とある土曜日。
明日にも日曜日を控えた休日のある日。
その日、私は恋人の可憐ちゃんとのデートの約束を交わしていた。
私と彼女は姉と妹だから
誰にも言えない関係だから
誰にも内緒で計画した、秘密のデート。
私たちふたりだけしか、そのことを知らない、素敵な素敵なデート……
「げほっ、えほっ……!」
……の、はずだったのにっ!
「うー……喉痛い……」
そんな日に、私は風邪を引いたのだった……。
咲耶ちゃんが風邪をひきました
「大丈夫ですか?」
「ええ……」
私の額のタオルをひっくり返しながら、心配そうに尋ねてくる可憐ちゃんに短く返事を返す。
今日私は、休日の土曜日を自室のベッドの上で、可憐ちゃんに看病されて過ごしている。
折角デートの約束をしていたのに、私はこの有様。
当然のようにデートは中止となったからだ。
「ごめんね……折角のデート台無しにしちゃって……」
「ううん、そんな……咲耶ちゃんのお体の方が大事です」
私の言葉に、可憐ちゃんはそう答える。
自分だって楽しみにしていたはずなのに、それでも私の体のことを心配して、そんな優しい言葉をかけてくれる。
なんて優しいのかしら……まるで天使のよう……。
ううん、彼女は私の天使よ……。
私にとって唯一無二の……可愛い妹であり、そして恋人でもある……たったひとりの可憐ちゃん。
「世話かけるわね……」
「いえ」
そんな可憐ちゃんに看病してもらえるのは嬉しかった……。
嬉しいけれど……
(これじゃあ逆なのよっ……!)
心の中でそう言うと、その悔しさを八つ当たりするように布団を強く握り締めた。
私は、前々から憧れていたことがあったからだ。
実際デートが中止になったことは残念だが、これが逆に可憐ちゃんが風邪を引いた場合だったのなら、状況はまったく違うものとなっただろう。
もし仮に立場が逆になったとすると、無論、風邪に倒れた可憐ちゃんの看病を私は率先して行う。
そこで私がもっと頼れるところを見せて、可憐ちゃんに対する私の評価をグンとアップさせる!
そして最後には……
……
…………
………………
『風邪は伝染すと治るって言うわ。 だから……』
『……えっ!? 咲……ぅむっ―――』
「なぁんてv うふふっvv」
「さ、咲耶ちゃん……なにニヤケてるんですか……?」
「……えっ!? あ、な、なんでもないのよ!!」
とまぁ、今の素敵妄想のように可憐ちゃんの可憐な唇を奪う口実にしようと企んで……
もとい、そんな身を挺して最愛の人を助ける頼れる私の姿を見せてあげようと計画していたのだった。
前々から可憐ちゃんが風邪ひいたら絶対にやろうと心に決めていたのに、まさか私の方が風邪を引くなんて……。
ううう、これじゃあ私のラブラブ計画が台無しよ……。
(ああーっ!! 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいっ……!!)
「咲耶ちゃん、どこか痛むんですか? そんな不動明王が如き憤怒の表情で唇噛み締めながらおふとん握り締めちゃって……」
……まあいいわ、可憐ちゃんだって人間、いつか可憐ちゃんの方が風邪ひく時だってあるはずよ。
その時こそ……その時こそっ……!!
「ぅフふふフふフふ〜」
「……咲耶ちゃん、本当に大丈夫ですか?」
まあ、その時はその時でいずれくるだろうから、それはひとまずおあずけってことで、今は風邪を治すことに専念しましょう。
「咲耶ちゃん……やっぱりもう少し休んだ方がいいんじゃないんですか……?」
ああ、可憐ちゃんったらそんなに私のこと心配してくれるなんて(←別の意味で)、私って……ほんと幸せ者ね……。(←別の意味で)
「そうね……もう一眠りしてみようかしら……」
さっきまで寝ていたけど、私の体はまだ眠気を欲しているようだった。
私は可憐ちゃんに促されるままに目を瞑り、そのままうとうとと眠りの世界に誘われ―――
「わー! 誤解だよ誤解ー!」
―――損ねた。
「うわぁっ!」
壁越しに、我が家の金喰い虫の大声が響く。
なにをわめいているんだか知らないけど、その声は例え壁越しであっても、風邪気味のこの頭にはガンガン響いてきた。
「うるさい! 少しは静かにしなさいよッッ!! ……痛ッ!」
体調不良によるイライラもあり、思わず大声を出して怒鳴ってしまったが、その時の拍子で頭に痛みが走った。
「あ! さ、咲耶ちゃん!?」
痛む頭を抱える私。
可憐ちゃんは、それを心配そうに見つめてくる。
どうやら自分で思っているよりも風邪をこじらせているみたい……。
「もうっ! そんなに大声出しちゃお体に障りますよ!」
「みたいね……」
怒ったような表情で私に軽く説教をする可憐ちゃんに軽く返事を返す。
私のことを心配して怒っているんだろうけど、そうやってぷりぷり怒っている可憐ちゃんもまた可愛い……v
なので、その怒りは実は逆効果になっていたりする。
「にしても……あー、なんか今ので完全に目覚めたわ……」
今の騒ぎでまだ眠りたがっていた私の体も、すっかり目を覚ましてしまったようだ。
私は、もう一眠りすることを断念し、一旦起きることに予定を変更した。
「じゃあ起きます?」
「ええ、そうさせてもらうわ……ところで、今何時?」
さっき一眠りした時から、その間にどのくらい時間が経っているか気になって可憐ちゃんに時間を尋ねた。
自分で時計を見ればいいんだろうけど、風邪気味ということで体がだるく、いちいち体を捻ったりするのがちょっとおっくうなのだ。
「えっと……2時ちょっと前です」
「そう……」
確か午前中から一眠りしていたから、寝ている間に昼食の時間はとっくに過ぎてしまったようだ。
こういう病気している時こそ、軽くても何か食べた方が良いかもしれないとは思ったけれど、
あいにく我が家の料理長、副料理長である白雪ちゃんと春歌ちゃんは、今日この時間は各私用のため家にいない。
白雪ちゃんは、なんか今日は特売かなんかがあるそうで、現在買出し戦線へと出陣している。
力仕事ということで衛ちゃんをお供につれて。
衛ちゃんは、花穂ちゃんも一緒にこないかと誘っていたけど、残念ながら今日の花穂ちゃんには部活があるらしい。
白雪ちゃんは戦力的に衛ちゃんだけで十分と見積もり、結局ふたりで行くことになった。
ついでに言わせて貰えば、花穂ちゃんのドジでかえって足を引っ張られると感じてのことだろうと、
その場にいた半数以上は感じ取っていたと思う……。
一方、春歌ちゃんはひとりで映画を見に行っている。
千影から譲ってもらっていた映画のチケットで見に行っているから、内容は多分ホラーもの。
たまたま手渡されてた現場に立ち会っていたのだけど、その時、春歌ちゃんは物凄く喜んでいて、
「ポポッvv」とお約束のようにくねくねしていたのを覚えている。
春歌ちゃんがホラーものをそこまで見たがっていたなんてちょっと意外だったかな……。
そんな訳で、さほど食べたくないとはいえ、少し遅めのお昼はおあずけかな、なんて考えていると、
「あ、そうだ! 可憐、お粥作ってきますね」
可憐ちゃんがそんなことを言い始めた。
「あ、作ってくれるの?」
「はい、こういう時こそしっかり食べなきゃダメですからね」
そう、可憐ちゃん作ってくれるんだ……。
「白雪ちゃんや春歌ちゃんと比べるとそんな対したものじゃないけど……それなりのものくらいなら、可憐にもできると思いますから」
「助かるわ……丁度何か食べたかったのよ」
私のために……可憐ちゃんが……
可憐ちゃんが……手料理を…………
…………。
「なんですとー!?」
「きゃっ!?」
可憐ちゃんが私に手料理を作ってくれるですってーー!?!?!
