「…………なんで今頃ジジの夢なんか……」


 夢から覚めて、ベッドから上体だけを起こすと、ぽつり誰に問うでもなくそう呟いた。

 ジジの夢を見た。
 今は、もういない……アタシの大好きだった、おじいさんの夢。


「……懐かしいな……」


 昨日色々とあったから、頼れる人や穏やかだった頃の夢を見て心の平穏を保ちたかったのかもしれない。
 奴隷兵士スレイヴァー……「王」……なんでも願いの叶う権利……昔の魔術師が作った「ゲーム」……姉妹同士での戦争……。
 そんな非現実から少しだけ離れていたくて、昔の夢の見たんだと思う……。


「なんでも願いが叶う……か……」


 もし本当に、なんでも願いが叶うなら……


「ジジを……生き返らせることだって……―――」


 そこまで口にして、首を横に振った。

 アタシの都合で、死んでしまった人を勝手に生き返らせるなんて……それはとんでもないコトだって思ったから。
 そりゃあ……生き返ってくれればアタシは物凄く嬉しい。それこそ言葉じゃ言い表せないくらいに……。
 ただ、そんなことして身内になんて説明すればいいんだか……。
 ゾンビや亡霊とか散々言われ、そんな不気味なことが起こった家庭を、奇異や偏見の目で見られないわけがない。
 だから、そんなことをすればかえってジジに迷惑を掛けてしまうし、アタシの周りにだって迷惑を掛けてしまう。
 それにそのためには千影ちゃんたちを裏切らなきゃいけなくなるし……その上で、更にみんなと戦わなきゃいけなくなる。

 それでも……やっぱりアタシは…………


「…………」


 そういう意味で、アタシはスレイヴァーに選ばれなくて良かったと思った。
 最初から選ばれていないんなら、すっぱり諦めだってつくというものだ。
 もう、「もし」とか考えるのはよそう……。
 そこから欲が出て、ふたりを裏切るのはイヤだから……。

 ジジだって、アタシが傷つくことを嫌って、そんなことはしないで欲しいって願うと思う。
 ジジは優しかったし……なにより、アタシはジジの夢なんだから……。
 そう言って、ジジはよくアタシの頭を優しくなでてくれたっけ……。


    なでなでなで……


 そうそうこんな感じに。
 でもなでてくれたのは胸じゃなくて頭の方で……


うう〜ん……♥♥ ぷるる〜ん……♥♥

「…………」


 さわさわと、何者かに揉まれ続ける胸に視線を移す。
 そして、アタシの胸を弄っている手から腕を辿っていくと……アタシと同じベッドの中で眠っている、不気味な姉の姿が……。

 弄る手をそっと掴んで、胸からゆっくり外す。
 そしてカウントダウン……いっち・にぃ・さんっ・ハイ!


「なんで千影ちゃんが一緒に寝てんのよーーーっっ!?!?」





 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月18日 火曜日

第6話 とらぶるも〜にんぐ







「いーーーやーーーー!!? アタシの裸見るだけに飽き足らずベッドに忍び込んでの夜這いまでーーー!?!?」

「…………いたい……」


 いつの間にかベッドの中に侵入し、あまつさえ胸を弄っていた千影ちゃんをベッドから蹴落として叫んだ。
 折角ジジの夢を見て昔を懐かしんでいたというのに……ああ、折角のノスタルジックな朝が台無しだ……


「千影ちゃんに本格的に穢されるーーーー!??! アタシの知らない世界に連ーれーてーかーれーるーーーーー?!!?!」

「ふぁ…………。……ったく………朝から騒がしいな…………」


 寝ぼけまなこであくびをひとつしながら、まるで何事もなかったかのように気だるそうしている千影ちゃん。


「あー、もうっ! 自分が貧乳だからって、アタシの発育した胸を羨ましむことないじゃない!」

「それは私に対する挑戦と受け取っていいんだな? 今すぐ君をケシズミにして良いんだな?」

「すみません、調子こきました。ごめんなさい」


 地獄の鬼をも裸足で逃げ出しそうなものすごい形相でにらみを利かす千影ちゃんに気圧され、
 千影ちゃんが悪かったはずなのに何故かアタシの方が謝る結果に。

 千影ちゃんに胸の話題は禁句。
 本人は、その衛ちゃん以下にまな板な胸を、アタシたちが思ってる以上にコンプレックスに感じていた。
 その平坦さは今の雛子ちゃんをも下回るとも言われている……。
 まあ、千影ちゃんは見た目綺麗すぎるから、そういう欠点も持ってる方が人間らしく親しみを持てる。
 ……ただでさえ人間離れしてるんだし。

