公園の外と内とを仕切る金網越し。
 予想だにしなかった人物を目の当たりにして、身動きが取れなくなってしまう……。


「どうしたの春歌ちゃん? ……あーっ! 鈴凛ちゃんに、鞠絵ちゃんに……ミカエルだー


 突然黙り込んだ春歌ちゃんの見ている先に目を向け、アタシたちの姿を確認すると、本当に嬉しそうな声をあげて喜ぶ雛子ちゃん。
 そんな無邪気な声が場違いに聞こえるほど、アタシたちの周りにはピリピリと緊迫した空気が流れていた……。


「いや、雛子くん…………私も居るのだが………」

「千影ちゃんもついでにー」

「ついでかよ」


 子供同士(精神年齢が)のやりとりが場違いなほど、辺りは―――


「「ちゃおヒナCHIKA」」


 ええい、なんだそのふたりの間だけのオリジナルへっぽこ挨拶は?!





 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月18日 火曜日

第11話 動き出した歯車ギア









「ミカエルー♥♥


 入り口を経由して雛子ちゃんたちのいたブランコのところまでやってきたアタシたち。
 着くや否や、こちらの緊張する気持ちなど露知らずと、雛子ちゃんの声が心底明るく響き渡る。
 声の主は顔中を笑顔に変えて、鞠絵ちゃんのすぐ横に居たミカエルの元へトテトテ駆け寄ってきた。


「クシシシッ☆ くすぐったいよぉ〜♥♥


 駆け寄ってきた少女に、ミカエルは挨拶代わりにとぺろぺろと顔を舐め回して迎え入れていた。
 雛子ちゃんはくすぐったそうに喜びながらミカエルを抱き締め返し、
 「ふかふか〜」なんて言いながら、その整った毛並み感触を楽しんでいた。
 さっきシャンプーをしてたって言ってたから、今が特に気持ち良い時なんだろうな……。


「うふふっ…… ミカエルも、雛子ちゃんに会えてとっても喜んでいますね」

「鞠絵ちゃん、お久しぶりです☆」

「はい、お久しぶりです、雛子ちゃん。……そして、」

「…………」

「春歌ちゃんも……」

「ええ……」


 ふたりとも、鞠絵ちゃんとは、今回の長期外泊許可が出てから初めて出会う。
 雛子ちゃんは鞠絵ちゃんと、そしてミカエルとの再会を純粋に喜び、鞠絵ちゃんもにこっと笑った顔で答えていた。
 反対に、春歌ちゃんは会えたことを、手放しで喜べないといったような、複雑な表情をしていた。
 その顔はまるで、「どうして今なのか……?」と、アタシたちと同じ心境だと語るように……。












「ミカエルGOGOー クシシシッ♥♥

「わ〜う〜」


 雛子ちゃんは、少しはなれたところでミカエルにライド(ride:乗る)して楽しんでいた。
 ミカエルは鞠絵ちゃんだって乗せて走れそうな大型の犬なので、雛子ちゃんくらいなら軽々と乗せて走り回ることができる。
 ああ、今の彼女は紛れもなく騎兵ライダーだ。

 雛子ちゃんにはひとまずミカエルとの再会を楽しんでもらうことにして、
 その間に、アタシたちの方は予定を変更し、もうひとりの重要参考人である春歌ちゃんと言葉を交わすことにした。
 雛子ちゃん相手だと、幼さからの知識不足から話が通じなくなることも多々ありそうだし、
 下手に説得を試みたところでオトナな人の監視下ならば横から止められてしまう。
 なら、最初からしっかりとした話のできる人間と話し合った方が、手間が掛からなくて済むというもの。
 こういう難しくて辛気臭い話題はオトナに任せて、子供は無邪気に楽しんでいるのが良い。アタシたちもまだピッチピチの十代だけど。

 3人が全員そう感じたからか、特に誰が提案するでもなく、アタシたちは自然と春歌ちゃんと向き合っていた。
 向き合って……そしてお互い言葉を出し渋っていた。
 無理もない……。両方が両方とも、訪れる展開が予想外過ぎて、どうして良いのかまとまりきっていないんだ。
 考えることはたくさんあった。
 なんで春歌ちゃんがここにいるのか?
 ……いや、そんなことよりも―――




