『えー……ゴホン』


凄惨なアクシデントに遭いながらも、なんとか復活を遂げてきた四葉ちゃん。
マイク越しにひとつ咳払いしてから、アタシに「鼻曲がってませんか?」なんて聞いてくる。

とりあえずまだ曲がっていない事を告げると、気を取り直して第3回戦の前口上を始めた。


『ヘンタイさんバトルもいよいよ大詰め! これで決着最終戦!! 誰が予想したか、まさかまさかの第3せーん!!』
「注目されてるから、注目されてるからっ……!」


バッティングセンターの客足は少なくても注目されるのはちょっと……というかかなり恥ずかしい。
どうせ注目されるならアタシが大発明をした時とか、そういう時だけにして欲しいわよ。


『さー、上手い具合に盛り上がってきましたねー!』


アタシとしては上手く盛り上がらなくていいから、早く鞠絵ちゃんに勝って終わって欲しかった。

とにかく、小森さんがティッシュくじからくじを引き、そして四葉ちゃんに手渡す。


『さあ、注目の第3戦は……』


さっきからの演出通り、今回もまた間を取る。

……って、花穂ちゃんの小太鼓がならない?

一体なんでと花穂ちゃんの方を見てみると、
花穂ちゃんはキョロキョロと周りを見回してから、何かを思い出したような顔をして、


「あ〜ん、花穂ドジだから、小太鼓お家に忘れてきちゃったぁ〜」


……ということらしい。

というか、こんなところで鳴らされて、これ以上変な目で見られるから、それは忘れてきて正解だったと主張させてもらう。
なんてやってるうちに、とうとう第3回戦の内容が発表された。


『"鈴凛ちゃんクイズ"デース!』


また漠然と試合内容を発表されたので、主催者側の意図を事細かに把握することは容易ではなかった。
まあ大体は分かるけど……細かいところは不明ね。

早速聞き返そうと思ったけど、この場合アタシは「アタシクイズ」と聞き返すのがいいのか、
そのまま「鈴凛ちゃんクイズ」と聞き返すのがいいのか、ちょっと迷ってしまっている間に聞き返すタイミングを外してしまった。


「こんなところでクイズ……という訳ではありませんよね?」
「当たり前じゃないデスか」


代わりに鞠絵ちゃんが別な事を四葉ちゃんに聞き返していた。
なんとなく、「四葉ちゃんはその当たり前ができていないんです」なんて内心考えている気がしたのは黙っておこう。


「というわけデスので、もう1回家に帰りましょう」


さも当たり前のように、そんな事を言う四葉ちゃん。
これがあるから、やっぱり四葉ちゃんなんだなぁ、なんてしみじみ感じてしまう……。











 

対決しました

その4 −決着しました?−













最終戦はクイズ。
なので、なにかと興奮して声も自然と大きくなるだろうと思い、防音の施されているラボで行うことに。


『最終戦、鈴凛ちゃんクイズー!! わー、どんどんぱふぱふ、チェキ〜』


ほら早速思った通りだ……。

最高潮に盛り上がったテンションに引っ張られて、口での効果音もかなりのスケールアップしてる。
ほんと、予想通りにはしゃいでくれちゃって……。
まあ、四葉ちゃんらしいといえば四葉ちゃんらしいノリだけど……っていうか最後のチェキは効果音なんだろうか?


現在、ラボの机には、早押しクイズのセットを設置して、大層な仕掛けじゃないけど、簡易に早押しクイズができる状況を整えられている。
ちなみに、これはアタシがいつかみんなでクイズ大会する時にでもと作ったもの。
これについても、まさかアタシにとってこんな重要な時に使われることになるとは思いもしなかったけど……。


『ではでは、ルールの説明デス』


再び「花穂ちゃん!」とアシスタントに呼びかける。
アシスタント花穂ちゃんは1回戦、2回戦の時同様、メモ帳を読み上げて説明を始めてくれた。


「えーっとぉ……四葉が今まで集めた鈴凛ちゃんのチェキを元に、様々なクイズを作りました。
 おふたりにはそれを早押しで答え合ってもらいマス。
 全部で15問、不正解の場合は相手にポイント、先に7ポイント先取した方が勝ちデス……」


花穂ちゃんは、相変わらず「四葉ちゃん語」の入った説明文をそのまま読み上げていた。


『つまり、より鈴凛ちゃんのことを理解している方が勝つという、まさに鈴凛ちゃんのパートナーを決めるに相応しい勝負方法なのデス!
 クイズは、こっちであらかじめ50問以上の問題を用意いたしました。
 そして、その50の問題のうちクイズとして出題されるのは……―――』