 だからいい加減、ギリギリと聞こえるほど歯軋りしながら、その深紅に輝く眼光をアタシに向けるのやめてください。


「……まったく…………そんな大声を上げて………鞠絵くんが起きてしまうだろう…………」


 寝起きで気だるそうなのと、胸の話題のせいで不機嫌そうなのが混ざった感じの口調で言いながら、アタシの方を指差す。
 つられるように振り向いてみると、そこには……


「う…ん……」


 と、可愛く声を漏らして、アタシと同じふとんの中でまだ夢の中にいる、メガネを掛けてない鞠絵ちゃんの姿が……。


「はへ?」


 つまり、3人でアタシをはさんで川の字になって寝ていたと、そういう状態である。
 ついでに、ミカエルはベッドの脇で丸まって寝ていたらしいけど、
 アタシの悲鳴と千影ちゃんの落下で目が覚めてしまったらしく、寝ぼけた顔をこっちに向けてきていた。


「えっ……なんで―――って……あー、そういえば……」

「やっと思い出したか」


 記憶の糸を辿って、脳からメモリーデータを引っ張り出すと、それはすんなり思い出すことができた。

 昨夜、色々な説明を終えて、歯磨いたりお風呂入ったりしたあと、みんなで寝ることになった時のことだった。
 予定外に千影ちゃんまでもが泊まることになったため、ふとんが足りなくなってしまっていたのだ。
 アタシの親は、自分の分のベッドやふとんを持っていってしまったので、家は無駄に広いくせに寝床がないのだ。

 お客さま用のふとんはあることはあるのだけど、それはひとつしかない上に、慣れてないと硬くて寝にくいせんべい布団であった。
 そのため、当初の予定では体のことやお客さまということを考えて、
 鞠絵ちゃんにアタシのベッドを譲り、アタシがそのふとんで寝るつもりだった。
 アタシなら、たまにラボで寝てしまうので硬いところで寝るのには慣れているし、
 寝れないなら寝れないで宵越しでメカをいじっておけばいい。

 ところが……そこに千影ちゃんという、予定外の不純物が混入。予定変更を余儀なくされた。
 もし普通の状態なら、千影ちゃんには床で寝てもらおうと思ったんだけど、今の千影ちゃんはケガ人。
 さすがにそんな人間を床に寝かせるわけにもいかない。
 鞠絵ちゃんは(一応今は体は丈夫になってるけど)病人で千影ちゃんはケガ人。
 アタシがベッド、ふとんの両方を放棄したとしても、どっちもそんなせんべい布団で寝かせるわけには行かない状態だった。
 じゃあふたりでベッドを使って、アタシがせんべい布団で寝る、というコトを提案したところ……


    『じゃあ鈴凛ちゃんも一緒に3人でベッドで寝ましょう』


 ……なんて、鞠絵ちゃんがそんなことを言い出してきたのだ。

 その提案には、千影ちゃんまでも乗り気で、とても反対し切れるような雰囲気ではなかった。
 まあ、ちょっと子供っぽくて恥ずかしいのと、ベッドが狭くて寝にくくなったけど、思いっきり嫌がる理由もないし、
 何より鞠絵ちゃんがあまりにも楽しそうに口にするもんだから、
 結局鞠絵ちゃんの言う通りに、姉妹揃って3人狭いベッドで川の字になって寝たという訳だった。


「ごめん……昨日色々あったからなんか寝ぼけてた……」


 頭をぽりぽりとかきながら、ちょっと申し訳なさそうに千影ちゃんに頭を下げる。


「……まったく…………キミもしょうがないな…………」

「でも一緒に寝るトコはそれで良いとして、胸揉むところはどーなんですか?」

「…………」

「…………」

「…………フ」

「いや、"…………フ"じゃなくて」


 妖しい笑みのみをアタシに返して、そこでブッツリ会話の流れを断たれた。
 相変わらず千影ちゃんが何を考えてるかなんて読めない……。
 千影ちゃんは一般と感覚が違うから、そーいう冗談も冗談に見えなくてコワイ。
 ……このまま千影ちゃんとひとつ同じふとんで寝ることに危機感を感じた。


