できたて・ホワイトデー
「むふんっ! あとはオーブンでチンすれば完成、ですのっ♥」
型を抜いてトッピングを終えた生地をオーブンレンジに入れて、姫が言う。
手慣れた様子で操作パネルをピッ、ピッ、ピッ……。
これで待つだけで、愛情たっぷりおいしいクッキーが大・完・成っ! なんですの♥
「ほんと! はぁー……やっと終わったぁー!」
長かったお菓子作りもようやくピリオドを迎えようとして、解放感たっぷりの声がキッチンに響き渡りましたの。
慣れないことに四苦八苦した体をほぐすように、うーん、と伸びをする衛ちゃん。
その伸びをする様子は手慣れた感じで、とても爽やかで気持ちが良さそうでしたの。
「うふふ、衛ちゃんお疲れさまですの♥」
「ほんとお疲れだよ〜……。白雪ちゃん、いっつもこんなに苦労してたんだね……」
「んー、姫は作ること自体楽しんでますのし、慣れちゃったらそんなに苦にも思わないんですの」
「そうなんだ……。はー、すごいなぁ……」
姫は今日、衛ちゃんにクッキーの作り方をご指南したんですの。
それも、もうあとは焼き上がりを待つだけ。
もちろんまだ完成はしてないですのけど、もう気を張る必要も特にない。
一足早い解放感から、姫たちは労いの言葉をお互いに交わし合いましたの。
「姫から見たら衛ちゃんだって、あんなにいっぱいスポーツできて、いっぱい動けちゃって、すごいって思ってるんですの」
「それは……楽――」
「楽しいから、ですのでしょう? だ・か・ら、それと同じですの♥」
「あ、そっか……そうなんだ……」
運動大好きスポーツマンで、お菓子作りには無縁そうな衛ちゃんが、なぜ姫にクッキーを習っているのか。
経緯はちょ〜っと複雑で……。
それは先月の今日、姫が衛ちゃんへのバレンタインチョコをプレゼントしたところから始まるんですの。
今年のバレンタインデー……その日、姫は衛ちゃんへ、ねえさまとしてのチョコをあげましたの。
もちろんヘンタイさん的な他意はない、ただの家族用チョコ。
お菓子作りを好きでやってる姫なら、あげたっておかしくはないんですの。
ただ、姫の姉妹の間には……まあ色々ありまして、
「バレンタインにチョコを貰ったらお返しはキッスで!」という、みょーちくりんな伝統ができてるんですの。
なんでか理由はあったんですのけど……今やもうそんなのどうでも良くなってて、ただ内容のみが独り歩きしている状態。
もちろん女の子同士で姉妹ですもの、意見は賛否両論。
まあ、伝統があるだけで、従う必要もないもの。
姫もそう考えて、そのまま衛ちゃんにチョコをプレゼント……。
……その時、姫はうっかり「お返しにちゅーしなくて良い」と言い損ねてしまって……
衛ちゃんは「覚悟を決める」なんて言い残して、盛大にご勘違いをしたままに……!
これって来月は姫のファーストキッス記念日になっちゃう? オゥ、ジーザスッ!!
という感じに姫のバレンタインは幕を閉じたんですの。
それがひと月前の話。
で、注意一秒汚 一生。
このままでは「めくるめく禁断の世界へ? いやーん♥♥」な展開になりかねなかった姫の身に、間一髪救いの手が差し伸べられますの!
それはある日の、たまたま姉妹のひとり、四葉ちゃんとのお電話でお話し中のこと。
これまたたまたまバレンタイン&ホワイトデーの話題になり、姫がバレンタインにした失敗をお話したところ……。
『キチンと話しまショウ……! ヘンに照れクサがって当日まで引き延ばしタラ、トリカエシのつかないコトになりマス!!』
と、凄まじく必死な様子でアドバイスされましたの。
四葉ちゃん……一体なにかあったんですのでしょう……?
