目を開けると、数年以上も見慣れた天井が視界に映る。


「…………」


 昨日とは違って、広々とベッドを独り占めにして見た夢。
 大好きだったおじいさんの夢。


「昨日に引き続いて……今日も、か……」


 ジジの夢を2日間も連続で見るだなんて、こんなこと今までなかった……。
 昨日、一昨日と、濃度が濃すぎた一日を送っていたからなのかな?
 心身ともに疲弊しきって、頼れる誰かの存在に、寄りかかりたかっただけなのかもしれない……。


「でも何で……あの時の夢なんて……?」


 今日見た夢は、決して夢見の良いものとはいえないもの。
 ジジとの……最後の思い出……。

 ……もしかしたら、ミカエルを―――大切なものを無くした彼女の姿を……昔の自分に重ねていたのかもしれない……。

 大切な存在を失う、悲しみを……。


「ジジ……」


 あの人の名前を呼ぶ言葉と同時に、目尻からこぼれ出る涙。
 それが、眠気から来るものなのか、それとも別のところから来るものなのかアタシには判別できなかった。
 大好きだった祖父の……最後の思い出を呼び起こされて、胸が、締め付けられるような、そんな切なさに囚われた朝だった……。


うう〜ん……♥♥ ぷるる〜ん……♥♥ ぱーとつ〜♥♥♥


    もにもにもに……


「…………」


 胸が、締め付けられるような、そんなわしゃわしゃとまさぐる魔手に捕まった朝だった……。


    ドフッッ


ふごっ!?


 とりあえず、最後までシリアスでいさせてくれないこのばか姉に一発ドツイて、また一日が始まった。






 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月19日 水曜日

第14話 ごめんなさい








「ったく……なんでわざわざアタシのふとん入ってくるのよ。……何のためにふとん借りてまで分けたと思って……」


 朝ごはんの支度をしながら、今朝の出来事についてぶつくさと文句を言う。
 支度といっても、今朝は代表的お手軽朝ごはんブレックファースト、「トースト」を作っているだけだから、
 パンをオーブンに入れて待つだけなんだけど……。
 とりあえずは3枚、ひとり1枚ずつ分のトーストを焼いている。
 ジャムやマーガリンなど、トーストに塗るものをテーブルの上に並べ終えると、親の仇のようにばか姉の姿を睨みつけた。
 そもそも部屋を分けていたはずなのに、なーんでわざわざ部屋に侵入してくるのよ? ったく……。


「…………寂しくて……」

「その腐脳ごと蹴り砕いてもいいですか?」

「だめ」

「いや」

ぎゃうっ!?


 千影ちゃんの拒否を却下して、有無を言わさず踏み倒した。借金とかの話ではなく、リアルに。
 ばか姉が地に伏している一方で、別の部屋で寝ている鞠絵ちゃんは……今も部屋にいる。
 一緒に朝食を食べるからとかで起こしに行ったりはしていないから、
 まだ寝ているのか、それとも既に起きているのかは分からないけれど。
 なんせ、あんなことがあった昨日の今日。
 アタシなりに励ましてみたとはいえ、鞠絵ちゃんのショックは計り知れないもののはず……。
 一応は鞠絵ちゃんの分のパンも用意しているけど、鞠絵ちゃんには学校はないんだし、
 今日は調子が整うまで休ませてあげたいのが本心だったから。


「いたいー、あぁん でもやめないでー♥♥

「……やめれば良かった」


 千影ちゃんを踏みつけたことを後悔しつつ、ちょうど良く聞こえた調理終了のチンッという音を聞き届ける。
 ずしんと気が重くなる気持ちのまま、とぼとぼとオーブンを開ける。


「…………」


 緑色の触手っぽいものがまたもアタシの眼前へと姿を現し、トーストの上でうねうねうねっていた。
 アタシの周りだけ重力100倍になった。


「いや………食べきれなくて………」


 とりあえず、3枚焼いたうちの1枚だけに乗っているというのが幸いか。
 無言のまま手早く的確に、デンジャーなトーストを千影ちゃんのお皿に乗っけて、無事なトーストを確保した。


「とにかくっ! 金輪際アタシのベッドに侵入しないでよね! ただでさえ疲れてるんだから、睡眠くらい十分に取らせてよ!」


 お皿をセッティング(といっても3枚だけだけど)して、ふたりでテーブルに向かい合わせに座るなり怒鳴った。
 口にしてから、姉妹一の夜更かし番長のアタシらしくない台詞だなあと、内心苦い笑いがこみ上げてきた。
 緑色のうねうね動いている触手っぽいものは、もうツッコミ入れるのも億劫になってきたので、
 さっさと千影ちゃんの胃の中に処理させることにしました。


「……無理は………体に良くないよ…………。ミカエルのことも含め……これからもっと大変になるというのに…………」

「誰のせいよ! だ・れ・のっ!!


