「はぁ……」


 ため息をまたひとつ……。
 何度も何度も、同じようにため息を繰り返しながら、稽古帰りの道を歩いていました。
 肩には、弓巻きに包まれた弓を背負い……手には、ひとつの小さな箱を抱えて。
 弓巻きは、本日のお稽古に使用した愛用の弓が巻かれています。
 小さな箱は……誰かに送呈する様に、リボンの装飾が施されており、
 今日が何の日であるかを考えれば中身は容易に想像出来るであろう品物が包まれていました。
 今日……2月14日。乙女の純真な思いを、チョコレートに添えて異性に伝えられる、日本独自の行事の日。

 けれど、ワタクシの持つ箱の中身は、その行事に相応しい中身ではあっても、その用途は本来のものとは違っていました。
 そして、だからこそ……その箱と同時に、落ち込んだ気持ちも抱えていたのです。
 宛てた人に渡すことなど、叶わないというのに……。


「今頃鞠絵ちゃんは……鈴凛ちゃんとお過ごしなのでしょうか……?」


 遠い目で呟き、空を眺める。
 その目は、遠い、彼女のいる療養所を見るように……。
 もちろん千里眼の能力など所持していないワタクシに、その姿を捉えることなど叶うはずも無い。
 けれど、今日という日にあやかって、チョコレート持参でお見舞いに行った誰かさんのことを思えば、
 療養所での様子は容易に想像がついた。

 浪費家で、更には姉妹達から金銭を借りている立場であり、懐に余裕が無いはずの彼女が、その無い余裕を振り絞って購入したチョコレート。
 本来男性へと寄与されるべきチョコレート。


「鞠絵ちゃんに差し上げるために……」


 ぎ……、何かを噛み殺すような歯軋りを鳴らした。
 そして、


「あンの借金メカオタヤローが……」


 ものっ凄く憎たらしい顔をして恨み言のように暴言を吐いた。











 

ぷっつん・バレンタイン













「キャラ変わってるぞー、ナデシコさ〜ん」


 はっ! ワタクシとしたことが、つい……。
 例えどのような事情があったとしても、このように心を乱してしまうとは……ワタクシも、まだまだ未熟……


「……って、今のは一体何方が?」

「やあ……奇遇だね………。…春歌くん……」


 突然の声が誰のものか疑問に思い、辺りを見回してみる。
 すると、すぐ側に手を上げて挨拶をする見知った影が。
 それは、いつも通り物静かな物言いでワタクシの名前を呼ぶワタクシの姉、千影ちゃんのお姿でした。
 話し掛けられた時と今の口調は違うけれど、これでも同一人物。
 貴方の方こそキャラが変わっていますわよ、と思わず告げてしまいたくなるくらい、態度の切り替えが上手いこと……。


「千影ちゃん……」

「どう…したんだい……? 浮かない顔をして…………」

「いえ別に……。ただ、」

「ただ……?」

「鈴凛ちゃんが今頃不純同性交遊に手を染めていると思うと、不潔で不純で汚らわしくて……」


 形容しがたいほど苦々しく顔を歪めて、言い放った。


「まあ……彼女の人生なんだから…………」

「鈴凛ちゃんだけなら百歩譲りますが……それに鞠絵ちゃんが巻き込まれていると思うと、気が気ではなくて……」


 鈴凛ちゃんを擁護する千影ちゃんの言葉も最後まで聞き届けず、次の言葉を吐くワタクシ。
 だって、肝心なのはこちらの台詞。
 もちろん、鈴凛ちゃんがそのような道に走ることは、見過ごせることではございませんが、そのことなど二の次。
 正直、その毒牙を向けられるひとりの少女の方が重要でしたから。


「何故鞠絵ちゃんが……」


 ギリギリギリ……苛立ちからか、歯軋りが更に増す。


「……同性同士は不純……と口にしながら…………キミの鞠絵くんへのその入れ込みは…なんなんだか……?」

「ちっ、違いますっ! これは……その……」

「じゃあ、その手に持ったチョコに書かれた名前は……誰宛てに、なんだか……?」

「……っ!?」


 唐突に言われた言葉に、言葉が詰まる。
 手に持った小箱を慌てて後ろに隠すも、そんなことはもう手遅れ。
 言いたくないから。
 見られたくないから。
 だって、矛盾してるから。


