いい天気だった。
 まばらに空を覆った雲が、ほとんど流れることなく形を変えてる。
 眩しいくらいの陽光に照らされて、穏やかな水面が金色に輝いていた。
 石畳に浮かび上がる黒い影と白い雪。

 1月30日。

 ぴんと張り詰めた空気は冷たく、まだまだ冬の本番もこれからだけど、それでも今日の気候は幾分か過ごしやすかった。
 学校が午前中で終わり、そして、走って家まで戻り、簡単に着替えを済ませて家を飛び出す。
 約束の時間まではまだ余裕もあるけど、ただ、じっとしていることがやだった。

 限られた時間。 あと、僅か・・・。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「・・・あっ、鈴凛ちゃんっ!」

 眩しく視界を遮る光を手のひらで遮りながら、声のした方向に目を凝らす。
 同じように私服に着替えた鞠絵ちゃんが、久しぶりに使い放題の凶器に開放感を感じながら、所構わず出しまくって使いまくってる。

鞠絵「え・・・? もうそんな時間でしたか?」

 不思議そうに、そそくさと町中に地雷を仕掛ける。

鈴凛「いや、まだ約束の時間までだいぶあるよ。 あと地雷は引っ掛かる人がいたら大変だからすぐに駆除しなさい
鞠絵「ですよね。 だってわたくし、急いで来ましたから」

 白く積もる雪で地雷を隠してから、アタシの元へ。

鈴凛「もっとゆっくり来ても良かったのに。 って言うか地雷駆除しなさい
鞠絵「先に来たかんったんです。 鈴凛ちゃんよりも」
鈴凛「残念だったね」
鞠絵「残念です・・・。 でも、次は負けませんから」
鈴凛「じゃあ、早く地雷片付けて・・・」


    ドーーーンッ


衛声「うわあああああああッッ!!
鈴凛・鞠絵「・・・・・・」
鞠絵「・・・ど、どうしましょう(困)」

 無邪気に戸惑う鞠絵ちゃん。

鈴凛「・・・だ、大丈夫よ、衛ちゃんはいつも元気なオトコノコだから・・・」
衛「・・・ひ、酷い・・・」

 その焦りを、納得の行く理由でなだめながら、アタシもゆっくりと落ち着いた。

鈴凛「それでどこ行く?」
鞠絵「そうですね・・・」
鈴凛「やっぱ、まずは腹ごしらえだね」
鞠絵「カエルの丸焼き」
鈴凛「ウン、かえるノ丸焼キサイコー」

 うんうん、と脅迫げにカマの刃を首元に当てる

鈴凛「でもさ、たまにはもっと他のものも食べてみない?」
鞠絵「それは大丈夫です」

 嬉しそうに笑顔を見せると、得意顔でカマをしまう。
 そして、どこからともなく髑髏ハンカチで包まれたお弁当箱をのような物を取り出した。

鞠絵「実は、大好評にお応えして、もう一度モルモットにしてあげます」
鈴凛「モルモットにされて誰が喜ぶか!
鞠絵「えっ! 違うんですか?」

 常識でモノを見ればしないはずの誤解をしてる。

鈴凛「まあ、非常識なのはいつものことか・・・」
鞠絵「・・・思いっきり聞こえてますよ」

 苦笑いを浮かべながら、くるっと振り返る。

鞠絵「そんなこと言った罰です。 今度こそは本当に全部食べてください」
鈴凛「・・・そうねぇ」

 土曜日の正午。

 ランニング中、うっかり地雷原に足を踏み入れたオトコノコの非難の声を聞きながら、アタシと鞠絵ちゃんは歩き出す。

鈴凛「今日は残さず全部食べる」
鞠絵「血の盟約ですよ
鈴凛「随分と重いけど・・・うん、分かった」
鞠絵「カエルの丸焼き、忘れちゃ嫌ですよ」
鈴凛「そうね・・・。 じゃあ、商店街でカエルの丸焼きを買ってから、お弁当広げられる場所を探そっか」
鞠絵「はいっ」

 ゆっくりと遠ざかる少年(違)のうめき声を聞きながら、
 小春日和と呼ぶには遅すぎる日常の中を、
 今はただ、ゆっくりと歩いていく。



 いつまでもこんな時間が続けばいいのに、と・・・



 悲しい期待を隠しながら・・・。



    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「さてと、問題はどこで食べるかだね」

 恐らく初めてカエルの丸焼きを売ったであろうと思われる店員に見送られて、アタシと鞠絵ちゃんはお店を後にした。

 カエルの丸焼きだけなら別に歩きながらでもいいけど(もっとも間違いなく奇異の目で・・・・・・いや、ちょんまげやめ組よりはマシか?
 でも、だったらカエルの丸焼きくらいでヘンな目で見るかなぁ・・・?)、お弁当もあるとそうはいかない。