四葉ちゃんは、四葉ちゃんがバレンタインになにあったのか、なにも話してくれませんでしたの……。
まー花穂ちゃんからガバガバ聞いたから知ってますのけど。
それが2週間前の話ですの。
そして、姫はアドバイスの通り、衛ちゃんにお電話しましたの……!
それが1週間前の話。
……妙に照れくさくて、行動に移すまで時間が掛かっちゃいましたの。
けど、四葉ちゃんの必死な姿を思い起こして(っていっても電話越しだから想像でなんですのけど)、
それから運命のファーストキッス予定日 が迫っている危機感も後押しして、姫、勇気を振り絞って衛ちゃんにお電話っ!
『そ、そっか……別にキスじゃなくても、良いんだ……。あ、あはは……!』
そしたら一発解決……もー、だったらあの3週間のドキマギはなんだったんですの〜。
そのくらい、あっさりと、姫と衛ちゃんのスキャンダラスな情事は、事が大きくなる前に解決を迎えたんですの。
めでたしめでたし、ちゃんちゃん♪
『あ、じゃあさ……代わりに、―――』
そして……その代わりに、ほんの少し驚くような……なんだか面白そうな新たな展開が、幕を開けたんですの……。
「まさか、お返しのクッキーの作り方を、お返しする本人に教えてって頼むだなんて……」
クッキーの焼き上がるまで間、リラックスムードで続く時間つぶしのおしゃべりタイム。
オーブンの残り時間を伝えるのデジタル表示の数字が5分を切った頃、話題は今日のホワイトデーお菓子教室のことに向かったんですの。
「や、やっぱマズかったかな……?」
気まずそうに頬を掻いては目を泳がせる衛ちゃん。
だけどお菓子作りなら白雪ちゃんなら一番じゃない、そう口にはするけれど、声は段々とすぼんで行きましたの。
やっぱり、自分でもそれはどうかと思ってたらしいんですのね……。
けれど姫は、別にばかにするような意味じゃなく、微笑んで答える。
「うふふ、違うんですの♥ 素直なトコロは衛ちゃんの一番の魅力、って言いたいだけなんですの♥」
確かにちょ〜っとデリカシーは欠けちゃったかもですのけど、
お菓子作りなんて、苦手どころかやったこともない、そんな衛ちゃんが、あえて手作りで! なんて思うこだわり。
相手を一生懸命喜ばせようとしている気持ちは、すっごく伝わって来ましたの!
さすがに技術の居るトッピングなんかは上手くできなかったけど……それでも真剣に、集中して、慣れないなりに綺麗に作ろうとしてた。
それは見た目の不格好さなんかで判断しちゃいけない……ううん、不格好だからこその、苦労と愛情のこもった証。
クッキーの作り方を教えている間も何度もやり直したりして、その一生懸命な姿から相手を想う気持ちが……
姫のことを想ってくれている気持ちが、もっともっと、ず〜っと、伝わって来たから……。
衛ちゃんの仕立てたクッキーは、お菓子作りに必要な、愛情というエッセンスのたっぷり含まれてる、極上のクッキーなんですの♥
だから絶対においしい!
だから、できあがって、貰えるのがとっても楽しみ♥
「そ・れ・に、こんな貴重な体験させてもらって、姫も大大大大……だ〜い満足なんですの♥」
いつもスポーツマンで凛々しくてカッコいいイメージの強い衛ちゃん。
そんな衛ちゃんを、今日はずっと姫が引っ張ってっただなんて……うふふ、なんだか貴重な体験♥
衛ちゃんのファンクラブの子なんかよりも、衛ちゃんのこと知ってるぞって、なんだか嬉しくなっちゃう♥
だからつい、「ありがとう」。教える側の姫が、衛ちゃんにそう言っていた。
衛ちゃんは困ったように照れては、焼いてる途中のオーブンをチラリ見て、「まだ早いよ」と照れ隠しに口にするばかりでしたの。
「でもなんで当日に? 普通は前もって準備しておくものじゃないんですの?」
今日のお菓子作り教室、試食として姫が食べることで終了になりますの。
そして、それがそのまま姫へのホワイトデークッキーとなりますの。
けどそれって、失敗したらそれまで。折角の気持も、完成して持っていけないんじゃあ、伝えることなんてできない。
……まあ、今回は直々に教えてたんですので、仮に完成しなくても伝わりまくってはいるんですのけど……。
普通、慣れないお菓子作りに臨む時なんかは、いっぱい材料買って来て、丸1日お菓子作りに精を出す。
姫だって、最初の頃は失敗ばかりだったんですもの。そういう安全策やら保険やらを掛けておくのが普通。
いくら姫監修の下とはいえ、楽観的過ぎるんじゃないかな?
