頬を赤く染め上げ、目を瞑り、
 顎を少しだけ上げて、淡い桜色の唇を、そっと差し出す少女……


「花穂からの……おまじない……」


 それは、彼女の目の前の相手に、自分の唇を捧げようとする行為に他なりませんでした。

 問題は、彼女とその相手の関係が……
 ワタクシと彼女との関係が……

 「姉」と「妹」であるということ……。











 

Cheer’s KISS













 事の始まりは今から十数分ほど前にさかのぼります。

 ワタクシは、将来立派な大和撫子となるべく、
 日々多彩なお稽古事に通い、自らを高めるための精進を欠かさず行なっております。
 そして、本日もそのためのお稽古事の予定がありました。
 ですが、出向くまでには、まだしばらく時間があるため、ワタクシは家で読みかけだった小説を読んで時間を潰していました。


  ピンポーン


 そのうち、家の呼び鈴が鳴り、来客がやってきたことをワタクシに告げました。
 ワタクシは急いで玄関へと向かいました。


「はい、どなたでしょうか?」


  ガラガラガラ……


「ぐすっ……ひくっ……」


 玄関の引き戸を開けると、そこに現れたのは、ぼろぼろと涙をこぼして泣く花穂ちゃんの姿がワタクシの目に入ってきました。


「え?!  花穂ちゃん!?」


 花穂ちゃんは、いつもみんなを応援し、励ましてくれるワタクシの妹。
 自分はドジでなにもできないから、せめてみんなを応援するくらいはしてあげたい。
 その気持ちから、学校の部活動ではチアリーディング部に入部し、
 誰かを応援するということを目標に一生懸命頑張っている健気な子です。
 そのため、花穂ちゃんはいつもみんなの事を応援してくれます。もちろんワタクシのことも。

 特にワタクシは、薙刀や弓道、茶道に華道、舞や能など、たくさんの稽古事に通っています。
 自分の言うのもなんですが、実際、それら全てこなすことは並大抵のことではありません。
 傍目にもそれが分かるようで、そのため「誰かを応援したい」という気持ちを持つ彼女からは、よく応援していただきました。
 もっとも、特に私を励ましていたわけでなく、全員に同じだけの応援をしていただけかもしれませんが。

 しかし、彼女に元気付けられたことは、事実。
 ワタクシは、彼女に励まされたことをいつも感謝をしております……。


 そんな彼女が今、ワタクシの家の玄関でぼろぼろと泣いている。
 突然のことに動揺を隠せないワタクシ。
 一体何が原因なのか、彼女に泣いている理由を問いました。


「一体、何があったというのですか……?」

「今日……ひっく……春歌ちゃんの……誕生日…ぐすっ………だから……プレゼント……」


 誕生日。
 そう聞いて、ワタクシはそこでやっと、本日5月16日がワタクシの誕生日だということに気がつきました。
 ワタクシの普段の生活は、学校に通い、その後でたくさんのお稽古事に通い、家に帰ってからはその反復練習を繰り返す。
 また、学校での勉強も抜かりなくしっかりと予習復習を行なう。そういう生活を繰り返し行なっています。
 そして、特にここ最近は忙しかったため、情けない話ですが、ワタクシはついつい自分の誕生日に気づかずにいたのでした……。

 ならば花穂ちゃんは、ワタクシのお祝いに来てくれたのでしょう。
 それはいいとして、ならばどうして泣いているのか?
 ワタクシに皆目見当もつきませんでした……。


「でも……でも花穂……ドジだからっ……!」


 花穂ちゃんはそこで言葉を切ると、そっと手を差し出し、握っていた手を開きました。
 開いた手のひらにあったのは、2本の折れたかんざし。
 いえ、2本ではありません。その形状や模様から、元々1本だったかんざしだと分かりました。
 そこでやっと、花穂ちゃんの泣いている理由を察する事ができました。


「これを……ワタクシに贈るつもりだったのですか……?」


 花穂ちゃんは、言葉で返す代わりに首を縦に振って答える。


「花穂………いつも頑張ってる春歌ちゃんが……ぐすっ……これからも頑張れるようにって……思って……
 春歌ちゃんはすっごく頑張ってるから……だから、それに追いつけるくらい……
 いっぱいいっぱい励みになるものを贈りたかったから……ぐすっ……だから特別高いものの方が良いって……思って……」


