意識が虚ろに揺らいでいた……。

 おぼろげな意識、まるで夢現のよう……。


「さぁ……春歌くん…………」


 目の前には……確か、千影という名だった少女の姿が……。


「今ここで…………――――――……」


 その口からひとつ、言葉が紡がれた。


 それは……願い出?

 命令?

 義務?


 よく分からない……。

 虚ろぐ意識の中ぼんやりと……でも、しっかりと聞き届けた言葉には、天啓のような絶対的な信仰を含んでいた。

 拒む必要など……どこにも、ない……。


    ―――ソレハイケナイコトダ


 ……いや、あった………あった、気がした……。

 でも千影ちゃんが、待っている。
 だから、今はその言葉に従わなければ……


    ―――ナゼ?


 ……分からない。

 分からないけれど、分からないまま、千影ちゃんの元に歩み寄る。


    ―――ダメヨ

        ―――イケナイ
―――トマッテ



 心の奥底で、何かが軋んでいた。


 何がいけないのか?

 どういけないのか?


 分からないということは……それはきっと、些細なことなのでしょう……。
 そう納得させて、何の疑問も抱かず、まるで吸い込まれるように……―――





 ―――千影ちゃんへと、口づけた……。












    ぱぁんっっ






 そして、ワタクシの平手が、千影ちゃんの頬を振りぬいていました……。











 

夢見る気持ちのまま……













「わ、ワタクシは……一体……?!」


 もやのかかっていた意識がようやっとはっきりと澄んできた時、そこにあった状況はなんとも不可解なものでした。
 目の前には、千影ちゃんが片方の頬を軽く腫れ上がらせ、面を食らったように驚いた顔のまま動きを止めており、
 ワタクシの手には、ジンジンとなにかを叩いたような痺れが残っていました。

 ワタクシは確か千影ちゃんの家に……そう、作り過ぎた煮物をお裾分けしようと思って、この家まで訪ねに来ていたはず。
 千影ちゃんは、どうもあまりちゃんとしたものを食べていないみたいで、ワタクシもそのことを気にかけていた。
 たまたま家も近いこともあって、度々この家を訪ねていて……だから、今日もそんな程度の理由でここを訪ねた、はず……。
 だんだんと頭がはっきりしてきて、記憶に整理がついてきた。

 そう、今日ワタクシが訪ねて来た時、千影ちゃんは何かの研究中と言って……
 確か「魔眼」という、目を合わせた相手に暗示をかける魔術の一種を研究中と説明してくれて……
 その最中に彼女と目が合い……それから……それから…………―――


 ……その後のことは……よく覚えていない……。




「……っ!!」


 ただ、記憶の空白から覚めた時、千影ちゃんの顔が眼前に迫っていて、"何か"の感触に怖くなって……
 平手打ちで思いっきり叩いて、千影ちゃんを引き離した……。


「なにを……したのですか……?」


 だんだんと、埋まってゆく記憶の空白部分……。
 肩をわなわなと震わせて、込み上げてくる感情を抑えるように静かに、それでも強く問いかけた。
 覚えていないけれども……思い出したくない……。

 目の前に存在していた千影ちゃんの顔。
 まだかすかに感触の残る、唇……。
 それが……何が起こったかをワタクシに物語っていました……。

 でもそれは違う……! これはワタクシの意思じゃない……!


「…その……なんだ…………ちょっとした、魔眼での暗示を………試してみたんだが……………」


 途切れ途切れに紡がれている言葉。
 普段の物静かな千影ちゃんではありますが、その言葉はいつも通りの寡黙だからというものではなく、
 なにかきまりの悪い様子で紡がれているようでした。


「まさか……ここまで上手くいくなんて…………思―――」



    ぱぁんっっ



 瞬間、再び強烈な破裂音がその場に響き渡りました。

 言葉を聞き届ける前に、ワタクシがもう一度千影ちゃんの頬目掛け平手を放ったから。
 最初のも含め、叩いたことには罪の意識を感じませんでした。
 寧ろ、自分の方が被害者なのだから……。

 他に考えようもなかった。
 だから、例え認めたくなくても、受け入れるしかなかった……。

 千影ちゃんは、その研究中の力とやらを使い、あろうことかワタクシに暗示をかけていたのです。
 目を合わせたその刹那から、ワタクシの意識は朦朧とし、
 まるで操り人形にでもなったかのような夢を見せられている感覚に囚われ、
 そして、自らの意思とは関係なく……ワタクシは……千影ちゃんに……―――






















「キスしちゃった、って訳ねぇ……」


 片方の手でほおづえをつき、目の前に置かれたメロンソーダの中、大量に入っている細かい氷をストローで突っついて、
 しゃりしゃりと音を鳴らして遊びながら、気だるそうに事の顛末を聞き留める鈴凛ちゃん。


「ワタクシには信じられません……どうして千影ちゃんが、あんなことを……」


 数日前、ワタクシの身に降りかかった出来事。
 それはワタクシの心に深いわだかまりを残す結果となりました。
 あれ以来、その件に関しては自分の気持ちの整理がつけられず、もうひとりではどうしようもできないと判断したワタクシ。
 その相談を受けてもらおうと、鈴凛ちゃんを喫茶店に呼び出した次第です。


