ミスディレクト・バレンタイン







「ふんふふんふふ〜ん♪ ふんふんふん♪ ふ〜ふふんふふ〜ん♪」


 鼻歌交じりでボールをかき混ぜ、器のチョコレートにたっぷりの愛情をとろけさせる。
 今日もご機嫌に、得意のお菓子作り。
 いつも好きでやってるお菓子作りは、だけど今日はいつものとはちょっと違うんですの

 だって明日は……女の子にとっての一大イベント、ハッピー・バレンタイン・デーだから
 恋する女の子が、自分のハートをチョコに込めて、相手に伝えられる一大イベント!
 誰もが知ってる女の子の大・大・大・イベントなんですのっ!!

 お菓子作りは姫の得意中の大得意!
 だから、バレンタインみたいなお菓子の絡むイベントは姫にとっては真骨頂!
 姫も夢見る女の子の一員として大参加しますの
 姫の愛情のこもったデリシャスチョコレートを受けられるシアワセ満点なお相手は……
 ……それはカッコよくって優しくって、オトコノコよりも男らしい、姫の姉妹の衛ちゃん!


「ふぅ……さすがにカカオから作るとなると大変ですのねぇ……。で・も、だからこそ楽しいんですのけ・ど・ね


 え? 自分の姉妹にあげるなんて寂しくないかですのって?
 確かに……フツーの考えれば、バレンタインに家族にあげるなんてこと、ちょ〜っと寂しい過ごし方って思われちゃうかも知れませんの。
 しかも女の子同士の姉妹なら特に。

 しかぁーし! これが姫の姉妹での間だったら、話は変わっちゃいますの!
 だって、姫の10人超という異様な数字を叩き出している(しかも全部別居でそれぞれ家庭持ちという複雑な家庭環境の)姉妹たちは、
 特に仲の良いふたり同士でチョコを交換するのが当たり前になってますの!
 その中でも鈴凛ちゃんと鞠絵ちゃんなんかは、お返しに、き、キスを……しかもくちびるに……く、くちびるに…………きゃー


「まー姫はキモいからいらないんですのけど


 そんな感じで、本当にラブラブなところは、姉妹としての愛情を越えちゃってラブラブしっぽりやってますの。
 鈴凛ちゃんたちだけじゃなく、便乗してお返しはキッスで済ますねえさまも居ちゃうくらい。
 なので、こと姫の姉妹の間なら、この時期に姉妹にあげるのは全然おかしくない空気が蔓延中。
 うーん、姫の家庭環境ったらなんてカタストロフィ
 まだ幼い亞里亞ちゃんや雛子ちゃんが将来的に影響されたらどうするつもりなんですのでしょーねー。
 それでも……本気で誰かを思える気持ちは……それだけは純粋に尊敬、できちゃいますのけど……。


 ま、姫はそれほど衛ちゃんにぞっこんラブラブって訳じゃないのですのけど、
 将来の予行練習のつもりで、みんなのマネして衛ちゃんにプレゼントを計画。
 と、いいますか……他のみんなたちはあげ合って居るけれど、実は姫と衛ちゃんは余り組さん同士なんですの。
 (亞里亞ちゃんと雛子ちゃんはまだ幼いのでノーカンですの。まー、将来的に堕ちるなんてことないと思いますのけどー)
 だからそのよしみで、姉妹からは貰えない衛ちゃんに、姫からのチョコをプレゼント

 そ・れ・に、衛ちゃんはヘタなオトコノコよりも、断! 然! カッコいいんですもの 将来の旦那様を想定した練習相手には十〜分っ!

 まあ、あげる時には本気じゃないとは言っておかないとですのね……。
 でないと、衛ちゃん勘違いして来月の明日が姫のファーストキッス記念日、なんてことになりかねませんですのですし。