 悲しそうに、悔しそうに、ひとつひとつ言葉を涙混じりに一生懸命紡いでゆく。


「でも、壊れちゃったから…………ぽっきり折れちゃったから……ぐすっ……
 花穂、一生懸命お小遣い溜めたのに……転んじゃって……全部パーになっちゃって……
 お小遣い……もう、残ってないから……ひっく………新しく……買い替えれなくて……っく……ぐすっ……」

「花穂ちゃん……」


 多少支離滅裂になりながらも、必死に事の顛末を伝えようとする花穂ちゃん。
 いつも彼女はそそっかしく、よく失敗を繰り返します。
 その度に多少落ち込みはしますが……この悲しみ方は、恐らくワタクシが知る中で、最も彼女が落ち込んでいる姿でした。

 目の端に涙をたっぷり蓄える花穂ちゃんを見ていると、その悔しさ、自分への情けなさが伝わってくるようで、
 見ているこっちまでもが悲しくなりそうになりました。
 そんな花穂ちゃんを、ワタクシはただ、そっと抱き寄せることしかできませんでした……。


「う…くっ……、うぁ……うわあぁぁぁんっ!!」


 張り詰めていた糸が切れたように、花穂ちゃんはワタクシの胸の中で声をあげて泣きじゃくりました。












 そのまま花穂ちゃんを玄関に置いておく訳にもいかず、ワタクシはひとまず、彼女を家の中にあげる事にしました。
 お稽古の時間まではまだしばらくあるので、それまでなら家に居させてあげようと思ったのです。


「ごめんね……花穂、春歌ちゃんに……なんにも、プレゼントできなく……なっちゃった……」


 ほんの少しですが、時間が経ったことにより気持ちが落ち着いたらしく、
 花穂ちゃんは、今度は言葉を詰まらせることもなく話しはじめました。


「気になさらないでください……だって、ワタクシはもう、花穂ちゃんから頂いていますから」

「え?」


 彼女の「人を応援したい」という花穂ちゃんの心。
 その心は、ワタクシにはしっかりと伝わっています。
 そして、幾度もその思いに助けられました……。


「花穂ちゃんからは、いつも励まされていただいています……。いつも元気を分けていただいています」

「ほ、ほんと……?」

「ええ、本当です」

「そ、それは……春歌ちゃんはすごいからだよ……」

「ワタクシが凄いから?」

「うん! 花穂なんかと違って、なんでもできて、いっぱいお稽古も習ってて……
 しかも習っていること全部、上手にこなしちゃうんだもん……だから花穂、そんな春歌ちゃんを応援したい、って思って……たのに……」


 ワタクシとの会話で、花穂ちゃんはいつも通りの元気を取り戻し、普段通りに話しをできるまでに回復していました。
 しかし、取り戻したはずの元気はまたすぐになくなり、花穂ちゃんは再び俯き加減になってしまった。
 よく見てみると、花穂ちゃんの視線はテーブルの上に置かれた折れたかんざしに向けられている。
 贈り物がダメになってしまったことがよっぽどショックだったのでしょう……。


「大丈夫ですよ……。花穂ちゃんの、その想いはしっかりとワタクシに伝わっています。
 そして今……より強い励ましを受けた気分です……」


 そのプレゼントは、ワタクシのために更に強い応援をしてくれるつもりのものだったと、彼女は先程そう言った。
 結果はどうあれ、その気持ちだけでワタクシの胸はいっぱいなるようでした。
 それにワタクシに贈り物ができなくなったことに対して、ここまで悲しんでもらえればこそ、
 花穂ちゃんがどれほどの気持ちをそれに込めてくれたのかが伝わります……。
 誕生日に物を贈ることが、物を介して、その人に対して気持ちを伝えることなら、
 この折れたかんざしだけでも十分過ぎるほどその役目を果たしています……。


「ワタクシはその気持ちだけで十分ですから……」

「で、でもっ!」


 確かにワタクシ自身は満足しました……。
 しかし、あげる側にはあげる側の満足というものがあるようで、花穂ちゃんは納得の行かないようでした……。
 ワタクシは、自分がいかに満足したかを伝えようと試みましたが、
 花穂ちゃんの耳には届いておらず、肩を落としたまま、何かをじっと考えているようでした。
 すると、花穂ちゃんはなにか強い決心をしたような様子でワタクシにこう言ったのです。