「あの、咲耶ちゃん……急に大声なんか出しちゃ……」
「そそそ、それはつまり……愛・妻・料・理というヤツですかい!?」
「ええっ!?」
風邪で鈍った私の頭でも、それがまさに衝撃のラブシチュエーションであることを、遅れながらもやっと理解した。
「え、えと……その……」
私が聞くと、可憐ちゃんは真っ赤になって答えに詰まってしまった。
「そうね! そうなのね! 私のために! 愛する私のために……ごほっ! ごほっ!」
「あ、咲耶ちゃん興奮しちゃダメですよ! お体に障ります!」
興奮し過ぎたせいで、急に咳き込んでしまった。
ああ憎い……思い通りに動かないこの体が憎い……
『しょっちゅうじゃないだけ恵まれてるじゃないですか……』
…………。
……なぜか鞠絵ちゃんの声でそう聞こえた気がした。
「じゃ、じゃあ作ってきますから……それまで横になって休んでてください」
そんなことを言い残して、真っ赤な顔のまま可憐ちゃんは部屋を出て行くのだった。
(可憐ちゃんの手料理! 愛妻料理!)
あまりにも興奮し過ぎて、白雪ちゃんみたく思わずムフンと口にしてしまう。
たった今じっくり休んでくれといわれたけど、これじゃあ興奮して休めもしない。
「ああ、ダメダメ! 可憐ちゃんに言われたんだから、しっかり休まなくちゃ!!」
どうせ食べるころには興奮は頂点に達するんだから、今のうちにしっかりと休んでおかなくちゃ身が持たないわ!
ほら、休む休む……
ガシャーン
「チェキー」
休む休む……
ガシャーン
「あ〜ん、花穂またドジしちゃった〜」
「だーーっ!! うるさいって言ってるでしょッッ!!」
下の階から、恐らく四葉ちゃん花穂ちゃんによる睡眠妨害。
興奮してるのもあるけど、こんなんじゃうるさくてじっくり休めもしないため、思わず怒鳴ってしまう。
ちなみにこの時、怒鳴ったことでまた頭に響いて、またもや頭痛を味わっていたのは言うまでもないことである。
まったく、姉をいたわるとかしないのかこの家庭は?
「いえ、可憐ちゃんはいたわってくれたわ!」
……って、なに自分の思考に反論してるんだか……。
風邪をひいて頭は普段動かない形に働いているのだろうか?
などと愚考を繰り広げていると、どうも私の眠りを妨げる音は止んでくれた(破壊しつくされた)らしく、
来るべき愛を育む時間に備えて休もうと改めて目を瞑る。
しかし、音は止んだものの、私の興奮は収まらないままで一向に休めず、
その様子はまるで、遠足を楽しみにするあまり寝付けない小学生さながらだった。
「さあ、どうぞ召し上がってください」
やってきましたラブラブターイム!!
「あの、急いで作ってきたから、ちょっとおいしくできたか自信ないんですけど……」
「可憐ちゃんの作ったものがおいしくないはずないわ!」
「咲耶ちゃん……そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、少し安静にしてなきゃ……」
「ごほっ! ごほっ!」
「……ほらぁ」
可憐ちゃんの予想通り、またもや咳き込んでしまった私。
確かに、たかが風邪とはいえ思っているよりも重症。
ゆっくりと体を休め、養生に徹する必要があるかもしれない。
……とは言うものの、こんなシチュエーションで落ち着いていられるかっ!?
「さ、咲耶ちゃん、食べさせてあげますからねv」
「ぐはぁっ!?」
切れた……私の中で決定的な何かが切れた……。
嬉し過ぎて切れた……。
「可憐ちゃん! あなた私を殺す気!?」
「ええっ!? なんでですかっ!?」
とにかくこんな嬉しすぎるシチュエーションで死んでしまっては死んでも死にきれないので。
何とか命の綱を繋ぎ止め、ラブの力でこの世に踏み止まる。
この際、そのラブの力で天国へ召されそうになったとかいうのは言ってはいけない。
「じゃあ、あーんしてくださいね」
ああ神様、私をこの地へ授けてくれてありがとう……。
可憐という最愛の妹に巡り合わせてくれてありがとう……。
難を言えばせめて私を男として産み落としてくれれば文句はなかったけど……。
とにかくこんな幸福をありがとう……。
「はい、あーん」
「あーんvv」
「ちょっと待て部外者」
風邪気味の喉も相まって、いつもよりも低い声でそう言い放った。
この時の「あーんvv」は、本来言うべきはずの私の言葉ではなく、
いつの間にか私たちの世界に入り込んだ、私に対し何かをちょっかいをかけてくる妹Cの台詞である。
お陰で今までの甘いムードは一気に冷めてしまった。
「…………なんだい、咲耶くん? そんな男らしい声で」
こンの野郎、人のラブラブムードをぶち壊して……。
(注・女性に対しては「野郎」ではなく「アマ」です。 だからといって使っていいわけではないですが……)
千影はここ最近、恒例行事や日課のように私と可憐ちゃんのことを(というか主に私を)からかってくる。
大方今回もまたそうなんでしょうけど、風邪の時くらい遠慮してくれたっていいんじゃないの?