 なんて、色々考えていたら、チョコレートが良い感じに仕上がってきましたの。


「さーて、あとは愛情と一緒にトッピングをして完成、ですの♥♥


 もちろん、ねえさまとして愛情を、ですのけどね……












 そして当日。
 姫は公園に足を運びましたの。


「はい、衛ちゃん受け取って〜

「あ〜ん! ずっる〜いっ! 私が先に渡すのっ!」


 そこは衛ちゃんのいつものジョギングコース。
 だからそこで待ち伏せて、突然チョコを渡してビックリさせようと計画しましたの。
 けど……


「いいえ、私よっ!!」

「もうっ! 私の方が早かったでしょ!!」

「わわわ、ちょっ、ちょっとぉ〜……順番なんてどうでも良いじゃないないか〜!?
 ちゃんとみんなの分受け取るから、落ちついて落ちついて〜」


 黄色い声に囲まれる衛ちゃんの姿を、遠くから眺めて、姫はどうしたらいいのか分からず、呆気にとられていましたの……。


「…………」


 それは、衛ちゃんのファンクラブの女の子たちでしたの。
 姫と同じ考えで衛ちゃんを待ち伏せして、そして姫より先に衛ちゃんにチョコを手渡していましたの。

 そう、だったんですの……。
 衛ちゃんは、カッコいいから……女の子にモテモテで……ファンクラブだってあって。
 だから、バレンタインに女の子からチョコ貰うのだって、全然当たり前のことで……

 姫だけじゃなかった……衛ちゃんに、チョコをプレゼントしようって考える女の子は。
 姫が気をつかうことなんて、なかった……。
 ヘンに余り組さんなんて仲間意識で、自分が優しさを押しつけようとして、
 得意気に自惚れていたことが、ひどく醜いもののように思えて……恥ずかしささえこみ上げてきますの……。

 それに……こんなにチョコをあげている子が居るんじゃあ……姫にはもう、衛ちゃんにあげる訳にはいかない……。
 それは、自分ひとりが特別になれないからとか、そんな理由からじゃなくて……。
 衛ちゃんのことを思えばこそ……"それ"はやってはいけないこと……


「はい衛ちゃん、私のハートよ♥♥

「あ、ありがとう……」

「じゃあ次は私の分


 姫は、居たたまれなくなって……その場から逃げるように走り去ったんですの……。












「…………はぁ」


 公園のベンチで、しょんぼりチョコの入った紙袋を抱いて、ひとりポツンと寂しげに座っていましたの……。
 公園と言っても、さっきとは別の公園……。
 だって、恥ずかしい姫は、衛ちゃんとおんなじ公園になんて居られないって、思ったから……。


「折角、衛ちゃんのために……用意したのに……」


 ばかみたい。

 そりゃあ、姫はよく思い込みが激しいって言われますの……。
 妄想にふけっては、一直線に暴走しちゃうことだってありますの……。
 だから……それを反省しなかったから、今回もおんなじ失敗をしちゃっただけの話……。

 それに……姫は、予行練習だなんて考えて……衛ちゃんのこと、見下していた……。
 きっとそんな自分のことしか考えない姫の醜い心を見透かした神様が、おしおきとしてこんな運命を用意したんですのね……。
 それで正解……神様は、あなたはとっても正しいことをしてくれたんですの……。


「どうしたの? 悲しそうな顔してさ」

「……え?」


 突然、爽やかな声が投げ掛けられましたの。
 顔を上げると、そこには……


「ま、衛ちゃん!?」


 目の前にはそう、さっきまで女の子に囲まれていた衛ちゃんの姿があったんですの!?
 えっ!? なんで!
 だって、衛ちゃんはファンクラブの女の子たちのお相手で一生懸命のはずで……!
 姫がここに着いてからまだそんなに時間が経ってないから、今だって、ずっとお相手してるはずで……!


「どうしたの? 白雪ちゃん」

「お、女の子たちはどうしたんですの……!? あ……―――」


 言ってから、慌てて自分の口を塞ぎましたの。
 だって、姫が覗き見してたなんてバレたら、なんだか更に恥ずかしいことをしているような気がして……。
 けど、口にしちゃった言葉はもうお口に戻せなくて。
 姫は、衛ちゃんに更に恥ずかしいところを見られちゃいましたの……。

 だけど衛ちゃんは責めるでもなく、なんでもないことのようにニッと笑って、


「なんか白雪ちゃんが居たのは気づいてたんだけど……悲しそうな顔して走って行っちゃったから、気になって……。
 だから物だけササッと受け取って、慌てて追っかけてきたんだ」


