プロミスト・バレンタイン







 人々でにぎわう街の中を走る国道沿いに、少しだけ名前の知れ渡ってるお菓子屋さんがある。
 国道に面したショーウィンドウには、道行く人の視線を釘づける、ウェディングケーキさながらに大きく豪華なショコラケーキが飾られていた。


「うっわ〜……おっきいの…… くすくす……

「すっっっっ…………っごーーい!!」


 ガラス窓の向こう側、ドーンと佇む大きなケーキ。
 自分の体の倍もあるその大きさに圧倒されて……ウィンドウに張り付いて、雛子ちゃんと一緒に感激してた。


 季節は2月、街はバレンタイン一色に彩られていた。
 そのお菓子屋さんも、例に漏れずバレンタインにあやかった大々的な宣伝を行っていた。
 それがこの、ショーウィンドウのスペシャルケーキ。
 けどお店の宣伝なんて小難しい大人の事情、子どもにはどうでも良いこと。
 ウェディングケーキにも負けないほどの大きさと豪華さに、ふたりただときめいていた。

 初めて見つけたあの日から、ずっと憧れていた大きな大きなショコラケーキ。
 お稽古に向かう車の中で、遠くから目をキラキラさせて眺めていた。
 大きくて綺麗ですごくて……けど車の通り過ぎる一瞬しか見ることのできない、儚い夢のような一時。
 感動はいつも胸に刻まれていて……いつか、その夢のような一時を心行くまで堪能したいって想いは募っていく……。

 そうして、お稽古続きだった日々にやっと訪れた自由な時間。
 じいやにおねだりして、わざわざこのショーウィンドウの前までつれて来てもらった。
 ずっと憧れていたものを、今日は思う存分堪能するために。
 車の窓から眺めるだけじゃなくて良い。
 車がすれ違う一瞬だけじゃなくて良い。

 そこに、雛子ちゃんも誘ったのは、このすごさを雛子ちゃんにも教えてあげたかったから。
 一緒に分かち合いたかったから……。


 溢れる期待を胸にやって来たお菓子屋さんのショーウィンドウ。
 スペシャルケーキは本当にすごくて……遠目で見てる時でもすごいと思ってたのに、近くで見るとその迫力が全然違っていた。
 数段重ねのスポンジケーキは、それぞれのステージごとに繊細に飾り付けられてすっごくおしゃれ。
 上から散らされた金箔もキラキラ綺麗。
 ケーキの壁は、うねうね波打つチョコクリームが模様を描いて、なんだかおもしろい。
 てっぺんには男の子と女の子がキスしてる姿を象った、カラフルに色づいたチョコの彫像まで立っている…………はず。
 まだ小さいふたりには、ケーキが大き過ぎるせいで、下から眺めても巨体の影に隠れて見えなかった……。
 それが逆に、"見えないくらいに大きい"って、すっごく感動してたっけ。
 ふたりでガラスに張り付いて、あれがすごい、これがすごい言い合った。
 今この瞬間は、この巨大なショコラケーキに心奪われた、ふたりだけの世界が広がっていた。


「亞里亞……あれ、食べたいです……

「うん、ヒナも―――」


 "大きなケーキを食べたい"なんて思うのは、きっと子供なら一度は持つささやかな夢……。
 だからあの時、本当は雛子ちゃんも「食べたい」って続けようと思ってたのよね……?
 けど、ワクワクの溢れる心はそんなことまで気づかなくて、結局、自分のワガママを押しつけちゃった。


「雛子ちゃん……バレンタインに、あれ……ください……

「ばれんたいん?」

「雛子ちゃん……知らないの……? バレンタインは……好きな人に……ショコラをあげる日なの……


 よく分からないと首を傾げる雛子ちゃんに、少し得意気になってバレンタインのことを教えてあげる。
 普段お姉ちゃんらしくない自分が、雛子ちゃんより物知りなことに、初めてお姉ちゃんらしくなれた気がしてちょっと嬉しい。
 とっても簡単な説明をしてから、もう一度あれが欲しいとワガママを言った。

 本当は自分だって良く分かってなかったのにね。
 だって、チョコに込めた何千、何万の想いの方が重要なのに、気持ちよりケーキの方に夢中なんだから。
 ふふっ……ほんと、子供だったわ。

 けど大好きな雛子ちゃんなら、きっとなんとかしてくれる。
 あの時は、雛子ちゃんをヒーローみたいなものだって思い込んでたから……そんな淡い期待に、胸を躍らせた。


「んー……でもヒナのおこづかいじゃアレはムリだよぉ……」


 当然そんな願いは叶えられるはずもなくて、雛子ちゃんも困ってしまうばかり。
 子ども心にはそんな常識なんて通じなくて、ひどくガッカリしたのを覚えている。
 だから……この後、すごく嬉しかったことも。


