信じられるわけなかった。
「つまり、鞠絵ちゃんも四葉ちゃんも、ついでに千影ちゃんまで、不思議な石盤パワーでスーパー能力を手に入れて、
勝ち抜きサバイバルをして優勝できたら、ひとりだけどんな願いも叶えてくれる。
……そんなおとぎ話……信じろって言うのっ……!?」
ケガ人の千影ちゃんを運んで、荷物も持って、アタシの家について、風邪引かないようにみんなでうがい手洗いをして……
そして、あの光景についての説明を要求した結果、聞かされたのがこのおとぎ話だ。
「……そうとしか言えないし………あれを見た上でも……信じずにいられるほど………
…君は科学的根拠に基づいた生き方を………できるのかい………………?」
平静……というよりは、冷徹とも取れる態度で千影ちゃんは言う。
顔色は決して良いとは言えないが、それはさっきまでと比べれば随分と落ち着いたものだった。
千影ちゃんはさっき持参していた何か妖しい薬を飲んで、それで痛みを少し抑えられたと言っていた。
なんでも「痛み止め」と「他」だそうだ。……「他」って何よ?
「…………」
千影ちゃんの問に、アタシはなにも言うことができなかった。
アタシは……見たんだ……。
人間を遥かに超越した動きを見せた鞠絵ちゃんと四葉ちゃんを……他でもない、アタシ自身のこの目で……。
それに、アタシだって……千影ちゃんという「魔術」の生標本が居る以上、そういう類をまったく信じていないわけじゃない。
なら……
「信じるしか……ないじゃないのっ……!」
Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜12月17日 月曜日
第4話 奴隷兵士
「大体、そのスレイヴァーとかってなんなのよ!?」
「…今説明したばかりだろう……………?
……まあ、補足するならば………まず…基本的なものとして……身体能力の向上が挙げられるな……………。
筋力や敏捷性が人のそれを超越し………体も……並大抵のことでは傷つかないくらい丈夫なものになるという………」
やけっぱちに言い放つアタシに、千影ちゃんは億劫そうにため息を吐いて、淡々と説明の言葉を連ねた。
「…それにプラスして…………スレイヴァーにはそれぞれ武器を与えられ……
………更にはその武器を扱う技術も……達人の域に達するという………。
……まったく…便利なものだろう…………?」
「って、そういう説明じゃなくてっ!!」
親切に説明してくれた千影ちゃんには悪いけど、別にそういうことが聞きたくてああ言い放ったわけじゃないのだ。
とは言うけど、どういう説明を求めていたのか、自分でもよく分からなかった……。
頭では必死にこのおとぎ話を否定しようとはするものの、既に、アタシにはそれを否定する術はなかった……。
「……要は…昔の魔術師達が作った…………ゲームのプログラムさ……。…"願い"を賭けての……ね…………」
ゲーム。
そう口ずさむ千影ちゃんの顔は、ほんの少しだけ緩んだようで……その様子が、憎たらしいくらい、楽しんでるように見えた。
でも……まさにその通り、「ゲーム」だ……。
必要なもの―――力も、舞台も、全て向こうで用意されて、参加者はその中でルールに従って動けばいい。
「でも、あんな……」
本気で……「戦う」ものが……ゲームなんかで済むはずなんかない……。
脳裏にはつい数十分前、目に焼きついたスクリーンの向こう側の光景が蘇る。
あれは、あの動きは……「身体能力の向上」の一言で片付けられるような、運動能力じゃ……なかった……。
まさに、戦うための能力 ……。
人間、その気になれば……極端な話、鉛筆でだって人は殺せる。
だから同じ程度に体が丈夫になろうとも、同じ程度に強くなった力で、本気で暴力を振るえば……。
ましてや、鞠絵ちゃんが使っていたのは刃物だ。
スレイヴァーとやらに与えられる武器は、恐らくそういった類のものばかり……なら…………―――
「アタシは反対よッ!!」
考えたくない結末を振り払うために、鬱憤を晴らすような大きな声で言い放った。
「君が反対しようとも……ゲームは既に始まってしまったし…………
…一度はじめてしまった以上…………途中でやめることも叶わない」
「だからって、みんなで……あんな、戦い……」
「…なら……なんでも望みが叶う、という餌を……………目の前に吊り下げられたまま…
……人外の力を持った人間を……………君は…信用できるのかい……? …………しかも複数人だ……」
「うっ……」
アタシの、解決のための手段も提案しない、考えなしの"単なる希望"に、
