既に10年以上も暮らしている見慣れた我が家の玄関。
そこで、アタシを含めた3名が不測の事態に硬直していた。
状況としては、お客として訪ねてきた可憐ちゃんを、千影ちゃんが接客していて、そこにたまたまアタシが帰ってきたというものだ。
まあ、いたって普通の接客風景と言えばそうなのだけど……
問題は、本来ここにはいないはずの人間が接客してる、ということである。
「あ、鈴凛ちゃん……お帰り、なさい……」
「……うん、ただいま……」
アタシのことに気がついたらしい可憐ちゃんは、首だけアタシに振り向けると、率先して「おかえり」を返してくれた。
アタシと違って、きちんと手入れされているさらさらしたロングへアが、拍子でふさぁっと翻っていた。
続くように、式台に立っていた千影ちゃんも「おかえり」を返してくれた。
そして、様々な疑惑が飛び交うこの空間は、再び硬直するのだった。
さて、一体どう収集つけようか……。
Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜12月18日 火曜日
第9話 不測だらけの帰宅
「えっと……なんで?」
突然のことに面食らったアタシが、同じく面食らってる可憐ちゃんへ質問を投げかけた。
まあ、当然といえば当然の行動だと思う。
「なんでって……だって昨日、鞠絵ちゃんに会いに行っても良いですかって聞いたら……鈴凛ちゃん、大歓迎って言いましたよね?」
「…………………、………あー」
そういえば言った。
昨日の朝の出来事を冷静に思い起こしてみると、可憐ちゃんと一緒に登校してたとき、何気ない会話の中でそんなことを口にしてた。
なんだか色々あったせいですーーーーっかり忘れてた。
たった1日前のコトなのに、もう3ヶ月以上前のコトに感じるよ……。
「あら? 可憐ちゃん」
「あ、鞠絵ちゃん」
と、アタシが納得していると奥から鞠絵ちゃん登場。
その際、鞠絵ちゃんもアタシに「おかえり」を言ってアタシを迎えてくれたので、アタシも「ただいま」を返した。
「可憐ちゃんも、いらっしゃい」
「あ、うん……」
鞠絵ちゃんは、お客様の可憐ちゃんにも微笑を向けながら、こころよく迎えていた。
けれど、可憐ちゃんはいまだ混乱から立ち直れないらしく、煮え切らない返事を返すのみだった。
さて、これで鞠絵ちゃんに会うという可憐ちゃんの目的は達成できたわけだ。
では可憐ちゃんには帰ってもらおう。
(なんて言えるワケないじゃないのっ!!)
いくらスレイヴァー云々で姉妹の間で会うことに色々と煩わしさがあるとはいえ、そんなのは礼儀知らずもいいところ。
というか、「可憐ちゃんが居ると何かとややこしくなるから帰ってくれ」だなんて言えとでもいうのですか?
それは酷でしょう。
「まあ、折角来たんだし……上がってよ……」
「あ、はい……。おじゃまします」
硬直状態から脱する意味も込めて、とりあえず可憐ちゃんを家の中にご招待した。
アタシが促すと、可憐ちゃんは靴を脱いで玄関に上がる。それを鞠絵ちゃんが先導して、居間まで案内してくれた。
そのひとつひとつの動作も丁寧で、なんだかアタシにはない女の子って感じが漂っていた。
アタシは自分がガサツだから、そんな何気ない動作も羨ましく感じちゃうな……。
「…………なんで呼んだりしたんだ……!?」
可憐ちゃんが居間に消えるのを見計らって、千影ちゃんがイヤそーな顔を近づけてくる。
まるで内緒話でもするようなこもった声と不気味な顔をアタシにまざまざと突きつけながら、
親切なほど分かり易く不機嫌をアピールする。いつものハスキーな声も、尚更低い声になっていた。
これくらい可憐ちゃんから距離が離れていれば、そこまでしなくても聞かれないだろうに……。
「何で千影ちゃんが接客してるのよ……」
似たよーな声と顔で千影ちゃんに言い返す。
鞠絵ちゃんが家にいることはみんなも既に知っていること。
だから鞠絵ちゃんが出れば問題はなかったはずだというのに……。
なのに、本来居ないはずの千影ちゃんがアタシの留守中に家に居た。
特にこの「戦争」の始まっているタイミングでは何かと不味い。
「…鞠絵くんが…………ミカエルのシャンプーしていたんだ……。………まあ…もう終わったらしいが……」
なるほど、手が空いてたのが千影ちゃんだけだったと、そういう訳ね……。
「で、どう説明するんだ……この状況…………」
「あのねぇ……仕方ないじゃないの。アタシだって、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったし……」
約束したのはスレイヴァー云々を知る前のことで、これは不可抗力。
っていうかアタシのせいですか?
