2月も始まったばかりの今日日きょうび、まだ残る冬の寒さに対抗して暖房の点けられた室内には、
 行き渡ったはずの暖かな空気に似付かわない、重苦しいものが場を埋め尽くしていた。


「さて、本日集まってもらったのは他でもないです……。既に、分かっていますね……?」


 家の居間、その中央に足の折れるテーブルを配置し、その小さな卓を囲んで3人の少女達が座っていた。
 その中のひとりが、小さなテーブルから身を乗り出すようにして言う。
 残りのふたりとは敬語を使うような間柄でもないけれども、そこは彼女なりの、この場の真剣さを印象付けるための演出だった。
 まるで司会者を気取るように語り始めたのは、ショートボブの髪にゴーグルを乗っけた少女。名前は鈴凛。
 顔は中性的、メカをいじることが大好きという、少女にしては珍しい趣味の持ち主で、
 テーブルに突いた手には、さっまで触っていた機械の油が、洗ってもまだ残っている。
 今この場に集まったメンバーの中では一番の年長者。
 更には趣味の手前、理系の知識が豊富で、論理的且つ合理的に物事を捉えられる。
 そんな彼女がこの場の司会進行役を務めるのも頷けた。


「モッチのロンロン、デス!!」

「うん!!」


 演出した重苦しい雰囲気の中、楽しそうな弾む声と、元気の良い真っ直ぐな声が響く。

 鈴凛の右側で、八重歯を覗かせた口から楽しそうな弾む声を発した少女。
 左右に分けてしばった、短いツインテールを思わせる二房の髪を、のほほんと揺らしていた。
 名前は四葉。鈴凛にとっては妹で、お互いを親友とさえ思っている間柄。
 ちょっとだけカタコト交じりの日本語は、英国育ちの名残が残っているためだった。

 反対側、鈴凛の左から元気の良い真っ直ぐな声を発したのは、
 多少大雑把にカットされたショートカットの髪と、鈴凛同様に中性的な顔立ちをした少女。
 一見した印象は鈴凛のそれと似通っていたけれど、鍛えられ、しっかりとした肉付きの健康的な身体は、
 いつも部屋の中で趣味の機械いじりに没頭するインドアな彼女とは対称的だった。
 名前は衛。四葉と同じく、鈴凛の妹に当たる存在である。

 そんなふたりの妹に、鈴凛はおもむろに語り始める……。


「皆もご存知の通り、もうすぐ来るべき、我らが聖女様、白雪ちゃんの生誕日であります……。
 そして、皆もご存知の通り……その日は既に一週間後に迫っているっ……!」

「ハイデス!」

「その通りです!」

「いつも我が家の食卓に彩と愛情を取り揃えてくれる白雪ちゃん……。
 そんな白雪ちゃんの恩恵を、いつも受けるばかりのアタシたちは……一体何かを返したのだろうか?」


 この家には12人の姉妹たちが暮らしている。
 姉妹という間柄でありながら、離れ離れに暮らしていた少女ら。中には外国育ちの物も居り、四葉もそのひとりである。
 そんな少女たちは、様々な事情からひとつ屋根の下で暮らすこととなった。
 複雑な家庭環境なのだろうけど、誰もそれを重苦しく考えず、みんなで楽しく暮らしている。
 今、鈴凛の口から出た「白雪」も、12人いる姉妹のうちのひとり。

 料理やお菓子作りが大好きな、とても家庭的な女の子。
 世話焼きな一面もあるけれど、「人の幸せが自分の幸せ」と感じられる、おおらかな心の持ち主で、
 まだ少女と呼ばれる年でありながら、まるで母親みたいな雰囲気を醸し出していた。
 そんな性格と嗜好の持ち主だからか、家でも進んで家事を担当。本人も喜んで仕事をこなしていた。

 そして……ここに集まった面々は反対に、家事も片付けも大苦手なスボラ3人組である。
 部屋も散らかり放題で、当然のように料理もからっきし。
 そんな彼女たちにとっては、毎日極上の料理を振るってくれる白雪は、まさに聖女様のような存在であった。
 しかし反面、その優しさに頼り切っている、とも言える……。


「そう、アタシたちは白雪ちゃんに甘え! アタシたちはそれに甘んじている!!」


 ふたりの妹に対し、鈴凛は握り拳を掲げながら、力一杯に主張した。
 その主張には、四葉も衛も覚えがあり、反論のしようもなく、押し黙ってしまった。


「聖女のような彼女へ……特にお世話になっているアタシたちの手で、
 この誕生日という機会に、せめてものお礼にを、プレゼントを返すため。
 ここに集まってもらったのは、そのため……。……だが……だがっ!
 皆も知っての通り、優しい彼女は"祝ってくれる"、というただそれだけで喜んでしまう。
 このままでは、祝ってもらう立場でありながら"祝って貰うお礼"とかなんとか言って、その日のごちそうさえ、作りかねない!
 いや彼女なら自分の結婚式のオードブルさえ、自身でまかなってしまいそうではないか!?
 このままでは、来るべき彼女の誕生日さえ、アタシたちは"貰う側"として終わってしまう!!
 それで良いのかっ!? いや良くはないっっ!」


 握り拳を掲げてからの鈴凛は、熱は徐々に高まってゆき、
 長文を一気に言い切り、最後の方には反語法まで使って、その熱弁をふるっていた。
 押し黙っていた衛と四葉にもその熱が伝わったのか、「そうだそうだ」と盛り上がって反応する。
 そして、既に波に乗ってるふたりに、鈴凛は更なる追い風を吹かせた。


