苛烈な朝のどたばた風景とは裏腹に、学校での時間はとてものんびりとしたものだった。
 いつも通り学校について、いつものように朝のホームルームを済ませ、普通に1時間目から授業が始まった。

 アタシとは根本的に相性が合わず、興味もやる気も起きない古典の授業。
 頭脳労働派のアタシにとって、将来何の役に立ちそうもない、ただ疲労が溜まるだけなのに2時間ぶっ続けやった体育の授業。
 メカを作るため人より先に勉強を済ませてしまい、既に分かりきっている内容をやっている数学の授業。
 どれも、いつも通りの授業風景だった……。

 学生の本分が勉強とはいえ、恐らく過半数以上の生徒が鬱陶しがっている、いつも通り退屈で、つまらないことの方が多い授業……。
 こんな退屈な授業なのに……もうすぐ訪れる冬休みのお陰で、そこから抜け出せるって舞いあがっていたはずなのに……

 どうして今……こんな退屈でいられることに、アタシは安心しているのだろう……?


「はぁ……」


 大切なものほど、失くすまで気がつかないとはよく言われるもので、
 なら、アタシの日常は、もう失われてしまったというのだろうか……?
 「ああ、アタシって詩人」なんて、アホなナルシズム全開の台詞を頭に思い浮かべ、自分で自分を褒め称える。
 そして、だからどうしたと、もう一度大きなため息を吐いた。





 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月18日 火曜日

第7話 推測と疑念とお弁当と







(……にしても、やっぱり退屈だわ……)


 本日4時間目の授業は数学。
 今は問題を数問出されて、それを解くように先生から指示されていた。
 アタシは趣味が趣味だけに、その手の勉強は既に人より先に済ませている。しかも結構高度なところまで。
 そのため、先生が授業で一生懸命教えてくれるのはありがたいんだけど、アタシにはすでに分かりきった簡単なことなのだ。

 今だって、出された問題を解ききれなかった場合、残った分は家帰ってからの宿題だと言われたけれど、
 今も頑張って問題解いている人がいる中、アタシは既に十何分か前に全部解き終わっていた。
 しかも授業が終わるまでまだちょっとある。
 なので、今のアタシはものの見事に退屈さんなのだ。
 確かに、現状のアタシが心から望んでやまない「退屈」ではあるけれど、
 どうせなら折角のこの時間、有意義に使いたいものだ……。

 例えば……


(スレイヴァーについて、予想してみるとか……?)


 何気なく案のひとつとしてパッと頭に思い浮かんだことだけど、これは名案と、意外にも頭の歯車がかみ合ってしまった。

 超人となった我が姉妹ら。
 彼女たちが一体どんな能力を持ち備えているか、まだ分からないのだ。
 ここらでちょっと予測くらい立てておいた方が今後の立ち回り方として有利だろう。

 その肝心の能力だけれども……多分、実際に目の前にしないと分からないだろう。
 なんせ四葉ちゃんの能力と思われる、千影ちゃんの消えないケガの謎すら未だに分かっていないんだから。

 能力はクラスに依存する、と昨日聞いた話ではそう言っていた。
 なら、まずはクラスについて、当てはめていくのが妥当なところだろう。
 実際、アタシは鞠絵ちゃんと千影ちゃんのクラスすら知らないのだし。


(今回、この戦いの参加クラスは確か……)


  「魔術師マジシャン
  「騎兵ライダー
  「海兵マリーン
  「狂戦士バーサーカー
  「守護騎士ガーディアン
  「盗賊ローバー
  「偵察兵サーチャー
  「鍛冶師クラフター


 昨夜、千影ちゃんから聞いた8つの単語を、記憶の奥底からなんとかひねり出した。
 良く覚えていたアタシ、と心の中で自画自賛。
 とりあえず、すぐに頭から抜けてしまいそうなので、忘れないように数学のノートの隅にでもメモ程度に書いておいた。


(さて、まずどう考えるかだけど……)


 「スレイヴァーにはその人間に合わせて相応なものを選ばれる」……と、確かそんなことも言っていた気がする。
 そうなると千影ちゃんは…………まあ、明らかにマジシャンで間違いないだろうな……。
 千影ちゃんの武器は今のところナイフが一番有力。
 魔術師の武器といえば杖とかほうきとかが一般的だろうけど、儀式用のナイフっていうのもまたそれらしいし。


(四葉ちゃんがサーチャーなんだもん……)


 言っちゃえばふたりともイメージまんまだ。
 だけど、だからこそ選ばれるのだろう。
 つまりこのまま"らしいもの"を当てはめていけば、案外簡単に出るかもしれない。


(なんだ、意外と簡単じゃないの♪)


 そう楽観した直後だった。


(…………鞠絵ちゃんってなんだろう……?)


