「クッフフフぅ〜 咲耶ちゃん〜、チェキ〜っ!!」


 今日も彼女がやってきた。
 愛くるしい明るい笑顔を向けて、ぴょこぴょこと飛び跳ねながら、
 まだまだ子供ねと、私に母親のような心境を与える小さな探偵さん。
 その日は珍しく、物陰から私を観察せずに、まるでインタビューのように私のことを調べていた。
 いつも遠くからではつまらないだろうと、私の方から彼女を誘った。
 私の部屋に招待して、もっと私を身近に感じて欲しかった。
 私も、彼女を身近に感じてみたくなったから。

 彼女は私たちから離れ、遠い異国の地でひとりで暮らしていた。
 私は多くの兄妹達かぞくに囲まれて、反対に彼女はひとり。
 だからなのだろう。
 他の子と比べ、一緒に過ごした時、重ねた時間が希薄で、いつもそのことを気にして、いつもその空白を埋めようと必死だった。

 そして、いつも一生懸命で、何事にも挫けないで、みんなのことを知ろうと頑張っていた。
 ……やり過ぎて、ちょっぴり迷惑に思うこともあるけど……でもそんなところも彼女の魅力。
 そうやってみんなのことを知るために探偵ごっこを積み重ねていた彼女だけど、
 その中で、特にお兄様と、私の周りによく姿を見せるようになった。

 お兄様はなんとなく分かるけど……私にも狙いを絞り始めたのは、
 最初は、「素敵な姉」に対する憧れや興味本位からだったのだろう。

 だから私も彼女の探偵ごっこに付き合ってあげた。
 最初は「仕方ない」という気持ちからだったのに、いつの頃からか、彼女に見られることを楽しんでいる自分も居た。
 私もちょっと背伸びして、彼女に良いところを見せてきた。

 私は、私を好きでいてくれる彼女が好きだった。
 私という世界を巡ってくれる、この探険家が好きだった。


「咲耶ちゃんは素敵デスよね……」


 クフフと、独特の含み笑いを向けながら、今日も私について知ろうと、甘えたがりな一面を抑えることなく前面に出す。
 グッと近づき、私の体に抱きついて、そして間近で私と見つめ合った。


「お顔も綺麗で……とても良い匂いがして……」


 間近で私の顔を覗き込み、まるでうっとりするように語り掛ける。
 ちょっと柑橘系のシャンプー香りがする彼女の匂いも、私の鼻にまで届いていた。


「四葉……咲耶ちゃんのコト、もっともっと知りたいデス……」


 あなたが望むなら構わないわよ、と頭をなでながら答える。

 どこまでも、私を求める彼女。
 世界わたしを巡る探険家いもうとと、その探険家いもうとを優しく見守る世界わたし
 私は彼女が好きだった。


「お口の、感触とかも……なんて……」



 わ た し は か の じ ょ が す き だ っ た ・ ・ ・ ・ ・ 。






    バッシーーーーーンッッッ…………











 

せかいにひろがるひび













「ご、ゴメンなさいデス……!」


 手が、ジンジンと痺れた。
 それ以上に、心が麻痺していた。
 彼女をぶったことに何の罪悪感も抱かないくらい。

 女同士なんだから、まさかないだろう。
 そう高を括って、近づく彼女になんの対応もしなかった。


  ―――まったく、いつもそんな誤解されるようなことばかりして……。


 呆れと嬉しさの混じった感情で、近づく彼女の顔を、まるで我が子を見守る母親の気分で眺めていた。


  ―――でも、ちょっと近づき過ぎじゃあ……。


 思った時には時既に遅く、私は彼女を感じていた。
 誰にも許したことのない、誰にも触れさせたことのない、私の唇で。


「ちょ、ちょっとしたスキンシップデスっ……! ……ちょっと、した……あぅぅ……」


 大切なものを奪われたと悟った瞬間、心までもが麻痺して、好きだった彼女に有無を言わさず手を上げてしまった……。
 一体、私はどんな顔で、彼女を睨みつけているのだろうか……?