 トーストにジャムを塗りつつ、不機嫌そうに言い返す。
 現状でさえ散々巻き込まれて、既にフルに迷惑被っているって言うのに……。
 これからまだまだ困難が降りかかると思うと、先が思いやられて、思いやられ過ぎて潰されてしまいます。
 このまま行けば、アタシの周りの重力は何Gまで上昇するのかしら……。


「……でも、まあ、話してみたらみんな理性的だったし、そこはまあ、安心したかな?」


 話しながら、ジャムを塗ったトーストをひとかじり。サクッと香ばしい音を立てて、トーストを一口ほおばった。
 千影ちゃんも同じようにトーストをひとかじり。にちゃっとネバっこい音を立てて、うごめく触手っぽいものごとほおばっていた。

 昨日まで、確かに大変だったけど、その分得られた情報もそれなりにあった。
 まず、春歌ちゃんはこの戦いを止めたい、誰も傷つけたくないって、アタシと同じ思いだということが分かった。
 そしてその相方の雛子ちゃんも、無闇に誰かを襲おうって考えはなさそう。
 まあ、子供だから能力ちからを自慢したい気持ちが強いだろうけど、そこは良くできた春歌ママが抑止力になってくれるはず。
 それに、鞠絵ちゃんと千影ちゃんのふたりは、争わず協定を結んでくれている。
 その辺は、アタシも近くで見守っているから、今更不安になる要素もないと思う。
 となると、今スレイヴァーと判明している中で、残るのは四葉ちゃんか……。


「アタシ、四葉ちゃんとは仲良いし、ちょっと話し合ってみようと思う。もちろん、戦わないように、ね」


 四葉ちゃんはアタシがスレイヴァーじゃないってことを知っているから、戦いになることはないはず。
 四葉ちゃん自身、アタシと戦うことにならなくて良かったと言ってたし。
 そこで戦わないよう四葉ちゃんを説得できれば、もう言うことなし。最悪もうデジカメ直さないって脅せば良いし。
 8人中の5人が、殺気をギラつかせてこの戦いに望んでいるわけじゃない、
 話し合うことだって十分できるってコトが分かっただけでも、安心の材料には十分だった。


「……理性的………か……」


 すると、向かいから静かに、ぼそりと呟く声が聞こえてきた。


「なによ、その含んだ言い方は?」

「いや…………、君は………狂戦士バーサーカーの存在を覚えているのかな……とね……」

「……え?」


 ……途端、その言葉に言い知れない不安が、アタシの胸の中渦巻き始める……。

 ―――狂戦士バーサーカー……。

 何故だか……その単語に、怯えるアタシが……そこにいた……。


「色々な逸話があるが……おおよそのイメージは………キミにも見当がつくだろう……?
 理性と引き換えに力を得た戦士………。…身を滅ぼしても戦い続ける戦鬼………。
 …敵と定めたものを破滅し尽くすまで…………決して止まることのないけだもの……。
 あるいは……敵も味方もなく……動く者全てを壊し尽くす者…………。
 …ただ力のみを求め……戦いに魅入られた………まさに『暴力』の化身………、……などね……。
 いずれにしろ…………厄介な相手には変わりないさ……」


 朝食を口にしながら、食事中の団らんとなんら変わらぬ様子で語る。
 だけど、アタシにはただの会話と聞き流すことはできず、思わずその内容に身を固めてしまう。


つまり咲耶くんのことだ

「…………」

「……いつものようにツッコミ入れてくれ…………これじゃあ私ひとりが嫌な人間じゃないか……」


 千影ちゃんの冗談なんか構ってられないほど、言い様のない不安と恐怖がアタシの心に湧き上がって……世界が暗転する。


「だ……だって、みんな……冷静、だった、じゃない……」


 そうだ、みんな冷静だった。理性的で……きちんと話し合うことができる。
 赤の他人なんかじゃなくて、良く見知ったキョウダイ……なん……だから……。
 だから、何も、不安がることは、ない……。……のに…………口が上手く……回って、くれない……。