「ああ、悪かったね…………君たちのあま〜いすぅい〜となラブラブタ〜イムを邪魔して…………」
というより私たちをからかう時の千影は完全に別人だ。
普段は寡黙でミステリアスで、何考えているか分からないクールなキャラしてるクセに、
こういう時はいつもその風貌に似合いもしない冗談を言ってくる。
なんだその「あま〜いすぅい〜となラブラブタ〜イム」って……。
「まったくよ! 折角の私と可憐ちゃんのラブラ「わーわー!!」にアンタのせいで台無しじゃないの!
人の恋路「ダメですダメです!!」て最低よ! い「なんでもないなんでもないのー!!」いよ!!」
まったくよ! 折角の私と可憐ちゃんのラブラブな時間だったのにアンタのせいで台無しじゃないの!
人の恋路を邪魔しようとするだなんて最低よ! いいからお邪魔虫はとっとと出で行きなさいよ!!
完全にお邪魔虫な千影に対し、思いっきり不平を言い放つ。
が、なぜか可憐ちゃんは必死で私の言葉を遮ってきて……って、はっ!!
し、しまった……私今トンデモないこと口走ってたわ……。
あー、いくら風邪で思考力鈍ってたからって、これは致命的なミスじゃないの……!
可憐ちゃん、フォローしてくれてありがとうね……。
「フフ…………ラブラブやら恋路やら…………風邪をひいているくせに冗談を言う余裕はあるんだね…………」
いえ、冗談を言う余裕どころか隠していた秘密をあっさりと口にしてしまうほど頭の回転が鈍っています。
と心の中で言い返す。
可憐ちゃんのフォローも追いつかず、多少は聞かれてしまった部分はあるものの、
どうやら千影はそれを冗談として受け取ってくれたようだ。
それは救いなのだろうか、それともそれほどに「在り得ない事」なのだろうか、
どちらにしろ尚更バレるわけには行かないと、改めて心に刻み込むことにした。
「なんだか最近は…………君もノリがいいね…………。 それとも…………まさか本当に?」
「う、うるさいわね! 伝染されたくなかったらさっさと出て行きなさいよ!」
キツイ言い方で、部屋から追い出すように言い放つ。
思考力が鈍っているせいで小細工をろうせないため、結構単純な言い訳しか言えないのがちょっと情けない。
「やーいやーい、咲耶くんと可憐くんはら〜ぶらぶ〜♪」
しかし、そんな私の言葉も聞き入れず千影に出て行く気配はさらさらなく、あくまで私をからかうつもりらしい。
大体、なんで私にちょっかいをかけてくるのかしら……。
付き合っているのは本当だけど、これでも必死で隠してるつもりだし、千影だってそのことにはまだ気づいていないはずだし。
第一、私たちじゃなくっても、鞠絵ちゃんと鈴凛ちゃんだって最近仲良いじゃない!
この間鈴凛ちゃんがケガした時だって、実際に付き合っている私たちよりラブラブで……
あー、なんかそのこと考えたら悔しくて余計イライラしてきた!
「ヘ・ン・タイ! ヘ・ン・タイ! それっ、ヘ・ン・タイ!!」
っていうか横で妙な掛け声でうるさくしてる千影が更にイライラに拍車をかけてくる。
私はうるさい千影をこの場から遠ざけるのと黙らせるのを同時に行おうと、
ガラガラ……
窓に手を伸ばし、鍵に手をかけ、クルリと回して鍵を開けると、そのまま窓を開け、
「うるさい、いいから出てって!」
ぽいっ
千影を抱えあげて、そのまま窓の外に放り投げた。
落下中の千影の「あー」なんて悲鳴が、ドップラー効果とかいうやつのせいで声の高さが変わりながら聞こえてきた。
寒いので窓をしめると、それとほぼ同時にドーンという千影と地面が激突する音が響いてくる。
「さ、咲耶ちゃん!?」
可憐ちゃんが目を丸くさせたように驚いた顔をこっちに向けてくる。
「だだ、ダメですよ!! 千影ちゃんを窓から落としちゃ!?」
「大丈夫よ、あの程度じゃ死なないから」
「死ななきゃ良いってもんじゃ……ほら、千影ちゃんお庭にめり込んでる……」
窓越しに庭を見下ろしてみると、確かに千影の体は前半分が地面にめり込んでピクピク痙攣していた。
「……ちょっとだけやり過ぎたかしら……?」
「凄くやりすぎだと思いますよ」
「ちょっと頭が上手く回ってくれないのよ……」
「上手く回らないからって殺人未遂はいけないと思いますよ」
痙攣しているということはまだ生きているのだろう。
うん、千影は丈夫だ。(←マテ)
しかし、お陰で我が家の庭に人型の窪みができてしまった。
他の誰かがそれを目にして、一体なんでこんなものがあるのだろうと疑問に思う姿が思い浮かぶようだった。
さて、そんな些細なことは置いといて。
「はい、咲耶ちゃん、あーんしてくださいv」
気を取り直して、さっきのラブラブタイムのつ・づ・きvv
「くッはー! たまんねー!」
歓喜のあまり思わずそんな言葉が口から出てしまう。
サイッコー!!
なにこの最高潮にラブラブ指数臨界突破なシチュエーションは!?
一生の内で何度巡り合えるか分からないほど希少な体験じゃないっ!