 そこで止まった。

 とりあえず、スレイヴァーと決定している3人から推測を始めてみた結果、
 早速3人目で謎にぶち当てたってしまったという情けない結果に。
 鞠絵ちゃんは、はっきり言って戦いに向くようなイメージじゃない。
 なんせ病弱で、療養所に入院中の子。「戦い」それ自体が、既に鞠絵ちゃんのイメージじゃないのだ。

 だけど……鞠絵ちゃんがスレイヴァーでないことはない……。
 なぜなら、アタシは鞠絵ちゃんが驚異的身体能力を発揮しているところを見ているからだ……。
 反対に、アタシにはそんな力備わってないのも確実……。


「……鞠絵ちゃんはスレイヴァー決定で……アタシは違う……っと……」


 聞こえないくらい小さな声で呟きながら、さらさらっとノートの隅にそんなメモを追加。


「…………」


 ……書いて、なんだか切なくなった……。
 一番戦いに向かない子が、戦わなくちゃならないなんて……。


(……言っちゃえば、亞里亞ちゃんや雛子ちゃんも向かないけど……)


 アタシの姉妹で特に幼いふたり。
 雛子ちゃんは年齢さえクリアできればそうでもないかもしれないけど、亞里亞ちゃんはそれでも性格的にも戦うような気がしない。
 そんなこと言っていたらキリがないし、どう理由づけしようが現実に鞠絵ちゃんはスレイヴァーなんだ……。
 どうこう言ったって変わらないんだから、例え悔しくても、その方向で考えを進めるしかない。
 それに、亞里亞ちゃんたちだって……選ばれてしまったのなら、その理不尽な戦いに身を投じなければいけなくなるんだ……。


「…………」


 そう考えてしまったからだろう……。
 なんだか言いようもないイヤな気持ちが、アタシの中に渦巻いていた……。

 一刻も早い解決のためにも。
 イヤな気持ちを、そんな大義名分を掲げることで抑え込んで、再び推考を動かすことにした。


(鞠絵ちゃんは肉体派っていうよりは、頭脳派なイメージがするな……)


 まず、鞠絵ちゃんについての分析を、もうちょっと深く行なってみた。
 つまりその聡明な頭脳で戦略や策をろうして、病弱という肉体的な不利を克服する。
 そんな戦い方が似合っていると思った。


(今回のクラスで頭脳派そうなのは……ええっと、―――)


 また記憶をひねり出すのも面倒だったので、さっきノートの隅にメモったスレイヴァーのクラスに目を移す。
 いくらひねり出せるとはいえ、そういう手間を避けたいと思うのは人として当然の欲求だろう。


(……マジシャン、ライダー……マリーンにバーサーカー。
 ガーディアンと……ローバー。でもってサーチャー、クラフターと……)


 この中で頭脳派と思えるクラスは……マジシャンくらいかな?
 場合によってはサーチャーで敵を分析するのもそれらしいだろうけど……―――


(千影ちゃんと四葉ちゃんの予想と被った……)


 予想外にもいきなり被ってしまったのだ。
 状況から四葉ちゃんはほとんど確定でいいだろうけど、それでもまだ確実じゃない。
 だから、鞠絵ちゃんがサーチャーの可能性も否定できないといえば否定できないわけだ……。


(……とりあえず、他のクラスで当てはめてみようか……)


 いっそテレビゲームのRPGとかに当てはめると、
 回復役の「僧侶」とか、いかにも頭良さそうな「賢者」とかが当てはまりそうだけど、あいにくとそんなクラスはない。
 で、さっきあげた8つの中で、サーチャーとマジシャン以外で鞠絵ちゃんらしいクラスといえば……


(海が好きだって言ってたし……マリーンかな……?)