 そんな……。
 姫のためにわざわざ……。
 そんな衛ちゃんの優しさが、今の姫にはどうしようもなく眩しくて……


「いやー、白雪ちゃんの足が遅くて助かったよ。お陰でなんとか見失わずに済んだよ〜」


 ……これでデリカシーがあれば文句なかったのですのけど。


「ところでそれって……――」

「……はっ! な、なんでもないですの……!」


 衛ちゃんは、姫の手元にあるチョコの入った紙袋を見て言いましたの。

 だけど……こんな汚いお料理は、衛ちゃんに見せられる訳ない……。
 料理は愛情。だけどこのチョコにこもっているのは、姫だけに向かったただの自己愛ナルシシズム
 だから、あげる訳にはいかない……見せることだってしちゃいけない……。
 そう思って、姫は衛ちゃんから隠すように、慌てて手で覆い隠しましたの。


「ボクへのチョコ……なんだよね?」

「……!?」


 だけど、そんなのとっくに遅いことだった。
 衛ちゃんには、全部、バレちゃってたから……。


「な、なんでわかったんですのっ!?」

「それはまあ……白雪ちゃん、今ひとりで呟いてたし……」


 しまったですの……! さっきの独り言をまんまと聞かれてましたですの……!
 あ〜ん、姫はなんてドジっ娘〜! もう花穂ちゃんにどうこう言えないんですの〜!


「う、う〜……」


 困ったように唸るしかできない姫。
 衛ちゃんは、あはは、と笑って応える。


「今更姫に貰っても嬉しくないんですの……」

「え? そんなことは……」

「だって衛ちゃん、もうファンクラブのみんなからいっぱい貰ってるじゃないですのっ……!」


 衛ちゃんが手にしている紙袋を見て言う。
 もっというなら、その中に大量に入っている綺麗な包装用紙に包まれた箱を見て。
 中にはたっぷりのチョコが入っている。姫とは違う衛ちゃんへの、衛ちゃんに向かった愛情がたっぷりのチョコが。

 こんなにあるんだから、今更ひとつ増えたってどうってことない……そう思うのは、衛ちゃんのことを分かってない証拠なんですの!

 だって衛ちゃんはスポーツマンさんだから……。
 だから衛ちゃんは、これ以上余計なカロリーを取って脂肪をつけるのは絶対イヤに決まってるんですの。

 だから姫は、そのことを意識して、このチョコを作ったんですの。
 カロリーは控えめに、プロテインとか運動に有効な栄養素を入れて、その上で味の質を落とさないように、いっぱい工夫をしてきましたの。
 だけど、衛ちゃんはいっぱい貰ってるから……。
 衛ちゃんはくれた子の気持ちを踏みにじるようなことできないから……!
 きっと貰った分全部食べちゃうから……姫だけがいくら気をつかったって、これ以上は余計なことに変わりないんですの……!


「そんなに、気をつかってくれてたんだ……」


 だからあげられる訳――……へ?


「ありがとう、ボクのためにいっぱいがんばってくれて」

「え? え? ……はっ!?」


 きゃ……きゃ〜〜〜〜〜っっ?!
 姫ったら、いつも通りの妄想に浸って、うっかり全部口にしちゃってましたの〜〜〜!!
 なんたるドジっ娘、もう花穂ちゃんを以下略ですの〜〜〜〜っ!!?


「そんなに愛情のこもったチョコが、貰わない訳にいかないよねっ」

「あ……」


 そう言って、衛ちゃんは姫のチョコの入った紙袋をひょいと取ってしまいましたの。
 ちょっと強引に、姫が拒否する暇も与えずに……。

 ―――きっと、衛ちゃんは分かっていたから……。姫がこのチョコをあげられないって思ってるってことを。だから……

 返せなんて言わせないような……問答無用な眩しい笑顔を向けて。


「ありがとう」


 爽やかに、言ってくれましたの……。



 ありがとう、って……それは姫のセリフですの……。
 だって……こんなに自分勝手なチョコレートを……衛ちゃんは愛情たっぷりだって、認めてくれたから……。

 ありがとう衛ちゃん……。
 予行練習だなんて考えてごめんなさい……。
 そして、そう考えたこと、取り消させてください。
 だって今、姫は……本当に……本当の気持ちで、衛ちゃんに感謝チョコをあげたいって、思ったから……。
 そして、チョコをプレゼントできて……姫の想いを伝えられて、良かった。思いますのから……。


 うふふっ……気持ちを伝えるためにチョコを作るはずなのに、
 チョコを作ったことで気持ちを伝えたいって思っちゃうなんて……順番、逆になっちゃいましたの。
 けど……結果オーライですの……












「……えーっと、」

「ん? どうしたんですの?」


 と、チョコを受け取った衛ちゃんは急に、困ったようにまごまごとしだしたんですの。
 一体どうしたんですのでしょう?