「春歌ちゃん、よく千影ちゃんのお世話してたでしょ?
 だからなんとなーく過ごしていく内に、気づいたら好きになっちゃってたとか、そんなんじゃないの?
 春歌ちゃん自身、器量良し、性格良し、運動神経良し、お料理他多数の特技所持で、
 感性古いところさえ気にしなければ春歌ちゃんは魅力の塊なんだからさ」

「でも、だからといって……!!」


 同性の……しかも妹に対して……あんな…はしたないことを求めるだなんて……――


「……っ!」


 そこまで考えて、思い起こしそうになった"あの時のこと"の記憶を振り落とすよう、ぶんぶんと頭を思いっきり振った。

 あの時のことはおぼろげだけれども、思い出すだけでも恥ずかしくなる。
 今では記憶の空白はほとんど埋まり、なにが起きたのかだけは頭に入っているから尚更……。
 きっとワタクシは今、リンゴように顔を真っ赤に染めているに違いない。
 相談するにしても、あのことを他の人に告げるということに踏ん切りが付くまでかなりの時間を要しましたし、
 やっと相談するに至ったにしても、ワタクシが行ってしまった行為を直接示す単語を避けて説明していた程なのですから……。


「貞操、ってヤツねぇ……。お堅い春歌ちゃんらしいって言えば春歌ちゃんらしいけど、貞操守る相手いないんだから別に良いんじゃないの?」

「よ・く・あ・り・ま・せ・んっ!!」


 なんとも短絡的且つ楽観的な答えを、いとも簡単に返してくる彼女につい憤りを感じ、一言一言をハッキリと叩きつけるように言い放つ。
 それが彼女なりの励ましだったのかもしれませんが、
 それでも人が真面目に聞いていることをそう軽く答えられると、ついつい腹を立ててしまうというものです。


「第一、社会的倫理、常識的観点からみて、それが間違ったことというのは言うまでもないことでしょう!!
 何より……ワタクシの心はどうなるんですか……!?」


 人生の伴侶と心に決めた、運命の背の君と……。
 そう、ずっと憧れていたのに……今までずっと、まだ見ぬその人のためにと、大切に守り通してきたのに……。


「大和撫子として……あんな……。例え暗示をかけられていたとしても……あんな……あんな……」


 数日掛けてやっと落ち着いていた気持ちも、説明するために改めて頭の中に呼び起こしたため、
 再びわだかまりが湧き上がり、感情がぐしゃぐしゃになって、上手く言葉を形作ってくれない。
 それは、どうして意思を強く持てなかったのだろうという後悔。
 貞操を守れなかったことによる、まだ見ぬ背の君に対しての申し訳なさ。
 禁忌に触れた背徳にからもたらされる、罪の意識にも似た重圧。
 なによりも……自らの手で手放してしまったという、どうしようもない悔しさから……。


「春歌ちゃんは堅過ぎるんだよ」

「そういうあなたはゆるゆるですわ! なにかある度に鞠絵ちゃんとちゅっちゅちゅっちゅと―――」

「だわぁぁあああっっ!?」


 喫茶店に来ている他の客にワタクシの言葉が届くことを防ごうと、遮るかのように手を大きく振り、あまつさえ大声まで上げる鈴凛ちゃん。
 手を大きく振ったところで音を遮断できるでもなく、更にはそんな大声まで上げてしまっては、
 寧ろその行動がこちらに注目を集めているということまで考えが回らなかったようで……。


「や、やや、や、大和撫子がっ! そ、そんな『ちゅっちゅちゅっちゅ』なんて言葉遣い、してもいいの!?」


 自分の"赤裸々な誰にも言えない秘密"を改めて聞かされた恥ずかしさを誤魔化すのと、
 それを行ったワタクシへの反撃の意を込め、ワタクシの非を突いてくる鈴凛ちゃん。
 しかし、動揺を隠し切ることはできてはおらず、その顔は真っ赤で、言おうとしている言葉も呂律を上手く回せていませんでした。


「これは失礼……。では、幾度となくくり返しくり返し口づけて――」

「いちいち言い直さなくていいっ!!」


 注意されたからわざわざ言い直してあげたというのに……。
 不服そうな赤い顔のまま、ワタクシを一瞥して「まったく……」なんて一言漏らしながら居直りました。
 ワタクシは注文していた抹茶ケーキを一口口に運びながら、その様子を眺めていました。


「ほうら、あなただって大っぴらに口外できないと言うことは、それが普通ではないと自覚しているのでしょう」


 フォークをお皿に置いて、やや優越に浸るような口調で、短くそう説き伏せました。


「そりゃバレて白い目で見られるのはヤダよ……。でもだからって、自分の気持ちにウソつきたくないし……。
 してる、っていっても……そんな、ちゅっちゅちゅっちゅなんて……発情してるみたいに常時してる訳じゃなくて……
 お見舞いに行ったときに1回か2回するくらいだし……いや、それでも多いかもしれないけど……。
 そ、それに……アタシからしたいって言ってるわけじゃないもん……。
 それだって、鞠絵ちゃんがして欲しいって……お願いしてくるから…………」


