鈴凛「・・・・・・」
あ?大きな星がついたり消えたりしている・・・。 あはは、大きい。 彗星かな・・・」
いつもの朝。
カーテンレールの軋む音を聞きながら、凍った部屋に陽光を招き入れる。
男色暖色に照らされた室内。
凍った空気を溶かす陽だまりの中で、アタシは身支度を整えた。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・
昼休みの到来を知らせるチャイム
亞里亞「鈴凛ちゃん」
待ちかまえてたように、隣の席から声がかかる。
亞里亞「今日のお昼・・・どうするの?」
鈴凛「うーん・・・」
今日は鞠絵ちゃんとの約束がある。
もっとも、お弁当を作ってくれると言うだけで、どこで待ち合わせか決めてなかった。
鈴凛「とりあえず学食行くけど・・・」
多分、鞠絵ちゃんもそこに来るだろうし。
鈴凛「亞里亞ちゃんはどうするの?」
亞里亞「ちかピーとおべんとうなの☆」
振り返った視線の先では、千影ちゃんが二人分のお弁当を広げながらズッコケてた。
千影「・・・ち、ちかピー・・・?(汗)」
千影ちゃんと視線が合いそうになり、思わず避けてしまう。
亞里亞「どうしたの?」
鈴凛「ううん、何でもない・・・じゃあ、行ってくるから・・・」
軽く手を振って、廊下の方に歩いていこうとした、その時・・・。
声「あの・・・すみません・・・」
まだ喧騒に包まれる前の教室に、妙に緊張した声が響く。
教室にいた生徒が、一斉に声のする方を向く。
声「あ、あの・・・」
クラス全員の視線を浴びながら、教室の扉を半開きにして、1年生の制服を着た女の子が首を出していた。
声「鈴凛ちゃん、いらっしゃいますか・・・?」
両手でドアにしがみつくようにして、恥ずかしそうに声を絞り出す。
衛「鈴凛ちゃん、1年生となんかあったの?」
鈴凛「まぁね」
衛「なんか、綺麗な子だよね」
鈴凛「可愛いじゃない?」
ちかピー「・・・・・・」
ちかピーが、複雑な表情でアタシと女の子と衛ちゃんを順番に見ていた。
亞里亞「ショタふたりしてそっちの道に目覚めたか?」
その横で、『裏亞里亞』が、複雑な表情をしたアタシと女の子と衛ちゃんに順番に見られてた。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
鞠絵「どきどきしました・・・」
並んで廊下を歩きながら、自分で自分の体を抱きしめるような仕草をする。
鞠絵「やっぱり、上級生のクラスに行くと緊張しますね。 ボケる余裕もありませんでした・・・」
鈴凛「狙ってたんだ・・・」
などを会話をする鞠絵ちゃんの胸元で抱きかかえられたお弁当らしき髑髏の包みに視線を落とす。
鞠絵「ちゃんと、約束通り鈴凛ちゃんの分も作ってきましたから」
鈴凛「楽しみね」
鞠絵「・・・えっと、あんまり期待しないでくださいね」
鈴凛「大丈夫。 アタシは一般の人間が普通に食べれるものなら、味とかあんまり気にしないから」
鞠絵「じゃあカエルなんかは大歓迎ですねv」
鈴凛「カエルは違うだろ」
鞠絵「・・・そんなことないです」
悲しそうに俯く。
鈴凛「でも、何でわざわざ2年の教室まで来たの? 昨日みたいに学食で待ってれば良かったのに」
鞠絵「えっと・・・」
考え込むように、首を傾げる。
鞠絵「不退転、それが我が流儀ですv」
鈴凛「またパクってるし・・・」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
おそらく、学食にしては広くて綺麗なほうだと思う。
それでもこの時間になると、席はほとんどが埋まり、カウンターの前は生徒でバトルロワイヤルだった。
鞠絵「やっぱり、人がたくさん居ますね・・・」
ぽかんと口を開けて、学食全体を眺める。
鈴凛「ぼーっとしてても場所は取れないよ」
鞠絵「あ・・・はいっ」
ふところからパイナップル(非フルーツ)を取り出す。
鈴凛「しまいなさい!」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
