さて、お弁当を求め、途中水飲み場で手も洗って、アタシは白雪ちゃんの教室の前までやってきた。
今日は白雪ちゃんの教室の日。ということで、アタシから乗り込んできたワケである。
時間は、お昼休みが始まって5、6分ってとこ。うん、移動時間としては大体妥当な時間かしら?
5分くらい、といえば……そういや昨日、白雪ちゃんに話しかけられるまで昼休みのチャイムも気づかずに、
別のことに集中していたのも、このくらいの時間だったっけ……。
白雪ちゃんが来てくれなければ、きっとずっとそのままの状態で5時間目に突入していただろう。
事実、似たようなことで数回サボっちゃって、心配させちゃってる歴もあるし……。
なにかに熱中できるのは良いことだけど、それもケースバイケース。それで約束を忘れてしまうようなら、人として最低だ。
ああ、アタシってサイテーだ……。
特に誰かに口にしていた訳でもないのに、なんとなく気まずくなって、頬をぽりぽりと人差し指でかく仕草をしていた。
このままじゃ、時間を忘れて約束破ってしまうダメ子さんのイメージが刷り込まれたまま……。
折角こっちから乗り込んで来たことだし、昨日の今日ということもあるので、
そのダメ子さんのイメージの汚名挽か……じゃなくて返上のため、なにかリベンジを果たしてみたいところ。
じゃあ具体的には何をしてみようか……? アタシも、同じように驚かしてみるとか?
背後からこっそり近付いて、距離の狭まったところで、すかさず口を押さえて……ってそれじゃあただの誘拐犯じゃん!
などと心の中のボケに対しセルフツッコミを入れる。
まあそれはさておき、気を取り直してとりあえず白雪ちゃんの座席辺りの様子を伺うように、教室を覗き込んだ。
「あれ?」
いつもなら、そこは白雪ちゃんのオシャレで可愛らしいカバンが掛けられている机があり、
その机と近くの机とを合わせて作った、授業中に与えられる2倍のスペースで、
お弁当パーティー用の小さな会場を作っているというのが今までのパターン。
ふたつ分の机にひかれた華やかなハンカチーフと、その上に豪快に並べられる重箱のようなお弁当箱。
もしくは、それを並べている最中の、鼻歌交じりにふりふり振られているおしりが、アタシの目に飛び込むはずだった。
ところが、そんな予想とは裏腹に、そこは手付かずのまま、寧ろ活気ある周りから取り残されたように、寂れていた。
Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜12月19日 水曜日
第16話 小さな亀裂、平穏の決壊 ―前編―
「えっと……間違って違う教室に来ちゃった?」
もうほとんど習慣になっているようなもんだから、無いとは思ったけれど、一応ドアの上のプレートでクラスを間違えてないか確認。
うん、間違いなく白雪ちゃんの教室だった。
じゃあ白雪ちゃんの方が間違って衛ちゃんの教室に行って、アタシとすれ違った?
いや、衛ちゃんが今日も花穂ちゃんのところへ向かっているのは確認したから、衛ちゃんの不参加は昨日まで通り引き続いてるはず……。
あ、でも白雪ちゃんはそのことを知らないかもしれないし、何か情報の行き違いがあって衛ちゃんの教室にいってしまったかもしれない。
……でも、それにしたって、机の様子はいつもと違い過ぎてる……。
人が居ない……というより、机に人の気配が感じられない。
別に忍者的な話をしているワケではなくて。
イス、机共に、カバンという名の装飾物はなく、それどころかその机は消しゴムのカスすら残っていない有様。
昨日の掃除が終わってから、そこで授業をしていたであろう形跡、気配が全く無いような……。
埋没するその寂れ具合の方が、活気あるお昼の様子に、逆に浮き彫りとなっていて……そう、丁度その日欠席した子の座席の、寂れたあの雰囲気のよう。
瞬間……イヤな予感が過ぎった。
「学校……来てないのかな……?」
つまりこのまま飢えたままアタシのお昼を過ごせというお告げなのでしょうか?