    『だいじょーぶだよ』

    『何故ですか?』

    『だってヒナはすれーばーさんになったんだから☆』

    『はぁ……』





 雛子ちゃんの言葉と普通に話しをしていたということの方が問題だった。
 さっきの会話……春歌ちゃんは知っている。スレイヴァーの存在を……。

 "知っている"ということは……―――
 雛子ちゃんと対立せずにいるということは……―――

 そこから導き出される答えは、言うまでもない……。
 つまりは……春歌ちゃんも、鞠絵ちゃんたちと同じということ……。


「奇遇……ですね」


 先に重苦しい沈黙に耐え切れなくなったのは春歌ちゃんの方だった。
 その様子は、なんでもない日常会話へと話を逸らそうともしているように見えた。


(あ、そうか。春歌ちゃんから見れば、アタシたちとスレイヴァー云々が関係あるかどうかなんて、まだ分からないんだ……)


 春歌ちゃんは知っていても、アタシたちは知らない。春歌ちゃんの視点ではまだそういう風に考えられる。
 本当に、偶然3人でここを通り過ぎようとしたという風に思わせておけば、アタシたちには有利のはず……。


「そうでもないさ………。私たちは雛子くんに用があってね…………、ここに居ると聞いたから……やって来た」

「っっ!?」


 ――と考えるアタシの思考などお構いなしに、千影ちゃんは驚くくらいストレートにネタを明かしてしまった。
 まるで、まどろっこしいやりとりなど無用と言わんばかりに。
 千影ちゃんの一言に春歌ちゃんは息を呑む。春歌ちゃんだけじゃなく、千影ちゃんの思考が読めないアタシたちも。


「雛子ちゃんに……なんの用、ですか?」

「…さっきの電話のことで…………と言えば……いいのかな?」

「では、やはり……」

「…………フ」


 千影ちゃんからの答えはない。ただうっすらと笑みを浮かべただけだった。

 春歌ちゃんは、雛子ちゃんがスレイヴァーであると言いふらしていることを知っている。
 さっきの会話もそれを止めるように注意していたところなんだろう。
 なら、それだけでもアタシたちが雛子ちゃんに会いに来た用件なんてすぐに察せる。
 あの電話の後で雛子ちゃんに会いに来るなんて理由は、「戦い」を知る人間ならすぐに分かるだろう……。


「まさか…………君たちも、組んでいたとはね………」

「ということは……あなた方も?」

「まあ………こちらにも事情というものがあってね……。……一時的な協定………という形だが…………」


 正直、易々とこちらの情報を渡す千影ちゃんが何を考えているかは分からなかった。
 ただ、まるで考えのまとまらないアタシたちよりは、なにか考えがある分任せられるとは思った。
 だからアタシは、ちょっとヒヤヒヤしながらも、千影ちゃんに事の成り行きを任せることにした。


「……用件はやはり、雛子ちゃんの始末ですか?」


 静かに、怒りを込めたような声で、春歌ちゃんが聞き返す。


「なにも分かっていない、雛子ちゃんをっ……!」


 雛子ちゃんはまだ小さい。
 この戦いの意味を……いや、「戦い」の意味自体良く分かってないと思う。
 せいぜいアニメやゲームで見て、カッコ良いとか感じた程度。電話で言いふらすなんて無謀ことをしてしまったくらいだ。
 いくら最悪の事態は避けられるとはいえ、そんななにも分かっていない子に戦いを強いるだなんて……。
 春歌ちゃんの怒る理由はアタシにも分かった。だって、アタシだって同じ怒りを感じているんだから……。
 キリッと、睨みつけるようにこちらを見据える春歌ちゃん。
 しかし千影ちゃんはものともせずに毅然とした態度を取り続けていた。


「なら…………どうする気だい……? …今こちらは3人……君たちはふたり…………戦力の差は明白、だろう……?」


 千影ちゃんの言う通り。スレイヴァーの力はそれぞれ対等というのなら、人数の差はそのまま戦力の差となる。
 今戦うというのなら、単純な数の足し算でこちらの有利は容易に見て取れる。
 春歌ちゃんたちはふたり、こっちは3人…………………………3にん?