 しかし、衛ちゃんだって泳ぎが得意で、マリーンらしいといえばマリーンらしい。
 ああ、またも被ってしまった……。
 しかも、鞠絵ちゃんに「戦い」のイメージがない分、アタシ的には衛ちゃんの方がよりらしく感じた。

 自分から戦わない、攻撃しないという意味ではガーディアンかも、って思ったけど……
 鞠絵ちゃんは守るよりは寧ろ守られるタイプだし……そもそも、アタシたちの中で1番「守る」に適してるのは春歌ちゃんだと思う。
 いっそ「まもる」繋がりで衛ちゃんとかもアリ?
 あらら、衛ちゃんまたも再登場。


(そこまで出てきて衛ちゃんがスレイヴァーじゃなかったら、予想は大ハズレになるわね……)


 今更ながら思うけど、全員が選ばれるわけじゃないってルールはなかなか厄介だ。
 今みたいに候補がふたり以上いた場合でも、消去法を使って容易に絞れないのだ。
 クラスにはそれなりの理由があるだろうけど、逆に選ばれない人間の基準がない。
 もし四葉ちゃんのことを知らなければ、今やったみたいにサーチャーを外して考えるなんてこともできなかった。

 そうすると、仮に四葉ちゃんがスレイヴァーでなかった場合、四葉ちゃんがサーチャーと進めてきた推理も、
 別の子―――鞠絵ちゃんとかがサーチャーのパターンで1から考え直したりするハメにもなる。

 選択問題でも、解答10個に対し10個の答えが用意されている問題よりも、
 解答10個に対し15個も答えが用意されている問題の方が難易度の高いのは明白。
 というか、この間の古典の期末テストでも、アタシはその類の選択問題にてこずらされた挙句、
 ほとんど間違っていたという厳しい現実を叩きつけられた……。

 いや、期末はどうでもいいから話を戻そう。

 どこら辺まで考えたかなと、適当にメモっていた数学のノートの隅に目を移す。
 『衛ちゃん→? 「まもる」繋がり  泳ぎが上手=マリーン?』など、
 書いた本人にしか分からない暗号メモがつづられていた。
 まあ、書いた本人には暗号解読ができたので、何の問題もないのだけど。


 で、衛ちゃんはスポーツ大好きっ子、だから何かと多く当てはまってしまうのだろう。
 そんなこと言ったら衛ちゃんは自転車だって大好きだし、自転車に乗りながら戦う「ライダー」なんかも当てはまってしまうし。
 サーチャーでシャープペンなんだから、ライダーで自転車だっておかしくはないだろう。
 まあ、衛ちゃんったら大人気。


(いっそ、鞠絵ちゃんがライダーで、ミカエルに乗って戦うとか……? ははっ……まさ――)


 まさか、と否定しようとした瞬間、アタシの脳細胞はまるで雷に打たれたように閃いたのだ!
 思わず、「そうか、そうだったんだ!」と口に出しそうになって、慌てて口を押さえた。
 まだ授業中、そんな奇行を行なおうものなら、一気に注目を浴びて恥ずかしい。
 どうせ注目を浴びるなら、アタシの輝かしいメカの実績を讃える時にしてもらいたいものだ。


(そうだ、鞠絵ちゃんはライダーなんだ!)


 自分でも名推理と心の中で大いに盛り上がりながら、思わず小さく握りこぶしを作ってのガッツポーズを取った。
 思いっきりはしゃがないあたり、それなりには冷静だったらしい。


 今回、ミカエルは無理してこっちにやってきたんだ。
 比較的長めの外泊許可を貰ったことで、この街でミカエルとも一緒に過ごしたいという鞠絵ちゃんたっての希望から、
 あのボケ犬は現在我が家でぬぼーっとしている。
 しかも、既に小さくなった使い古しのケースに無理矢理つめてまで。
 ミカエルは鞠絵ちゃんにとって親友ともいえる存在って言っていたから、
 単純に一緒に過ごしたいって気持ちもないわけじゃないだろう。

 だけど、理由はそれだけじゃないとしたら?
 例えば、無理してでもミカエルをこっちに連れて来たい事情ができた……。
 戦うためにミカエルが必要となれば、是が非でもこっちにつれてこなくちゃいけなくなる。
 つまり、鞠絵ちゃんは……


(ミカエルに乗って戦うんだ!!)


 バカみたいに子供っぽい発想だけど、クラスとは案外そういう考えで成り立っている。
 昨夜、アタシにライダーが似合うと言ったのも、きっと千影ちゃんに対するフェイク。

 大型の犬に小柄な体格の主人。
 普通に乗ることだってあながち無理なことじゃあないし、
 そこにスレイヴァーとしての能力で補助が掛かれば、ますますありえそうなことだ。
 何よりライダーなんだから、騎馬とのコンビネーションだって要求される。
 それが、親友とも呼べるほど信頼を置けるペットなら……。


(いける……! この発想、なかなかの名推理だわ!)


