学校が終わり、時刻は放課後。
 友達と遊びに行く時以外、いつもなら歩いて家路についているこの時間帯。
 けれど、今のアタシは自分の足に負担をかけることもなく、悠然と、その本来動かしているべき足を休めながら家路を辿っていた。
 別に超能力を身につけて空を飛んでいるとかそういう訳じゃない。
 第一アタシは超能力って言うのをあんまり信じてない方………………まあ、"だった"だけどさ……。
 昨日目の当たりにしちゃったし、今まさに巻き込まれてるし……。


「すみません、わざわざ送ってもらっちゃって……」


 後ろの座席から一言、運転手へお礼の言葉をかける。
 要するに今のアタシは車に乗って家に帰っていた、というわけ。
 しかも普通の車なんかじゃなく、黒くて、いかにも高級そうな立派な車にだ。


「いえいえ。亞里亞様の姉や様にこのようなことをなさるのは当然ですよ」


 その高級車のハンドルを握るのはメイド服を着た若い大人の女性。
 運転手は、現在運転中のため、後ろの座席にいるアタシの方へ振り返ることなく、言葉を返してくれた。
 これは別に「メイドタクシー」とかいう新しい趣向のサービス業ではない。
 この人は、亞里亞ちゃんの家で侍女をやっているお世話係の女性―――通称「じいやさん」だ。

 アタシたち姉妹は事情があって一緒に暮らしてはおらず、
 また、不思議なコトにそれぞれに家庭があるというのは既にご承知のコトと思われる。
 その中でも亞里亞ちゃんはさらに特別で、なんとみんなとは違い、ただひとり「豪邸のお嬢様」をやっているのだ。
 当然、その暮らしも贅沢三昧。アタシたちとはまるで「ランクが違う」なのだ。
 亞里亞ちゃんの家を見るたびに、アタシたち姉妹はホントどういう繋がりで姉妹なんだろうと、激しく疑問に思う……。

 そんな豪邸に住んでいる亞里亞ちゃんの家は、当然のように侍女や召使いさんをわんさか雇っていたりする。
 そしてその侍女たちの中、特に代表的に亞里亞ちゃんの身の回りのお世話係を担当しているのが、この「じいやさん」である。

 亞里亞ちゃんには元々おじいさんのお世話係がいたのだけれども、
 高齢からの引退を機に、交代でお世話係のしてやってきたのがこの方だ。
 しかし、最初のおじいさんのせいで、亞里亞ちゃんは「お世話をする人=じいや」と覚えてしまったらしく、
 哀れ女性であるにもかかわらず「じいや」と呼ばれる悲劇に見舞われてしまった……。
 更に不幸なことに、亞里亞ちゃんがそう呼ぶもんだから、アタシたちまでついついそう呼んでしまっている。
 ちなみに本名は……わすれた……。
 しかも付き合いもそれなりに長いから、今更伺い難いという悪循環なのだ……。

 まあともかく、そのじいやさんのご厚意により、アタシは今車で家に送ってもらってる途中なのだ。
 高級そうな車だけあって、乗り心地も普段乗るようなものとは比べ物にならないくらい良く、快適な帰路を満喫していた。


「すみません、私まで送ってもらっちゃって」


 ただ、何故かツインテールの我が姉も隣で同じ気分を満喫していたけど……。


「すみません、何で咲耶ちゃんまで乗ってるんですか?」

「すみません、それってどういう意味ですか、鈴凛さん?」

「すみません、言葉通りなんですが」

「すみません、一からきちんと説明してくれませんか?」

「すみません、察してください」

「すみません、姉や様おふたり、言い争いなら余所でやってくださいますか? 降ろしますよ」





 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月18日 火曜日

第8話 ドライブなかえりみち







 何故にこんな状況になっているかというと……千影ちゃんと同じふとんで眠ることに危機感を感じたアタシは、
 学校が終わった後、朝立てた予定の通りに、おふとんを貰いに亞里亞ちゃんの家に寄ったのだ。
 その際、取り合ってくれたじいやさんは、
 「持っていくのは大変でしょう」なんてアタシに気を使ってくれて、家まで送ってくれる話の流れになったのだ。
 お陰で現在のアタシは、自宅までの帰り道を、悠々と車で帰るという贅沢な気分を味わっていたのだった。