「はえぇぇ〜〜〜っっ!?」



 あ、アタシもスレイヴァーって、ナニを言ってるんですか千影姉さんッ!!?
 驚きのあまり、場の空気も考えず情けないへンな声をあげてしまった。
 いつも突拍子もなくぶっ壊れたことをやってきてばか姉のばかも、ここまで来るととても許せたものじゃないですよ!
 っていうかヤバッ!? ついて来ちゃったってコトは、アタシだって春歌ちゃんにそうだって思われてるってコトじゃん!?


「ちょっ…待っ……! アタシは違うでしょ!?
 そりゃ確かにスレイヴァーとかは知ってるけど……アタシは巻き込まれただけで……!
 だ、だからアタシはスレイヴァーなんかじゃないの!!」


 というか、今は許す許さないじゃなくて命の危機だ。
 千影ちゃんに怒りを感じる余裕もなく、慌てて春歌ちゃんに誤解されないように千影ちゃんの言ったことを訂正した。


「えっとぉ……じゃあ、鞠絵ちゃんと千影ちゃんはそうで、鈴凛ちゃんは違うんだね?」

「え? あ、うん……」


 いつの間にかアタシのすぐ横にひょっこり現れていた雛子ちゃんが、純心な目をこちらに向けていた。
 いつからなのか、ミカエルにちょこんと騎乗ライドしながら小難しいオトナの話題に参加していたらしい。
 ……話の内容を理解してるかどうかは別だけど。
 ただ、雛子ちゃんは、今のアタシの言葉を純粋に信用してくれたようだ。
 ああ……こういう時、純粋無垢な子供って安心と安らぎをくれる「癒し」になってくれるなぁ……。


「なんだ、だったらヒナたちと一緒だね☆」

「は?」


 相変わらず子供は言葉足らずだ……。
 癒してくれるのは良いけど、自分の主観で話すから、主語が抜けて一体何が「一緒」なのかさっぱりだ。
 まあ、雛子ちゃんの言葉は今は置いておいて……。
 ひとまずフォローを終えて安心を得ると、今度はトンでもないことを言い出したばか姉に対する怒りが込み上がってきた。
 なんてことを言い出すんだと千影ちゃんの方を睨むと、千影ちゃんは額に手を当て大きく落胆したように息を吐いていた。


「あ」


 そこで千影ちゃんが何を考えていたのかを察せた。
 そうか、今のって……単純に数の面での有利を見せ付けるためブラフだったんだ……って。


「愚鈍…………」

「……うぐっ」


 千影ちゃんの一言が胸に突き刺さった。
 自分の身の安全しか考えず、あせって千影ちゃんの作戦をダメにしてしまった負い目もあるから尚更。
 普段聞きなれない難しい言葉だから余計にバカにされた気がする。
 っていうか千影ちゃんに言われたというのがしゃくに障る。
 今の千影ちゃんこそが千影ちゃん本来のキャラっぽいけど、ばか姉のイメージが染み込んでいる今の状態ではただただ悔しい。

 いーわよ、いーわよ、どうせアタシは愚鈍ですよー。

 下手に誤解されたまま春歌ちゃんたちと戦うハメになっちゃったら大変じゃないの!
 アタシには抵抗手段もなければ万が一の保険だって効かないんだからっ!


「そう思わせておいて、実は……という謀りも……」


 ……寧ろ春歌さまに下手に疑われてしまいました。
 なんてことしてくれたんだこのばか姉が。


「雛子ちゃん。とりあえずもうちょっと向こうで遊んでいてくれますか?」

「うん。わかったー」


 春歌ちゃんにもうちょっと席を外してもらうよう言われて、雛子ちゃんは子供らしい元気ハツラツな返事を返す。
 それは……人を騙し、疑う、大人同士の汚いやりとりを見せ、この純粋真っ白な少女を黒く染めないようにするためか。
 それとも、雛子ちゃんの言葉足らずな会話で話が円滑に進まないことを見越してか。
 子供は本当に素直だ。そういう大人の残酷な邪魔者扱いを、なんの疑いもせず聞き入れるんだから……。
 と、心の荒んだ育ち方をしてしまったアタシは後者と受け取って考えてしまうのでした。