「なら……お礼が追いつかないくらい、アタシたちの感謝を込めた! 盛大なプレゼントをしようじゃないの!!」

「オー!」

「おー! デスー」

「我々が集まった真の目的は、そこにあるっ!!」

「そうだー!」

「そうデスー!」


 まるで政治演説さながらの盛り上がりを見せる鈴凛議員とそのギャラリー。
 そこで、今まで主として語り続けていた鈴凛とは打って変わり、今度は四葉が主として口を出し始めた。


「YES! ワレワレのカンシャとお礼のキモチを、白雪ちゃんにリターンするためのシークレッツプロジェクトっ! 名づけて……!!」


 いつ仕掛けられたのか、家族全員の共通の空間に釣り下がっていたヒモを引っ張る四葉。
 天井に仕掛けたくす玉が割れ、少量の紙ふぶきと共に垂れ幕が下りた。












 

ぷろじぇくとsnowh・BD

−前編−













「ぷろじぇくと……snowh・BD……?」


 下りた垂れ幕に書かれていた文字をそのまま口にする衛。
 縦書きに書かれた英字混じりの文字に、まず衛がとった行動は首を傾げることだった。


「えっと、なんて読むの? 鈴凛ちゃん」

「……四葉ちゃんが、ネーミング担当は自分がしたいって言ったから任せちゃったけど……」


 衛は、司会を務める鈴凛に質問するが、
 鈴凛は「名前係やりたいデス〜」なんてでしゃばった四葉に任せたので(会議に支障はないと思って)、書かれたスペルの意味するところが分からなかった。
 実際、垂れ幕を仕掛けたところから、四葉の独断で行われたものである。


「BDは……まあ、Birthday(誕生日)だろうけど……これはアタシも聞きたい」


 鈴凛は、垂れ幕の上に書かれている単語を指差して尋ねた。
 名前と言うからにはしかるべき意味があるものだから、「これ」こと、謎の単語「snowh」にも意味があるはず。
 「snow(=雪)」という単語ならば存在するし、今回の主役「白雪」に掛けられて、ナイスネーミングとなるのだろうけれど、
 今ここに出されているのは、似ていて違うもの。
 英国育ちならではの意味があるのだろうか?
 名付け親は、自信満々にこの言葉の意味を答えた。


「ハイデス! コレは『白雪ちゃんのお誕生日に何かお礼をしてあげましょうBD』のコト! スナワチ……
 『Shirayuki Chan No Otanjoubi ni Nanika Orei Wo Shiteage Mashou・BD』カラ、
 『"S"hirayuki Chan "N"o Otanjoubi ni Nanika "O"rei "W"o Shiteage Mas"h"ou BD』の、
 "S"、"N"、"O"、"W"、"H"、そして最後に"BD"を取ってのネーミングデスっ!!」

「なんてえらく中途半端な頭文字の取りかたしてるのよ!? ってか"H"に至ってはどう考えて取る場所おかしいから!
 それどころか白雪ちゃんに掛けてSnowで綺麗にまとまってたのに、なんか最後に余計なもん混じっちゃって台無しだよ!!」


 四葉の長い発言に即座に理解、分解、ツッコミの3工程を返したのは鈴凛だった。
 さすが姉妹兼親友だけのことはある。
 見事な相方っぷりだった。
 ちなみに四葉は、今のセリフを「エス、エイチ、アイ、アール……」といちいちとスペル読みで言っている。
 しかも2回とも。
 ある意味凄い。
 でもここまでスペル読みで言われると逆に聞き取った鈴凛の方がすごい。
 現に衛はついて行けてなかった。


「大体最後にBDってつけて、途中でお誕生日入ってるから、重複してるっての……」

「ノンノンノン。甘いデス。BDはBirthdayではなく、ブリリアント・ダークネス(Brilliant Darkness)のことデス!」

「"Brilliant Darkness"!? Birthdayじゃないの!?
 ……そもそも"輝かしい暗黒"ってなによ!? 辛いよその発想! 塩っ辛すぎて誰も食えないわよ!!」

「ワァオ!! さっすが鈴凛ちゃん! モバイルPCでリアルタイムにエ○サイト翻訳に掛けてからのツッコミなんて、なかなかの手際デス!!」

「あー、もう良いから、さっさとはじめようよ、ふたりともー」












「さて、すっぱじめっからあほなことをしてしまいましたが、とにかく会議の方を進めたいと思います」


 衛の一言により気を取り直して、やっと会議は再開……というか、開始を迎えることが出来た。
 折角、会議の重苦しい雰囲気を演出したのに、垂れ幕とその担当者のために鈴凛の努力は見事にぶち壊されてしまったが。
 もっとも、姉妹間での会議なので、この方が"らしい"のだけれど。


「あ、その前に会議の前にひとつ連絡事項です。
 本来この会議に参加する予定だった花穂ちゃんは、部活の都合で欠席なってしまいました。
 まずはそのことを皆様にお伝えします」

「「えぇー」」


 四葉と衛は非常に残念そうな声を上げた。
 花穂は、少しドジなところのある女の子。そんな一面を、四葉も衛も、まるで保護者を気取って守ってあげている。
 いかにも女の子らしい子で、どちらかといえば、ここに集まったズボラ3人組からはかけ離れた位置にいる。
 部屋だって綺麗に片付いている方である。しまっているものは肝心な時に見つからないけど。
 四葉と衛と花穂の3人は何かと仲が良いので、
 ズボラ適正(?)というよりは、仲良しだからという理由でここに呼ばれていた……というよりは、四葉たちが強引に誘った。
 ただ、鈴凛は内心「まあ、ドジっ娘花穂ちゃんだから、居なくても多分差し支えは無いと思うけど」と思っていたけど、
 それを口にすると目の前のふたりがなんやかんやうるさそうなので、「あー、残念だったわねぇ」なんて適当に相槌打っておいた。