そこで言葉を切ると、花穂ちゃんの方に目を向けた四葉ちゃん。
それに誘われるようにアタシたちも花穂ちゃんの方に目をやると、
花穂ちゃんは福引のガラガラ―――『新井式廻轉抽籤器』なんて正式名称は知らない(ぇ)―――に模したちゃちなおもちゃを机の上に更に追加する。


『―――……このガラガラからランダムに出た番号から選ばれマス!』


ちなみに、このガラガラはアタシの手作りじゃなくて、確か雛子ちゃんあたりが買ってきた市販のおもちゃである。
いらなくなったと言ってたので、何かに使えるかと思い貰っておいたのだ。






『それでは最終戦、鈴凛ちゃんクイズ、開始したいと思いマス!』


アシスタント花穂ちゃんがガラガラを回す。
コロンと番号の書かれた玉が転げ落ち、花穂ちゃんが番号を確認して四葉ちゃんに伝える。
四葉ちゃんは、手元にあるチェキノートを開き、その番号の問題を検索してし始めるのだった。


『では第1問!』


四葉ちゃんの口から最初の問題が読み上げられる。
かくして、鞠絵ちゃんと小森さん、最後の決戦が幕を開けたのだった。


『鈴凛ちゃんのスリーサイズは?』


    ガンッッッ


思わずバランスを崩し、アタシは前頭部を机に叩きつけてしまった。
あー、なんか昨日同じことしたなぁ……。


「っていうか、なんでそんな問題出してるのよッ!?」


    ピンポンピンポーン


『小森さん、正解デス!』
「っていうか答えてるし、っていうか当てたの!?


アタシ、スリーサイズを小森さんに教えた覚えはない……。
……ってことはまさか、目測で当てたの!?


「ぅふふふ、お姉さまのスリーサイズ、私の見積もったとおりでしたね
「…………」


お、恐るべし小森さん……。


「ちょっと待ってください! その数値、前にわたくしが聞いたときよりもちょっと大きいですよ!」
『あー、残念デスが、これは昨日改めて測り直したデータデスので、鞠絵ちゃんが知っていたデータはもう古いのデス。
 チェキは早さが命なのデス』


鞠絵ちゃんは驚いたような顔をして、頬をちょっと赤く染めながらアタシの方を向き、ほんのちょっと言いにくそうに……


「鈴凛ちゃん……また大きく……?」


……はい、またおっきくなってました……。






赤くなるアタシたちを余所に、花穂ちゃんはガラガラを回す。
そして、1問目と同じように四葉ちゃんに番号を伝えた。


『第2問! 鈴凛ちゃんの得意料理は?』


第2問目はそんないたって普通な問題が出された。
さっきの今だったので、アタシは多少安心を覚えたのだった。


    ポーン


『はい、鞠絵ちゃん!』
「カツサンド!」


さっきの盛り返しとばかりに、今度は鞠絵ちゃんが先に早押しボタンを押し、答える。


    ピンポンピンポーン


『鞠絵ちゃん正解デス!』


四葉ちゃんは、手元の機械を操作すると、鞠絵ちゃんの正解を告げるため、正解の効果音を鳴らしたあと、自らの口でもそれを伝えた。


『鈴凛ちゃんはまともに料理もできないガサツな女の子デス。
 そんな鈴凛ちゃんが唯一まともに作れるのが、そのカツサンドという……まあ所詮は手抜き料理デスが』
「ちょっと! そういう余計な解説いらないから!!」
『えー、折角チェキしてたのにー』
「そういう問題じゃなくて、恥ずかしいからやめて!!」


アタシの抗議に、四葉ちゃんはまるで雛子ちゃんみたいにブーっとほっぺたを膨らませて拗ねてることをアピール。
この場合、アタシの方が拗ねたいと思うのですが、何か間違っていますか?






『それでは第3問デス!』


現在1対1。
果たして、この問題で小森さんは勝ち逃げするのか、それとも鞠絵ちゃんが逆転するのか……。


『鈴凛ちゃんのベストフレンド、四葉の大好物はなんでしょうか?』
アタシ関係ないじゃん!?


……思わずツッコミを入れてしまった。
一応、小森さんが先に早押しボタンを押し解答権を得ていたけど。


『あ〜ん、鈴凛ちゃんと四葉の仲じゃないデスか〜』


なんて体をくねくねさせながら、そんな風なことを言う。
それは理由になっているようでなってないと思うのはアタシだけか?


