鞠絵ちゃんの長い療養所生活からの退院が認められた。
アタシは療養所まで鞠絵ちゃんの荷物運びの手伝いにやって来た。

鞠絵ちゃんはやっと退院できるんだ。






だけど・・・



「・・・もう、長くはないですから・・・」



そんな鞠絵ちゃんの声が耳に入ってきた。











 

終わらなかった恋物語













今、どう言う話をしていたかは分からない。
別の事を考えてて・・・聞き流してしまってた。

でも、今の言葉は聞き流す事はできなかった。

「聞いちゃったんです。 お医者さんの話を」
「・・・やっぱり」

それは今アタシが考えてたことでもあったから。

「知ってたんですか・・・?」
「・・・・・・」

その問いに、アタシは何も答えなかった。
でも、そんなアタシを余所に鞠絵ちゃんは言葉を続ける。

「もう、長くはないから・・・だから、せめて楽しい思い出を、って・・・自宅療養を・・・」



そう・・・鞠絵ちゃんの退院は“良くなったから”じゃなかった・・・。
























それは少し前の事だった。

アタシは鞠絵ちゃんのお見舞いにと姉妹の何人かと一緒に療養所に来ていた。
最近体調が優れない事が多いみたいだから、みんなで行こうってことになって。

鞠絵ちゃんの部屋に来て、アタシの作ったメカや花穂ちゃんの育てた花などをお土産として持って行った。
部屋で談笑するだけじゃなく、療養所の中を見学したり、少しだけ外に出てみたり。

途中、咲耶ちゃんだけがお医者さんに鞠絵ちゃんについての説明を受けることになり診察室へと呼ばれた。

しばらくして、アタシはひとりトイレに行った。
用を済ませ、みんなの所に戻ろうとした時だった。

鞠絵ちゃんが青い顔をして診察室のドアの前に立っていた。

その時アタシは、鞠絵ちゃんの気分がただ優れないだけなんだろうと思っていた。
大丈夫なの、と一言声をかけようとしたけど、鞠絵ちゃんはアタシに気づかずそのままアタシの反対方向に走って行ってしまった。

鞠絵ちゃんへ近づこうと歩いていたため気がつけばアタシはドアの前に立っていた。
そして丁度その時、診察室から咲耶ちゃんが出てきた。

「・・・鈴凛ちゃん・・・聞いてたの・・・?」

真剣な顔でそう聞いてきた。

アタシは何のことだか分からなかった。
その時、聞いていたのがアタシだと思っていた咲耶ちゃんに教えられた・・・



鞠絵ちゃんが、あと半年しか生きられないだろう事を・・・。



アタシはそこで理解した。

それをドアの向こう側で聞いていたのはアタシではない、当人である鞠絵ちゃん本人だったと言うことを・・・。






アタシは咄嗟にその事を隠した・・・

ドアの前に居たのは鞠絵ちゃんではなくアタシだと言うことにした。
























「鞠絵ちゃん・・・」

何か言ってあげたかった。
でも言葉は何も出て来なかった。

「なんですか?」

鞠絵ちゃんがアタシの声に反応して顔を向ける。
その顔は笑っていた。
とても死の宣告が告げられたとは思えない表情だった。

「・・・? 鈴凛ちゃん?」
「・・・どうして笑ってられるの?」

自分が死ぬ、そう分かっていて人は笑っていられるのだろうか?

そんな疑問が頭を過ぎった。

「・・・なんとなく、分かってましたから」

その問いに笑顔のまま答える。

「それに・・・例え短い間でも・・・こんな牢獄のような所から出られるんです・・・」

でも、アタシは鞠絵ちゃんの笑顔に・・・
その表情に、違和感を覚えずにいられなかった・・・。

「それと・・・みんなはわたくしがあと半年だってこと、知ってるって知らないと思っているんですから・・・今の内に練習しておかないと・・・」

・・・途端、その笑顔が崩れていった・・・。

「・・・だって、退院できて嬉しいはず・・なのに・・・泣いて・・なんか・・・いたら・・・」

いつの間にか鞠絵ちゃんの声は震えた涙声に変わっていた。

「・・・みんなに・・・よ、余計な心、配・・かけちゃ・・いますから・・・」

声だけではなくその細い体も震えていて、
目には今にも溢れそうなくらい涙が溜まっていて、

「・・・あ、あれ? おかしい・・・です、よね・・・。 退、院・・できて・・・嬉し・・・・のに・・・こん・・・」



―――・・・嘘だ・・・!



「あ・・・、これは・・嬉し、涙・・・ですね・・・。 だったら・・・」



―――そんなはず・・・



「そんなはず、ある訳ないじゃない!!」
「・・・・・・!!」

声を張り上げて言った。

自分が死ぬ、
そう知らされた人間が、笑う事なんて・・・・・・できるわけない!

例え顔は笑っていてもそれは笑ってはいない!
笑っているなんて言えない!