きちんと思慮の重ねられている千影ちゃんの言葉が、重くのしかかった。
「………人間の本能は…………そんなに清純には…できてはいない……。
例え最初はその気がなくても………カッとなってして……つい力を振るってしまう………。
…そうなるだけで………どうなるかは……………言うまでもないだろう……?」
「そ、それは……」
「逆に…………君ならそれを抑えておけるのかい………?」
「……っ!!」
できる、……なんて、言い切れなかった……。
だって、アタシがその立場に立ったなら……間違いなくそうなってしまうだろう。
もちろん今のアタシ自身にはそうするつもりは一切ない……けど、今まで何度も、アタシはそういう誘惑に負けてきた人間だ。
ついつい趣味のメカいじりに、生活費まで危うくなるくらいお金をつぎ込んで、資金援助なんて言って、みんなから借金している……。
そんなアタシが、反論なんてできる訳なかった……。
「じゃあ……じゃあ………ちゃんと決着をつけて終わらせるしか……方法、ないの?」
「…ああ…………そういうことさ……………」
千影ちゃんは、冷淡に、ただそれだけを返してきた。
ちゃんと終わらせるしか、方法はない……。
戦いを終わらせるためには……戦うしかない……。
「強力な力を持ちながらも………与えられた役目を果たさざるを得ない………、
……絶対的な存在に……逆らうことは叶わない存在……………。
…過去…この戦いを知った周りの魔術師たちは…………皮肉を込め…、こう称したんだ………」
アタシに……というよりは、独白に近い形で語り始めた千影ちゃん。
その言葉の続きを、こう紡いだ。
「奴隷兵士 …………とね」
まるで、嘲笑うかのように……。
「そういう意味だったんですか……」
「ああ………元々、奴隷 をもじった言い方だからね…………」
ここに来て、ずっと聞くに徹していた鞠絵ちゃんが感心したように口を開いた。
奴隷兵士か……確かに、見事に的を得ている。
「王様とやらの娯楽のために戦って、そして無駄に死ね……。ほんと、どこまでふざけているのかしら……」
自分の考えが通らないからって、まるで子供もみたいにその苛立ちを「王様」とやらにぶつける感じに吐き捨てた。
こうでもしないと溜まった苛立ちが発散できそうもなかった。
「…大丈夫…………死ぬことはないさ……」
「そうとは限らないでしょ!!」
気楽にそんなことを口にする千影ちゃん。
自分でそんなことを引き起こしておいて、それはもう無責任だ。
お陰で、多少発散できたと思われたストレスが、倍以上になってまた溜まってしまった。
「……それが………そうと限るんだ…………」
「………………は?」
真剣に怒りをあらわにしたアタシに、またもかるーく答える。
あまりに軽すぎたんで、ちょっと肩透かしされたようにガクッと勢いを打ち消されてしまった。
どういうことかと、アタシが問おうとすると、
「『スレイヴァーだったものが命を落とした場合、そのスレイヴァーは大戦中は一時的な眠りについてその力を蓄え、
戦いの終わりと同時にスレイヴァーは蘇る。』……と、そういうルールなんです」
「え?」
そんなアタシを察してか、鞠絵ちゃんがフォローするように、問い掛ける前に疑問に答えてくれた。
そういえば、選ばれた人間は基本ルールなどを理解するとかなんとか言っていたっけ……。
千影ちゃんも「そういうことさ………」なんて軽く言葉を付け加えた。
「え、じゃあ……」
「つまり………もし"そう"なってしまっても………"一時的な眠り"という形で…………戦いが終わり次第蘇る…ということさ……。
……その気になれば……歴史を変えることも可能な力の塊だ…………たった数名の命なら………造作もないだろうね……………」
「…………」
それを聞いて、どう感情を表せばいいのか、正直分からなかった。
呆れればいいのか、怒ればいいのか、アフターケアに安心すればいいのか……。
もちろん、最悪のケースが避けられることは嬉しかった。
けど、両手を挙げて万歳とか、安心してほっと一息とか、そんな気にはなれなかったのは確か。
ただ――
「……下手に手加減する必要もなく…………生き返るから死なせることもない………。
面白いくらい……ゲームとしてプログラムされた……仕組みだろう………?」
―――……ふざけてる。
人の命を、ゲームとしてもてあそぶその性根に……そう感じずにはいられなかった。
「………まあ…元々短期決戦を想定されたものだ…………。
…下手に長引かせるより……パパッと片付ける方が………幾分もマシだと思うが……………」
「で、でも……そんな……」