「……鞠絵ちゃん、です」


 それでも、ワタクシの口はそれを言葉にして発していた。


「おや……? わざわざ…言わなくても良かったんだが……。…君には………答え難いことだろうに……」

「ですが、事実ですから……」


 例え自分自身に非があろうとも、恥をかいたとしても、疎まれるとしても……
 ワタクシには目を背けるなんてこと、出来なかったから。


「自分自身をありのまま認める……それは単純なようで…何よりも難しいこと……。
 弱い部分を庇い……偽り……黙秘する…………世の中は往々にしてそういう人間がはびこっている……。
 だと言うのに……キミはわざわざ…………自分から傷付く選択肢を選んでいる……。
 それゆえに……気高く、誇らしい……」


 普段物静かな千影ちゃんにしては饒舌に話す。
 そして、あまりお変わりになることのない表情も、ほんの少し柔らかいように見えました。


「フフフ…………キミのその愚直なところ……私は好きだよ……」

「あ……ありがとう、ございます……」


 千影ちゃんの言葉に素直に礼を返す。
 励まされ、褒められ……けれど、返す礼に力はありませんでした。


「でも……別にワタクシは……そういう目で鞠絵ちゃんのことを見ているつもりでは……」


 ない……と思う。……でも、言い切れないのかもしれない……。
 言い訳の様で、自分でも見苦しいと思った。
 それでも、否定したかった、「そういう意味ではない」と……。

 ワタクシにとって、大切なものを、大切な人を守ることこそが全て……。
 ドイツに居た頃よりずっと、いつか現れる運命の背の君のため、そして大切な家族のため……この力を磨いてきた。
 ここ日本に来た時も、その意志は変わらず、新たに出来た大勢の姉妹たちに対しても、持てる力でその意志を貫くと誓った。

 その中でも……体が弱く、今にも壊れてしまいそうに華奢で……まるで晩秋の花のような少女。
 可憐で美しく、けれど長くは保たない、そんな儚さを背負った彼女……。
 その病弱さゆえ、今までたくさんのものを失ってきた。
 捨てることを余儀なくされてきた。
 だからこそ、守ってあげたいと願った。
 ワタクシが出会った11人の姉妹の中、最も「持たざる者」である彼女……。
 今あるものを、残されているものを、これ以上失わせないために……。

 それを……それを……


「それをあの借金オンナは汚し腐って……」

「春歌くん……今鏡をみると…………鬼の具象が見れるぞ……」


 確かに、持たざる鞠絵ちゃんを救いたいと願ったところは、彼女……鈴凛ちゃんも同じ気持ちだったのでしょう。
 まあそこまではいい。そこまでは。うん。


「ですがっ!! 明らかに……明らかに過度! 明らかに行き過ぎてる!! 本来男性に向けて抱く慕情と変わらないじゃないですか!?
 今日だって、わざわざチョコを買って、鞠絵ちゃんの療養所へお見舞いに行ったんですよ、あの子!!」

「チョコはともかく……お見舞い自体は良いことじゃあないのか……?」

「普通なら確かにそうですが……鞠絵ちゃんの入院している療養所が、ここから遠いのはご存知ですよね!?
 面会時間に間に合わないからって、わざわざ学校をおサボりになったのですよ!?
 人様に迷惑かけておられるのですよ!?」

「まあまあ………落ち着くんだ……」

「これが落ち付いてられますかっ!!
 鞠絵ちゃんは清らかなまま、純潔を保ったまま、いつか現れる彼女の背の君の元へと送り出してあげなくてはいけないのです!
 もちろん鞠絵ちゃんだけに限って話ではありませんが……それまで守ってあげるのがワタクシたちの役目なのですよ!!」


 己の主張を千影ちゃんにぶつける。
 ついつい熱中して、今度はワタクシの方が饒舌になっていた。
 しかし……そんなワタクシの勢いも、次の一言により、あっさりと止められてしまった。


「君だって似た様なものだろう………。…ほら……その後ろに隠しているものは……?」

「う……」


 その的確にツボを射抜いた一言に、今までの勢いも削がれ、一瞬言葉に詰まる。
 けれど、ワタクシにはワタクシなりの考えがあるのだから、それは負い目ではない……はず。
 ワタクシは、取り繕うように千影ちゃんにそれを説明した。


