サプライズ・ホワイトデー








 3月14日。その日、昼休みの校舎裏では気合十分な声が響き渡った。


「今日は待ちに待ったホワイトデー! ぃいよっしゃぁぁぁあああぁぁっっ!!」


 最初っからクライマックスな声を上げてハジけるヒナは、雛子高校1年生。花の16歳。
 校舎の裏側で握り拳にガッツポーズ決めて意気込む、ゲンゲンゲンキが取り柄のごくごく普通の女の子。
 ゲンキが取り柄といっても、いつもこんなにハジけてる訳じゃなくて……今日は、ちょっと特別な事情で、期待を胸いっぱい満たしているから。
 プラス、今この場に自分しか居ないという事実が、ヒナを妙にハイなテンションに仕立てていたり。


 ここは校舎裏にある、ヒナと、ヒナと同じ学校に通うお姉ちゃん、亞里亞ちゃんとのちょっとした「ひみつきち」。
 「ひみつきち」といっても、ミニ空き地って表現が似合うような、木と学校の壁に囲まれた小さな空間なんだけど。
 よくファンクラブに追っかけ回される亞里亞ちゃんのため、ヒナが避難場所として見つけたのがここ。
 隠れた名所というのか、「隠れ」の名所というのか……寂れた感じがひとりふたりでまったりくつろぐには丁度良い。
 (しかし雨上がりとかナメクジさんがけっこーいるから要注意!)
 以前は利用する人もちらほら居たけど、今じゃヒナと亞里亞ちゃんのふたりしか来なくなってしまった。
 おまじない代わりと貰った千影ちゃん印の妖しい〔かわいい〕人形を四隅に置いたらなんか誰も来なくなった!

 そんな寂れた場所で、ひとり気合を入れる姿は、傍から見たらさぞや滑稽だろう。
 というかそもそも、誰も居ないからこんなハジけてんだけど。
 前日が晴れてくれたので、観客のナメクジさんが誰一人居ないのは花の乙女としてはありがたい。
 ……しかし、例え滑稽と分かっていても、放課後の一大イベントに向け、
 胸から溢れんばかりの期待が溢れる身には仕方のないことと分かって欲しい。
 だって……だって今日、ヒナはついに、亞里亞ちゃんにバレンタインの「お返し」をできるんだから……!


「今日は……あ、あ、亞里亞ちゃんに、お返しを………………き、きき……キス、するぞぉっ!」


 来たるべき瞬間に向けて、決意表明のつもりで声に出して言う。
 口にするのも気恥ずかしくて、呂律が上手く回らない……。
 そう……これが今、ヒナを滾らせている原因だったりする!


 バレンタインの「お返し」とキス。
 これが一体どのように関係するかと言えば……なんでも鈴凛ちゃんが昔作った伝統らしい。
 正直、ヒナは詳細なんてあんまり知らないけど、
 なんか春歌ちゃんが「鞠絵ちゃんを汚す口実ですわ!」とやたら愚痴ってたのは覚えてる。
 そんで鈴凛ちゃんは鈴凛ちゃんで「アタシじゃない!?」って弁明をしてたなぁ……。
 でもホワイトデーに鞠絵ちゃんと鈴凛ちゃんがちゅーしてるってことは変わらないけど。ホワイトデーでなくてもよくしてるらしいけど。
 結局、なにがスタートか、なんてヒナは知らない。
 発端から既に何年も経ってるんだし、情報が曖昧になってしまうのはいたしかたないでしょう。
 歴史とはそういうものです……と、それも春歌先生がしみじみ仰ってくれました。
 そういえば説明が遅れたけど、ここまで出た名前は全部ヒナのお姉ちゃんのものだったりする。
 なんせ別居暮らしの12人姉妹つー複雑な家庭環境なもんで。