「ねえ……四葉ちゃん」
「ん? なんデスか、花穂ちゃん?」


唐突に、花穂ちゃんが少し気まずそうに四葉ちゃんに話しかける。
とりあえず司会とは関係のないことなので、一旦口からマイクを離して返事をする四葉ちゃん。

花穂ちゃんはちょいちょいと、とある方向を指さす。
四葉ちゃんはそれに促され、そこに視線を向けてみると、

そこには「ゴゴゴゴゴ……」なんて効果音が似合いそうな空気が渦巻いており、
その中心では、何故か怒りに震えながら四葉ちゃんに向け負のオーラをびんびん発している鞠絵ちゃんと小森さん姿があった。


「ちぇ、チェキッ!? 一体どうしてデスか!?」
「……"アタシとの仲"なんて言ったからじゃないの?」


とりあえずと四葉ちゃんの質問に答えてあげた。
四葉ちゃんは、「ナルホド」なんて手を叩いていたけど、ふたりの威圧感にすぐにそんな場合じゃないと気づかされ、
恐怖の渦巻く現実へと引き戻されていた。


『ち、違いマス! そういう意味じゃないデス!! ベストフレンドって意味デス!
 大体四葉にそんな趣味はないデス!! 四葉ヘンタイさんなんかじゃないデス!!』


言葉のあやだった事を焦ってふたりに説明する。
でもそれはそれで反感買いそうな言い訳だなぁ……っていうかアタシは買ったけど……。


「あ、そういう意味でしたか……」
「じゃあ別に構いません」


って構わないのかよ!?






『えー……では小森さん、問題のなくなったところで、こっちの問題に答えてクダサイ』
「あ、はい」


四葉ちゃんは命拾いしたとホッと一息つきながら、司会者の職務に戻る。
中断される前、小森さんが先にボタンを押して解答権を得ていたので、とりあえず小森さんが答えるところから仕切り直しということで再開。


『では、鈴凛ちゃんの大親友、四葉の大好物は?』
「焼肉!」


    ブーーーッ


四葉ちゃんが手元の機械を操作し、小森さんに不正解という事をお決まりの音で知らせる。


『残念、正解はドーナッツでした……っていうかそれはどういう意味デスか?
「え、違うんですか?」


四葉ちゃんの質問にきょとんと答える。
なんか小森さんの方は素でそう思ってたみたいだ。

それはそれでどうかと思うけど……でも、寧ろ四葉ちゃんの嫌いな食べ物になりつつあると思う……。


『さー、どんどんいきマスよー!』


だんだんとテンションのあがってきた四葉ちゃん。
口数は少ないものの、参加者のふたりも同様に熱くなっているのだろう。

その熱いオーラはひしひしとアタシの方にまで伝わってきていた。
そして問題は、次々と続けて出されていった。


『第4問! 鈴凛ちゃんが資金援助と称し、みんなから借りている借金の金額は?』


次々と……


『第5問! 鈴凛ちゃんは、一体いくつまでおねしょをしていたでしょうか?』


…………。


『第6問! 鈴凛ちゃんの赤点テストの隠し場所は、次の3つの内ドレでしょうか?』


…………オイ!


『第7問! 鈴凛ちゃんが今まで破壊したもので、1番大きなものはなんでしょうか?』


ちょっとマテ!
さっきからのその問題は何か?
アタシに恥をかかせたいのか!?

あと鞠絵ちゃんも鞠絵ちゃんで今の問題「咲耶ちゃん」とか答えない、確かに別の意味で大きかったけど。


『お次は第8も―――チェキィィィィッッ!?!?』
    ビリビリビリビリッ……



とりあえず、プライバシーの侵害ということで電撃ビリビリ君3号カスタムを押し当てておくことにした。
マイクを通しての悲鳴はよく響いて耳が痛い。


「だ、大丈夫ですか? えっと……焼肉ちゃん?」
「だ、誰が…焼肉ちゃん、なんデスか……!?」












その後も、(多少問題はあったものの)問題が次々と出される。
鞠絵ちゃんと小森さんは一進一退、お互い一歩も譲らずに答え続けていた。

そして、とうとう……


『ついにここまでやってきました、最後の問題! 第15問目!!』


勝負の決着は、最終問題へと持ち込まれたのだった。


『ここまで盛り上げてくれて、四葉も主催者として、司会者としてダイダイダイ感激デス!
 思えばここまでの激戦、全てが番狂わせ……そして予想外の展開……
 ああ、今思い出してもドレもコレも素晴らしいドラマの連続でした……』