『                       』


 やめて、ききたくない。
 心の中に過ぎった推測に、目を逸らすようにフィルターをかけた。
 狼狽するアタシの様子を一瞥して、千影ちゃんは「これは重症だな」というため息をひとつ。
 そんなアタシの様子を確認しておいて、まるで気にせず次の言葉を口にする。


「…能力を発揮した時………理性を失うだけかも知れないだろう……?」


 ドクンッ。
 一縷の望みを断たれた、そんな絶望感に、心臓が跳ねた。


「正体を隠すために………能力ちからを抑え……その破壊衝動ほんのうを抑えているだけかもしれないな……。
 ……いや……もしかしたら…………自分以外のスレイヴァーを目にすると…本能的にそれを感知し……
 自動的に……破壊衝動ほんのうを敵に向け解放するのかもしれないね……」


 言われなくても、アタシの頭はもうとっくにそこまで考えが行き届いている……。
 普段、閃きはありがたいものだけど、このことに関しては……自分の聡明さが恨めしく思った。
 受け入れたくなかったのに、有無を言わさず聞かされて、
 千影ちゃんの言葉が相変わらずアタシの希望を奪っていくひどいものだと、改めて実感した。


「そうなると……案外、私たちが出会わず…………キミだけが出会った誰かが……狂戦士バーサーカーなのかも……ね」


 フフフと、ほんのわずかに楽しそうに吊り上った唇の端が、どうしようもなく憎らしく感じる。
 何でこんな状況で笑っていられる?
 なんで……みんなが争いあうコトを、そんなに愉快に感じられる?
 千影ちゃんにとっては、力を行使できれば、他の誰がどうなろうと、関係ないってこと?

 ―――例え……キョウダイが傷ついても……。


「…………て……?」

「ん……?」

「……してっ……!?」

キスして?」

「ちゃうわ!!」



 テンポの良い切り替えしで、スパァンッと脳天唐竹割りを炸裂。
 ついついシリアスムードを一気に盛り下げるボケにドツいてしまった。


「痛いじゃないか…………」


 と、パターンのように表情を変えずに言うその姿は……うん、間違いなく痛くないわね。
 なかなか良い角度、速度、タイミングで入ったと思ったのに、さすがはスレイヴァー。
 しまった、狙うなら左わき腹だったわ。


「どうしてそう冷静で居られるのよ!!」

「…………どうして、と……問われても………」

「姉妹なのよ! なのに……どうしてそんな……争い合わせて楽しそうにしていられるの!?」


 感情に任せて、ついつい大きな声を張り上げてしまう。
 朝からこんな大声出してご近所さんに迷惑だろうけど、そんなとこまで頭が回らないくらい血が上っていた。


「……大丈夫だろう……。死にはしないし………所詮………ゲーむぶはげっ!?


 途端、千影ちゃんが顔面からテーブルにダイブ。
 木製のテーブルには、千影ちゃんはダイブした所を中心にヒビが入っていた。


「ダメですよ千影ちゃん。鈴凛ちゃんをいじめちゃ」

「あ」


 暗転した世界に、舞い降りたか細い澄んだ声。
 それが、もうひとりのお客さまのものだと気がついたのは、
 上体をテーブルに突っ伏した千影ちゃんの後ろから現れた鞠絵ちゃんの姿を確認してからだった。


「……私を虐めるのは良いのかい………? ……つーかちょっと力解放させたろ? 人間の範疇越えて痛かったぞ」

「今の千影ちゃんは人間の範疇越えちゃっているので大丈夫です

「ハートマークつけても残虐性は一切消えてませんよー」

「えいっ

ふごっ!?