 またも心の中で自画自賛。それは性格的なものだから仕方ない。
 この快感……頭の中のパズルに、ピースがはまるような感覚というのか……
 それを求めてやまない四葉ちゃんの気持ちが、ほんの少しだけわかった気がした。
 心の中ではまるで子供みたいにはしゃいで、「鞠絵ちゃんはライダー」と落書きのメモに追加してみた。
 ……まあ、まだ推測の域なんだけどね……。

 帰ったら千影ちゃんに隠れて「鞠絵ちゃんはライダーなのです」と、
 どこかの弁護士よろしくビシッと人差し指を突きつけて、この推理を言ってみよう。
 そんなコトを頭に過ぎらせて、今から家に帰るのがものすごく楽しみになっていた。


 コンビプレイで敵をばっさばっさと薙ぎ倒す鞠絵ちゃん。


「友よ! 今が駆け抜ける時……ってな感じで―――」

「って感じで……どうするんですの?」

「うわぁぁぁああっっ!?!?」


 突然、いつもこの時間帯になると聞き覚えのある声が横から聞こえてきた。
 完っ全に予想外のことに、授業中にもかかわらず大声を上げてオーバーアクションに驚いてしまう。


「な、なんだ……白雪ちゃんか……」


 声の方向に目を向けると、アタシが口にした名前の人物が、まるで昨日の再現のようにアタシの傍らに立っていた。
 アタシの反応に、「一体ナニゴト?」と言わんばかりに首を傾げる白雪ちゃん。
 お気に入りの大きなリボンと、内巻きロールの髪型がわずかにぽよんぽよん上下していた。


「っていうか、なんで白雪ちゃんが……? まだ授業中なのに……」

「授業、とっくに終わりましたの」

「へ?」


 言われて周りを見てみると、ちらほらと教室中に立って歩くクラスメートの姿や、空になった座席などが大量に。
 時計を確認すると……時刻はとっくに昼休み突入5分ちょい過ぎを示していた。


「…………」


 よーするに、だ……予想することに夢中になり過ぎてチャイムを聞き逃していた、ということらしい。
 アタシはひとつのことに夢中になると周りを遮断してまで集中してしまうタイプだから、
 たまに……というより、しょっちゅうこんなことがある。

 前に、今と同じように4時間目の暇つぶしに新作メカについて考えてたら、
 気がついたら昼休みが終わってしまったとか言うヒドい例があった。
 お陰で、待ち合わせをしていた白雪ちゃんと衛ちゃんに心配を掛けてしまい、代わりにメカ設計図はほとんどできあがっていた。


「……また、メカのことでも考えていたんですの?」

「い、いや、その……ま、まあそんなトコ……あははは……」


 ちょっとだけ呆れの含んだ声でアタシに問い掛ける白雪ちゃんに愛想笑いを向けながら、
 ノートを隠すよう、そそくさと机の中にしまった。


「まあ、昼休みなのはいいけど……今日って、衛ちゃんの教室の日じゃなかったっけ……?」


 同じ若草学院に通うアタシ、白雪ちゃん、衛ちゃんの3人の姉妹により開かれるお弁当パーティー。
 冬の寒い時期はローテーションでそれぞれのクラスで行なってきた。
 そして、今日は衛ちゃんの教室の日。


「衛ちゃんなら……」


 言って、窓に指をさす白雪嬢。
 で、窓に目を向け外を眺めてみると……昨日と同じように、学校の外に向かっていく衛ちゃんの姿が……。


「……と、いう訳で、衛ちゃん欠席を伝えるついでに鈴凛ちゃんの教室に来たんですの

「あー……そういえば衛ちゃん、しばらく来ないって行ってたっけ……」


 前もって聞いている通り、今日も衛ちゃんはお弁当パーティーには参加しないようだ。
 恐らくは、昨日と同様に仲良しの花穂ちゃんの相談兼励ましに向かっていると思われる。


(前もって言っているってことは、スレイヴァーは関係ないはずよね……)


 ふと、そんな思考が過ぎる。
 衛ちゃんがしばらく来られないって言ったのは、今月の中旬に入ってくらいの時だ。
 千影ちゃんから聞いたこの戦争の発端よりもちょっと前。
 だから、今衛ちゃんと花穂ちゃんの密会はスレイヴァーとかとは関係がないことのはずね……。