そりゃないぜカミサマ。そりゃ信じちゃいないけど。ついでに昔の魔術師達の酔狂に巻き込んだことに恨みすら感じているけど。
「えっと、すみません」
あれこれ予想を立てても仕方がないので、現場の者から情報収集 することにする。
この辺の行動力は、四葉ちゃんとの探偵団の経験の賜物だろう。
白雪ちゃんの教室の中へと足を進め、適当にそこに居たクラスの子と思しき人を捕まえて声を掛けてみた。
「あたくし?」
ミョーにお嬢様な白雪ちゃんのクラスメートに話しかけてしまった……。
確か、ナミコだかコナミだかナムコだか……まあ忘れちゃったけど白雪ちゃんのクラスの子だ。
顔もなかなか綺麗な子で、印象が亞里亞ちゃんよろしくお嬢様だから、こういう子が居たなって印象くらいならアタシにもあった。
白雪ちゃんから詳しく聞いていないので、それ以上はさすがに分からないけど。
「あら? あなた、よく白雪さんとお食事なさっている……そう、確か白雪さんのご姉妹の、」
反面、ナムコちゃん(仮)の方は、アタシに覚えがあるよう。
お昼のお弁当パーティー、白雪ちゃんの教室の回で何度も訪ねてきているので、それで顔を覚えられているだろう。
アタシは来て食べて帰るだけなので、白雪ちゃん、衛ちゃんのクラスの子はそんなに印象に残らないのだけど、
ただ、アタシの教室の回の時、白雪ちゃんと衛ちゃんが帰った後、クラスの子にふたりのことを訪ねられたこともあるので、
そうやってアタシの情報を得ている子も何人かはいるってことだろう。
それはこのナムコちゃん(仮)も同様ということで。
「衛さん……だったかしら?」
「いえ、鈴凛の方です……」
……どっちもどっちだったらしい。
まあ、面識云々はこの際置いといて……とりあえず、肝心の白雪ちゃんについて聞くことにする。
「それで、その……白雪ちゃん、知りませんか?」
「白雪さんなら、欠席ですことよ」
「はへ?」
軽い感じにサラッと返ってきた答えに、思わず間の抜けた声が口から漏れる。
その答えがあまりにもあっさり過ぎて、それの意味するところを理解するのに時間が掛かってしまった。
「け、欠席……ですか!?」
アタシの学校に来る唯一の楽しみ、最後の希望が容赦なく断たれたことを理解すると、
思わず目を見開き、頬を引きつらせ、目に見えてうろたえてしまった。
オーバーかもしれないけれど、アタシにとってはそのくらい重要なことなのよっ!
まるでその運命に抗うように聞き返してみるも、アタシの落胆など知りもしないナムコちゃん(仮)の「ええ」なんて軽い返事が、
さっきまでの浮かれ気分に向けて発射されたトドメの対空迎撃ミサイルとなり、見事アタシの期待を撃ち落としてくれちゃった。
「あー……今日一日、一体なにを楽しみに過ごしてきたんだか……」
イヤな予感は、見事的中してしまった……。
何たる不幸。
アタシの、学校での唯一の憩いの時が……一日の内で一番の楽しみが……
巻き込まれた非現実から一時的にでも逃避できるドリームタイムが……白雪ちゃんのお弁当が……おべんとうがぁ〜……。
肩を落として、全身を使って思いっきり落胆を表現してしまう。
これもオーバーリアクションだとは思っていない。そのくらい楽しみにしていたということよ。
最近ただでさえ精神的に追い詰められているっていうのに、
この上、お昼の楽しみまで奪われるとは、最近のアタシはとことんツイてないというかなんというか……。
「あらあら、やっぱり白雪さんのご姉妹だけありまして、さもしい庶民の発想してらっしゃるのね」
なんだろう……どうしてこの子はこんなにも威風堂々としてるんだろう……?
「ええ、まあ……」
とりあえずアタシはお腹空いてんだ! ってことで、そそくさと話を切り上げその場を立ち去ることに決める。
いつまでも粘ってもお腹が膨れる訳じゃあるまいし……さっさと売店行って適当なパンでも買うのが賢明。
そうだ、今日は焼きそばパンが食べたいな。なんて考えを過ぎらせて、適当に相槌を返していた。
「いけませんわ。たかがお弁当とはいえ、そこに置く意識で、人間の価値に差が出るものなのですから。
ほぅら、ご覧なさい、あたくしの豪勢なお弁当を。たかがお弁当とはいえ、このくらいの端麗さと気高さを抱かなくっちゃ!
まあ、あたくしのように上流家庭に育ちますと、このくらいは当然のこ・と♥」
「…………」
「うふふっ……このお弁当、お抱えの一流シェフが作ってくださるように思えますでしょう?
違いますのよ。これはあたくし自身が自分で仕立てたもの♥
まあ、一流シェフのそれと見間違えてしまうのは仕方のないこととは思いますけれど、おーっほっほっ」
「……………………」
「白雪さんのなんかよりも断然綺麗に盛り付けられて……当然味だって、彼女のものよりも数段優れた仕上がりになっていますわ。
いつもいつもあの子ばかりに大きなおしり……もとい、大きな顔させられませんことよっ!