「一番辛いのは鞠絵ちゃんでしょ! なのに・・・」
「・・・言わないで・・・」

かすれるような声でアタシの言葉を止めようとしていた。

必死で抑えている気持ちが、
必死で隠している涙が、
溢れ出てしまうから・・・。

「分かってたから平気!? どうしてそんなウソ言えるの!?」
「お願い・・・これ以上・・・」

でもアタシは構わず続けた。
見ていられなかった、そんな鞠絵ちゃんを。

「泣きたい時は・・・思いっ切り泣いていいんだよ・・・」
「じゃないと・・・わたくしは・・・」

抑える必要なんてどこにもない。
・・・なのになんで抑えようとするの?

「アタシの胸でいいなら、いくらでも貸すから・・・! だから・・・」
「・・・鈴凛・・・ちゃ・・・」
「なにもかも・・・吐き出しちゃってよ・・・」
「鈴凛・・・ちゃ・・・う、わあああぁぁぁぁああぁぁぁ・・・」

鞠絵ちゃんは、目に溜まりきった涙をとうとう抑えることができなくなり、それを大粒のしずくに変えて、ぼろぼろとこぼしながらアタシの胸に飛び込んできた。

「本当は、本当はどうしょうもなく怖いの!」


 それは鞠絵ちゃんの本心だった。


「誰だってそうだよ・・・」
「わたくし、死にたくない! 死にたくなんか・・・死にたくなんかないんですっ!!」


 悲痛の叫びだった。


「それが・・・普通だよ・・・」
「どうして・・・? どうしてわたくしが・・・こんな目に・・・!?」


 どうして鞠絵ちゃんがこんな目に・・・?


