とある平日、私の住む街中にある、コーヒーが美味しいことで有名なオープンカフェ。
 私はそこで妹とふたり席につき、学校帰りの寄り道を満喫していた。


「最近、学校の方はどう?」

「えっと……ちょっとお勉強の方が分からないところができちゃって……。……だから今度……見て、くれますか……?」

「ふふふっ いいわよ。私が優しくレッスンしてあ・げ・る ……なぁんてね」

「も、もうっ……咲耶ちゃんったら……


 相手は私の妹で……そして、ちょっとイケナイ恋のお相手……最愛の可憐ちゃん
 他の人から見ればただの友達か姉妹同士の何気ないひと時だけど、私からすれば、これは恋人同士の心ときめく1ページ……。


「それで土曜日なんだけど……遊園地なんてどうかしら?」


 そして話題は、そんな可憐ちゃんとの今度の土曜日に取り付けたデートに摩り替わる。
 前回は、私が風邪を引くという不測の事態から中止を余儀なくされたデート。
 その期待たるや、一度お預けをくらっているだけに尋常ならざる物まで膨れ上がっている。
 そんなデートの場所に、私は遊園地デートを提案した。
 我ながら定番なところを攻めているなとは思いつつも、定番だからこその安定した成果が期待できるとそこを選んだワケで。
 膨れ上がった次のデートへの期待が、胸躍る未来予想図を私に想像させ、思わず顔が緩んでしまいそうになる。
 その照れ隠しするように、頼んでおいたコーヒーを口に運んだ。


「そうか……遊園地に決めたのかい…………」

ぶっ


 吹いた。


「げほっ……げほっ……な、なんでアンタがここにいるのよ!?」


 後ろから投げかけられた言葉に、咽ぶりながら振り向くと、そこにいつもながら唐突に現れ、
 いつもいつも私たちの良い感じのムードをぶち壊してくれる千影の姿が佇んであった。
 可憐ちゃんも、突然のお邪魔ムシ襲来に「千影ちゃん!?」なんて、驚いて名前を口にしていた。


「フフフ……キミにしては…………なかなか……良い場所を選んだじゃないか…………」

「……なっ!?」


 私の質問は聞き流し、含み笑いを交えながらにやりと口にする千影。
 そのモノの言い方は、まるで土曜日に私たちがどこかに行くことを予期していたかのものだった。
 何で千影が私たちのデートのことを知っているの!? っていうか何でここにいるのよ!?


「な……なんで土曜日のこと知ってるのよっ!?」


 ま、まさか……私たちのこと……バレた……?


「………? おいおい……普段からボケてるが………ナニをまたボケてるんだい………?」

「……へ?」


 意味が分からない、と言った感じで短く口からこぼれた。
 漫画だったら、ちょうどいも毛がぴょこんと立つ演出がついてくる感じ。
 っていうか、普段からボケてるのはアンタの方でしょうがっ!!

 湧き上がる不満から、猛犬注意の看板が立てられている家の飼い犬のようにガルルと唸るようにお邪魔ムシを威嚇する。
 そんな私に、千影はまるで諭すように一言。


「土曜日と言ったら…………姉妹親睦会の日だろう………?」











 

みんなで遊園地にいきました













 で、


「わー、人がいっぱいだぁ」


 来たる土曜日、ふたりきりの予定だった遊園地デートは、その6倍の人数を携えての家族親睦行事に変更されていた。
 大勢の人を眺め、驚きと感嘆の声を上げる雛子ちゃん。
 他の子たちも、目の前に広がる風景に、各々の意見を述べていた。


(親睦会、すっかり忘れてた……)


 そんな後ろで、自分の自己中心的愛情一直線ぶりな所に頭を抱えながら、忘れていた親睦会について微量の罪悪感に苛まれる私。
 ……まあ、好きな人のために尽くせるのは……寧ろ良いことだと思わない?
 っていうかそうよね? そうでしょ? うん、そうに決定。私が決定。
 ごめんねみんな、みんなのことは好きだけど、でもラブと姉妹の天秤ばかりじゃラブを取っちゃう女ゴコロを許してね。
 などと、この大人数の姉妹を取りまとめる長女としてあるまじき考えをひとり過ぎらす。


「姫はコーヒーカップさんに乗りたいんですの」


 遊園地の入り口で、みんなは自分の回りたい所をそれぞれピックアップしていた。
 白雪ちゃんがコーヒーカップとひとつ挙げると、連動するように花穂ちゃんや雛子ちゃんも、自分たちの希望を口にしはじめる。
 同じように鞠絵ちゃんも、


「わたくしは……観覧車とか……」


 体に無理をかけられない、彼女らしい意見を口にしていた。


「鞠絵ちゃん、そういうのは大抵、恋人や好きな人とって言うのが定番でしょ」


 鞠絵ちゃんの言葉に、からかうような含み笑いを交えながら、そんな言葉を返した。
 遊園地の観覧車、といえば大方そういうシチュエーションの代表格といっても過言じゃない乗り物。
 もっとも私の場合、"そういう相手"は同じ女の子(更に自分の妹なんてトンデモポジション)なだけに、
 カモフラージュとして「だったら、まずは素敵な彼氏から作らなくちゃ」なんて付け足しておいたけど。
 何気ない一言だけど、こういう小さなフォローを怠れば、後々になって響いてくると長女として培った経験が告げている。
 後悔してからじゃ遅いし、用心するに越したことはないしね。

 そう、観覧車といえば恋人とふたりきりで乗るのが定番。
 恋人同士で……私の場合は可憐ちゃんと……。
 可憐ちゃんと、観覧車で……



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



  『ふたりきり……ですね』

  『ええ……』



   観覧車の一室……外界から隔離された狭い世界。
   そこに、愛おしい人とふたりきり……。


  『咲耶ちゃん……』


   名前を呼ばれ、彼女に目を向ける。
   ハッと目が合い、お互い不意に胸がドキッとした。
   ……けれど、どちらもその視線を外しはしない……。

   ゆっくりと、高度を増す観覧車の中、見詰め合う潤んだ瞳同士……。
   気がつけば、徐々に近づくふたりの距離……。
   紅潮する頬に……その薄紅色に染まった頬を撫ぜ合う互いの吐息……。


   そして……観覧車が頂上に来た時、ふたりの距離は……


  『……んっ…………』



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・



「―――それに、みんなそれぞれ行きたいところも違いますし……って咲耶ちゃん大丈夫ですか!?

