目が覚めていた。
 カーテン越しに差し込む光は眩しくて、今日がいい天気である事を物語っていた。
 体をゆっくりと起こして、壁にかかっているカレンダーを見る。

 1月のカレンダーの、1番下の数字。

 2月28日。

 ・・・・・・。

 誰だもう2月にめくったのは!?



 (気を取り直して・・・)1月最後の日。
 そして、鞠絵ちゃんと約束した1週間が、終わりを告げる日。

 鞠絵ちゃんと会える、最後の日。

 そんな1日が、まるで何事もなかったかのように、ただゆっくりと動き出す。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「今日もいいお天気です」

 商店街を歩きながら、隣で微笑む少女が、ぐっと背伸びをする。

鞠絵「わたくしの日頃の行いですね」

 背伸びをした拍子に、“日頃の行い”のブツがぼとぼと落ちる。
 (生卵、白い粉、“ゲート”用の短刀、手斧、拡声器、チェーンソー、ドスなどなど・・・)

鈴凛「これを見てもまだシラをきり通すか
鞠絵「日頃の行いがいいからです」

 たおやかに微笑んで、そしてもう一度ぼとぼと落とす。
 (木製バット、先端に細いひものついた長さ20センチくらいの筒状の物などなど・・・)

鞠絵「本当に、いいお天気ですね」
鈴凛「無視しない
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「鞠絵ちゃん・・・」
鞠絵「なんでありますか、長官殿」
鈴凛「・・・さっきから気になってたけど・・・ちょっと顔色悪くない?」
鞠絵「いつも通りですよ」

 そう言って、更にぼとぼと落とす。
 (パイナップル、ポテトマッシャー、地雷、カマ、ロケットランチャー、超振動ブレード、44マグナムなどなど・・・)
 しかし、そんな何気ない仕草(?)も、どこか憂いを帯びて見えた。

鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「あ。 じっと見つめないでください・・・ショタリンちゃん

 ここに来てヘンなあだ名つけられた・・・。

鞠絵「ちょっと恥ずかしいです・・・」

 照れたようにスッとポケットから凶器を出す。

鈴凛「・・・鞠絵ちゃん、ちょっと待って」

 鞠絵ちゃんの手を掴む。

鞠絵「・・・・・・」

 鞠絵ちゃんの、小さくて柔らかい手・・・。

鈴凛「もしかして、熱があるんじゃないの・・・?」

 その手は、明らかに熱を帯びていた。
 薄っすらと血もついていた・・・これはこの際どうでもいいや。(えー)

鞠絵「・・・えっと」
鈴凛「えっと・・・じゃない!」
鞠絵「ちょっと、だけです・・・」
鈴凛「でも・・・」
鞠絵「本当に、ちょっとだけですから・・・」

 普通の人にとっては、ちょっとだけかもしれない。
 しかし、鞠絵ちゃんにとっては・・・。

鞠絵「今日は、ずっと鈴凛ちゃんと一緒にいます」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「お願いします・・・お代官様・・・」

 鞠絵ちゃんにとっても、アタシにとっても最後の日・・・。

鈴凛「本当に大丈夫なんだよね?」
鞠絵「ツッコンでください
鈴凛「分かった・・・」
鞠絵「無視しないでください

 鞠絵ちゃんも、これでやっと無視される側の痛みが分かっただろう。

鈴凛「そのかわり、本当に無理しちゃダメだよ・・・」
鞠絵「イエッサー」
鈴凛「まずはどこ行く?」
鞠絵「ゲームセンターがいいです」
鈴凛「この前の雪辱戦?」
鞠絵「はいっ。 今度は20人は殺ります
鈴凛「目的逆になってない?