 しかも、おふとんはふたつ貸して貰った。
 つい我が家のせんべい布団のコトまで口を滑らせたら、じいやさんがひとつ貸すもふたつかすも変わらないって。
 まあ、亞里亞ちゃんの住んでいる豪邸を目の当たりにすれば、それも納得せざるを得ないというか……。

 ……ただ、車におふとんを詰め込む際、さすがにふたつにもなるとその作業に手間取ってしまったわけで、
 そしてその時、たまたま帰宅途中の咲耶ちゃんが亞里亞ちゃん宅の前を通りかかったのだ。
 アタシたちと遭遇した咲耶ちゃんは、善意から詰め込む手伝いをしてくれて、
 お陰で手間取っていた詰め込み作業は無事解決を迎えた。
 が、話はそこで終わりを迎えず、じいやさんは手伝ってくれた咲耶ちゃんにまでお礼と言って、
 アタシと一緒にメイドタクシーのサービスを提供すると言い出したのだ。

 じいやさんにとっては、アタシも咲耶ちゃんも同じく「姉や様」―――つまり、お仕えしている亞里亞ちゃんのアネキという存在だ。
 だから、平等に振舞うのは当然と、そういう方程式が成り立つのである。


「ったく……」


 ドライブ風味な帰り道の快適な気分が、お隣のツインテーラーによってちょっとだけそがれてしまったじゃないの。

 言葉に出さずに心で愚痴る。
 いや、別に咲耶ちゃんのコトは嫌いじゃないけど……でもアタシにとっての咲耶ちゃんは、どうも口うるさいアネキって印象が強い。
 叱ってくれるってコトは、それだけアタシのことを考えてくれているということだ、っていうは分かる……。
 嫌われても、アタシのためを思ってくれる「良いお姉さん」だから……。
 これはズボラなアタシの性格に非があるのであって、咲耶ちゃんは悪くない。
 ……が、それを素直に受け入れられるほど、アタシはできた人間じゃない。
 頭で分かってても、心で認められないのがニンゲンという何よりも自分勝手なイキモノの本能である。

 それに、今はただでさえスレイヴァーがどうのと、なにかとみんなには会いに行き難い時期だっていうのに……。


「…………」


 とりあえず、何でも疑って掛かるのは止そう……。

 さっき感じた自己嫌悪もあって、アタシはスレイヴァーについて考えることを頭から外していた。
 それでも考えること、疑ってしまう心は止められない。
 隣にはその疑いの濃い人物が座っている。だから、無理矢理考えないよう、そのことから目を逸らしていた。

 本当……アタシって、なんてイヤな子なんだろう……。


「あ、そうだ。鈴凛ちゃん、お金返して」

「え〜〜〜っっ!?!?」


 この姉は、突然なんてことを言い出すのか。
 人がちょっと真面目なおセンチモードになっている時に、そのムードを壊すような庶民的なことを……。
 っていうか、アタシの快適な帰宅時間を奪うだけでは飽き足らず、命を繋ぐ依り代にまで手を出してくるなんてっ……!


