「やっほー、鞠絵ちゃん! お誕生日、おめでと!」


療養所の鞠絵ちゃんの病室のドアを開け、元気よくそう言って入った。


「衛ちゃん! ありがとうございます……」


ベッドの下で丸くなっていたミカエルも、体を起こしてボクの到着を歓迎してくれていた。
鞠絵ちゃんはミカエルとじゃれあうボクを見て横で笑っていた。


「それでさ、言っていた誕生日プレゼントなんだけど……結局なんだと思う?」
「……え? えっと…………ちょっと、思い浮かびませんでした……」
「え? もうっ、折角クイズにしておいたのに!」
「すみません……」


鞠絵ちゃんには、誕生日プレゼントを教えないでおいて、クイズとして考えさせていたんだ。
ボクには絶対に当てられない自信があった。
だから、鞠絵ちゃんが降参しちゃって、ちょっとだけ残念な気持ちになった。


「いったい、何をくれるんですか?」
「えへへ……えっとね、」


このプレゼントは絶対鞠絵ちゃんに喜んでもらえるって確信しているから、だからボクは自慢げにこう言った。


「鞠絵ちゃんにはね、"健康"をプレゼントするよ!」











 

"健康"貸します













その日、ボクは公園で千影ちゃんに相談していた。
別に誰でも良かったんだけど、日課のランニングの途中、公園で休んでいたら、
たまたま千影ちゃんを見かけたから、丁度いいと思って相談してみることにしたんだ。


「鞠絵ちゃんが一番欲しいものって……なんだと思う?」


相談の内容は、鞠絵ちゃんが本当に欲しいものについて。
もうすぐ鞠絵ちゃんの誕生日だから。


「…………やはり、健康だろうね」


千影ちゃんの答えは、ボクも思っていたことと一致した。
……でも、


「それって、簡単にプレゼントできるものじゃないでしょ……」
「確かにね…………」
「ボクは鞠絵ちゃんの誕生日にプレゼントできるものを聞いているんだよ……」


鞠絵ちゃんはボクなんかと違って体も弱くて、そのため小さい頃から街から離れた療養所に入院している。
だから、鞠絵ちゃんが何よりも望んでいるのは"健康"なんだ……。
でも、それは誰かがプレゼントできるようなものじゃない。
毎日の療養生活で健康になっていくことは出来るかもしれない……ううん、絶対できるはずだよ!
でも、鞠絵ちゃんの誕生日はもうすぐそこまで迫っていて、とてもその日までに退院できるような状況じゃない。
それに、それじゃあボクがプレゼントしたことにはならないし…………いや、退院してくれるんならすっごく嬉しいけど。


「はぁ……」


いいアイディアが出てこないから、とうとうため息をこぼしちゃった。
いっそボクの元気を鞠絵ちゃんに分けてあげたいなんてことを考え始めるし。
ううん、ボクのこの元気な体を、少しの間でいいから鞠絵ちゃんに使わせてあげたい。
そんな、できもしないことを考え始めていた。


「はぁ…………ボクの体を、鞠絵ちゃんにあげられればいいのに……」
「いやん
「何考えているのさッ!?」


千影ちゃんは顔を赤く染めながら、ほっぺたに両手を添えて、
全身を軽くクネクネさせながら「春歌くん〜、ポポッ♥♥」なんて言う。


「いや、似てないし(汗)」


言葉から察するに多分春歌ちゃんの真似事なんだろうけど、あんまり似てない。
っていうか、千影ちゃんがこんなことするなんて、ちょっと引いた。


「……ひどいの…………くすん」
「…………」


今度は亞里亞ちゃん……だと思う。
やっぱり似ていない……。
もう一回言おうかと思ったけど、キリがなくなりそうなので止めておいた。
それで誤解の無いようにちゃんと説明しておいた。
なんとなく不名誉だったし。


