その光景は、どこをどう見ても、「おかしい」の一言だった……。



    シュッ……キィンッ、キンッ

         シャンッ

   ―――カンッ、キィンッ
 パキィンッ

      シュッ……がッッ
                 ブゥンッッ

    キィンッ、カァンッ、キィンッッ……キィィンンッッ




 絶え間なく響く金属音。
 その音の発生源は、アタシの視覚が捕らえた情報を信用するのなら……
 鞠絵ちゃんがナイフのようなものを手に四葉ちゃんに切りかかり、
 四葉ちゃんはそれに対して、シャープペンシルのようなもので対応している……というものだった。


「は…はは……」


 鞠絵ちゃんは、その持っている短刀で右側から四葉ちゃんに切りかかり、それを四葉ちゃんはシャープの後ろで刃の腹を弾いて対抗。
 しかし、そこに生じた隙を逃がすことなく、左側から切りつけにかかる鞠絵ちゃん。
 四葉ちゃんも負けじと右手のシャープペンで払った。
 が、またも開いた右側を、今度は鞠絵ちゃんの右手に持った刃が襲い、四葉ちゃんはそれを器用に一歩だけ下がって避けていた。

 シャープペンで戦うだなんて、笑い話にしかならないはずなのに……
 だけどその異様さは、明らかに笑い飛ばせるものではなかった。
 刃物なんて振り回して危ないよ、とか……そんな次元じゃない……。
 あれは……あの速度は……刃物でなくとも危険だ……!
 だから、今刃物を振り回している鞠絵ちゃんよりも、
 それをシャープペンで往なせている四葉ちゃんの方が、どれほど危険で、異常な存在だろうか……?

 止まることなく、まるで流れるような動きで、下から、左袈裟から、そして右肩へ、
 鞠絵ちゃんの持つ刃は、四葉ちゃんの体へと吸い付いてゆく。
 四葉ちゃんはその乱舞すらもシャープペンで器用に弾く、弾く、弾く。
 転じて、最後に大きく横一閃された鞠絵ちゃんの刃が襲い掛かり、
 そこに来て四葉ちゃんはやっとその刃の舞う空域から大きく退いた。


  ―――おかしい、

      ―――おかしい、

          ―――おかしい、

              ―――おかしい、


 その情景を何度見ても、アタシの頭はその言葉だけをリピートさせるしかなかった……。
 ……何よりもおかしいのは、ふたりの動きが、人間を超えていることだった。

 だって……ふたりは今の攻防を、片手のみで行なっていたんだから……。




 

Sister's Alive
〜妹たちの戦争〜

12月17日 月曜日

第3話 Screen in/out







 ふたりの動きは、技術で何とかなるレベルを遥かに超えていた。
 直前の攻撃でできた隙を、その攻撃を放った手で対応するなんて……そんなの、どういう運動能力で実現できるの?

 それだけじゃない……。
 時には、自分の身長以上に高く飛んでいた……。
 時には、手に持ったシャープペンシルでまた別の木を刺し貫いた……。
 時には、たかだか20cm程度の刃が、太い幹を抉り、木をなぎ倒した……。

 なんで……ふたりは、あんな……―――


「あんな動き……できる、の……?」


 映画の撮影の協力を頼まれたのか……?
 でも、ワイヤーアクションにしてはワイヤーがない。
 CG技術を駆使するにしても、そこにはスクリーンという現実との境界線は存在していない……。

 それに……頼まれたとしても、あのアクションは主役級の派手さ。
 主役を食ってしまうどころか、まさにメインの役のそれだ……。
 ただの通りすがりのふたりに、そんな大役を任せる映画監督がいるものだろうか?
 そりゃあ、見た目だけならふたりは可愛いと思う……。
 ……けど、でも女の子がこんなアクションを担当する映画なんて、どんな設定の映画なの?
 そもそも、こんなところで映画の撮影なんて考えるほど変り種の映画監督なんて、居るはずもない。