「べ、別にワタクシは……鈴凛ちゃんと同じ思いでこれを用意したわけでは……」


 ただ、大切な妹として、家族に差し上げる物として作った。
 ……けれど、他の姉妹たちに、ワタクシは作ってはいない……。
 本来は、家族に上げるとしても、それでも異性の家族のみに作るのが習わし。
 更には、今まで否定してきた彼女のものとは違い、ワタクシのものは手作りで、慣れない洋菓子作りに手を出し、苦労して完成させたもの。
 確かに、料理の出来るワタクシと料理の出来ない鈴凛ちゃんとの差はありますけれど、見方によれば彼女よりも、思いを込めた行為。
 ……まるで、恋慕のよう。
 これでは、彼女と同じと取られても仕方が無いのに……。
 それは、禁じられたことと……自ら謳っているのに。
 なのに何故、作ってしまったのだろう……?
 行くことも叶わない。渡せもしないのに。

 矛盾している……。
 口にすればするほど、綻んでいく自分の中の理。
 鈴凛ちゃんのチョコは恋慕と決め付け、自分のそれは家族への義理と言い、逃げている。
 その違いは……?

 気がつけば、ワタクシの言葉いいわけ は止まってしまっていた。
 言葉を紡げないワタクシ。
 けれど千影ちゃんは、その様子を微笑んで……嘲笑うのではなく、優しく包み込むような微笑を向けて、言いました。


「良いじゃないか………そんなに堅くならず…………素直になれば良いさ……。
 …真っ直ぐなのはキミの良い所…………だが…真っ直ぐ過ぎるのは……君の悪いクセだね……。
 ……もう少し……肩の力を抜いて向き合うと良いさ…………。
 それに……彼女も否定しているだろう……? ……恋愛感情ではなく、ただ一緒に居たいだけだ、と……」

「鈴凛ちゃんはその一線を越えようとしているではありませんかっ!
 ふたりは姉妹なのですよ!? 女同士なのですよ!? 男同士ではないのに!!」

「いや…………最後の言葉の言いたいことは分からないが………」

「だって……だ、だだだだってっ! こっここっ、こともあろうにっ!
 鈴凛ちゃんは、鞠絵ちゃんのくち、くくくちびるに……くちびるにっ……! ……ッッぎゃぁぁああぁァーーーーーーーッッ!!?!」


 その瞬間、理性の「何か」が切れた。
 決定的な台詞を口にしようとした途端、切れて、発狂した。
 思い出したくもない、考えたくも無い、おぞましい……現実。
 そうですわ! 違いって言ったらこれじゃないですか!
 鞠絵ちゃんの唇を……唇を汚した罪深い所業……!! これが発狂せずには居られますか!?
 ワタクシが守ろうとしたものをここまで穢され蹂躙されて、落ち着けというのが無理と言う話!


「っっきゃーーーーっ!! っっきゃーーーーっ!! っっきゃーーーーーーーーッッッ!!」

「まあまあ……落ち着いて…………これでも食べて……嫌なことは忘れ―――」


    ババッ


「はぐはぐはぐっ!」

「―――るんだ…………っと……もう食べているか……」

「はぐはぐはぐっ……! はぐはぐはぐはぐっ……!」


 千影ちゃんの差し出された箱を強奪するように奪うと、脊髄反射の様に中のもの自棄食い開始。
 よほど鬱憤が溜まっていたでしょう、冷静な判断も出来ず進められるがままに動いてしまった。
 千影ちゃんの言葉が言い切られるのも待たず、返事も確認もお礼、礼儀さえも忘れ食らい付いた。
 普段ならば絶対に行わない、大和撫子らしからぬはしたない行為。
 しかし、頭に血が上っていたワタクシには、礼節などには頭が回らず、しばらく貪っていました。


「ふー……。すみません……ワタクシったら、なんともはしたないところ……ポッ

「いやいや……たまにはそんなキミを見るのも…………悪くは無いさ……」


 一通り中のものを口の中に放り込み、お陰さまで頭に上っていた血も、すっかり引いてくださいました。
 ワタクシも人の子、いつも気を張っていては崩れてしまうのは至極当然な話。
 たまにはこういう風に発散したって、バチは当たらないでしょう……。
 それに、こんな見苦しい姿も、心を許せる自身の姉妹だからこそ。
 だからこんな時くらい気を緩めても、仏様は許してくださいますわよね……?