 私にはあなたなんて愛せない。
 同性なんて愛せない。
 私には、お兄様がいるのだから。


「も、もちろん、ラブなんかじゃないデスよ……! ……ケド、ちょっぴりソレに、近い方が良い、カナ? ……なんて……あ、あはは……」


 彼女の言い訳。
 おどけて、冗談交じりに……怯える気持ちを、必死に胸の内に押さえ込んで弁明する。

 ……そんなのは分かっていた。
 姉妹なんだから。

 冷えた頭で、冷静に考えて、冷静に導き出せた。
 彼女と過ごした時が教えてくれる。
 あなたの過剰に求める愛欲は、禁忌そこまで達していない紛い物だと。

 遥か遠い異国の地で、たったひとり過ごしてきた、寂しがり屋の私の妹。
 ただ、彼女にとって、憧れの対象である私が遠い存在に思えてならなくて、
 遠すぎて、近づきたくて、方法としてそれを使っただけ。

 彼女を知っているから、彼女の心も見透かせた。
 冗談混じりのちょっと過剰なスキンシップ。
 寧ろ手を上げた自分の方が大人気ないと、自分自身を戒めた。

 同性愛なんかじゃない。
 そこまで達していない。
 そんなに重く考えることなんかじゃない。


「あううぅ〜〜、ソーリーデス〜〜。勘弁してデスぅ〜〜」


 だから、無断で私の純潔を奪った妹に、ちょっぴりキツイお灸を据えて、それでこの話はお終い。
 今度はさっきみたいな、本気で嫌がるような仕打ちじゃなく、こっちも冗談混じりにおしおきした。

 奪われたのはちょっぴり悔しいけれど、それでも私と彼女の仲じゃない。

 だからなにも心配することはない。
 妹の、ちょっとしたイタズラ心。
 姉として、しょうがないわねと許してあげましょう……。




    …………ぴしり




 ―――欠片ほどの、小さな亀裂が、私の心に伝っていた。
























「咲耶ちゃん……今日は、オトコのヒトと……デート、行ってましたね……」


 今日、クラス男子と遊びに行った。
 デート……と言い換えても良いかもしれない。
 それを、彼女が後をつけて、いつも通りの探偵ごっこをしているは知っていた。


「……キス、してましたね……」


 彼女が恐る恐る訪ねる。
 私は首を縦に振った。
 事実だったから。


「咲耶ちゃん、モテモテデスからネ……アハハ……」


 彼のことは、特別好きだった訳じゃない。
 でも別に嫌いじゃなかったし、顔もなかなかハンサムだった。
 だからちょっとしたサービスも込めて、してあげただけ。
 それだけじゃない。


「でも、どーして……? あんなに兄チャマと、って……言ってたのに」


 別に良いじゃない、私の人生なんだから。
 それのどこがいけないのかと聞き返すと、彼女は言い返せずに口ごもって、
 釈然としないまま、言葉にならない唸り声を口にしていた。












「今日も、オトコのヒトとデート、デスか……?」


 数日後、また彼女がやって来た。


「今日も……今度も別のヒトと……?」


 いつも通りやって来て、いつも通り私を調べつくす彼女。
 頻繁に現れては、私の日常について調査してくる。
 そんなのはいつものこと。


「……また、違う人とデスか……?」


 ええそうよ。
 間違っていないから、首を立てに振って肯定した。


「また……キスしてましたよね……?」


 まるで怯えるように、問いかける。

 別に、ただのスキンシップなんでしょう?
 あなたが言ったことをそのまま私が行なってたら、それはおかしなことなの?
 どこもおかしくないじゃない、男と女なんだから。

 そっけなく彼女に言って、有無を言わさず会話を断ち切った。
 その日も、また何も言えなくなる彼女。
 そんな彼女を尻目に、


  ―――私は……なんて最低の姉なのかしら……。


 心の中でひとりごちた。






 彼女は私たちと離れて暮らしていた。
 だから、出会ったばかりの私たちと彼女は、まるで他人のよう。
 お互い気を使い、遠慮しあって、心の内を見せ合わない。
 当たり前といえば当たり前だけれど……でもそれは、孤独に震える彼女には冷た過ぎた。
 私たちは姉妹でありながら、それ以上のなにもなかった。

 それは「在るだけの絆」。
 上辺だけで中身のない、「家族」という言葉。

 彼女はそれに怯えている。
 怯えているから、より近づこうと、みんなを知ろうと頑張っている。

 分かっていて……私は彼女を突き放している……。



『咲耶ちゃん〜


 彼女はいつも通り私につきまとってくる。
 別にそれは嫌じゃない。


『今日も咲耶ちゃんのヒミツを、チェキチェキチェキよ〜♥♥


 私も、いつも通り彼女の相手をする。
 いつも通り。

 そう、いつも通り……






    ぴし……






 きおくの底から、傷が侵される感覚に見舞われる……。



『……? 咲耶ちゃん、どーかしたんデスか?』


 なんでもないわ。
 笑顔を取り繕いながら口にして、自分自身にも言い聞かせた。


 あの日以来、彼女に会うたび思い起こされる。
 彼女に大切なもの奪われた、あの瞬間を……。

 一緒に過ごした時は教えてくれた。
 あなたの過剰に求める愛欲は、禁忌そこまで達していない紛い物だと。
 でも、そうでなくとも、彼女の侵した行為は、紛れもなく線を越えたものだった。
 彼女にとっては過剰なスキンシップで片付けられる行為。