「折角来ちゃいましたから、今日はこのままここで食べちゃいますの」

「うわわっ!?」


 気がつくとお弁当箱を包むピンクの風呂敷が眼前に迫っていた。
 それにビックリして思わず驚きの声が漏れて、進めていた思考までもが中断される。
 いけないいけない……気がついたらすぐにスレイヴァーのコトとか考えちゃってるよ……。


「さあ、姫が準備をしておきますから手を洗ってきてくださいの ご飯の前は清潔に、ですの♥♥

「え? あ、うん……」


 なんか急かされるように白雪ちゃんに促され、思わずイスから立つ。
 まあ、今朝は朝食抜きになってしまったのでアタシだって一刻も早く食べたい。
 そんな訳で、お弁当の準備は白雪ちゃんに任せ、アタシは教室を出て手を洗いに向かうことにした。


(衛ちゃんも、白雪ちゃんも……そして多分花穂ちゃんも、普通に学校に来てる、か……)


 教室のドアを出る時、無意識に手に入れた情報を頭の中でまとめているアタシが、そこにいた……。












「ああ……ご飯が食べれるってのは、こんなにも嬉しいことだったんだねぇ……」


 涙を流しながら(比喩ではない)、白雪ちゃんの愛情たっぷりのお弁当を一口一口噛み締めるアタシ。
 口いっぱいに広がる「おいしい」が、アタシのおなかと一緒に、心までも満たしてくれた。
 ああ、人間、普通に食べられるだけでこんなにも幸福に満たされるものなんだ……と、感激に浸る。
 いやいや、こんなにおいしいご飯を「普通」なんて評価するのは過小評価もはなはだしいくらいだ。
 やっぱり白雪ちゃんは、アタシの御食津神みけつかみ様だ……。


「鈴凛ちゃん……喜んでくれるのは嬉しいんですのけど……ちょっと大げさですの……」

「いや、でも今朝は朝ごはん食べられなかったからさ、余計に食べられることのありがたさが骨身に染みて……」

「何かあったんですの……?」

「思い出したくないから絶対聞かないでね」

「は、はいですの……」


 今朝の悪夢を思い起こしそうになり、つい、何も知らない白雪ちゃんを威圧してしまった。
 白雪ちゃんはアタシに圧倒され、困ったようにたじたじになっちゃってた。
 ……ゴメン白雪ちゃん、でもアタシあのこと思い出したくないの。
 緑のうねうねは今もアタシの心でうねっていた。


「そういえば……鞠絵ちゃん、昨日から鈴凛ちゃんの家にいるんですのよね?」


 唐突に、白雪ちゃんはそんなことを言い出した。
 まあ、食事中の会話の始まりなんてそんなもんだろう。
 そこから話の種が広がって、楽しい団欒となるんだから。
 ふたりじゃ団欒もなにもないと思うけど……。


「うん、まあね……」


 余計なおねーさんも一緒ですが。


「そうですの……」


 ちなみに、今の言葉は白雪ちゃんの口調のせいでややこしく見えてしまったけれど、
 「そうですか」な意味合いで使われたものである。
 おはしを持ったままの右手を顎に当てて、今にも「うーん」と唸るように考え込むようなポーズをとる白雪ちゃん。
 そして、またも唐突に、


「鈴凛ちゃん、姫と鞠絵ちゃん、どっちが大切ですの?」

「はへ?」

「あ、そんなに重くじゃなく、軽い気持ちでくださいの。
 例えば、洋食よりも和食の方が好みだって、そんな軽い気持ちで」

「は、はぁ……」


 あまりに突拍子もない続きで、さっきから気の抜けた返事を返すしかできない情けないアタシ。
 しかし、これは気を抜いている場合じゃない。
 よくよく考えたら、なんかとんでもない二択を迫られてるんじゃないの?
 そもそも、ふたりともアタシにとっては大切な存在だ。
 天秤に掛けてみても……どっちかなんてとても選べそうにない気がする……。


「ええっと……りょ、両方。……ってのはダメ?」

「ですの


 にっこり笑顔で、アタシを苛酷な茨の道に突き落とすシビアな白雪さん。
 さて、平和的な逃げ道を断たれてしまったけど……どうしたもんか、アタシ……。


「んー……」


 目を瞑りながら、おはしの裏側でこめかみをトントン叩きながら必死に思考を繰り返す。
 多分、メカを作るのに必要な計算をした時よりも頭を働かせたと思う。
 そして、その結果導き出したアタシの答えは―――


「鞠絵ちゃん……かな?」


 ―――だった。


「ほら……鞠絵ちゃんって病弱で、今はこっちに来てるけど、まだ療養所に入院してる身じゃない……。
 だからさ……色々としてあげたいなって、守ってあげたくなるなって、ついつい思っちゃうんだよね……」


