ゆっくりと、

 本当にゆっくりと、

 見慣れた町並みが姿を変えていた。


 町を覆っていた薄暗い雪雲は晴れ、屋根に積もった雪が、路上に流れ落ちる。

 うららかな日差しが、開け放たれたカーテンから差し込み、薄闇の部屋をオレンジに浮かび上がらせていた。

 穏やかな目覚めだと思った。


 あれだけ嫌だった寒風も、穏やかな春風に姿を変えつつある。

 あと、ほんの少しで、本当の春が訪れる。


 字一色白一色に彩られた光景が嘘のように、新しい姿を見せる町並み。

 それは、眩しくて、穏やかで、そしてアタシの知らない姿だった。






 いつも通り、布団から身を起こし、制服に着替えて、部屋を出る。


 亞里亞ちゃんを起こして、
 白雪ちゃんの用意してくれた朝ご飯を食べて、
 亞里亞ちゃんが喰べてる途中で寝るもんだから、時間がなくなって、
 そんな亞里亞ちゃんをどうにか引きずって学校に向かう。


 雪の町並みを歩き、
 舞い落ちる粉雪の中、
 いつの間にかすっかり慣れてしまっていた通学路、
 亞里亞ちゃんと一緒に学校に向かう。


 今まで一度も顔を合わせたことのなかったクラスメイトと一緒に授業を受けて、
 休み時間にはくだらない話で盛り上がる。


 この冬の間、ずっとこんな日常を送っていた。



 そして・・・。



 ひとり、雪の中庭に立つ少女。

 寂しそうなまなざしで、
 全てに怯え、
 全てを克服して・・・。

 そして悲しみを受け入れて・・・。


    『そうですね、奇跡を起こせばいいんです』


    『奇跡は起きるものじゃなくて起こすものだから・・・』



 雪のように白く、


    『起こせないから、奇跡、なんですよ』


 楽しい時には笑って、

 機を見計らってボケて、

 時には凶器で脅して、

 だけど、悲しいときには決して泣かなかった。

 涙を凍らせたように、無茶苦茶にボケていた。


  ねぇ、鞠絵ちゃん。

  アタシ・・・約束守ったよ。


 もうすぐ、長かった冬は終わりを告げる。

 誰もが待ち望んでいた瞬間。


 もうすぐ。






    ・・・・・・



    ・・・・・・



    ・・・・・・






 授業が終わり、間延びしたチャイムの音が、昼休みの到来を伝える。
 アタシはいつものように、財布だけ持って立ち上がり学食へ向かう。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「・・・なんか、今日は特に込んでるなぁ」

 これだけの人に囲まれると、さすがにサバイバルだなぁ・・・。

鈴凛「・・・・・・」

 生徒同士のバトルロワイヤルが繰り広げられるカウンターの横。
 中華まんボックスならぬカエルの丸焼きボックス。

鈴凛「・・・まぁ、いつ食べようがおかしいんだろうけど・・・」

 たまには、食べてやってもいいかもしれない。
 こんなものを好き好んで食べる物好きも他にいないだろうし。

鈴凛「・・・あれ?」

 近づいてよく見てみると、ボックスの中は空だった。
 突然の大人気で売り切れ・・・?

鈴凛「というか、売れ行きの悪さからくる販売中止命令だろうな・・・」

 考えてみれば常識だ。
 その常識に、やっと学校も気づいたのだろう。

鈴凛「・・・まあ、いいか」

 もっと免疫がついた時。
 もっともっと免疫がついた時。

 その時にでも・・・ね。



    ・・・・・・


    ・・・・・・


    ・・・・・・



鈴凛「・・・・・・」

 ここの風景も、ずいぶん様変わりしていた。
 アタシの知っている中庭の景色。
 一面の雪に囲まれて(一部土が露出して腐っている)、冬の冷たい風に揺れる木々。
 相変わらず人の姿はないけど・・・。
 それでも、もっともっと暖かくなれば、きっとお弁当を抱えた生徒で溢れるか、
 学校側をねじ伏せて魔術の実験をする生徒が占領するのだろう。