この状況はアタシのせいなのですか?
気がついたら勝手に「戦争」とか始まってて、それでアタシは勝手に巻き込まれただけだっていうのに。
「だからその不気味そうな顔早く離して」
オブラートに包むことなく文句を言うと、千影ちゃんは不満そうな顔のまま、とりあえずは距離を取ってくれた。
まったく……千影ちゃんは、元は良いってのに、どうしてそんな不気味な表情ばっかするのかしら……。
多分、今のだって表情が表情じゃなかったら、同じ女の子でもドキドキしちゃってたと思うのに……。
「偵察……かもしれないんだぞ…………」
千影ちゃんは、ぽつりと一言。自らの推測を口にした。
「でもそんなことって……」
「昨日なら…………十分覚醒している可能性が高い時期だろう……?」
「そりゃあ……まぁ……」
確か千影ちゃんからの説明で、スレイヴァーとして選ばれたものは3日の内に全員覚醒を迎えるとか言っていた。
千影ちゃんの話から考えるに、今はもうスレイヴァーとして選ばれた全員が覚醒を迎えているはず。
覚醒時期には個人差が存在するけど、当然後になればなるほど覚醒の確率は高い。
つまり昨日の朝の何気ないやりとりは、可憐ちゃんの偵察を目的としたもの、もしくはアタシにカマをかけた行動と言いたいわけだ。
「でも違ってたら―――」
「どうして君は楽観的なんだッ……!!」
アタシの言葉を遮って、千影ちゃんは苛立ちをこめた声をぶつけてくる。
居間に居る可憐ちゃんに聞こえないよう声を抑えてはいたけれど、それでも強く。
「疑って、イヤな人になりたくないから」
だけど怯まず、真っすぐと向かい合って自分の言葉を返した。
千影ちゃんの万が一を考える気持ちは分からないわけじゃない……。
……でも……さっき白雪ちゃんを疑った時に感じた気持ちは……もう、味わいたくないから……。
アタシの気持ちが伝わったのか、千影ちゃんは「はあ……」だなんて大きなため息を、明らかにアタシに見せ付けるようにひとつ。
そして、観念したように、
「仕方ない…………私が上手い言い訳をしておいてあげるよ…………」
「実はだね…………私と鈴凛くんは既に深く深く愛し合ってい―――へぶぁっ!?」
「余計こじれるっちゅーねんっっ!!」
自称上手い言い訳をした千影ちゃんの顎を、アタシの右のショートアッパーが的確に捕らえた。
千影ちゃんのその足は一度大地を離れ、そのまま重力に逆らうことなく、居間の床へと膝から崩れ落ちた。
千影ちゃん、アナタもですか?
アナタも姉妹禁愛恋愛論にもって行きたがるんですか?
「り、鈴凛ちゃんたちって……そういう……」
「可憐ちゃんも信じないで」
どーしてそんな異常な状況をすんなり受け入れようとするかな、アタシの姉妹は?