 さすが、スレイヴァーにはスレイヴァーというのか、こうかはばつぐんだ。
 雲耀の速さで打ち下ろされた手刀は、まさに我に断てぬ物なしだった。


「あははは……。おはよ、鞠絵ちゃん」

「はい、おはようございます……。それよりも鈴凛ちゃん……大丈夫ですか……?」

「え?」

「顔色、あまりよろしくなかったですから……」

「あ……うん。大丈夫。ちょっと疲れちゃっただけだから……」


 そう言ってから、突っ伏す千影ちゃんを横目で見ながら恨み言のようにこう付け足す。


「昨日、一昨日と、あんな騒ぎに巻き込まれたんだからねー」

「うっわー………ツッコミ入れる余裕はないクセに……皮肉いう余裕はあるんだー…………へー……ふーん……」


 恨みたいのはこっちの方だって言うのに、千影ちゃんは自分のしたことなんか知りませんよーって開き直った態度を返してくる。
 あーっ、テーブルが邪魔じゃなかったら、今すぐその左わき腹に一撃加えてやるのにっ!


「でも、千影ちゃんを嫌いにならないであげてくださいね……」

「え?」

「ただ、興味深いことに純粋で……他のことに目が向かなくなっちゃうだけで……根は優しい姉上様ですから……」


 鞠絵ちゃんが言うことが、分からないわけじゃない。住む場所は違えど、これでも一緒に過ごしてきた姉妹なんだから。
 千影ちゃんが、根は優しいってことは、アタシだって知っている。
 それにこの戦いで、例え死なないとはいえ、命を奪ってまで勝とうとは思っていないというのは、本人の口から確認してる。
 目的はあくまで「参加」それ自体なんだ。
 だから、理性を失うという不確定要素は、千影ちゃんにとってはゲームを面白くする要因に過ぎなくて、
 これが誰もケガをしないテレビゲームとかだったら、アタシだってその考えにそのまま賛同していたと思う。


「でも……」


 このお泊り会の間、その優しさが一度も表に出てきていないから……やっぱり、不安になっちゃうじゃない……。


「それに……わたくしだって、似たようなものです……。ルールだからって、言い訳して……傷ついた千影ちゃんを……」

「……あ」


 気まずそうに目を伏せる鞠絵ちゃん……。
 それは、はじまりの出来事……一昨日の、公園の木々の茂みの中でのこと。
 四葉ちゃんを追い返した後の、鞠絵ちゃんが千影ちゃんに向けた、冷たい態度。
 鞠絵ちゃんも、自分が望むもののために、手負いの千影ちゃんを仕留めようとしていた……。
 アタシの主観で印象が違うだけで、結局ふたりとも同じなんだ。
 失念していたわけじゃないけど、やっぱり印象でひいき目に見ていたってコトを実感させられちゃったな……。

 忘れちゃダメなんだよね……鞠絵ちゃんだけじゃなくて、千影ちゃんも、同じ等身大の人間なんだってこと。


「分かってあげてください……。千影ちゃんの大切には、きちんとわたくしたち姉妹のことも入っていることも……」

「鞠絵ちゃんは優しいね、愛してるよ

「こーやってアタシの口調真似してヒトのイメージ悪くするトコは?」

「不純物わんさか」


「ぎゃふん、ナイスコンビネーションツッコミ」


 ショックを受け、バッテンおめめでゆるゆると床に沈んでいく千影ちゃん。
 これ以上ないくらい似合わないリアクションだなあと思った。
 ああ、お姉さま……あの凛々しかった千影お姉さまはどこに行ってしまわれたのですか……?
 まあ、そんな変わり果ててしまった肉親のコトは置いておいて……。


「鞠絵ちゃんこそ、もう、大丈夫?」

「はい……昨日は、どうもありがとうございました……」


 アタシが聞くと、鞠絵ちゃんはいつも通りの笑顔を向けて答えてくれた。
 その笑顔に、まだ寂しさは残っていた……けど、だからこそ分かる。
 それが"本物"だって。


「そっか……。良かった」


 千影ちゃんの冷たい態度、昨日までのガラリと変わってしまった日常、それ以上の波乱が予想されるこれからのこと。
 それらがのしかかって、今の今まで不安でいっぱいだった。
 でも、そんな不安も、元気になった鞠絵ちゃんの姿を見ることができたお陰で消し飛んでくれた。
 まだ完全にとはいかないけれど、それでも、自然に笑いかけてくれる……。
 それだけで……心の曇り空は晴れて、安心できた。