 だけれども……今、目の前に広がるこの光景に比べれば、そっちの方がどれだけ現実味の帯びたことだろうか……。


「あ、はは……」


 こんな時に、そんなのん気な思考張り巡らせている自分が滑稽に思えて、顔を引きつらせてかすかに笑った。
 無理矢理笑った。
 ……だってそれしか張り巡らせられなかったんだ……。
 あんな、人間離れした芸当を、姉妹たちの手によって目の当たりにされて……。
 辺りには、あるはずの―――いや、なくてはならないはずの撮影スタッフや監督の姿、撮影道具などは、どこにも見当たらない……。
 それはつまり……「スクリーンの向こう側」ではなく……紛れもなく「スクリーンのこちら側」、ということなのだろう……。
 「目で見たものしか信じない」という人に教えて欲しい。
 目で見ても信じられない場合は、どうすれば良いの……?


「ムムム……鞠絵ちゃん、ゼンゼン病弱じゃないデス。これは予想外デス……」

「失礼ですね……」


 人でない動きを繰り広げたふたりの、最初に耳に届いた一言は、まるで普通の会話だった。
 いつものように当てが外れて、うろたえたような困った口調で話す四葉ちゃん。
 その言葉にムッとして、不機嫌そうに一言返す鞠絵ちゃん。
 人が……アタシが驚いていることを、軽く笑い飛ばすように……そのくらい軽い、日常会話だった。


「そこまで言うなら……わたくしだって、本気でお相手しますよ……」


 その一言の後――




    ゴァッッ……




 ―――何かが、彼女を中心に、弾けた。




「――――っっ!?!?」


 空気が、震えた……。
 震えが……体に……伝わる……。
 「ぞわっ」だなんて生ぬるい感覚じゃない……暴風でも吹いたかのような、そんな悪寒……恐怖……。
 まるで、辺りの熱全てを吹き飛ばしたかのような、恐ろしいほどの威圧感……。
 アタシは、その威圧感のみで全身を撃ち抜かれた衝撃を叩きつけられる。
 熱を弾かれたことだけでなく、恐怖で、外からも内からも肉が凍る錯覚に陥る……。


「…あ……ァ…っ……――」


 喉が引きつって……声が………出ない……。
 コワくて………体中が震える……。

 ……人間って……恐怖で…こんなにも、大きく……震える、んだ……。

 そのプレッシャーは……居るだけで恐怖で……



 アタシは……ただただ、鞠絵ちゃんが怖かった……。



「参ったな……………はじめから……こんなトラブル続きだとは…………」

「……え?」


 不意に、意識の外から声が聞こえてきた。
 意識が反れたこともあってか、途端、体中が熱を取り戻していく。
 熱……というよりは、生きているという実感だったかもしれない……。

 目を向けると、ふたりから離れた場所、アタシからは5メートルくらい離れた位置にある木に、
 左のわき腹を押さえながら辛そうに寄りかかっている千影ちゃんの姿が入ってきた。
 そういえば、さっきも千影ちゃんの存在を目の端に捉えていたっけ……。
 そして、今みたいに――何かは分からないけど――苦しそうにわき腹を押さえて……。
 なのにアタシったら、ふたりの動きにばかり気をとられていて、そのことをすっかり忘れていた。


「ちか…――」

「わうっ!」


 ――げちゃん、と続けようとした言葉は、一匹の犬の声によって妨げられた。

 アタシが置いていったことに腹を立てたのか、それとも寂しがってか心配してか、
 後をつけてくれたのであろうミカエルの姿がそこに。
 ああ、それにしてもこの犬、こんな時でものん気そうな顔をして……。
 動物は人間より感覚が優れていると言うが、こいつの様子を見ていると…………ありゃウソだね。