「いや…………衛くんらしからぬ大胆な発言だなあ、とは思ったんだよ…………」
「そういうことじゃないよ!!」


とはいえ、ボクもどういうことかはよく分かってなかったりする……。


「でも、そんなこと無理だよね……」
「…………別にできなくはないさ」
「そうだよね……やっぱり…………」


…………。


「できるのっ!?」
「ああ…………要するに体を入れ替えるだけだろう? できなくはないさ…………」


そんな常識的に不可能そうなことを、鉄棒の逆上がりができるような言い方でアッサリと……。
正直、そんなことができるなんて全然信じられなかった。


「だ、だったらさ、お願いできる!?」


でも、咄嗟にそう言っていたボクがそこに居た。


「別に構わないが…………色々と問題が…………。まぁ、特に後遺症とかは残らないが…………」
「だったら大丈夫だよ! ね、お願いだから!」
「…………いや、しかし……」


『ワラをも掴む』って言うのはきっとこういう感じなんだろうか?
完全に信じているわけじゃないけど、でもボクは千影ちゃんにお願いした。
相手は千影ちゃんだったから、全く信じられないわけじゃなかった。
普通の人が言うよりは比べ物にならないくらい信じられたから、だからそうお願いしていた。

それに、本当にそんなことができたら……。
鞠絵ちゃんにボクの体を貸してあげられたら……。
鞠絵ちゃんが、本当に欲しいものをプレゼントできる!
鞠絵ちゃんを喜ばせられる事ができる!
そう思ったら、全然信じられないことだったけど、
でも、すっごく楽しみで、色んな鞠絵ちゃんが喜ぶ想像が止まらなくて、


「…………あと、時間を過ぎると二度と元の体に戻れなく…………って、衛くん?」
「……えっ!?」
「……聞いていたかい?」
「ん〜……あ、あははは……」


……千影ちゃんの話をちょっとだけ聞きいていなかった……(汗)


「ま、まぁ千影ちゃんに全部任せるからさ、お願いできる?」
「君が良いと言っても…………鞠絵くんが了承するか…………」
「鞠絵ちゃんが断るはずなんてないよ! だって、ずっと望んでいたじゃない!!」
「それはそうだけど…………でも…………」
「大丈夫だって!! ね、お願いっ!!」


手を顔の前で合わせて、頭を深く下げてお願いした。
こんな事頼めるのは千影ちゃんだけだし、
それに本当にそんなことができるなら鞠絵ちゃんを絶対喜ばせてあげられるって、確信していたから。


「…………分かった。鞠絵くんも了解するのなら…………協力しよう」


ボクの必死のお願いの甲斐があったのか、千影ちゃんは首を縦に振ってくれた。
それを聞いたとき、ボクは飛び上がるくらい喜んでた。
だって、鞠絵ちゃんがずっと望んで、今すぐに手に入るなんて思いもしない、素敵なプレゼントが用意できたんだから……。
























「って訳さ」
「ほ、本当ですか!?」


そして今、ボクは鞠絵ちゃんにそのプレゼントのことを説明していた。
プレゼントするってことは前もって伝えておいたけど、それが何かは当日……つまり今日まで黙っていたんだ。
だってこうやってビックリさせた方が嬉しさがいっぱいだって思ったから。


「まぁ……信じられないのも無理はないけどさ……」


って言うか、ボクもあんまり信じていないし……。
……そう考えるとボクってなかなか大雑把だなぁ……。


「確かに……ちょっと信じられませんけど……」
「でもダメ元でやってみない?」
「もちろんです! ダメ元でも何でも、それに衛ちゃんの体なら…………あ!」


そこで、鞠絵ちゃんは何かに気づいたような表情をして、ボクに改まってこう聞いてくる。


「でも、いいんですか? 入れ替えるってことは……」
「大丈夫だよ、ボクが鞠絵ちゃんになるだけでしょ? 全然平気だよ」
「でも……」
「遅れてすまなかったね…………」


鞠絵ちゃんがボクに遠慮して何かを言おうとしたところで、部屋のドアが開き、
遅れてやってきた千影ちゃんがボクたちの前に姿を現した。


「あ、千影ちゃんやっと来たぁ」
「すまないね…………少し遅くなってしまったよ…………」



千影ちゃんが遅れてきたことにボクはちょっと不安に感じてたんだ。
このプレゼントには千影ちゃんの力が絶対必要だったから。
ここまで鞠絵ちゃんに持ちかけておいて、無理って言うのはさすがに気が引けた。