「……へ?」


 春歌ちゃんから慌てる声をかけられて、妄想の世界から帰還した私は、
 そこでやっと、自らの鼻からおびただしい出血があることに気がついた。
 いけないいけない……自分の妄想に浸り過ぎて、ギャグ漫画みたいに鼻血出すなんて……妄想は寧ろ春歌ちゃんの専売特許なのに。

 余談だけれども、「興奮して鼻血を出す」というギャグ描写は、
 興奮して高まった血圧や血流に、体内中特に薄いとされている鼻腔の毛細血管が耐え切れなくなり、
 破けてしまった状態を過度に表現したものではないかと私は思うのだけれども、
 そんなあほな理屈今は一切関係ないので、とりあえず考えるのを止めた。

 とにかく、春歌ちゃんに大丈夫と告げて、


「フフ…………愛する可憐くんと……密室のふたりっきりシチュでも考えていたのかい………?
 も〜、さくやちゃんったら、え・っ・ち ―――げブァっ?!


 からかう千影を自らの拳にて打ち貫いた。

 失礼ね! そこまではしたないコト考えてないわよ!!
 …………き、キスまでだもん……。






 さて……12人という大人数で、現状は、当初予定していたふたりきりデートとは程遠く離れたものとなってしまった……。
 しかぁし! まだ希望はあるッ!


「ま、しょうがないわね。ある程度のグループに分けましょう」


 いたって自然に、大所帯な我が妹たちをさらっと一望しつつ提案する。
 鼻血流してる時点ですでに不自然とかいうツッコミはしてはいけない。

 私には策があった!
 千影の陰謀(違)と私のウッカリが合わさって中断してしまった今日のデート。
 その中で、ナイショなマイスイート、可憐とのラブラブタイムを十二分に堪能する計画は、既に私の頭の中に組み上がっているんだから!

 幸運なことに、今、その第一段階はちょうど春歌ちゃんから持ちかけられたところ。
 大人数で回ることへの問題は、春歌ちゃんが言わなければ私から持ちかけようとしていた話。
 もちろん、「計画」のために。
 「計画」といっても、その全貌はそんな難しいものじゃあない。
 まずは意見と称してグループ分けを提案。
 そして、私の持つ幹事の特権、プラス長女としての責任を行使し、グループ分けのメンバーを"私が操作し"決めてしまうというもの!
 こうすれば、親睦会の大義名分を掲げたまま、本来の予定であった「ふたりきりデート」を敢行することが可能となるっ!!
 ああ……さすが11人の妹を取りまとめる私……完っ璧だわ……。
 私と可憐ちゃんはふたりグループにして……まあ、他はトラブルが起きないよう適当に振り分ける。
 まだ幼い雛子ちゃんと亞里亞ちゃん、我が家のドジっ娘ナンバー1とナンバー2の花穂ちゃんと四葉ちゃんを、
 問題が無いような配分にすればみんな文句はないはず。私たち姉妹みんな仲良いんだし。

 私は、ぐしゃっという千影が地面へ熱い口づけを交わす音を聞き届けるなり、
 すかさず、長女と幹事の特権を最大限に生かした策謀の実行に移った。


「で、分け方なんだけど……私はかれ―――」

「グーチー…だな……」


 ……つもりだったのに、ゾンビのようにすばやい回復を見せ、鼻血を抑えながら這い上がってきた千影に提案を遮られた。
 またこの愚妹は、悉く私のランデブーの邪魔をするのかっ!?
 アンタは大人しく唇を捧げた地面とでもランデブーしてなさいっ!
 などと、私たちの仲睦まじさなど知るよしもない妹に、偶然とは知りつつも逆恨みの念を送らずには居られなかった。

 ちなみに、千影の言う「グーチー」を簡単に説明すれば、ジャンケンの「グー」と「チョキ」を出し合って、
 グーのグループとチョキのグループの2つのグループに分る方法のことである。
 きちんと平等に分けられる数になるまでを「あいこ」とし、
 今の場合ならグーを出した人とチョキを出した人が6対6になるまで何度でも出し合うというもの。
 グループ分けが目的のため、もちろん勝ち負けはない。
 全国的ではないかもしれないので、ルールに多少違いはあるかもしれないけれど、
 似たようなことなら全国的にあると思うので、それのグーとチョキ版と考えてくれれば良いはず。

 気のせいか、私が一生懸命解説したこの文章は読み飛ばされそうな気がするのは何故かしら?