 とはいえ、実際は本当の本当に僅差で、差なんてあってないようなもの。
 というか正直言って本当に甲乙つけ難しの同率だ。
 ただ、面と向かって「白雪ちゃんだよ」って言うのがなんだか照れくさかった、っていうのが理由だったりする……。


「あ、もちろん白雪ちゃんもアタシの大切な人だよ!
 っていうか差なんて本当になくて、ふたりは同じくらい好きなんだから。
 今朝なんか、白雪ちゃんにお嫁に来て欲しいって思ったくらいだし」


 フォローを入れるように、すぐさまその意見も追加して白雪ちゃんに伝える。
 やっぱりこういうのでも自分が選ばれないっていうのはちょっと気に掛かるものらしく、
 白雪ちゃんは依然笑顔だったけど、ちょっとだけ表情がこわばっていたりしてた……。

 だ、だって……どうしてもどっちか決めろって言うだもん……。

 フォローの効果があったのか、白雪ちゃんは照れたようにちょっと顔を赤らめて、
 ほっぺたに手を添えながら「いやん 鈴凛ちゃん、ヘンタイさんですの♥♥」なんて言って……
 ……そりゃそうだ、なに「お嫁に来て欲しい」なんて部分まで口にしてんだアタシ……。


「うふふっ わかってますの。これは、無理な質問を迫った姫の方が悪いんですの。
 だ・か・ら 鈴凛ちゃんは気にしないでくださいですの♥♥

「ほんと……?」

「はいですの。姫を選んでくれなかった罰に明日はお弁当抜きですの

「むっちゃ根に持ってんじゃん!!」


 笑顔で死刑宣告を下す白雪ちゃんに激しくツッコミ。
 おはしを口にくわえながら、「むー……」なんて唸り声を上げて、憎らしそうに睨んでの無言の抗議をする。
 白雪ちゃんは、そんなアタシの様子を見て、「うふふっ」と楽しそうに笑顔を作っていた。
 その仮面のような作り笑顔が、露骨に不機嫌と伝えてくるようでちょっと怖かった。


「う〜、アタシは答えろって言うから答えただけなのにぃ〜……」


 今現在のアタシにとって、「冬休みが終わるまで作ってあげますの」宣言は、それこそ観世音菩薩の如き至高の慈悲だった。
 白雪ちゃんのお弁当を食べれないということは、冬休みまでの数日、学校での楽しみの10割を持っていかれるようなもの。
 まあ、アタシひとり良い目見て、鞠絵ちゃんにはちょっと悪い気はするけど……。
 千影ちゃんには全然悪いとは思わないけど。

 そりゃ白雪ちゃんを選ばなかったアタシも悪いだろうけどさ……。
 しかしこの仕打ちはちょっと理不尽だとムッとして、何か上手く仕返せないものかと秘密裏に頭を働かせると、


「……!」


 ……ちょっとした、仕返しを閃いた。


「ね、白雪ちゃん……」

「はいですの?」

「いきなりだけどさ……、……もし……もしもだよ、なんでも願いが叶ったら、何がしたい……?」


 白雪ちゃんにそんな質問を投げかける。
 別に何の変哲もない、ただ単なる夢物語の話題だ。
 ……そう、普通の人にとっては。

 このタイミングでこんな質問をするというのは、「私はスレイヴァーですよー」なんていうのにも等しい。
 なにせそんな夢物語が、スレイヴァーならまさに手の届く位置にあるんだから。
 自分がスレイヴァーであることは隠し通したいものを、まさか自分の方からわざわざバラすなんてマネは普通しない。
 しかも、まだ戦いは始まったばかりで、みんなまだ準備の段階だっていうのにだ。

 だからこそ、今こんな質問が来るなんてのは予想外のことで、
 身構えないでいる分、スレイヴァーの事実を知っている人間ならばきっとボロを出してしまうはず。
 挙動不審になったり、驚いて表情を変えたり……アタシを、敵だって警戒し始めることだって……。
 なんにしろ、高い確率で何かしらの反応はするはず。

 そう、これは不意打ちのスレイヴァー検査なのだ。
 もしスレイヴァーであれば罰ゲームとしては意味は大きく、
 違っていれば……それはそれで良かった良かったと今のコトを許せちゃうくらいおめでたいことだ。

 さあ……白雪ちゃんの反応はっ……!?