 雛子ちゃんは、「さ、行こっ」なんてミカエルは語りかけると、ミカエルは大人しく言う事を聞いて雛子ちゃんをのっしのっしと運んでいった。
 あの犬はホント誰の言う事でも聞くなぁ……。賢いのか、それとも鞠絵ちゃんの教育が良いのか。
 再びミカエルに運ばれてゆく雛子ちゃんを、春歌ちゃんは手を振って見送る。


「……雛子ちゃんは、何にも分かってないんです……。本当に、ただ純粋に、面白がっているだけで……」


 手を下ろして、ぽつり呟くようにこぼす春歌ちゃん。


「そんな子を……戦いに巻き込もうだなんてっ……! そんなこと、させませんっ……ワタクシがさせないっ……!!」


 下ろした手をぎゅっと握り締め、再び、何か決意を秘めた瞳をキリッとこっちに向けてくると、


「彼女たちはワタクシが守りますっ……! "守護騎士"としてっ!!」

「「―――っ!!?」」


 驚くべきことに、彼女は自身のクラスを名乗ったのだ。
 アタシと、そして鞠絵ちゃんの表情がこわばる。
 名乗る行為に、ある意味春歌ちゃんらしい潔さ、武士道のような心意気を感じる。
 けど、春歌ちゃんチームは自分たちのクラスをバラし過ぎだ。このチームには情報戦という考えはないのだろうか?


守護騎士ガーディアン………? …君が……?」

「はい……!」


 一方、千影ちゃんの反応はアタシたちとは違っていたって冷静。
 アタシたちとは違って、春歌ちゃんの言葉に驚くというよりは、なにかを考え込むような体勢をとっていた。
 「まあいい……」なんて含むように一言こぼしてから、冷静な顔のまま春歌ちゃんを見つめ返す。
 ちょっと気になる……。相変わらず千影ちゃんは何を考えているか分からない……。
 そんなアタシの疑問を余所に、千影ちゃんは再び春歌ちゃんへ質問を投げかけた。


「"たち"とは………どういうことだい…?」

「……へ?」


 千影ちゃんの言葉の意図が読み取れず、思わず間抜けな声がアタシからこぼれる。


「…"彼女たち"と……口にしただろう……………?」

「あ!」

「……っ!!?」


 そういえば……アタシたちとしては、春歌ちゃんが自分クラスを名乗ったことに驚いて、
 それでそっちにばかり目が行っていたけれど……確かに春歌ちゃんはそう言った。
 春歌ちゃんも、しまったと言うようにわずかに動揺の表情を浮かべる。
 春歌ちゃん自身、怒りに身を任せつい口を滑らせてしまったようだ。
 しっかり者の春歌ちゃんとしては珍しいケアレスミス。
 それほど、この「戦い」に怒りを感じていたからかもしれない……。


「雛子くん以外に…………一体誰を守るつもりなのかと思ってね………」

「そ、それは……」

「……亞里亞ちゃん?」

「!!」


 アタシのふとした一言に、春歌ちゃんの驚きと動揺の混じった表情が、更に色濃く浮かび上がった。


「どうやら……図星のようだな…………」

「でも鈴凛ちゃん、どうして亞里亞ちゃんなんですか……?」

「あ、うん。今日帰りにじいやさんから聞いたんだ。春歌ちゃんたちが昨日遊んだって」


 ふたりが組む機会といえばそのくらいしか思い当たらなかったけど、それでも十分過ぎる状況証拠だとも思った。
 言いふらしている雛子ちゃんの様子からも、亞里亞ちゃんとも遊んだって事は、亞里亞ちゃんにだって自慢しているはず。
 というか、確か電話でも彼女は女王アリアの家来として生きる道を選んだとか何とか言っていた気がする。
 雛子ちゃん、今からそんな使役される側の生き方選んでちゃダメだよ。まだ若いんだし。