 両手を人差し指だけ立てて胸の辺りでツンツン突っつき合い、もじもじと背中を丸め、
 縮こまりながら申し開きのようにぶつぶつとなにかを呟いていました。


「だ、大体なんでアタシに相談するのよ!」


 言い訳の言葉に詰まったのか、そうやって話題の論点を摩り替える。
 ……まあ既に聞いていませんでしたけど。
 しかし、話を逸らす口実ではありはしますが、確かに鈴凛ちゃんの疑問ももっともでした。
 こういった(本来は)男女の色事に対して決して詳しいとは言えず、
 寧ろ疎い方と、本人のみならず直接呼び出したワタクシ自身もそう感じているのですから。


「あなただから相談したのでしょう? そういう話題に一番近しい人ですから……」


 しかし、そこはやはり実体験者。
 ワタクシと同じ、姉妹同士で……その……く、口づけ……を交わし合った経験を持ち、更にはそれを自ら望んで行っているのですから 。
 雲を掴むような机上の推論よりも、その意図や心境を明確に把握できます。

 まあ、本当は彼女よりもその相手―――つまり鞠絵ちゃんの意見を聞いてみたかったのが本心なのですが……。
 鞠絵ちゃんは読書好きで、特に好き好んで読みふけっているという恋愛小説から得た知識も豊富。
 そして、鈴凛ちゃんとは反対に繊細で、そういったことについては相応に詳しいはず。
 というか、そんな鞠絵ちゃんが何故鈴凛ちゃんを選んだかは、ふたりの間柄を知っている人間として永遠の謎ですわ……。
 まあそれはこの際別の話ですので置いておいて。

 しかし、あいにく彼女は街から離れた療養所に入院しているため、ほいほいと会いにいける状況ではない。
 だからもうひとりの方の鈴凛ちゃんを、恋愛について疎いだろうという欠点を差し引いても、
 相談役に適していると判断したからこそ、ここに来ていただいたのです。


「そりゃ、そういう話題の当事者やってますけど……。でも、だからそういう側の意見しか出さないよ、アタシ」

「そういう側の意見が聞きたいのです。だからそういう側の意見で結構ですから」

「じゃ、そういう側の意見として言わせて貰うけど……」


 そういう、そういう、とお互いくり返し言葉していたため、なにやらややこしい表現となってしまいました。
 ですが、それでもお互いにちゃんと意図は通じ合っていたので、鈴凛ちゃんは何の問題もなく話を進めました。


「今の世の中、そんな堅くなることないんじゃないかなって思うのよ」


 長々と語ってくれるかと思いきや、返ってきたのはそんな簡単な答えのみ。


「で、でもっ! 口づけと言うものは、心の底から恋焦がれた相手に対しての行為……! 好きでもない人にすることではありません!」


 あまりにも簡単な返答だったため、溜まっていたわだかまりを爆発させるように、半ば自棄気味に言い放ちました。
 そのはずみで、今まで避けていた"ワタクシが行ってしまった行為を直接示す単語"をも口にしてしまう。
 更には、普段気を使っているはずの言葉遣いも、
 多少乱暴――他の人にとっては些細でも、大和撫子を目指すものとしては慎むべき程度――になってしまうのでした。
 しかし、それらで紅潮することや恥じることを意識するゆとりもなかったため、そのままの勢いでなだれ込むように言葉を続けました。


「それとも、あなたも鞠絵ちゃんも、誰彼構わず平気でそういうことをなさっているのですか?」

「失礼ね! 鞠絵ちゃんがキス魔になるのはアタシとだけよ!!」

「……へ?」

「……って、あ゛……」


 言ってから、しまったと言う感じに濁った声を出す。

 今の言葉、要約すれば「自分は鞠絵と言う人物とキスしています」という告白と変わらなくもない。
 「鞠絵」という名前は普通に考えて男の名前とは思えない。そのため、今の言葉は「少女同士での情事」と捕らえられるのが普通。
 まあ、鈴凛ちゃんの方は男の子に見えなくもないですけれども、
 あいにく今日の彼女はロングスカートをはいてきているため、彼女もれっきとした女性として見られてしまう。
 ワタクシのように「同性同士は禁忌」と考えるのが普通なのですから、
 そんな言葉を、客足が少ないとはいえ、こんなところで大声で口にしてしまっては、自ら進んで地雷原へと足を踏み入れてしまったようなもの。


「だ……だって……だって…………鞠絵ちゃん……普段みんなと離れているから……
 だから、他人より人肌恋しいんだよ……きっとそうなんだから……だからぁ…………あぅぅ……」


 だから、また顔を真っ赤に染めて、もじもじと縮こまり、なにかをぶつぶつ呟き始めてしまいました。
 一方ワタクシはというと、その鈴凛ちゃんがうっかり滑らせた赤裸々発言に虚を突かれ、
 それまでの憤りもろとも勢いを削がれてしまい、ついついぽかんと呆気にとられていました。

 話が進まないので早く立ち直ってくださいと促すと、「ゴホンッ」と仕切り直すように咳払いをひとつ。


「だったら、千影ちゃんのことは好きじゃないの?」

「え?」


 不意打ちのように切り返され、言葉に詰まった。
 確かに、思い返して自分の言葉をまとめてみると、そういう意図になってしまう。


「い、いえ、好きです! ……好きです……けれども……――」


 ――そういう好きではない。

 姉に対しての好きという気持ちと、口づけを交わすべき相手に向ける好きは、全くの別物。
 そもそもその性別からして違う。……いえ、それこそが決定的な違い。
 姉妹に対して、そういう"好き"を抱くなんて、有り得ない。
 そんなことあって良い訳が……―――