「ちぇ、チェキ!?」

「え……? ミカエ―――……ッ!!?」


 そのおとぼけ犬の活躍により、お互いに集中していたふたりの意識はこちらに向くこととなった。
 そして、両方ともアタシの存在に気がついたらしかった。


「鈴凛……ちゃん……」


 まるで、まずいものでも見られたかのように、揃って目をまんまると見開いてアタシを凝視するふたり。
 アタシの名前を呟く鞠絵ちゃんからは、まるで憑き物が落ちたかのように、さっきまでの威圧感は消えてしまっていた。
 その反応は――いや、さっきからの会話の様子も、いたって普通の「姉妹の会話」だった。


「ふぅー……良かったデス。四葉、鈴凛ちゃんと戦うことはないようデス……」

「たた…かう……?」


 鞠絵ちゃんは驚き、硬直したままで、四葉ちゃんはアタシを見るなりよく訳の分からないことを口にする。


「な、なによ……なによぉっ! なんでこんなことになってるのよっっ!」


 注目を向けられたことを良いことに、アタシはふたりを思いっきり怒鳴りつけた。
 さっきまでの恐怖は無かった訳じゃない。
 今だって、さっきの名残もあって、ぐっと握った手は震えている。
 ただ、そんなことより姉妹の間での、洒落にもならない「暴力」の応酬に対する憤りが、紙一重でそれに勝った。


「大体、なんでよりによって鞠絵ちゃんに!? 四葉ちゃんだって知ってるでしょ! 鞠絵ちゃんは体が―――」


 ―――体が………、……………なんだって?

 言おうとした言葉を止めて、頭の中で自問した。

 体が……弱い、とでも?
 あの動きをする人間の……バケモノ染みた人間の、どこをどう見れば、「体が弱い」なんてずれた考えが出てくる?


「そ、そりゃぁ……四葉、鞠絵ちゃんをやっつけにいこうとは思いましたケド……
 デモ、先に手を出したのも、そのあとに一方的に攻撃を仕掛けてきたのも、鞠絵ちゃんの方からデスよぉ〜!!」

「……え?」


 鞠絵ちゃん、から……?

 その言葉を、信じられないと言った感じに、アタシは鞠絵ちゃんの方に目を向けた。
 鞠絵ちゃんは……黙ったまま、なにも答えない。
 それは……つまりは「肯定」、ということに……。


「う、そ……」


 ―――……ナンデ? ……ナンデナノ……?


「大体、今回の四葉は被害者デスよ〜。
 ……そりゃ、千影ちゃんのケガだって四葉がやりましたケド……デモ、それも千影ちゃんがフイウチを仕掛けてきたカラで―――」


 四葉ちゃんが何か言っていた……。
 でもその言葉は、アタシの耳には届かない。
 その音声を解析している余裕を、アタシは持ち合わせてなかったから。
 アタシは、ただ鞠絵ちゃんの方を見て……鞠絵ちゃんは、ただじっと、申し訳なさそうに目を伏せていただけだった。


「…………邪魔が……………入ったね………」


 ふたりとは別の方向から、千影ちゃんが割り込むように言葉を介入させる。


「……どうだい………? …ここは…………双方の痛み分け…ということで………
 両方とも………一旦身を引くことで…話をまとめようじゃないか……………。
 お互い…………無関係の者を…………巻き込みたくはないだろう……?」


 愚痴るように「まあ…………私が一番痛い思いをしたのだが………」なんて最後に付け足して、辛そうな顔で苦笑いを浮かべる。


「それとも………力も持たない鈴凛くんを間に挟んで…………この戦いを……続けるのかい……?」


 何の話かは分からなかった。
 だけど、お互い千影ちゃんの言葉には何か思うところがあったらしく、ふたりは押し黙り、そのまま考え込んでしまった。
 しばらくの後、考えた末に先に答えを導き出せただろう四葉ちゃんの方から口を開く。


「デスね……。鈴凛ちゃんはスレイヴァーさんではアリマセン。だから、逆に巻き込んでもイケマセン」

「ど、どうしてそんなことが……――」

「いや………事実だろうね……………」

「……千影ちゃん?」


 何のことだかさっぱりのアタシを置いて話を進める3人。
 いや、さっきからの状況を整理するので脳の容量は既に使い切っている。
 こんな時、PCのハードディスクのように脳みそを増設できれば、なんて考えてしまう……。