四葉ちゃんは感慨深く今までの試合を振り返り、その思い出に浸っていた。
いいから早く進めたまえ、こっちは冷や冷やして気が気じゃないんだから。


『それでは、最後の問題デス!』


そしてとうとう告げらる。
アタシの……アタシたちの運命を決める、最後の問題。


『鈴凛ちゃんの―――』


四葉ちゃんの口から、最後の問題文が読まれた。

解答者ふたりの手は、既に問題を聞ききるよりも先に動いている。

実はこれまでのほとんどが短い問題。
つまり読みきる前に押したとしても問題文は全て聞けている状態だった。

ふたりもそのことには途中から気がついていた。
つまり後半戦はほぼ早押しの勝負となっていたのだ。
それでも難しい問題だったり、最後まで聞ききれなかったといった運の要素は否めなかったけど、
ふたりともそんなことは気にせず積極的に押してきていた。

ふたりは案外似たもの同士かもしれない。
その大人しそうな外見に似合わず、内にマグマのような熱いものが滾っている。
譲れないもののために、その熱い想いをどこまでも燃やしつくせる。






   ポーン






そして、最後の問題の早押しボタンが押された。

いち早く、最後の解答権を手に入れたのは……






小森さんの方だった。
























「うっ……っく……ひっく……」


ボロボロと、涙を零して泣き崩れていた。
アタシは、そんな彼女になんて言っていいか分からなかった……。


「その……元気出して……」


まさかこんな結果になるなんて、誰も予想だにしなかっただろう。

たった数分前の熱いムードは、既にどこかへ飛んでいってしまっていた。
代わりに、重苦しい雰囲気がアタシたちの周りを包み込んでいた……。


「でも、でも……」


アタシの呼び掛けに「でも」と答える。
「でも」、そこまでは口にするものの、それ以上は紡げずに、結局そこでまた押し黙ってしまった。


「あぅ……スミマセンデス……四葉、全然気がつかなくて……」


四葉ちゃんは、申し訳なさそうに彼女に向けて頭を下げた。


「いえ、悪いのは……私、なんですから……」


床にうずくまりながら、彼女―――小森さんは、そう返すのだった……。












……



…………



………………














    ポーン


早押しボタンの音が鳴り響く。
いち早く解答権を手に入れたのは小森さんの方だった。

早押し対決は小森さんが制した。
これに答えれば、小森さんの勝ちが決定する。

これに答えれれば……

でも今、四葉ちゃんは一体なんて言った?






  『鈴凛ちゃんの、好きな人は誰でしょうか』






そう、確かにそう言った。


この答えは簡単だ。
多分この場に居る誰もが……小森さんも含めて、その答えを分かっている。
昨日もインタビューされてる時も、四葉ちゃんにこう答えた。


他の誰でもない……鞠絵ちゃんだ。


アタシの得意料理とか、アタシの得意なスポーツとか、そんな問題に比べたら遥かに易しい問題。
そう、分かっていた……だからこそ、小森さんは言うことができなかった。


「チェキ……? あ、あれ? どうかしたんデスか? みんな黙っちゃったりなんかして……」


四葉ちゃんは事の重大さに気づいていないみたいだ。
でも、今までとは違う重い空気を察し、四葉ちゃんも戸惑いを隠せずにいた。

それも当然のことかもしれない。
だって分かっていたら、こんな問題、出したりなんかしないだろうから……。

花穂ちゃんも、それの意味するところをきっと理解している。
だから花穂ちゃんは、四葉ちゃんに耳打ちして、何が起こっているかを説明してあげていた。

そこでやっと四葉ちゃんもハッとしたように顔色を変化させる。



もし…もしここで、小森さんが正解を答えたのなら、それは自ら認めることになる。
アタシが本当に好きなのは、鞠絵ちゃんだってことを……。
勝利を目前にした自分ではなく、今まさに敗退を喫しようとしている相手ということを。

しかし、答えを言わなくても、自分だと答えても……それは同じこと。
不正解になって、鞠絵ちゃんに得点が入り、結果鞠絵ちゃんの勝ち。


アタシの心は、どっちに転ぼうと鞠絵ちゃんに奪われたままだ。


そういえばしっかりと話し合っていなかったけど、小森さんが勝った場合はどうするつもりだったんだろう?