「でも会議って……3人で話し合うの?」


 会議の第一声目は衛の不安混じりの一言だった。
 衛は。自分自身は根っからの肉体労働派ということを自覚しており、こういう頭脳労働的なことに自信はない。
 だから、自分と頭脳労働派の鈴凛には多少期待しているものの……
 今までの経験から、肝心なところでヘマが出たり、もしくはアイディアが奇抜過ぎて、真っ当な意見になりそうもないと思っていた。
 四葉に至っては…………「あ、あはは……ノーコメント」(本人談)……だ、そうです……。
 自分が言えた立場でないことを踏まえたとしても、この3人で、本当に良いアイディアがまとまるのか……?
 そんな衛の不安に、残るふたりは明るく答えた。


「ダイジョーブ! 鈴凛ちゃんの指示で、四葉は既に、他のみんなからナイスなアイディアのインタビューをしてきたのデス!」

「そ。その辺は抜かり無しよ!」


 鈴凛は指を立てて、得意げにウインクしながら言う。
 人任せして「抜かりがない」……ということは、
 やっぱりこのメンバーで普通にやってちゃ真っ当な意見が出ると思ってなかったってことなのかな?
 衛はそんなことをひっそり思っていた。


「そして、そのインタビューの内容は、この中デス!!」


 ごそごそごそ……じゃーんっ、と自慢げにポケットから取り出したのは、携帯カセットレコーダー。


「この時代にカセットテープっスか!?」

「探偵には必須の盗聴アイテムデス!」

「いや盗聴用に使っちゃ犯罪だから……」


 どうも四葉は、イギリスで育ったせいで、日本の文化や言葉などに妙な偏見や勘違いをしてる節がある。
 この探偵のイメージにしたってその類であろう。
 昨今の探偵にしたって、もっと最新で高性能の小型録音再生機械を使っているだろうに……。


「……あー、うん。とりあえず今回はそれでいいから、今度アタシがもっと良いもの作っておいてあげるわ……MDとか」

「さすが鈴凛ちゃん、フレンド思いのステキさんデス!」

「友人割引したげるから」

「え? おカネ取るの?」










「ではマズ……トップナンバーのインタビューから参りマス!」


 なんだかんだで開始から10分以上経過。
 物置の奥から引っ張り出してきたような年代物のラジカセをテーブルの中央に配置し、やっと本題に入ることが出来た。
 四葉が、心なしか楽しそうにラジカセの再生ボタンをガチャッと押す。
 ラジカセから、テープ冒頭に入る独特のサーッという低音のノイズが数秒流れ、その後少しノイズ混じりの音声が再生された。


『オッケーデス! ではドウゾ!』

『あ……は、はいっ……』


 テープを介しているため、少し音質の変わっている四葉の声が、誰かに合図を送る。
 それに続いてこの場の誰のものでもない声が、返事を返した。


『えっと……可憐です。突然インタビューなんて、ちょっと……緊張しちゃうけど。白雪ちゃんのために、可憐、一生懸命答えます!』


 この場の誰のものでもない声は、「可憐」と自己紹介する。
 卓を囲む3人にとって姉妹にあたる人物の名前を名乗った。
 その名前の示す通り、可憐な少女で、まるで女の子の見本が絵本から飛び出してきたような子。
 ちょっと自分に自信のないところもあるけれど、それもちょっとしたチャームポイント。
 少し思い入れが強いところがあり、好きなことや好きな人にはまっすぐにその思いを傾けられる純粋な子だ。


『それでプレゼントなんですけど……クラシック、なんてどうかな?』

「クラシック?」

 古びたラジカセからは、3人の知っているものと少し音質の違う可憐の声が、ひとつの案を提示した。
 その回答に、衛が思わず疑問の声を上げてしまった。
 とはいえ、過去に録音された声は、その疑問に答えてくれることはないもの。
 しかし、テープに記録された過去の可憐は、現在に存在する衛の質問の答えに該当する答えを語ってくれた。


『あのね、可憐に何ができるかって言われると、習っているピアノくらいしかないんです……。
 だからそのピアノで、クラシック演奏をプレゼントするのって素敵かな、って思って……』

『フムフム、ナルホド……。アリガトーございマス! サンコーになりました!』


 こうして短いインタビューは、四葉のお礼の言葉で締められた。


「なるほど……クラシックねぇ」


 テープ越しの声に、まず鈴凛が頷く。
 続いて四葉が褒め称える。


「形のないプレゼント……素敵デス」


 最後に衛が共感した。


「うん、良いよね! そういうのも!」


 3人が3人絶賛。
 ピアノでなくとも、それぞれが得意とする楽器を練習すればいいし、練習時間もまだ1週間ある。
 一発目からこんな名案が出すとは思いもしなかった。
 やっぱり人任せにして正解だったと、後ろ向きな確信を得ていた。
 これは、他のインタビューを聞く事無く、一発採決か……?