「まだいっぱいやりたい事だってある!」


 鞠絵ちゃんだけが・・・こんな・・・。


「まだ・・・恋だってしてないのに・・・!!」



・・・その言葉が、痛いほど胸に突き刺さった・・・。



恋を知らないまま終わってしまう人生。
そんなの寂し過ぎる・・・・・・なんて、アタシらしくない考えかもしれないけど・・・。



・・・・・・。



「鞠絵ちゃん・・・、」



自分が死ぬと分かった人間は、笑う事ができないかもしれない・・・。






でも、






「アタシじゃ・・・ダメかな?」


笑わせる事はできるはずだ・・・。






「・・・え?」
「アタシじゃ・・・鞠絵ちゃんの恋の相手に・・・なれないかな?」

アタシの胸で泣きじゃくる鞠絵ちゃんを見ていたら自然と口からこぼれた。
他の人から見れば普通ではない言葉だった。

アタシ自身・・・それが異常な事だと分かっていた・・・。

「・・・いいん・・・ですか・・・? だってわたくしは・・・」
「女の子だからなんて構わない、姉妹だなんて関係ない・・・」

鞠絵ちゃんから消えた笑顔を取り戻したい。
心の底からそう思った。

「アタシね・・・メカを作る時、いつの間にか・・・いつも鞠絵ちゃんを笑わそうと、楽しませようと・・・それだけを考えるようになってた・・・」

偽りの笑顔なんかじゃなく、本当の、本物の笑顔に・・・。



それだけじゃない・・・


「・・・多分、アタシ・・・、」


アタシは・・・本当に・・・


「鞠絵ちゃんの事・・・本気で好きなんだと思う」



例え周りからどんなに白い目で見られても、どんな批難を浴びせられても・・・たったそれだけで済むなら・・・。



「半年・・・」


アタシは信じてる・・・


「ずっと・・・わたくしを笑わせてください・・・」

「分かった・・・」


笑わせられると・・・


「楽しませてください・・・」

「まかせて・・・」


心の底から笑顔にできると・・・。


「病気だなんてこと・・・・・・忘れさせて・・・ください・・・」

「忘れさせる・・・。 半年間・・・ずっとずっと・・・休む暇もないくらい笑わせてあげる・・・」

「それから・・・―――」


アタシは、鞠絵ちゃんの頬に手を添え、目をじっと見すえた。
もうアタシ達に言葉は要らない。
そう目で訴えた。

「鈴凛ちゃん・・・」

鞠絵ちゃんの口からアタシの名前がこぼれた。
不思議と・・・言葉を介せずに心が通じたと理解できた。



そしてそのまま鞠絵ちゃんは目を瞑った。

アタシも目を瞑って、そのまま鞠絵ちゃんの唇にキスをした。






女の子同士で、そして姉妹で愛し合うってことに背徳感がなかった訳じゃない・・・。



でも、そんなもの・・・もう、吹き飛んでいた・・・。



それくらい鞠絵ちゃんが愛おしかった。

それくらい鞠絵ちゃんを救ってあげたかった。

アタシの・・・精一杯で・・・。












アタシ達は、この時から恋人同士になった・・・。
























辛い時間を忘れるための恋・・・。


ほんの少しの間の恋・・・。


本当に楽しかった・・・



楽しい時間はすぐに過ぎ去って



アタシ達が恋人になってから、






とうとう半年の月日が流れた。


















その日、アタシは医者に鞠絵ちゃんの状態の説明を受けに行った。



「・・・どう・・・でした?」

恐る恐る聞く鞠絵ちゃん。

「この間と同じだって・・・」

余命半年と言われた鞠絵ちゃんの体は・・・

「・・・じゃあ」
「うん」












「・・・問題ないみたい・・・」

健康そのものになっていました。






「「・・・・・・」」

笑う事は健康に良い、医者はそう言っていた。

何でも免疫力を高めたり、他にも色々と効果が・・・。
とにかく健康に良いらしいし、そう言う事例も聞いた事があった。



でも、まさかアタシがそれをやっちゃうとは思っても見なかった。



アタシは半年間、精一杯頑張った。
鞠絵ちゃんを楽しませるために、鞠絵ちゃんを笑わせるために。

鞠絵ちゃんも自分が病気だって忘れるくらい楽しめたって言ってた。
多分、そのせいなんだろうけど・・・


病気は今は完治とまではいかないものの、あと少しで完全に治ってしまうくらい良くなってしまいました。


アタシの努力のたまもの・・・なんだろうけど・・・

「・・・どうする?」

正直この状況に困っていた。


いや、鞠絵ちゃんが助かった事はすごく嬉しいよ!
嬉しいけど・・・問題がひとつあった・・・。


「どうする、って・・・言われても・・・」


アタシ達は付き合ってしまったのだ。


短い間だけしかできない、鞠絵ちゃんの最初で最後の恋・・・・・・に、なるはずだった。


「わたくし・・・正直半年で終わると思ったから・・・だから、女の子でもいいかな、って思う節があったんですよね・・・」

だから正直妥協しまくってる・・・。

「・・・アタシも、似たような感じだった・・・」

こんな会話も病気の時にはとてもじゃないが出来ない。

「何年も・・・余裕が出来ちゃいましたね・・・」
「・・・って言うか何十年も・・・」

つまりそれくらい健康になってしまった。


お互い好きなことには変わりなかったけど・・・でもお互いの関係上、在り得ないことだった。


ほとんど同情や妥協で始めてしまった女の子同士の、血の繋がった姉妹での、普通でない恋愛。
その目的は・・・鞠絵ちゃんを笑顔にするためだった。
そして鞠絵ちゃんに恋をさせるためだった。

せめて最後だけは、と・・・。



でも最後じゃなくなってしまった。
鞠絵ちゃんにはたっぷりと時間ができてしまった。
これからいくらでも恋ができるくらい。



「・・・どう・・・します?」
「・・・・・・」

ホントどうしよう・・・。


















「・・・・・・このまま付き合っちゃう・・・じゃ、ダメ?」

考えてみた結果でのアタシなりの結論はこうだった。

「え!?」
「折角恋人同士になったんだしさ・・・女の子同士だからって別れる必要もないと思うし・・・」
「・・・・・・」
「それに・・・女の子同士でも・・・十分恋ができるって分かったんだし・・・」

アタシが自分なりに考えた結果を言うと、

「そう・・・ですね・・・」

鞠絵ちゃんは静かに、でもハッキリと答えてくれた。



「わたくし・・・あの時はもう時間がないから、って・・・それで、鈴凛ちゃんでも良いかな、って思ったんです」
「分かる・・・。 アタシも鞠絵ちゃんに時間がないって・・・同情から恋人になるって言っちゃったみたいなもんだし・・・」


―――妥協と同情からはじまった恋・・・。


「でも・・・鈴凛ちゃんを選んだことは・・・妥協から、なんかじゃなくて・・・本当に好きだったから・・・なんです・・・」
「・・・アタシも、やっぱり鞠絵ちゃんの事は好きだった・・・ううん、今でも好きだよ」


―――きっとそれは・・・きっかけだったんだ。


「病気の事がなかったら、姉妹のままの関係でいようと思っていました」
「きっと、この想いも・・・ただの“家族に対する愛情”のままだったと思う」


―――その想いは膨らんで・・・。


「でも・・・―――」


―――愛し合う喜びを知ってしまった。


「もう・・・―――」


―――離れるなんてできない。


「じゃあ・・・」
「決まり・・・だね」



アタシは鞠絵ちゃんの唇にそっとキスをした。
もう何度目になるかは分からないキス。
アタシ達の恋がはじまった時と同じように。



たった半年間で終わるはずだった恋、


同情や妥協からはじまった恋、


半年で終わるはずだったその恋は・・・何年、何十年と続いていくのだった。


あとがき

KANONで栞を攻略したあとに衝動的に思いついたまりりん話。
「わたくし、死にたくない! 死にたくなんか・・・死にたくなんかないんですっ!!」がそれです。
それを『肩透かしのごとく病気が治ってしまった話』に考えてみたらこうなりました。
あんなに盛り上がってたのに、まさか治ってしまってそれで困るまりりんを書いてみたかったので・・・。
頭の方、上手く内容が閃かなかったのでちょっと卑怯な方法ではぐらかしました(汗)
気づかなかった人はそのまま気づかずにいてください(手遅れ)


更新履歴

H15・10/21:完成


 

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