「…………」

「…………」

「……例外が目の前に居ましたわ」

「なによ、その哀れむような目は?」


 不服そうに言い放ち、ストローを通じてメロンソーダを口に含む。


「春歌ちゃんさ、女の子同士だったらノーカウントって言うの、知らない?」

「え? あ、それは……」

「あと、肉親とだったらノーカウントとか、気持ちがこもってないとノーカウントとか……。
 まあいろんな考え方があるみたいよ。アタシはよく知らないけど」


 そういう俗説があることを、聞いたことがないわけではない。
 要は自分がどう思うかで、あまり操を立てることにこだわり過ぎて自分自身を縛り上げる必要などない。
 つまり彼女は、そういうことを申したいのでしょう。


「……で、あなた方は?」

「…………」

「…………」

「お、オールカウント……です……」


 うつむき加減に真っ赤にした顔を横に逸らし、また「もじもじ状態」に陥ってしまう。


(恥ずかしいなら答えなければ良いのに……)


 とか思いながら、鈴凛ちゃんをじっと眺めつつ、抹茶ケーキの最後の一口を口に運びました。


「なによ、その蔑むような目は?」


 まあ、お熱いことで……と悪態を返してやろうとも思いましたが、いい加減話が進まないので、ここは控えることにするのでした。


「でも、気にするなと言われても、気にしないことなんてできないから今困っているんです!
 ワタクシがそういう器用な性格でないことは、あなただってご存知のはずでしょう!」

「んー……まあ、確かにねぇ」


 興奮気味に言い放つワタクシの言葉を、対極の冷めた態度で、再びストローを口にメロンソーダを一気に飲み干す。
 ストローから口を離すと、「能力的なものだったら器用なのにね」と、苦笑い気味に言ってきました。


「そればっかりは本人の問題だから、アタシからは『そういう考え方もある』ってことまでしか言えないわね」


 あとは春歌ちゃんの気持ちの問題、そう最後に付け足して、席を立ち上がる。


「ま、悪い思い出も"思い出"だからね。いつか笑って話せる日が来るって」


 そして、ワタクシの隣に来ると、励ますように肩をぽんぽんと軽く叩いて来ました。


「そんな楽観的な……」


 ワタクシが悲観的過ぎるのか、彼女が楽観的過ぎるのか……。
 テーブルの上には、既に空になった食器類だけが残されており、
 その様子が、喫茶店での一時と共に、相談の時間切れを暗黙のうちに告げていたのでした……。















「……どうして、同性相手に口づけられるんですか?」

「ん?」


 お会計を終え外に出て、喫茶店のドアが閉まるのを確認してからそう投げかける。
 カランカランと、ドアベルが客の退店を告げていました。

 今回、彼女をここに呼んだのは、数日前のことに関しての相談と質問が目的。
 相談は先程、中で交わした会話。そして質問は……今のその一言。
 彼女のこととその相手、鞠絵ちゃんのこと、そして千影ちゃんのことを知って、ずっと胸につかえていた疑問。
 つまるところ、その答えを聞きたかったからこそ彼女を呼び出したも同然でした。

 鳴っていたドアベルが静まり、更に一拍置いてから。


「好きだから」


 思った通りと言うかなんというか、ワタクシの真剣な質問を、その簡単なたった5文字の言葉で返して来る鈴凛ちゃんなのでした。
























「はぁ……」


 歩きながら大きくため息。

 折角意を決し、恥を忍んで相談を持ちかけたというのに、結局なにも解決しないまま。
 鈴凛ちゃんは趣味の機械いじりのことなったなら、深く深く考察をくり広げますが、そうでない場合は安直に答えを導くという楽観主義者。
 楽観的な性格というのは羨ましくもありますが、脳天気とも取れるのが玉に瑕ですわ……。


「やはり、無理をしてでも鞠絵ちゃんに聞くべきでしたか……」


 鈴凛ちゃんも、お金がないとか言いながら他のみんなに比べ頻繁に通っているのですから、出来ないことはありません。
 それに、その方が鞠絵ちゃんも喜ぶというものです。

 っていうか早よ金返せ。


「…………」






  ……


  …………



  ………………






    『好きだから、って……そんな安易な理由で……』

    『他に理由なんている?』

    『そりゃあ……結局はそれが全てではありますけど……』

    『そだね。もうちょっと言葉付け足すなら、キスしてもいいくらい好きってこと。ま、正直、それが恋かどうかはまだ分かんないけどね……』

    『はぁ……?』

    『いいんじゃないの? 相手が女の子でも受け入れられる人も居れば、春歌ちゃんみたいに男の人じゃないとダメな人も居る。
     性別も含めて、相手の魅力に惹かれているから受け入れているに過ぎないんだから。アタシも、鞠絵ちゃんも、ね』

    『性別も……含めて?』

    『ただ、頭っから否定している人には、絶対に理解できないと思うけどね……』

    『…………』

    『あ、別に春歌ちゃんを悪く言ったわけじゃないの。寧ろ春歌ちゃんの方が普通なんだからさ』







   ………………


   …………


   ……






「…………」


 不意に、最後に交わした会話が頭を過ぎりました。
 短い会話ながらも、その中にはとても大切な何かが含まれているようで、思ったよりも収穫はあったような気がしました。
 鈴凛ちゃんも、満更短絡的でもないかもしれませんね……。