「今日、学校帰りに亞里亞ちゃん寄ってふとん貰ってくる……」

「……おいおい、………それは…危険じゃないのかい…………?」

「ん?」


 一転して、軽い話題が、少し重みを帯びたようになった。


「亞里亞ちゃんがスレイヴァーかもしれないから? それとも、学校行く途中とかで他の子に狙われるかもしれないから?」

「………両方だ……」


 アタシが聞くと、こくんと首を縦に振る。
 平和的な日常の空気が、その話題になった途端……まるで碇でもつけられたかのように、重く海底に沈んでいくようだった……。


「大丈夫じゃないの? アタシはスレイヴァーじゃないんだし、バレたらバレたで見逃してくれるって」


 その重さをまるで気にも留めないように、さらっと軽い感じで千影ちゃんに返した。
 今みたいな、これまでの平穏な日常との乖離が、アタシにはどうしてもイヤだった。
 だからこそ軽く返した。


「まあ…………確かに………」

「アタシ、学校には行くからね」


 自分では正論のつもりで口にしたけど、まるでムキになった子供のような言い回しになってしまった。


「…………分かったよ……」


 アタシの意志の強さが伝わったのか、――聞き分けのなさが伝わったというのかもしれないけど――
 小さくため息を吐いて、仕方なしにという感じではあったけど、渋々そんな返事を返してくれた。

 それを聞き留めてから、話も終わったことだしと、まだ夢の中にいる鞠絵ちゃんを起こさないようそーっとベッドを降りる。


「……起きるのかい……?」

「うん。鞠絵ちゃんが起きる前に、ちょっと……ね」

「……?」


 何か含むような言葉に首を傾げる千影ちゃんを残して、アタシは自分の部屋を後にした。












 顔を洗ったり着替えたり、色々と朝の準備とかを済ませて台所に着くと、
 他人の家の冷蔵庫を覗いて、どうしたもんかと言わんばかりに難しそうな顔をした千影ネズミを発見した。


「きゃー、どろぼー、おまわりさーん、早く来てー」


 棒読みでそんな冗談を言って、我がアネキの真横に立つ。
 言われたことがしゃくに障ったのか、なんかムッとした目だけでアタシににらみつけてきた。


「盗むほど…………なにもないだろう……」


 目つきの悪いまま、ほぼ空っぽの冷蔵庫の中を見ろと、顎でクイッと指した。


「あるわよ、ほら。パンとおかずがあればサンドが出来る」


 その冷蔵庫から、わずかに残されていた食料―――袋に入った食パンと、
 パックに入った薄切りロースハムをそれぞれの手で取って、千影ちゃんの目の前に突き出した。
 両方安売りの時に買ったものだ。
 とはいうものの、さすがにこれで良いなんてアタシだって思ってない。
 ただ、千影ちゃんの言葉にうんと頷くのが不服だったという子供っぽい反骨心の表れだったりする。


「…折角鞠絵くんが来てれたというのに…………これではまた調子を崩してしまうな………」

「う゛……」


 痛いところを突かれて、そんなカエルのような濁った声をあげる。
 食料については、サバイバルのその日暮らしだったり、白雪ちゃんからの供給で何とかしてたアタシにとっては盲点だった。
 昨日までメカにばかり目がいっていて、食料という概念については完全に目がいってなかったのである……。
 ちなみに昨夜は豪勢に出前を取ったので、冷蔵庫事情には気がつかなかった。


「ああ、どうしてアタシって、肝心なところでヘマしちゃうのかなぁ……」

「……というか…………普通気がつくだろう……?」

「……うっさいわね」


 不服だけど、こればかりはさすがに状況が悪すぎて、無駄にあがくだけ見苦しくなるというもの。
 なので、ここは潔く負けを認めることにした。別に勝負しちゃいないけど。


「買い物も、してこなくちゃいけないかぁ……」


 アタシや千影ちゃんはいつものサバイバルで何とかなるけど、今回のメインゲストは鞠絵ちゃんだ。
 病弱で華奢な体のことをだけじゃなく、鞠絵ちゃんという「いかにもな女の子」ということを考えても、
 間違っても粗雑なものを出すわけにも行かないだろう……。
 出すのなら……そう、デリケートで、栄養とかにも気を使ってあって、
 華やかでおしゃれな……「朝メシ」って言うより「ブランチ」ってイメージの朝食。

 こういう時、白雪ちゃんの力が本当に偉大だと感じる。
 きっと相手の体調に合わせて、栄養価だってしっかりと考えられたメニューを作ってくれるに違いない。
 白雪ちゃん、今だけで良いからアタシの嫁にきてちょうだい。