 でも、私にとっては……―――


 ぴしり、ぴしり、心の奥底で何かが罅割れていく音が聞こえる。
 思い出は、罅となって私の中に残り、今では大部分を覆うほどまで肥大していた。


 私の中の欠陥きずなど知らず、あなたは無邪気に自分を満たしてゆく。
 それが憎くはない。
 寧ろ幸せでいて欲しい。
 笑って欲しい。
 好きだから、愛してるから。

 ただ、私がそれに耐えられないのとは、別の話というだけ……。

 あなたという個人せかいを愛したい。
 だけど、あなたのつけた亀裂ひびは愛せない。
 だからあなたから離れよう、この傷が癒えるまで……。






「じゃ、じゃあおひとつ、質問していいデスか?」


 そしていつもの探偵ごっこが始まった。
 あの日以来、そっけない態度しかとれずに、私だって辛かった。
 もう、十分時を重ねたんだから、そろそろ元の……いつもの私たちに戻れるかしら?


「ねぇねぇ……でもでも、ひょっとして、」


 いつも通り、何気なく気になったこと、私について知りたいことを質問して、私が答える。
 そんな、いつもの関係に……。


「四葉とのが、咲耶ちゃんの……ファーストキッ――」






    ―――ぴしり……






 傷が、再び、私を、侵して、いった……。

























 彼女の一言をきっかけに、封じ込めたはずのわだかまりが再び湧き上がってくる。
 癒えたと思った傷痕を覆っていた瘡蓋が、全て剥がれ落ちた。
 その下から、醜く爛れたままの傷痕が、姿を覗かせた。

 忘れようとしてたのに、忘れていたのに!

 あの子はどうしていつも余計なことばかり口にするのかしら?
 彼女が余計なことを言わなければ……




    ―――ホントウニソウ?




 もうひとりの私が闇の中から語りかけてきた……。
 その声を、聞いてはいけないと、耳を塞いだ。



    ―――忘レテナンカ、イナイデショ?



 でも無駄。
 耳から捕らえた空気の振動ではなく、中から溢れる言葉。
 押さえた耳を介さずに、心の奥から響いてくる。



    ―――ダカラ、大シテ好キデモナイ彼ラト……。



 止めて、言わないで!
 悲鳴のような心の声が、心の声に向けて空しく響く。



    ―――ネェ、一体アト何人ノオトコト……




    ブツッ……



 頭の中で、語りかける私の映るテレビのアンテナを、千切るように引っこ抜いた。
 ザーーーッという音と共に、もうひとりの私の代わりに、砂嵐を映し出す。

 それでも、画面の前の私はうなだれて、もうひとりの自分の言葉を否定できずに涙する。






 ……誰でも良かった。



 彼女と……女同士でなければ。












 唯一だから、つかえているんだ。
 なら、なんでもないひとつにしてしまえば……。

 巡った思考が、歪んだ答えを導き出した。


『また……キスしてましたよね……?』


 多くのうちのひとつにすれば、そうすればまた彼女といつも通りに戻れる。
 特別でもなんでもないひとつにして、そして彼女との絆を取り戻したかった。

 彼女の刻んだ禁忌とくべつを、上塗りしてやろう思った。


『ねぇねぇ……でもでも、ひょっとして、』


 でも無駄だった……。


『四葉とのが、咲耶ちゃんの……ファーストキッ――』


 彼女の刻んだ烙印"はじめて"は、私という物語の中、永劫消えることなく残っていたのだから。






 特別だったから……。
 ずっとずっと憧れて、お兄様にと心に決めていた。
 その憧れは時を重ね、いつしか世界わたしを覆い支配していた。

 もっと上の貞操があることくらい私だって知っている。この歳なんだから。
 でもそうじゃない。
 欲しかったのは、そういう相手や事実じゃなくて……その時感じていた憧れと、その思い出だから。
 白が、色に染まる瞬間を味わいたかっただけ。
 白の中でも最も白い、真白な心が色を持つその時を……。



