プロセス・マイハート








「……助かったよ」

「別にー。これくらいならお安い御用よ」


 千影ちゃんから、「助けてコール」が舞い降りた。
 このアタシ、鈴凛ちゃんへ助けを求めてきた、ということはアタシの専門分野である機械に関することであろう。
 アネキの頼みであればと、アタシは颯爽と千影ちゃん宅へと駆けつけたのであった。
 そして、そこはメカに対する超天才的な頭脳の持ち主。
 今はもう、千影ちゃんの救助も難なく終えちゃいました。


「お陰で…………見たい番組を…見逃さずに済んだ……。……恩に着るよ……」


 もっとも、このアタシを呼びつけた理由が、たかがビデオの録画予約だなんて……さすがにちょっと、気が抜けたけど。
 まあ良いけどね……。別居中でも姉妹だし。
 というか、アタシが録画セットした番組は心霊特集の特番。
 そこまではいいけど……その時間帯の裏番組って、お笑い特番か、雛子ちゃんも見ている魔法少女アニメだった気がする。
 裏番組をビデオ録画してまでニュースを見るとも思えないし……一体どっちを見るんだろうか……? どっちにしろ似合わん。


「いや…すまない…………。どうも、魂や精霊、マナの加護の及ばない……無機的な造形物は苦手でね…………」

「でもビデオの予約くらい簡単よ?」


 千影ちゃんの魂とか精霊の発言は普通に聞き流した。
 なんせそんなの日常茶飯事だもの。
 携帯電話も家電話も持っていない千影ちゃんは、さっきも精霊さんで「助けてコール」を行ったくらいである。
 目の前に、親指大の半透明な青い人型のなにかが現れた時は、
 思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してぶっ掛けてしまった。精霊さんごめんなさい。
 でも、精霊さんにビデオ予約の伝言頼むってどうよ?


「1回説明書見て、やり方覚えたら、もう簡単だからさ、ね」

「…………説明書に…………挫けたんだ……」

「……あ……そ、そうなんだ……」


 千影ちゃんは、悔しそうに歯を食いしばり、「古文書でも読んでいるようだった」と小さく言葉を吐き捨ててた。
 当の本人は、既に本場の古文書を解読した経験がかなりお有りですが。


「まったく……ビデオもロクに扱えないなんて、あなたは春歌ちゃんですか?」


 と、機械オンチの春歌ちゃんに少し失礼な皮肉めいたぼやき口にしてみる。
 千影ちゃんも負けじと機械は苦手そうだ。
 確かに、この洋館みたいなただっぴろい家に、ビデオデッキとテレビという内装はなんかミスマッチに思えたしね……。
 けど、家に在ったのは、千影ちゃんが言うには「いわくつきだから」だそうな。納得。


「私が春歌くん……フ、それも…いいね………」

「いや、何が良いのよ?」

「彼女は…………凛々しく美しく……そして外も内も清らかな存在……。
 ……その存在と…私が…同一の存在だなんて…………素晴らしいじゃあないか…………フフフ………」


 アタシがツッコミを入れるも、なぜか満足気のまま。
 何もない空間を見上げては、ポーズを決めて語り始める。その様は、まるでオペラか宝塚。
 今の服装がスーツっぽい上着の下にYシャツとネクタイをしているから、宝塚ね。
 頭ン中では、ひとりステージの上に立つ千影ちゃんが、スポットライトに照らされての独演する映像に補正されていた。

 本当に……この姉は何を考えているか分からない。
 アタシは、呆れた表情でで、額に指を当てながら頭を横に振った。
 とりあえず、「春歌ちゃんに失礼だったわ」、とツッコミを入れておこうと思ったけれど、
 それを口にする前に、千影ちゃんがそっと、手を、手の平を上に向けて差し出して来た。


「……?」


 突然のことに意図が掴めないアタシ。
 握手にしてはいびつで、むしろ「お礼としてお小遣いを要求する」という意味合いにも取れる。
 でも……なぜお礼する側がその行動をとるのですか?
 一体ナニを求めてるのかしらと考えながら、ノリで思わず握ってしまう。
 千影ちゃんは、その少しいびつな握手を持ち上げると……