「咲耶ちゃん……ちょっとおじさんくさいですよ……」
「……おじさんはちょっとあんまりじゃない……私これでも女なんだから……」
「あ、咲耶ちゃんはほんとに素敵なレディですよ! 可憐の憧れですよ!!」
慌てて「おじさん」という言葉の訂正する可憐ちゃん。
慌てる可憐ちゃんの姿は、なんとも可愛いものだった。
「も、もうっ! 早く食べてください!」
勢いとはいえそんなことを口にしてしまったことが恥ずかしかったのか―――私は嬉しかったけど―――、
照れ隠しに早く私に食べるように促して誤魔化そうとする。
そのことでもうちょっと引っ張っても良かった、今は一刻も早く食べさせてもらいたい欲望……もとい衝動に駆られているので、
この場は一旦引くことにして、そのまま、まるで子供の頃に戻ったような甘え口調で、大きく口を開けた。
「あ〜んvv」
きっと私の顔はニヤケきって情けなくなっているんだろうけど、それはそのくらい可憐ちゃんにラブだから。
他の誰であろうと、こんなにも情けない姿を晒すことはないし、そもそもこんなにも酔いしれることもないと思う。
この甘い空気に酔いしれているのは、可憐ちゃんだからこそ……。
私が好きになった唯一の人だからこそ……。
ケーキよりも甘いムードを噛み締めながら、ぱくりと可憐ちゃんの差し出したスプーンをくわえた。
私は幸せ一杯になる寸前に想像を絶する衝撃を受けた。
「咲耶ちゃん……お味、どうです?」
不安そうに聞いてくる可憐ちゃん。
しかし、それに対し答える余裕は私にはなかった。
それを口にした刹那、私の身体機能の全てはそのあまりの衝撃に一瞬だけその機能を停止させてしまったからだ!
さっき美味しくできたかどうか自信がないと言っていたけど……、
そりゃ、我が家には白雪ちゃんや春歌ちゃんなんていう食卓のエキスパートがいるから、そこまでのものを期待していたわけじゃないけど……
なに……!? この想像を絶する不味さはっ……!?
そんな、まさか……これが……この純情可憐なマイスイートハニーの可憐ちゃんが作った物だって言うのっ!?
「……咲耶ちゃん?」
心配そうに聞いてくる可憐ちゃん。
その心配は見事過ぎるほどド真ん中に的中してます。
いくら私が甘いムードを味わってたからって、お粥まで甘い必要はないじゃない!?
こんなお粥、お世辞にも美味しいとはいえない……。
更にお粥になにか菓子パンのようなものまで混入されてりゃ、これを美味しいといえる人間は限られてくると思う……。
うあ、口の中でベタベタする……。
よく「人間の食べ物じゃない」という比喩があるけれど……これは比喩じゃなくて本気でそうだと思った。
なんせ陶器片が混入されている。
「あの……お口に合いませんでしたか……?」
合いませんでした……。
本来の計画では「凄く美味しいわよv」と答えてラブラブな時間を過ごそうと考えていたけど……
可憐ちゃんが多少失敗してても、そこはラブでカバーし、とにかく甘々な雰囲気にもっていこうと考えていた私が甘かった……!
これは明らかに予測範囲を遥かにオーバーした不味さ……!
予定通りに持って行けないほど、それは「不味い」だったっ……!
可憐ちゃんには悪いけど……これを美味しいというわけにはいかないわ……。
というか、これで同棲はじめたら殺されるっ……!
「咲耶ちゃん……?」
自分の言葉に対し、一向にリアクションをしない私を心配そうに見つめてくる可憐ちゃん。
どう動こうかと考えあぐねいていた私だったけど、苦悩の末、可憐ちゃんのお粥に嘘偽りなく正当な評価を下すことを心に決めた。
黙っているのが正しいと言う人もいるだろうけど、少なくともこれは言うことの方がその人のためだと考える。
厳しさは優しさ、これはあなたを想うからこそ言うの……。
でも……でも、せめてソフトに……
「その……とても人間の食べる物じゃないわ」
あ゛ぁーっ!!
風邪で頭が回らないからダイレクトに言ってしまったーっ!!
思わず頭の中で頭を抱えながら地面にのた打ち回っている自分をイメージする。
現実では体調は優れなく、布団に潜り込んでもいるので、あくまで頭の中で実行。
「だって……お粥なのに異常に甘いし……っていうか私、陶器類なんて食べれないもの。
というより、お粥の具に菓子パンが入っているのはどう考えてもオカシイ」
とりあえず1度口から出始めてしまったダメ出しを、そのまま続けることに。
こういうのは1度言い始めたなら、中途半端に引っ込めるよりは言い切った方がいいはずよ、うん。
「ええっ!?」
私の言葉に驚いて、可憐ちゃんの表情は固まった。
やはり自分の作ったものを美味しくないといわれるのはショックなんだろうけど、これは明らかに許容範囲を超越しているの……。
可憐ちゃんは、信じられないといった表情でそのままスプーンでお粥をすくうと、自分の口にそれを運ぶ。
「!?!??!」
途端、可憐ちゃんの口からは言葉を失い、顔は青ざめ、目から涙が……どうやら作った本人も拒否するくらいの不味さらしい。
「ご、ごめんなさい! 可憐、急いでいたから味見もしないで……」
「あ、い、いいのよ……人間誰でも得手不得手があるんだし……」
それ以前に味見云々でこれはどうにかなるものではないかと思われますが……。
「でもでも、咲耶ちゃんあんなに必死にお願いしてくるから、急いで作ってあげなきゃって思って」
「あ、あの……可憐ちゃん、落ち着いて……」
「それで、それで、花穂ちゃんと四葉ちゃんにもお手伝いしてもらって……!」
「落ち着……今なんて言ったの!?」
今物凄く聞き捨てならないワードを耳にしたような……。
ある種の恐怖をも感じつつ、慌てて可憐ちゃんに聞き返す。
「え? 花穂ちゃんと四葉ちゃんにお手伝いしてもらって……ですか?」
「…………それだ」
額に手を当てて、ため息と同時にそう口から漏らす。
ただでさえ重い体が、尚更重くなったように感じた。
「なんでよりによってそのふたりにお願いするかなぁ……?」
「え? 鈴凛ちゃんのお客さんにお菓子を用意するって言っていたから、だからそのついでに手伝ってもらったんですけど……」
いくら急いでいたとはいえ、そのふたりに手伝いをお願いするとは命知らずもはなはだしい。
我が家のナンバー1とナンバー2。
もちろん「ドジ」で。
手伝ってもらうより、ひとりでやった方が安全な気がする。
というか、正直ミカエルに手伝ってもらった方がマシだと思う。
というのは言い過ぎだろうけど、なんかミカエルなら料理の乗った台車を押して無事に運んで来てくれそうなほど賢い気がする。
犬にそんな役やらすことの衛生面とかはこの際無視して、やれるかどうかならやれそうだ。
「花穂ちゃんにはお塩取ってもらうようにお願いしたんですけど……多分お塩と間違えてお砂糖を手に取ってたみたいで……」
まあベタなドジですこと。
なんて花穂ちゃんらしいのかしらとある種の感心すら覚えた。
「そのあとふたりとも派手に転んだりしてたから、この破片はその時の拍子で入っちゃったんだと……」
さっきのやかましい音はそれか……。
たかが来客用のおもてなしを用意するだけであそこまで派手に音が聞こえてくるなんて……あのふたりのドジさ加減に怖さすら感じるわ。
「それで最後に四葉ちゃんが、『最高にベリーナイスな具も入れておきマスね』って言っていたんですけど……
それって多分、お茶請けにあったドーナツなんじゃあ……」
この菓子パンのようなものはそういうことか……。
ドーナツというのは四葉ちゃんの好物だけあってらしいけど、いくらイギリス育ちだからってこれは異文化過ぎじゃありませんか!?