「え? で、でもそれじゃあ……一緒に回りたい相手と回れないんじゃ……」


 私の計画を妨げる千影の邪悪な意見に、起死回生の素朴な疑問を持ちかける鈴凛ちゃん。
 良し! ナイスよ、鈴凛ちゃんっ!
 その調子で話を振り出しに戻してくれるんなら、今までの借金、0.1割は免除してあげても良いわっ。


「…別に……特に誰かと一緒に回りたいという気持ちはあっても…………好意にそんなに差があるわけじゃないだろう……?
 私たちの仲なんだからさ…………」

「ですわね。6人ずつなら丁度良い数でもありますし、下手に分散して迷子になる子やグループが出ても困りますから」


 しかし、鈴凛ちゃんの素朴な疑問も、千影、春歌ちゃんの正論に簡単に丸め込まれてしまった。
 ええい、この金喰い虫! いっつもお金取って行くんだから、こういう時くらい金額分働きなさいよっ!
 姉妹のみんなが仲良しという要因は、皮肉にも、今、私と可憐を引き離す障害になっていた。
 ああ……なんて運命の悪戯……なぜ神様は、愛し合うふたりにこんなにも試練を与えるのかしら……?


「あ、キミは、愛しの可憐くんと一緒になりたかったか。ごっめ〜ん☆」


 ぷつっ。


「ちゃいやぁっ!!」


 春歌ちゃんが納得して頷いている横から、ニヤニヤといやらしい笑顔でからかう千影の台詞に、何かが切れた。
 単に私をからかうだけの言葉とはいえ、まさにその通りに希望を打ち砕かれた私は、
 その憎らしい笑みを浮かべる顔の両頬目掛け、左右に蹴りを放った。


「ふんっ!」


 ただでさえ、アンタの意見のせいで私と可憐ちゃんのラブタイムが危機に追いやられ、心に湧き上がっていた苛立ちの炎。
 それに更に油を注いで火力を上げてくれた千影を、この双脚をもって断罪した。
 倒れゆく千影の姿を目で確認するなり、ぷいっと拗ねるように背けると、同時に千影の地面へと倒れ伏す音が響き渡った。


「まあ、それがイチバン良い方法には変わりないですの。みんなもそれで良いですのね?」

「……へ?」

「「「「さんせ〜い」」」んせ〜い」

「え? ええーーっ!?」


 そんなばかなことをしている間も、話し合いは着々と進んでいた……。

 し、しまったぁーーーっっ!?
 こんなバカ妹相手にしている内に、まだ残っていたかもしれない盛り返すタイミングを逃してしまったぁーーーっっ!
 これじゃあ、折角計画の全貌を別世界の人に説明するように改めて頭の中で復唱したのも、全くの無意味になってしまったぁーーーっっっ!


「じゃ、じゃあ、準備を!」


 ま、まだ手遅れじゃないわ!
 計画はおじゃんになっちゃったけど、それでイコール可憐ちゃんと一緒になれないワケじゃない!
 最悪、私は可憐ちゃんと一緒になれれば、何かしら手があるかもしれないし。
 なら、そのための最善の努力は尽くすのが私の愛! いえ、私の「ラブ」よっ!


「まあ、仕方ないですの。少しだけ、時間をとりますの」


 で、ノリのいい我が姉妹たちのこと。なぜだかグーチーに準備時間を設けることになるし。
 しかし、たかがグーチーに準備時間を設けるなんて、我ながらなんてあほな提案をしたものね……。
 それに賛成する我が妹達もノリがいいんだかなんというんだか……。



 ・

 ・

 ・

 ・

 ・







 …………………………。


「……なんも閃かんかった……」


 折角得る事のできた数分の時も、ただ空しく過ぎ去ってしまい、ひとりヒッソリ愕然と肩を落す。


「咲耶ちゃん……そろそろはじめないと、楽しむ時間が減ってしまわれますわ……」


 それに追い討ちをかけるよう、春歌ちゃんからグーチーの開始を促された。
 一生懸命頭を働かせたけれど、焦る頭と限られたわずかな時間では、新たな策も閃くことも叶わなかった……。


(私の可憐への想いはその程度だったの……?)


 ……いえ、違うわ。
 もし運命が、ふたりを結び付けるのならば、この程度の試練、難なく越えられるはず!
 神様が私に試練を与えるというのなら、私はその試練すらも乗り越え、自らのラブを更に強固なものへと鍛え上げるだけっ!
 ちらっと可憐の方へ目を向けて、その愛らしい姿を糧に、気合十分に声を張り上げた。


「いくわよー!!」


 策などない!
 私、溢れんばかりの可憐へのラブの力で、奇跡を呼び起こすのみっ!!
























「良かったですね。咲耶ちゃん……

「ええ……


 こうして、奇跡は訪れた……。

 私は見事、可憐ちゃんと同じチョキチームのメンバーとして、一緒に遊園地を回る権利を得ることに成功したのだった。
 ふたりきりじゃあないのはちょっと残念だけど、一緒に回れることには変わりないし、
 それに可愛くて素敵な妹たちとも回れるんだから、ワガママ言えないわよね。

 可憐ちゃんと一緒に回れると決まった瞬間、一瞬、世界中全ての時間が停止するような感覚に見舞われた後、
 事の重大さを理解するなり、その感激を声に叫び出しそうになった。
 もっとも、その時はその場を取り仕切る幹事として「これでいいわね」なんてしれっと口にしていたけれど、
 内心はリオのサンバカーニバルをも足元に及ばないくらい、っていうか吹き飛ばすくらい感激の暴風雨がはしゃぎ荒れ狂っていた。

 可憐ちゃんなんか、今も隣でにやけちゃって……こらこら、私と一緒に回れて嬉しいのは分かるけど、
 そんな様子じゃバレちゃうから、もうちょっと表情を隠しなさい
 嬉しい気持ちは嬉しいんだけど……嬉しいんだけど……嬉し……私だって最高に嬉しーーーーーっっ♥♥♥♥♥