「じゃ、じゃあ……おまじないを……」

「……え?」

「春歌ちゃんが、これからも頑張れるように……いっぱいやっている習い事を、きちんと全部上手く行くように、」


 一旦言葉を切ると、ワタクシの方に近寄り、潤ませた瞳でワタクシの目を見据える。


「花穂からの……おまじない……」


 花穂ちゃんは頬を赤く染め上げ、目を瞑り、顎を少しだけ上げて、その淡い桜色の唇を差し出すような体勢をとったのでした……。


「花穂……ちゃん……?」


 一瞬、全ての思考回路が停止いたしました。
 そして再び動き始めた時、その体勢から「おまじない」が一体どのようなことを行なうかを、
 ワタクシは理解していました……。


「な、何を考えて……!?」


 当然、先程の泣いている花穂ちゃんを見かけたとき以上の動揺は隠せませんでした。
 そのため、その程度の言葉を絞り出すので精一杯でした。

 本来、口づけとは、自分の愛する者に対して行なう行為。
 もちろん、家族や兄弟、姉妹に対する愛ではなく、自らの恋焦がれる相手に捧げるもの。
 当然、遊び半分で行うようなものではない。
 その中でも、初めての口づけは人生でたった一度の、それこそ人生に関わるほど大切なもの。
 それを、一時の感情で捧げてしまっても良いのか?  「姉」であるワタクシに捧げても良いのか?

 もちろんワタクシは、そのことを花穂ちゃんに説明……いえ、説得いたしました。
 すると、花穂ちゃんは一旦体勢を崩し、固く閉ざしていた口を動かし始めたのです。


「う、うん……分かってる……。……でもね、」

「……でも?」

「いっぱい習い事をしている春歌ちゃんは……どんなこともこなせちゃう春歌ちゃんは……
 他の人たちと比べても一生懸命で……普通のことじゃ足りないと思うから……。だから花穂……このくらいじゃないと効果がないと思ったの……。
 そのくらい大切なものじゃないと……おまじないは効かない、って思ったの……」


 まだ泣いた跡の残る赤い目を向け、熱心に、自分の気持ちに強い感情を込めて、ワタクシに語りました。


「それに……春歌ちゃんにだったら……いい思い出になるから……」

「……え?」

「こんなに凄い人を元気付けられたんだって……こんなに素敵な人を勇気付けれるためならって……
 花穂、後悔なんてしないと思うから……! 春歌ちゃんは……花穂の憧れだから……」

「花穂……ちゃん……」


 本来なら……どんなことがあろうとも、花穂ちゃんのために拒否するべきなのでしょう。
 ワタクシ自身、大和撫子を目指す者として、貞操を守るために断るべきなのでしょう。
 自分の考えを押し付けるつもりはありませんが、花穂ちゃんのためを思えばこそ、尚更頂く訳にはいかない……。



 なのに……ワタクシはそうとはしなかった……。



 そっと、花穂ちゃんの頬に手を当て、その目をじっと見ながら頷く。
 花穂ちゃんは、ワタクシの考えが伝わったらしく、再び目を閉じました。

 花穂ちゃんの想いを受け取ることこそが、花穂ちゃんのためだと……何故だか、最初考えた時とは反対の答えに辿り着いてしまった……。
 そして、これからしようとすることに、ワタクシの心 には抵抗がありませんでした……。
 寧ろワタクシ自身、その気持ちを受け取りたいと、望んでいた……。

 ワタクシよりも小さな、このか弱い体の中には、ワタクシ以上の、強い意志が込められているのを、ワタクシは知っている。

 もしかしたら、ワタクシはそこに魅かれていたのかもしれません……。

 でももしかしたら、これは一時の感情の昂りなのかもしれない……。

 改めて自分に問いても、答えは出なかったけれども、
 それでもワタクシは、思い直すことも徐々に近づいていく自分の顔を止めることなく、
 ゆっくりと、淡い桜色のそれに自分のそれを重ね合わせました……。