…………ふたりともあんまり信じていないけど、これで出来なかっただったら、なんだかなぁ……。


「話は…………衛くんから聞いているかい?」
「ええ……とても信じられない話ですが……」


鞠絵ちゃんは「本当に良いの?」って感じの目を向けて、無言でボクに聞いてきた。


「ボクは全然構わないからさ、ね」


そんなためらいがちな鞠絵ちゃんを促すように、ボクは鞠絵ちゃんにそう笑いかける。
そこで、鞠絵ちゃんもやっと決心がついたのか、


「……じゃあ、宜しくお願いしますね……」












「えっと……時間、限られているんだよね?」
「ああ…………今からだと…………丁度夕暮れまでだね」
「十分です。短い間でも、自由に走り回って、いっぱい動き回ることができるんですから……ワガママは言えません……」


最初はボクに遠慮していた鞠絵ちゃんも、やるって決めた今はもう乗り気で、
まだ遠慮がちな口調だけど、表情は凄くワクワクしているって感じが伝わってきていた。
そんな鞠絵ちゃんを見てるとボクもワクワクが止まらなくて、早くして欲しいって気持ちが溢れてきちゃいそうだった。


「でも…………本当に良いのかい?」
「だから、良いって言ってるじゃないか」
「……いや、しかし…………」
「もう、早くしてよっ!」


だから、なぜか渋る千影ちゃんにちょっとイライラしてきちゃって……ついついそう言い放っちゃった……。
千影ちゃんはボクのその急かすような態度を見て、ため息をひとつ吐いてから、


「じゃあふたりとも…………目を瞑ってくれ…………」


千影ちゃんに言われて、その指示の通り目を瞑る。

真っ暗闇の中、ボクのおでこに千影ちゃんの指が軽く触れる感触があった。
千影ちゃんの声が何か難しいお呪いを呟いているのだけが聞こえてきた。
そして、2、30秒くらいか経った時、一瞬、眩暈のような感覚に襲われた。


「ふたりとも…………もういいよ…………」


クラッと来て、ちょっとだけ困惑気味のボクの耳に、千影ちゃんの声が聞こえてきた。
なんだか簡単に終わり過ぎて、本当に終わったのかちょっと疑問に思っていたけど、ボクはゆっくりと目を開けた。
ボクがそう思うのを分っていたのか、確認してごらんと千影ちゃんに手鏡を渡される。


「あ!」


ボクはビックリしてそれ以上何も言えなくなっていた。
だって千影ちゃんに渡された鏡を見ると、そこに映っていたのは、いつものボクの顔じゃなくて、鞠絵ちゃんの顔だったから。
渡された手鏡を見ながら、自分の顔に触ってみると、メガネに手が触れた。
そこでやっと自分がメガネを掛けていることに気がついた。


「ほ、本当に衛ちゃんになっています……」


ビックリしてなんにも言えなくなっているボクの横からそんな声が聞こえてきた。
見てみると、そこにあったのは普段鏡でしか見ることのできなかったボク自身の姿。


「入れ……替わっちゃった、ね……」
「は、はい……」


何でもできるとは思っていたけど、まさか本当に入れ替えちゃうなんて……
実際になるまで信じられなかった。

でも、


「鞠絵ちゃん……少しの間、ボクの体をプレゼントだよ!」


これで、ボクのプレゼントは大成功間違いなしって、ボクは確信したんだ。
























ボクたちは入れ替わってすぐに療養所の外に出た。
折角運動のできる体になったんだから、外に出ないと全然意味が無いからね。
療養所を出るとき、看護婦さんに「鞠絵ちゃん、お出かけ?」って、ボクに話しかけてくるから、ちょっとビックリしちゃったよ……。

鞠絵ちゃんの話だと、この近くには広い高原があるらしく、そこで思いっきり走れるスペースがあるらしい。
ボクたちはミカエルを連れてその高原までやってきていた。


「衛ちゃん…………その、走ってみてもいいですか?」


高原につくなり、遠慮がちにボクにそう聞いてくるボクの姿。
鞠絵ちゃんの、いかにも女の子らしい丁寧な口調が、ボクの体にはあんまり似合ってなくて、
ちょっとおかしいような悲しいような、そんな不思議な気分になっちゃった。


「いいよ、そのために入れ替わったんだから。動いてくれなきゃ意味ないよ」
「そうですか?」
「もう、そんな遠慮しないでさ。ボクの体、自由にしていいからね!」
「いやん
「何考えてるのさ!?」