アタシを手に入れる。

鞠絵ちゃんと別れて、小森さんと付き合うということだろうか?


自分でも他の人間に心を奪われていると知った上で、
別の人間と好き合っていると理解した上で、

その事を自分の言葉で口にして認めた上で……。


なんて残酷な「勝利」という名の「敗北」だろう……。


結局小森さんは、最初からこの勝負で、本当の意味でアタシを手に入れることはできなかったんだ……。












………………



…………



……












「まさに、ワニさんのパラドックスでしたね……」


四葉ちゃんが、蹲って泣いている小森さんを見て、こっそりと呟いた。


「それ昨日アタシが入れ知恵した事じゃない……」


その事態を作っておきながら、うんうんと頷いて感心する四葉ちゃんに呆れ気味に返す。


でも、まさにその通りだった。

あの時、小森さんはどっちにも動くことができなくなって、
結局、その場に泣き崩れてしまった……。


突然のアクシデントにより、試合はそこで中断。
結局勝ち負けどころの騒ぎじゃなくなってしまったのだ。


鞠絵ちゃんは、アタシの後ろでただじっと佇んでいた。
そうするしかなかった……。

自分が得た幸せのために、不幸になった存在を目の当たりにしているんだから……。
結果的には、彼女を押しのけて手に入れた幸福の持ち主なんだ。

小森さんに話しかけることなんかできない……。

お互い、それが不可抗力なんて分かっていても、とてもできるわけがない……。






「小森さん……その……」


アタシには、どうするのが正しいか分からなかったけど……
このままじゃいけないって思ったから、アタシは小森さんに言葉をかけることにした。


「アタシ、確かに女の子のこと、好きになれるかもしれない……。 でも―――」


そしてきちんと話すことにした。
昨日、結局話せずじまいに終わってたことを。


「でも、女の子だから好きになったんじゃない……鞠絵ちゃんだから、好きになったの……」


アタシ自身、この気持ちをどう考えているのかを、小森さんに話すことにした。


「誰でも良い訳じゃない……。
 本当に、本当に好きになっちゃったから……」


これが小森さんに追い討ちをかけてるって事は分かっていた。
そうすることが、小森さんにとっては辛い事だって……分かっていた。


「だから……女の子でも、姉妹でも、恋人になった……なれたの……」


でも、ハッキリ伝えるべきだって思ったから。


「小森さん、昨日言ったよね……科学者を目指す者だから、頭から無闇に否定しないんだって……。
 でもそんな大層なもんじゃないよ……」


辛くても、目を背けさせちゃダメだって思った。


「ただ、"鞠絵ちゃんが好き"って……たったそれだけの、自分の正直な気持ちに従っているだけなんだから……」


だから、アタシの本当の気持ちを、小森さんに話すことにした。


「その……上手く説明できないけど……」
「分かります……分かって、います……」


顔を伏せたままそう答えた。
そして、今度は小森さんが、アタシの告白に対する返答とばかりに、自分の気持ちを口にし始めてくれた。


「本当は分かっていた……気づいていたんです……」


 アタシが本当に好きなのは、鞠絵さんだってことは……。


「でも、それでも……」



「それでも、認めたくなかったから……―――」



 ―――だから見ないようにしていた……。



 目を背けていた

 誤魔化していた

 気づかないフリをしていた



 はしゃいで、騒いで、何も考えないで動いて

 どんな形でも、自分が貴女に近づけると認識できること自体が嬉しかった。



 本当は諦めていた気持ちなのに……

 なのに、その壁は存在していないと知ってしまったから

 だから目の前に現れた希望にすがった



「諦められる恋じゃ、なかったから……!」



 貴女に愛されるかもしれないと

 儚い希望が見えたから……






 本当は、別の壁が既にそこに存在していることなんて……とっくに気づいていた……












「お姉さま……お姉さまの気持ち、ハッキリと口にしてくださって、ありがとうございました……」


小森さんは、涙を拭きながら立ち上がると、アタシに感謝の言葉を返してくれた。
アタシは感謝される覚えはない……小森さんは、アタシが傷つけたも当然なのに……。


「小森さんがいい人で良かった……」
「そんな……わ、私は―――ひゃっ!?」


小森さんが何かを言おうとしてたけど、その前に小森さんの体を引き寄せて、抱きしめた。
アタシの行動に、小森さんはビックリして小さな悲鳴をあげると、そのまま言葉を失ってしまった。