「"えー"じゃない! 良いからお金返しなさいよ」

「ま、待ってよ! アタシ、ちょっと今色々と立て込んでて……。来年になったらお年玉が入るからさ! それまで……ね」


 現在アタシの家に、ふたりの家族が増えた。別に赤ちゃんが生まれるとかめでたい話じゃなくて。
 元々泊まるつもりだった鞠絵ちゃんのみならず、予定外の千影お姉さままで寄生おとまりしている状態なのだ。
 鞠絵ちゃんひとりなら、それは前々から予定していたことなので、そのくらいの貯えはなんとかしてた。
 しかし、予定外にひとり加わった3人分の生活費ともなると、さすがに多く見積もる必要が出てくる。
 そりゃ借りたアタシも悪いけど……でも今は状況が状況なだけに、
 咲耶ちゃんにはもう少しだけ待っていただかなくては、こっちの生き死にに関わる。
 もっとも、状況が状況じゃなくても返す気なかったけど。


「私は今必要なの! ……この間、ちょ〜っと奮発して、新しい服買っちゃったから……ねぇ」

「いや、今取られるとアタシだって危ういんだって……」

「…………今度、可憐ちゃんとデートなのよ……」

「…………」


 顔を逸らして、ばつが悪そ〜に、まるで独り言のようにこぼす。
 ついつい「まあお熱いコトで」なんて冷やかしの言葉が口を突いて出た。


「い、良いじゃない! 折角……姉妹なんだし…さ……。……い、いいから返しなさい! 借りたもんなんだから!」


 強気に開き直って、弱気に補足して、そしてまた強く正当性を主張する。
 そんな忙しいリアクションを見せてくれた咲耶ちゃんには、ねぎらいの言葉のひとつでも掛けてあげたい気分だ。
 でも、それとこれとは話が別。
 咲耶ちゃんにとっては娯楽費でも、アタシたちにとっては生きるための食い扶持だ。
 そういうことなので、ここは徹底抗戦させていただこう。


「どうせ咲耶ちゃんだってお年玉もらえるんだから、ちょっと我慢すれば―――」

「すみませ〜ん、この車って鈴凛ちゃんの家に直通ですよねぇ〜?」


 小悪魔的なスマイルを浮かべながら、突如じいやさんにトンデモナイ内容を語りかける咲耶ちゃん。
 こ、この姉……家にまで取り立てに来るつもりだっ……!


「……はいはいはい、分かりました! 分かりましたよ! もうっ!!」


 徹底抗戦宣言は即刻撤廃。
 ツインテール総帥率いる咲耶軍の智略に、我がリンリンアーミーは抵抗する間も無く、脆くも崩れ去ってしまった。

 今、家まで来られようものなら、それこそ手持ちの分以上に貯蓄したお金を取られかねない。
 それに、ただでさえスレイヴァー云々でギスギスしてる(と思う)っていうのに、
 我が家にいるよけーなおねーさんに直接遭われると何かと面倒だ。
 損得を軽く勘定した結果、一番被害の少ないであろう行動を導き出した結論の白旗である。
 まあ、今朝鞠絵ちゃんにお買い物を任せたから、しばらくは食い繋いでいけるだろうし、最悪千影ちゃんの食費を削れば良いか。


「はい、素直でよろしい♪」


 観念してお財布を取り出して、手持ちの分からキリの良い額のお金を咲耶ちゃんへと差し出した。
 咲耶ちゃんは、まるで領収書代わりとばかりに、心底嬉しそうな「してやったり」な笑顔を向けながら受け取る。
 ……なんか悔しい……。っていうか普通に悔しい……。


「……ったくぅ。可憐ちゃんのコトとなると、ホント一直線なんだから……」

「いーでしょっ! 可愛い妹のためなんだからっ!」

「アタシも一応可愛い妹なんですが?」

「鈴凛ちゃんは"可愛い"がないから対象外」

「なにそれ!? 酷っ!?」


 そりゃアタシはオトコノコっぽいですよ、ガサツですよ……。
 でもだからって、そんなにハッキリ見捨てることないじゃないですか!
 お陰様で、「なんか悔しい」だったのが「明確に悔しい」に進化を遂げた。