「……鞠絵ちゃん、ここは一旦……」

「……分かりました」


 そうして渋々ながらも、お互いがその意見に同意したらしい。
 自分にとって都合のいい解釈なら容易に頭に入ってくるのか、
 「戦い」は、ひとまず終わりに向かって話が進んでいる、ということは見て取れた。


「では、四葉はこれにてチェキっと失礼するのデス! それでは皆さん、シーユーデス〜!」


 いつもの様な軽いノリの挨拶を残し、四葉ちゃんは帰っていった。
 まるで四葉ちゃんが好きそうな漫画かアニメの怪盗のように、高くどこかへジャンプし、闇に消える。
 本当……漫画かアニメのような……人では有り得ない動きで……。


「さて……」


 四葉ちゃんが去り、あの非現実的過ぎる「戦い」は終わった――






「………私を………倒すのかい…………?」






 ――かに見えた……。


「……それが、ルール……ですから」


 鞠絵ちゃんは、千影ちゃんへと静かに歩み寄ると、まるで不本意ながらもという印象のまま、千影ちゃんの目の前に立ち塞る。
 そして、抑揚の無い声で、


「今の、まともに動けない千影ちゃんなら……鈴凛ちゃんを巻き込むこともなく、すぐに終わらせられますから……」

「……………だろうね……」


 鞠絵ちゃんは、千影ちゃんを倒す気だ……。
 またさっきみたいな、「戦い」を……ケンカなんかじゃ済まされない……「暴力」の応酬が繰り広げられる。
 いや、そんな面倒なやりとりはない。
 ここから先は、手負いの千影ちゃん相手に鞠絵ちゃんの一方的な蹂躙だ。


「だ、だめっ!!」


 アタシは、ほとんど勢いで、ふたりの間に両手を広げて割り込んで、千影ちゃんをかばうような形で鞠絵ちゃんと向かい合った。


「り、鈴凛ちゃん……!?」

「何のことか分からないけど……! アタシにはさっぱりだけど……! ……でもっ!」


 アタシには……鞠絵ちゃんを止める力なんてない……。
 そんなこと、さっきイヤでも思い知った……。
 触れることも、近寄る必要もなく……その威圧感だけで、アタシは容易くやられる……。
 今、鞠絵ちゃんが手に持っている刃物を向けられるだけでも、十分過ぎるくらい怖いっていうのに……。

 でも……このまま放っておけば……まだ戦いが続くのなら……
 多分間違いなく……どちらかが……






    ――― シ ―――――― ヌ ―――






「………いや…、よ……」


 鞠絵ちゃんが誰かを傷つけることも、
 千影ちゃんがこれ以上傷つくことも、
 どっちも……


「どっちもごめんよぉっ!!」


 叫んだ。
 声の大小とかじゃなく、心が。
 ただのケンカなら、アタシは止めはしないし、寧ろはやし立てる立場だと思う。
 だけど……今見た現状は……ケンカなんかじゃなくて「戦争」だ……。
 だから叫んだ、心の底から。
 その叫びが伝わってくれたのか、鞠絵ちゃんは困った顔のまま、動くことができずにいた。


「うっ……!」

「千影ちゃん!?」


 鞠絵ちゃんを説得していると、後ろから千影ちゃんがケガの痛みに耐え切れず漏れたうめき声が。
 振り返ると、千影ちゃんはわき腹を押さえながら、その痛みに顔を歪めている。
 それほど医学の知識に精通している訳じゃないから良く分からないけど、
 それでも決して楽な容態ではないことは、アタシにも手にとって分かった。


「……分かりました……。千影ちゃんを、運びましょう……」

「鞠絵ちゃん!」


 アタシの説得もあってか、千影ちゃんの容態を確認するなり、鞠絵ちゃんは仕方ないって感じでため息をひとつつく。
 でも、仕方ないなって感じだけど、困ったようだけど、笑った顔をアタシに向けてきてくれた。
 良かった……鞠絵ちゃん、分かってくれた……。