鞠絵「今日は鈴凛ちゃんの知っている場所に行きたいです」
鈴凛「アタシの知ってる場所なんて、たかが知れてるよ」
鞠絵「長生きできるトレーニングくらいですか?」
鈴凛「商店街と、学校と、それと居候先の家・・・あとは、鞠絵ちゃんに教えてもらった人気のない公園。
   この中で行きたい所なんて、あるの?」
鞠絵「鈴凛ちゃんの家がいいです」
鈴凛「アタシん家・・・?」

 予想外の答えに戸惑っていると、鞠絵ちゃんが真剣な表情でこくんと頷く。

鞠絵「はい。 鈴凛ちゃんの住んでいる家を見てみたいです」
鈴凛「普通の家だよ」

 見たって特別面白いことなんて・・・住んでる人間くらいか・・・。

鞠絵「それでもいいです」
鈴凛「そうだね・・・分かった」
鞠絵「鈴凛ちゃん、変なこと考えてませんよね?」
鈴凛「考えてない! 考えてないから!! そのロケットランチャーをしまってぇっ!!
鞠絵「大袈裟ですよ」
鈴凛「お釣りが来るくらい軽過ぎだよ!!

 カエルの丸焼きの袋を抱えたまま逃亡する。

鞠絵「あ、待ってください」

 慌てて、鞠絵ちゃんもついてくる。

鞠絵「ロケットランチャー、重いんですけど・・・」
鈴凛「アタシには、恐怖というプレッシャーが重い・・・」
鞠絵「ぐす・・・少しは待ってください・・・」

 情けない声をあげる人間凶器と一緒に、商店街を駆け抜ける。

鈴凛「しまえばいいでしょ」
鞠絵「あ」

 鞠絵ちゃんの、屈託のない笑顔と一緒に・・・。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「たのもー」
鈴凛「道場破りじゃないんだから・・・」

 玄関にあがった鞠絵ちゃんが、遠慮がちに声を出す。

白雪「・・・あら? お帰りですの、鈴凛ちゃん」
鈴凛「ただいま・・・。 ちょっと、お客さん来てるんだけど」

 半歩横に移動して、後ろの鞠絵ちゃんを紹介する。

鞠絵「おじゃましています」

 ぺこっと頭を下げて、挨拶をする鞠絵ちゃん。
 そして顔を上げる。

白雪「・・・・・・」

 その顔を、白雪ちゃんが何処か真剣な眼差しで見つめている。

白雪「えっと・・・」

 白雪ちゃんが、微かに首を捻る。

鞠絵「あ・・・鞠絵、と申します」
白雪「鞠絵ちゃんですのね」
鞠絵「はい」
白雪「何にもない家ですのけど、ゆっくりしていってくださいですの」
鞠絵「ありがとうございます」

 もう一度、ぺこっとお辞儀をする。

鈴凛「2階に行くね」

 白雪ちゃんに断ってから、鞠絵ちゃんを促す。

白雪「鞠絵ちゃん」

 階段を上がろうとする鞠絵ちゃんを、白雪ちゃんが呼び止める。

白雪「・・・もし、鈴凛ちゃんに変な道に引き込まれそうになったら、悲鳴を上げてくださいですの」

 白雪ちゃんが手遅れなことを言う。

鞠絵「はい。 了解いたしました」

 鞠絵ちゃんも素直に頷く。

鈴凛「・・・・・・」

 アタシってそんなにショタキャラかな?

白雪「鈴凛ちゃん・・・ちょっと」
鈴凛「はい?」

 振り向くアタシを、真剣な表情の白雪ちゃんが見つめ返していた。

鈴凛「・・・どうかしたの、白雪ちゃん?」
白雪「・・・鞠絵ちゃん、どこか悪いんですの?」

 真剣な顔そのままで、そう問いかける。

鈴凛「・・・全然、そんなことないよ」
白雪「そう・・・それならいいんですの・・・」
鈴凛「・・・・・・」
白雪「ごめんなさいですの。 姫、変なこと言っちゃって」
鈴凛「・・・ううん、いいの」

 アタシは低い声で小さく頷きながら後ろを向く。
 そして、階段を駆け上がった。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「・・・ここが、鈴凛ちゃんの部屋ですか」
鈴凛「(まだ)ちゃんと片付いてるっしょ?」
鞠絵「わたくしの部屋よりも綺麗です」
鈴凛「まだ、メカの材料とか道具とか届いてないからね」