「……良かったね…………愛しい愛しい可憐くんと一緒で………」

「ええ、アンタが居なかったらどれだけ幸福に満ち満ちていたか」

「…………酷いじゃないか……」


 よりにもよって、いっつも私たちの仲をからかう千影まで一緒なのは、
 神様がしつこ〜〜〜く与えてくる試練のひとつとして捻じ伏せてやろうかと思った。
 ちなみに、他のメンバーは雛子ちゃん、亞里亞ちゃん、白雪ちゃんとなっている。


「可憐、咲耶ちゃんと回れて嬉しいな うふふ

「ち、千影ちゃん! 可憐のモノマネしてそういうこと言うの止めてください! ……ほ、ほんとのことなんだから……

 千影は相変わらずで、今もキモくぶりっこして可憐ちゃんの…………


「…………」

「………ん? ……黙りっぱなしで………どうしたんだい………?
 いつもなら………もう少しベストなタイミングで…………ツッコミが来るはずなんだが……」


 可憐の……よりにもよって……私の可憐の……


    ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「……な、なんだというんだ…………この威圧感はっ…………?!」

「―――えで……」

「……咲耶……くん………?」


 私の怒りが、可憐への愛が、今―――


貴様の汚れた声で可憐の言葉を語るなぁぁッッ!!

「え―――」






    ―――  臨  界  点  を  超  え  た  ・  ・  ・  。






    グァわシャァァッッッッ




 その日、ひとつの少女の影が宙を舞った……。
 黒を基調とした服が更に赤黒く染まり、鮮やかな"赤"を空に撒き散らす。
 あたかも赤い華が空に咲き誇ったかのような、そんな幻想的な風景は、きっと……みんなの心のアルバムの1ページに……。



「わー、咲耶ちゃんカッコイイー!」

「で、ですのー!? 雛子ちゃん見ちゃダメですの!! トラウマの1ページに残っちゃいますのー!!

「そうだよね、カッコイイよね! カッコイイから、可憐をお嫁さんに貰っても何の問題もないくらいカッコイイよね!」

「……可憐ちゃんはなんでそんなに息が荒いんですの……?」

「くすん……咲耶ちゃんはやっぱり恐いの……」












「ふぅ……これで良し、っと」


 手をパンパンと払いながら、一作業終えた私は、メリーゴーランドの中から出てきた。


どい……ー……


 メリーゴーランドの中では、私の可憐を侮辱した愚か者が、木製の白馬に引き摺り回しの刑に遭っている。
 その声はメリーゴーランドの中を回りながらなので、ドップラー効果がかかって聞こえ方が面白い。


「……咲耶ちゃん……やり過ぎ、ですの……」

「千影にはこのくらいやんなきゃ効果ないから良いの。頑丈なんだから」

「あははは……」


 刑の執行方法に、白雪ちゃんは苦笑いを浮かべて、可憐ちゃんもカラ笑いを浮かべていた。


「ぐるぐるー」

「はっはっは。お嬢ちゃんは、地味におねーさんに追い討ちかけるのがのが好きなのかい?」

「亞里亞……ぐるぐるは……好き…… くすくす……」

「はっはっは。後でどんな目に遭わせようか、考えるだけで楽しみだなー。あっはっは」


 ちなみに、亞里亞ちゃんが千影の上に乗っているのは私の差し金ではなく有志でだ。


「素敵な千影ちゃんをありがとう……咲耶ちゃん……

「……ん? あ、うん……どう、いたしまして……」


 しかしあの子もあの子でいまいち掴めない……。
 お陰で投げかけられた言葉に、中途半端な返答しか返せなかった。


「良かった……。亞里亞ちゃん、咲耶ちゃんのこと怖がっていたから。
 だから亞里亞ちゃんも咲耶ちゃんの素敵なところ、分かってくれて、可憐も嬉しいです……。
 やっぱり咲耶ちゃんは世界一です。世界一カッコ良くて、世界一優しくて、世界一可憐をお嫁さんにしてくれて、世界一咲耶ちゃんです」

「うん、嬉しいのは嬉しいけどとりあえず落ち着きなさい、日本語崩壊しているから」


 可憐ちゃんは可憐ちゃんで、落ち着いてるように見せかけて、息を荒げながら興奮していた。
 可憐ちゃんは一途なところがあるけれど、一途過ぎてちょっと暴走しがちなところもある。
 ……まあ、そんなところも大好きなんだけど……。


「……なんで千影ちゃん、引き摺り回しの刑に遭ってるの……?」

「あら? 鈴凛ちゃん、偶然ね」

「まあ、花穂ちゃんが乗りたいって言うから来たんだけど……なんで千影ちゃん、ああなって……?」

「んー……気のせいじゃない

「いや、気のせいじゃなくて、眼前にあるから」


 そんな風に、回る千影と、その上に楽しそうにまたがる亞里亞ちゃんを、みんなで温かく見守った。
 ちなみにその後、私たちはしっかりと係員のお兄さんに怒られた。
























 メリーゴーランドを後にした後も、私たちは目いっぱい遊園地を満喫したの。
 ジョットコースターで可憐ちゃんの隣の席に座ったことを冷やかした千影をぶっ飛ばしたり、
 白雪ちゃん希望通りに行ったコーヒーカップでいやらしくからかう千影に、ひとりだけフリーフォールを体感させたり、
 ミラーハウスでは「大勢の可憐ちゃんに見つめられて、私困っちゃう」なんて口真似する千影の唇を、鏡の中の千影に捧げさせたり。
 ゲームセンター的なスペースにも寄って、射的や的当てなんかも楽しんできたわ。
 そこで「可憐のハートを狙い撃ち」なんて性懲りもなくヒトのマネをする千影のハート目掛けてブレイクショットもした。
 余談だけれども、その射的屋で聞いた、真後ろにいた人に弾を命中させた女の子の話がなんだか印象的だった。