「ごめんなさい、気がつかなかった可憐のミスです……」
しゅん、と申し訳なさそうに縮こまる可憐ちゃん。
「あ、か、可憐ちゃんは悪くないわ!」
慌ててフォローするようにそう言った。
可憐ちゃんも確認を怠ったという意味では多少悪いかもしれない。
けれど、諸悪の根源は我が家のドジふたりであって、
このお粥が“ここまでのもの”に劣化したことに可憐ちゃん自体は全く関係ない……はず。
「逆に良かったわよ……だって、可憐ちゃんの料理の腕がとことん悪かった訳じゃないんだもの……」
寧ろ、これを異常と感じ取れる意識も持てないようだったらどうしようかと本気でハラハラした。
普段なら可憐ちゃんがそんなことはしないと信じられたかもしれないけど、あいにく私は風邪気味で頭が回らないのである。
というか、素でお粥にドーナツを入れることに何の疑問も持たない意識はどうだろうか?
「自分の未来のお嫁さんの料理の腕がこんなとんでもないものだったら、私の食生活お先真っ暗じゃない」
「えっ!」
突然、可憐ちゃんは何かに驚いて、顔を真っ赤にして、もじもじと俯いてしまった。
「どうかしたの?」
私、何かヘンなこと言ったかしら?
…………。
……言ったわ……「未来のお嫁さん」、だなんて……。
風邪で頭が回らないから、ついつい本音が口をついて出てしまう……。
言葉の意味を理解するにつれ、口にした私の方もだんだんと恥ずかしくなってきた。
「お顔……赤いですよ……」
「ね、熱のせいよっ……!」
そんな子供にしか通じないような言い訳を照れ隠しに使ってしまうほど、私には余裕がなかった。
顔が、ひどく熱くなっていた……。
胸が……すぐ側にいる可憐ちゃんに聞こえてしまいそうなほど、高鳴っている……。
お互い何も言えないまま、沈黙が続く。
私たちの周りを、なんともこそばゆい空気が取り囲んでいた。
「あ、あの、可憐台所のお片づけしてきますから! 咲耶ちゃんはじっくり休んででください!!」
あまりに恥ずかしくていたたまれなくなったのか、可憐ちゃんはそう言い残すと、立ち上がってドアの方まで慌てて向かっていく。
「……でも、約束はしたじゃないの」
部屋を出て行こうとする可憐ちゃんに、小さく囁く様に語りかける。
「……はい」
可憐ちゃんも、ドアの辺りで一旦立ち止まると、背中越しに小さく答えた。
そして、そのまま可憐ちゃんは台所へと走って向かっていってしまうのだった。
「ふー……」
息をゆっくりと大きく吐いた。
熱以外の要因で火照る顔。
未だ高鳴ったままの胸の鼓動。
まるでそれらを沈めようとするかのように……。
思わず口にしてしまったとはいえ、なんてことを言ってしまったのだろうと、今更ながら物思いに沈む。
(でも、イヤな気はしなかったかな……)
困りはしたけど、イヤじゃなかった……。
ううん……寧ろ、嬉しかった……。
私は軽く微笑みながら、濡れタオルを再び額に置き直すと、そのままゆっくりと目を瞑り、
“未来のお嫁さん”の言いつけ通りに、眠りの世界へと入って行くのだった……。
……
…………
………………
「……スはなんですかーーー!?!!?!」
「うわぁっ!?」
突然部屋の外から聞こえてきた大声に、私は不意に眠りから引き戻された。
人が折角気持ちよく眠ってたっていうのに、つくづく私は安眠を妨害される性分らしい。
しかし、今私を叩きこした声は、ちょっと聞き覚えのないものだった。
……ってことは、さっき言ってた鈴凛ちゃんのお客さんの声かしら?
(まったく、鈴凛ちゃんってば、友達までやかましいのね……)
すっかり眠気の覚めた頭、この際このまま眠るよりかは起きてしまおうと思い、
私は、額の濡れタオルを横に置いてから、ゆっくりと体を起こすと、軽く伸びをした。
体は寝起きでだるいものの、眠ったお陰でそれなりに調子は戻ってきているようだった。
「あ……」
体を起こすと、不意に私のベッドに上半身を預けて眠っていた可憐ちゃんの姿が私の視界に入ってきた。
(私が眠っている間も、看病してくれていたの?)