「はぁ……」


 しかし、ヒントが得られただけマシとはいえ、結局元の思考の袋小路に迷い込んでしまい、また大きくため息をつくのでした。


「すまない…………」


 そして、なんの脈絡もなくワタクシの前に初めての口づけの相手が姿を……―――


「だわぁーーーっっ!?!!?」


 ―――……現れたことに驚き、ついついはしたない言葉と、品のない反応で驚きを表現してしまいました……。


「この間はその…………実験のついでに………つい…、魔が差して……しまって……」

「謝ろうという気持ちは分からないでもありませんが、そうやっていきなり現れるのはちょっと……心臓に悪いですわ……」


 いつも唐突に、しかもタイミングを見計らったかのように現れる彼女らしい登場ですが、
 いつものこととは言え、人が思い悩んでいる時に来るのは正直遠慮して欲しいですわ……。


「あ、ああ………驚かしてすまない…………。…それと……そうとも気づかず………話を進めてしまったことにも…………」

「はぁ……」

「それから………その……なんだ…………つまり…………」


 はっきりしない言葉を繋げては、うまく言葉にまとめられない様子の千影ちゃん。
 その言葉に詰まる様子は、いつも通りの寡黙だからというものではありませんでした。
 ただ、先日のようなきまりの悪い様子とは違い、どうすれば良いのか分からなくて言葉を形作れないでいるような、そんな感じ……。


(あ……)


 それは、それ程あのことを強く強く反省しているからだと、不意にそう察することができました。
 いつも物静かで沈着冷静なところから、冷たい印象すら受ける影を含む、綺麗に整っている顔立ちをしている千影ちゃん。
 一見すれば、今日の様子も普段の様子と変わらぬ様子にも見受けられますが、
 よくよく見れば今日はいやに弱々しい印象与えてくる影に差し代っています。
 そして、いつもは感じるはずの、静かな余裕をかもし出す凛とした雰囲気も消えていて、
 代わりに今日の千影ちゃんからは、えらく卑屈な印象を受けました。
 だから、彼女は今罪の意識に押しつぶされそうになっているのだと、そう感じ取ったのです……。

 先程のことも、ワタクシが謝罪を受ける体勢になっていないことにも気が回らないほど思い悩んでいた証拠。
 何よりわざわざ自分から謝りにやってきたのですから、それだけでも誠意を感じ取れます。
 それら全てが、彼女が心底悔やんでいるという事実を、ワタクシへと鮮明に伝えてくるのでした……。


「……千影ちゃん……少々お時間、宜しいでしょうか?」

「……え? …………あ、ああ……」


 だから……


「あなたと、ちゃんと話をしたいんです……」


 ちゃんと向き合って、直接言葉を交わしたいと……そう、思ったのです……。
























 それなりに真面目な話題、道端で言葉を交わすのも憚られたので、ふたりで近くの公園まで足を運びました。
 幸いにも中に人は誰も居らず、誰かに聞かれてはまずい会話をするのには打ってつけでした。


「なぜ、ワタクシにあのような真似を……?」


 単刀直入、ずばりと本題を切り出しました。
 それでも、直接行為を意味する単語を思わず避けてしまいましたが……。


「好きだからさ…………」


 間髪入れず、即答でそう答える。
 鈴凛ちゃん同様、結局はそれに一貫するということなのでしょう。
 でもそれは、あまりに抽象的な答え……けれども、すぐに言葉を返せたということは、それが一切の曇りもない、
 明確なものだったからこそ……ってなんで被害者であるワタクシが加害者である千影ちゃんを庇っているのですか!?


「……ワタクシには……同性を好きになれる気持ちが分かりません……」


 少々乱れた思考を取り直して、静かにそう告げる。

 異性を愛する……それが正しいこと、それが常識だと散々教え込まれてきた十数年。
 自分にもそうだと言い聞かせて育った。
 だから、「そうではないこと」が分からない。


「…私だって………それが普通だってことは分かっている…………。…単純に…私が気にしていないだけさ…………」


 まあ千影ちゃんなら、相手が同性どころか動物でも植物でもはたまた冥界に潜む鬼妖怪であろうとも、
 その愛の障害に囚われることなく己の愛を貫きそうなイメージがありますが……。
 いえ、これは決して馬鹿にしているのではなく、それ程相手を愛せると言う愛情の深さに敬意を込めてるつもりで。


「……本当に…………すまなかった………」


 ワタクシに向けて深々と頭を下げて、謝罪の言葉を口にする。

 これがあの、常に余裕を保ち続けてきた千影ちゃんの姿なのでしょうか……?
 そう見違えてしまうほど、今の彼女の姿には「強さ」がなくなっていました。
 それほど深く反省している、ということなのでしょうか……。


「…………」


 だから、その罪を責める気はとうに薄れ、「知りたい」という心が、ワタクシにこう問い掛けさせました。


「気持ち……良かったんですか?」


 あの時は、半ば何か命令されるような夢現の状態で、
 "そう動くことでどのような結果になるのかすら理解しないまま"、まさに操り人形のように行動を起こしました。
 そこに自分の意思などなく、気がついた時にはもう触れ合っていて……だからどんな感じかだったなんて分からなかった……。
 眼前に迫った千影ちゃんの顔。
 唇に触れているなにかの感触。
 それらが何を意味しているかに、無意識下で嫌悪感を抱き、すぐに離れなければいけないと……千影ちゃんをぶった。