12人も姉妹がいて、事情があって一緒に暮らしてなくて、全員にそれぞれの家庭があって、しかも女の子同士でフォーリンラブ。
一体どんな家庭環境よ。普通は納得しないでしょうが。
「あのね、千影ちゃんは……その…、いつもの魔術の研究とやらで、たまたまアタシん家に泊まり込むことになっただけなの」
「あ、そうだったんだ」
このまま誤解されるのも不服過ぎる仕打ちだったので、インスタントに言い訳を作り、その場を乗り切る作戦へと変更。
結構曖昧な答えだったけど、千影ちゃんのあほな言い訳よりは数倍もマシだと思う。それにあながち嘘じゃないし。
即席の割に千影ちゃんらしい理由だったからか、可憐ちゃんはあっさり納得してくれた。
こんなんで納得するなら、特に別に深く考える必要もなかったな……。
千影ちゃんのことだから詳しくは教えてくれなかったけど、と付け加えて、
これ以上の質問に対しての予防線を張ったところで、この話題をパパッと切り上げることにした。
「ったく……普通は納得しないわよ、千影ちゃんが言ったようなこと……」
「えへへっ……ごめんなさい」
「フフフ……さすがに自分たちがそうだと…………すぐにそういう方向に考えが働くんだな………」
地面に横たわりながら、千影ちゃんは可憐ちゃんへ向けてそんな発言をしだす。
「……え? えっ!? ええっ!? ちちちち違います!!」
その言葉に反応して可憐ちゃんは顔を真っ赤にしながら慌てふためき始めてしまった。
つーか、だったら今まさにそういう方向に進めようとする千影ちゃんもそうだということになるのですけど?
「可憐、咲耶ちゃんとはそういう関係じゃなくて……さ、咲耶ちゃんはただの素敵なお姉ちゃんなんです!!
確かに普通の人なんかよりはずっと素敵ですけど、それ以上なんてことは無いですっ!!」
「ほぅ……………私は…咲耶くんだなんて特定した覚えはないのだが…………」
「……え? あっ!? あの…えと……うぅ……」
千影ちゃんの誘導尋問に墓穴を掘ってしまった可憐ちゃんは、そこで言葉に詰まってしまう。
もじもじと真っ赤に伏せてしまう仕草は普通に可愛いと思った。もちろんヘンな感情は入っていない。
「はいはい、可憐ちゃん虐めてないで黙ってなさい」
「ぎゃうっ」
地に伏せながらも余計話をこじれさせようと目論むばか姉を踏みつける。
まあ、アタシもアタシでそう言って可憐ちゃんをからかったクチがだから、あまり強くは言えないだろうけど。
「ああ…………昨日は…私の前に全てをさらけ出していたいいたいいたいー」
「さらに誤解させたいんか? ああぁ?」
これ以上余計なことを口にさせないため、乗っけた足をグリグリと動かす。
ちらりと見下ろした千影ちゃんが恍惚の表情を浮かべていたように見えたのは気のせいということにする。
「……あ、鈴凛ちゃん、ちょっとおトイレ借りますね」
「うん、利子つけて返してね♥」
「千影ちゃん、ヒトの口調真似してアタシの評判下げるの止めてね」
再度グリグリ千影ちゃんを踏み躙る。
その様子を、カラ笑いを浮かべながら、可憐ちゃんはそそくさと部屋を退場して行った。
「ああン〜♥ もっと〜♥♥」
今の千影ちゃんの声で聞こえた言葉は空耳ということにしておく。
「ところでさ、鞠絵ちゃん……大丈夫だった?」
「はい?」
「買い物……。別に問題なかった?」
トイレのドアが閉まる音を確認してから、鞠絵ちゃんにそんな話を振った。
さっきから気になってはいたんだけど、ちょっとこの話題は可憐ちゃんの前じゃ出来ないから、
席を外してもらっている今の内に軽く確認しておこうと思って。
「ええ、ちゃんと安売りしているものから節約して買ってきました」
「そっちじゃなくて……その、他のみんなとさ……」
今はお金のコトより、鞠絵ちゃんの体の方が心配だった……。
……いや、確かにお金も激しく重要だけど。
「うふふっ……♥ ここに無事に居るのが証拠です♥」
「あ……うん、そうだよね……」