 ……いや、千影ちゃんの前でそういうことを考えるのはよそう。
 「嫁に行く立場じゃなくて貰う立場だったか」とか言われたらまたややこしくなる……。


「じゃあ、わたくしがお散歩がてら買ってきますね」


 後ろから唐突に、澄んだ印象を受ける清楚な声がアタシに耳に届いた。
 振り返ると、シンプルなデザインの可愛い水色のパジャマが目に入る。
 その脇には、まるでお供の従者のようにゴールデンレトリバー種の犬が付き添っていた。


「あ、鞠絵ちゃん、起きたの?」

「はい。おはようございます、鈴凛ちゃん。千影ちゃん」


 メガネの位置を直してから、ほんわか笑顔で朝の挨拶。
 そんな笑顔に、アタシも千影ちゃんも「おはよう」と返した。


「それで、お買い物ですけど……わたくし学校ありませんから、その間にでも買ってきますね」

「……おいおいおい…………それこそ危険だろう………?」


 と、鞠絵ちゃんの提案に横槍を入れるように、千影ちゃんが口を挟んだ。
 まあ、その心配ももっともといえばそうなんだけど……。
 アタシの場合、バレてもスレイヴァーではないから見逃してもらえるだろうけど、鞠絵ちゃんの場合は本当にスレイヴァーだ。
 だからもしバレてしまえば、衝突は避けられない。


「まだはじまったばかりで、向こうだって誰がどうか分からないと思いますよ。
 だから知らんぷりしていれば、まだ疑惑の範囲で、相手だってそう簡単に手出しはできないはずです」


 しかし、鞠絵ちゃんは大胆にも、そんな考えを切り出してきたのだった。


「それに、わたくしが今日から鈴凛ちゃんの家にお世話になるのは、もうみんな知っていることですから……。
 状況を知らない他の子からみれば、スレイヴァー候補がふたり。協定に関係なく、相手からみれば両方敵なんですよ。
 片方だけだとしても、みんな根は良い子ばっかだから、無関係の子を巻き込みたくはないと思います……。
 それに、確率的には低いけれど、両方違うって可能性だってないわけじゃないんですから。
 だから、確信持てるまでは探り合いで止まってくれると思うんですよ……」

「……まあ…確かにそうだが…………。…しかし……それも所詮………希望的観測に過ぎないわけで―――」

「鞠絵ちゃんの言う通りよ。平然を装ってる方がかえって安全」


 アタシが更に横槍を入れるよう、千影ちゃんの意見を遮る感じに鞠絵ちゃんの意見を援護した。
 危険は分かっていても、アタシとしても、どうしても鞠絵ちゃんの考えを通してあげたかった。

 鞠絵ちゃんは、今まで療養所でろくに動くことも禁止されていた身なんだ。
 こんなふざけた「ゲーム」の中にも得られる物はあった。
 鞠絵ちゃんは、スレイヴァーに選ばれたことで、長年望んでいた健康な身体を手に入れられたんだ。
 例えそれが限られた間でも、鞠絵ちゃんにとってそれがどんなに大きいことなのか、アタシには分かるつもりだ。

 だから、ただ普通に外を散歩するとか……ただそれだけのことでも、させてあげたいって思ってた……。
 今のうちに精一杯、元気な体を満喫して欲しいから……。


「逆にさ、今日学校を休むとか、ちょっと過度にみんなを避けるとか、そういう普段と違うコトやる方が怪しいんだから。
 こーいう時は、逆に胸張って堂々としてればいいの。でしょ?」

「です


 アタシの問い返しに、鞠絵ちゃんはまるで洗練されたチームプレイのように続き、頷いた。
 2対1ではさすがに不利と察したのか、千影ちゃんは他にも口に出そうとしてた言葉を飲み込んでいた。


「……そうなると、1番危ないのはそれを判別できるかもっていう四葉ちゃんになるけど……。
 四葉ちゃんは多分学校に行ってると思うから、午前中なら大丈夫よ」

「…そうか……1番危険な四葉くんは安心か…………」


 ……千影ちゃん、それ、なんか違うニュアンス含んでない?