千影ちゃんの言いたいことが分からないわけではない……。
……でも、いくら生き返るからといって……人の命を……しかも、同じ姉妹を…………。
「君が……何を不安に感じているか………分からなくもないが……………その辺りは少し安心してくれて構わない……。
……私は…願い云々よりも参加自体が重要で……………だから殺してまで勝ちたいとは思わないし………
…鞠絵くんだって同じ意向さ…………」
「え?」
「さっきの太刀筋は…………明らかに……急所を避けてのもの…ばかりだったからね…………」
「そ、そうなの!?」
「…技術だって身についているんだ……………そのくらいはできなくもないだろう………?」
急いでその真意を知りたいと、慌てて鞠絵ちゃんの方に目を向ける。
すると、鞠絵ちゃんは静かに頷いてくれた。
でも、手をあげたってトコはさすがにはしたないと思っているのか、何かばつが悪そうではあった。
……ってことは、鞠絵ちゃん……千影ちゃんの言う通り、四葉ちゃんの命までは取ろうって考えていなかったんだ……。
「そう……だったんだ……」
安心した。
他の子の意向は知らないけど、少なくともふたりはそんな気がないってコトが分かって。
そして――千影ちゃんにいたっては意外だったけど――なんだか鞠絵ちゃんらしいと思った……。
その……こう言っちゃうのもなんだとは思うけど……自分の状態から、誰よりも命の大切さを知っている、って……。
「…………恐らく……"刻印"を狙っていたんだろう………?」
「ええ……」
「刻印?」
ああ、また新出単語が出てきた……。
アタシが眉をひそめて「説明お願いしま〜す」な顔を向けると、千影ちゃんはいかにも億劫そうに「やれやれ」なんて呟く。
仕方ないじゃない、アタシ知らないんだから!
「スレイヴァーとなった者には…………体の一部に刻印が刻まれているんだ…………。
…そして……それこそがスレイヴァーとしての力の源であり…………最大の急所さ……」
「力の源? 急所?」
「……体のある部分に刻印が浮かび上がるんだ…………。
………そこが…スレイヴァーとしての能力 の……核となる部分になる……………。
…そこに同質の力………つまりスレイヴァーからの攻撃を受けると…………スレイヴァーは能力を失い…リタイアとなる………」
「同質の力で攻撃?」
「君はオウムか?」
さっきから同じ言葉を繰り返すだけのアタシに、とうとう千影ちゃんがそんなことを口にした。
鞠絵ちゃんが「まあまあ……」なんて言ってなだめてた。
だから仕方ないじゃない、アタシほんとに知らないんだから!!
千影ちゃんは、今日何度目になるか分からない「仕方ないな」という感じのため息をもう一度吐いて説明を再開した。
「…武器でなくても………ただ叩くだけでも十分……ということになっている…………。
その辺に落ちている石を投げても……………有効だろうね……。
………まあ…どの程度までを……攻撃と指すかは…分からないがね……………」
「要するに、スレイヴァーが刻印に攻撃すればどんな形であれリタイア。
代わりにそれ以外の者がいくら力を加えようともそうはならない、ということなんです。
優勝者が居なくなってしまうかもしれませんからね」
一通り千影ちゃんが話したところで、鞠絵ちゃんがまとめを口にしてくれた。
千影ちゃんの言葉はいちいち「……」が多くて聞きにくいので助かった。
……千影ちゃん、なんですかその痛い視線は……? アタシ今の言葉口にしてないよ……。
「じゃ、じゃあ……」
「……その戦法でいけば……誰も死なせずに済む……………ということさ…………。…だろう……?」
千影ちゃんは目だけを鞠絵ちゃんに向けて、自分の言った通りかどうか、話を振った。
「はい……やっぱり、姉妹でそんな命のやりとりなんて嫌ですから……。
でも、願いは叶えたいんですよね……わたくしも」
「あ……」
それは、鞠絵ちゃん明確な戦争参加への意思表示でもあった……。
ちょっと悲しいと思ったけど……でも、鞠絵ちゃんだって聖女や聖人じゃなくて、人間なんだ。
「なんでも願いが叶う」という賞品なら、権利を与えられた以上、それは誰にも責められないことだと思う。
アタシは、鞠絵ちゃんに対して、ちょっとそういう綺麗過ぎるイメージを持ち過ぎなのかもしれない……。
普段会えないから、尚更……。
だからギャップみたいなものを勝手に感じてるけど……でも、逆に人間らしいとも思えた。
こんなことでそれを実感するってのも、理想が壊れるって感じも、ちょっとだけ悲しいって気もするけど……。
まあ、嬉しさ半分、悲しさ半分……ってトコかな……?