「なんですの? いきなりそんな質問」

「い、いや、ごめん。な、なんでもない……」




    答え:さらっと、「なんでそんな子供っぽいことを?」なんてきょとん顔で、首を傾げながら純粋にアタシを見つめる。




 ……でした。

 別に顔がこわばったりとか、そういう様子が変わるようなことはなく、
 逆に、何か反応するんじゃないかって身構えていたアタシの方が挙動不審だった……。


(……どうやら……白雪ちゃんはスレイヴァーじゃないみたい、かな……?)


 アタシの見立てでは、白雪ちゃんは結構嘘が苦手そうで、急に話を振られると結構ボロを出す方だと思う。
 さっき「鞠絵ちゃん」って答えた時だって、一瞬ショックがはっきり顔に出ていた。顔が「ピクッ」って痙攣したもん。
 その後、仮面のようなにこにこ笑顔に変わっていたけど、明らかに仮面の笑顔で怖かった。

 そんな白雪ちゃんも、今日は昼休みに会った時から、例の「茨の二択」の時以外ずっと同じ態度。
 アタシの一挙一動にどこにも怪しい素振りや変化を見せてはいない。

 それに、勝手な理想かもしれないけど、アタシには白雪ちゃんがスレイヴァーとは思えなかった。
 白雪ちゃんって子は、とことん博愛主義の利他的人間だ。
 アタシたちに料理を作ってくれることも、それで「おいしい」って言ってもらえたり、
 笑顔になってくれることで、自分自身が満足できるような性格の持ち主。
 要するに、人が喜んでくれることが自分の幸福になる、という「いいひと」なわけだ。
 まあ、なんていうか……「母親」ってイメージで、鞠絵ちゃんとは別に「戦い」のイメージが沸かない。

 だから白雪ちゃんは残された非能力者枠に該当させても良いと思った。
 自分の中でそう結論づけられて、アタシとしてはすごく安心できた。
 さっきも言ったように、鞠絵ちゃんも白雪ちゃんも、アタシにとってはどっちも大切な存在だ。
 できることなら両方、戦いには参加して欲しくはない。
 特に、お互いが戦うなんてマネは絶対避けて欲しかったから……。


(ま、仮に演技してたとしても、狙われるのはアタシだろうし……)


 そうなった場合、いきなり後ろからアタシの命をとったりしないと思う。
 不意打ちを仕掛けたりして来ても、トドメは刺さないでまずは戦闘放棄を勧告してくると思う。
 戦い方も、鞠絵ちゃん、千影ちゃんと同じように刻印を狙う戦法をきっと取ってくれるはず。
 白雪ちゃんは、多分誰よりも優しい子だから……。

 だからその時に「アタシはスレイヴァーじゃない」と話せば丸く収まってくれるはず。
 それでも信じてもらえない場合は決定的な証拠を…………しまった、アタシはまたひん剥かれるのか?


「んー……もちろん、お料理の上手になることですの」


 と、アタシが不安がっていたのを余所に、のほほんとした白雪ちゃんの声で、そんな言葉が耳に飛び込んできた。


「へ?」

「"へ?"……じゃなくて、お願い事が叶ったら、ですの」


 別のことを考えていたせいで、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたけど、そういえば、そういう会話の流れだったっけ……。
 そのことを失念していたアタシに、白雪ちゃんは「鈴凛ちゃんから聞いてきたのに〜!」とぷんすか怒ってしまった。
 千影ちゃん見るのだ、これこそが"真のぷんすか"だ。


「お料理が上手になる……って、そんなことで良いの?
 何でも叶うんだよ。巨万の富とか、豪華な食材一生分とか。なんだってアリなのに……」

「姫は鈴凛ちゃんじゃないですの」


 どーいう意味ですか、それ?


「んー……でも姫、あんまりそういうのには興味ないんですの。
 お料理を上手になって、それでみんなに『おいしい』って言ってもらえる……それだけで姫は満足なんですの。
 お金持ちになるよりも、立派な何かを手に入れるよりも、姫はそうなりたいって思うんですの……」