「……まあ、なにより1番妖しい千影ちゃんがスレイヴァーになってここにいるんだからね」

「それは褒めてんのか? あぁっ?」

「です♥♥

「鞠絵くんもそのまま答えるなや」


 アタシたちのそんな対応に、千影ちゃんはぷんすか怒ってしまった。
 ちなみに「ぷんすか」とはアタシが不気味な千影ちゃんをより可愛くしようと、
 独自にアレンジを加えた表現で、寧ろやらなきゃ良かった……。


「で、今は買い物よりも、材料がないってことが、問題になってたっけ…………あ、あははっ……」


 とまあ、その後については話が決まっても、今は「今」についての問題を解決させなくてはならない。
 いつの間にか摩り替わった話題に苦笑いしながら、言いづらく話を本題に戻した。


「とりあえず…………朝食は私が何とかするよ…………」


 なんと、意外にもこの難題を買って出たのは千影ちゃんだった。


「本当ですか!?」

「っていうか料理できるの?」


 驚く鞠絵ちゃんに疑うアタシ。
 しかし、千影ちゃんは自信満々にまったいらな胸を張ってこう言う。


「フ………私を……一体誰だと思ってるんだい……………?」

「不気味な"そっち"趣味の変質者」

「よし、そのケンカ買った」












 しばらくして、香ばしい匂いと共に依然自信たっぷりの千影ちゃんが、自らその腕前を振るった料理を運んでやってきた。


「……まあ…私が本気になれば………こんなものさ……………。フフフ……」

「お、おおー……」


 期待しないで待っていたアタシと、一応期待して待っていた鞠絵ちゃんが待機していた食卓テーブルの前に、
 一流シェフもびっくりするような本格派の料理が並んでいく。
 驚きのあまり、つい感嘆の声がアタシの口から漏れていた。

 本当に本格的で……あえて名付けるならば、その名も魔女の食卓フルコース……

 カエルの丸焼きから、ヤモリの黒焼き、コウモリの干物と……一応何か理解できるものだけでなく、
 紫色したスープのごった煮うねうね動く緑色の触手っぽい何かなど、
 なんかよく分かんないけど非常にらしいものまで……一流シェフも、その恐ろしさに驚愕して逃げ出すだろう……。

 ……あ、あの材料から何故っ……!?


「さあ……召し上がれ「るかッ!!」


 その壮大なボケに対し、ツッコミ役を引き受けたアタシが、ボケ役の後頭部をスリッパで思いっきりぶっ叩いた。
 スパァンッと軽快な良い音が辺りに響く。


「…………痛いじゃないか……」

「どーしてあの材料から、こんなカオシックカタストロフィーな朝食になるのよっ!?
 っていうか、明らかになかった材料の方が多いんだけど!!

「……いや…材料なかったから…………ちょっと調達してきてね…………」

「どっからよ!? 特にこの"緑のうねうね"!」


 緑色の触手っぽいものは、まるでまだ生きているかのように今もうねうねうねっている。
 更に、別のお皿からは「オォォォォ……」と苦しそうな呻き声が……これは空耳よこれは空耳よこれは空耳よ……。


「い、いまっ……スープの中に……人の顔が……」

「き、気のせいよっ! それは気のせいよ鞠絵ちゃん!!」


 一体……こんな「デリケート」の「デ」の字どころか、
 「デストロイ」の「デ」の字が見えそうな恐怖の食卓を……どうやったらニンゲンに作ることができるのだろうか!?
 千影ちゃんの用意した料理に対して、あのボケ犬ミカエルも「グルルルル……」と激しく敵意を向き出し唸ってた。
 緑色の触手っぽいものは今もうねうねうねっている。


「なに……? これはさっき買ったケンカの仕返し……?」

「はっはっはっ。私は寛大だ、その程度のコトで仕返しなんかしないさ」


 千影ちゃんを恨めしそうに睨むと、なんか太っ腹なオジサンっぽく軽快に返された。
 でも表情の変化はあんまりみられないので、千影ちゃんのキャラにも表情にも不協和音なそぶりだった。
 ……っていうか、その割に、胸の話題になった時、
 非能力者のアタシに対して「ケシズミにする」とか、かなり野蛮なこと口にしてませんでしたっけ?
 緑の触手っぽいものは今もうねうねうねっていた。


「……じゃあ、寛大に許して、復讐もなにもなく、まともに作ってこれですか?」

「………? ……そうだが…………何か…?」


 首をかしげて、はてなって感じで答える千影ちゃん。
 ……ま、マジなのですか?
 緑の触手っぽいものは今もうねうねうねって……あ、止まった。


「見た目はアレだが…………意外と美味しいはずだ……」

「"はず"ってところが妖しいわよ……」

「まあ……騙されたと思って食べてくれ…………きっと、その通りになると思うよ………」

騙されるんじゃん!