この時、後ろの鞠絵ちゃんがアタシに向けて痛い視線送っている殺気をアタシは感じてた……。

あー、そういう不純な動機じゃないから。
母親が子供をあやすとか、そういう動機での行動だから。
だからそういう痛い視線送ってこないで。


と、とりあえず気を取り直して……。


「良い人だよ……。 だって、心が伴わない恋なんて、意味がないって分かってるんだから……」


アタシの心なんかいらない、アタシさえ手に入ればそれでいい。
そう考える人間なら……アタシはきっと、小森さんの事を幻滅したと思う。


「アタシ、小森さんのことは好きだよ……。 でも……それは恋じゃない」


アタシの事を、こんなにも慕ってくれる友達を、失いたくない。


「でも……友達としてなら……好きだから……」


ちょっと過度に接してくるところがあるかもしれない、
憧れが過ぎるとも思う節だってある。

でもどれも、アタシのことを想ってのこと……

確かに困ったりもするけど……
同時に嬉しくも感じている自分がいる……。


「だから友達として、これからもやっていけないかな……?」


小森さんの体を少し離して、そして小森さんの顔を見据えて、静かに聞いた。




「花穂ちゃん花穂ちゃん、アレ、まるでちゅーするような体勢デスね……」
「よ、四葉ちゃん、邪魔しちゃダメだって……!」


後ろでボソボソと部外者が雰囲気台無しにするような事を言うのが聞こえた。
たまたまこういう体勢になっただけでそういう思惑は一切ない。
だから鞠絵ちゃんも殺気抑えてください。






「……でも」
「ん?」


小森さんは、アタシの問いに対して、おもむろに答えはじめた。


「でも、友情が恋に変わる事だって……ありますよね……?」
「えぇっ!?」


……どうやら小森さんは、結構しぶといらしい。
励ましているつもりだったけど、逆にアタシが困らされてしまった。


「私、諦めません! いつか……例え、恋人が居ても……いつかお姉さまを私の方に振り向かせられるって……!
 ……そのくらいの希望は……持っていてもいいですよね……?」


お姉さまは折角女性も愛せるんですから、と付け足して、
不安そうに、でもそれを表に出さないように無理して笑顔を作って聞く。


「あ、う、うーん……」


しかし、それに対してアタシはそんな煮え切らない返事を返すしかなかった。

アタシとしてはすぐにでも首を縦に振りたかったんだけど、鞠絵ちゃんが見ている前で、気楽に「うん」とは言いにくかったからだ。
だってつまりは、アタシが心変わりするかもしれないって言ってる訳で……
恋人がいる目の前でそんなこと容認するのも何かと問題が……


「仕切りなおしですね」
「「え?」」


アタシが返答に困っていると、後ろの鞠絵ちゃんから、突然そんな言葉が飛び出す。
別に怒ったでもなく拗ねたでもなく、いつも通りの声色で。


「第3戦は中断してしまいましたから……だからどっちが鈴凛ちゃんの心を射止めるかの勝負で、仕切り直しです」
「鞠絵……さん……?」


小森さんが元気を取り戻してきたお陰か、さっきまで話しかけることもできなかった鞠絵ちゃんだったけど、
今はもう小森さんのところに十分近づいてきていて、そしてゆっくりと話し始めていた。


「わたくしは、鈴凛ちゃんの心を決して余所に向かないように精一杯努力します。
 だから逆に、小森さんはそんなわたくしから、鈴凛ちゃんのハートを奪う努力をしてください」
「い、いいんですか……!?」
「ええ。 できるのなら、ですけど」


自信あり気に、うふふっと笑って答える。

そうだ……そういえば鞠絵ちゃん、優しい子だった……。
鞠絵ちゃんのそんなところも、アタシは好きになったんだっけ……。

ダメだなぁ……アタシ、まだ全然鞠絵ちゃんのこと分かってないや……。


「もし鈴凛ちゃんの心が小森さんに向いてしまって……もうどうやってもわたくしの方へ向いてくれないと知ってしまったのなら……
 わたくしは、鈴凛ちゃんの幸福を願って、身を引くと思います……。
 だから……まだ希望を持てるうちは、小森さんも諦めないで鈴凛ちゃんを狙ってもよろしいですよ」


最後に「本当はイヤなんですけどね」と、ニッコリ笑って付け足して、鞠絵ちゃんは新しい挑戦状を小森さんに優しく突きつけた。
小森さんは、泣きじゃくったせいでまだ腫れぼったい顔を、精一杯の笑顔に変えて、