「では、それを実行する前に、ひとつ重要な問題があります……」


 鈴凛は、冒頭の重苦しい雰囲気を引き戻し、真剣な面持ちをふたりに向ける。
 そうして一度、溜めを作ってから、四葉、衛にそれぞれ訪ねた。


「この中で、クラシックを面白いと思ったことのある者は!?」

「はい! ボクは思ったことないです!!」

「左に同じデス!!」

「OK、却下しよう!!」


 恐ろしいほど良いテンポで、クラシックは却下された。












「では、続いてのインタビュー。今度は咲耶ちゃんデス」

「咲耶ちゃんか……」


 折角の名案もそれぞれの都合により泣く泣く却下された、姉妹会議。やはり人生そう上手くいくことはない。
 気を取り直して巡って来たお次のインタビューは、我が家の長女、咲耶。
 人生経験も一番豊富で、本人のセンスも抜群。
 顔も体も、おまけに声まで魅力的で、恐らく、女の磨き方というものを誰よりも知っている。
 二番手にして、早くも大本命。これは期待できそうだ。
 四葉は、一時停止していたラジカセに指を伸ばし、再び録音した音声を流し始めた。
 一同、大きな期待を胸に、ラジカセのスピーカーに耳を傾ける。
 聞こえてきた声は、機械越しとはいえとても綺麗で、


『アンタ……なにヒトの部屋のタンス漁ってるのよ……』


 えらく不機嫌なものだった……。


「…………」

「…………」

「…………」


 聞き届けた3人の時間が、停止した。


『ハッ?!』

『いくら探偵ごっことはいえ、越えたらいけない一線ってものがあるわよねぇ……? そのくらい、分からないのかしらねぇ……』

『ちぇ、チェキ……!?』

『分からないなら今すぐその身に刻み込んでやる……』

『チェーキー!? コロされるっ!! I'm killed!!  四葉はココでコロされるーーーー!?!? ―――キュルキュルキュル


 長姉の美声が男性パートに代わり、自分の悲鳴が聞こえて来たところで、四葉は無言で早送りした。


『誕生日プレゼント?』

『ハイデス』

『そーねぇ……お化粧セットなんてどう? やっぱ、女の子に生まれたんだから、綺麗になりたいって思うのは当然じゃない?』


 しれっと聞こえてきた姉の声は、先ほどまでの男声とは信じられないくらい物凄く凄く好意的だった。
 「早送りされた間に一体どんな経緯があったんだろう……?」と衛は思った。
 鈴凛はいつものことと、なに食わない顔でスルーすることにした。


「なるほど、お化粧か……」

「メイキングアップ! 綺麗はレディのアコガレなのデス」


 まあ、姉の変貌はともかく……さすがは咲耶ちゃん。
 姉妹一の人生経験に、抜群のセンス。
 相手にも喜んで貰えること請け合いのアイディアに、3人は感激していた。
 例えその声が途中から男性そのものに変わっていても。
 その名案に、鈴凛は一言、


「ところで、この中でお化粧のことが分かる者は!?」

「はい! ボクはサッパリ分かりません!!」

「右に同じデス!!」

「OK、却下しよう!!」


 良いテンポでさっきとまるで同じ結論に至った。


「あとアタシはあんまり綺麗になろうって考えたことがありません! 女の子失格でしょうか!?」

「大丈夫です鈴凛先生、ボクもあんまり考えたことないです!!」


 悲しいボーイッシュがふたりと、それをちゃっかりメモに取る探偵もどきが居た。












「次は……?」

「亞里亞ちゃんデス」

「亞里亞ちゃん……ね」


 次のインタビューの相手を聞いて、鈴凛は腕を組みながら苦い顔をした。

 亞里亞はまだ幼く、下から数えて2番目の妹に当たる。
 おっとりした性格で、自分から前に出ることのない消極的な子。そのため、世間知らずな面もある。
 亞里亞の下には、まだ雛子という妹が居るけれど、こちらは亞里亞と真逆で自分から前に出て行く積極的な子供。
 そのため、雛子の方がしっかりしていて、亞里亞を「妹のよう」に庇ったりする姿も度々みられる。
 そんなだから雛子の方がものを知っている面も多々あった。

 夢見がちなのだろうか……まるでメルヘンの世界がそのまま存在しているような心の在り方。
 その発想はいささか独創的過ぎて、いつも、誰にも付いて来れない想像を膨らます。
 彼女が何を考えているか、何を言っているのか、誰も理解できないなんてことはしょっちゅうだったから。
 それも子供特有の発想といえばそうなるのだろうけど……。


「ま……純粋ゆえに見える柔軟な意見というのもあるからね……」


 それは、フォローというより、自分に言い聞かせているような、半ば諦めの入った言葉……。
 まずアイディアが使えるかどうかよりも、まず「解析できるかどうか」の方が、激しく心配だった……。


『こんにちは……亞里亞は亞里亞です。くすくす……』


 一抹どころか4袋くらいの不安を残しながらテープが再生される。
 スピーカー越しの声は、ただ自己紹介しているだけなのに笑っている。
 インタビューを受けるということが珍しくて、それだけで楽しかったのだろうか?
 とりあえず、鈴凛は黙って聞くことに専念してみる。


『プレゼント……? プレゼントは…………亞里亞は……おかしが好きです……。
 ふわふわもこもこ……あまくておいしいがお口の中で広がって……しあわせいっぱい広がります

「…………」

『お口のなかではうさぎさんやくまさんがピョン ピョン
 かえるさんもピョン ピョン でもかえるさんはぬるぬる気持ち悪いの……くすん』

「………………」

『でもいっしょにピョンピョンです それからやもりさんもいもりさんもピョン、ピョン、ピョン、です
 ぬるぬるしてるけど……でもなかよしさんです、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン♥♥

「……………………」

『なめくじさんもぬるぬるだけどピョン、ピョン、ピョン、ピョン、ピョン♥♥ それからジョンも―――ガチャッ

「もういいや……ここから先は亞里亞ちゃんのふしぎワールド全開だろうし……」

「え? ジョンってなに!? 気になるよ!」


 やっぱり展開された亞里亞の不思議ワールドに耐え切れず、鈴凛は適当なところでテープを止めた。
 論点が完全にズレきっている事を確信して、「ああ、やっぱり」と、気持ちを沈ませていた……。
 一方衛は、最後に出てきたジョンさんに食いついていた。