「ええ……その時です。彼女に……雛子ちゃんに、証拠を見せられました……」


 観念したように苦笑いを含めながら答えて、その表情のまま「お陰で木が1本折れました」なんて付け足す。
 ああ、それはほんとのことだったんだ……。


「……そうなると………亞里亞くんも疑う必要が…………」

「安心してください。彼女に戦う力はございません……。ワタクシたちの中でスレイヴァーはふたりだけです」


 付け足すように、さっき雛子ちゃんが言っていた"一緒"のことと口にする。
 つまり、雛子ちゃんは『お互い3人チームで、内ひとりが非能力者』と、そのことを「一緒だ」と言っていたらしい。
 雛子ちゃんは亞里亞ちゃんを"守る"と言っていたのだから、
 きっと「力を持っている自分が、なんの力もない亞里亞ちゃんを守ってあげる」という意味だろう。
 まさに童話の中のナイト様とお姫様の関係ね。
 あ、女王様だっけ? まあどっちでも良いけど……。


「……それを信じろと…………?」


 千影ちゃんは、明らかに挑発するような態度で返す。
 ウソをついて相手を混乱させる「情報戦」も、この戦いを作り出した昔の魔術師たちが用意した戦いの方法の一つ。
 敵の言葉を疑う千影ちゃんの行動も当然とは言えるけど……。
 でも、春歌ちゃんは自分のクラスを名乗ったくらいのお堅い真人間だし、だからきっとウソはないはずよ……多分。


「ではワタクシの方も、そこまで情報を得ている鈴凛ちゃんがそうでないと信じろと?」


 …………。

 勘弁してください、アタシまだ死にたくないです……。


「おや……? …どうしたんだい…………?
 …そんな『勘弁してください、アタシまだ死にたくないです……。』みたいな……暗い表情を浮かべて…………」

「ジャストミートに現在進行形でそう思ってます」


 険悪に睨み合う千影ちゃんと春歌ちゃんの間に、理不尽に巻き込まれたアタシがまでもが介入。
 3人がそれぞれにムスーッとした顔を向け合った。千影ちゃんのはいつもの表情だけど。
 鞠絵ちゃんが、睨み合うアタシたちを「まあまあ」なんて言ってなだめると、春歌ちゃんからため息がひとつこぼれた。
 黙って睨み合っていても話が進展しないからと、ここは自ら身を引いてくれたらしい。


「……まあ、良いでしょう……。ひとまずはあなた方の言葉を信じます……」

「ほ、ほんと……?」


 多少疑いは残りつつも、とりあえずは春歌ちゃんはアタシをスレイヴァーでないと考えてくれるみたいだ。
 肩に乗っかっていたプレッシャーという重りがやっと降りてくれたようで、体が軽くなったような錯覚を覚えた。


「ただし……もしアナタが本当にスレイヴァーだった場合、ワタクシは承知しませんから!」


 ……妙に恐い警告付きで、春歌ちゃんに目をつけられてしまった。
 ほんとになんてことしてくれたんだこのばか姉が。


「まあ…………条件は一緒だからね………。こっちも…"ひとまずは"……亞里亞くんには手を出さないさ…………」


 千影ちゃんは、"ひとまずは"を強調して、ポケットに手を入れながらのふてぶてしい態度のまま返事を返す。
 こらこら、それで被害受けるのアタシなんだから、もうちょっと真面目に答えてよ!


    ゲシッゲシッ


「…………痛いじゃないか……」


 とりあえず、処刑人ミカエルは雛子ちゃんとのお遊びに夢中なので、自分で千影ちゃんのスネをゲシゲシ蹴った。

 春歌ちゃんは千影ちゃんのペースに弱く、アタシは春歌ちゃんの威圧が苦手。
 それで、アタシがボケ千影ちゃんをドツく……うん、見事に三すくみの形を取っているな。
 三すくみといえばカエル、ヘビ、ナメクジの3つ。
 千影ちゃんはイメージヘビっぽいからそのままで……それが苦手な春歌ちゃんはカエル……。
 じゃあ、千影ちゃんに強くて春歌ちゃんに弱いアタシは……しまった、アタシナメクジじゃん!?