「はぁ……はぁ……疲、れた……」

「もう……咲耶ちゃん、無理し過ぎです」


 気づいた頃には、私は息を切らすほどめいっぱいはしゃいでいた、千影の嫌味を満喫して。


「はぁ……はぁ……。……助け……、…死ぬ…………」

「千影ちゃん、無茶し過ぎですの……っていうか瀕死ですの……」


 ちなみに千影の方は私の体技を満喫し、向こうで撃沈している。
 多分春歌ちゃんが一緒に回っていたら、私の技にリアクションしてくれた気がする。
 よく分からんけど、そんな勝手な想像に、春歌ちゃんと一緒に回れなかったことがちょっぴり残念に思えた。


「千影ちゃんまっかっかーであおーい模様さんがいっぱーい♪」

「雛子ちゃん、これは外出血と内出血っていうんですのよ」

「へー」

「へー、じゃなくてよぉー。っていうか白雪くんも雛子くんに冷静に教えんな


 向こうは向こうで、ほのぼのした家族団らんがくり広げられているようで、今日の親睦会は成功のようだと実感する。


「咲耶ちゃん……今日はずっと……千影ちゃんに構いっきり、ですね……」

「……え?」


 その寂しそうな声に、ハッとした。


「あ……ごめんなさい、可憐ちゃん……」


 確かに、今日の親睦会は成功かもしれない……。
 けど……本当なら、今日ふたりきりで満喫するはずだったデートは……。

 可憐ちゃんのその寂しそうな表情に、一瞬、胸が締め付けられるように、苦しくなった。

 誰にも言えない恋だから、誰かに自慢をすることも、誰かの前で、恋を行なうことも、叶わない……。
 みんなのことが嫌いなわけじゃないけど……その切なさは、私にも分かる……。
 だって私も……同じ気持ちなんだもの。
 しかも、なんでよりにもよって千影相手に時間を割かにゃならんのか……。
 今日一日、千影如きに無駄に費やした時間の思うと……あー、考えたら腹が立ってきたっ!


「……じゃ、ふたりで回っちゃおっか?」

「へ?」


 とぼけた短い声を出す可憐ちゃんの手を掴んで、有無を言わさず走り出した。


「あ!? さ、咲耶ちゃん!?」

「愛の逃避行。なんてねっ……


 驚き顔に、ウィンクとロマンチックな言葉を一緒に投げかける。
 すると、最初の内は反対するような態度を取っていた可憐ちゃんも、顔を一気に赤らめちゃって、
 嬉しそうな表情を静かに浮かべて顔で黙り込んじゃったの。 あー、もうっ、可愛いっ!

 チラッと眺めた他のみんなは、色とりどりの千影に夢中で、私たちには気がついていないみたい。
 心の中で「じゃあね」なんて呼びかけて、そのまま私は可憐ちゃんとふたりきりの時を過ごすための逃避行に駆け出した。












「はぁ……。はぁ……。もー、言い訳、どうするんですかっ!?」


 ある程度の距離を走った所で、可憐ちゃんが息を切らせながら私に聞いて来た。
 不機嫌に膨らませた頬は、ちょっぴり怒ってる彼女の心境を暗に伝える。
 でも、可憐ちゃんが私に向けてくれる表情は、どれもこれもみんな可愛いものばかりだから、その怒りも逆に私を喜ばせていた。


「あら? そんな私と、嬉しそうに一緒に走ってたのは何処の誰だったかしら〜?」

「も、もうっ……!」


 可愛い怒りに余裕しゃくしゃくで切り返すと、その怒った顔も、すぐに真っ赤な困り顔に変わって……それもやっぱり可愛かった。


(……でもほんと、可憐ちゃんの言う通りね)


 みんなになにも言わずに、黙ってふたりで抜け出して……今後の事なんてまったく考えずに動いちゃったもの。
 今日一日……ううん、今日までバレないようにって気を使ってきたのに、そんな今までに比べで迂闊すぎる行動。


「でもね……その時の感情に任せて、恋に正直になってみるのも良いかなって、思って……ね


 可憐ちゃんのちっちゃな鼻をちょんとつついて、微笑みながら口にする。
 後の事は後で考える、今は大好きなあなただけを見て居たい……。
 そんな風に一途になってみたかったから……。


「それで、どうするんですか……?」

「どうって……決まってるじゃない」


 問われて指差した先は……体の弱い少女が、乗りたいと希望した乗り物。
 恋人や、好きな人と一緒に乗るのが定番の……そう、観覧車。


「当然、乗らなきゃね

「そ、そういう意味のどうするかじゃなくて……」

「あら? じゃあ可憐ちゃんは乗りたくないの? そう、なら仕方ないから他の乗り物に……」

「……そ、そんなことも……言ってないです……」


 私の袖を軽く掴みながら俯いて、困った顔を照れた表情に百面相する。
 ああ、コロコロ変わる可憐ちゃんの顔は、やっぱりどれもみんな可愛い……


「うふふっ じゃあ、行きましょ

「……はいっ……


 観覧車の存在を思い出させてくれた鞠絵ちゃんには、感謝しなくちゃね。












「うっわー……見て見て咲耶ちゃんっ、みんなが小さくなっていきますよっ」


 だんだんと小さくなっていく景色を楽しそうに見下ろしながら、子供のようにはしゃぐ可憐ちゃん。
 まあ、まだ子供といえば子供なんだけどね、可憐ちゃんも、私も。


「ふー……。なーんか、やっとゆっくりできたって感じ……」


 どっこいしょ、なんて今にも口にしそうな勢いで、イスの背もたれに寄りかかる。
 ちょっと勢いが付きすぎたせいか、拍子で観覧車がちょっと揺れてしまい、可憐ちゃんをびっくりさせてしまった。