千影ちゃんはこの間みたくまたヘンな想像しているようで、
千影ちゃんが出すとは思えないヘンな声を出していた。


「ダ・イ・タ・ン・ですの ムフン


……"ムフン"ってことは白雪ちゃんかな?
……やっぱり似てない。

引いた。
鞠絵ちゃんも引いていた。
ミカエルも怯えてる。


「じゃ、じゃあ衛ちゃん、さっそく走ってみますね……」


あ、無視して話進める気だ……。


…………。


「うん、自分の体だと思って自由に使ってね」


……ボクもそうしよう。


「…………見捨てないで……」


ゴメン、見捨てさせて(酷)



「わうっ」
「ん?」


ボクが千影ちゃんを見捨てる決心をすると、
後ろからミカエルが一声あげて、鞠絵ちゃんの方に近寄って行った。


「ミカエルも一緒に走ってくれるの?」
「わうっ」


鞠絵ちゃんが問いかけると、ミカエルはまるでいいよって言う代わりに1回吠えて答えてくれた。
自分の体じゃない体で走るってことに対してなのか、不安そうだった鞠絵ちゃんの表情も、
ミカエルのお陰で少し和らいでいるようだった。


「そういえばミカエル……」


さっきからボクじゃなくて、ボクの体の鞠絵ちゃんの方に向かっていっている……?


「動物には…………人とは違う何かがあると言うからね…………。
 衛くんが鞠絵くんだって…………気づいてるのかもしれないね」
「へぇ〜……」


そういうのはよく分らないけど、実際にミカエルは鞠絵ちゃんの方に向かっていったし、
千影ちゃんも言うんだからきっと間違いないんだよね。


「じゃあ、一緒に走りましょう、ミカエル」


ミカエルはいいよって言う代わりに、もう1回吠えて答えてから、鞠絵ちゃんの横に並んだ。
ミカエルのお陰で多少の不安は和らいだみたいでも、鞠絵ちゃんはどのタイミングで走り出すか計りかねていたみたいだった。


「位置について……」


ボクは徒競走の始まりのように掛け声をかけた。
ボクの考えが伝わったのか、鞠絵ちゃんはぎこちなくも構える。
まるで本当の競技大会の100m走を走る前くらいに、緊張しているような表情だった。


「よーい…………ドンッ!」


ボクがそう言うと、鞠絵ちゃんとミカエルは同時に走り始めた。
形はなんかぎこちなかったけど、でも、結構速く走れていると思う。


「凄い、凄いです! わたくし、こんなに速く走っている……」


ボクと千影ちゃんは、高原を楽しそうに走り回っている鞠絵ちゃんたちを見守っていた。


「ミカエルと一緒にこんなに思いっきり走れて……」


ミカエルと一緒に、思いっきり走る鞠絵ちゃんの顔(本当はボクの顔だけど)は、すっごく嬉しそうで、
自分の顔についてこう言うのはちょっとヘンだと思ったけど……すっごく輝いているって感じがした……。

やっぱり走るのは楽しんだよね。


「よぉし……!」












「……はぁ………はぁ………はぁ……」


信じられなかった……。

ただ、向こうで思いっきり走り回っていた鞠絵ちゃんの所に行こうって、
追いつこうって、ただ普通にそう思って、駆け出しただけだったのに……。

そんなに大した距離じゃないから簡単に辿りつけると思った。
ちょっと体力がないだけで、いつも通りに動けると思った。
なのに、


「……はぁ……はぁ………はぁ……はぁ………」


今のボクの体は、ちょっと走っただけなのに……もう、こんなに疲れてる……。
追いつくとかそんな問題じゃない、今の鞠絵ちゃんのペースに比べると全然ゆっくりだったのに、
たったあれだけ動いただけなのに、体中が悲鳴を上げているように、辛い……。

その時になって、ボクは鞠絵ちゃんの苦しみがほんの少しだけ分った気がした。
全部分かることができるわけじゃないけど……ほんの少しだけ……。
……でも、そのほんの少しすら分っていなかったことが分った。