そう思うと、そこがすごく気になって。
「そりゃ、できたてが一番おいしいじゃない」
衛ちゃんからとても単純な理由を返されましたの。
「まあ、そうですのけど……」
「ボクはね、それを白雪ちゃんにいっぱい教えてもらったからさ」
「え?」
短く呟いて、目を見開いた。
そこにあった理由は単純で、けれど衛ちゃんにとってはちゃんと大きな意味があったから……。
「できたてっておいしいんだよね。
けど白雪ちゃんってさ、あげるばっかりで、自分ではあんまりできたての味を味わってないでしょ?」
「ええ、まあ……」
「白雪ちゃんはボクらのためにそれをいつもくれたのに……おいしいって知っているのに、貰えないだなんて、ちょっと悲しいじゃない。
だからいつもお世話になっている白雪ちゃんにも、おいしいできたての味を教えてあげたくてさ!」
いつか返してやるぞって、いっつも思ってたんだ!
胸を張って衛ちゃんがいう。
そりゃあ……できたてがおいしいのは知っていますの。
だから姫だって、できる限りできたてのものをみんなにご用意してましたの。
だけど……そんなの当たり前だと思われてるって……思ってた。
当たり前だから、別に感謝されるようなことでもないって、思ってた。
なのに衛ちゃんは言った、気づいてた。それが特別なことだったって。
そして、姫が……あんまりそれを味わえないことも、気づいていた。
それはつまり……いつも姫のことを見ていてくれていたから?
……あれ? そう、ですの……。
衛ちゃん、この間も……バレンタインの時も……ちゃんと姫のこと、見ていてくれてた……?
ファンクラブのみんなに囲まれている間も、姫のことちゃんと見つけて……悲しい顔してたって、分かってくれてた……。
「…………」
いつから、見ていたのかな……?
その事に気づいて……胸がきゅって締め付けられるような、不思議な感覚に陥る……。
「衛ちゃ……」
「だからボクね、別に……しちゃっても……よかったん…だ……」
「……え?」
ほんのちょっと、考え事にトリップしていた姫が、現実に戻ってきて初めに耳にした言葉に、もう一度短くこぼしてしまう。
しちゃう、って……?
最初はその意味をすぐには理解することができなくて、一瞬固まってしまう。
衛ちゃんが急に真っ赤になった理由も、すぐには理解できなかった。
「あ! いや!? で、でもほっぺだよっ! っていうかほっぺまでじゃなきゃ無理ッ!