「……っ!?」


 そっと、手の甲にキス……されてしまった。


「な、な、なっ、ななななナななななナーーーーーーーっっ!?!??!」

「お礼だよ…………フフ」
























「あンのエロ大臣!!」


 真っ赤な顔でドカドカと、大股開きで、地面を、八つ当たりするように強く蹴って、家路を歩く。
 沸騰するみたいに、頭っからピーピー蒸気を噴出しながら。
 今春歌ちゃんに見られたら、いつも通りにはしたないと注意されること請け合いね。
 とはいえ……別に、怒っている訳じゃない……。
 突然あんなことされて、今も胸の中でぐっしゃぐしゃになってるこの気持ちを、どう消化して良いのかよく分からないだけ。
 そりゃあ……あのアプローチに困ってない、といえばウソになるけど……。

 ハッキリ言って、千影ちゃんは綺麗だ。
 並みの美形じゃない。
 黙っていればすっごく自慢のアネキ。
 中身はともかく、あんな綺麗な人からの手にキスされて……妹で、女のアタシだって、どきまぎしちゃう……。
 手に、キス……されて……


「〜〜〜〜〜〜〜っっ」


 ああ……タイムリーな単語を思い浮かべたせいで、また頭がフットーしてしまった。

 右手を上げて、唇の触れた手の甲をジッと眺める……。
 心がこもった、という意味では、とてつもなく心のこもっている行為。
 その想いを受けた自身の手を……。
 さて、


「手を洗う……っていうのは、悪いわよね……?」


 アタシは、一体いつまでこのお礼を取っておくべきなのだろうか?
 前述通り、心がこもったという意味では、とてつもなく心のこもった行為。
 よく、イヤな相手に触られたら、その部分にバイ菌でもついたみたいに、払ったり、せっけんで洗って「消毒」するものである。
 手を洗うという行為は、図らずともそれと同じ行為になってしまうので……果たして、手を洗うのは問題ないだろうか?

 しかし、家に帰って手を洗わない訳にもいかない。
 もっとも、アタシの体は風邪ウィルスにやられるようなヤワ作りをしていない。
 徹夜三昧、ジャンクフード尽くし、栄養剤によろしくと、
 順風満帆不健康生活を送っていて尚、体調を崩したことのない鉄人・アタシにとっては、その程度は些細なこと。
 けれど、趣味のメカいじりの時、オイル塗れになった手を洗わないまま、というのはさすがにマズイ。
 そしてずっと洗わないのは人間としてのマナーとしても大問題。


「いえ……洗っても問題ないわよね」


 手を洗ったからって、お礼の気持ちが消えるわけじゃない……。
 そんなの頭では分かるんだけど、そのハッキリした節目が欲しい……。
 どっちにしろ、もうすぐ"催しそう"なので、イヤでも手を洗わにゃならんのだ。
 ああ、アタシって下品だなぁ。

 マンガやドラマとかだったら、キスされた時点で1話が終わり。
 次の話のサブタイトルの前に、数秒だけの思い出しシーンがおつまみ程度にあるか、特に何にも描写しないまま、
 なにくわない顔で場面の飛んで、次の話が始まって、後処理については一切描写しやがらねぇ。
 じゃあその次の話が始まるまでのアタシのこの気持ち、どう処理つけりゃあ良いのよ!?
 ええい、一週間またぐ間にこの手をどうしたんだ!?
 アタシはどうすりゃ良いのよ!!
 ああ、頭の中ぐっしゃぐしゃだから、言葉づかいも乱暴になってる。
 落ち着け、落ち着けアタシっ!!