鞠絵ちゃんにとって"自由に動ける体"が、どれだけ待ち望んだものだったのかって……。



 『十分です。短い間でも、自由に走り回って、いっぱい動き回ることができるんですから……ワガママは言えません……』


鞠絵ちゃんは、ボクにとって普通のことを、「ワガママ」って言った。
さっき、それを聞いた時、悲しくなった。


 ……普通のことなのに、鞠絵ちゃんにはそれすらも与えられなかったんだ……。


そう思ったら……そのことに、とても悲しくなった……。



「大変でしょう?」
「……え?」


膝に手を当てて、必死に息を整えていたボクは、いつの間にか鞠絵ちゃんが真横に立っていることに気づいた。
さっきまでは結構遠くにいたと思ったのに……さすがボクの体は足が速いなぁなんて、ちょっと自分に感心していた。


「そ、そんなことは………はぁ……ない…よ…………はぁ……」


鞠絵ちゃんの言葉を否定しようとした。
でも、この息の上がった状態で言っても全然説得力なんてなかった……。


「分かっています……もう十何年も、その体で過ごして来たんですから……」


それに、鞠絵ちゃんはこの体のことを誰よりもしっかり理解している。
ロクに走ることもできない体だって、知っているんだ……


「だから、ほんの少しの間でも昔のように思いっきり動き回れて、本当に嬉しいんです。
 ミカエルとも、思いっきり走り回れて…………本当に……」


ミカエルも、鞠絵ちゃんと一緒に走れて楽しいよ、って伝えるように、
横でクーンって可愛い声を出して、鞠絵ちゃんの手―――つまりはボクの手―――に顔をスリスリさせていた。


「元気な体…………それは何物にも勝る、最高のプレゼントです」


そうなんだ……元気だってことは、それだけでもう十分すぎるほどの神様からのプレゼントなんだ……。
……だけど、みんなはそれが"当たり前のこと"って思って、その大切さに気づいていない。
ボク自身、全然分かっていなかった……。
こんな、満足に動き回ることの出来ない、鞠絵ちゃんの体になるまで……。


「……ほら、夕方までなんだから。今のうちにいっぱい動いておかないと時間勿体ないよ!」


だから、鞠絵ちゃんにはボクの体のことなんか考えずに、思いっきり動き回って欲しいって、


「ですね」


本当にそう願った。
























結局、ボクは千影ちゃんの横で休みながら、鞠絵ちゃんとミカエルがおっかけっこしたり、
木の棒を投げてキャッチさせたりするのを見守っていた。
その様子はとっても楽しそうで、嬉しそうで、ただ見ているだけなのに、全然退屈なんてしなかった。


「鞠絵くん、喜んでいるところ悪いんだが…………そろそろ、時間が来てしまったようだ…………」


高原で、ミカエルと一緒に思う存分走り回っていた鞠絵ちゃんに、千影ちゃんが声を張り上げてそう言った。

気がつくと、ボクたちの姿は夕陽で照らされて、赤く染まっていた。
日は傾き、もうすぐ時間が迫っていた……。


「ゴメンね。もうちょっとだけ楽しませてあげたかったんだけど……」
「いいえ、わたくしは十分すぎるほど満足しました。……ありがとう、衛ちゃん」


ボクたちのもとに歩き寄ってくると、鞠絵ちゃんがボクたちに満足そうな顔を向けてくれていたのが分かった。

でも……十分すぎるほどだなんて……そんなはずない、そんなはず……。
だって、こんな満足に動けない体で……毎日暮らしてたんだから。

毎日毎日、満足に動くことの出来ない生活…………ボクだったら耐えられないって思う……。


鞠絵ちゃんにはもっと思いっきり動いてもらいたい。

きっと、いつか元気になってそういう日がくると思う。
ううん、絶対来るはずだよ!

でも、それまでの間も、思いっきり動いてもらいたい……。

…………。

……うん、決めた。


「あ、あのさ、良かったら……これからも時々、ボクの体貸してあげるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。やっぱり、動き回るのは楽しいもんね。
 ボクには運動くらいしか出来ないけど、でもそれで誰かを喜ばせることが出来たんだから。
 これからもそういう風に使わないと勿体ないでしょ?」
「本当に! 本当に良いんですか!?」