「咲耶ちゃん……お疲れさまですね」

「えー、もう千影のせいで散々よ」


 千影への鬱憤を晴らすように悪態をついた。
 可憐ちゃんとこういう関係になってから、いつもいつもからかってくる上に、
 今日は親睦会という「イベント」での開放感からか、いつにも増して私を冷やかしてくれば、
 そりゃ、文句のひとつも吐きたくなるってもんよ。
 何より問題なのは、からかう内容がまさにジャストミートで正解しているという点である。
 恥ずかしいし、バレてるか気が気じゃないし、なんかムカつくし……。
 そもそも、私と可憐ちゃんがこういう関係になったのは、アンタが発端でしょうにっ……!
 私を騙して可憐ちゃんとキスさせて、それがきっかけで恋が芽生えて……ま、まあ、その結果には感謝しちゃうんだけど……。


「まったく……千影ったら、どうしてあんななのかしらっ!?」

「…………"千影"、か……」

「ん?」


 私が千影の陰口を口にしていると、突然寂しそうな顔で、ぽつりと一言漏らす可憐ちゃん。
 折角のふたりきりなのに、この場にいない人間のことにばかりに掛かりきりだったからかなとちょっと自粛気味な気持ちになった。
 っていうか、可憐ちゃん呼び捨て?
 けど、私の推測は間違っていたようで、そのことを、可憐ちゃんが付け足した言葉を聞いて理解する。


「咲耶ちゃん……千影ちゃんのことだけ、"ちゃん付け"じゃ、ないんですね……」

「……へ? ……あ。あー、そういえば……」


 よくよく考えてみたら私、千影のことは"千影"って呼び捨てにしてるわ……。
 ああ、可憐ちゃんの"千影"って呼び捨ては、そのことを指していただけなのね。
 というか、寧ろ存分に見下して良いのよ可憐ちゃん。


「なんか……羨ましいな……って」

「え?」

「ひとりだけ……咲耶ちゃんから特別に呼ばれて……」


 確かに、他の子は可憐ちゃんも含め(妄想の可憐ちゃんは除く)みんな"ちゃん付け"で、
 姉妹の中ではただひとり(現実世界で)呼び捨ててるのは千影だけだ。
 アレが特別扱いだなんてなんか不服ね。事実なのは事実だけど……いやしかしだからといって納得の行くものでもない。


「でもだって、あれが"ちゃん"ってタマに見える?」

「そう言われちゃうと……可憐、困っちゃうなぁ……あはは……」


 そもそも、私が無意識に呼び捨ててるのは、歳が近いせいもあるだろうけど、そういった事情があるからだ。
 可憐ちゃんも苦笑いしながら、答えを有耶無耶にする。ということは、可憐ちゃん自身納得ということなんだろう。
 大体私も困るわよ、あんなのが特別だなんて。
 いっつもからかって、私が散々に注意(鉄拳制裁)をしても、懲りることなく冷やかし続けて、もううんざり。


「それに……私だって……呼び捨ててみたいわよ……」
「可憐も……その……呼び捨てて欲しいな……なんて……」


 …………。


「「えっ!?」」


 丁度同じタイミングで、お互い同じ願望の言葉を口にした事に、ふたり同時に驚き合う。
 お互い、流すつもりで口にした小さな独り言だったのだろうけど、
 でもその内容が、まさに以心伝心、心と心で通じあっているかのような内容だったんだから、逃がしてしまうのがもったいない。


「い、いいの!?」
「え? え? し、したいんです、か……?」


 またふたりの言葉がまた被った。
 突然訪れた展開を逃がすまいと焦りが生じているからなのか。
 とりあえず聞き取り難かったし、このままじゃ同じ事のくり返しになってしまうので、
 はやる気持ちを抑えて、私から「可憐ちゃんからどうぞ」なんて促した。


「か、可憐は……その…………咲耶ちゃんのことが大好きで……だから、特別に見てくれる何かが欲しいなって……いつも思って……。
 そりゃ、もう恋人ってだけで特別なんだろうけど……でもそういうのだけじゃなくて……。
 ……なのに千影ちゃんばっかり構ってて……今日だって……」


 でも乱暴されるのはイヤなんだけど、なんて冗談なのか本当なのか微妙な言葉を付け足す。


「そ、そういう咲耶ちゃんは!?」

「わ、私は……その……ね……」


 ある程度語ってもらったところで可憐ちゃんからバトンを渡される。
 そこまで本心を語られた以上、私だって相応のものを見せなきゃフェアじゃない。
 そう思って、まるでこれから謝罪するかのような言い回しで、気まずそうに目を逸らしながら、自分の所業を告白する。


「実は……心の中で時折……呼び捨ててた……」

「ええっ!? そうだったんですかっ!?」

「そ、そうよ……だって特別なんだもの!」

「じゃあ、じゃあなんで言ってくれなかったんですかっ!?」

「だって恥ずかしかったんだもんっ!」

「可憐だって恥ずかしいんだから、咲耶ちゃんから言ってくれれば良かったのにっ!」

「私だって恥ずかしいんだから、可憐ちゃんからして欲しいって言ってくれれば良かったのよっ!」


 なんだか興奮しているせいで、ケンカ腰の言い争う形になってしまった。
 それはきっと、恥ずかしい自分の気持ちを誤魔化すためか、
 ドキドキと高鳴る心に背中押しされて感情任せになっているせいか……多分その両方ね。