 鞠絵ちゃんのボケと、その先にある現実の姿・・・。
 最後まで、いつもと何も変わらない日常の中、禁じられた愛を、たったふたりで歩いていく。

 それが少女の望みだから・・・。


 アタシが鞠絵ちゃんにしてやれる、たったひとつのことだから。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


 流れるように、時間が過ぎていた。


 朝。


 白く光る粉雪が舞い落ちる町で、
 約束の時間よりも早く着いたアタシを、硝煙の匂いを纏った少女が遅いと言って笑っていた。



 昼。


 吹き荒ぶ木枯らしにコートの襟を合わせる人の行きかう町で、
 お腹を空かせたふたりのうち片方が、我慢しきれずカエル狩りを始める。



 夕暮れ。


 帰路を急ぐ大勢の人が、たったひとつの色に染まる町で、
 大きな流れに逆らうように、手を繋いだふたりのうち片方が、凶器を取り出してはもう片方を困らせていた。




 そして、夜。


鞠絵「鈴凛ちゃん・・・電車になんか乗って・・・どこに・・・?」
鈴凛「いいから、いいから・・・」

 アタシに誘われるまま、知らないところへ連れてこられ、
 アタシの顔を覗きこむ少女が、初めて来る駅のホームで、多少不安げではあるがたおやかに微笑んでいた。

鞠絵「鈴凛ちゃん」

 深呼吸をするように息を吐きながら、うっすらと朱を帯びた顔を上に向ける。

鞠絵「・・・手、繋ぎませんか?」
鈴凛「その手錠は何?

 ストールを押さえる鞠絵ちゃんの白い手。
 ゆっくりと差し出される小さな手に、アタシの手のひらを重ねる。

 鞠絵ちゃんの手は、柔らかくて、温かくて・・・

 そして、鞠絵ちゃんの体にまだ温もりが残っていることに安堵の息を吐いて・・・

 そんなことを考えてしまった自分にどうしようもなく憤りを感じて・・・。

 まるでそんな心の内を見透かしたように・・・。

 鞠絵ちゃんは、穏やかに微笑んでいた。


















鞠絵「ここは・・・」

 アタシたちの向かった先は、静寂の闇を流れる小波の音だけが響く場所。

鈴凛「鞠絵ちゃん、海が好きだって言ってたでしょ」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「だからこれはアタシからのプレゼント・・・。 恋人として・・・ね」
鞠絵「・・・嬉しい・・・です」
鈴凛「さすがに、水のかけっこはできないけど・・・荒れてないのが唯一の救いね」

 冬の海・・・。
 誰ひとり来ない・・・季節外れの場所・・・。
 冷たい冬の海は、月の光を受け静かに輝かせていた・・・。

鞠絵「・・・・・・」

 そんな景色を、鞠絵ちゃんはただ無言で見つめていた。

 鞠絵ちゃんに、言葉は無い。
 だけど、胸は微かに上下し、小さな唇からは白い息が規則正しく吐き出されていた。

鞠絵「少しだけ、憑かれました・・・」
鈴凛「漢字違う

 アタシの体にもたれるように寄りかかり、力無くボケる。

鈴凛「そうだよね・・・今日は・・・遠出までしてきたもんね」
鞠絵「人質を撃ち殺しました」
鈴凛「なんか・・・そっちが目的になってなかった?」

 アタシはこみ上げる感情を押し込めて、努めて平静に言葉を吐き出す。
 少女の白い息がすぐ間近で闇にとける。

鞠絵「・・・どうしたんですか・・・?」

 アタシにも、そして鞠絵ちゃん自身も気づいていた。

鞠絵「・・・うふふ・・・少しだけじゃないかもしれません・・・」

 既に鞠絵ちゃんの体は、この季節の風に耐えられる状態ではなかった。

鈴凛「きっと、遊びすぎね・・・」
鞠絵「・・・そうでんがな・・・」

 力なく吐かれたボケが、痛々しかった。

鞠絵「鈴凛ちゃん・・・」

 鞠絵ちゃんが、真剣な表情でアタシに向き直る。

鞠絵「もう一度、聞いてもいいですか?」

 真っ白な息を吐きながら、精一杯の表情で、言葉を紡ぐ。

鞠絵「・・・1週間前のこと・・・後悔していませんか?
   わたくしを受け入れたこと・・・。 わたくしと一緒にいること・・・。
   同性愛という禁忌に触れたこと・・・。 今日と言う日を迎えてしまったこと・・・。
   ・・・後悔、していませんか?」
鈴凛「約束したでしょ・・・鞠絵ちゃん。 アタシは後悔なんてしてないし、これから先もずっと同じ。
   今、目の前に鞠絵ちゃんがいることが、何より嬉しいの。
   アタシは、最後まで鞠絵ちゃんのすぐ隣にいたいと思っている」
鞠絵「・・・鈴凛ちゃんは、強いです」