 だから、"あの行為"がどんな感じかだったなんて、全然覚えてなんかいない……。
 唇にも、うっすらと感触が残るものの、それは「触れた」という事実を伝えるのみ。


 きっと気持ち良いんだろう、最高に幸せになれるのだろう。
 そう当たり前のように夢見ていたのに……実際に行ったはずの今も、分からないまま……。

 だから、自ら望んだそれを行えた気持ちを、ワタクシが理解できないままの気持ちを、聞いてみたいと思った。


「いや…………全然………」

「……そう、やはり全然…………はぁっ!?


 てっきり首を縦に振るかと思いきや、予想していたものとは反対の意外な返答に思わず言葉が乱れる。


「ぜ、全然って……ワタクシの初めての接吻ですよ!? 無理矢理させておいて気持ち良くなかったって、つまらなかったってことですか!?
 そんなのあんまりじゃないですか!? 人の純情を、単なる遊びや不純な欲求を満たすために奪ったというのですか!?」


 あんまり過ぎてまたもや逆上。
 言うのに戸惑っていた言葉を避けることも忘れて、非難の声をぎゃーぎゃーと小言のように浴びせる。


「ああ……無理矢理させたね……………」


 ひどい……ひど過ぎますわ……。
 折角の、初めの口づけだったというのに……それがなにも感じられないつまらないものだったなんて……。
 せめて千影ちゃんの方に美しい思い出として残っていれば、いくらか救われたかもしれないというのにっ……!
 こともあろうに「いや…………全然」ですって!?


「…………だから……………なにも感じなかったんだ………」


 そんなの、あんまり過ぎま、す……って、え?


「千影ちゃん……? それは…どういう……」

「…やってみて思ったんだ…………こんなものなのか、と……。
 気持ちの昂ぶりも………満たされるはずの欲求も………確信していた喜びも…………なにもなかった……」

「何も……なのですか?」

「ああ………」


 こくりと、今度こそは首を縦に振る。


「だから君を傷つけた事しか残らなかったし…………嫌でも気づかされた…………。
 気持ちがこめられていない行為に……意味なんてないことに………。大切なのは気持ちであって…………行為ではなかったんだ……。
 ……そして…後悔した。君から大切なものを………奪ったことに…………。
 美しい思い出になるはずだったものを………疵として残してしまった罪に……。
 だから……全然気持ちいいなんて感じられなかった…………」


 ワタクシは、ただ黙って質問の答えを聞き入れていました。
 あの行為は、想いも、心も、なにも込められていなかった。
 だから嬉しくもなんとも感じられなかったと、それが千影ちゃん答え。


「キスよりも…………君にぶたれた頬の感触の方が鮮明だったからね……」


 苦笑いを含め、叩かれた方の頬に手を当てて、さするような仕草をする。
 さすがに2発も同じ方に叩き込んだだけあって、強烈だったみたいですわ……。


「…………」


 行為が幸せを……幸せな気持ちを呼び起こすというのなら、
 それはきっと、互いの想いがそうさせているだけ……。

 あんな、無理矢理奪うような行為で満足できるような人間なら、
 それはなんて身勝手な愛を振りかざしているのだろうか。

 千影ちゃんは後悔している……。
 千影ちゃんは、あの過ちからそのことに気づくことができた……。



 だからそれは……それ程、"本物"だったから……。






 不純なものなど一切ない、単純で純粋な「好きだから」という想い、そのものだったということ……。












「……なら、仕切り直してみますか?」


 不意に、そんな言葉が口から漏れ……ってワタクシはなんということを口にしているんですかーーーっっ!?!?!?


「……………………」


 きょとん。

 先程までの緊迫した空気はどこへやら、そんな擬音が似合いそうな空気が辺り一帯に充満していました。
 千影ちゃんも虚を衝かれ、彼女にしては珍しい気の抜けた顔をワタクシに向けています。
 まさかワタクシの方から誘うなどと、予想だにしなかったからなのでしょう。
 口にしたワタクシ自身も驚いている程意外ですから……無理もありません……。


「…………いいのかい?」

「もう、既に一度済ませていますし、あなたとしてしまった事実は消えるものではありませんから……」


 あああ、口が勝手に……?! 勝手にっ……!?!
 どうしてワタクシは、ワタクシの考えていたはずのこととは真逆のことを口にしているのですかーっ!!??