だってあたくしの方がより優れてるんですから♥」
「………………………………」
「まあ、どうしてもというのなら、白雪さんのお料理との比較のため、一口だけ差し上げてもよろしくてよ?
そうね、このエビなんか……今朝家のものに市場まで行って買ってきてもらった取れ立て新鮮なエビを使用してまして……」
「…………………………………………」
その子の自慢話から解放されたのは、それから20分後のことだった。
「……さもしい」
売り切れていた焼きそばパンの代わりに買ったメロンパンを食べ終えて、空しさをひとり噛み締めている。
いつも姉妹とおしゃべりに花咲かしているはずの時間を、ただぼーっと窓から見上げた空は、とても青かった。
「はぁ〜〜〜あ……白雪ちゃんと同じ学校に通えるということが、どれほど恵まれていたか実感できるなぁ……」
青々とした現実の空と、曇り模様のアタシの心。そのギャップで、余計に自分が落ち込んでいくよう。
ストローを通して口に広がる牛乳が、妙にしょっぱく感じた。
とりあえずエビはおいしかった。
「それにしても……」
白雪ちゃん、昨日まではあんなにぴんぴんしてたのに……可憐ちゃんと同じくお休みだったなんて。
「白雪ちゃんも、昨日の通り雨に当たって、風邪引いちゃったのかなぁ」
これではますます千影ちゃんを恨まなくてはいけなくなる。(←ち「だから私が悪いのか!?」)
一昨日までは、「冬休みまでの間お弁当は欠かさず持ってきて上げますの!」って張り切ってくれたのに……アタシ、期待してたんだよ。
って、いけないいけない……これじゃあアタシ、エサ目当てで白雪ちゃんと付き合ってるみたいじゃないの……。
違うよ、白雪ちゃんにはお弁当以外にもいっぱい魅力があるよ。ほんとだよ。
とりあえず、白雪ちゃんの様子が気に掛かったので、近くに先生の姿が無いことを確認してから、
校則違反の携帯を取り出し、白雪ちゃんへお見舞いメールを送った。
さすが現代利器、すぐさま伝えたい相手に伝えたい言葉を送れる便利さは、100年前からは信じられない進歩だろう。
小型、高性能は携帯機器の理想形である。
その理想の、現形態を巧みに駆使し、続けて可憐ちゃんにも「お大事に」なんてお見舞いメールを送る。
ついでに咲耶ちゃんにもユアハニーが病に伏して苦しんでいると親切にご報告。
きっと次に会ったらドツかれるだろう。でも送る。
「お姉さま、ありがとうございました」
「ひゃうわぁっ!?」
3度目の送信のボタンを押したところで、突然声を掛けられた。
やましいことをしていたので、掛けられた声にビクッと体を大きく震わせ、思わずヘンな声を出してしまった。
恐る恐る振り向くと……そこには、アタシのことを唯一「お姉さま」と呼び慕うクラスメートの姿が。
「な、なんだ……小森さんか……」
教員の姿でないことに、思わず安堵のため息が零れる。
というか、そもそも見て確認する前に呼び方で気づくべきなんだろうけど、こういう咄嗟の状況では、意外と頭がついていかないものである。
「お姉さま、あんまりそういうことはよろしくないですよ」
「あはは……すみませんでした」
昼休みのはじめ、妄想の世界へと旅立った小森さんは、すでにこの世界へ帰還していた模様。
やさしく注意してくれる小森さんに、相槌を打ちながら苦笑い。こういう場合、なぜだか敬語になってしまうのはなんでだろな?
「それで……ああ、ノートね」
用件を訪ねようと小森さんに目を向けた時、その手に持っているアタシのノートが視界に映った。
昼休みが始まってすぐ貸してあげた、アタシの数学のノートだ。
お陰で、「何?」と聞く前に用件を察せて、小森さんの返答する手間をひとつ省くことができた。
にしても、昼休み中にこの世界に帰ってきただけでなく、しっかりと目的の課題もこなしていたとは、さすが真面目ちゃん。
感心しながら、小森さんの再度口にしたお礼の言葉と共に差し出されたノートを受け取り、そして机の上に置いた。
「どうだった? アタシので分かった?」
「はい、コツさえ分かれば、すんなりと解くことが出来ました。
どうも私、ひとつだけ考え違いしていたみたいで……そこが分かったらもうすんなりと」
「そっか、それは何よりだわ」
にっこりスマイルで、成果の程を報告する小森さん。
ひとつ分かるだけですんなり進むということは結構あること。アタシもよくメカの設計でそういうことは経験している。
小森さんの行き詰まりもその類だったようで、手を貸した人間としては思わず顔が綻んでしまう。
緩む頬の筋肉に逆らうことなく、小森さんの朗報を、アタシも同じにっこりスマイルを返して祝福してあげた。
「ええ……これもお姉さまの愛のお陰です……♥」
「いや、友情と言って」
すぐさま曇った。
いや、あのね、小森さん……悪いけどアタシにゃそっちケはないので、あしからず……。
「ま、何はともあれ甲斐があったようで……」
「はい♥ ……ところで、」
「……ん? なに?」
「スレイヴァーってなんですか? 今度の新作メカでしょうか……?」
「んー、アタシの悩みのた……」
悩みの種、と口にしようとしてハッとする。
「……え? い、今……なんて……?」
小森さんの発言。
彼女は今、なんて言った……?