そういえば、額のタオルは乾いておらず、今も程よく濡れている。
それは、私が眠っていた間も、彼女が何度も何度も洗面器に溜めた水にタオルを浸し、
私の頭を冷やし続けていたということの証明に他ならない。
なんて健気なんだろう……。
私の胸に、キュンとした痛みが走る。
その健気さに、改めて貴女に魅かれる私がそこにいた。
私は、可憐ちゃんの頭を軽くなでながら「ありがとう」なんて小声でお礼を言った。
すると、可憐ちゃんは「ふぁ……」なんて言葉にならない小さな声を漏らして反応してしまった。
「あ、起こしちゃったかしら……」
「咲耶ちゃん……ふぁ……ごめんなさい……可憐、うっかり眠っちゃって……」
小さいあくびをしながら体を起こすと、軽く目をこする。
「ごめんね……私のために、こんな苦労かけて……」
「ううん……だって、咲耶ちゃんのためだから……」
折角のデートまで台無しにしてしまったのに、なのにこんなに尽くしてくれて……
そんな健気な可憐ちゃんが、どうしようもなく愛おしかった……。
「そんなに仲良いならちゅーして風邪伝染しゃぁいいじゃんかよぉー」
で、こういうときに限ってムードぶち壊してくるお邪魔虫Cがまたやってきていた(怒)
「なんだい…………その目は?」
「邪魔」
にらみを利かせて千影にハッキリと言ってやった。
千影は「酷いじゃないか……」なんて悲哀の欠片すら感じられない表情で物悲しく言ってくる。
「姉を心配する妹の…………どこがいけないんだい…………?」
「姉を心配するフリしてからかう妹がいけないのよ……!」
私がそういうと、再び「酷いじゃないか……」と千影が呟く。
「……って言うかよく生きてたのね」
「私も今起きたところさ…………おー、痛」
千影の話によると、なんでも、落ちた時の負傷の治癒に専念するため、
一旦自室で眠りにつくことによって自らの魔力を……あー、わけ分かんないしどうせ千影だからどうでもいいや。(←酷)
「フフフ…………君も、恋人がそんなに健気なことを…………喜んでいるんじゃないのかい?
『私、可憐ちゃんにもう1度恋しちゃったv きゃはっvv』なんてね…………」
相も変わらず、見た目と不釣合いな、私のモノマネのような不気味な演技をしてくる。
半ば当たってるだけに腹が立ったけど、なんかもういちいち反応するのもかったるい……。
「そんなに献身的なら代わってもらったらどうだい…………風邪は伝染すと治るんだろう?」
なんか無責任に私の考えていたことを強要してくるし……。
「じゃあやっちまえよ、ぶちゅーって、そんなにラブラブならよぉー」
手前ぇ人がそれをどんなに渇望してたか分かるのかっ!?
やりたくったって可憐ちゃんが代わりに風邪ひいちゃうんじゃできるわけないでしょうが!
っていうかあんたほんとに千影?
「はいはい、分かった、分かったから出てってね」
怒りも通り越して呆れに入った私は、そう言いながら窓を開けると、再び千影を抱え、窓の外へ。
「あー」
千影の落下を見届ける前に後ろ手で窓を閉める。
すると、窓が閉まるのと同時にまた大きくどーんと音が響いた。
「うわー、千影ちゃんが空から降って来たー」
「くすくす……千影ちゃんは鳥さんなの……」
この時、確か今日は公園あたりに出かけていたはずの我が家の最年少コンビの声が、窓越しに聞こえてきたのは余談である。
「咲耶ちゃん……」
「ん?」
千影を追い出すと、不意に、可憐ちゃんが私の名前を呼んできた。
「か、可憐に……その……」
可憐ちゃんは、なにかもじもじする様子で、とても言い難そうに、なにかを私に伝えようとしていた。
そこで一旦言葉に詰まったまましばらくすると、意を決したように、
「さ、咲耶ちゃんの風邪、可憐に伝染させてください!」
「…………え?」
思わずそんなとぼけた声が漏れた。
相変わらず回転の鈍い頭だったけど、時間が経つにつれその意味を段々と理解していくと、
「ええっ!?」
思わず大きく声をあげて、改めて再度リアクションをしてしまった。
まるでゆでだこ……じゃなくてトマトみたいに真っ赤になって俯く可憐ちゃん。
可愛い可憐ちゃんをたこ扱いするなんて不似合いにも程があるわ!
あ、でも可憐ちゃんだったらとってもとっても可愛いたこさんになるかも。
いや、そんなことはどうでもいい!
「その……それって……つまりは……」
遠回しに、「私にキスして欲しい」と言っているようなもの。
……違う。
“ような”じゃなくて、まさにそう言っているんだ……。
こんなに、顔から火が吹き出そうなほど真っ赤になっているのが……
私のことを本当に好きでいてくれることが、何よりの証拠じゃない……。
「可憐ちゃん……」
名前を呼んで、そっと可憐ちゃんの頬に手を添えて、おもむろに私の方に顔を向かせる。
可憐ちゃんの紅く染まった頬、潤んだ瞳が、私の視界に入ってくる。
そのまましばらく、まるで目と目で会話をするように、ただじっと見つめあった。
一切の言葉を介さずに
まるで心の底まで通じ合ったかのように
お互いがなにを考えているか、なにを望んでいるか
前もって打ち合わせたかのように
本当に目と目で会話をしたかのように
ほとんど同時に、どちらからともなく顔を近づけ合うと
お互いの唇同士はゆっくりと重なりあった……。
可憐ちゃん……
本当は、私が貴女を看病してあげたかったんだけど……
でも、いつもみたいに私が引っ張ってばかりじゃなくて
たまには私が……貴女に甘えるのも、いいかな……?
……なんてねv
「こほっ、こほっ……!」
次の日
「まったく……」
可憐ちゃんは、見事に私に風邪を伝染されたのだった。
あんなのはキスの口実であって、私自身本当に代わってもらえるなんて思ってもいなかったってのに……。
お陰さまで私の方はすっかり風邪は全快。
一方、可憐ちゃんは昨日の夜から体調を崩し始め、とうとう朝にはダウン。
(思っていたよりもこじらせていたはずなのに……まさかあの方法って本当に効くのかしら?)