鈴凛「そうなったら、本当に“あなたの知らない世界”ね・・・」

 うららかな風を辿るように、陽光に照らされる校舎を見上げる。

 開け放たれた窓ガラスの向こう側から溢れ出る紫色の煙。

 悶絶するように苦しみ逃げ惑う生徒と、その中心で高らかに笑っている知り合いの魔王候補・・・。




































 そして・・・
























鈴凛「・・・で、何やってるの、こんなところで」
声「来たら、ダメなんですか?」
鈴凛「・・・家で寝てないと・・・治るものも・・・・・・治らないよ・・・」
声「大丈夫です。 今日から学業再開ですから」
鈴凛「・・・そう・・・」
声「はい」
鈴凛「もうすぐ3学期も終わるけど・・・」
声「はい」
鈴凛「もう1回・・・1年生確定ね・・・」
声「そんなこと言う人、嫌いですよ」
鈴凛「・・・初めて、まともに言ったね」
声「まぁ、たまには・・・」
鈴凛「・・・約束、覚えてるでしょ」
声「ちゃんと、覚えてますよ。 お昼ご飯おごるって」
鈴凛「そんな約束した覚えは無い」
声「間違えちゃってましたか」
鈴凛「わざとか・・・?」
声「・・・・・・」
鈴凛「はい、アタシの目ぇ見る」
声「でも折角、いっぱい買っちゃったんですから」
鈴凛「アタシ、さっきお昼食べたばっかなんだけど・・・」
声「ダメですよ、無理してでも食べてください」
鈴凛「そうね・・・もう、ずいぶん免疫ついてきたもんね・・・」
声「はい。 やっぱり美味しいものは、美味しく食べるのが一番ですから」
鈴凛「当たり前よ・・・」


 暖かな日差しだった。


 あの白い風景が嘘の様に、


 土の香り、


 春の風、


 硝煙の匂い、



 そして、不気味な食べ物を大量に抱えた少女。


声「起こせないから奇跡、なんです」
鈴凛「・・・そうだったね」



 ひとつ、ひとつ、



声「でも・・・」



 確かめるように、



声「実際は、“起こす”じゃなくて・・・“起きる”だったんですね・・・」


 噛みしめるように、


鈴凛「どっちでもいいわよ、そんなもの」
声「鈴凛ちゃん・・・」


 穏やかの表情が、


 ゆっくりと、


 本当にゆっくりと、


声「こんな時・・・」


 今まで決して人に見せたことのなかった表情、


 誰も悲しませたくないから、


 消し去ったはずの涙の中に隠していた少女の思い。


声「こんな時は・・・泣いていいんですよね・・・?」
鈴凛「泣いてくれないとアタシが困る」
声「どうして、ですか・・・?」
鈴凛「アタシも限界に近いから」
声「だったら・・・負けるわけには、いきま・・せ・・・」

 乾いた地面に、カエルの丸焼きの入った袋が落ちる。






 そして、



 今、生きていることはできないだろうと言われた少女が、



 アタシの愛した少女が、



 鞠絵が、



 溢れる涙を堪えきれずに、


 アタシに飛び込むように、抱きついてくる。






鞠絵「う・・・うぐっ・・・」


鞠絵「ひっく・・・鈴凛・・・ちゃん」


鞠絵「わたくし、本当は死にたくなんかなかった・・・っ」


鞠絵「別れるなんて、嫌だった・・・っ」


鞠絵「ひとりは・・・もう嫌ですっ」


鞠絵「う・・・えぐっ・・・ううぅ・・・」


 絶対に人に見せなかった、悲しい涙。

 冬の雪が溶けるように・・・。

 地面に落ちる涙を、拭うことなく・・・。

鈴凛「悲しいときには、泣いたっていいじゃない」
鞠絵「うっ・・・えぐぅっ・・・っ!」
鈴凛「ずっと、今まで我慢してたんだから」
鞠絵「・・・はい・・・っ」


 鞠絵ちゃんの体を抱きしめながら、


 二度と来ることの無いと思っていた時間を確かめながら、


 震える少女の肩に手を重ねながら、


 耳元で微かに聞こえる声を聞きながら、


 アタシは、


 春の暖かさを、背中一杯に感じていた。

























    ・・・・・・












    ・・・・・・












    ・・・・・・

























 真っ白な雲の合間を縫うように、頭上からは眩しい陽光が差し込んでいた。
 瞼を閉じても赤く染まる暖かな光。
 その眩しさに思わず手をかざしながら、瞳を細め青い天井を仰ぐ。

鞠絵「ツッコンでくださいっ」

 ぷ〜っと頬を膨らませながら、割れたビール瓶を抱えた少女が、困ったように声をあげる。

 静かな公園に、水面の揺れる音が響いていた。

 遠くには、微かに聞こえるランニング中に地雷に掛かった人の悲鳴。
 砂埃が立ち込める爆煙の中に、無惨に痙攣しているオトコノコのうめき声。
 その全てが、一足遅れの春の日差しから一転地獄への急降下を満喫していた。

鈴凛「ごめん、見てなかった」
鞠絵「ダメですね・・・」

 呆れた表情で、ため息をつかれる。
 一体何に使ったんだ、この割れたビール瓶・・・?