「……それにしたってさ、『ラブよ』は、ちょっと行き過ぎじゃないですかー?」


 可憐ちゃんと咲耶ちゃんと一緒に出かけると、たまーに可憐ちゃんに向かってそんなことを言う咲耶ちゃんを目撃できる。
 もちろん本気じゃなくて冗談混じりでだけど。
 悔しかったので、それをネタに皮肉、冷やかし、煽りを込めての悪態をついてみた。


「もうっ! 言葉のアヤじゃないの! 本気にすることないでしょっ!」


 あら普通の反応。
 もうちょっと芸のある反応を期待していただけにちょっと残念。
 まあ、芸があって困るのはきっとアタシだから、ちょっとした軽めのリベンジとしては丁度いい按配だろう。
 ……あまり強過ぎると更に仕返されるし。


「でも、咲耶ちゃんって特に可憐ちゃんを可愛がってるじゃない……。それも周りの誰もがその関係を怪しむくらいに……」


 まあ、咲耶ちゃんは基本的には優しいんだよ。
 アタシにだって、悪いトコへの「厳しさ」って形で出ているに過ぎないんだから。
 ただ、可憐ちゃんには特に……って、そんな感じが、ねぇ……。


「家近いし、何かと話も合うし、それに私の方が年上だからたまにお勉強を教えたり、それだけじゃないの……」

「はぁ……」

「人のことどうこう言う前に、鈴凛ちゃんだって私からお金借りるたび『愛してるよ』って言うじゃないの!」

「そりゃ言いますけど……でもそれこそ言葉のアヤ。アタシにそっちの趣味はありませーん」


 別にアタシは、そんな"アヤシイ"で"イケナイ"な意味合いは含んでそう言っているわけじゃない。
 ただ、家族の暖か〜い愛情に感謝して、言葉にちょ〜っとだけサービスを含んだ表現にしてるだけ。
 したがって、そういうやましい気持ちは一切込めてないので、
 「いやん ヘ・ン・タ・イ」なんてちょっとムカつく反応を示す咲耶ちゃんにさらり返した。


「私のもそれと同じよ。分かった?」

「はいはい」


 なんかもうどうでも良かったので、適当にあしらうような身の入らない返事で、この姉妹禁愛恋愛論を切り上げるコトにした。
 お決まりの「はいは1回でいい」なんて台詞が飛び出すなんてことはなかったけれど、
 チラッと横目で覗いた咲耶ちゃんの顔はなんか不機嫌そうだった。
 よっぽど他の人からも可憐ちゃんとのラブラブっぷり(語弊アリ)をからかわれているのかな……?

 そんな、アタシたちの仲の良い(?)姉と妹のやりとりを、ミラー越しに覗いていた運転中のじいやさんがクスクスと笑っていた。












 じいやさんの運転する車は、着々とアタシの家に向かって進んでいた。
 アタシは、特に話題もなかったので咲耶ちゃんと話したりはせず、車の中から窓越しに流れる外の景色をただ黙って眺めていた。
 咲耶ちゃんと話しにくかった……っていうのもあるんだけど……。
 ただ、いつもと違う帰り道はなんだか新鮮で、眺めているだけでそれなりに有意義な時間を感じていた。

 景色から察するに、アタシの家まではあと半分というところだろう。
 亞里亞ちゃんの家からだと丁度中間の位置に当たる山神やまがみ公園が、車の窓越しに丁度アタシの視界に入った。

 山神公園とは、この街にある大きな公園のひとつで、昨日鞠絵ちゃんと四葉ちゃんとが激闘を繰り広げた公園とはまた別の公園だ。
 こっちの公園は昨日の公園と違い、人気があって来る人も多い。
 今日だってその例に漏れず、幼稚園生から小学校低学年と思われる比較的幼い子供たちと、
 その保護者たちと思われる大人たちの姿がちらほら見える。
 ちなみに昨日の公園の名前は…………なんだっけ? 忘れた……。