あまりの回復具合と体調の崩れ具合に、思わずそう考えてしまう。
こんなに効果があるのなら、本来の妄想通りに私が伝染される側で、
そして可憐ちゃんの肩代わりをしてあげれれば、その虚栄心に浸れたんだろうけど……
「はぁ……」
実際はその真逆で、私が可憐ちゃんに伝染してしまったのだから、虚栄心どころかその正反対の罪悪感に浸っている。
そのことにため息をひとつ、体は元気になっても、心は重く落ち込んでいる私であった。
ふと窓の外に目をやると、鈴凛ちゃん四葉ちゃん他数名で庭で何かをやっていた。
まったく、可憐ちゃんが風邪で倒れてるっていうのに、のんきなものよね……。
「今度は君が看病だなんて…………相変わらずお熱いねぇ〜」
っていうか、いつの間にか可憐ちゃんの部屋までやってきて私の後ろでニヤニヤしている妹C。
「邪魔」
「…………酷いじゃないか……」
昨日同様にらみを利かせ、キッパリと吐き捨ててやる。
「昨日はお陰様で…………2回も2階から落ちたせいで…………また夕食に参加し損ねたじゃないか」
昨日、さすがに2回も2階から落としたのが効いたのか、千影はあの後ずっと部屋で休んでいたらしい。
落ちた時の負傷の治癒に専念するため、また自室で眠りに……別にどうでもいいか(←酷)
ちなみに、“また”と言っているのは、以前にも一度千影を痛めつけて夕食に不参加にさせたことがあるからだろう。
「フフッ…………2回とも見事同じところに…………寸分たがわず同じ形で落ちてやったさ。
傍目からは…………あたかも1回しか落ちていないようにカモフラージュされている…………。
まあ…………私の実力を持ってすれば、そのくらいは軽いさ…………」
「それはなに、私に自慢してるの?」
自慢げに謎な事を言ってくる。
自慢げに言っていることから多分自慢しているんだろうけど、全然羨ましくもなんともないし。
っていうか、そんなこと自慢げに言われてもどう対応していいのか分からず逆に困る。
「それはともかくとして…………」
千影は、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、まるで話題を変える合図のようにそう呟く。
うん、そんな自慢はまったくもって本当にどうでもいい。
「昨日風邪引いていた咲耶くんは元気になって…………逆に可憐くんが風邪に倒れるなんてね…………」
「な、なによ……!?」
「もしかして、本当にぶちゅ〜ってやっちゃったんかい? エイプリルフールん時みたいによぉ〜」
千影は千影でまた相変わらずキャラ崩れつつも、思わずギクッといってしまいそうな冗談を言ってくる。
いくら気づかれていないとはいえ、さすがにジャストミートに当てられるとヒヤッとするものである。
大体、本当はエイプリルフールの時だって未遂に終わったって思っているくせに……。
まあ、ここは冷静に返して……
「ど、どうしてそ「って、わーー!!」んですか!?」
うるさいとか何とか言って軽くあしらおうとする私だったけれど、その前に可憐ちゃんが千影の言葉に驚いて先に反応してしまった。
しかも、昨日の私同様頭の回転が鈍くなっているためのヤブヘビな反応で。
そのため、昨日とは反対に私が慌てて可憐ちゃんの声を遮ることに。
私が大声で遮る様子で可憐ちゃんも気づいたらしく、それ以上余計なことを言わずに、
紅潮した顔を半分だけ布団で隠すように潜り込んでいた。
「…………反応がぎこちないけれども…………まさか本当に?」
「はいはい、病人いるからうるさくするなら出てってね」
さすがに千影も疑いを持ち始めたのか、そんなことを言ってくるので、
とにかく一刻も早く可憐ちゃんとの会話をやめさせようと思い、なにかに理由をつけて千影を追い返す作戦に出ることにした。
「恋人には優しいクセに…………私には冷たいんだな」
「えへへ、だって咲耶ちゃんは可憐の自慢の恋び「わーーー!!」」
ドグぁしゃっ
「へぶはっ!?」
可憐ちゃんの言葉を声で遮りながら、千影に右手で一発かました。
とにかく一刻も早く可憐ちゃんとの会話を不能にさせようと思い、一旦千影の意識を断つことにした。
「可憐ちゃん、私、これ以上千影にちょっかいかけられないように千影を処理してくるから」
「はい、頑張ってくださいvv」
普段止めてくれるはずの可憐ちゃんも、頭の回転が鈍っているお陰で、笑顔で私を見送ってくれていた。
「…………酷いじゃないか……」
処理している最中、千影が目を覚まし、そんな台詞を吐き捨ててくる。
「なによ、もう目が覚めたの?」
やはり打ち込みが浅かったか……。(←オイ)
「いくらなんでも…………これはやりすぎだろう?」
私の言葉を無視し、自分の置かれている境遇に対する不平の言葉を静かに吐き捨てる。
現在、千影の状態は既に体半分が埋まっていて、既に両手も動かせない状態にある。
千影の処理方法を考えながら適当にふらついていた私だったが、
さっき鈴凛ちゃんたちが何かしていたあとにたどり着くと、穴がふたつぽっかりと空いているのを発見。
そしてその近くには掘った時に出た土の山がこんもりと。
どうせさっきの集まりで鈴凛ちゃんのメカで何かやったあとだろうということはすぐに気がついた。
無許可で庭に穴を空けたことをあとで叱るのは既に決定事項として、丁度いいので千影をそこに埋めることにしたのだった。
「このくらいしないとアンタには効果ないでしょ? 息できるように顔は出しておいてあげるから感謝しなさいよ」
「この状況でなにをどう感謝しろと?」
千影には一切構わず、こんもり積もっていた土の山をスコップで更に崩して千影を埋め続ける。
既に抵抗の手段のない千影は、恨めしそうにこちらを睨みつけてくるだけだった。
……いや、これは普段通りの千影の顔か?(←酷)
「ああ、春歌くん…………丁度良かった」
千影は、今度は唯一自由に動かせるだろう顔を、私の後ろに向けると、そんなことを口にした。
千影の視線の先に目を向けると、そこには稽古着姿の春歌ちゃんの姿が。
その手に薙刀用の竹刀を手に持っているところを見ると、これから庭で薙刀の自主練習でもしようとしていたんだろう。
「この暴力長女を…………どうにかしてくれないかい?」
「あぁ〜ん、なんだって〜?」
警告のようにスコップの先で突っつきながら、抵抗できない千影を黙らせる。
「昨日見た映画……」
すると、春歌ちゃんは少しだけ俯き気味に、ぽつりと重い声色で一言。
表情は……よく見えない。
「昨日ワタクシが見た映画……お化けが出ていましたわ……」
「そりゃあ…………そういう類の話だからね…………」
そういって、私に同意を求めるように目を向けてくる千影。
確かに、私も以前千影から映画のチケットを貰った時も、そういう類のものだった。
すると、春歌ちゃんは握り締めた拳をわなわなとと震えさせて、
「咲耶ちゃんから伺っていたのとは、全然違う内容でしたわーー!!」
「「………………はい?」」
千影と同時に、とぼけた声が口から飛び出した。
まったく状況が掴めない。
私から伺った内容って……私、春歌ちゃんに千影から貰ったチケットの映画の内容なんて話した記憶が一切ないんだけど……。
「さあ、こんな不届きな輩、例え我が姉でも然るべき処置にて断罪せねばなりませんわ!!」
「「え? え? え?」」
そう言って春歌ちゃんは私からスコップを奪い取ると、薙刀をその場に置いて、
私と比べ何倍ものスピードで千影を埋め始めてしまった。
勝手に進んでいく展開に置いてきぼりになる当事者の私と千影。
そんな私たちを余所に、春歌ちゃんったら泣きながらこんなことを語り始める。
「ああ、たくましきフンドシの殿方同士の愛の物語が……
時に甘く、時に切なく、耽美なる禁じられた愛の物語を堪能できると思っていたのにぃ……」
っていうか春歌ちゃん、あなたなんてこと口にしてるか分かってるの?!