 鞠絵ちゃんが、笑ったような気がした。

鈴凛「強いのは鞠絵ちゃん方よ」
鞠絵「それは、違いますよ・・・」


鞠絵「わたくし、世界を滅ぼそうとしたことがあるんです」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「いつもみたいにツッコマないんですか・・・?」
鈴凛「ボケてもいない人間に・・・ツッコムのは無理だからね」
鞠絵「・・・やっぱり、鈴凛ちゃんにはツッコミの才能・・・ありますね」

 鞠絵の今の台詞は・・・ボケではない・・・。
 直感的に、そう理解した・・・。

鞠絵「鈴凛ちゃん、最初に出会った時のこと・・・覚えていますか?」

 食い逃げをした咲耶ちゃんと一緒に、ただ闇雲に引きずられた先で、アタシは鞠絵ちゃんと出会った。
 雪に座り込んで、呆然とアタシたちの顔を見上げていた。
 散乱した紙袋の呪いグッズを、拾うこともなく・・・。

鞠絵「その日に、わたくしは儀式を行なったんです」
鈴凛「・・・・・・」

 言葉は出なかった。
 ただ、呼吸に合わせて、白い息が風に吹かれて流されていった・・・。


鞠絵「3学期の、始業式の日でした。
   自分の部屋から姉上様を見送って、そして、わたくしも部屋を出ました。
   普段は、ほとんど使うことのできなかった、このストールを羽織って・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「このストール、姉上様から貰ったものなんです。
   魔界の幼虫の糸で編み込んだ・・・魔界製のシルク・・・。
   非常に丈夫で・・・どんな瘴気の中でも決して溶けない代物だって・・・。
   ほとんど、使うことはありまんでしたけど・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「商店街の黒魔術ショップで儀式に必要な物を揃えて・・・。
   必要もないのに、他のにも色々なものを買って・・・」
鈴凛「全然カモフラージュになってなかったけどね・・・」
鞠絵「大きな紙袋を持って、この世界の最後の雪景色を楽しみながら家に帰る・・・その途中です。
   突然、爆音がして・・・雪の塊に潰されて・・・。 そして、ルンルンちゃんと、義姉上様に出会ったんです」
鈴凛「ここに来てそうボケるか」

 あの時の、警戒するような鞠絵ちゃんの表情・・・。
 その向こう側にあった、悲壮な決意・・・。

鞠絵「あの夜のこと・・・わたくし、覚えています・・・」


鞠絵「電気の消えた、自分の部屋で・・・」


鞠絵「わたくしを必要としない世界なら・・・」


鞠絵「そんな世界、わたくしは要らない・・・」


鞠絵「そう思って・・・」


鞠絵「わたくし自身の命をも、贄として・・・」


鞠絵「成功する保証なんてどこにも無い、そんなことに命を懸けて・・・」


鞠絵「世界を滅ぼそうとした・・・」


鞠絵「そんな、夜でした・・・」






 CG出現(←無理)