「でもね! ちっちゃくて良いなら、ヒナがおこづかいで亞里亞ちゃんに買ってあげる!
 だってヒナ、亞里亞ちゃんのことダイダイダースキだもん!」

「ほんと……?」

「うんっ!」


 不安げに訪ねる姿に、雛子ちゃんはいつも通りの元気な様子で胸を張って頷いてくれた。
 そして、すぐさま「じゃあ買ってくるね!」なんて言って、意気揚々とお店に向かって行ったよね。
 大きいのは無理でも、自分が買える精一杯をプレゼントしてくれるために。
 そういう意味で……雛子ちゃんの方がずっと、バレンタインの意味を分かってたよね……?


「あ……」


 そんな雛子ちゃんの優しさを引き止めたのは……喜びに変わったはずの、悲しげな表情と声……。


「雛子ちゃん……バレンタインは……昨日、終わっちゃったの……」


 その日は2月15日……。
 初めてケーキを見つけてから、お稽古のない日はやって来たのは、もうバレンタインが終わった後のこと。
 大人は当日なんてこだわらず、前倒したり遅らせたりなんて平気でやっちゃうんだろうけど、
 子どもの純真さは、その「特別な日」を動かすなんてできなかった。

 最初はそれでも……来年でも良かったのに……。
 貰える、ってことが分かったら……急に待ちきれなくなって……しょんぼり落ち込んでしまう。
 けど……だけどね……!


「だったら次はちゃんとバレンタインやろうよ!」

「ほんとう……!?」

「うん! ヒナ、来年までにおこづかいたーくさんためて、ダイスキな亞里亞ちゃんに、あのケーキプレゼントしちゃうんだからっ!」

「わぁ……♥♥


 沈んだ気持ちが、アッという間に笑顔に変わる。
 やっぱり雛子ちゃんはナイト様だった。
 ガッカリと暗闇の底に沈んだお姫様の心を、あっという間に救い出して、光り輝く世界までつれて来ちゃったんだから。

 来年は、大好きな雛子ちゃんがあの大きなケーキくれるんだ、ってすっごく期待したよ。
 ふふっ……あんな大きいもの、大人でもとても買える物でもないっていうのにね。
 けど、純粋に……ただ純粋に……雛子ちゃんからのケーキを、夢見た。


「約束です……次のバレンタインは……―――」


 ……結局あの後、あたしはフランスに帰っちゃって……次は来なかった訳だけど、ね……。











「ねぇ、覚えてる……?」


 学校の屋上で、並んで柵に寄りかかりながら、ヒナたちは思い出話に浸っていた。
 昔を懐かしむ亞里亞ちゃんは、とても良い顔してしみじみ語っていた。
 それが、その思い出に亞里亞ちゃんがどれだけ思い入れを持っているかを物語っている。


「…………、あ……ありましたねぇ……。そぉいうこと……」


 その横で、めっっっちゃくちゃ血の気が引く音を絶賛嗜み中のヒナは、ばつが悪く切り返すしかなかった……。


「懐っかしいわねー」

「そ……そうですね……亞里亞せんぱい……」


 ……や、


(やばいやばいやばいやばいヤバイやばいやばいヤバイヤバイやばいやばいやばいっ!?)


 忘れてました、完・全・にっ!


 今日の昼休み、屋上に来いと言うので来てみたら、突然昔の頃の話を始めるもんで、なにごとかと思ったらそーいうオチですか!?
 そーいやそういうことありましたね、子どもの頃!
 思い出しました、ええ思い出しましたとも! たった今ですがッ!!

 思い出話から数年経って、お互い高校生になった頃、
 亞里亞ちゃんはまた日本に帰国してくれて、ヒナたちは現在仲良く高校生活を謳歌中。
 立派に成長した姿を見せてくれた今でも、幼い頃の思い出を忘れないピュアさはきゅんきゅんクるものがありました。
 帰国した時、完ッ全ッに性格が反転して超・せっかちガールになったあなたが、
 超!! 珍し〜〜〜〜く、ゆ〜〜〜〜っくり、ロマンチズム溢れ〜〜〜る語り方してるってことは、そ〜〜と〜〜思い入れがあるんでしょうね。

 しかし、しかしだ!
 なぜそういう話をバレンタイン当日に話すのだこのお姫様はっ!?


「う……、うう……」

「どうしたの雛子ちゃん、顔色悪いわよ?」


 ……良くなる訳ない。
 要は、「バレンタインにチョコケーキくれ!」という話なのですよね。そうですよね。OK、把握した。
 うん、無理ッ!!!!