「…………フ」

「"…………フ"じゃなくてさぁ……」

「あ、でもこれ、美味しそうな匂いが……」

鞠絵ちゃんダメーーーっっ!?!


 カエルの丸焼きを手に、更にアタシの理想から道を踏み外しそうな鞠絵ちゃんを、声を上げて必死で引き止める。
 女の子が憧れるような「おしゃれな朝食」に対する、千影ちゃんのアンチテーゼをまざまざと見せ付けられたアタシは、
 ただただ恐怖するしかなかった……。












「んじゃ、アタシ行ってくるね」

「ああ…………」


 玄関でアタシを見送る千影ちゃん。
 ついでにミカエルもご一緒だ。
 一方鞠絵ちゃんは現在、歯を磨いたり顔洗ったり、着替えたりと……「オトメのたしなみ」中である。
 鞠絵ちゃんはアタシと違い、きちんと「女の子」をしてるので、準備に時間が掛かるようだ。

 死線ちょうしょくを潜り抜け、なんとか生き長らえることができたアタシは、
 やっといつも通りの普通の学生生活へと戻ってこれたのだった……。
 ちなみに、あの後どうなったかというと……闇に魅入られそうになった鞠絵ちゃんを引き止め、
 なんとか理想とイメージを死守することができたものの、鞠絵ちゃんの体のことを考えると朝食を抜くわけにも行かない。
 なので、まだ残っていたタマゴとハムと野菜、それと食パンで、アタシが軽くサンド系のものを作ってあげたのだ。
 ただ、量の都合で結局アタシは朝食抜きとなってしまったけど。

 あと、あのテーブルの上の魔境は千影ちゃんに全部処理させた。
 自分で作るだけあるのか、怯えるアタシたちを余所に平然と口にしていた。
 3人分はさすがに1回で食べるには量が多いからと、昼にまで持ち越すそうだ。
 どうでもいいから早く処理して。今も冷蔵庫の中から呻き声が聞こえてきて怖いの。


「とりあえず、今後どうするかは帰ってから考えよ」

「ああ……」


 昨日の夜は説明だけで、今後どうするかは話し合っていなかった。
 折角の協定なんだから、この際色々と計画とかは必要だろう。
 お互い譲らないところや妥協するところは予め見つけておかないと、お互い信頼に綻びが生じて内部崩壊がオチだ。
 言っちゃえば、参加者に選ばれなかったアタシは別に要らないだろうけど……一応、作戦本部の管理人としては、ね……。
 ま、アタシとしては誰も傷つかず、誰も悲しまないで、平和的に終わってくれればなんだって良いんだけどさ……。


「………学校はいつまでだい?」


 アタシが色々と思慮を張り巡らせている横から、千影ちゃんがそんな問い掛けをしてきた。


「金曜。21日に終業式。土日はさむからちょっと早いの」

「そうか……」


 本当は、冬休みがはじまるのと同時に、鞠絵ちゃんをいっぱい楽しませてあげようって予定していた……。
 今まで療養所で過ごしてきた時間を取り戻すくらい、いっぱい楽しませよう。
 アタシひとりとだけじゃなくて、みんなといっぱい……いっぱい楽しんでもらおう、って、そう考えていたのに……
 スレイヴァーとかなんとかのせいで台無しよ……ったく。


「……っていうか、千影ちゃん学校は?」


 療養所に入院している鞠絵ちゃんはともかくとして、そうじゃない千影ちゃんは普通に学校があるはず。
 しかし、当の千影ちゃんは準備もしていないで見送り体勢。


「…………フ」

「"フ"じゃなくて」


 ……っていうかアタシ千影ちゃんの学校知らない。
 まさか、本当に学校行ってないんじゃ……。
 ……あ、ありえる。


「……鈴凛くん…………君、今私が………学校行ってないと思っただろう……?」

「うん」

「君も正直者だなー」


 髪をかき上げて、気だるそうに深く息を吐く。
 そして、額に手を当てたままの体勢で、


「……状況が状況だからね………。…自主休学させてもらうよ………」

「あー、要するにサボるのね」


 平然といつも通りにしている方が良いとはいえ、迂闊に出歩かない方が良いのも事実。
 何よりケガ人だし、安静にしている方が良いに越したことはないだろう。
 というか、千影ちゃんもきちんとした学生だったことに安心した。