「…良いのかい………? ……後々…後悔しても―――」

「ケガ人は黙って施しを受けなさい!!」

「…………はい」


 はっぱをかけようとする千影ちゃんを、強気になっている勢いで押さえ込んだ。
 ケガで弱っているせいか、素直な返事が返ってくる。
 そうそう、ケガ人は素直でなくちゃ。


「とりあえず、アタシの家にでも運ぼうか……」

「そうですね……。……えっと、ところで鈴凛ちゃん、荷物は……?」

「はい?」

「だから、荷物です……。わたくしの……」

「………………。……………、…………あ゛」


 あまりの出来事に直面した直後で、突然話題を変えられたもんだから、一瞬単語の意味が理解できなかった。
 そういえば、アタシは鞠絵ちゃんに偵察任務を任せた代わりに荷物番を引き受けて……
 で、アタシはここにいて、肝心の荷物は……………さっきの場所に置きっぱなし。


「もうっ! なんのための見張りだったんですか……!」

「ご、ゴメン! でもアタシ……鞠絵ちゃんこと、心配で…………と、取ってくる!!」


 慌ててそう言って、さっきの場所まで走ろうとした時、アタシは躊躇した。
 アタシのいない間に、鞠絵ちゃんが千影ちゃんに手を出さないか、って……(別に変な意味ではないけど)。


「大丈夫です……。鈴凛ちゃんと約束しましたから、いない間に千影ちゃんをきゅっってシメたりしませんから」

「…………」


 ……な〜んか、その言葉不安だなぁ……。


「信用してください!」

「……あ…う、うん……」


 それは、いつも通りだった。
 怒る様子も、ちょっとしたおちゃめも。


「鈴凛ちゃん……。心配してくれて……ありがとう……」


 嬉しそうに、小さく笑ってそう言う鞠絵ちゃんも……やっぱりいつもの鞠絵ちゃんだった。
 アタシ、いつの間にかスクリーンの向こう側から、こっち側に戻ってきていたんだ……。


「じゃあアタシ、取ってくるよ」

「お願いします」


 アタシは、安心して踵を返して、荷物を取りにさっきの場所まで駆け足で向かった。
 そうだよ……鞠絵ちゃんの性格を考えると、今の千影ちゃんをどうにかするなんて本当はやりたくないはずなんだ。
 鞠絵ちゃんは優しい子だから……。
 それに、さっき千影ちゃんと向き合った時だって、仕方ないって、そんな感じだった……。




    『先に手を出したのも、そのあとに一方的に攻撃を仕掛けてきたのも、鞠絵ちゃんの方からデスよぉ〜!!』




「―――ッ!?」


 ……思い出したくない言葉を、思い出した。
 軽い足取りが、途端重い足取りに変わる。

 どうしてこのタイミングで……?
 鞠絵ちゃんを信じられるって……そう思えてきた、この時に……。

 四葉ちゃんは、鞠絵ちゃんから仕掛けたって言っていた……。
 信じられない……。
 ……けど、鞠絵ちゃんは、それを認めていた……。

 アタシの知っている鞠絵ちゃんは……本当の鞠絵ちゃんじゃない……?
 鞠絵ちゃんの、一部にしか……過ぎないの?
 その裏には……もっと暗く、黒い、裏側の面が存在して……それで…………。
 そんな不安に煽られた……。
 そんなの、人間誰しもが持っているって、分かっているつもりだったけど……。

 アタシは、彼女に対して理想を持ち過ぎていたかもしれない……。
 夢見過ぎていたかもしれない……。


「ううん、そんなはずない……鞠絵ちゃんが……そんなはず……。きっと、何か理由が……――」


    ――カランっ


「ん?」


 と、重い足取りが、なにかをコツンと軽く蹴った……というよりは当たった。
 それは少しひしゃげた黒い筒状のもので、中身は空っぽなのか、
 軽く当たった程度だっていうのにカランカランと軽い音を出しながら面白いくらい遠くまで転がっていってしまった。