「まあ、ぬるぬるさんは置いておいて……なるほど、お菓子ね……」


 まともな回答かといわれれば疑問が残るところであるものの、
 今の話の中に隠されていたヒントを、鈴凛はしっかりと汲み取った。
 鈴凛が頷いている横で、衛は「ジョンさんもぬるぬるなのかな……?」なんてことを考えていた。


「お菓子……というより、みんなでバースデーケーキを作るって言うのが、丁度良いかもね」


 お菓子というキーワードに、誕生日というファクターが加われば、「バースデーケーキ」を思い浮かべるのが一般的な発想。
 お菓子のプレゼントと来れば、ただ市販のものを買うよりは、手作りをプレゼントした方が良いだろう。
 そのふたつが合わさって「手作りバースデーケーキ」という案を引っ張り出したのである。
 その時衛は、「そのうち亞里亞ちゃんの世界にボクも登場するのだろうか?」なんてことを考えていた。


「ワァオ! あの不思議ワールドからそこまで引き出すなんて、さすがは鈴凛ちゃんデス!」


 四葉が難解な暗号の解読に成功した鈴凛に、絶賛の声を浴びせた。
 名探偵に憧れる四葉にとっては、暗号解読は憧れの対象。
 いつかライバルの怪盗に暗号文の挑戦状を叩きつけられるのが夢であるだけに、
 鈴凛の解読能力に賞賛の声を浴びせずに居られなかった。
 衛は「その中で、きっとボクもぬるぬるになっている……」なんて考えてた。


「まーまー、褒めて褒めて」


 四葉の言葉に、ちょっとだけ天狗になっている鈴凛。
 「その内、世界の住人も全てぬるぬるに……」なんて思い浮かべる衛。


「ブラボー! ワンダホー! ビュティホー! エクセレント!」


 鈴凛を褒め称える四葉。
 横で衛は、心の中で「そして最後は……全ての人類がぬるぬるに……」。


「うわぁ〜〜〜〜ん!」

「「何故泣く衛ちゃんっ!?」」


 ぬるぬるに移り変わる世界に耐え切れず、衛はとうとう泣き出してしまった。
 急に泣き出した衛に、ギョッとする鈴凛と四葉。
 鈴凛は、なんか知らないけどとりあえず調子に乗ったことを謝った。
 四葉も、よく分かんないけど鈴凛ちゃんばかり褒めてゴメンナサイデスなんて頭を下げる。
 衛は心の中で「世界の合言葉はぬるぬる」なんて単語を思い浮かべていた……。
 なんかもうだめである、この3人。


「ところで……この中で、食べられるお菓子が作れる者は!?」

「はい! ボクは全然サッパリ一切まったくダメダメです!!」

「あ、四葉、ドーナツなら作れマスよ」

「OK、却下しよう!!」

「マテェいッ!?」


 さっきと同じ結論に以下略。












 会議が始まってからおおよそ30分が経過。
 話し合った時間に比べ、録音したテープは4分くらいしか進んでいなかった。


「さて、続いては千影ちゃんのご意見デス」

「却下しましょう」

「え!? まだ再生すらしてないのに!?」


 名前を聞いただけ却下を下されたのは、3人の姉、千影。
 千影はミステリアスで、物静かな少女。寡黙、と言ってもいい。
 沈着冷静で、良く言えばクール……なのだけど、悪く言えば「常識離れ」している。いや、し過ぎている……。
 いずれにせよ、掴みどころが全くなく、その程度が読めない。
 なぜなら、彼女はオカルトや魔術、呪術などの類を趣味として持っており、
 なんか本人も精霊が見えたり、魔術を使えたり、妖しい薬を作ったり……とにかく妖しさ100%なのだった。
 年齢的には次女に当たり、人生の経験値を考えれば咲耶に次ぐ人物ではあるのだけれど……
 果たして真っ当な経験値が積み重なってくれているのか?
 その頭の中は漆黒に閉ざされ、亞里亞とは別方向の意味で、読めない……。

 まあ、趣味云々はともかく、きちんとみんなのことを思ってくれている優しさは、みんな知っている。
 けど、アイディアに対する期待はといえば…………要するに鈴凛の判断がその答えである。
 それでも一応は、という衛の意向により、心配まみれMAXなインタビューを再生することとなった。


『……誕生日に………何をプレゼントするか……かい…? フフフ…………そうだね……。
 まずはこの……体中が毛むくじゃらになるクスリを―――ブツッ

「却下賛成です……」


 衛がテープを止めて、最速の否決を記録した……。












『ごめんなさい。花穂、作戦会議の日は出席できなくて……。だからインタビューされちゃう係として頑張ります!』


 テープを早送りし、千影パートを飛ばして次のインタビューに進むと、お次は欠席した花穂だった。


「花穂ちゃんはマッタク仕方ないデスね」

「まあ、仕方ないよ。花穂ちゃん、ドジだし」


 仲良しの花穂の声が聞こえて、ご機嫌な様子の四葉と衛。
 鈴凛は、ふたりの顔が自然と緩んでいくのを、傍目から眺めていた。
 あとスケジュール調整にドジは関係ない。


「そうデスね。花穂ちゃんはドジデスしね」


 衛の言葉に頷く四葉。
 本人が目の前に居ないというのに、散々な言い様である……。
 本人を目の前にしても散々な言い様だろうけど……お前らホントに保護者気取りなんか?