(今思い出した人間がそんな用意してる訳もないでしょ……)


 頭を抱え、本人にとても言えやしない文句を心の中で言う。
 どっちにしたって数分以内に白状して修羅の刻を迎えなくちゃならない訳だけど。

 ……にしたって、よく覚えてたよねぇ……。
 『だからあの時、本当は雛子ちゃんも「食べたい」って続けようと思ってたのよね……?』
 人の発言潰したことまで覚えてるってドンだけ細けぇんだよっ!?
 知らねぇってのっ!? そんな細かいトコまで覚えてられるかっ!! うがーッ!!

 ……ムチャクチャ細かく覚えてるってことはつまり、それだけ亞里亞さんには思い入れのある出来事でして。
 果たして……期待いっぱいに膨らんだこのプリンセスに「忘れてましたー☆」などと申しましたら、一体どのような仕打ちに遭うのでしょうか!?

 そりゃ亞里亞ちゃんも、今や大人になりましたから、あんなでっかいケーキまでは望んでいないだろうさ。
 自分でも"大人でもとても買える物でもない"なんて言ってるくらいだし。
 だから亞里亞様が今ご所望なされているのは、


   ヒナがチョコケーキをプレゼント。  →  約束果たした、Wow! ロマンチックぅ   →  HAPPY END♥♥


 な流れなのね。分かります。
 ああ、それはなんて感動的な……って、うぉぁああぁぁァァ子ども心に安易な約束交わした自分が憎いぃぃぃぃいッッッ!!

 迫り来るジャッジメントタイムに……その恐怖だけが先行する。
 くっそうッ、すごく良い顔して語ってるだけに余計に怖いゼこんちきしょうッ!!
 ああダメだ……とりあえず落ち着けヒナ。全然キャラ変わってるじゃない。クールに、クールになるのクールに……!

 大体、ヒナが用意していないのは―――


「それで雛子ちゃん、」

「ひぃぃッッ?!!」


 ついに来たぁ!! 運命の断罪タイムぅぅぅっ、ひぃぃぃぃいいいぃぃぃぃいいぃぃぃぃっっっ?!?!!

 思い出話の余韻を残して、亞里亞ちゃんはその天使のような可愛らしさと女神のような美しさを両立させた笑顔を向けてくる。
 ヒナが忘れてることを知ってか知らずか、その良い顔過ぎるのが逆に怖い!

 気づいてるの……!? 気づいてないの……!?
 もし気づいてるなら、その天使の裏に隠れた悪魔が、言葉の暴力という死神の鎌をじっくりと研いでいるはず……。
 気づいてならば、天使の純粋無垢な心を裏切った代償に、神の裁きの雷を言葉攻めというで再現するんだろう……。
 なんだぁどっちにしてもダメじゃない、チクショーーーーーッッ!!?!

 永遠とも思える一瞬。
 できれば止まったままでいて欲しかった時間は、亞里亞ちゃんの手がおもむろに動き始めたことで本来の流れを取り戻す。
 怯えて固まって動けないヒナに、亞里亞ちゃんは無慈悲に手を差し出して、


「はい」


 と言って、包装紙とリボンに包まれた小さな箱状のものをポンと手渡した。


「…………はい?」


 ヒナはただ、呆気に取られてそれを眺めた。
 チョコケーキを要求され、その後"ひどい目"に遭う……という未来を信じ込んでいたので、この状況が良く飲み込めない。


「なによ。このあたしからチョコ貰っといて、なにスッとぼけてるのよ?」


 数秒が経過してもアクション・ゼロなヒナに、せっかち姫(元のんびり屋)はシビれを切らせたらしく、いつも通〜りの口の悪さで突っかかる。
 しかし、状況を全然把握できないもんはできない訳で。
 半端にウロウロもできないので、なにもせずジッと見てるしかない。
 誰もみんな信じている真実それだけが正しいとは限らないのだろうか、ヒナはその目で確かめるべく恐る恐る亞里亞ちゃんに確認してみる。


「あっれ〜……? 今の話って……昔の約束を果たせ、ってことじゃ……?」

「そうよ」


 サラッと認める、のは良いとして、そうなるとこの流れはおかしい訳で。
 まだ幼くで純粋だった、もう戻らない日の亞里亞ちゃんが言った、「約束です……次のバレンタインは……―――」の後に続く(と予測される)、
 「あのチョコケーキくれ!」からだと、なんでヒナが受け取る形に収まるのでしょうかと。


「"次のバレンタインは、バレンタインやりましょう"って言ったでしょ? だから、はい」


 え、約束ってそっちなの?
 ……まあ、なるほど、確かにそれなら辻褄は合う……の?