「ま、まあ……受け取っちゃったし……。うん、来月は……ボク、ちゃんと覚悟決めるから……」


 真っ赤な顔で、ポソポソとちっちゃなお声で恥ずかしそうに言いましたの。
 来月って……ホワイトデーですのね。
 ……あ、きっとクッキーのことですのね!
 もうっ、ただクッキーをくれるだけなのに真っ赤になっちゃって、衛ちゃんったらウブで可愛いですの


「うふふ、 期待してますの

「……ッ!? ……じゃ、じゃあそういうことだからッ!!」


 衛ちゃんは、姫の言葉を聞くと顔をすっごく真っ赤にして、そのまま走って行っちゃいましたの。
 どうしたんですのでしょう?
 そりゃ、お返しって、ちょっと照れくさくはあるのでしょうけど、それにしてはちょっと照れ過ぎじゃあないんですの?
 別に鈴凛ちゃんたちみたくキスする訳じゃない……


「…………はッ!?」


 この瞬間、別のことに意識が行っててすっかり忘れてた、
 例の姉妹間ローカルルールのことを思い出して、衛ちゃんが顔を真っ赤にさせた理由を理解する。
 姫ったら、誤解させないために「そういう意味じゃない」って言うの忘れてますの!!
 ってことは衛ちゃん……わわわわ、絶対その気になって……しかも姫、うっかり「期待してる」なんて口走って、る……。


「ぎゃああああぁぁああーーーーすッッッ!?」


 叫んだ。
 叫びましたの。
 自分がどれだけこっ恥ずかしいことを口走ったか理解して、すっげぇはしたなく叫んじゃいましたの!


「ち、違うんですの!? 姫は別にそんな……!!」


 と言う頃には、衛ちゃんは……わぁお、さすがスポーツマンさん、もう豆粒ぐらいにちっちゃくなってるんですのー。

 ……ど、どうしましょう!
 このままじゃあ衛ちゃん、本気にしたままでホワイトデー向かえちゃいますの!
 しかも衛ちゃんも覚悟決めるって……え? え?
 じゃあ来月の今日って、ひょっとして姫のファーストキッス記念日になっちゃいますの?


「ままま、待って下さいですのーーー!! 違うんですのーーー!!」


 姫は慌てて衛ちゃんをおっかけました。
 ……当然、姫は衛ちゃんに追いつけませんでしたの……。お、おーまいがっ……。














あとがき

はい、恒例のバレンタインSS、6年目にしてついにラスト6組目!
ラストを飾るはまもしら! 作中では余り組と言ってますが、決して余りものじゃあない魅力が、ここにはある!

えー、それはそれとして、去年からず〜っと東方SSばかり描いてたから、実に11ヵ月ぶりのシスプリ(メインジャンル)SS。
しかし、このバレンタイン恒例SSもラストスパートと、しっかりこなしてみせました!
……と、言いたいところですが、実は満更そうとも言い切れないのです(汗

やー、やばかったです……。
なにがやばかったかって、初期プロットが過去作品ともろネタ被りしてたんです(苦笑
ビックリすりるほど完璧にかぶっていたので……当日付けでネタ練り直しました……。最後の最後でばかだろ自分(汗

前半と後半でノリが違うのはそのせい。もっとライトにしようと思ったのに、ちょっと重くなってしまった……
それでも最大限、楽しめる作品として臨んだからこその練り直しと受け取って頂ければ幸いです……。
ってかよく閃けたなぁ……。これも、白雪と衛、ふたりのキャラがしっかりと生きていたからこそです……と綺麗にまとめてみる(笑


更新履歴

H22・2/14:完成


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