「それで……どうするおつもりですか?」


 などと余計なことを考えている横から、春歌ちゃんは話の続きを真面目に問い掛けてきた。
 聞きながら、構えを取る春歌ちゃん。
 恐らく、数ある春歌ちゃんのお稽古の中の、合気道かなにかの構えなんだろう。


「どうもしないさ…………情報が入ったから……ひとまずは様子見ということで…話を聞きに来ただけだからね………。
 ……もちろん、君がどうしてもというのなら…………この場で、相応の形で答えるつもりだが…………」


 構えを取る春歌ちゃんとは反対に、千影ちゃんはハンドポケットのまま、戦意なんかはどこにも感じられなかった。
 まあ、千影ちゃん自身、こんなところでは戦えないと口にしていたし、戦う気がないのは本当だと思う。



「そう…ですか……」


 千影ちゃんの様子を見て、少しだけ安心したように構えを解く。


「まあ…………そろそろ雛子くんも帰らなければいけない時間だろう………?」


 チラッと公園に備え付けられている時計に目を向ける。時刻は5時半ジャスト。
 今は冬、日が落ちるのが早く、空ももう暗くなっている。
 辺りの人影はまだちらほらと残ってはいるものの、その数はアタシたちが到着した時から比べ、半分から4分の1くらいにまで減っていた。
 鞠絵ちゃんも、「ですね」なんて頷いて、


「ミカエルー。そろそろ帰りますよー」


 と、もうひとりのメンバー、ミカエルに声をかける。
 今も遊んでいるミカエルに呼びかけるその姿は、なんだか公園に遊びに来たお母さんと子供みたい、だなんて思ってしまった。


「その前にひとつ……」


 アタシたちが帰る準備を進めていると、春歌ちゃんから一言こぼれる。
 外していた視線を、再び春歌ちゃんの方に向けた。


「どうか、この戦いを降りてくださいませんか?」


 ……………………………………………………。

 ……一瞬、全員が言葉を失った。


「………………これは……なんとも思い切った提案を持ちかけるね…………」


 だって千影ちゃんの言う通り、そのお願いはダイレクト過ぎる。
 あまりにストレートで、基本クールで精神的な動揺を受けにくい千影ちゃんでさえ、答えるまでに少しの間ができてしまうほどだ。
 いや、アタシたちも雛子ちゃんと話すんだったら、そういう提案持ちかけるつもりで来たけどさ……。
 でもなにも分かっていない子供と、状況の飲み込めている人間とじゃ条件が違い過ぎるわよ。


「……キミは、自分が何を言っているのか…………分かっているのかい…? "なんでも願いが叶う権利"だぞ…………?
 それを目前に、『はいそうですか』なんて……あっさり引き下がるとでも……?」

「分かっているから、口にしているんです」


 千影ちゃんの皮肉交じり―――でもそれはある意味正論の言葉に、はっきり言葉を返す春歌ちゃん。


「"なんでも願いの叶う権利"だからこそ……降りてください」

「…………」


 それがあんまりにも大胆な要求だったものだから、千影ちゃんもとうとう言葉も出なくなってしまった。
 つまりは「自分の願いを叶えろ」とワガママ言ってるに他ならないワケで、そんな要求普通は呑むわけがない。
 しかも、そのワガママを要求してきた相手は、いつも大和撫子を目指してきた春歌ちゃん。
 アタシが知ってる春歌ちゃんは、そんな自分の欲のために動くような人間じゃない。


「そうだな……君の願いは…………、…君は、一体何を叶えたいんだい?」


 まるで新しい遊びかなにかを見つけた子供のように、興味心身に春歌ちゃんの真意について訪ねる。
 聞きながら、少しだけ唇の端を吊り上げて顔を妖しく緩めていた。


「ワタクシは……願いなんてどうでも良いんです……」


 そして、それは思った通り、自分の願いを叶えたいからというワガママからの要求ではなかった。


「そりゃあ、たくましくて立派なフンドシの似合う兄君さまが欲しいとか、そういう願いがないわけではないのですが……ポッ

「「ええい、なんて願望を抱いておる」」


 春歌ちゃんのちょっと特殊な嗜好に千影ちゃんと声を揃えてツッコミを入れた。
 いや、アニキなら居てくれても良いと思うけど……。


「姉妹同士で傷つけ合うだなんて……ワタクシは、それが許せないだけ……! だからっ……!!」


 拳を強く握り締めて、怒りをぶつけるように言い放つ。ややうつむき加減だったため、その怒りの表情は伺えなかった。
 普段から大和撫子を目指し、はしたないことは控えてきた春歌ちゃん。
 そんな彼女がそこまで感情に突き動かされる姿は、彼女のぶつけようのない怒りの大きさをヒシヒシとアタシに伝えてくる……。