「そういえばじいやさん……亞里亞ちゃん、今日もお稽古ですか?」


 と、アタシが外の景色を堪能していると、唐突に咲耶ちゃんがじいやさんへと話しかけ始めた。
 目上の人への礼儀とばかりに、アタシに話しかけてた時よりも声のトーンは高かった。

 たまに、咲耶ちゃんは誰よりも頼れる「お姉ちゃん」になる。
 そしてこの顔も、声も、そんなお姉ちゃんな咲耶ちゃんの姿だった。
 そういう時の咲耶ちゃんは本当に頼れる存在だと思う……。
 ……頼れる存在だと思うけど……でもアタシ、あんまり「頼れる咲耶お姉ちゃん」に会ったことがない……。

 さ、差別だ!


「ええ……咲耶様の仰る通りです……」


 じいやさんも、さっきとは声のトーンを変えて静かに答えた。
 咲耶ちゃんとは反対の、低く、重苦しい感じのトーンで。
 緩んでいたはずの顔が、辛そうな何かをかもし出す、深刻さを帯びた表情へと変わっているのが、ミラー越しに見えた。

 多分、咲耶ちゃんがそんなことを聞いた理由は……たった今、車の窓から見えた風景。
 亞里亞ちゃんと同い年くらいの子供たちが、公園で楽しく遊ぶ姿を見てしまったからだと思う。
 亞里亞ちゃんは学校には行かず、代わりに専属家庭教師の方々を家に呼んでお勉強を習っている。
 それぞれの分野で英才的な教育を施されていて、内容も他の同年代の子の授業よりも進んだものをこなしている。
 また、それは単純な勉強だけでなく、歌やバイオリンなどのお稽古事にまで。

 さすがお嬢様と、アタシたちとは根本的に生活が違うのだと思い知らされる。
 でもそれは、あの亞里亞ちゃんの小さな身ひとつでこなすには、とても過酷な責務にも思えた……。
 与えられた贅沢に対する見返り……とでも言うのだろうか……?
 一番亞里亞ちゃんの近くでお世話をしているじいやさんが、今アタシたちを車で送迎してくれているのも、
 亞里亞ちゃんが授業の合間に与えられる休憩時間を費やしてくれているからだ。

 同い年くらいの子は、あんなに楽しそうに友達と遊んでいる中……亞里亞ちゃんは今もお稽古の真っ最中……。
 今日だって、折角家を訪ねたというのに、亞里亞ちゃんには会うことはできなかった。
 丁度バイオリンのお稽古中だったそうだ……。


「でも、これも全て亞里亞様のためなんです……。将来、亞里亞様はあの家を背負って生きていくお方……。
 ですから私たち仕様人も、亞里亞様を立派な淑女として、どこに出ても恥ずかしくないよう育て上げる義務があるのです……。
 確かに、亞里亞様にはご苦労を掛けています……けれど、それも亞里亞様を思えばこそ……」

「じいやさんの言い分も、分からなくはないです……。でも……―――」


 それは、亞里亞ちゃんの身を案じる、咲耶お姉ちゃんの言葉だった。


「私も、咲耶さまの言い分が分からないわけでもありません……」


 だけど、その咲耶ちゃんの言葉に、じいやさんも同じように返した。
 それは咲耶ちゃんの言葉の意味を理解した上で、それでも尚「仕方のないこと」だと、
 アタシたちの心に重く、叩きつけるような鈍い衝撃を与える。
 そうとしか返せなかったから……だから言葉の重みは、それだけ大きかった。


「……そう…ですね。すみません……人の家庭の事情に口を出して……」


 そう、その方針を決めたのはじいやさんではない。
 だからアタシたちが何を言おうとも、一使用人でしかないじいやさんに何を言っても、それは意味をなさないことだった。
 咲耶ちゃんもそれが分かったからこそ、悔しい気持ちをグッと堪えて、それ以上なにかを言うことを止めた。