「…………やわからかったな」


 頭を切り替えようと、中を真っ白にしようとした途端……つい、そんなことを呟いてしまっていた。

 切れのある顔立ち、氷のような目つき、冷たささえ感じる鋭い視線。
 まるで、「氷の彫像」という例え方が似合うような美貌は、綺麗だけど、妖しくて、言いようのない深い闇を感じてしまう。
 なのに……悪魔に魅入られてしまったように、逃れられない魔力が、アネキにはあるかのよう。
 もっとも、黙っていれば、という条件付でだけど。
 本質は、いっつもばかやって、妹のアタシに何かと言い寄ってくる……アタシ以外にも言い寄るスケコマシだ。
 まあ、本人が認めた相手に限るんだけど……さっき春歌ちゃんのことベタボメしてたのも、ようはそういうこと。
 尚且つ、ぶたれても動じるどころか喜んでしまうという、なんかもうアタシの始末に負えない相手なのだ。
 ……別に、千影ちゃんのこと嫌いって訳じゃ……ない……けど……。

 そしてこの手には……唇のやわらかな温もりがまだ、残ってる。
 鋭くて、冷たいはずだった千影ちゃんのイメージとは、まったく反対の感触……。


「…………」


 ジッと、ただ手の甲を眺めて見とれている……。
 そんなアタシが、その場にいる。
 見つめて、なんだか更にドキドキしてくる……。


「あ〜っ! アタシったらなにやっ―――」

「キャッホー、鈴凛ちゃ〜ん!」


 ドンッ、と後ろから、聞き覚えのある元気な声と、平手で叩かれた背中への衝撃が。


「…………」

「あれ? 鈴凛ちゃん? 鈴凛ちゃんデスよね? 人違いのソックリさんじゃないデスよね」

「……………………」

「あ、やっぱり鈴凛ちゃんデス。黙っちゃってたカラ、不安になっちゃいました」

「………………………………」

「ん? 鈴凛ちゃん」

「……………………………………………………ば、」

「ば?」

「バカバカバカバカばかバカバカばかばかバカバカバカばかばかバカーーーーー!!」

「キャー!? なんデスかー!? なんで鈴凛ちゃん急に暴れるんデスかー!?」


 悲鳴を上げる四葉ちゃんも無視して、問答無用で叩き続けた。
 だって……だ、だって……弾みとはいえ、あのばか姉と同じとこに……キスしちゃったなんて、言えるわけ……言えるわけないでしょ〜〜〜〜っっ!!

「アンタのせいで! アンタのせいで! あた、アタシっ……! ち、ち、千影ちゃんと……わぁーーーー!?!?」


 ドキドキもやもやしていた気持ちは、ますます急上昇。
 ああ、誰でも良いから、この気持ちの処理方法を教えてください……。













あとがき

鈴凛と千影の、微妙な関係を書き表した、2007年度1本目の短編SSです〜。
よく、キスシーンとか、行為の場面は描かれても、その直後についてはあんまり触れていない。
そこは、かなり気持ちがぐるんぐるんに渦巻いて、個人的には面白いと思うんですが……見たことが少ない!
ということで直後の様子を描いてみました。
本当は口での「直後」を想定してましたが、うちのリン様のお口は鞠絵専用なので、迂闊に差し出されることは滅多にありません(ぇー
まあ、ある意味、マイカプ持ちの弊害ですねぇ……。
でも、それはそれほど真っ直ぐにマイカプを愛せるということで、悪いとは思わないです。

さて。ご存知の通りになりゅーはまりりんが好きです。
ただ、勝ち目のない出来レースなんて面白くないかな、思うのですよ。
なので、数あるSSのパラレルのひとつと取っていただいても構いませんし、
鞠絵対する後ろめたさと取っても、どちらでも自由に妄想を膨らませてくださいませ(笑
両方共に各自の良さがあるので、好きな方で満足いただければ、作者冥利に尽きます。

ある意味、(自分の中で)唇同士が当たり前の鞠絵よりも、
手の甲でもどう転ぶか分からない未完成の面白さが、今回の組み合わせにはあったと思います。
鞠絵では描けないであろう、付かず離れずな関係を描けたのは、ある意味成功だったかな?
 


更新履歴

H19・1/21:完成


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