鞠絵「見逃した罰です。 来月までに参式斬○刀を作ってきてください」
鈴凛「研究資金が危ういんだけど・・・」
鞠絵「・・・ウー」

 非難の視線で、いつもは山奥に隠れていて、雪の呼ぶ声に応えて吹雪とともに現れる伝説怪獣の名前を呼ぶ。

鞠絵「そんなこと言う人、斬り捨ての刑ですよ」

 穏やかに割れたビール瓶を缶・ビンのゴミ箱へ入れて、そして、たおやかな笑顔で刀を取り出す。

鈴凛「でも、アレの開発なかなか先に進めなくて・・・」
鞠絵「開発可能なだけましです」
鈴凛「確かに・・・そうかもしれないけど」
鞠絵「その通りで・・・・・・お、重いです・・・」

 頷いて、へなへなと刀を大地に降ろす。

鈴凛「そんなんじゃ、完成しても持てないんじゃないの・・・」
鞠絵「そこを何とかするのが科学者の務めですよ」

 再び訪れる静かな時間。

鞠絵「鈴凛ちゃん」

 刀を杖がわりに、寄りかかってる鞠絵ちゃんの穏やかな声が聞こえる。

鞠絵「例えば、ですよ・・・。
   例えば・・・この奇跡が“起きたもの”ではなくて、“起こしたもの”って考えたことはないですか?」
鈴凛「何それ?」
鞠絵「ですから、例えばですよ」

 この奇跡は、“起きたもの”ではなくて、“起こしたもの”・・・。

鈴凛「具体的に?」
鞠絵「具体的に・・・・・・そうですね・・・
   じゃあ、姉上様が何かの儀式でわたくしのことを救おうとしてたとして。
   でも、その儀式だけではわたくしを助けることはできなかった」
鈴凛「なんでもできるもんじゃないの?」
鞠絵「やっぱり、それなりの制約というものがあるんですよ、そう言うのにも。
   わたくし自身の生きる意思が強くなければ無意味に終わる、とか」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「わたくし自身が強く生たいと思ったこと、
   姉上様が捨てたはずの希望を再び持ち、儀式を始めたこと、
   それらが、ひとりのショタキャラに出会ったことから、この奇跡が起きた」
鈴凛「マテ
鞠絵「・・・でも、それだけでは足りなかった」
鈴凛「・・・?」
鞠絵「前世からの因縁のようなものはそれほど強力で・・・
   ・・・でも、“もうひとつの何か”が、力を貸してくれた。
   それら全てがあったから・・・儀式は成功した」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「どうでした、鈴凛ちゃん? 今のお話は? ちょっとかっこいいですよね」
鈴凛「別に」
鞠絵「鈴凛ちゃんはひどいです」
鈴凛「メカっ娘のアタシにそう言う非科学的なこと言う方が悪いかと」
鞠絵「・・・たくさん目の当たりにしているくせに・・」
鈴凛「だって所詮は例え話でしょ?」
鞠絵「そうですけど・・・」
鈴凛「大体、“もうひとつの何か”ってなに?」
鞠絵「知りません」

 自分で振っといてキッパリ言う。

鈴凛「別に、この奇跡が“起きたもの”でも、“起こしたもの”でも・・・
   今、鞠絵ちゃんがここにいるってだけで・・・アタシは・・・」
鞠絵「クサいです・・・」
鈴凛「ヒデェ・・・(泣)」
鞠絵「でも・・・」
鈴凛「ん?」


鞠絵「・・・嫌いでは・・・ないです・・・」



 季節は春。


 舞い落ちるものは、桜の花びら(と爆発でまき上がった小石や砂)。


 木々を覆うものは、新緑の木の葉(と無数の切り傷)。


鈴凛「鞠絵ちゃん・・・」


 呟いて、アタシは一歩を踏み出す。

 吐く息は空気に溶けて、

 清一色青一色の空に、白く、どこまでも広い雲のかけら(と黒い爆煙)。

 木々は緑の帽子を乗せて、乾いた地面に悲鳴が響く。


鞠絵「だ、ダメですよ」


 声と共に、鞠絵ちゃんの小さな体を包み込むように、
 真正面から鞠絵を抱きしめる。


鞠絵「・・・ただでさえ、怪しまれてるんですから・・・」


 耳元で大切な人の声が聞こえる。

 そんな、本当にささやかな喜びの中で、

 アタシは、温かなぬくもりを感じていた。


鈴凛「大丈夫、一部にはバレちゃってるし、意外と社会って寛容だから・・・」
鞠絵「そうなんですか?」




 季節は巡り・・・。

 そして、太陽がさんさんと輝く頃・・・。
 その時はまた・・・


鈴凛「海、行こっか」

 取り戻した時間、再び。


鞠絵「折角ですから、頭、海水に押し付けちゃいます」


 色とりどりの陽光、そして、雪解けの泉。


鈴凛「冗談でもやめなさい」


 オデコに軽く一発、ピンッとデコピンをツッコミとして当てる。

 意外とクリーンヒットで悶絶する少女は、それでも、今まで見た中で一番の笑顔で・・・

 精一杯の笑顔で、

 氷結した時間を、

 来るはずのなかった時を、

 そして、あるはずの無かった瞬間を、




    『起こせないから、奇跡、なんですよ』




 凍った涙を溶かすように・・・。






「はいっ」




 

FIN


更新履歴
H15・12/29:完成
H15・12/31:誤字修正
H15・1/10:誤字修正


このシリーズのメニューSSメニュートップページ

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送