてでも良い、考えなさいよ。
 スレイヴァーだったとして、このらくがきを見たとして、次にすることはなに?
 アタシがノートにらくがきした情報から、白雪ちゃんがスレイヴァーだった場合に取るだろう行動を。
 そして、昨日まで元気だった彼女が休んでいる理由。
 スレイヴァーと判明した鞠絵ちゃんが、アタシの家に泊まっていることは周知の事実だということと、
 無関係のアタシを巻き込みたくないのなら、まずどう出る?

 答えは出ているんでしょう、鈴凛!?
 アンタは自称でも天才なんだから!!

 この状況で辿りつくであろう推理。


  ―――ああ、考えたくない。


 それは……


  ―――分かっている。分かり切っているけど……


 学校をズル休み、そして……非能力者を巻き込まないために、


  ―――認めよう……。


 その人間が居ない間に戦いを仕掛け……決着をつけること。





    『姫を選んでくれなかった罰に明日はお弁当抜きですの






「昨日のアレって……こういう意味だったんだな……」


 何気ない会話の一言が、ずしりと重厚にリピートされた。


「は……ははっ……、あははは……!」


 ショックなクセに、なぜだか笑いがこみ上げてくる。
 これ以上ないほどの自嘲だ。


  ―――ま、仮に上手に演技できてたとしても、狙われるのはアタシだろうし……


 そう楽観していた自分が、今ほど腹立たしく思えたことはない。
 もたらされた結果に、それがなんて甘い考えだろうと、自分の浅はかさに嫌気が差す。
 だから笑った。迂闊すぎるアタシの、いつものツメの甘さに対して笑った。
 そしてその代償として返ってきたのは、アタシの大好きなふたりの……絶対にあって欲しくなかった―――
 ただのケンカではなく、命すらも軽くなぎ払うかのような、あの超能力を駆使した……―――


















 ―――-コロシアイ。


















「あはっ……! あっははははっ……!」


 アタシが苦しめば良かったのに。
 アタシが戦うハメになるなら良かったのに。
 なのに、招かれた結末は、大好きなふたりを巻き込みながら、アタシにとって残酷以外なんでもない最悪のもの。
 なにもできない無力さが、こんなにも辛く、情けないものだとは思いもしなかった……。
 情けない。
 情けなさ過ぎる。
 情けなくて、もう笑うしかなかった。
 笑いながら、頬を熱いものが伝っていく……。


「……情けなくなった良い……。見苦しくたって構わない……!」


 なら、このままでなんか絶対に終わらせない。
 最悪だというのなら、足掻いてやる。
 これ以上落ちようがないのなら、這い上がってやる!
 アタシ自身の不始末くらい、自分で片付けなきゃ、それほど情けないものはない。
 いつもそうしてきたじゃない! このまま投げ出すなんて、それこそアタシらしくない!


「お姉さま……? 一体……」

「小森さん。アタシ、ちょっと用事できたから帰るね」

「え?」


 唐突なアタシの言葉に、きょとんと首を傾げるしかできない小森さん。
 そんな小森さんを余所に、教室の後ろの壁の上着掛けのところまで歩いて行っては、淡々と上着を手に取り、腕を通した。


「あ、お姉さま!? 授業はどうするんですか?」


 呆然としていた小森さんも、やっと頭が再起動できた模様。
 その第一声として、真面目なクラスメートとしての的確且つ月並みな台詞を投げかけてきた。


「数学なんて、アタシが今更勉強することでもないでしょ?」

「それはそうですけど……。でも、6時間目だって……」

「それに……授業なんかよりも、大切なことができたから……」


 それ以上は語るつもりもなかった。
 小森さんが必死で制止したとて来ても、仮に教師に見つかって叱られたとしても、
 仮にこれで成績に響いて、卒業が危うくなったって……今この瞬間の方が、何十倍も大切だった。
 決意のアタシ。
 教科書類の荷物は置きっぱなしにして、教室を後にしようとドアへの最短距離を進む。
 ドアに手を掛け、音を立てて開いたところで、ただ一言、声が届いた。


「頑張ってください」


 クラスメートの声だった。
 アタシのことを誰よりも慕ってくれた、真面目なクラスメートの応援。
 小森さんには、アタシの剣幕から冗談ではないということを察していたみたい。
 その選択は、優等生として止めるのではなく、ひとりのクラスメートとして、アタシを見送ること。
 何に対しての「頑張って」か、それは恐らく口にした小森さん自身にも分からないことだろう。
 けど、


「ありがと……」


 頑張ってみせようと思った……。










更新履歴

H18・4/23:完成・掲載
H18・4/25:誤字修正


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