「はい!」


お世辞にも可愛いなんていえないその笑顔は、
鞠絵ちゃんの笑顔に負けず劣らず、とっても可愛い笑顔だって、思った……。
























「……っていうかさ、アタシ最初から今のこと小森さんに話そうとしていたんだけど……」


そうそう、確か昨日話そうとしたけど、誰かさんの妨害が入ったせいで話せなくなったんだっけ。
この状態を見ると、なんかちゃんと話せていたらそれで済んだんだと思うだけど……


「どーして今日一日使ってこんなどたばた繰り広げるハメになったのかなぁ……?」


おもむろにラボの入り口の方向へ目を向けてみると、そこにはマンガの泥棒の様に抜き足差し足で、
この場からこっそり抜け出そうと試みる、アタシ争奪(略)の主催者の姿が。


「……ねぇ〜、四葉ちゃ〜ん?」
「チェキッ!?」


ラボのドアに手をかけようとしたところで、肩をアタシに掴まれて、ビクッと体を大きく震えさせてから硬直。
残念無念、あと一歩のところで脱出は叶わず、哀れ四葉ちゃんはアタシに捕まってしまいましたとさ……。


「いえ、あの、その……えっと……」
「だ〜れかさんが、余計なこと言わなかったら、こ〜んな面倒くさいことしなくて済んだと思うだけど……ど〜思うかしら〜?」
「あ、アハハハ……」


わざとゆっくり粘っこく話しかけるアタシ。
四葉ちゃんは、ものっすごく気まずそうに、青ざめた苦笑いを浮かべるだけだった。


「それは、その……ほ、ほら、エンターテイメントデス! チェキ!」
「…………」
「ゴメンナサイ、怖いデス、その顔ヤメテクダサイ」
























「それでは、今日はどうもありがとうございました」


アタシは鞠絵ちゃんと一緒に、小森さんを見送るため玄関にいた。
小森さんは、まだ腫れぼったい目をした顔で、それでも無理矢理じゃない笑顔を向けてアタシたちにお辞儀をする。


「ゴメンね、なんかややこしい事に巻き込んじゃって」
「いえ、楽しかったですから、どうぞお気になさらずに」


今度またやる時に備えて、バッティングの練習をします、なんて笑いながら付け足していた。

うん、「今度」なんて一生来なけりゃいいな


「あの……それで焼肉ちゃんの方は……?」


心配そうにそう聞いてくる小森さん。
……なんだかすっかり焼肉ちゃんで定着してしまったようだ。


「あー、大丈夫大丈夫、四葉ちゃんにとってはあんなの日常茶飯事……―――」


―――……って言うのは、さすがに言い過ぎかな……。












……



…………



………………












「る〜るる〜♪ 四葉は花〜♪ アイアムフラワー♪」

「お花の視点は低いデス〜♪ 雛子ちゃんより低いデス〜♪」

「Ah〜♪ 穴掘りドリル君なんて使うんじゃなかったデス〜♪」

「Fu〜♪ 掘りっ放しの穴に顔だけ出して埋められちゃったの〜♪」

「埋められて〜♪ 埋められて〜♪ Oh〜♪ Lonely My Heart♪」




    『埋められてLonely Heart』    作詞・作曲・歌:よつば




「…………良い……歌だね」
「チェキ、お褒めにコーエーのイタリデス。 アリガトーデス、千影ちゃん」
「でも大丈夫さ…………君はひとりじゃない…………」
「っていうか、何で千影ちゃんは先に埋められてたんデスか?
「…………」
「…………」
「……フッ」
「いや、ワカリマセンって」












………………



…………



……












とまあ、今も我が家の庭から珍妙な歌が流れてきていたりする。


「まあ、向こうで楽しそうに歌っているし、そんな心配しなくてもいいと思うよ」


ああ見えて四葉ちゃんはしぶといのである。
大親友のアタシが言うのだから間違いない。


「はあ……でも……」


それでも小森さんは心配そうな顔で、煮え切らない返事を返してくる。


「大体、そんなこと言っておいて、小森さんだって楽しそうに一緒に埋めてたじゃないの」
「え!? あ、あれは……その……お、お姉さまが楽しそうに埋め始めますから、私もご協力をと思いまして……」


「おほほほ……」なんて口に手を当てながら、気まずそうに照れ笑い。
完全じゃないかもしれないけど、小森さんもすっかり元気を取り戻してくれたようだった。

ちなみに、四葉ちゃんを埋める時は鞠絵ちゃんも喜んで協力していた。


「でも変わったお家ですね。 よく人を埋めるんですか?」
「いや、人埋めたのなんか多分今日がはじめてだし、千影ちゃんについては何で埋まってたか知らないし」


冗談なのか素なのか、微妙な事を聞いてくる。
というかなんで千影ちゃん埋まってたんだろう……?