「…まあ……そうだが…………もうちょっと言い方というものがあるだろう…………」


 普段は表情の乏しい千影ちゃんの顔が、微妙にすねたように変化……してるようにアタシは見えた。
 とにかく、不満そうだったってことだ。
 千影ちゃんも人並みにすねたりするようで、なんだかそういう面を見るたび更に親しみを感じてしまう。
 千影ちゃんとは成り行きではじまったお泊り会だけど、こういう親しみが増えていくのは大歓迎だ。
 他要素ははっきり言って迷惑だけど


「まったく…………どうしてキミは私には冷たいんだい…………?
 …さっきの買い物の話もそうだが…………昨日、鞠絵くんが一緒に寝ようと言ったときも………
 ……少し鞠絵くんびいきだったじゃないか………」

「鞠絵ちゃんはいいけど千影ちゃんはなんか妖しいからイヤなの」

「ああ………、…昨日は…私の前に…………そのしなやかな肢体…………艶やかな肌……
 ……羞恥から朱色に上気した頬…………全てを淫らにさらけ出してくれたと言うのに……」

「そーいう言い回しが原因って気づかんのかばか姉が」


 オペラのモノローグ部よろしく、ありもしないスポットライトに向かい右手を上げて、
 独白の場面のように台詞を口にする姉に、思わず呆れ気味になる。


「私ではダメなクセに…………鞠絵くんのお願いは聞いてあげるなんてな……」

「それは千影ちゃんの言い回しがまずいからよ」

「つまり…………鞠絵くんなら全てをさらけ出せると…………?
 ……そうか………君は…そういう特殊な嗜好を持っていたのか……………」

「べ、別にそんなつもりじゃっ……!」

「私と鞠絵くん……一体どう違うというんだ…………?」

「性別以外全部」

「こりゃ」


 ちなみに昨夜、鞠絵ちゃんは「姉妹なんですから、なかよしでいいじゃないですか」と可愛くアタシを説得。
 千影ちゃんは「君とベッドを共に一夜を過ごすとは思いもしなかったよ」と、イヤな言い回しをしてきたからである。
 例え冗談でも、「ハァハァ」なんて言い出した時には、さすがに冬の夜にふとん無しで寝る覚悟が決まった

 それでも、結局3人で一緒のベッドで寝たのは、鞠絵ちゃんが一生懸命懇願してきたからである。
 それに、もし千影ちゃんが何かヘンなことをしようものなら、ミカエルがしっかりと番犬を果たしてくれるし、
 なによりそんな素振りを見せようものなら、「協定破棄してでもぶちのめす」的な頼もしいことを言ってくれたからである。
 細かくは忘れたけど、言い回しは丁寧だった。

 どーでもいーことだけど、一応言っておくと今の「こりゃ」は分不相応にも千影ちゃんが口にしたものである。


「………まったく……君のその態度の方がよっぽど…………鞠絵くんに『ホの字』のアブナイ人に見えるぞ」

「そ、そんなわけないでしょっ! アタシたち揃って女の子なのよ!
 鞠絵ちゃんは……なんていうか……ほら、みんなから離れて暮らしてるじゃない!
 だからさ、人肌恋しいんだと思うのよ……」

「はあ、そうですか」

「それにさ……鞠絵ちゃん、普段は療養所でひとりきりじゃない……。
 だから、なんかね……余計なことかもしれないけど、色々と叶えてあげたくなるのよ……」

「はあ、そうですか」

「でも千影ちゃんは……なんか妖しいからコワイ。っていうかまさにそっちの道の人?」

「はあ、そうですか」

「千影ちゃん、アタシの話ちゃんと聞いてないでしょ?」

「べーつーにー」

「ミカエル、噛んでいいよ」


    はみはみはみ……


「いーたーいー、いーたーいー」


 こういう時に、便利にも千影ちゃんの脇にちょこんとスタンバっててくれて良かったと思った。
 気のせいか、千影ちゃんの左手に噛みつくミカエルは何か嬉しそうだった。
 ……美味しいんだろうか?