「亞里亞ちゃん良いの? だってチョコケーキ、食べたかったんじゃ……」

「食べたいわよ。チョコ大好きだもん」


 あ、さいですか。


「けどねぇ……」


 亞里亞ちゃんは、さも「アンタも分からない子ねぇ」といらだつ感じに、いつもの強気な態度でヒナの鼻に指を突きつけながら、言い放った。


「カレシにチョコ貰ってどうするのよっ!?」


 ……………………………………………………………………。


「……? ……雛子ちゃん? どうしたのよ、また固まってー」


 再び硬直してしまう。
 また同じ症状に陥ったヒナを、亞里亞ちゃんは不思議そうに見ていた。
 けどこれは……全然同じなんかじゃなくて、むしろ逆で……


「ヒナ公ー。起きてるのー? こンの寝ぼすけー」

「……は、……」

「"は"?」

「……ははっ、あははっ! あはははっ、ははっ! あっははははははっ!」

「ちょっ……!? なにっ?! なにごとっ!?」


 あまりにも普通に言われたその言葉に、色々考えていた全てがばからしくなって、笑いが込み上げてくる。
 なんだか止まらなくなってきた。
 ああ、なんだ。そうなんだ、だったらヒナが悩んでたことなんて、もう大した問題じゃないじゃん。
 そんなだから、ぎょっとする亞里亞ちゃんを余所にしばらく笑い続けてしまった。


「な、なによ突然笑って……。キモいわねぇ……」

「……ははっ……! ……いや、ごめんごめん」


 あとキモいとか言うな。


「なんだ……結局ヒナたち、―――」


 ―――同じこと考えてたんだな、って分かったら。


「ビックリするほどベストカップル、って思ってね


 途端、ヒナの左こめかみを重く激しい衝撃が襲う。
 衝撃が左側頭部から脳髄を通過して右側頭部へと突き抜ける。
 吹き飛ばされる頭を支える首は、勢いに引っ張られ伸びきり引き千切れそう。
 景色が次第に傾き、不思議な浮遊感に襲われる。
 蛇のようにうねった亞里亞ちゃんの右フックが、ヒナの頭をパイルバンカーよろしくにブチ抜いていたと気づくのは、
 倒れそうな体を足で支え直して、なんとか堪えた1秒後のことだった。


「はーい、そこの寝ぼすけー、イタい台詞吐かなーい」


 痛てぇ……痛ぇよ……。肉体的に痛てぇよぉ……。
 姐さん、アンタ世界取れるぜ……グフっ……?!


「……ううう、ひっどいなぁ……」

「うっさい、黙れ。寝言は寝てる時だけにしなさい寝ぼすけ。大体そっちが悪いんでしょ。な〜にがベストカップルよ? よくもまあそんな恥ずかしいこと恥じらいもなく吐けるわね恥知らず。なにそれなんてドラマなんてマンガなんて小説なんてエロゲ? あなたまだ18歳未満でしょ、えっちなゲームはダメよヒナ鳥ちゃん? そもそも現実と平面世界の区別くらいつけて話さしなさいよ。スベってイタいだけよ。ってかカッコつけてるつもりでカッコつけてること自体が痛々しいのよ、まったく! そもそもねぇ……―――」


 そこからはいつもの通り。
 饒舌早口に口の悪い言葉が弾幕のように飛び交う展開になった。
 内容は、いつもの3割増しにキツかったけど……不機嫌そうに愚痴る顔が、照れて赤くなってる。
 キツさの分だけ照れ隠ししてる、って分かってたから……今日のマシンガントークは、ずっと続いて欲しいなんて思って聞いてた。













あとがき

恒例バレンタインSS、とうとうやってきました第5弾!
今回はひなありで行ってみましたが、ただやるだけじゃ面白くないだろうと思い、
うちのサイトならではの高校生版の未来も交えて仕上げてみました(笑
時間を越えて描くと一番「変化」が起こるのがこの年少コンビなので、ある意味で適材適所を描かせて頂いた感じです。
ちなみに、亞里亞が反転するのはうちのサイトでは確定事項です(爆

タイトルですが、アニメでもキーワードとなってた言葉だけに、
最後のカプに持ってくれば良かったかなと思わなくもないですが、まあ他に思いつかなかったんだから仕方がない(爆

どうでも良い余談ですが、バレンタインSSはいつも一言雑記を経由してから載せてたんですが、
「一言雑記に載せる量じゃない」ってツッコミが入ったので、今回は直接こっちに載せたって経緯があります。
他のバレンタイと更新履歴見比べて違うのはその都合だったりしますが、
まあ、気になる人なんて滅多に居ないでしょうけど(苦笑


更新履歴

H21・2/14:完成


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