というか、ほっぺじゃないと白雪ちゃん困るでしょッッ!? おおおおお女の子、同士……なんだし……」
「―――ッ!?」
言い訳する衛ちゃんの言葉を聞いて、やっとその意味を理解して。
姫も驚いて。
顔がカァって、熱くなる。
「その……ボク、白雪ちゃんにロクなお返しできるなんて思ってなかったからさ……。そ、それに……」
別に、衛ちゃんにそんな気持ちを抱いてる訳、ないのに……。
鈴凛ちゃんと鞠絵ちゃんのおふたりみたいに、そんな気持ち持ってる訳じゃないって……そう思うのですのけど。
なんだかだんだん、分からなくなってくる……。
バレンタインの時の衛ちゃんの優しさに触れて……。
ううん……そのずっと前から。
ずっと姫を見ていてくれたから……
「じゃあ……そっちも、貰えますの……?」
「え?」
自然とこぼれた言葉に、今度は衛ちゃんが固まる番。
姫とおんなじ、言われた言葉の意味を理解できなくて、少しの間、衛ちゃんの動きは止まっちゃったんですの。
そして、しばらく経って、衛ちゃんはやっと、大きな声で驚く。
「え!? えぇっ!! ええぇぇぇッッッ!?!??!」
「ほ、ほっぺたなら、ノーカンですのし……!」
驚きふためく衛ちゃんに、言い訳がましく姫は言う。
おかしいな。こうならないように、今日はクッキーを教えていたはずなのに……。
「それに姫も……衛ちゃんなら……良いかな、って……」
教えてあげたせいで……してもいいかなって、思っちゃ……本末転倒……ですの……。
衛ちゃんは、なんにも言ってこなかった。
姫も、それ以上は何にも言えなくなって、顔を伏せていた。
オーブンの、クッキーを焼くジーッて音だけが、部屋に響いていた。
どのくらいそうしていたのかな。
10分とか20分とか、長い間そうしてる気がしたけど、オーブンは焼き上がった音をまだ鳴らしていないから、本当はまだ5分も経っていなくて。
その内……いつの間にか、衛ちゃんは姫の横に回り込んでいて。
ただ、姫の肩を掴んで、一言……。
「いくよ……」
静かに告げて、目を瞑る。
その姿を、横目で見る。
目を瞑った衛ちゃんの顔が、どんどん近付いてきて……ドキドキ、する。
どうして、こんなに……?
相手は……妹なのに……。
べ、別に……おかしくなんかない……!
たかがほっぺなんだか……。
たかがほっぺ……だから……
ドキドキと、胸の高鳴る鼓動が、早まっていく。
別に……衛ちゃんにそんな気持ち、抱いている、訳……ない、のに……。
―――なかった、のに。
全部衛ちゃんのせい。
衛ちゃんがゆっくりだから……。
走るのは速いクセに……ちゅってするだけのことが、こんなにゆっくりだから……。
衛ちゃんのこと、いっぱい考える時間があったから……。
衛ちゃんが、いつも姫のこと、見ていたくれたから……
だから姫も……衛ちゃんの顔に、真っ直ぐ向き合った……。
チーンッ
オーブンが、衛ちゃんのクッキーを焼き上げたことを、馴染みの音で伝えてくれる。
その大きな音に隠れて、もうひとつ小さな音が姫の耳に……。
……ううん、本当はそんな音鳴らなかったかもしれない。
そんなイメージがあるから、鳴った錯覚しただけかもしれない。
そんな、小さな……ちゅっ……って音が、姫の耳に響いて……。……これも、衛ちゃんがのんびりしてるからですのよ?
「えッ?! し、白雪ちゃん何でこっち向いて……わわわ、ボク白雪ちゃんの、くく、口に……!?」
だから姫……奪っ ちゃった。
終わらせたはずの、姫と衛ちゃんのドキドキな関係は……また、はじまっちゃた。
お菓子のようなできたてのあったかさで……。
あとがき
百合(恋愛)を取り扱う以上は、絡んでおきたいイベント、バレンタイン&ホワイトデー。
勢いで続いて6年間6組のリレー、とうとう完走ですとも!
まさか全員抜きを達成するとは、一番最初のバレンタインSSを書いた時には想像もしなかったです……。
いやー……6年かぁ、何事も最後までやると、感慨深いです。
さて、お菓子作りにて本領を発揮する白雪ですが、そのスキルを前面に出したら、
やっぱり教えてあげるイベントが一番"らしい"かなと思い、そのプロットをベースに仕立ててみた次第です。
そうしたら最初のノリと最後のノリがぜんぜん違うとか(笑
ほっぺ止まりも考えましたが、ある意味正統派な百合百合しく〆られたのは、
全員抜きのトリを飾るに相応しい出来だったんじゃあないかなと満足してます。
最後に一言、自己満でも言わせて……6年全員抜き、自分お疲れ様でした!!!(笑
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