「だから今言ってるんですっ!」

「私も今言ってるのよっ!!」


 と、お互いのその言葉をきっかけに、短く「あ……」なんて声を漏らし合った後、感情任せの言葉の応酬は止まった。
 言葉と感情の洪水がせき止まった後に残った、向き合った互いの顔は、ただただリンゴのように真っ赤だった。


「えっと……ご、ごめんなさい……」

「わ、私の方こそ……興奮しちゃって……」


 そして謝罪し、お互い俯いてしまう。傍から見たらなんともバカバカしいやりとり。
 お互い子供みたいになってしまったのは……それほどお互いに恋して、心奪われているから……。
 静まった場の空気、訪れるのは気まずい沈黙。
 でもイヤな気持ちからじゃなくて、お互いの気持ちが分かって、照れる気持ちで……。
 しばらくして、沈黙に耐え切れなくなった私から会話のきっかけを作った。


「じゃあ……いいのね?」

「…………はい」


 静かな肯定を受け止めると、そっと顔を上げ、向かい合う。
 可憐の望んでいたことを、無意味にも我慢していたちょっとした行き違い。
 こんなことなら、羞恥心なんて捨てて早く言って置けば良かったなんてお決まりの後悔を味わいつつも、
 そんなもの、それ以上の感激と興奮と嬉しさで掻き消えてしまっていた。
 覚悟を決めて口にしようと思えば思うほど、血液が体中を巡り終わる周期がだんだんと短くなって、落ち着かなくなる……。
 今まで妄想の中で何度も呼び捨ててきたことはあったけど、いざ面と向かってやるとなると、緊張するわ……。


「えっと……ごほんっ……んっ…、んっ……。あ、あー、あー、あー」


 喉を調節し、発声練習まで念入りに行なう。
 高鳴る鼓動に躊躇していたら、それこそ一生呼び捨てられなくなってしまう。
 なので、今度こそほんとのほんとに覚悟を決めて……


「か……可憐……」


 愛しいその名を、声が裏返りそうになりながらも、そっと口にする。
 声にした途端、体中に電気が走ったような感覚でビクッとしそうになった。
 可憐ちゃんも同じ心境らしく、名前を呼び捨てにされた途端、体中に電気が走ったようにビクッと震えさせていた。
 動悸が……体内を蒸気機関車が走っていると例えても良いくらい、早く血液が巡っているのが分かった……。


「は、はいっ!」


 そして、返事を聞き届けると、その興奮は絶頂を向かえ……そのまま倒れてしまいそうなくらい、頭の中が真っ白になった。
 彼女も、返事をすると共に、また真っ赤に染まる……。
 私も……きっと、真っ赤になっている。だって自分でも分かるくらい、顔が熱いんだもの……。


「か、可憐……」

「はい……」


 続けて、もう一度名前を呼び捨てた。


「可憐……

「はい……


 口にするたび、体を走る電圧が強くなる。


「可憐っ♥♥

「はいっ♥♥


 ああああ……シアワセ……


「可憐……」

「はい……」

「好き……」

「はい……って―――」


 呼び捨てられる名前が来ると思っていたのか、突然の「好き」に意表を突かれたように
 その違いに気がついて顔を上げたところを狙って、不意打ちにキスをした。


「さ、さささ、咲耶ちゃんっ……!?!?」

「うふふっ 可憐ちゃ……じゃなかった。可憐ったら、可愛い


 余裕を見せるように、にっこり微笑みながら、遊ぶように口にした。
 でも、内心余裕なんて一切なかった。
 心臓はドキドキしっぱなしだし、指先は恥ずかしさのあまり震えている。
 だけど私、可憐の前では強がって居たいのよね……。


「ず、ずるいです……い、いきなりだなんて……。可憐も……その……じっくり味わいたい、のに……」


 突然のキスは、ほんの一瞬の触れ合いだった。
 だから終わってから気がついて、私ひとり堪能したことに不満の声を訴える。


「でも……丁度てっぺんだったのよ」

「え?」

「やっぱり、観覧車で恋人とふたりきりといえば、てっぺんでキス、でしょ


 名前を呼んでいる間に、観覧車はもう頂上を迎えていた。
 観覧車が一番上に来た時、唇を重ね合う。
 よく聞くパターン。でも、憧れていたシチュエーション。
 さっき入り口でくり広げた妄想のように、その情景を再現したかったから、
 不意を突く形になっちゃったけれど、可憐ちゃんのキス、貰っちゃった


「でも……でもでもっ……。ず、ずるいです……」


 困ったような、悔しいような、可愛い困り顔で私に訴える可憐ちゃん。
 嬉しい、恥ずかしい、そんな感情がいっぱいで頭が回らないのか、可憐ちゃんは全然言葉を紡げないでいた。
 けれど、可憐ちゃんの言いたいことは、伝わっている。だから、


「もう……分かったわよ……」


 言って、今度はそっと肩を抱いて、可憐の目を見据えた。
 その瞳から、私の心の中を読み取ってくれた可憐は、そっと目を瞑って、一言……。


「咲耶ちゃん……大好き……


 口にした「大好き」を、まるでこぼさないようにと、告げてくれた唇をそっと覆った。






 今まで、ちょっとした願望だった可憐への呼び捨て。
 それが、こんな形で叶うなんて……夢にも思わなかった……。
 その上、ケンカ腰になったり、二度目のキスをしたり……。
 ふたりきりだから……誰にも見られていないから、こんな恥ずかしいことまでできちゃう……。
 ふふっ……「観覧車の魔力」ってトコかしら?