    『いいんじゃないの? 相手が女の子でも受け入れられる人も居れば、春歌ちゃんみたいに男の人じゃないとダメな人も居る』



(……あ)


 不意に、鈴凛ちゃんと交わした最後の会話が頭の中を過ぎる。



    『性別も含めて、相手の魅力に惹かれているから受け入れているに過ぎないんだから』



(…………、そう…なんですね……)


 それで、なんとなく理解できました……。



    『ただ、頭っから否定している人には、絶対に理解できないと思うけどね』



 それはきっと、


 少しだけ、近づいてみようかと思ったから……。




「あなたが初めての人であるという事実は変わりませんし、気にするなといってもワタクシの性格ではそれは無理です。
 なら、あの暗示での行為は数に入れず、仕切り直しちゃんとした形のものを初めてと感じていたいですわ。
 どうせ初めてなら、気持ちの良い思い出の方が良いですから……」


 仕方ないという感じに、勝手に動く口に身を任せるワタクシ。
 自分でも、一体どういう理屈で言っているのかよく分からず、淡々と言葉を連ねた。
 ワタクシ自身、自分で何を言っているか分かりませんでしたが……今、少なくともその内容については考えたくありませんでした……。


「でも…………」

「でも?」


 千影ちゃんの望むものは全てを揃っているのだから、すぐにでも飛びつくのだと考えていました。
 しかし、当の本人は、何故かためらいがち。
 疑問に思って聞き返してみますと、千影ちゃんはなにか面白いものでも見つけたように、クスクスと笑いながら。


「そんなに顔を赤くして言われると…………ね」

「えっ?!」


 平静を装おって言葉を連ねていたつもりが、自分自身も気づかぬ内に顔を赤く染めていたよう。
 意識を自分の体に向けてみると、顔は熱く、動悸もいつにも増して激しく脈打っていることに気がつきました。


「は、初めてでなくても、そういうことはとても重要だという事実は変わらないからですわ!!」

「いや……君の性格から…………そうだってことは分かるさ…………」


 ここに来て平静という鍍金が剥がれ落ち、感情的になんだか言い訳がましいことを言い放つ。
 それは千影ちゃんにではなく、自分に言い訳していた……。


「……ああ………だからこそ…………これは"よっぽど"なんだな……………」


 副詞であるはずの「よっぽど」を修飾する主語を告げないまま、ひとり納得した様子でうんうんと嬉しそうに頷く。
 嬉しそう、とはいっても、普段表情の変化が乏しい千影ちゃん、他の人に比べればごくわずかな変化でしたが……。


「…………」

「…………」


 しばらくの沈黙。

 その間、ワタクシの視線は千影ちゃんの唇に釘付けとなっていて……とても平静ではいられませんでした……。

 これから行おうとする事は、今まで積み重ねてきたワタクシの行動理念とは正反対もの……。
 だけど……今、千影ちゃんとすることも、そんなに嫌な気はしていません……。
 心臓が、まるで耳元にでも移動してきたかのように、激しく聞こえてきます……。

 鈴凛ちゃん風に例えるなら「キスしても良いくらい好きだから」が当てはまるかもしれませんね……。
 も、もちろん、それはあくまでも例えであって、ワタクシがそうだと言うわけではないです!
 「そうしても良いくらい、近づいてみようと思ったから」、言葉にするのならそれが適切でしょう。

 で、ですから! 理解しようともせず、頭ごなしに否定するのはいけないと感じただけで、ワタクシがそういう趣味だというわけではないです!!

 そもそも、今のワタクシは少し頭に血が上っていて、通常の感覚ではないのです!
 きっと後になれば元の行動理念を取り戻して、同性同士でするなんてとんでもないと、そう考えを改めるに違いありません!

 きっとそうです! 絶対そうですっ!! そうに決まってますわっっ!!!


 ……なんてひとり葛藤をくり広げていると、とうとう千影ちゃんの口から言葉が発せられました。


「…………いや……やめておくよ……」


 千影ちゃんの返事を聞き届け、ワタクシは覚悟を決め…………はいっ?!


「や、止めるんですか!?」


 またも予想外の返答に肩透かしを受けたワタクシ。
 ワタクシはてっきり、千影ちゃんと口づけるつもりでいて、もう心の準備を終えようとしていたところだというのに……。
 だから、つい聞き返して……だ、だからワタクシがしたかったからとか、そういう意味ではないですっ……!!


「今度は…………ちゃんととした形でしてみたいんだ……」

「ちゃんとした…形で……?」


 それは、あの時のような無理矢理じゃなく、

 今みたいに何々だからなどのこじつけでもなく、

 お互いの気持ちの込められた……本当の口づけのこと。


「でも、これを逃がしたら、今度なんて来ないかもしれないんですよ!
 いえ、ワタクシのようにお堅い人間が、同性に対してそれを許すなんてこと……」


 そう、こんなことワタクシの性格上、気の迷いや一時的な心変わりに過ぎません…………多分


「だったら………元々来なかったってことだろう? 一度目の時はフェアじゃなかったんだから…………」

「じゃ、じゃあ本当にしなくても良いんですね!?」

「今しようと言ってくれるのを…………1度目で頂いている分と置き換えれば………それで帳尻が合うからね……」

「……へ?」


 妙な提案が持ち掛けられて、思わず気の抜けた返事を返す。

 ええっと、つまり……今ここでワタクシが誘うということを発端に、
 暗示をかけられ、してしまったという事実を結果として置き換え、
 原因と結果を前後させてしまおうという……――


「ちょ、ちょっとお待ちになってください!! それでは、ワタクシの方から千影ちゃんを誘ったってことに……」

「ああ…………そうなるね………。…嬉しいよ……フフ…………」

「あ゛ーーーーーーーーっっ!?!??!!?」



 恥ずかしさのあまり、屋外だということもすっかり失念して、破れかぶれに大声を上げてしまう。
 大和撫子としてはひどく見苦しい声を出していることも気に留められないくらい。
 普段お稽古事で鍛え上げている腹筋を最大に使用して、近所中に恥ずかしい騒音を撒き散らす。