「それでは、今度こそ。 また明日、学校で……!」
「うん、明日ね」


なんて、他愛ない挨拶を交わして、小森さんとの大変な休日は終わりを迎えるのだった。


他愛ない終わりを迎えるってことは、それはきっと、我が家に直撃した嵐がやっと収まってくれた事を意味してるんだろう。

なんだか色々あったけど、ようやくアタシに平穏な日々が戻ってくれたようだった。
ううん、雨降って地固まる、きっと前よりも楽しくなるかもしれない。






……いや……もしかしたら……




「鞠絵さん……絶対、お姉さまを振り向かせて見せますからね……!」
「わたくしだって、絶対に渡しませんから! 誰にも……小森さんにだって!」




これからが本当に大変なのかもしれないな……。
























おまけ


    ガラガラガラ……


「四葉ちゃ〜ん、穴掘りドリル君、持ってきたよ〜」
「ワァオッ! 花穂ちゃんナイスデス!」
「待っててね、早速今から掘ってあげるから」
「ハイ、頼み……」


    ウィィィィィン……


「…………ハッ!」
「よぉしっ! 花穂、頑張っちゃう!」
「あ、アー、アー、まま、待ってクダサイ! ちょっと止まってクダサイ!!」


    ガガガガガガッッ……


「ぎゃー! 近い近い!! ドリル近いって!!」
「え、なに? ちょっとうるさくてよく聞こえないよぉ〜」


    ガガガガガガッッ……


「近いって!? 巻き込まれマスって!!? 眼前に迫っ―――ギャー!?!


    ガガガガガガッッ……


「…………(ぶくぶくぶく……)」
「えへへっ、次は千影ちゃんの番だよ
「…………」


    ガガガガガガッッ……


「…………フッ…………とうとう私も、年貢の納め時か…………」






あとがき

まりりんほのらぶストーリー『"〜ました"シリーズ』の第8弾!
完全に前作の『嵐がやってきました』の続編です。
そっちの方のあとがきでも予告したとおり、鞠絵vs小森さんの白熱の鈴凛争奪バトル話でした。

前作の方で張った伏線も大体消化できたと思います。
「ここまで伏線だったなんて!?」とか言ってもらえるとしてやったりです(笑
まあ、多少は閃きで追加した伏線とかもありますが、例えば「数学のノートの落書き」とか。


個人的に小森さんは、思いが叶わなくても付き合う方タイプの人間だと思いますが、
しかしなりゅーは小森さんをなるべくいい人にしたかったのでこのような展開にしました(爆
こんなに長々小森さん話書いておいて、実は小森さんはまだ見ていないという有様ですが、
もともと小森さんの性格はハッキリ決まっていないので「最低限の小森さん」さえ満たせれば良しとします(苦笑

ただ、このシリーズはあくまで「ほのらぶ」なので、
個人的に終盤のシリアスな展開はちょっと避けた方が良かったかと考えてもいます……。
でもあの展開は予定通りだったりしますが(笑

まあ、肝心のそれもなりゅーのキャパシティー不足で失敗した気が……(汗


この作品、今まで最長の作品……これまで書いた最長の作品のものの約2倍の量となりました(苦笑
書く前から長くなるとは思いましたが、予想量を遥かにオーバー、
予定していたことを順々に詰め込むと、まさかここまで膨れ上がるなんて思いもしませんでした……。

しかし、その割に集中力が続いていたのはまりりんだったことと、ずっと書きたかった作品だったからなんでしょうかね。

あまりにも長くて手軽に読みにくいと思い、結局4つに分けて掲載することにしました(苦笑
こんなに長く書くことは多分もうないと思いますので、長いのが苦手な人はどうぞご安心を。
というか、自分が長い話の苦手だから、意識的に抑えます(苦笑


更新履歴

H16・8/1:完成・掲載
H16・8/2:4つに分割して掲載・修正
H16・8/3:誤字修正
H17・7/31:書式等を微修正
H18・7/23:サブタイトルを「〜ました」の形に改名


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