鞠絵ちゃんの言うとおり、今無事にここにいるのなら答えは一目瞭然だ。
けど、改めて言葉として聞けて安心した。
「あ、でも、途中で公園に寄り道して……そこでミカエルとちょっとだけはしゃいじゃったんです」
「ん? まあ、まだ始まったばかりだし、そのくらいなら大丈夫でしょ?」
確かに、「戦争」が始まった今の状況じゃ、迂闊に出歩くなんてことは危険の伴う行為なのは言うまでもないこと。
けど、今はまだ始まったばかりで、お互いの手の内だって迂闊見せられないはず。
まずは情報収集や、反対に自分の情報を漏らさないことが大切な時期だから、不自然に積極的に動いている方が怪しまれてしまう。
「ええ、特に誰とも……四葉ちゃんにも会いはしませんでしたから」
さすがに学校を休んでまで行動に移す子は居なかったらしい。
アタシたちの予想通り、みんなまずはいつも通りを装うコトを重要視したみたいだ。
まあ、もうすぐ冬休みだし、本格的に動くならそれからの方が丁度良いだろう。
学校に縛られることもなく、自由に時間も取れて、午前中から自由に出歩いても全然不自然じゃないし。
「いっぱい……動き回っちゃいました……。普段なら、お医者様にお叱りされちゃうくらい……いっぱい……」
「……ん?」
気がつくと、鞠絵ちゃんはなにか感慨を噛み締めるように、静かに話していた。
木の枝を投げたり、一緒に競争したり、手軽に出来ることだけだったって、ちょっと物足りなさそうに言葉を付け足すけれど、
それでも、なにか満足そうな、柔らかい表情で語っていた。
「そっか……」
それを聞いて、アタシの胸にもなんだかあったかい何かがこみ上げてくるようなシンパシーを感じていた。
アタシだって、鞠絵ちゃんにはただ普通に外を散歩するとか……それだけのことでも、させてあげたいって思ってた。
ただそれだけでも、ずっと療養所に入院していた鞠絵ちゃんにとっては大きなことだって、分かってたから……。
多分、アタシの顔はほころんでいるんだと思う。
だって、まるで自分のことのように嬉しかったから。
はしゃいだりとかはしなかったけど、心の中ではそのくらい嬉しかった……。
「良かったね……」
「はい……」
「……なら………良かったついでに…………いい加減足をどけてくれないかい………?」
足元から、そんな不平を言うような声が耳に届いた。
「新しい趣味に目覚めそうだ」
足元から何か幻聴のようなものが聞こえてきた……ような気がした。
「ん? あ、おかえりー」
しばらくして、トイレに行っていた可憐ちゃんが居間に戻ってきた。
ただ、その表情は何か青ざめているような、重そうな表情をしていた……。
「どうかしたの……?」
「あの………なんだかキッチンの冷蔵庫から、ちょっと怖い感じの呻き声が……」
「き、気のせいよっ!!」
朝のサバイバルの恐怖の余韻は今も冷蔵庫に残っていたようだ……。
千影ちゃんは、まだアレの処理をしきれてなかったのですか?
そりゃ3人分は多かったかもしれないケド、いい加減早く片付けてクダサイ、恐いデス!
ええい、思わず四葉ちゃんの口調になってしまったではないデスか!
恨めしそうに、処理を任せた人間へ睨みを利かせた視線を向ける。
何故か某ミルキーはママの味のマスコットよろしく、舌をぺろりと出して「てへっ♥」ってな表情を返された。
…………ああ似合わない似合わない似合わない似合わない……。
「ま、まあ座って」
「はい……。――あ!」
アタシが座るように促すと同時に、可憐ちゃんは立ったままで、突然なにかに気づいたように声を上げた。
「可憐ちゃん、どうかしたんですか?」
「うふふっ♥ 鞠絵ちゃん、良かったですね」
「え?」
突然、謎の発言をする可憐ちゃんに、ただただ首を傾げるしかできない鞠絵ちゃんと千影ちゃん。
疑問に思うふたりを余所に、アタシはひとり「とうとう気づかれちゃったなぁ……」なんて考えをはべらせていた。