「ありがとうございますわ、千影ちゃん」


 落ち着きを取り戻したお陰で、やっとお礼を口にできたワタクシ。
 それを受けた千影ちゃんは、自らが持参した菓子折りを指差して言いました。


「いや………キミが落ち着いてくれれば…何よりさ…………。
 それよりも………ほら…勿体無いから……残っている分も食べてくれたまえ…………」


 自分が持ってきたものなら、きちんと味わって欲しいと思うのが人情というもの。
 だと言うのにワタクシは、無礼にも、味わいもせずに口に詰め込んだものですから、
 それは物をくださった相手に対して冒涜に他なりません。


「はい、頂きますわ」


 やり直しを要求するように、今一度、頂いた菓子折りの内ひとつを口に頬張る。
 口いっぱいに甘さが広がり、半分以上食べつくした今、やっと美味しいと思えて……勿体無い事をしたと、半分後悔。
 もう半分は、この美味しさに巡り合えた喜びと感謝に浸っていました……。
 広がる味に、少々の苦味が効いていて、「そんなところが千影ちゃんらしい」なんて思うと、
 なんだかおかしくなって、美味しさと相まり顔が綻んでしまいました。


「ウフフっ…… これ、結構おいしいですわね。このチョコ、レ…イ……ト……?」


 …………。

 ちょこれいと? 2がつ14かに?

 頭に血が上っていたワタクシには、この菓子折りの意味するところを把握しきれなかった。
 冷静に冷え切った頭で今一度、現状に向かい合う。
 何故持っているのか? 何故用意されているのか?
 その、答えを出す前に……


「ハッピーバレンタイン

「――――っっ!??!」


 なんかキャラ変えてぶりっ子して、恐ろしい一言を放つ、異形の「何か」がそこに居た……。
 先ほどまで血液で熱されていた脳髄が、今は反対に凍りつく……。
 違う違う違いますわっ!
 千影ちゃんは、意中の男性に差し上げるはずだったチョコを、発狂したワタクシを励ますため、背に腹は代えられず、差し出してくださっただけ。
 うん、そう。そうなのよ、そうなのですわ。
 みのさんそれ最終回答ファイナルアンサーで。

 女性同士は禁忌……そんな言葉が頭を過ぎらせながら、証拠を見つけるため恐る恐る箱に目を向ける。
 と、そこに先ほどは気づかなかったひとつのカードを発見する。
 箱の中に添えられていたその黒いカードに赤い字で文字かが綴られている。
 それは千影ちゃんの意中の男性の名が……




 "
  I

  LOVE

  YOU



「キミの事だから………不潔だ…なんだと言われて…………受け取ってもらえないと……思ってたよっ



  春歌

 "










「ッッッッッッッッきゃぁぁああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっっっっ!!!!!????」











あとがき

3年連続絡んでみました、バレンタインSS。
毎年短編でやってきましたが……今年はもう短編じゃなくなってるのは確かですね(苦笑

今回の主役は春歌さんとちー様の年長カップル(?)でございます。
この話みたいに「千影→春歌→鞠絵×鈴凛」の形が、うちのはるちか基本スタイルになります。
春歌は鞠絵のために頭に血が上っては、思い込み街道まっしぐらで鈴凛を目の敵にして、
そこを千影が割り込んで余計ややこしくします(笑
もっとも、「お堅い春歌ちゃん」は、女同士の恋愛をタブーと頭から決めて掛かるので、
春歌の鞠絵への想いを、春歌自身「恋愛感情」ではないと否定してきます。
そういう拒否してるところを上手く引きずり落としたり振り回したりのそういう百合パターンめっちゃ大好き(爆
清く正しい春歌と、アンダーグラウンドまっしぐらな千影なふたりならではと思います。

特に、はじめっからラブラブな状態にしてしまいがちなメインカプではまず描けない展開でしょう。
イメージとして、漫画だったら脇でギャーギャー言い争ってるけど、最終巻にくっついて、
くっついてからも言い争うような脇役カップルを想像してくれれば良いです(笑
このSSで、そういうイメージの基礎を描けてたなら、それで十分と思います。

ちなみに、弓道なんてやらない人だから「弓巻き」なんてもの初めて知りました。


更新履歴

H19・2/14:完成&一言雑記にて掲載
H19・3/19:SSのページに掲載


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