 ふたりで座れるような机もないので、部屋の中央にお弁当箱やカエルの丸焼きを置く。

鈴凛「よく考えたら、座布団もないね、この部屋・・・」
鞠絵「わたくしは平気ですよ。 チェキの上でも
鈴凛「チェキって何!?
鞠絵「・・・なんでしょう? 急に頭に浮かんだ言葉で・・・ただ下にひいても良いモノだとは思うんですけど・・・」
鈴凛「アタシはひとつ思い当たるモノがあるけど、それは下にひいちゃいけないモノだと思った」

 鞠絵ちゃんとの本当に他愛ない会話。
 そんな小さな幸せの時間さえ、メガネの少女には残されていなかった。



 限られた時間は、明日で終わる。



鈴凛「鞠絵ちゃん」
鞠絵「はい・・・・・・きゃっ!」

 鞠絵ちゃんの小さな体が、後ろに倒れる。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん」

 すぐ横で、鞠絵ちゃんの戸惑うような声が聞こえる。
 気づいた時、アタシは鞠絵ちゃんの体を抱きしめていた。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん、苦しいです」

 力一杯抱きしめた、鞠絵ちゃんの小さな体・・・。
 それは思った以上に小柄で、そして柔らかかった。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん、恥ずかしいです」

 言葉通り恥ずかしそうに、超振動ブレードを取り出す

鈴凛「もう少しだけ・・・」

 このままでいたかった。

鞠絵「わたくし、すごく恥ずかしいんですけど・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「でも、分かりました・・・。 もう少しだけです・・・」

 静かだった。
 動くもののない部屋で、鞠絵ちゃんの鼓動と超振動ブレードの動く音だけが聞こえる。

鞠絵「このまま、時間が止まったらいいのに・・・」

 そんな鞠絵ちゃんの言葉さえ、遠くに感じながら・・・。

鈴凛「鞠絵ちゃん、キスさせて」
鞠絵「オッサンですか・・・」

 鞠絵ちゃんの言葉を、途中で重ねた唇が覆う。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん、セクハラです。 そんなことする人、ギロチン台に掛けますよ」
鈴凛「アタシは好きだよ」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「鞠絵ちゃんのこと、ずっと好きでいる」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「約束する」
鞠絵「鈴凛ちゃん、どえりゃぁこっぱずかしいこと言っていますよ」
鈴凛「鞠絵ちゃんは中途半端になまった台詞言ってる」
鞠絵「でも・・・・・・嬉しいです・・・」

 真っ赤な顔で涙ぐみながら、鞠絵ちゃんが精一杯に微笑む。
 アタシは、そんな鞠絵ちゃんが本当に愛おしく思えた。
 (地雷、ロケットランチャー、超振動ブレードは除く)

 そして、鞠絵ちゃんを好きでいられたことが、本当に嬉しかった。

鞠絵「ん・・・」

 アタシは、鞠絵ちゃんの唇にもう一度自分の唇を重ねた。
 間近で感じる、鞠絵ちゃんの息遣い。
 やがて、どちらからともなく唇が離れた・・・。

鞠絵「・・・いきなりでしたので、ぶっ放すとこでした」

 鞠絵ちゃんが起き上がって、44マグナムを手にしていた。

鈴凛「ごめんね・・・鞠絵ちゃん」
鞠絵「わたくしは、鈴凛ちゃんに謝られるようなことをされた覚えはありませんよ」
鈴凛「じゃあこの超振動ブレードと44マグナムは何?
鞠絵「わたくし、嬉しかったですから・・・」

 (質問には答えてないけど)その言葉が、その笑顔が、アタシには嬉しかった。

 だけど・・・

鞠絵「お腹、空きましたよね?」

 残された時間、あと僅か・・・。

鈴凛「よく考えたら、朝食べたっきりだよね」
鞠絵「たくあんありますから、いっぱい食べてください」
鈴凛「たくあんを?」
鞠絵「ツッコンでください!!」
鈴凛「今のは微妙で分かり難かったの!!」
鞠絵「申し訳ありません!!」
鈴凛「何逆ギレしてるの!?」

 ボケの向こう側にある、悲壮な決意から目を逸らして・・・。
 アタシは鞠絵ちゃんのお弁当箱に視線を戻す。

 りんごのうさぎは、この前よりも名誉の負傷を負っていた・・・。
 (他のモノは見るのも怖いから見ない様にしてる)

 血の盟約通りお弁当を空にして・・・。
 もう食べたくないとその場で昏倒するアタシに、鞠絵ちゃんがひじを貸してくれる。

 とても寝難かった。

 仕方ないので改めてひざを貸してくれる。
 見上げた天井に映るものは、見慣れた天井と、少女の笑顔だった・・・。
 鞠絵ちゃんの膝枕の感触を楽しみながら・・・。


 やがて、陽は落ちていく・・・。


 そして、また1日が終わる・・・。


更新履歴
H15・12/29:完成


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