「春歌ちゃん……それは、わたくしたちも同じ考えです。例え大丈夫でも、命を奪うつもりはありません……。
 できることなら、傷つける事も……。でもこれは、戦わなければ、終わることだってないんです……」

「ワタクシは……その戦いすらも見たくはない……。雛子ちゃんたちだけではない……みんなを……守りたいんです……」


 鞠絵ちゃんに答えながら、春歌ちゃんは顔を上げる。
 怒りをあらわにしていると思われていたその顔は、悲しさや辛さといった、悲愴な面持ちへと姿を変えていた。

 春歌ちゃんが言った"彼女たち"とは、雛子ちゃんと亞里亞ちゃんのことだけじゃない……。
 アタシみたいな非能力者も含めた、"この戦いの参加者全て"のこと。


「無茶を申しているのは百も承知……。ですが、これがワタクシが導き出した戦いの形です……!」


 ―――戦わないこと、戦わせないこと。それこそが彼女の戦い。


 敵すらも守ると決意する彼女は、まさに守護騎士ガーディアンに相応しい心の持ち主。
 その決意を秘めた彼女の姿は、どこまでも高潔で、清らかで、彼女の目指す大和撫子のそれだった。
 春歌ちゃんらしいなと、つくづく思った。


「でも、アタシたちが脱落して……春歌ちゃんたちはどうするの?」


 最後のひとりにならなければ戦いは終わらない。
 誰かと組んでしまった場合、その両方に勝利ねがいを得られることはないルールなんだ。
 逆に言えば、終わるためには誰かの願いを叶えなければならない。


「そうですね……。雛子ちゃんのお願いなんて、お菓子をいっぱい食べたいなんて些細なもの……。
 それでも叶えてもらいましょうか……」


 平和的に終わるならなんだって良い。
 "願い"と言う餌があるから争いのタネが尽きない。なら、そんな血塗られた願いは要らない。
 春歌ちゃん自身、願いを叶えるつもりはなく……だから雛子ちゃんライバルに協力した。
 奇跡の力を「奇跡」なんかに使わずに、なんでもない「平凡」に消費させて、元々なにも叶えられない「普通」に戻すだけ。

 春歌ちゃんの考え方は、寧ろアタシにとっては味方の考え方。
 方向性は違えど、アタシたちの見ている先は一緒だったんだ……。


「だったら鞠絵ちゃんの病気を―――」


 ……と言おうとして止めた。
 早く病気を治して、少しでもみんなと一緒の時間を過ごせるように、なんて考えてはみたものの、
 よくよく考えてみれば、肝心の鞠絵ちゃん本人の願いは「歴史を変える」というトンでもないものだったりする……。
 「それが鞠絵ちゃんの願いなんですか?」までは話が進んでも、その後「いいえ、歴史を変えちゃいます」なんて口にされた日にゃ、
 ただでさえ感情的になっている春歌ちゃんを尚更刺激するいい材料だ。
 まあ、お医者さんからだってそのうち完治できるとのお墨付きだし、本人の願いが「病気を治したい」ってワケじゃないなら、
 アタシがどうこう言ったところで余計なことなんだろうけど……。

 同じように戦いに反対しているアタシとしては、特に春歌ちゃんを否定するような言葉はない。
 寧ろ春歌ちゃんに賛成の意を唱えたかったくらい。
 だけど、


「………悪いが……答えは"NO"だ…………」


 アタシの考えなど意に介さず、千影ちゃんがいち早く春歌ちゃんへの答えを口にしていた。
 その返答に、春歌ちゃんの顔がこわばる。
 その表情の変化を気にも留めず、千影ちゃんは自身の目的を話し続けた。


「私はこれでも魔術師の端くれでね………実際、優勝や願いなんてものはどうでも良いんだ…………。
 …だが代わりに………この戦いそれ自体に強い興味を抱いている……………。
 まあ……私も殺し合うのは勘弁して欲しいが…………少しは、この偉大な力を体験させて欲しい……」


 千影ちゃんの言葉に、ますます顔をこわばらせる春歌ちゃん。
 自分はこんなにも悩み苦しんでいるというのに、それを伊達や酔狂で楽しもうだなんて……。
 という無言の怒りが、ま〜ったく動じもしない千影ちゃんをすり抜けて、特になにも言っていないはずのアタシの方にまで届いていた。