『ふぇ〜ん、そんなにドジドジ言わないでよ〜……!』

「「っ?!」」


 四葉と衛が、花穂の欠席について2、3コメントを交わしていると……突然、録音された音声が、ふたりの声に答えた。
 驚き、身を強張らせるふたり……。


『チェキ? イキナリなにを?』

『え? いや、念のために、ね……。念のため……』


 それは、テープが答えるという怪奇現象ではなく、紛れも無く過去に録音された音声であった。


「「よ……」」


 読まれた……。

 衛と四葉は、ドジだドジだと口々に言っていた相手に、自分たちの行動を読まれたことに、なんだか無性に悔しさを覚えていた。
 録音を行った四葉も、忘れていた当時の情景を思い出しながら、なるほどこのためだったのかと、
 悔しさと同時に納得に浸っていた……。
 鈴凛は、「そりゃあんだけドジドジ言われたらどんなにニブくても覚えるわよ……」とか呆れた眼差しで思っていたけど。
 ……と、唐突にガチャッ、っとテープを止める音が響いた。


「チェキ? どうしてストッピングするデスか?」

「いや、ちょっと聞きたいことがあって……。
 四葉ちゃんや、あんたさっきアタシから花穂ちゃんの欠席聞いたとき『えぇー』とか残念がってなかったかい?」

「ハイデス、残念がりました」

「インタビューしてモロに聞いてるクセに何故に先ほども残念がったのか?」

「そんなのイチイチ覚えてられるかーっ!!」


 えー。


「覚えてられないカラ、キロクするのデス!」

「四葉ちゃん、それ自慢できることじゃない……」


 胸を張って、自信満々に強く言う四葉に、呆れた衛のツッコミが鋭く突き刺さる。
 刺さったけど、天然キャラな四葉には、その言葉のトゲは痛くも痒くもなかった。
 ついでに、突き出された四葉の胸は、残念なことに突き出しても小さかった。


「ほらっ、良いからはじめるわよ」

 なんだかんだで、また時間をくってしまった。
 これ以上の会議の停滞を、仮にも司会進行を勤める身としては快く思わない。
 とりあえず一言かけて録音されたインタビューの内容を再生する。


『それでプレゼントなんだけど……みんなで元気の出る曲を贈るの! それで、白雪ちゃんを応援してあげるの!
 花穂だったらその音楽に合わせてチアリーディングもしてあげちゃうんだ! えへへ……』

「なるほど、確かに花穂ちゃんらしい意見ね……」


 花穂の意見を聞き届けて、鈴凛が前の3人の意見(千影は除く)と同じように頷いてみせた。


『でも、花穂……ドジでダメダメな子だから……』

「あ、いつもの自虐はいいや」

『こん―――キュルキュルキュルッ

「聞いてあげようよ!!」「聞いてあげるデス!!」


 花穂ちゃんが自分のドジに、こんな風に落ち込むのはいつものこと。
 どうせ、毎度のことだからと、ただでさえ進行が遅れている会議時間を取り戻すため、早送りして飛ばしたのだけど……
 なかよしのふたりは、花穂が邪険に扱われたことにとても納得がいかないご様子。
 また進行が遅れることを嫌った鈴凛は仕方無く、


「あー、花穂ちゃんはなんだかんだで努力家だから、そこんとこアタシも認めてます!!
 なんにでも一生懸命にできるところ素敵。ほら、今みたいにインタビューされちゃう係にもで一生懸命、素敵。
 これで良いですかお二方?」


 というようなフォローを入れた。
 鈴凛の投げやりな対応に、四葉は不服そうだったけど衛は満足そうだった。
 四葉は「むぅ〜……」なんてヘンな唸り声をあげて不満を分かり易く表していたけど、その辺は鈴凛は無視した。


「ま……まあ、とりあえずプレゼントは、コノアイディアを中心に考えるのデス」


 しれっとそんなことを言う四葉。


「そうだね」


 当たり前のように頷く衛。


「え? ちょっと待ってよ。これで何しろって言うの?」


 もっと当たり前に、この案に異議を唱える鈴凛。
 それもそのはず。だってこのアイディアは、肝心な部分が曖昧だから。
 元気な曲とは? 花穂ちゃんは応援する……じゃあアタシたちは?
 多くの疑問を残しながら、なぜかこの意見は急速に可決されそうな勢いで進んでいた。


「なにって……」

「それはこれから考えマス」

「いや、待ちなさいふたりとも」


 目的も曖昧な迷走するのは集団活動においては愚の骨頂。
 そんなことしたら、泥舟であてもなく大海原に飛び出るようなもの。それは非常宜しくない。
 だってのに、それをこのふたりは……


「「だって花穂ちゃんだからフォローしてあげなくちゃ」」


 声を揃えて、まるで常識のようにいう……。
 鈴凛は気づいた……仲良しのふたりは、多少どころかモロ丸出しに贔屓目に見ていることを。
 そのため客観的な判断ができてない。というかする気が無ぇ……。


「……じゃあ、このアイディアで何するの? 元気の出る曲って……やるのは演奏の方? チアする方?」

「それもこれから」

「考えマス」


 ダメだこりゃ。
 無駄に息がぴったりなふたりを尻目に、鈴凛は民主主義の冷徹なルールに従い、一緒に泥舟で沈む覚悟を決めた。
 沈んで、それで海の底が見えりゃ気が済むでしょう……なんて、半ば諦めモード。


「じゃあまず……肝心の元気の出る曲ってのは?」

「そう思って、既に花穂ちゃんから貰ったミュージックを、別のテープに録音してきました!」


 じゃっ、じゃじゃーん! なんて効果音が鳴りそうな勢いで、ポケットからカセットテープが取り出される。
 とりあえず、ここで迷走すること狙っていた鈴凛だったけれども、残念ながら、四葉の行動力がそれをさせなかった。
 どうしてこの子の行動力は誰かの損になることになると上手くいって、みんなが得するものだと失敗するのだろうか?