 おっと、話逸れちゃった……で、そんな鈴凛ちゃん考案の「お返しのキス」制度だけど、
 それがヒナのお姉ちゃん方にえらくウケたらしく、その後、ほとんどみんなが便乗。(余談だけど、これ全部姉と妹のやりとり)
 気づいたら、それが毎年恒例のローカルルールとなってた、という訳。
 まさかヒナが高校生になるまで続くとは思ってなかったけど……


「……よくぞもってくれた!!」


 再び握り拳でガッツポーズ。滑稽なヒナ、再び参上。
 なにが真実かなんてどうでもいいんだよ。
 重要なのは「チョコ貰ったらホワイトデーにちゅーして良い」ということ!
 そして……今年、ヒナが亞里亞ちゃんからチョコを貰ったということ……

 そんな訳で……ヒナ、本日亞里亞ちゃんの唇を狙ってます!
 それが冒頭からクライマックスな理由なのです。ええい、思春期のムンムンムラムラ舐めんなよっ!


 しかしアレだな、姉妹のほとんどがシスターコンプレックスって、改めて見て凄まじい状況だな。ヒナたちも人のこと言えないけど。
 鈴凛ちゃん曰く、「12の別家庭を築くほど女好きなのオヤジの遺伝子のせいだろう」とのことだけど。
 ヒナの場合は姉×妹な関係を見てきて育ったから、それが普通だって刷り込まれただけだ。おねえたま方のせいだ。


「今年のバレンタイン、亞里亞ちゃんからのスペシャルチョコとカレシ宣言(と右フック)も貰ったんだし……
 そのくらい、狙っても良いよね……?」


 学校が終わって、放課後になって、それから亞里亞ちゃんとふたりきりになって、そしてロマンチックなムードでの……キス。
 それもほっぺやおでこなんて誤魔化しじゃない……唇と唇の―――


「―――がっはぁっ!?」


 ……や、やばい……頭の中で思い浮かべただけで、この破壊力……。
 果たしてヒナは、理性を保っていられるのでしょうか……?!


「さて、問題は……どうやって話を持っていくかだよね……」


 ヒナとしては、亞里亞ちゃんをビックリさせちゃうサプライズの方向で考えている。

 この伝統は、恐らく亞里亞ちゃんは知らない。
 小さい頃、家庭の事情で亞里亞ちゃんは単身フランスへ。それから日本へ帰ってきたのは高校生になったばかりの頃、つまり結構最近。
 一方、伝統の発端は亞里亞ちゃんがフランスに行くか行かないかの時期で、本格的に布教が始まったのはその後だし。
 仮に当時耳に入ってたとしても、まだ子どもだったからもう忘れちゃってるだろう。

 完全に油断して、ヒナがなにを企んでるかなんて予想もしてないところに、サプライズをどーん!
 そんな方向で絶賛計画中。


「しかし……相手はあの究極完全生命体だしなぁ……」


 上流家庭のお嬢様である亞里亞ちゃんは、フランスで幾多の英才教育を経て……見事パーフェクト超人として成長して帰ってきたのだ。
 ……そのせいで当時の純粋な気持ちを失ってしまったけど……。
 ううう、時の流れは残酷だ……昔はヒナが色々守ってあげなくちゃってくらいか弱い子だったのに……。
 したがって、今の亞里亞ちゃんはちょっとやそっとじゃ動じないくらい完璧過ぎるのだ。
 あの凶暴な本性が、自分から言わない限り誰にもバレないほどの猫っかぶり……もとい、演技力の持ち主なのだ。
 ……だからこそ、慌てる姿がものすごく可愛いんだけど……
 なので、是非この機会にあたふた亞里亞ちゃん拝みたいのだけど……ヘタすりゃぶちのめされる。
 なんせ先月、照れ隠しでテンプルへの右フックだ。
 くっ……あの時やられた左のこめかみと脳髄が疼きやがるっ……!