 彼女は女の身でありながら、私からそれを奪った。



 とてつもない嫌悪感と、禁忌に触れた背徳感、そして、憧れを奪われた喪失感……。
 それは他の人が思う以上に、私の心に深いわだかまりを残していた……。

 純白過ぎる憧れは、白い闇として私を覆い、盲目的な信仰に酔わせていた。
 許してしまえば良いのに、許せないほど妄信してる。
 だから、それを奪った彼女の所業を、上塗りなんて出来はしない。

 好きな人おにいさまとできれば、きっとそれすらも忘れてしまうくらい幸せになれると思う。
 でもそれはできない……それは犯してはいけない領域だから。
 そう夢見ていたけれど、私は夢から覚めているから。
 お兄様とは結ばれないなら……せめて、綺麗なままで居ることで、あの人への想いの形にしたかった。

 なのに、傷を隠すために更に傷を抉って、私の中の特別かちすら失って……。
 私には、もう上塗りできるほど大きな価値ものなど、もう得られなくなってしまった……。

 無駄と知りつつ、きっと私は続けるだろう……。
 耐えられない傷から目を背けるために、別の小さな傷を積み重ねる方が、ずっと楽だから……。
























「昨日も、別のオトコのヒトとデート……でしたよね?」


 今日も彼女の探偵ごっこに付き合った。
 付き合うなり、さっそく、いつもの聞き込みが始まる。


「じゃあじゃあ、咲耶ちゃんは、もう兄チャマのコトは諦めたんデスね


 その日はいつもと違って、にっこりと明るい声と笑顔が飛び込んできた。


「コ・レ・でぇ、兄チャマは四葉のものデスっ クフフっ♥♥


 彼女は楽しそうに笑顔を振りまきながら、楽しそうに話しかけてくる。
 それを見て、私も彼女に微笑み返した。


「咲耶ちゃんも、他の好きな人とラブラブで、シアワセヅクシなのデス〜


 他愛ない会話を交えながら、ふたりで笑い合った。
 笑って、笑顔で祝福してくれる彼女がそこにいた。

 なのに私は…………



    ―――ナンテ傲慢……。



 彼女の強がりに、私の中の、醜い闇が浮き彫りにされてゆく……。

 男友達との繋がりが出来ても、私の中の烙印は、薄まりはするけど消えはしない。
 なのに同時に、彼女の中の特別も、消えはしないけど薄まってゆく。
 薄まって……それは彼女の恐怖になる……。

 「在るだけの絆」に怯える彼女。
 「在るだけで蝕む闇」に怯える私。

 あなたは自分の孤独きずを受け入れてくれるというのに……私は、私自身の記憶きずを受け入れられない。


 「素敵な姉」というレッテルが、これほどうざったいと感じたことはない。

 いっそ私を姉と見ないでください。
 見上げないで。崇めないで。敬服しないで。
 私はそんな大層なニンゲンじゃない。

 わたしもふつうのひとりだから。

 過去を捨て切れない、ミニクイココロの持ち主だから……。






「……デス、よね?」


 ……え?
 突然の彼女の雰囲気の変わりように、短い疑問の声が私の口からこぼれた。


「ねぇ……恋するオトメは、フツーはシアワセなんじゃないデスか?」


 不意に、真剣な、不安そうな眼差しで尋ねる彼女。
 私の返答を待たずして、


「なのに咲耶ちゃん……なんでそんなに……元気ないんデスか……?」


 ……!?


「どうしてそんな……暗いお顔、してるんデスか……?」


 ……ああ、彼女はどうして、こんなに私を分かるのだろうか?

 知っている。
 それは、空白を埋めようと頑張った彼女の賜物だから。
 数年のブランクを、彼女はとうに埋め尽くし、私との絆をしっかりその手に握っている。
 過ごした時間なんて関係ない、あなたは私の妹だから……。

 だから……



    ぴしり……



 あの出来事など、あの瞬間だけでいいから……消してしまいたい。


「わわっ?! よ、四葉、なにかヨケーなコト、言っちゃいましたか!?」


 突然涙する私に、ただただ困惑する彼女。


  ―――いっそ他人なら、こんなに苦しまなくて済んだのに……。


 泣きながら、思った。

 知らない誰かが、私の気にくわないなにかをやった。
 それが私の視界に入った、ただそれだけ。
 憎んで、貶して、蔑んで、嘲笑って、切り捨てて、目を背けて、はい終わり。

 でもできない。
 私の方から繋がりを求めているのだから……。
 あなたを求めて、あなたを受け入れて、そして同時に自分の罅までこの身に受ける。

 記憶きょうふが、探索するあなたを見るたび、傷を広げてゆく。

 離れたい、消えて欲しい、許せない。
 離れたくない、消えて欲しくない、許したい。

 今でもあなたを愛している。
 今でもあなたが怖いです。

 可笑しいわよね?