「おぉー! さすが、行動力なら人一倍! でも結果が伴わないこと請け合いでお馴染みの四葉ちゃんだね!」

「まーまーまー、そんなに褒めてクダサイ、えっへん。後半は聴かなかったことにしマス、えっへん」


 鈴凛は四葉を取り巻くドジっ娘因果律をいつか解析した方が良いのではないのかと本気で思い始めていた……。


「……まあ、まともなアイディアになるんだったらこれでも構わないけどね……」

「ナニか言いましたか?」

「別に……」

「ソウデスカ……? では、レッツプレイ!!」


 ちょっと投げやり気味の鈴凛を余所に、手際良くラジカセからカセットテープを取り出し、また別のカセットテープを差し込む四葉。
 元気いっぱいに、再生ボタンが押された。


『ぱーーっぱらぱーーっぱらぱっぱらぱーーーっ♪ ぱーーっぱらぱーーっぱらぱっぱらぱーーーっ♪』


 レコーダーから、元気いっぱいの前奏が流れ始める。


『チャラララっ♪ チャチャーッチャチャーッ♪(ハッ!) チャチャーチャチャー♪(ハッ!)』


 元気いっぱいの掛け声が、前奏の合いの手として挿入される……。


『GOッ! GOッ! Muscleッ!♪ リーンーグーにぃ〜〜〜〜♪ いーなづまはっしり〜〜〜〜♪』


 ……………………。


「……なんですかこれは?」


 クールというかドライな対応で、短く端的に質問をぶつけた。


「……げ、ゲンキの出るミュージック?」

『ほーのーお〜〜のぉ〜〜〜♪』

「アタシが聞いてるの。疑問系で返さないで」

『戦士を照らっすぅぅ〜〜〜♪』

「や……だから、家事場で……クソ力を出せるような……カナ?」


 花穂曰く「元気の出る曲」をBGMを挟みながら、ふたりの質疑応答が続く。
 妙な威圧感を放ちまくる鈴凛に、たじたじの四葉。片や蛇で、片やカエルだ。
 蛇とカエルのにらみ合いの間も「元気の出る曲」が淡々と流れるという、異様な空間が成立していた。


「なるほど……確かに花穂ちゃんらしい選曲だね」

「衛ちゃんは花穂ちゃんをどんな目で見ているんデスか!?」

「え? 熱血系」












 結局、なんだかんだで花穂の意見を一端保留(「却下」にまではこぎつけられなかった)にし、次のインタビューに進んだ一同。
 お次のインタビューは、我が家の最年少妹、雛子の登場だった。


『もしも〜し。くししし、雛子だよ☆ ヒナはね、ヒナはねー! カタモミがいいと思いまーす』

「か、肩もみぃ〜〜?」


 一言、二言目には「なるほど」と頷いていた鈴凛も、ここにきてとうとうふたつ返事で頷くことはできなかった。
 確かに、さっきの亞里亞よりは、最年少らしいまっとうな意見だけれども、
 皮肉なことに「子供として」まともだったために、亞里亞よりも頷きがたいアイディアであった……。


「肩もみか……」

「四葉の調査によると、手抜きプレゼントの代表格といっても過言ではないプライスレス・プレゼントデスね」


 手抜き……というのは頑張ってるお子さんに失礼だと思うけれど、四葉の言いたいことも分からないでもない。
 肩もみとは、労働力、技術力、財政力がなく、他になにも贈る手段を持たない子供だからこそ許される手段。
 多分子供にゃ、お父さんお母さんの肩こり、労働、疲労についてはぜーんぜん分かってなくて、
 とりあえず「肩を揉めば喜ぶ」という認識しかないだろうし。きっとそういうもの。


「さすがにこれは……」

「カタモミじゃおこづかいチップもロクに貰えないデス。
 せいぜい、鈴凛ちゃんが咲耶ちゃんからのシャッキンの返済期日を伸ばすためのゴマすり程度にしかツカえません」

「程度だぁ!? 舐めるな!! これでもゴマすり小遣い稼ぎは年季が入ってるのよ!! アタシの青春侮るなっ!!」


 最初、否定的な態度を示した鈴凛が、突然、熱くなって肩叩きを擁護しだす……。
 肩叩きの印象を分かっているため、雛子の案には頷かなかったが、
 自分の輝かしい青春を費やしたことをバカにされるのはガマンならなかった。
 肩もみを「青春」とまで言い張る鈴凛……きっと、なにかとお金の掛かる趣味の足しに、青春のほとんどをそれに費やしてきたんのだろう……。
 どんなにみっともなくても、自分の好きな何かに打ち込めるって素敵なことだと思うよ。


「え? じゃあ試しにボクにやってみて。昨日ちょっと調子に乗ってロッククライミングに挑戦してきたら、ちょっと体中筋肉痛なんだ」

「え? んー……ま、良いわ……。この鈴凛様の実力、とくと見せてあげる!」


 そんなに熱く出られたものだから、衛に、ちょっと体験してみたいという好奇心が湧き上がってきた。
 そこには打算もなにもなく、ただ純粋に「どんなものなのかな?」という気持ちだけ。
 じゃなきゃ鈴凛さんは引き受けない。
 そう簡単に利用されるほど、大秀才の鈴凛様は甘くないのだ。