「ま、その調子なら、ケガは心配なさそうね……」


 さっきからのふざけた態度の千影ちゃんに対し、ため息と一緒に呆れ気味に……っていうかまさに呆れながら悪態をついた。
 これでも結構ケガのことは気には留めていたのに、――いや、ついついベッドから蹴り落したり、
 スリッパでぶっ叩いたり、ミカエルに噛みつかせたりしちゃったけど……――なんか損した気分だ。


「…………傷自体はなんとか治ったんだ……。…が……魔力が漏れているんだ……」

「え?」


 頭に上っていた血の気が、一気に冷めていくような感覚だった。
 それって、結構大変なことなんじゃないの……?
 ……なのに、千影ちゃんの口調は……いたって淡白なものだった……。


「…要は……スレイヴァーとしての魔力の方を傷つけられた………と言うべきか……。
 ………君に分かりやすく言えば……ガソリンが漏れている……………とでも言えばいいのかな………?」


 普通に、いつも通りに、そして淡々と……本当に「いつもの調子」で話し続ける千影ちゃん。
 千影ちゃんは、昨日から重要なことをさらっと言い過ぎだ。
 だから、アタシは気づけないままで……。
 あまりに突然過ぎた言葉で、アタシは「そう……」だなんて、短く答えるしかできなかった。


「……なに……まだ心配することはないさ…………。
 漏れているといっても少量ずつだし……私は普通の人間よりも…………魔力を多く持ち備えているからね………」

「…………」

「………なんだ……不服そうだな…………」

「……不服だもん」


 心配掛けないことがアタシためなんて……そんな考え方は正直やめて欲しい。
 一緒に考えて、一緒に悩んで、そして一緒に何とかしたい……アタシはそう考えるから。
 その余計な心配こそ余計なお世話だって思う。


「本当に大丈夫さ………。…まあ、戦闘には多少響くが………多少不都合があるくらいで……普通に動くことはできる……………」

「本当に大丈夫なのね……?」

「ああ……」


 千影ちゃんは、嘘が上手だと分かった。
 そんな気はしていたけれど、今回のコトではっきりとした。
 だからまた騙されるかもしれないって思ったけど……それでも、今は信じることにした。
 もしまだなんか隠してて、それで大事になったら、その時はとっちめてやるから。


「んじゃ、アタシそろそろ行くわ」


 帰ってきたら、千影ちゃんの体調を含めて、みんなでしっかり話し合わなくちゃね……。
 なんて考えながら、玄関の引き戸に手を掛ける。
 引き戸を横にずらすと、ガラガラと聞きなれた引き戸の音が鳴る。


「ミカエルも、任せたよ」

「…なにをだい……?」

「千影ちゃんの腕に噛みつく役」

「任すなや」

「わうっ!」

オメーも元気に返事すんな


 ミカエルに言い放つ我がアネキの言葉が耳に入る。
 千影という姉のクールなイメージが、ガラガラと定番の音を立てて崩れ落ちる。
 ああ……理想というものは所詮、本性を知った途端に儚くも散り行く宿命さだめなのか……。


「じゃあ、行ってきます」

「ああ…………いってらっしゃい、 な た―――」


    ―――ガシャンッ


 千影ちゃんの不気味な新妻ごっこを悟ったアタシは、
 やられる前に思いっきり―――例えドアのガラスの部分が割れても構わない、そう思うほど思いっきり玄関の引き戸を閉じた。
 千影ちゃんの猫なで声……これほどまでに恐怖を覚えるものがあるだろうか……?

 閉じた玄関の引き戸の向こう側から、「いーたーいー」と間延びした悲鳴が聞こえてくる。
 うん、どうやらミカエルは立派に役目を果たしてくれているようだ。


「はぁ……」


 こんな調子だから、アタシはまた、千影ちゃんの苦労に気がつけないんだ……。
 もし狙ってこれをやっているなら、千影ちゃんは本当に策士で演技派だ。
 ……いや、狙ってるようには思えないけど……でもアレが素でも嫌だなぁ……。


「……ったく…………折角昨日に間に合わせて用意した新作メカ……披露し損なっちゃったじゃないの……」


 ひとりごちて、そして学校まで重い足取りを進めた……。
 なんか朝からどっと疲れた……。
 つーか、この疲労にスレイヴァーカンケーないし。


「普通でこれなら、今後は一体どうなっちゃうって言うのよ……」


 始まってしまった「戦争」への、重い不安が、今更ながらどっしり肩にのしかかってきた。




  ―――でも、どのくらいぶりだろう……?



「誰かに見送られて、家を出るなんて……」


 重い足取りが、ほんの少しだけ、軽くなった気がした。












更新履歴

H17・3/7:完成・掲載・誤字修正


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