  「家に帰って・・・」


  「こっそりと、姉上様の部屋から持ち出してきた魔術書を見ながら、儀式を進めて・・・」


  「柄に髑髏の装飾が施された短剣を取り出して・・・」


  「保存しておいた生きたままのカエルを、数匹生贄にして」


  「そして、最後に自分の生き血を捧げるため、左手首に・・・・・・」


  「ゆっくりと呼吸して・・・」


  「そんな、本当に叶うか分からないモノのために、自分の命を使って・・・」


  「それでも、何も考えられなくて・・・」


  「ふと、笑い声が聞こえたような気がして・・・」


  「それは、昼間出会った、あの人たちの漫才で・・・」


  「あのボケを、あの楽しそうなやりとりを思い出して・・・」


  「今の自分がどうしようもなく惨めに思えて・・・」


  「つられるように笑って・・・」


  「本当に久しぶりに笑って・・・」


  「来月までは生きていられないと、姉上様に教えられた時にも流さなかった涙が流れて・・・」


  「笑って出たはずの涙が止まらなくて・・・」


  「もう、おかしくもないのに涙が止まらなくて・・・」


  「赤く染まった左手が痛くて・・・」


  「自分が、悲しくて泣いていることに気づいて・・・」






  「・・・そして」












鞠絵「ひとしきり笑ったら・・・儀式、もう間に合わなくなってました」
鈴凛「・・・・・・」

 メガネの少女の、悲痛な言葉・・・。
 それでも少女は笑顔で・・・。

鞠絵「もしかしたら、これが奇跡だったのかもしれませんね・・・」

 その笑顔が痛かった・・・。

 目の前の現実を、ただ受け入れるしかない・・・
 そう信じている・・・鞠絵ちゃんの心が痛かった・・・。

鈴凛「それは、鞠絵ちゃんの強さよ・・・」
鞠絵「・・・そんなこと・・・ないですよ・・・。 わたくしは、弱いニンベンですから・・・」
鈴凛「部首?」
鞠絵「他人にすがらないと生きていけない、弱い人間なんです・・・」
鈴凛「それでいいじゃない・・・(部首より何十倍も)」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「誰だって、人にすがらないと生きていけないんだから・・・」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「特に資金援助・・・」
鞠絵「マチナサイ
鈴凛「起こせなくても、起きる可能性が少しでもあるから、だから、奇跡って言うのよ」
鞠絵「・・・わたくしには、無理です」
鈴凛「だったら、アタシと約束して」
鞠絵「・・・約束・・・ですか?」
鈴凛「もし奇跡が起きたら、資金援助ね」
鞠絵「・・・分かりました、約束します」
鈴凛「アタシは、いっぱい取ってくよ」
鞠絵「その時は、コレクションの業物を売ります・・・」
鈴凛「楽しみにしてる」
鞠絵「・・・・・・」

 手を繋いだまま、ゆっくりと、砂浜を歩く。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん・・・」

 握った手に、僅かに力が入る。

鞠絵「今日は楽しかったです・・・」
鈴凛「アタシも楽しかった」
鞠絵「今度、行きたいところがあるんです」
鈴凛「海よりも行きたい所があるの?」
鞠絵「この前、鈴凛ちゃんと一緒に入った喫茶店に、もう一度行きたいです・・・」
鈴凛「それは・・・近場だし、アタシも助かるわ・・・」
鞠絵「それから、鈴凛ちゃんと一緒に、商店街を歩きたいです」
鈴凛「そうだね・・・凶器さえなきゃ、安全だし・・・ね・・・」
鞠絵「もちろん、いっぱい使いますよ」
鈴凛「アタシも、体はひとつだから・・・あんまり対応できないよ・・・」
鞠絵「ダメですよ、たくさんツッコンで貰いますから」
鈴凛「・・・そう・・・だね・・・」
鞠絵「まだ使ってないものもあります・・・」
鈴凛「・・・毒ガスとかは・・・ダメだよ」
鞠絵「・・・それに・・・・・・昨日、新しいお友達ができたんです・・・。
   他のクラスの人ですけど・・・今度、一緒に狭い路地裏で、白い粉の取引しようって・・・
   誘ってくれたんです・・・」
鈴凛「・・・そっか・・・良かった(?)じゃないの・・・」
鞠絵「・・・はい」
鈴凛「・・・もうすぐで、新しい学年ね」
鞠絵「わたくしは多分・・・もう一度1年生です・・・」
鈴凛「大丈夫・・・ちかピーも落第してるだろうから・・・」
鞠絵「・・・それって、どういう意味ですか・・・」
鈴凛「この間、授業聞いてなかった」


    ちゅどーんっ


鈴凛「けほっ・・・けほっ・・・地獄耳・・・?」
鞠絵「多分、水晶玉での覗きだと・・・」
鈴凛「どっちにしろいい趣味ね・・・」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「行きたい場所・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「やりたいこと・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「使用したい武器・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「まだまだ・・・たくさん・・・・・・・・・たくさん・・・たくさん・・・あるのに・・・」
鈴凛「・・・たくあんじゃないの?」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「まだまだ・・・たくあん・・・」
鈴凛「言い直さなくていい」