 あんなにあなたが好きだったのに、
 たったひとつの亀裂から、こんなにもあなたを恐れてる。


「こ、困ったことがあったら、いつでも四葉に言ってクダサイ!」



 彼女が近づくだけでコワイの。


  ―――私のひびが広がってゆくから……。



「誰にも言わないし……そういう弱い咲耶ちゃんもひっくるめて、四葉は咲耶ちゃんを知りたいカラ……」



 彼女が居るだけでコワイの。


  ―――また侵されると、記憶きょうふが巡るから……。



「四葉、咲耶ちゃんのコト、もっともーっと知りたいカラ、なんでも良いカラ、教えてクダサイ!」



 彼女と向かい合うだけで……


  ―――もう、その幻影きょうふしか感じられない……。






 それは、純白過ぎる心が生み出した、私の中の心の闇。
 全てを白一面に染め尽くし、そして全て飲み込んで……まるで闇のよう。
 たった一点のかこが、そのやみの中、消せない痕となって残っている……。

 辛くて、
 苦しくて、
 いつかは愛した世界あなたを棄ててしまいそうな自分が、コワイ……。



「教えてクダサイ……。四葉の……キライなトコでも、いいカラ……」


 …………。
























「あ、アハハー……。やっぱりアレ、やり過ぎちゃいました、ネ……」


 そうして、彼女も知った。
 知りたいと望んだ彼女に、望み通り私を教えてやった。
 私に潜む小さな亀裂、あなたがつけた傷痕を。


「ずっと……気にしてたんデスか……? あぅ……それはベリーソーリーデス……」


 あなたが言うほどあなたは悪くない。
 悪いのは、ずっと引き摺る私の方。

 こんなこと些細なことなのに。
 あなたという、愛する世界と比べれば、本当に些細なことなのに……。
 男の人を利用つかってまで"些細"にしたのに……。


「でも、四葉寂しくて……みんなとのキズナ、薄いカラ……」


「特に咲耶ちゃんは、四葉なんかとつりあわないくらい素敵で……特別に、繋がりたくて……」


「だから、四葉にはアレしかなかったって……思っちゃって……」


 言い訳のように、言葉を紡ぐ彼女。

 分かってた。
 それが、彼女のとった、最善の方法つながりであることを。
 彼女を見ていて知っていた。
 分かってた……分かってる、はずなのに……。


「だから……最近四葉に冷たかったんデスか……?」


 ごめんなさい。

 うっすら涙を流しながら謝った。
 今でも許せない自分を、心底憎みながら。












 ねえ、恋する乙女は普通幸せなんじゃないの?
 なのに、どうしてその行為で、お互い苦しまなきゃいけないの?
 私は、明確な繋がりのできる行為を、男と女れんあいの中でしか作らなかった神様を、世の中を憎みます。

 彼女は、私の闇を受け入れてくれた。
 なら、何かが変わるかもしれない。
 こんなにも、私を愛してくれるんだから……私は、こんな私をも受け止めてくれる彼女を、もう一度愛して良いのかしら……?




























    ――――――違ウデショ?



 ぞくり。

 白い闇から語りかける、もうひとりの自分の言葉に、背筋に冷たいものを感じた。



    ―――神サマガワルイノ?



 や……止めて!
 止めて! 掻き回さないでっ!!



    ―――世間ガワルイノ?



 なんで? なんで? なんで?
 折角、丸く収まろうとしてたのに!
 また好きになれそうだったのに!!



    ―――彼女ガワルイノ?



 どうしてまた蒸し返すの!?



    ―――分カッテ、イルンデショウ?



 あなたは悪魔よ!
 私の全てを暴いて、私を追い詰めて!
 一体何の恨みがあるっていうの!?



    ―――誰モ悪クナイシ、キッカケダッテ大シタコトナイジャナイ



 お願い、言わないで!!