「マア、ソレダケ気持チヲ許シテルッテコトダヨネ」


 好意的に解釈することにした。


「とりあえず練習練習……昼休みは短いんだから、早くしないとあっという間に終わっちゃうよ」


 最終目標はハッキリしてるけど、そのやり方がイマイチ決まらない。
 いくつか案は練ってきたけど、どうもコレだ! ってものが決まらない。
 お陰で寝不足。ベッドの中であれやこれやと悩んでる内に、気づいたら朝になってた。
 そんで今朝起こしに来た亞里亞ちゃんに「まあ気持ち良さそうにいびきかいてるわねぇ、この寝ぼすけ」と言われてしまった。

 なので、予行練習ついでに実際にやってみて、しっくりきたものを選別するため、この誰も居ないこの場所に来たのだ。
 このテンションで家でやったらお母さんにバレるしうるさいって怒られるし……。


「んじゃあ、まずはストレートにズバッと言って、面食らってる内に……というパターンの練習から。……んっ、ごほんっ!」


 ヒナの必殺技パート3(←作戦名)の練習のため、一度咳をし喉を整える。
 それから目を閉じて1回深呼吸……そして、瞑った瞼の向こう側に亞里亞ちゃんが居るとイメージ……。
 亞里亞ちゃんの綺麗でステキな姿が思い浮かんだら……目を開いて、せーのっ!


「亞里亞ちゃん、ヒナのキッスを受け取ってっ!」

「やーよ」


 ………………………………。


「ちょっとヒナちゃぁ〜ん、学校であたしたちの関係バレるようなこと迂闊に言わないでくれるぅ〜?」


 おかしい、ヒナの理想を具現化した想像の亞里亞ちゃんは、なぜかヒナの理想とする動きとは違う返事を返してくる。
 ヒナのモチベーション維持のため、いつも通りキツい台詞を吐かないよう調整しておいたはずなのに……。
 ……って、


「わぁっ!? 本物だぁっ!?」

「なによ、本物以外どんなあたしが居るってのよ?」

「え、妄想の?」


 ちなみに、その妄想の亞里亞ちゃんは「嬉しい……! ウルウル……ちゅっ」という返答を返してくれた。
 どうやら現実の亞里亞ちゃんはそこまで甘くないらしい。ふたつの意味で甘くない。


「まーたヒナちゃんのくだらなくて下劣でいやらしくて卑しくてがっついた妄想? あんたも好きねぇ。はいはい、えろすえろす」


 ……激辛だぁ。


「……あー、亞里亞様、一体どうしてここに?」


 気まずい空気をほんの少し誤魔化したく、ついそんなことを訪ねて濁してみた。
 って言っても、亞里亞ちゃんとふたりで利用してる場所だから、亞里亞ちゃんが来るのは別におかしいことではないのだけど……。


「ん。ファンクラブに追われて、逃げてきた」


 うむ、素晴らしく本来の使い道でした。


「今日ホワイトデーでしょ? だからファンのみんながお盛んで。あげてもないのにお返しなんて、皆様物好きよねぇ〜」

「あ、あはは……」


 さすがあたし、なーんていつもの調子で自画自賛する亞里亞ちゃんを前に、ヒナは乾いた笑いを返すしかできなかった。
 ……ああああ……そうだよ、そうじゃないの……!
 この時期こそファンクラブが活動しするもんじゃない!
 そんで亞里亞ちゃんがここに逃げ込むんじゃないのぉぉぉぉぉ……。ヒナのばかぁぁぁああぁぁぁぁ……。


「けどまあ、お盛んなのはファンだけじゃないのね」

「……ふぇ?」

「へー……ヒナちゃん、あたしの唇狙ってたのねー」

「あぅッ!?」


 自らのマヌケさに苛まれるヒナに、更なる追い討ちが掛けられる。
 ヒナを小ばかにする時に使う「ヒナちゃん」という呼び方が、イヤに胸に突き刺さった。
 慌てふためき過ぎて硬直するヒナに……亞里亞ちゃんは、追い討ちとも助け船とも取れるような、ひとつの問い掛けをした。