「ふふっ♥ あれ、見てみてください」
可憐ちゃんは、まるでクイズの解答を教える出題者みたく、楽しそうに自分の向かいの壁を指差した。
その様子を見て、アタシは、自分のドキドキが段々と激しくなっていくのを感じていた……。
鞠絵ちゃんが目を向けた居間の壁、そこには、これまでアタシがロボットコンテストなどで貰った賞状が飾られている以外、
特になにもない…………はずだった。少なくとも今朝までは。
「……あ!」
可憐ちゃんの指差す先にあったもの、それは……壁に飾られていた、1枚の手作りの表彰状。
そのちょっとしわくちゃの表彰状の製作者は、それを視界に捕らえるとひとり声を漏らした。
「……鈴凛ちゃん……あの……」
「え、えへへ……」
驚いた顔をアタシの方に向ける鞠絵ちゃん。
アタシは、その顔に照れ笑いを返すしかなかった。
「………いっぱいお見舞いに来てくれたで賞…?」
状況のつかめていない千影ちゃんは、ひとり首を傾げたまま、そこに書かれている見出しをそのまま声に出して読んだ。
それは、昨日四葉ちゃんに踏まれて、くしゃくしゃなってしまった、鞠絵ちゃん手作りの表彰状……。
四葉ちゃんとのゴタゴタの後、見つけたアタシが内緒で拾ってきて……そして朝、鞠絵ちゃんが起きる前に飾っておいたもの。
ちょっとだけくしゃっとなっていたところは手アイロンをかけて、ホコリをほろって、朝の内にこっそり壁に貼り付けておいた。
実は朝からずーっといつ気がつくのかなって、ドキドキしながら鞠絵ちゃんの反応を待っていたんだ……。
アタシがこれまでに貰った賞状とかも数枚一緒に飾ってあるから、
今の今まで気づかなかったみたいだけど……とうとう見つかっちゃったなぁ……。
「あの…ありがとう、ございます……」
鞠絵ちゃんは、ほんのり顔を赤く染めて、うつむき加減にお礼の言葉を口にする。
そんな風にお礼を言われたら……なんだかこっちまでこそばゆい気持ちになってくる。
「ううん、こちらこそ……表彰、どうもありがとね……」
アタシもほんのり赤くなって、お礼の言葉を返した。
あははっ……なんか本当にこそばゆいなっ……♥
そんなアタシたちのやりとりを、可憐ちゃんは微笑みながら暖かく見守ってくれていた。
「なんだこのガキっぽい表彰状は?」
「「ミカエル」」
かぷ
「いたいー」
鞠絵ちゃんと声を揃えて、ムード台無しにした罪人への刑の執行指示を送った。
「そういえばさ、咲耶ちゃんといえば…………さっきまで一緒に帰ってきたんだよね」
改めてそれぞれがテーブルの前に着くと、アタシの方から我が長姉の話題を振ってみることにした。
別に話題はなんだって良かったんだけど、折角だからさっきの話の続き、ってことで。
可憐ちゃんは、テーブルの上のオレンジジュースの入った紙コップを手に聞き返す。
「そうなんですか?」
「うん」
金取られた。
「ああ…………キミの恋人の咲耶くんか………」
またも話をややこしくしようとするばか姉の言葉が飛び出した。
お陰で可憐ちゃんは飲みかけのジュースをちょっとだけ吹き出しそうになっていた。
しかしそこはさすが女の子。なんとか抑え、飲み込んで大惨事を防いでいた。
アタシだったら多分千影ちゃんにぶっかけてただろう。
「けほっ、けほっ……な、なに言ってるんですか! もうっ!! さ、咲耶ちゃんとはそういう関係じゃないもん!」
咳込みながらも、真っ赤になってばか姉にまともに取り合おうとする可憐ちゃんはまじめな子だと思う。
可憐ちゃん、千影ちゃんにまともに取り合うと疲れるだけだから、放っておいた方がいいよ。
「…でも……よく出かけるだろう…………? やーい、やーい、ラブラブカップル〜♥ ひゅーひゅー」
さっきガキっぽいと言った、この中で一番の年長の姉が一番ガキっぽかった。
「あ、あれは……咲耶ちゃんの方から可憐を誘うから……」
「そうか……誘ってるのか…………」
……千影ちゃん、それ、なんか違うニュアンス含んでない?