鞠絵ちゃんは嬉しそうに、聞き返してくる。
やっぱり鞠絵ちゃんも嬉しかったんだ、いっぱい動けたことが。


「あ、でも……大丈夫なのかな……?」


そういえば千影ちゃん、色々と問題があるって言っていたけど……


「……まぁ、一度体から離してしまえば…………君の言うようにまた貸すことも可能さ…………」
「ホント?」
「ああ…………だから、別に君たちが構わないなら…………私も協力してあげるよ」
「大丈夫だって!」
「じゃ、じゃあ……」
「うん、約束だよ!!」
「はい!」


普段人に気を使って、自分のことなんて後回しにする鞠絵ちゃんが、
自分のことでこんなに嬉しそうに目を輝かせるのを見ていると、なんだかこっちまで嬉しくなって来ちゃうよ。


「これも全部千影ちゃんのお陰だね……」
「そうですね」


体を入れ替えるなんて、そんなことできもしないって思ってたけど、
こんな風に鞠絵ちゃんを喜ばれせたのも、千影ちゃんの協力があったからこそ。


「いや…………私は別に大した事をしていないさ…………」


……いや、十分すぎるほどスゴイと思うけど……(汗)


「感謝するなら…………提供した体の持ち主の方さ…………。
 さすがに、運動の得意な体は用意できないからね…………」
「じゃあ、やっぱり衛ちゃんに感謝ですね」


そこで、鞠絵ちゃんはボクに今までで1番の、飛びっきりの笑顔を向けてくれた。
それを見て、ボクはとっても嬉しい気持ちが溢れてきたんだ。
……自分の笑顔を見てそう感じるなんて、ちょっとヘンかな……?

……ううん、確かに顔はボクの顔だけど、でもこれはボクの笑顔じゃなくて、鞠絵ちゃんの笑顔なんだよ。
ボクのとは違う、鞠絵ちゃんのやさしい笑顔……。




「じゃあ…………そろそろ戻らないと…………」
「…………えっと……元に戻してくれると嬉しいんだけど……」


早く戻らなきゃいけないはずなのに、なかなか動いてくれない千影ちゃんの方を向いて、そう催促してみた。


「…………」


そしたら千影ちゃんは、突然黙ってちょっと落胆したような表情で静かにため息を吐いた。


「……どうしたの、千影ちゃん?」


……ボク、今何かマズイことでも言ったかな?


「やっぱり…………聞いていなかったのかい?」
「……え?」


聞いていなかった?


「私の話さ…………前に説明した時に……」
「えっ!? あ、あはは……」


そういえばボク、鞠絵ちゃんを喜ばせられるって大喜びだったから、
あの時の千影ちゃんの話、半分くらい聞いていなかったっけ……


「私がどうこうしなくても…………君たちで戻るための行動を取れば勝手に戻ると言ったろう?」
「え? そうなの?」
「……………………君は…………本当に人の話を聞いていなかったみたいだね…………」


どうやら本当にそうみたいだ。
だって、千影ちゃんはボクの言葉に対して、またひとつ、しかも一際大きいため息を吐いたんだから……。
うう〜……ボクだって悪いって思ってるんだから……。


「で、どうすれば良いの?」
「ああ、それはね………………」





でも、ボクはそこで話を聞いていなかったことを後悔した。



だって、元に戻るための方法って、


「入れ替わったもの同士で、口付けを交わすのさ…………」


千影ちゃんの言葉に、ボクと鞠絵ちゃんは顔を真っ赤に変えて、少しの間固まってしまった。












「そそそそ、そんなことボクできないよーっ!!」


やっと、硬直が解けて、動けるようになったボクが最初に言った言葉はそれだった。
突然のことに、僕は頭の中がグシャグシャになって、物凄くただジタバタ慌てるだけしかできなくなっていた。

だだだ、だって、だってボクたち……姉妹なのに……姉妹なのにぃ〜!!


「そそそそそんな、ききき、キスだなんてぇ〜〜ッ?!?!!」


ふ、普通に男の子ともしたことないのに……!
っていうか、そんなこと考えたこともないよぉ〜〜!