「ねー、ヒナちゃん、あたしたちの関係って、なんだったかしら?」

「ええっと……」


 ヒナと亞里亞ちゃんの関係……。
 弱虫だった亞里亞ちゃんを、ヒナが守ってあげてた。
 そんな、子どもの頃のふたりの姿が、頭の中に思い起こされる。


「お姫様と、それを守るナイト様です……」

「よろしい」


 ヒナの回答を受け取るお姫様は、大変満足そうなご様子。
 昔覚えた印象っていうのは大きくなってもなかなか変わらない訳で、その関係図は、今でもヒナたちの中に刷り込まれている。
 そして、そのままの気持ちで……恋をして。
 まあ、長年の英才教育の末、文武両道才色兼備完璧超人にまで至ったお姫様がナイト様より強いというのが大問題なんだけど。
 とりあえずヒナと亞里亞ちゃんはそーいう位置づけでお互いを認識しあってる。
 なので……


「仕える主を襲おうだなんて、反逆罪かしら?」


 身分の差……! 身分の差が痛いよっ……!!

 大体おかしいよぅ……! なんでこんなに上下関係が厳しいの!?
 体育会系ですか!? 封建制度ですか!?(←この間授業で習いったばっか)
 ヒナたち両想いなんでしょ? ベストカップルなんでしょ?
 そんなにヒナは……
 そんなに……


「……ごめん」

「え?」


 理想との現実のギャップを理解して、つい、謝罪の言葉が出てしまった……。
 だって、とても軽くだったけど、亞里亞ちゃんは返事を返してくれてた。
 ヒナのお返しが……いやだ、って……。
 ただの兵士が、お姫様の隣に立とうだなんて相応しくない……。
 そう分かったからこそ、落ち込んでしまう……。
 両想いとか……ベストカップルとか……そんなの、ヒナの勝手な思い込みだった……って、ことだよね……?


「お返し……他考えてなかったから……用意してないの……。あとで用意、する……から……。……うっ……」

「ちょっ、ちょっとちょっとっ!? そこまで落ち込むことないでしょ!?」


 あまりに急な落ち込みに、亞里亞ちゃんも焦ってしまう。
 堪能したかったその慌てる様子も、今の落ち込む気持ちじゃ全然楽しめない……。

 バレンタインの時、カレシ発言に浮かれてた。
 けど、亞里亞ちゃんは、そこまでの関係を求めてなかったんだ、って分かったら……なんか目の奥が熱くなって……。
 ……ああ、ダメだ……涙、こぼれちゃう……。
 ガマンしなきゃ……亞里亞ちゃん、困っちゃうよ……。
 けど……だめ……。これ以上亞里亞ちゃんの前にいたら、ほんとに泣き出しちゃう……。
 ヒナは、亞里亞ちゃんに迷惑かけないよう、早くその場を離れることにした……。


「あ、あたしが言いたいのは……あーっ、もうっ!」


 けど亞里亞ちゃんは、教室に戻ろうとするヒナの肩に手を掛けて引き止める。
 引き止めるだけじゃなく、そのままグイッと肩を引っ張った。
 ヒナは涙をガマンすることで精一杯で、簡単に亞里亞ちゃんの方に向かされてしまって、それから、


「ナイトは黙ってお姫様からご褒美貰ってなさいってことっ!」

「……へ?」


 気づいたら亞里亞ちゃんが急接近して、ちゅっ、って……何かが当たって……。
 ……ヒナの……。
 …………くち、に………………。


「うわわわわわあわわわあァぁアア亞ぁアア亞亞亞ぁァ亞アアアあああァァあああ亞あァァァぁッッッッ!?!??!?」


 いいいいいいいい今ッ!?
 確かにッ!
 ……え? 確かに……なに? なに当たった!?
 と、突然過ぎてよく分からなかったけど……ものすごく一瞬のことでよく分からなかったけど……
 けど、けどけどけどけどっ、けどヒナたちっ、ヒナたち今……今ッ!?!??