「いやいや、分からんぞぃっ。そのうち無理矢理服をひん剥いたりぃ、こっそりベッドに侵入したりぃ、
胸を弄ったりぃ、あまつさえ新妻気分で言い寄ったりするかもよ☆」
「すみません、なんだかごく最近に覚えがあることばかりなのですが」
アタシが言うと、千影ちゃんは聞き流しすようにピーピーと口笛を吹くだけ。なんかムカつく反応だな。
っていうか「かもよ☆」ってなんですか? 似合わないことこの上ないので止めて欲しいのですが。
ああ、鳥肌立ってきた……!
「もーっ! とにかく咲耶ちゃんとはそういう関係じゃないんですっ!!」
普段おとなしい可憐ちゃんも、とうとうちょっとだけ怒り爆発。
いくらおとなしい子でも、あんまりからかうのも良くないということだろう。
「お兄ちゃんだったら別ですけど!」
「「うん、待ちなさいね、チミ」」
ボケ担当の千影ちゃんと声を揃えてツッコンだ。
この中で、最も強力なボケはもしかしたら可憐ちゃんなのかも知れない……。
というかそれ、素じゃないですよね?
「でも……可憐ちゃんの気持ち、分からなくもないです……。わたくしも、咲耶ちゃんには憧れていますから……」
そこで、今まで咲耶ちゃんの話題に傍観していた鞠絵ちゃんが、その言葉をきっかけに会話に参加し始めた。
その内容は、アタシとしてはちょっと意外なもので、驚いて思わず「え? そうなの?」なんて聞き返しちゃった。
「はい……。たくましくて、優しくて、頼れる存在で……わたくし、咲耶ちゃんみたいな女性に憧れているんです……」
……自らの娯楽費のため、脅迫して生活費すらふんだくるような人間にですか?
「うふふっ、実は身近な理想の女性像なんですよね♥」
「ですよね♥♥」
鞠絵ちゃんの言葉に、可憐ちゃんもにこりと笑いながら同意の言葉を口にする。
味方が増えたからか、可憐ちゃんには心なしか余裕が見えてきていた。
お互い顔を見合わせて「ねー」なんて、仲良しに首を傾げ合うふたり。
なんか、こういうのを見るとやっぱり女の子って感じがするなぁ……。
「……いや………キミは、今のままのキミが良いよ…………。…間違ってもああなっちゃいけない……」
と、アタシと同意見の言葉までもが、千影ちゃんの口から飛び出してきた。
まあ千影ちゃんも、こういうボケをくり返しているようなら、きっと咲耶ちゃんも「良いお姉ちゃん」としてドツいているのだろう。
ボケなくしても千影ちゃんはツッコミどころ満載だから、昨日今日で新たに判明した"ばか姉分"を抜いてもドツかれていそう。
「ううん、やっぱり咲耶ちゃんはカッコいいですよっ! ね♥ 鞠絵ちゃん」
「ええ……咲耶ちゃんは、本当に良い姉上様です……」
「うん♥」
ここに来て、咲耶ちゃん肯定派と否定派の2組に分かれた。
多分、「頼れる咲耶お姉ちゃん」の恩恵にあずかれるかどうかが分かれ目だろう。
「お姉ちゃん」で居てくれない咲耶ちゃんがいけないのか、それともこっちの生活態度の方が悪いのか……。
「自分の恋人が自慢されてそんなに嬉しいのか?」
「ミカエル」
かぷ
「いたいー」
あまりにもからかい過ぎて、とうとう堪忍袋の緒も切れちゃった可憐ちゃん。
右手をミカエルに噛み付かれた千影ちゃんは、文字通り手痛い思いをするハメに……。
……っていうか、可憐ちゃんまでもがミカエルへの指示を出し始めちゃったよ。
「……くぅーん」
気のせいか、千影ちゃんの右手に噛みつくミカエルは何か嬉しくなさそうにしっぽをたれ下げていた。
そして、おもむろに千影ちゃんの右手を解放すると……
かぷ
「いたいー」
今度は左手を噛みなおした。
千影ちゃんの左手に噛みつくミカエルは何か嬉しそうにしっぽを大きくふりふり振っていた。
……右と左で味の違いでもあるの?