あ〜〜、鞠絵ちゃんなんか、まだ赤い顔のまま何も言えず固まっちゃってる〜〜……。


「だから…………本当にいいのかと聞いたんだ…………」


あ〜〜、千影ちゃんが何回も聞き返していたのって、こういう裏があるからだったんだ〜。


「君がその様子じゃ…………鞠絵くんの方も知らなかったんだろう?」
「ででででででも、き、キスだなんて、でででできるわけ……ッ!!」
「しかし…………そろそろ元に戻らないと…………副作用で、一生元の体に戻れなくなる」


確かにそう言っていたっけ……
う〜〜、どうしてボクは一番重要な所を聞き逃しちゃったんだろう。


「細かく説明すると…………本来の器ではない体に魂を強制的に定着させているわけだから…………
 定着が強くなり過ぎて…………死なない限り、その体から魂を取り出せなくなるという…………」
「そんな説明別にいらないよっ! ほ、他の方法ってないの!?」
「違う方法で入れ替わればあったかもしれないが…………
 少なくとも…………今回の方法で入れ替わった場合はその方法しか知らないし…………あったとしても調べる時間もない」


そう、時間が来るとボクたち一生戻れなくなる。
でも、元に戻るためには…………ど、どど、どうしよう、ボクはただ喜ばせようと思っただけなのに……

ボクの所為で鞠絵ちゃんにかえって迷惑かけちゃった……。






「……しちゃい、ましょうか?」



固まっていた鞠絵ちゃんの方から、呟くようなそんな言葉が聞こえてきた。


「え!?」


ボクはその呟いた言葉が意味することを半分くらい察していた。
でも、そんなはずないって思って、違うだろうって思っていると、鞠絵ちゃんが"なにをするのか"をちゃんと口にした。


「キス……」
「ええええーーーーーーッッ?!!??!??!」


鞠絵ちゃんは何考えてるんだろう、って本気で思った。


「そそそそそそんな……!?! だだだだだだって……ボクたち……」


ボクたち姉妹なのに……そんな!?
姉妹ってことは、女の子同士だし、血は繋がっているしで、すっごくイケナイ関係じゃないの!?
なのに、なのに鞠絵ちゃんは、ボクと……その……キス、しようだなんて……そんな……


「でも、しないと戻れませんし……」
「そ、それはそうだけど…………でも」
「大丈夫ですよ。だって衛ちゃん、男の子みたいですから」
「それって全然関係ないんじゃないの!?」


それにそれあんまり嬉しくないし。
大体、今その"男の子みたい"なのは鞠絵ちゃんの方だし……。
っていうかこの状況って自分にキスするってことじゃないの!?


「衛くん…………そろそろ本当に危なくなってきたんだが…………」
「えぇっ!?」


もう、恥ずかしいとか、イケナイコトだとか考えている余裕はなかった。
まだ心の準備はできてないけど……でも、覚悟を決めて鞠絵ちゃんと向かい合うしかなかった。


「ゴメンね……ボクはただ、鞠絵ちゃんを喜ばせたかっただけなのに……」
「いっぱい動ける体……そんな最高のプレゼントをもらえて、わたくしは十分すぎるほど喜びました」
「でも、そのせいで……」
「別に構いません……」
「構わないだなんて、そんな……。気を使わなくても…………だって、キスだよ……」


鞠絵ちゃんにとって大切なはずなのに……
ボクにとっても大切だけど……これはボクの責任だから、別にボクは構わない……。
でも、鞠絵ちゃんは理由も知らずに、こんな事になっちゃって……


「大丈夫です……衛ちゃんとなら……」
「え? それって、どういう……―――」


続けようとした疑問の言葉は、言い切る前に遮られ、それ以上続けることはできなかった。
不意打ちのようにされたキスで……。

最初は何が起こっているか分らなかったけど、だんだん何が起こっているのか分ってくると、
ビックリして、胸がドキドキいって、頭の中が真っ白になって、またなにがなんだか分らなくなっていって……


 鞠絵ちゃんってこんなに大胆だったんだ……。

 いっぱい動けて、開放的な気分になれたからかな?

 キスってこんな感じがするんだ……。


色んな考えが出てくるのに、何にも考えられなくなっていた。

ゆっくりと目を瞑る。
すると、またさっきみたいに眩暈のような感覚に陥った。
それをきっかけに何かが変わったのが分かった。
目開けてみると、思ったとおりそこあるのはボクの顔じゃなくて、鞠絵ちゃんの顔に変わっていた。

ボクたちはもう元に戻っていた。
でも、鞠絵ちゃんの方は、まだ目を瞑っていて、戻ったことに気づいていないのか、キスをやめようとはしない。

ボクがここで離れて、戻ったことを教えれば、すぐにでも止めれる状況だった。


……でも……何でだろう……?