「いいえ、そう心配していただけるだけで十分です。みんなが亞里亞様のことを思ってくださる、その気持ちだけで……」


 何より、あなた方は御姉妹ではないですか。
 今までの暗かったものからは一転、弾むような声でその言葉を最後に付け加える。
 ミラーから覗いたじいやさんの表情も、嬉しそうな顔に変わっていた。
 きっと、亞里亞ちゃんのことを思ってくれたこと、それ自体が、じいやさんには嬉しかったんだろう。
 それでも、心に寂しさの残る咲耶ちゃんは、こんな言葉を小さくこぼす。


「同じ姉妹なのにね……」

「ホント、同じ姉妹なのに……」


 つられるように、アタシの口からも同じ言葉がついて出た。


「『同じ姉妹なのになんでアタシのフトコロには金が入ってこないんだろう』」

「咲耶ちゃん、ヒトの真似して失礼なこと口にするの止めてくれませんか?」


 ……いや、そう考えたのは認めるけどさ……。

 きっと、アタシが今朝の朝ごはんで恐怖に見舞われていた時も、亞里亞ちゃんは裕福なごちそうをたらふく食べてたに違いない。
 専属で雇った和洋中それぞれ道のプロが、自慢の腕を振るった絶品料理を、それこそ毎日味わっているんだろう。
 いつも豪華なものを口にしているだろう亞里亞ちゃんに比べ、食費を趣味につぎ込んでしまうアタシはいつもサバイバル。
 今朝は別の意味でサバイバルだったけど。
 それに他の子だって、亞里亞ちゃんが食べているような極上料理なんて、祝い事でもない限り食べられないだろうし。
 おいしいご飯を食べられるということは、それだけで幸せなことだ、うん。


「ま、アタシにゃ白雪ちゃんが居るだけマシかぁ……」


 白雪ちゃんは、あの若さでありながら――アタシより年下だし――そこらの料理人と比べ物にならない程、
 おいしいお料理を作れる腕の持ち主。
 そんな白雪ちゃんの恩恵を、ひとり暮らしということや、よくご飯を抜く、学校が一緒だ、など諸々の理由で、
 特に受けることを許されているんだから。


「あら、愛妻料理? そっちもラブラブね」

「自分が冷やかされたからって同じように返すの止めてくれませんかー?」

「さぁ? 何のことかしら〜?」


 この人は、まだ姉妹禁愛恋愛論を引っ張るのか……。

 大体アタシは恋とか愛とか、そういう類の話はちょっと…苦手……。
 よくクラスの子から振られたりもするけど、どうもその話題には馴染めない。
 まあ、なんでアタシの時だけ好きな女性の好みを聞いてくるのかと小一時間問い詰めたいところだけど。
 というか、その話題になった途端小森さんの双眸が爛々とギラついてちょっと怖いんですけど……。

 大体、アタシに男っ気なんてないし(代わりに「男気」があるとかいう意見はこの際却下です)、あっても全員友人やクラスメート。
 とてもじゃないけど恋愛にまで発展しそうな気配は素粒子レベルも見当たらない。


「亞里亞様は幸せものですね。例え暮らす環境は違えど、こんなにも思ってくれる家族がいらっしゃるのですから」


 と、咲耶ちゃんの読心術をきっかけに逸れかけた話題を、じいやさんが軌道修正。
 正直恋だのなんだのってのは苦手だから、そっちの話の方が逸れて助かったよ……。
 ありがとうじいやさん、愛してるよ


「昨日だって―――あ、昨日は亞里亞様のお稽古事のお休みの日だったのですが、
 なので雛子様と、それから春歌様がいらっしゃってくださって、亞里亞様と楽しくお遊びになってくれていましたから」

「そうなんですか?」

「ええ。なんでも雛子様が面白いことがあったと申されまして、折角だからと春歌様もお呼びしたんです。
 春歌様の方もたまたま予定が開いていたと申しておりましたし。
 春歌様も亞里亞様と同じく普段習い事で忙しい身ですから、こういう機会に個別に会うのも良いと、喜んで訪ねてくださったんです」