    ―――苦シンデルノモ、苦シメテルノモ……



 止め―――






    ―――全テハ、自分で傷ヲ広ゲル私自身ノセイダカラ……。












    ガッシャーーーンッッ……






 硝子のように、世界わたしの一部が、割れた。

 割れた空間から覗くものは、一面の真白な空間と、そこに佇むひとりの人影。
 それは、私を暴く、心の中に潜むもうひとりの私……。
 現れた私は、想像してた、悪魔のような顔立ちとはかけ離れた……純粋で無垢な、穢れなど知らない子供のすがた……。






 闇の中の彼女は、決して私を暴く悪魔じゃない……。

 白過ぎて、純粋で、それ故に、

 誰よりも素直で、残酷で醜い、自分自身の象徴だから。






「四葉……咲耶ちゃんのコト、好きで居て良いんデスよね……?」


 もちろんよ。
 そっと、私は答えた。
























 その日も、いつも通り彼女と時を過ごしていた。


「さっくやちゃ〜ん


 私も笑って、彼女に答えた。



    ……ぴしり



 取り繕った笑顔の後ろ、心のどこかが罅割れる音を、そっと、聞き流しながら……。



「クッフフフぅ〜 今日も咲耶ちゃんをチェキよー♥♥


 もう、彼女が私に何をしたかなんて、私にはどうでも良くなっていた。

 今日も記憶きょうふが、条件反射のように警笛を鳴らす。
 うるさいくらい、理不尽に、理由もなく、本能のように…………「彼女」であるだけで……。

 瑣末な罅に、穢れた憎悪を塗り込み過ぎて、今では「あなた」というだけで恐れている。
 消えない事実は、いつまでも私の中の罅として残り続け、徐々に私を蝕んでゆく。

 ばかみたい。

 自分で汚いものに仕立て上げ、なのに自分から何度も何度も塗りこんで……自分で傷口広げて、苦しんで。
 忘れることもできなくなってしまった。


「咲耶ちゃん チェキよ♥♥


 愛してる。
 るだけで、私を蝕んでゆくあなたのことを……。

 そうして今日も、相反するふたつの心がぐるぐる回る。



    ……ぴしり



 あなたを感じるたび、私の傷は広がってゆく。



    ……ぴしり



 時と共に、罅割れてゆく。



    ……ぴしり、ぴしり



 今日も傷を広げて、あなたとの時間を楽しみましょう。












 私は、こんなにも白く純粋で、純粋過ぎてコワれています。












 ねぇ。誰でもいいから。

 なんでもいいから。




「誰か、この白い闇から解き放ってください……」














あとがき

当て字ばっか(第一感想
月星さんからのリクエスト、さくよつダークでした。
いや、滅っ茶苦茶難産でした……(苦笑

まず、いきなり「愛してる」「愛していました」で書くわけにも行かないと思ってたんです。
前提もないのに、取り繕ったようにそう書くのってどうも抵抗があったので、
その点でどういう話にすれば良いか行き詰りました。
ダークものといえばそういうイメージって考えてるせいかもしれませんが(苦笑

その上で、咲耶と四葉の「ならでは」を引き出したかったのですが、これが中々出てこない。
思いついても話がまとまらなかったり、最後まで「起承転結」が揃わなかったりと……もう大変な難産でした……。
何はともあれ、自分的にはそれなりに納得のいく形に完成させれて、満足です(笑

そしてまたも「兄あり」の話!
最近似たような話ばっかり試行錯誤してるせいか、また似たような話を書いてしまった気がしなくもないですが、
でもそれは後ろ逆、そういう話を試行錯誤していたから、
「さくよつダーク」という難関を突破するこの作品ができあがったわけなのです。
だからその辺は目を瞑ってください、ほんとに難しかったんです(苦笑

またまたついついキスシーンを「きっかけ」に使ってしまいました。ああ、自分キスシーンばっかやん(苦笑
いや、結構使い易いんですよ、「特別な繋がり」のきっかけとして。
ただ、どうしても履き違えて欲しくないのは、四葉自身は「大好きなチェキ」留まりのつもりで書いているということです。
作中「愛してる」とは書いていますが、それは「≠恋愛」です。
扱っているジャンルがジャンルだからか、
「愛してる=家族に向ける愛」と表現するのがこんなに難しく感じるとは思いませんでした(苦笑

そして、春歌に負けず劣らず、実は一番「禁忌」を気にしているのは、
また、春歌とは違い、夢から覚めている節があるのは、咲耶だと思うという一品でした。


更新履歴

H17・7/7:完成


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