鈴凛「行きたい場所があるんだったら、今日みたいにアタシが連れてってあげる。
   やりたいことがあるんだったら、アタシも一緒についていってあげる。 ムショ以外。
   使用したい武器は・・・使う前にツッコンで止めてあげる」
鞠絵「でも・・・わたくし・・・鈴凛ちゃんを困らせることばかりしていました・・・」
鈴凛「うん、フルパワーで困ってた・・・」
鞠絵「それなのに・・・最後の最後まで・・・迷惑かけていますよね・・・」
鈴凛「アタシは迷惑だなんて思っていない」
鞠絵「・・・本当に・・・人がいいですね」
鈴凛「それは皮肉なの?」
鞠絵「皮肉です」
鈴凛「コラ」
鞠絵「・・・・・・」

鞠絵「・・・嬉しいです・・・」

鞠絵「・・・本当に・・・」


 雪が強くなっていた・・・。

 舞い降りる光の粒が、空いっぱいに広がっている。

 鞠絵ちゃんの手をぎゅっと握って・・・。

 本当に好きだと言える人と一緒に・・・。


鞠絵「・・・あれ・・・」


 横を歩いていた鞠絵ちゃんの体が、風に流されるように、大きく揺らぐ。


鞠絵「・・・うふふ・・・歩けないみたいです・・・」


 崩れかけた鞠絵ちゃんの体を、できるだけ優しく支える。


鞠絵「ありがとうございます・・・黄門様」


 肩にもたれかかったまま、それでもまだボケて、アタシの顔を見上げる。


鞠絵「少し、横になりたいです・・・」
鈴凛「ちょっと待ってて、今いい場所探してみるから・・・だから・・・」
鞠絵「体、熱いです・・・」
鈴凛「歩けないんだったら、アタシが引きずってでも連れていくから」
鞠絵「わたくし、砂浜の上がいいです・・・。 わたくし・・・海が好きですから・・・・・・だから・・・」
鈴凛「分かった・・・」

 すでに、自分の力では立つこともできなくなっていた鞠絵ちゃんの体を、砂浜の上にゆっくりと横たえる。

鞠絵「・・・ありがとうございます・・・鈴凛ちゃん・・・」

 微笑むその横に、アタシも体を並べる。



 見上げた夜空からは、絶え間ない雪・・・。


 すぐ隣には、雪に負けないくらい白い肌の少女・・・


 繋いだ手から伝わる温もりだけが、すべてだった。


鞠絵「鈴凛ちゃんと出会って、たったの3週間でしたけど・・・」


 白い吐息と一緒に、


鞠絵「わたくしは、幸せでした・・・」


 ぽつり、ぽつり、と言葉を紡ぐ・・・。


鞠絵「夕暮れの町で、漫才を見ました・・・」
鈴凛「あれは漫才じゃなくて咲耶ちゃんの一方的な暴挙」

鞠絵「雪の舞う中庭で、初めてボケてみました・・・」
鈴凛「初ボケでエボラとは、かなり過激ね・・・」

鞠絵「一緒にカエルの丸焼きを食べました・・・」
鈴凛「アタシは人としての一線を越えました」

鞠絵「ふたn(削除)りで商店街を歩きました・・・」
鈴凛「1文字入れてかなり危険な言葉にしなくていい」

鞠絵「がんばって人質を撃ち殺しました・・・」
鈴凛「もうそっちが目的になってるね」

鞠絵「人気のない公園を、一緒に散歩しました・・・」
鈴凛「可哀想だからあんまり人気ない言わないの」

鞠絵「夜の公園で、百合色の世界にに引き込まれました・・・」
鈴凛「引き込んだのはそっちじゃないの」

鞠絵「制服を着て、学校に行きました・・・」
鈴凛「そう言えば、バットとか拡声器って普通に持って来てたの・・・?」

鞠絵「好きな人の陰謀で、界王拳10倍カレーを食べさせられました・・・」
鈴凛「自己責任・・・」

鞠絵「好きな人のために、一生懸命モルモットにしました・・・」
鈴凛「それは・・・自分のためでしょ・・・」

鞠絵「元わたくしの席に座っていたクマさんと、お友達になりました・・・」
鈴凛「クマって冗談じゃなかったの・・・?」

鞠絵「喫茶店で、大きなカエルの丸焼きを食べました・・・」
鈴凛「残した分のアタシのこづかい返せ・・・」

鞠絵「その夜、本当に久しぶりに、義姉上様とお話できました・・・」
鈴凛「それだと咲耶ちゃんと話したことになるね・・・」

鞠絵「姉上様が、あれは冗談だったと、よく分からない懺悔をしてました・・・」
鈴凛「まぁ・・・ここまでカエル好きになったらね・・・」



鞠絵「そして・・・」


 アタシの手を、ぎゅっと握りしめる。


鞠絵「たった3週間の間に、これだけたくさ・・・たくあんのことがありました」
鈴凛「言い直してまでたくあん言わなくていいから・・・」
鞠絵「全部、大切なたくあんです」
鈴凛「ああ、もう徹底的にたくあんになっちゃった・・・」
鞠絵「・・・でも・・・」