「じゃ、いくわよ」

「はい! お願いします!」


 鈴凛は衛の背後に回り込んでスタンバイ完了。一言声をかけて、衛の心の準備を促した。
 衛の、こういう時に元気の良い敬語を使うところは、いかにも体育会系らしい対応だった。
 鈴凛は、衛の鍛えられた肩にそっと手を添え、マッサージを開始する。
 精密な部品を扱うことに慣れた指が、衛の健康的な体をほぐし始めた。

 もみもみもみもみ……。


「あー、凝ってますね、お客さん」

「おっ……! 結構……んっ……気持ち、良……」


 冗談交じりに、マッサージ師の口真似をする鈴凛。
 しかし、軽い口調ではあるものの、その腕は予想していたよりも遥かに上等のもの。
 強過ぎず、弱過ぎず、心地よい。
 絶妙の力加減に、衛も思わず関心していた。


「おっと、このくらいで満足するんじゃないわよ」

「へ……? ……ハゥッ!? あっ……! ぁっ……あっ……!」


 既に気持ちが満ち足りていた衛に、突然、今まで以上の刺激が襲い掛かる。
 これ以上はないと高を括っていた衛にとって、それは不意打ち以外の何者でもなく、
 完全に虚を突かれた無防備な精神に、想像以上の快楽が襲い掛かった。


「まだまだ……」

「ちょっ、と……待っ………んぁっ!?」


 衛の戸惑いに意を介さず、鈴凛の指は更に動きを増す。
 時に天使の様に優しく、柔らかく身を包み込み、くすぐったいほどの愛撫を。
 時に妖魔のように激しく、熱く、蠱惑的な刺激を。
 断続的に与えられる、相反する快楽に、衛の頬は桜色に紅潮し、眼は虚ろに空を仰いでいた。
 鈴凛の繊細な動作を行う指は、それぞれが意思を持っているように滑らかに妖しく蠢く。
 気がつけば、指は蛇に変貌を遂げ、衛の身体に絡み付いていた。


「はっ…………はっ……ぁっ……! んっ!」


 絡み付く蛇に反応し、短く吐息を漏らす衛。
 弾力のある若い肉は、鈴凛の蛇は喰い込み、衛の心はより深淵へと飲み込まれて行った。
 と、その時、蛇を司る蛇遣いの唇の端が、妖艶につり上がった……。


「待っ、て…………ひゃぁっ……! ぁ……あっ! ……ああっ!!」


 衛の制止の声は届かず、蛇は成長過程の敏感な身体を這い続けた。
 肩だけに飽き足らず、衛の腕にまでその毒牙を剥き、鍛え込まれたハリのある上腕に、10匹の蛇が噛み付いた。


「あっ……あっ! ……あっ! あぁっ!!」


 長い時間、暖房で温められた部屋は火照った体には熱く、身体は汗で滲む。
 身体の汗は衣服に染み込み、肢体に滴り落ちる雫は、さながら朝露を浴びた紅葉のよう。
 既に頂上に達していた……達していると思っていた衛に、更なる絶頂が襲い掛かる。
 頬は更に紅潮し、上気をみせる。
 まだ邪まな欲望を持つことさえ、後ろめたさを感じる無垢な心は、襲ってくる高揚感に抗う術も知らず、淫らに喘ぎ続けた。
 それでも抵抗するよう、衣服の裾を握り締め、悶えそうになる身体を必死で抑制していた。


「……んぁっ……あっ、あっ……あぁぁっ! ひゃわぁああぅっっ!」


 演奏は蛇、楽器は乙女。
 蛇が奏でる旋律は、華麗というにはあまりにも艶かしい。
 唇から零れる吐息に、悲鳴の様な喘ぎ声が混じる。
 普段、乙女と呼ぶには不相応な男性的な少女は、本来の性に相応しい嗚咽をあげて、今にも壊れそう。
 濡れた頬に浮いた雫は、頬を伝って顎に流れ滴り落ちる。まるで助けを懇願する涙のよう。

 それでも望んでしまう、逃がさないで、と。

 少女はもう、蛇に囚われた囚人。
 麻薬のような誘惑。
 この快楽に囚われ続けたい、己の奴隷願望染みた衝動に、苦い背徳の味さえ抱いてしまいそうな。
 妖しく、それでいて官能的な快楽の渦へ、衛は身も心も堕ちていく……。


「はっ……はぅわぁああああぁぁああぁぁぁぁぁっっっ!?」


 衛の頭の中は、真っ白なもやに支配され……。
 眼に映る景色は現実味を失い……。
 強く握っていた手からも力が失われれ……。


「はい、体験版は以上〜。ここからは10分2000円からとなりま〜す」


 体験版が終了した。


「え? おカネ取るの?」

「ほら四葉ちゃん、やったげるよ。2000円から。カモンカモン〜。カモンマイマネー」

「お金ないからいいデス……」


 衛の様子を見て、自分も……と考えていた四葉も、有料と知ってさすがに諦めた。
 タダ働きへの予防線にプラスして、稼ぎ口にもなる宣伝活動。
 じゃなきゃ鈴凛さんは働かない。
 そう簡単に利用されるほど、大秀才の鈴凛様は甘くないのだ。


「…………」

「……? ドーしました衛ちゃん? 黙ったマンマで?」

「ち……ちくしょう……! ちくしょー!!」

「え? 衛ちゃん!? 衛ちゃーーーんっ!?」


 衛は泣きながら、マッサージの追加料金を取りに自分の部屋に走った。
 体育会系にはそれほどの魅力だったらしい……。


 

 

 後編につづく


更新履歴

H18・2/11:前編掲載


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