 頭の中は既にぐしゃぐしゃになり過ぎてとうとうホワイトアウト。
 普段から何よりも心に言い聞かせている「大和撫子」という単語自体、頭から抜け落ちていました。

 そんな漂白された頭の中とは正反対に、顔は恐らく茹で上がったように真っ赤になっているはず。
 今に至るまでの感情の昂ぶりも収まらないまま、ここに来て最高潮に感情が昂ぶってしまったため、
 紅潮する顔に集まる血液で、内側から顔が破裂するかと思うほど殺人的に紅に染まるのでした……。


「それとも…………そんなに私としたいのかい………?」

「え!? ……いえ、そんな…ことは……」


 そ、そうですわ! ワタクシは何をムキに……?!
 そりゃあ……どんな感じだったのだろうという、好奇心がないわけではありませんが……。
 でも元々女同士、しないならしないで越したことはないじゃないですか!?

 なのに、なのにっ……まるでワタクシの方から迫っているようで……。


「それはそれで………嬉しいからね……。…君が……どうしても、というのなら…………喜んで頂くとするよ………」

「け、結構ですっ!!」


 そう声を張り上げて言い放つと、照れている自分を覆い隠すため。
 まるで拗ねた子供のようにぷいっと顔を背けるのでした。

 結局、このほんの少しだけの好奇心は、いつの日かきっと訪れる恋の成就の日まで、お預けとなったのでした。
 それはどんなに幸せなことなのだろう、どんなに気持ち良いものなのだろう……そう夢見る気持ちを抱いたまま……。


「………あ」


 それはまるで、初めての口づけを夢見る気持ちのまま……。


(…………、……"そういう考え方"……してみても良いかしら……?)


 これが気持ちの問題だと言うのなら……
 既に口づけてしまった今でも、ワタクシの"初めて"は、まだ、これから……。

 自分本位な解釈ではあったけれども……少しだけ、器用になってみることにしました……。












「フフフ…………どうやら私にも…………まだ望みはあるみたいだね…………」

「わ、ワタクシにそういう趣味はありませんっっ!!」


 すっかりいつもの余裕を取り戻した千影ちゃん。

 やはりこの方が千影ちゃんらしいと、内心嬉しい気持ちになりつつも、
 そんな千影ちゃんの余裕に今後の行く末を不安に思いながら、


    ――自分自身すらも気づかない、砂粒くらいに小さな期待を胸に秘めながら……――


 この出来事は、若き日のほろ苦くも甘い淡い思い出として、


 そっと……ワタクシの胸にしまわれるのでした……。









あとがき

この話、アイディアの元となったのはPCゲーム「月姫」のとあるイベント(しかもバッドエンドの)だったりします(笑
「暗示で無理矢理キスさせる」ってシチュエーションが妙にツボに入ったので、
その事後の葛藤を描いた話を想像してみたら、そのままの勢いで書き綴ってしまいました(笑

登場人物は全くの状況から選んでみたものだったりします。
暗示とかを使えそうな千影、初キスとかに凄くこだわりそうなお堅い春歌、と。
春歌の場合、大和撫子として初じゃなくても物凄くこだわりそうです(笑
そんな"お堅い春歌ちゃん"だからこそ、そういう考え方を極力"お堅くして"作ってみました。
「ちょっと堅過ぎる」と思ってもらえれば、逆に成功です(爆


こういう「普通×百合」的な掛け合いは、個人的にすごく好きなシチュエーションのひとつだったりします。
百合側なだれ込んだり、苦悩したり、時にはやっぱり結ばれないと失恋したり、
大抵はどんな展開になっても楽しめるんじゃないかと(笑
"お堅い春歌ちゃん"と一切こだわらなさそうな千影の組み合わせは、ある意味そのシチュエーションにうってつけでした(笑

正直、春歌×千影はフンドシ話の影響で「春歌攻め、千影受け」の印象を自分自身に擦り込んだと思っていたのですが、
それぞれのキャラクターのお陰でこの話を書き上げるまでに至れ、
「同じカプでも全く別物の話を繰り広げられる」という自分への証明となってくれました。


別に相談役のカプは何でも良かったんですが、つい趣味でまりりんを入れてしまいました(苦笑
一応なりゅーの看板カプなので大丈夫かなとは思いつつも、
そういう自己の欲を押さえ込んで内容形成できるようにもなりたいとか思ったり……。
ちなみに、「鞠絵=キス魔」は、まりりんを考えていくうちで辿り着いてしまった趣味全開な要素だったりします(苦笑


余談ですが、書いてる内に「過ちを犯した人の方が、その事により真剣に向き合える」というのを感じましたね……。
いえ、それをテーマで書いていたわけじゃないので全くの思いつきですが(苦笑
それと、なんとなく出だしでダークな雰囲気を出して、そのままほのぼのとした展開に持っていこうと考えていたのですが、
心なしかシリアス気味に……まあ結局はどうでもいいことですけど(苦笑

あともうひとつ、実はこの話、所々に人からの受け売りをかなり活用させていただいた作品だったりします(笑


更新履歴

H16・11/27:完成
H16・11/28:脱字修正
H17・6/5:書式他修正


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