「…それに……短期での決戦を想定されているからね…………。……肉体の治癒力も向上しているんだ……。
………だから……君が心配するほど………凄惨な結末にはならないさ…………」
ああ、また千影ちゃんの説明がはじまった。
……いや、まあ、アタシが説明求めたんだけどね。
さっきから説明ばかりなので、ここからは要点だけ掻い摘んでアタシの方から説明させてもらいます。
千影ちゃんが言うには、負傷したケガは1日あれば"基本"までは回復できるようになっているらしい。
"基本"というのは……まあ、動くことのできる状態のことを指すんだと思う。
戦うために必要な力など、万全に回復するには更に時間が掛かる……いや、場合によっては、もう力を取り戻さないかもしれない。
ちょっと過激な言い方をすれば、腕を吹っ飛ばされてしまえば、また生えてくるなんてことはないという感じに。
負傷した敵の隙を突くのもまた戦争、ということなんだろう。
しかも、いくら超常的な回復能力であっても、無限に治るといえばそうでもない。
自分の魔力を消費して自己治癒能力を向上させているようプログラムされているのだから、
「スレイヴァーとしての魔力」を回復に使い過ぎ枯渇してしまえば、その時はスレイヴァーとして失格する。
と、今の説明については以上のような感じだった。
千影ちゃんが説明の描写を省かれてムスーっとしているのは気のせいだと思う。
「じゃあ千影ちゃんもその傷、明日には治ってるの?」
四葉ちゃんがつけたという左のわき腹のキズを指差して軽く聞いてみる。
「…………が、そうは問屋が卸さないみたいなんだ………」
「……?」
「詳しくは分からないが…………恐らく……彼女の能力だろうね………」
その傷は、四葉ちゃんの能力だという。
スレイヴァーとしての、四葉ちゃんの能力 。
スレイヴァーは、それぞれクラスによって様々な特殊能力を備えているという。
そして、その傷もその特殊能力によって負わされたもの。
どういう作用かは分からないけど、恐らく一筋縄では治らないということなんだろう。
「薬も使って…………魔力を増強、集中させて……治療に専念してはいるのだが……………一向に治る気配がみられない………」
「その方法でほんとに治るの?」
悪いけどアタシは魔力の使い方なんて知らないし、そんな治療方法試したことがない。
科学者を目指すだけあってアタシは体験主義者なのだ。
「……私は昨日までに色々試したんだぞ…………もちろん…傷の治り方も含めて…………」
つまりそれは自分で…………ああ、千影ちゃんならやりそう……。
うぇ……考えたくない……。
「千影ちゃんずるいです……。自分ばっか最初から知っていて」
「それも戦争、だろう…………?」
同じ参加者である鞠絵ちゃんが、前情報持ちまくりの千影ちゃんを恨めしそう批難する。
が、千影ちゃんは千影ちゃんで「だからどうした?」って態度で、平然とそれを受け流した。
千影ちゃんはそういうところで開き直ってるからタチが悪いと思う。
「…それで、だ…………提案がある……」
「ミカエル!」
「わうっ」
かぷッ
「あー、痛い痛い……私はこれでもケガ人だぞー……」
鞠絵ちゃんの指示にミカエルはひとつ返事をすると、千影ちゃんの左手に噛みついた。
「千影ちゃんがずるいのが悪いんですっ!」
千影ちゃんが何か提案しようとしてるってのに、鞠絵ちゃんは一向に聞くそぶりも見せず、ミカエルに当たらせる。
あー、鞠絵ちゃんは聖女や聖人なんかじゃなくて、ふてくされて八つ当たりもする等身大の女の子でしたー。
……っていうか千影ちゃんあんま痛そうじゃないな……スレイヴァーで体強くなってるから?
「鞠絵くん…………こうなったのも何かの縁だ……」
噛み続けるミカエルなんてどうでもいいと、そのまま「提案」とやらの話し出す千影ちゃん。
というか、アタシはそんなことより噛み続けるミカエルの方に注目しちゃっています。
痛くないんだろうけど、どうも痛々しくて……。
だけど、そんな痛々しさも、一瞬吹き飛んでしまうくらい、
「……共同戦線を張らないかい…………?」
千影ちゃんは、意外な言葉を口走ったのだった。
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