 その話を聞いて、「どうやら亞里亞ちゃんにもきちんと休日があるようだ」なんて、ちょっと話題の趣旨とは違う安心を覚えた。
 亞里亞ちゃんは他の子と違って学校には行っていない。
 だから、下手したら休日返上してまで英才教育を受けてるんじゃないかと、自分のことじゃないのに心配してたから、何か安心した。
 ま、そりゃそうか。人間息抜きもしなきゃ壊れちゃうって話よ。

 その後じいやさんは、その時の亞里亞ちゃんがおおはしゃぎだったとか、ちょっとだけ遅くまで遊び過ぎちゃったとか、
 お陰で家の木が1本倒れたとか、昨日のコトを楽しそうに話して…………最後の冗談ですよね?


「でも、あのふたりと春歌ちゃんだなんて……なんかちょっと意外な組み合わせかも……」

「そうよねぇ……」


 アタシたち姉妹の中でも最年少コンビの雛子ちゃんと亞里亞ちゃん、そして年長グループに分けられる春歌ちゃん。
 亞里亞ちゃんと雛子ちゃんは歳が近いからなんか分かるけど……
 ひとりだけ歳の離れた存在の春歌ちゃんが加わるって図は、ちょっと想像しにくい……。

 でも、案外丁度いい組み合わせかもしれないとも、正反対の印象も同時に抱いた。
 春歌ちゃんは立派な大和撫子を目指しているだけあって、しっかり者で礼儀も正しく、まだ小さいふたりの良き保護者って感じだ。
 そんな3人の様子を想像してみると………―――


「なんか……想像すると『2児の母』って感じね……」

「うん……。『母上様』って感じ」

「あ、あの……おふたりとも…それは春歌様に失礼なのでは……?」

「あら、じいやさん。私は褒めてるつもりですけど。おほほほ……」

「右に同じー。おほほほ……」


 アタシタチの反応に、ミラーから見えるじいやさんの顔は、苦虫を噛み潰したような難しい顔をしていた。
 ごめんなさい、こんな時だけ咲耶お姉ちゃんと気が合って。


「ついでに、白雪ちゃんだと『ママ』ってイメージで、鞠絵ちゃんだと『お母さん』って感じよね」

「あら? 白雪ちゃんだけじゃなくて鞠絵ちゃんまで? プレイボーイね、鈴凛ちゃん」

「そろそろ怒っていいですか?」


 なんとなく感じたことを口にしたら、また咲耶ちゃんに"そっち方面"に話を振られた。
 アタシは1回しかそっち方面にしか振らなかったのに……。

 憎らしく睨みつつも、これ以上何か口にしてヤブヘビになるのもイヤだったので、それ以上のことは特にしなかった。
 とにかく、よけーなおねーさんが家に居ることは黙っておこう。
 またそういう風にからかわれそうでなんかヤダし。


「ふふふっ……おふたりとも、本当に仲が宜しいのですね」

「じいやさんも、亞里亞ちゃんのことを考えている優しいところとか、なんか『亞里亞ちゃんのママ』って感じですよね」

「鈴凛様、今ここで降ろしましょうか?」

「ええっ!? アタシは褒めたつもりなのに!?」


 褒めたつもりが、何故か逆にじいやさんの機嫌を損ねてしまった……。
 隣で咲耶ちゃんが必死に笑いを堪えながら「女性に歳に関わる話は禁物よ」だなんて、
 じいやさんに聞こえないような声でアタシに囁いて―――