「……ったく、直前まで期待させないで、一気にだい・どん・でん・返〜し! なサプライズ計画が台無しじゃない……!」

「なななななに言ってるの!?! 十分どんでん返されてるよっ!!?」

「あたしはもっと引っ張ってもっとドカーンって来てもっと優雅な場面で計画してたの!
 そしたら雛子ちゃん、予想以上に落ち込むから仕方なく前倒してやったんじゃないっ!!
 この薄暗くてじめじめして雨上がりはナメクジさんもにぎわう空き地でなんて風情もあったもんじゃないでしょ!?
 ほんっと雛子ちゃんってデリカシーないわねー。次やったら顎に一発ぶちかまして脳髄揺さ振りまくるわよ!
 ったく、ゲンゲンゲンキな雛子ちゃんに、ンな暗〜い顔で午後の授業受けられたらこっちの気分が悪いのよっ!」


 悔しそうに、苛立つ口調でいつものマシンガントークを炸裂させる亞里亞ちゃん。
 だったけど……き、きききき…………、えと……"おくちとおくちのアレ"……をしちゃった亞里亞ちゃんも、平然としてる訳じゃなくて。
 その赤くなった顔と、あと微妙に凶暴性を増した言葉使いが……本当は動揺してるくらいドキドキしてるって伝えてくれた。
 そんな平静を装おうとして、内心のドキドキが丸見えな真っ赤な顔は……すごく可愛い……。


「でも……!? だ、だだ、だって、さっきはイヤだって……それに今日は、ヒナがお返しするはずで……」


 ヒナはヒナで、いまだに心臓がバックンバックン。
 ロデオなんとかみたいに、ヒナの思考回路ごと振り回して全然考えがまとめられない。
 どもってしまいそうになりながらも、一生懸命、自分の意志を伝えようとするけど、なかなか頭から言葉が出てこない。
 ただでさえ色々よく分からないことになってるってのに、余計ぐしゃぐしゃになって……心の中はいっぱいいっぱいでいっぱいだった。


「質問は順序良く簡潔にしなさい!」

「無理です」

「がんばれ。ま、大体分かるから答えてやるわよ」


 腕を組みながら上から目線な態度で、偉そうに無茶な注文をするお姫様。
 赤くなった顔以外は完全にいつも通り。
 亞里亞ちゃんだって結構切羽詰ってるはずなのに……きちんと対応できてるなんて、やっぱりすごいというか。
 そんなところで、亞里亞ちゃんのパーフェクトぶりを実感してしまう。


「今、自分で認めたでしょ? あたしがお姫様で、雛子ちゃんが下働きの兵隊」


 満更間違ってないけど、その言い方じゃ一気に格が下がったよ。


「だから……お姫様は、自分のために戦ってくれるナイト様に、いつもご褒美あげる立場なの……!」

「え……」

「分かる? あたしは、"雛子ちゃんから"がイヤだっただけ。
 お姫様だからこっちからご褒美上げる。でもナイト様には日頃労働してもらってるからお返しなんて要らない。
 んで、ご褒美ついでに鞠絵ちゃんのマネするつもり満々でした。そして今日はちゅーできたね。よかったよかった。
 ヒナちゃんハッピー。あたしもハッピー。以上! はい、答えになった? 言い漏らしある? 質問は?」


 亞里亞ちゃんは、質問されそうな答えを予期して、捲くし立てて先に並べてくれた。
 まともに話せる状況になかったヒナとしてはありがたかったし、疑問の大半もしっかり答えてもらえたので話は早かった。
 亞里亞ちゃんの回答に、色々感じるところはあった。
 亞里亞ちゃんが伝統のこと知ってたんだとか、同じく狙ってたんだとか……亞里亞ちゃんも、嬉しかったんだ……とか……。
 けど、返すべき質問は、ひとつだけだった。


「ヒナ、なにもしてないじゃない……!」


 お姫様だからあげるだけ……なんて、それって全然ムチャクチャな理屈。
 そんなのは亞里亞ちゃんの自分ルールであって、結局ヒナは貰いっぱなし。
 こんなの、納得できる訳がない!