ボクはそうしないで、そのままもう一度目を瞑った。
別に嫌な気持ちはしなかった……なんでか分らないけど、もう少しだけそのままでいたいって思った……。



ボクってヘンなのかな……?
男の子みたいだって言われるけど……本当に男のみたいに……鞠絵ちゃんとのキスを気持ち良いって……感じて……

今は……今は、ただ……鞠絵ちゃんと触れ合った感触を……じっくりと……感じていたかった……。
























「ありがとうございました、衛ちゃん……」


顔が離れると、鞠絵ちゃんはすぐにお礼の言葉を言ってくれた。


「う、うん……」


ボクは真っ赤な顔で、ただ一言、そういうので精一杯だった……。
離れたお陰でよく見えるようになった鞠絵ちゃん顔も赤く染まっていて、
それが夕陽のせいなのか、それともキスのせいなのかは分らなかった……。


「クフフッ……禁断のキスシーンをチェキしちゃいました!」


……横でヘンなこと言っている千影ちゃんは放っておきたかった……(怒


   がぶっ


「ぎゃーーーーーーーっっ!!?!」


あ、ミカエルも怒っていたのか千影ちゃんに噛み付いた。
千影ちゃんは、手に噛みついているミカエルを引きずりながら、そのまま療養所の方に走っていってしまった……。


「ボクたちも帰ろっか」
「衛ちゃん……」


千影ちゃんが走り去って行ってしまった療養所の方向を向いて、ボクが歩き出そうとした時、
鞠絵ちゃんが一言ボクの名前を呼んだ。


「ん? なに?」
「約束ですからね……」
「え? なんのこと……?」
「また、体を貸してくれるって」


…………。


「えええええええーーーーッッ!?!?!」


た、た、確かにそう言ったけど……でも、でも……ッ!!


「それって、もう一回キス……」


ボクの口に人差し指を当てて、ボクの言葉を止める。
さっきまで鞠絵ちゃんの唇が触れていたその部分に触れられて……
さっきの感触が蘇ってくるようで……ボクはただ、何も言えずにドキドキするだけだった。


「約束、ですよ」


そう言って、ニコッと笑う鞠絵ちゃん。
今度こそ、正真正銘本物の鞠絵ちゃんの笑顔。

鞠絵ちゃんの笑顔は、とっても綺麗で……
ボクもなんだかドキドキしてきて……。

だから……


「約束……したもんね……」


また貸してあげてもいいかなって思っちゃって…………そう言っていた……。




 


あとがき

誕生日の当人より相手の方が幸せになるなりゅーのひねくれBDSS鞠絵編……今回は鞠絵の方が幸せそうです(悔(←ぇ

かなり前にノーマル系のSSで「千影自身が鞠絵の体と入れ替え、元気な体で兄上様とデートの話」を見たことがありまして、
その話をヒントに百合で話を作ってみました!
……断っておきますが、その話はヒントにしただけでパクってませんよ、内容全然違うし。

いっそ本人が体を提供する百合話→運動が一番できるキャラ
ということで、衛の出番となりました。
内容的に千影は必須、っていうかこういうことは千影にお任せって感じで、
千影ってほんとに何でもありだなぁ……(笑
しかし、千影のモノマネ……ああ、またキャラを壊してしまった……(汗

健康優良な衛と病弱な鞠絵、身体的に正反対のふたりだったので、
体を入れ替えた後、その身体能力の差は大きいと思いますが……鞠絵の体がちょっと病弱すぎるかなぁとか思いました(苦笑

余談ですが、現在(執筆時)のなりゅーは、
まりりんを崩す(鞠絵、鈴凛をお互い以外とカップリングさせること)と、精神的にダメージを受けるほど重症になっています(苦笑
が、何故か今回のまりまもだとダメージを受けませんでした!
……ショタでキャラ繋がってるからなのか……?(えー

あと、作中衛が「姉妹なのに」と言っておりますが、衛の場合、「姉妹」を「きょうだい」と読んでください。
個人的になんとなくそう思うので(笑


更新履歴

H16・4/4:完成
H16・12/3:漢字が統一されていなかったので修正、他大幅修正


SSメニュートップページ

広告 [PR]スキンケア  転職 化粧品 無料 ライブチャット