「咲耶様も、御所望なら今ここで降ろして差し上げますが」


 ………………聞こえていたようだ。












「じゃあね、鈴凛ちゃん」

「んー」


 しばらくして、じいやさんの運転する車がアタシの家まで到着した。
 なんとか強制途中下車という事態を避け、無事家まで送り届けてもらえたアタシ。
 車を降りるなり、積み込んだおふとん2セットを、じいやさんの手によって車のトランクから取り出してもらう。
 その際、じいやさんは家の中まで運んでくれるという気遣いを見せてようとしてくれたけど、
 咲耶ちゃんによけーなおねーさんの存在を悟られたくなかったので、
 「そこまでやってもらうのは悪いですから」の一辺倒で押し切ってやった。

 ふとんを邪魔にならないところに置いてアタシと一言二言言葉を交わした後、
 じいやさんは運転席に戻って、そのまま車は走り去ってしまった。
 この後、ふたりは咲耶ちゃんの家に向かうのだろう。
 アタシと咲耶ちゃんが住んでる場所の都合上、方向的には遠回りになってしまっているが、
 それでも歩くよりは早いだろうし、なにより乗り心地の良い高級車、快適なドライブと思えば得の方が大きいと思う。

 送ってくれた優しいじいやさんと、ついでに乗った咲耶ちゃんへと小さく手を振って見送った。
 車が次の曲がり角を曲って視界から消えるまで手を振るのを続けていた。


「ふー」


 車が見えなくなって、家に入ろうと見慣れた我が家と向き合うと、不意に、安堵のため息が口からもれた。
 今日一日、安心したり、疑ったり、ごはんに涙したり、お金取られたり、2回もヘンタイ扱いされたり……色々あった……。
 同じような一日のはずなのに、スレイヴァーとか余計な要素が入っただけで妙に神経使ってた気がする……。
 アタシ自身、いつも通りに振る舞っているつもりだったけど、やっぱり心の奥底ではずっと緊張を感じていた。
 今日会った咲耶ちゃんと……それから白雪ちゃんも……もしスレイヴァーだったら、同じように苦しんでたんだろうか……?


「ま、白雪ちゃんは違うだろうし、咲耶ちゃんは咲耶ちゃんで神経図太いし」


 鬼の居ぬ間に陰口。
 アタシだって図太い神経してるけど、この際自分のコトは棚に上げちゃいます。


「あー、やっとくつろげるー」


 とにもかくにもこれで一安心。
 マイホームとはやはり誰しもがくつろげる心の故郷ふるさとなのだろう。
 いや、まあモロにこの街がアタシの故郷ですけど。

 千影ちゃんには、家に帰ったら今後の対策を話そうって言っていたけど……
 でも、スレイヴァーのことを隠さずに、話を聞かせてもらっている分、ふたりの前の方が安心できるというものだ。

 ふとんを玄関の前まで運んでから、玄関の引き戸に手を掛ける。
 その時、ふと思った。
 この扉の向こうには……


(中には、鞠絵ちゃんと、そして千影ちゃんが帰りを待ってくれているはず……)


 「待ってくれている」というのはモノの例えなので、別に本当に心底心待ちにしているとか、そういうことを期待しているわけじゃない。
 ただ、放浪グセ所持者の親のお陰で、いつからかひとりで暮らしてきたこの家の中には、昨日までそういう存在がいなくて、
 そして今は……アタシの帰りを「おかえり」で迎えてくれる存在がいる……。
 そのことに、なんだか不思議なわくわくがこみ上げてくる……。

 息を大きく吸って、そして吐いて……心の準備をしてから、引き戸を横に引いて、


「ただいまー!」


 元気良く、中で帰りを待ってくれている人に向けて「ただいま」を口にした。


「…………なんで、千影ちゃんが……?」


 玄関に入るなり飛び出してきた言葉は、期待していた「おかえり」ではない、別の言葉だった……。
 ちなみに、この言葉を口にしたのはアタシではなく、アタシよりも先に家の中にいた人間。
 そして、それを口にした人物に、すかさず浮かんだ疑問を投げかけた。


「…………なんで、可憐ちゃんが……?」


 …………ああ、アタシの安息の時は、まだ遠いようだ……。













更新履歴

H17・3/23:完成・掲載


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