「……ゴミ?」


 別段気にするまでもないことだろう。
 こういう木の茂みは、人目が届かなかったり注意されないことをいいことに、何かしら空き缶やら紙くずやらが落ちているものだ。
 だからそれもその類。
 何より、今のアタシには荷物を取って来るって重要な任務がある。
 ……はずなのに。


「なんか気になるなぁ……」


 普段、道でゴミが落ちているのを見ても放っておくクセに、その時ばかりは妙に引っかかった。


「まあ、確認するだけなら、そんな時間かからないし……」


 将来科学者を目指すものとして、気になったことを放っておくのも良くないだろう。
 と、言い訳がましく、蹴飛ばしてしまった黒い筒の方へと足を運んだ。
 近寄ってみてみると、それは、まるで卒業式に渡されるような黒い筒のようなものの小さい版で、
 なにかに踏まれたようにひしゃげていた箇所には、誰かの靴跡の型に土がついていた。


「……あれ? ……これって……?」


 この靴跡……確か四葉ちゃんのだったはず。
 以前、探偵団の活動とかいって「足跡当てっこクイズ大会」をやった時、
 たまたま頭にインプットされたまま残っている四葉ちゃんの靴跡データと一致する。


「…………」


 なんだか更に気になって、そのひしゃげた筒を開けて中身を確認した。
 きゅぽっ、なんておなじみの音を出しながら中を開ける。
 さすがは卒業式にありそうな黒い筒だけあって、そこにはその筒状に丸められていたであろう紙が一枚入っていた。
 ひしゃげているので形は多少歪んでしまっているけど。
 空っぽじゃなかったけど、これじゃあさすがに重量の変動はないものと同じね。

 ここまで来たら最後まで確認すべきと、当然の流れのように、アタシはその紙を取り出して広げた。
 それは、表彰状だった。
 ただ、印刷なんて文明の技術が使用されたものなんかじゃなく、手書きで作られたという特徴の。
 明らかに手作りの文字で、見出しにはこう書かれていた。



    < いっぱいお見舞いに来てくれたで賞 表彰    鈴凛 様 >



「……あ」


 瞬間、まるで反射的に、今朝の可憐ちゃんとの何気ない会話がフラッシュバックされる。




    『鈴凛ちゃん気づいていないんですか? 実は、鈴凛ちゃんが一番鞠絵ちゃんのお見舞いに行っているんですよ』

    『え? ウソ!?』

    『うそじゃないですよ。だって、鞠絵ちゃん自身がカウントして、鞠絵ちゃん自身が表彰していましたから。
     この間、表彰状作っていましたし』

    『作ってるんだ!?』




「作って……たんだ……」


 ……つまり鞠絵ちゃんは、アタシにあげるはずの表彰状を何かの拍子で落として、
 四葉ちゃんに踏まれてくしゃくしゃにされて、
 それで怒って、四葉ちゃんに仕返しをしていた……ってこと……?


「は…はは……」


 かすれるようなカラ笑い。
 でも、さっきのような信じられないものを目の当たりにした驚きとは反対の、気の抜けたような感じのもの。
 ガックリと、全身の力がここに来て一気に抜けてしまった。
 3人がこれ以上戦わなくて済むって安心した時も張りっぱなしだった気が、へにゃへにゃと情けない音を立てて緩んでいく。

 あれは、あの時の鞠絵ちゃんは、見ているだけで怖かったけど……
 あんなバケモノ染みた力を、単なる仕返しに使うなんてどうかと思うけど……。
 それでも、鞠絵ちゃんはバケモノなんかじゃなくて、


「鞠絵ちゃんだった……って、ことなんだ……」



 なんか、すごく安心した……。











更新履歴

H17・1/24:完成・掲載・誤字修正
H18・4/3:書式他微修正


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