鞠絵「海で、水をかけあって遊べなかったのは・・・残念です」


鞠絵「・・・・・・」


鞠絵「わたくし・・・・・・多分、死にたくないです」


鞠絵「本当は、鈴凛ちゃんのこと好きになってはいけなかったんです・・・」


鞠絵「でも・・・ダメでした・・・」


 いつもボケて、ずっと無茶苦茶やってた少女・・・。


鞠絵「わたくし、ボケていられましたか?」


 最後の最後まで、流れる涙をこらえながら・・・。


鞠絵「ずっと、ずっと、ボケ通していることが、できましたか?」

鈴凛「ええ、大丈夫よ・・・」

鞠絵「・・・良かった」



 螺旋の雪が、降っていた。


 真っ黒な雲から、溢れ出るように流れていた。


 聞こえてくるのは、打ち寄せる小波の音だけ。


 時計の針が回るように、真っ白な雪が螺旋を描いて空に舞っていた。



鞠絵「あと、どれくらいでしょうか・・・」
鈴凛「そうね・・・」


 いつの頃からか付けはじめた腕時計・・・。


鞠絵「これで、朝には新作のゲームが発売します・・・」

 あと、数分で日が変わる・・・。

鈴凛「フライングゲット、できなかったの・・・?」
鞠絵「その手が・・・ありましたね・・・」



 新しい時間。



 新しい月。




鈴凛「・・・どうだった、アタシからのプレゼント」

鞠絵「鈴凛ちゃんらしくない・・・クサさ爆発でした・・・」


鈴凛「・・・ヒドイ言い草」

鞠絵「・・・でも・・・最高でした・・・」


鈴凛「意外と電車賃、掛かってるんだからね・・・」

鞠絵「・・・帰らなきゃいけないから・・・更に掛かりますね・・・」


鈴凛「そうだね、来月も頭っからピンチよ・・・」

鞠絵「・・・ご愁傷様です・・・」


鈴凛「薄情だね・・・」

鞠絵「・・・ですね・・・」






 そして・・・。






鈴凛「・・・鞠絵」
























鈴凛「大好きだよ・・・」








































 ・・・・・・。


 誰かの声が聞こえる・・・。


 すぐ近くから・・・。


 大好きな人・・・。


 その人の声・・・。


 たったひとつの言葉・・・。



    『さようなら、鈴凛ちゃん』



 そして、唇に触れる、温かな感触を残して・・・。



 声は、聞こえなくなった・・・。

























    ・・・・・・












    ・・・・・・












    ・・・・・・

























 夢から覚めたとき・・・。
 その場所に、鞠絵ちゃんの姿はなかった。

 アタシの体を包み込むようにかけられたストール・・・。
 唇に残る、柔らかな感触・・・。

 そして・・・。

 かけられていたストールの裏側に、縫い付けられていた、某ネコ型ロボットのようなポケット。
 多分、鞠絵の亜空間ポケット・・・。

 常備薬や生卵と言った普通のものから・・・

 刃物から重火器まで・・・

 危険としか言えないようなものばかり入っているような・・・

 そんな、どうしようもなく危険なポケット・・・。



 だけど・・・



 アタシはそのポケットに、ひとりの少女の・・・



 三つ編みの、メガネの少女の・・・



 穏やかな笑顔を重ねて・・・






 そして、最後の言葉・・・






    『さようなら、鈴凛ちゃん』






 その言葉の意味を、知っていて・・・





 アタシは・・・









    「わたくし、ボケていられましたか?」






    「ずっと、ずっと、ボケ通していることが、できましたか?」









 その場所に崩れ落ちることしか、できなかった・・・。


 


更新履歴
H15・12/29:完成


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