 初めて触れた、自分以外の人間の唇の感触は、想像していたよりもずっと気持ち良くて……
 触れあった唇から伝わる柔らかな感触から、花穂ちゃんのワタクシを応援する気持ちが伝わってくるようで……
  頭の中が真っ白になるほど、何も考えられなくなると、



    『―――……―――……』



  自分の頭の中で、言葉にならない声が聞こえた気がしました……。












「ありがとうございました……花穂ちゃん……」


 顔を離し、距離を保ったところで、お礼の言葉を告げる。


「花穂……その……春歌ちゃんと……しちゃったんだ……よね……?」


 花穂ちゃんは目を俯かせて、つい先程までワタクシの唇が触れていた場所を指で軽くなぞりながら、今の行為を確認するように聞いてくる。
 照れくさいのか、顔を真っ赤にして言葉の最後の方はしぼむような声になっていました。


「え、ええ……」


 その問に、そんなハッキリしない返事しか返せませんでした。
 ワタクシ自身も、だんだんと顔が熱くなり、動悸が激しくなるのが分かりました。
 しかし、今更ですが、たった今自分がした事を冷静になって考えてみると、なにかとんでもないことだった気がしてならなくなりました。
 「姉」であるワタクシが、「妹」である花穂ちゃんに口づけてしまったこと。
 やはり一時の感情で動いてしまったのでは、という罪悪感は拭いきれませんでした……。

 でも、嫌悪感はない。
 それどころか、寧ろ嬉しく感じている自分がいる。


「まぁ……これは、おあいこですわね……。
 花穂ちゃんが大切なものをくれたと共に、ワタクシも同じものを花穂ちゃんに捧げてしまいましたから……」

「え? あ! ああーーーっ!?」


 ワタクシの呟きに、花穂ちゃんは何かを思い出したかのようにそんな声をあげた。


「そ、そうだ……花穂としちゃったって事は……春歌ちゃんのファーストキスは……」

「え? え、ええ……」

「あ〜ん、ごめんなさ〜い」


 どうやら、花穂ちゃんの方はそこまで頭が回っていなかったようで、
 「プレゼントあげるどころか、逆に奪っちゃった〜」などとワタクシに申し訳なさそうにしていました。
 その態度は、先程とは打って変わった、さっきまでの本当に悲しそうなものではなく、いつものドジをした時のような反応で返ってきました。
 それで、ワタクシは「ああ、いつもの花穂ちゃんに戻ったのだ」ということを理解いたしました。


「いえ、ワタクシは気にはしていませんから……。寧ろ嬉しいと感じているほどです……」

「ふぇ? ほ、ほんと……!?」

「ええ……」




 人を励ますことは、そんなに簡単なことではない。

 しかし、花穂ちゃんはそれを見事やりきっている。

 それは、それだけでもう素晴らしいこと。

 花穂ちゃんの持っている、その一生懸命な心、挫けない心こそが、

 彼女の強さだということをワタクシは知っています。




「最高のおまじないを、ありがとうございました……」




 そんなあなたに魅かれたからこそ、ワタクシは受け入れたのかもしれませんね……。












 この時、ワタクシよりも小さく、そして大きな強さを秘めた妹に向かった気持ちが……
 彼女に口づけることに、抵抗がなかった理由が……



    『愛して……います……』



 まさか、「恋」だったと気づくのは…………もう少し、先の話……。






あとがき

誕生日の当人より相手の方が幸せになるなりゅーのひねくれBDSS……今回は完全に無視しました(←いや、それが普通だから

メインはおまじないのキスだったはずなんですが、そこから話を広げたにもかかわらず、
なんだか書いているうちにそっちの方が蛇足的な印象を受けます(苦笑
花穂がそういう行動に出る理由も弱い気がしますし……。
それに前フリも内容の割に生かせていない。
最後の方もなんだか尻すぼみな感じになってしまいましたし……。
思いついた瞬間はそれなりに面白くなると感じたんですけど……完成した今、どうも失敗作と感じてしまう出来です(汗
1日で仕上げた作品だからでしょうか……?(苦笑
まぁ、これがなりゅーの気にし過ぎならいいんですが……。

ちなみに、「もう少し先の話」なんてないです(苦笑
絶対とは言いませんが、特になにかない限りやらないと思われます。


更新履歴

H16・5/16:完成
H16・11/30:脱字他大幅修正
H17・5/16:書式他修正


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