「それに…………始めたのも私だしね…………」

「……ッッ!? あ、あなたが元凶なんですかっ!?」


 ああこのばか姉、余計なとこまで口にして……。

 頭が痛くなりそうなこちらの気持ちも露知らず、ばか姉は自慢げに石盤やら儀式やらについてさらっと説明する。


「"なんでも願いの叶う権利"と引き換えなんだ…………別に構わないだろう……?」

「構いますっ!!」


 こらこらこらこら!! あんまり春歌ちゃんを怒らせないでよ!?!
 お堅い春歌ちゃんにそんなこと言うなんて、火に油どころかガソリン注いで大爆発じゃん!
 恨めしそうにむすーっと睨む春歌ちゃんと、全然悪びれる様子もなく佇む千影ちゃん。
 春歌ちゃんのぶつけようのなかった怒りは、「原因千影」という対象を見つけ、今にも発散せんとふつふつと煮えたぎっていた。

 どうやら、お互いの理想は平行線を辿ってしまったようで……こうなると交渉はもうこれ以上の進展を見せることはない。
 そのことは千影ちゃんも十分承知の上らしく、話を切り上げるようにこう口にする。


「まあ……そういうことだ………。…私はまだ……退く気はない………。
 …交渉は決裂さ……。………だが、お互い今はまだその気じゃあないんだ…………」


 くるりと踵を返し、春歌ちゃん背を向ける。
 そして首だけ軽く横に向け、更に視線だけを春歌ちゃんに送りながら、


「また………戦場で会うとしよう……」


 不吉な一言を残して、公園の出入り口の方へと歩み始める。
 そんな余計な一言のせいで、アタシもいたたまれなくなり、不機嫌な春歌ちゃんから逃げるように千影ちゃんの後に付いて行く。
 どうでもいいけど、まじめな千影ちゃんを見るのがとても懐かしい気がする。
 ミカエルの到着を待っている鞠絵ちゃんに「ほら、鞠絵ちゃんも帰ろ」なんて言葉を掛けようとした時。


「…………残念ですが……、」

「ん?」


 丁度、雛子ちゃんを乗せたミカエルが鞠絵ちゃんのところへたどり着いた時だった。
 ミカエルは、その大きな背中に雛子ちゃんを乗せたまま飼い主の元へ駆け寄ってきて、


「さあ、ミカエル。お家に―――」

「グルルルル……」

「……え?」


 突如、自分の主に対して、唸り声をあげ始めた……。


「……ミカエル?」


 誰よりも近くで、誰よりも信頼していたはずの主に対し、有り得ない敵意を剥き出しにするミカエル。
 いつものほほんとして、ぼけ犬と称していたあの忠犬が、普段の様子からはとても想像できないような鋭い眼光を向け放つ。
 その異様な空気の漂う場に、春歌ちゃんの途切れた言葉の続きが紡がれた。


「これは"お願い"ではありません……。既に、"取り引き"なんです……」

「……春歌、ちゃん?」


 冷たい言葉だった。
 その言葉が、なにを意味するのかは分からなかった。
 でもさっきまでの、みんなの身を案じていた優しさは微塵も感じられない……とても、冷たい言葉……。


「あなた方に、拒否権はないと思われます……。少なくとも、鞠絵ちゃん……あなたには……」

「ミカエル……どう、したの……?」


 自分の事を言われたというのに、鞠絵ちゃんには春歌ちゃんの言葉は耳に届いていないのか、視線はただただミカエルに向いていた。
 予想外の行動に出るミカエルに、状況が飲み込めず戸惑うばかりの鞠絵ちゃん。
 飼い主の質問に、ミカエルは依然変わることなく唸り続ける。


「そうですわね……。ひとつお伝えしておきましょう」


 何か、とてもイヤな予感がした。
 気づくのが遅すぎるくらい、愚鈍な予感が。


「雛子ちゃんの……、騎兵の能力は……」


 この時になって、ようやく気がついた。

 アタシたちは……―――


「"騎馬の……服従"」


 ―――なんて、迂闊過ぎたんだ……。










更新履歴

H17・6/2:完成
H17・6/5:掲載
H17・8/31:脱字修正


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