「それは……白雪ちゃんらしいというか、なんだか可愛いお願い事というか……」

「強いて言えば、姫が欲しいものはみんなの笑顔。笑顔は『お金じゃ得られないもの』なんですの。
 だからこれは、そのためのお願い事ってことになりますのね


 こればっかりは、自分の力でやらなくちゃ意味がないから。

 胸を張ってそう口にする白雪ちゃんは、なんだかとっても大きく見えた……。
 いや、胸の大きさじゃなくてね。

 答えを聞いて、とっても白雪ちゃんらしいと思った。
 自分自身がどうにかなるんじゃなく、誰かに対して何かしたいと願う白雪ちゃんらしいって……。
 やっぱり、白雪ちゃんは博愛主義な「いいひと」だ。
 白雪ちゃんには、「ありがとうの気持ち」こそが、お金以上に大切な、欲しいものなんだろう……。


「笑顔のため……か。なんか分かるかな……」


 自分の力で誰かを笑わせる。
 それが嬉しいことだって、なんとなくだけど分かるような気がした。
 たったそれだけで、今までの苦労が全部報われるって思える。
 それまでに掛けたお金とか時間とか、全部取り戻せるくらい大きいものだって感じられる。
 ……まあ、ゲンキンなアタシが言うのも説得力がないこととは思うけれど……。


「すごいね……白雪ちゃんは。アタシじゃとてもそんな考え方できそうもないよ」

「うふふっ なに言ってるんですの? 鈴凛ちゃんだっておんなじですの♥♥

「へ?」

「やってることは、お料理とメカって違いがあるだけですの」

「あっ……」


 言われて気がついた。
 アタシと白雪ちゃんは、おんなじことをやっていたんだ、って……。


「……いやいや、でもやっぱアタシと白雪ちゃんは違うよ。
 アタシ、白雪ちゃんほど他人のために何かしたいって思わないもん……。自分勝手だし……」


 メカだって、結局は自分が楽しいからやってるに過ぎない。
 だからアタシは利己的で、利他的な白雪ちゃんとは根本的には正反対だ。
 そんなアタシが白雪ちゃんとおんなじだなんて言われると、とても申し訳ない気持ちになっちゃうよ。


「うふふっ 鈴凛ちゃんは自分のコト、全然分かってないんですのね

「はい?」

「なんでもないですの

「ちょ、ちょっとぉ〜、気になるじゃないの〜」


 なんだか妙に意味深な言葉を残す白雪ちゃん。
 でも白雪ちゃんは、アタシが問い掛けてもくすくす笑うだけで、結局答えを教えてはくれなかった。


 なんか、白雪ちゃんの話を聞けて良かったって思った。
 アタシの心には暖かくなる何かが生み出されていくような感覚を感じていた。

 ……同時に、その暖かさで浮き彫りになる何かにも、さいなまれて……。












「ふー、ごちそうさま」

「はい、お粗末様、ですの


 しばらくして、ふたりでつついていたお弁当もすっかり空っぽになり、
 衛ちゃん抜きのお弁当パーティーもとうとう終わりを迎えることとなった。
 ああ、これで学校での楽しみが終わっちゃったなと、ちょっとした喪失感に見舞われていた。
 いや、だからってこれ以上続けられてもちょっと無理そう、おなかいっぱいだし……。


「白雪ちゃん、今日も愛情たっぷりのお弁当ありがとうね


 いっぱいになったおなかをさすりながら、冗談交じりに感謝の言葉を返した。
 この気持ちこそが、白雪ちゃんがもっとも欲しがっている最高のご褒美なんだ。
 今日の分をアタシが返さなくて、一体誰が返すというんだ。
 あと、「愛情」という言葉に反応して小森さんが睨んできた気がしたのは気のせいということにしよう。


「はいですの 姫、喜んでもらえて大満足ですの♥♥


 白雪ちゃん口癖の「ムフン」という言葉と一緒に、本当に満足そうな笑顔をアタシに返してくれる。
 というか、アタシが返してあげる立場なのに、更に笑顔で返してくれるなんて……白雪ちゃんってとことん利他的だなぁ……。


「じゃあ姫、そろそろ教室に戻りますね」


 言いながら、手馴れた手つきでお弁当箱を片付ける白雪ちゃん。
 と、思った瞬間にはもうお弁当箱はピンクの風呂敷に包み終わっていた。
 ……さすが白雪ちゃん、慣れてらっしゃる。

 そして、アタシの前の席の人から無断で借りていたイスから立ち上がると、
 「それじゃあ」なんて何気ない挨拶を残して白雪ちゃんは自分の教室に向かっていった。


「あ、待って」


 そんな白雪ちゃんを引き止めて、アタシは一言、


「あと……ごめんね……」

「はい?」


 いちいち姉妹を疑う自分が、何かとても汚いものに思えたから……。












更新履歴

H17・3/12:完成・掲載
H17・3/15:誤字修正


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