「咲耶くん…………一体、春歌くんになんて言ったんだい…………?」
「し、知らないわよ! 少なくとも春歌ちゃんが期待していたような事を言った覚えはないわ!」
言った覚えはないけど、そう誤解したまま訂正するのを忘れたことは黙秘しておこう……。
「禁じられた愛に堕ち、めくるめく―(削除)――(削除)――(削除)――(削除)―
―(削除)――(削除)――(削除)――(削除)―……ポ、ポ、ポポポッvv」
「春歌ちゃん、埋めるかクネクネするかハッキリした方がいいわよ。
っていうか、我が家の評判に関わるからそんな言葉庭で連呼しないで」
クネクネしながらも、器用に千影を埋め続ける春歌ちゃん。
春歌ちゃんの登場で、私のここでの仕事はなくなってしまった。
それに、なんだかこの場にいたたまれなくなったところだし……
「……じゃ、あと任せたわ……」
私は、春歌ちゃんにそう言い残して、可憐ちゃんの看病に戻ることにした。
「ああっ! 待て裏切り者!!」
「裏切るも何も、私は千影の味方じゃないし……じゃ、あとは頑張って生き延びてね……」
「いや、見捨てないでくれ! な、なんか君の時より目の色が危ういんだけど!!」
助けを求める千影の言葉に耳を塞ぎ、目を背けたまま、それ以上は何も言わずにその場をあとにした。
さあ、今日も可憐ちゃんとラブラブな時間を過ごそう。
昨日とは反対に、今日は私があなたの看病をするわ。
最後の楽しみはないけれど、それでも頼れる私を見せてあげる。
よく晴れたとある日曜日、
「乙女の純情を踏み躙った報い、しかとその身に受けなさいッッ!!」
「そんな乙女の純情捨ててまえーーー!!」
私と年の近い妹ふたりの、そんな他愛ない日常のやり取りが、この青い空の下にこだまするのだった……。
おまけ
「お花〜♪ お花〜♪」
「おはな〜……♪」
「やあ…………雛子くんに…………亞里亞くんじゃないか……」
「千影ちゃんはお花〜♪ 首だけ生えたお花〜♪」
「お花なの〜……♪」
「ふたりでお遊戯かい…………?
丁度良かった…………誰でもいいから良識を持った人を…………連れてきてくれないかい?」
「お花にお水を上げましょう〜♪」
「げましょう〜……♪ くすくす」
「これこれ、君たちやめなさごほっ! げほっ!」
「たくさんあげて〜♪ たくさん育てましょう〜♪」
「ましょう〜♪」
「げふっ! がふっ! く、苦し……がふっ!」
「…………くすん……」
「アリリ? 亞里亞ちゃん、どうかしたの?」
「ごふっ! げはっ! ……はぁ………はぁ………はぁ………」
「千影ちゃん……びしょびしょで、髪の毛もわかめさんみたいで、なんだか不気味なの……くすん」
「うんっ! 不気味さんだねっ!」
「亞里亞は……不気味さんは嫌いです……」
「えー、やっぱり千影ちゃんは不気味じゃないと……」
「はっはっは、自分たちでやっておいて好き勝手言うね君たち」
「うーん」
「うーん」
「「(ごにょごにょごにょ……)」」
「フフフ…………子供井戸端会議かい? いーから人呼んで来てくれるとおねーさん嬉しいんだけどなー」
「じゃあ一緒にお願いしようかっ!」
「はいなの……」
「…………?」
「「千影ちゃん」」
「…………なんだい?」
「これからもずっと不気味でいてください!」
「もう不気味にならないでください」
「君たちは一体私にどうしろというんだ?」
あとがき
“〜ました”シリーズの裏側で、らぶらぶな可憐と咲耶を描いた、裏“〜ました”第6弾。
オチが完全にギャグですね(苦笑
今回は「嵐がやってきました」、「対決しました」の2作における裏話です。
裏では鈴凛と鞠絵が長ーい展開の話を繰り広げていますが、
こちらではそれなりのことしか起こっていませんので、それなりの量です(笑
一応、そちらの方で引いた伏線は消化できたかと思います。
執筆中、危うく伏線ひとつ忘れそうになりつつも、何とか気づいたという経緯があったりしますが、
なんか他にも忘れていたらどうしようかと、ちょっと不安です(苦笑
なんだか今までで1番千影の扱いが酷い気がします、兄くんの方々申し訳ありませんでした(大汗
でも、このシリーズで基本的に千影は受難役ですので……(苦笑
しかし子供は無邪気ですね……無邪気故に残酷ですね……(ぇ
それと、春歌もヘンなキャラにしてしまい、兄君さまの方々も本当に申し訳ありませんでした(滝汗
あと、心なしか太字を使い過ぎて失敗している気がします(汗
今後は、もうちょっとその辺の技術をつけるか、それとも一切使わずに描けるようになりたいと思います……。
更新履歴
H16・8/16:完成
H16・8/17:微修正
H19・5/24:脱字修正
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