「はい、鞠絵ちゃんの分。冷めない内にどうぞ」


 心にゆとりができたところで、姉妹3人、明るい朝食の情景に溶け込みたいな、なんて思った。
 鞠絵ちゃんに、笑顔でトーストを差し出すと、それにはジューシーな蛙の丸焼きが乗っかっ


「誰だこんなもん乗っけたのはーーーっ!??!」

「うふっ お姉ちゃんサービスしちゃった♪」

「って貴様かーーーっっ!! って言うか千影ちゃんしかいないよねーーーっっ!!」

「ありがとうございます、鈴凛ちゃん。とっても美味しそうです……

「鞠絵ちゃんもそのまま受け取るんじゃなーーーいっっ!!」


 ……前言撤回。十分過ぎるほど、不安が渦巻きまくりました。












「じゃあアタシ、学校行って来るから、しっかりお留守番お願いね」

「はい、了解しました……


 みんなでごはんを食べ終えると、すぐさま学校へ行く準備を終えて、玄関へと足を運んだ。
 今日は可憐ちゃんとの待ち合わせがあるから、いつもより早く家を出なきゃいけないからだ。
 玄関で靴を履き終え、つま先をトントンと床に打ちつけながら、見送ってくれるふたりに改めて留守番をお願いした。


「それと……帰ってきたら"ごめんなさい"は、なしだからね」

「え?」

「黙ってひとりでミカエル取り戻そうなんて考えちゃ、ダメってこと」


 念押しするように鞠絵ちゃんにいうと、ツンっと、おでこに指を当てた。
 ちょっと強かったのか、きゃっ、なんて小さくて可愛い悲鳴が鞠絵ちゃんの口からこぼれる。
 突然のことに呆気に取られ、突かれたおでこを押さえながら目をぱちくりさせていた。


「ここには、アタシも……あとついでに千影ちゃんもいるんだから」

「ついでってなんだよ、キミより役に立つだろ、スレイヴァーだぞ」

「だから、ひとりで勝手に背負い込まないで、ね


 片目を瞑って、鞠絵ちゃんへウインクを送った。
 鞠絵ちゃんは、意外と思い切った行動を取る節がある。以前、療養所を抜け出した前科があるくらいだ。
 普段、療養所で自分の欲求を押さえつけて暮らしている反動なのかなんなのか……。
 それに今は長期外泊とスレイヴァーになって病気が抑えられてる解放感からか、こっち来てからちょっとテンション高かったし。


「昨日はできなかったけどさ……アタシが帰ってきたら、今後について話し合おう。もちろん、ミカエルについても」


 近い内に、春歌ちゃんから何かしらの接触があることは間違いないはず。
 内容はもちろん、昨日中断した戦線離脱勧告について……。
 ミカエルという人質が居る以上……鞠絵ちゃんの絶対的不利は揺るがないけど……
 それでも、できる限りのなにかをしてあげたかった。
 昨日の夜の……仮面を脱ぎ捨ててくれたホントの彼女のために……。


「はいっ……!」


 アタシの言葉を聞き届けると、鞠絵ちゃんはぽかんとした顔を和らげて、嬉しそうに元気に返事を返してくれた。


「じゃ、行ってくるよ」

「いってらっしゃい……」

「ああ……また来世…………」


 ふたりの声を聞き届けて、アタシは昨日と同じ、見送ってくれる誰かの暖かさを感じながら家を出た。

 ジジとはもう会えないけれど、ミカエルは違う。
 ミカエルにはまだ会えるし、こんなくだらないゲームが終われば、またいつも通り一緒に過ごせるんだから。
 ……もっとも、鞠絵ちゃんが悲しかったのは、会えないことじゃなくて、裏切られたことなんだろうけど……。
 帰ってくるまでに……アタシなりに、考えられるだけの考えを練ってみよう。彼女の笑顔を、守るためにも……。
 そう胸に秘めて、学校までの道のりを意気揚々、歩き始めた。












 でも、やっぱりアタシは、ツメが甘いのかもしれない……。












 家を出て行く時、背中越しに受けた、


「ごめんなさい……」


 彼女の大きな決意と、小さな謝罪を、見過ごしたままだったから……。









更新履歴

H17・10/9:完成・掲載
H17・10/10:誤字修正


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