プルルルル……
「あ、電話」
そんなお喋りをくり広げていると、唐突に電話のベルが鳴り響いた。
ちょっとごめんねってみんなに断わってから、テーブルを立ち、電話のところまで足を運ぶ。
「はいもしもし」
『あ、鈴凛ちゃんだー』
受話器を取るなり飛び込んできたものは、まだ幼さの残る元気いっぱいな口調の聞き覚えのある声。
と、この声は……
「雛子ちゃん?」
『あったり〜〜☆』
アタシが尋ねると、弾むような声で楽しそうな答えが返ってきた。
電話の主は、アタシたち姉妹の中で一番年下の雛子ちゃん。
一番の年少ということでまだまだ子供だけど、でもいつも明るい元気印な女の子だ。
「久しぶり」
『はい、ごぶさたぶりです』
舌足らずな言葉で、多分春歌ちゃん辺りの教育による礼儀正しい応対をする雛子ちゃん。
まだ幼い子供のそういう姿は、想像するに結構微笑ましかった。
ふと目を向けたテーブルの方では、いまだに咲耶ちゃんの肯定派と否定派の論争は続いているらしく、
アタシが抜けたため、鞠絵ちゃんと可憐ちゃんのふたりに追いやられていく千影ちゃんの様子が目に入った。
「なに? またアタシの最新メカを披露して欲しいの? それとも鞠絵ちゃんに会いに?」
『ううん、ちがうの。あのね、面白いことがあって、だからヒナ、鈴凛ちゃんにも教えてあげようって思ったの☆』
「面白いこと?」
『えっとね……じゃんじゃじゃ〜〜ん! 鈴凛ちゃんにはスペシャル情報をお送りしま〜す』
本当に子供染みた言い草で、だけど本当に楽しそうな口調。
雛子ちゃんは些細なことでも、体全体で喜ぶことができる、本当に素直な心の持ち主。
まだまだ子供だけど、でもそれは子供だから許される真っ白な純粋さなのかもしれないな……。
なんて考えを頭に過ぎらせていると、いつの間にか千影さんがアタシの目の前にスタンバっていた。
1対2の不利な状況に追いやられてしまったからか、電話が終わったら即会話に引き摺り込む算段らしい。
どこかの7人の英雄さんよろしく「逃がさん……お前だけは……」と、アタシの顔を睨みつけていた。
とりあえず、千影ちゃんにさっきまでテーブルに置いてあったはずアタシの紙コップ手渡された。
恐らく、喉を潤して準備しとけということなのだろうか?
まあ、さっきからずっと話していたせいで喉が渇いていたから丁度良かったのは事実だけど……。
そんなアタシの様子を察してくれているということは、千影ちゃんはアタシのコトを良く見てくれているというか……?
……っていうか、ス○ーカーさんじゃないですよね?
『くししし……あのね、ヒナね、ヒナね☆』
受話器越しに聞こえてくる、雛子ちゃんの弾むような声。
きっと、折角見つけた面白い話題を一刻も早く話したくて、ワクワクする気持ちが抑えられないんだろう。
まあ、おんなじようなことはアタシにも覚えがあるから、雛子ちゃんの気持ちは分からなくもない。
その間も千影ちゃんは相変わらず不気味な顔で、早く準備しとけと催促するように睨み付けてくる。
アタシ自身喉が渇いているということもあったので、多少お行儀の悪いこととは知りつつも、
千影ちゃんの不気味な顔を酒〔ジュース〕の肴に、空いた方の手に持ったオレンジジュースを口に流し込んだ。
『ヒナ、"すれーばー"っていうのになって、ヒナは"らいだー"なんだよ』
ブフーーーッッ
そしてオレンジジュースはアタシの食道を通ることなく、その大部分が千影ちゃんにぶっかかった。
『それでね、亞里亞ちゃんは女王さまで、ヒナはそのナイトさまになって、亞里亞ちゃんを守ってあげるの♥』
雛子ちゃんが何か話し続けていたけど、あまりの衝撃的告白に咳き込むアタシには、それを耳に入れてる余裕はなかった。
ただ分かったことといえば……アタシの「鞠絵ちゃんライダー説」は、見事に的を外れてたようだった……。
更新履歴
H17・4/24:完成・掲載・誤字修正
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