 あなたは私の特別……そんなのは当たり前のことだけど……。
 でもこれからは、それをより一層、愛するあなたに実感してもらえるのかしら?
 ねぇ、可憐ちゃ……じゃなくて、可憐……。
 あはっ……願望はあっても、やっぱり慣れるまでちょっと時間が掛かりそうね。
 呼び捨てるって決めた後も、頭の中では"ちゃん付け"のままだったし……
 これからは我慢することはないって思ったら、今度は呼び慣れるまでに不安を感じるなんてね。

 可憐……ラブよっ……
























「…………、……なんで咲耶ちゃんと可憐ちゃんが?」


 観覧車を出たとき、鞠絵ちゃんと鈴凛ちゃんに遭遇した……。
 というか、ふたりは何故かふたりきりで、しかも観覧車の列に並んでいる……。
 鞠絵ちゃんたちのことについて色々と思うところはあるけれど、
 こっちもふたりで観覧車に乗っていた現行犯として、私たちアヤシイ関係にメスが入ってしまう。
 まさかふたりして逃避行したなんて言える訳ないし……この場は適当に言葉を濁して誤魔化すことに。


「も、もうっ! なんだって良いでしょっ!! ほら、行くわよ! 可憐」


 不意を突かれたということも合って、ちょっと頭が回りそうもなかったから、早々にこの場を退散する方が賢明と判断。
 やりとりの適当なところで可憐ちゃんに声を掛けて、とにかく、一端ふたりから離れて、言い訳はそれから―――


「わわわわ!?!? ささささ咲耶ちゃん!?!?」

「ん? ………………あ゛ッ!? わーーーーっ!?!?!?!?」


 や、やばっ! 私、ついつい可憐のこと呼び捨てて……。
 っていうかなんで心の中では"ちゃん付け"で、現実では呼び捨ててるのよ私!
 あーーっ!?! これじゃあ可憐が「特別」だってバレちゃうーーーっ!!?

 苦悩し、頭を抱えながらツインテールを鞭のように振るって、近くに居たおじさまを強襲しながら悟った。
 神様はとことん私たちに試練を与えたいようだということを……。
 神様、私、なにか悪いことしましたか?
 ……あ、自然の摂理無視して女の子同士で恋してるか。


「な、なんでもないのよ! い、いくわよ、可憐ちゃん!

「は、はい……。それじゃあ、鞠絵ちゃん、鈴凛ちゃん……」


 そして、無理矢理話を打ち切って、ふたりの怪しむ視線を浴び、離れながらにもうひとつ悟った。
 可憐……呼び捨てられるのは心の中とふたりきりの時だけで、ごめんね……。
























おまけ


「フフフ…………さあ、亞里亞くん、覚悟はできてるかい……?」

「……?」

「さぁ………どうしてくれようか………。
 君が相手なら…………リビングデッドやデーモンを召喚するのも良いし………
 …彷徨える魂を可視化させるというもの…………良いかな……?」

「…………???」

「……要するに………本物のお化けに会わせてあげよう……ということさ…………フフフフ……」

「お…おばけっ……!? 亞里亞、こわいのはイヤなの……」

「私を痛めつけた罰さ………。…咲耶くんみたいな力もないクセに………私に手を出した……ね……」(←弱い物いじめサイテー)

「イヤイヤ……。こわいのはイヤ……。千影ちゃんは……亞里亞のこと、嫌いですか……?」


    うるうる……


「う゛……」

「嫌い……なの……?」


    うるうる……


「き、嫌いじゃ……ないさ……」

「ほんと……!」

「…はぁ……。ああ………嫌いじゃないよ………」

「亞里亞も……怖くない千影ちゃんは大好き……。ありがとう、ちぃねぇや……。大好きです……

「………………。……なんか……ヘンなあだ名つけられた…………」












あとがき

"〜ました"シリーズの裏側で、らぶらぶな可憐と咲耶を描いた、裏"〜ました"第7弾。
こちらも、前回の裏"〜ました"から1年以上という、連載にあるまじき遅筆っぷり(汗
まあ、本編書いてから裏を書くという流れなので、ある程度仕方のないことではありますが……。
本編側と同じように色々と書き方が変わってしまった所も多々あるかと思いますが、
同じようにその分文章力等は上手くなってるんじゃないかなーとこっちもポジティブシンキングしてみます(爆

さて、本編に結構予定して書かれてるように思われるかもしれませんが、実は内容は後付がほとんどだったり(笑
文頭のやりとりはまさにそうで、最初からデートが潰れたって構想じゃなかったんですが、
書いているうちにその流れの方が面白いと思ったので、その方向で作ってみたのです。
閃きを大事にする人間は成功すると聞いたので、なりゅーは結構ノリでそのまま突っ走ります(笑
実はおまけもそのひとつで……はっきり言って現時点でこのおまけが今後どう影響出るかまったく未知数です。
そして、まさか咲耶と可憐がケンカ腰で言い合うなんて、書くまで思いもしませんでした。
経験者として断言してもいいです、「キャラが勝手に動く」は本当にあります(笑

最後の鞠絵、鈴凛との遭遇は、本編でやっているだけに書いた方が良いかなと思い、
オチを引き伸ばして書き加えたものですが、実際はどうだったのか、
ちょっと自信の持てない出来になってしまったのが反省点……。
この書き加えが吉と出るか凶と出るか……。

さてさてさて、実は裏にも次回は怒涛の展開が待ち構えています!(予定)
こちらも本編と同じように、なるべく間を置かずに掲載したいと思いますので、
よろしければこちらの次回も期待して待っていてください!
(あえてあとがきで書いてるのは自分を更に追い詰めるため)


更新履歴

H17・11/5:完成、誤字修正
H17・11/7:余計なコピペ削除修正


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