今アタシは、なんて聞いた……?
「スレイヴァー……って、言った……?」
ただ、聞き違い……? いや、聞き違いじゃなきゃいけないんだ。
千影ちゃんは言っていた、この戦争に巻き込んだのは姉妹のみんなだけだって。
そしてスレイヴァーにしかスレイヴァーのことは知りえないことを……。
なのに、聞こえた幻聴は、可憐ちゃんの言う「州零井場 さん」以上に、はっきりと耳に届く。
なんで……なんの関係の無い小森さんがそれを……?
正体の掴めない不安に恐れながらも、突き止めなくてはいけない使命感に、その言葉の意味を問い掛けさせた。
小森さんの口が開くまでの短い間が、とても重く、長く、冷たく感じた……。
「え? ええ。ノートの端に、そうらくがきされていましたけれど……」
「ノートに……らくがき……? ……あっ! ああー、そういえば!」
返ってきた言葉を聞き届けるなり、すぐさまアタシの記憶の中で該当項目が検索される。
そうだそうだ、アタシ確か昨日の4時間目、小森さんが出題された数学の課題に四苦八苦している間、
既に問題を解き終えて退屈だったからって、今一番の重要事項であるスレイヴァーについて、ノートの端をメモ代わりにらくがきしていたっけ。
そうか、それを見られたのか……。
理由が分かるなり、不安だった気持ちは一気にほどけてくれた。
心の中では、「あちゃー」なんて言って、既に気楽ないつものテンションに戻っていた。
「それで一体なんなんですか?」
「……いや……まあ、今後の研究課題……みたいなものかな? あ、あははは……」
あまり深く追求されるのも困ることなので、ぎこちない作り笑いで誤魔化すことに。まあ、一応ウソはついていないし……。
念のために「みんなにビックリさせたいからナイショにね」なんて付け足して、口止めのアフターケアも万全にこなしておく。
小森さんはアタシの言うことなら鵜呑みにしてくれるのでこういう時に便利だ。(←狡猾)
「でもらくがきは良くないですよ、お姉さま」
「あはは……はい、肝に銘じておきます」
仮にも憧れの人物とはいえ、真面目なクラスメートとしてしっかり注意を促してくれる小森さんは、やっぱり真面目だと思った。
いつも見上げてくれている彼女に、今日は珍しく頭が上がらなくなっていた。
そして……それで、スレイヴァーの話は終わり。
聞く人によっては途轍もなく重大な話でも、それを唯一知ったのはなにも知らない第三者。
他の誰にも漏れることも無く、 ただのちょっとしたおしゃべりの話題のひとつとして、そのまま埋もれて、めでたしめでたし。
確かに、うっかり情報を漏らしてしまったアタシの油断はあった。
けど、同時に原因も究明された。これ以上広まらない確証も得られた。だから安心。
だってこのノート、昨日のらくがきを終えてからずっと机かカバンの中で、さっき小森さんに渡すまで誰にも見られてはいないんだから。
だからアタシの巻き込まれている事態にさして影響が出るワケじゃない。
危ないところではあったけど、なんとか無事にリカバリーも完了。口止めもしたし、これでこれ以上何か起こることもない。
アタシは、このノートを他の誰にも見せ
「いくら妹さんに見せるためだからって……」
てなんか
「昨日だって……ほら、あのいつもお弁当を持ってきてくださる妹の……白雪ちゃん、でしたっけ? その子に」
いな……―――
「………………………………は?」
それは、何気ない一言だったんだと思う。
「今……なん、て……?」
けどアタシは思い知る。
たった一言だけだった。
何気ない日常が崩れ去るには、たった一言だけで十分だということを……。
更新履歴
H18・4/21:完成・掲載
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