 それに亞里亞ちゃんのムチャクチャな理屈だって……ヒナが亞里亞ちゃんを守れてやっと成立するんだ。
 ヒナはナイト様……なんて言ってるけど、……そんなもの、ただの飾りみたいな呼び名じゃない。
 亞里亞ちゃんは完璧になって戻ってきて、ヒナは守る余地もないのに……。こんな、貰いっぱなしじゃ……。


「小さい頃からずっと……フランス戻って会えなかった時も、あたしは雛子ちゃんのこと思い出して頑張ってきたよ?」

「え?」

「だからあたし、ずっと守られてきたー……って考えてるんだけど?
 分かる? あんなになにもできない子が、こんなになんでもできる完璧超人になるまで支えてきたのよ。
 あんたに。雛子ちゃんの存在に」


 そこまで強気で言って、突然……亞里亞ちゃんの声のボリュームは小さくなってしまう。
 最後の一瞬だけ……今までの乱暴な物言いから一転した、少し、しんみりした言い方になって。
 けど、かすかでも、確かに、耳に届いた……


「あたしはもう、返しきれないくらい守ってもらってるんだから……」


 人に弱みを見せるなんて、誰が相手でもプライドが許さない今の亞里亞ちゃんが、ほんのちょっぴり見せてくれた……弱い一面。
 それは、それ程真剣な本音で……。
 まだ口に薄っすら残る感触と、その一瞬だけの弱さを見せたこと。
 それだけで、亞里亞ちゃんの気持ちが全部、分かってしまった……。


「だから……ちったぁあたしに返させなさいよ! 大体、それを実感できないのは雛子ちゃんの過失!
 これ以上雛子ちゃんからなんか貰ったら、あたしの返済が追いつかないのよ!
 あんたはあたしのお城を残業代のツケで乗っ取る気か!?」


 そんなおしとやかな姿、ヒナには一瞬たりとも見せたくなかったのだろう。
 すぐにいつもの口の悪い態度で取り繕って、貴重な弱亞里亞ちゃんの姿は掻き消えてしまった。
 ああ儚い夢だった……。
 過失とか返済とか残業代とか……もうロマンもなにもあったもんじゃないものになってるなぁ。
 さようなら姫とナイトのファンタジー。こんにちは不況真っ只中な現代日本。


「……まあつまり、」

「なによ?」

「亞里亞ちゃんは、ビックリするくらいヒナのことがダイスキってことなんだよね?」


 次に目が覚めた時は、保健室のベッドの上で横になっていたんだけど。
 意識が途絶える直前見た、的確に顎の先端を撃ち抜くパイルバンカー・フックをぶちかます亞里亞ちゃんの顔が、
 らしくなく、めちゃくちゃ真っ赤になって動揺してすっごく可愛かったから……まあそれが拝めただけで大満足だった。














あとがき

恒例バレンタインSS同様、ホワイトデーも第5弾!
バレンタインが成長後のひなありなので、こちらも成長後で描かせて頂きました!
本来なら幼いふたりですが、その成長後の姿をシスプリ生誕10年目という節目に描くとは、
なかなか風情なものです。偶然ですが(笑

本当は、成長後の「時間経過」という利点を生かして、
バレンタイン同様過去描写も交えて書きたかったのですが、まあ他に思いつかなかったんだから仕方がない(爆

なりゅー作品で成長後亞里亞が反転するのは確定なのでそこは諦めてもらうしかないのですが(ぇー
見れば分かる通り、過去に執筆した高校生版ひなありと細かな設定が違っています。
例えば並行カプがまりりんじゃないとか。
そもそものVD&WDは、昔書いたまりりんVD&WDに準じますんで、そこを省くと成立しないのです。
続編っぽく見せて続編でない、けど同じようなところもある、パラレル話と受け取ってください。
同じ設定ほど、なりゅーの書くSSの基本設定に近いと考えてくださいまし。
だからこっちのひなあり設定の方が基本的な位置づけになりそうです(笑


更新履歴

H21・3/13:完成
H21・3/14:掲載


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