鞠絵「あ、ここが空いてます」
鞠絵ちゃんが指さす先、ちょうど向かい合わせにふたり分の席が空いていた。
鈴凛「よくやったね、鞠絵ちゃん」
鞠絵「はい、がんばりました」
学食の小さな椅子に座り、
そして調味料の乗ったテーブルにやけに不気味な雰囲気をかもし出しているお弁当箱がふたつ並ぶ。
鈴凛「ひとつがアタシの分ね」
鞠絵「両方とも鈴凛ちゃんの分です」
鈴凛「・・・へ?」
鞠絵「両方とも、鈴凛ちゃんが食べてください」
鈴凛「・・・多いよ」
アタシは亞里亞ちゃんみたく胃袋が宇宙じゃないし・・・。
鞠絵「両方とも鈴凛ちゃんために作ったんですから、残さないで食べてくださいね」
鈴凛「う〜ん・・・まぁ・・・努力は・・・・・・・・・」
フタを開けて止まる。
鞠絵「・・・どうしたんですか?」
鈴凛「ナンデスカコレハ?」
鞠絵「やもり」
鈴凛「コレハ?」
鞠絵「こうもり」
鈴凛「コレハ?」
鞠絵「かえるvv」
お弁当箱に、その雰囲気に見合ったグログロしい具が詰め込まれている。
しかも、それがふたつ。
鞠絵「どう・・・ですか?」
鈴凛「期待してなかった通りだった・・・」
鞠絵「見た目、ダメですか?」
鈴凛「ダメです」
鞠絵「ごめんなさい・・・。 食べさせたいおかずかたくさんあって・・・それで・・・」
しゅん・・・と俯く。
・・・アタシの方が俯きたい・・・。
鈴凛「み、見た目が悪いだけよね・・・あ、味は大丈夫よ・・・多分」
鞠絵「はいっ」
おはしを受け取って、近くにあったカエルの太ももから食べる。
少しでも免疫のあるものから慣らしていこうと言う配慮からだ。
鞠絵「・・・・・・」
一連の動作を、真剣な眼差しでじっと見つめる。
鞠絵「・・・どうでしょうか?」
鈴凛「うん。 いつも食べてるのと同じね」
つまり、食べる上で気持ちというものがいかに重要かという事を再々認識した。
鞠絵「よかった・・・」
誤解した解釈をされた。
ほっとした胸をなで下ろしながら、魔法瓶から紫色の液体を注いでいる。
その液体を受け取り、喉を潤す。
代わりに心が荒む。
鞠絵「それでは、わたくしもいただきます」
もうひとつのお弁当箱を開け、おはしを伸ばして・・・・・・ちょっとマテ。
鈴凛「そっちは、なんでカエルは入ってるのに他の(ヤモリ、こうもり)は入ってないの!?」
鞠絵「それはちょっと・・・食べる気にはならないんです・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「カエルは・・・昔、姉上様に無理矢理食べさせられるまで食べれるなんて思いもしませんでした。
・・・けど、食べてみたらおいしくてv」
カエルの原因はお前か、ちかピー!!
鞠絵「でも他のは食べたことないので・・・ちょっと食べたいとは・・・」
鈴凛「自分が食べたいと思わないものを人に食べさせるのは良くないと思います」
鞠絵「でも、カエルの時みたく、食べたらおいしいかもしれませんから・・・。
だから、鈴凛ちゃんがおいしいと言ったら、わたくしも食べてみようと思ったんです。
こっちのおかずはダメだった時用」
鈴凛「アタシをモルモットにしたの!?」
鞠絵「・・・そうなりますねv」
笑顔で肯定された。
結局、まずアタシが怪しいおかずを口に運ぶ。
その都度感想を言って、そして、また気分が悪くなる。
ちなみに、すべて正直に述べてしまったため、鞠絵ちゃんはカエル以外は普通のおかずしか食べてない。
鞠絵「ふぅ、お腹いっぱいです・・・」
鈴凛「アタシ・・・もう食べれない・・・」
満腹感とは別のもので食欲がなくなってきた・・・。
新しく注いだ紫色の液体で更に精神的に追い詰められながらお弁当を見みると、まだ半分以上も残ってた。
鞠絵「もっと食べてください」
鈴凛「精神が壊れる」
鞠絵「大丈夫です」
鈴凛「根拠は?」
鞠絵「不退転」
鈴凛「アタシの流儀はそうじゃない」
今の状態で無理して食べれば、間違いなく精神崩壊する自信がある。
鞠絵「・・・そう、ですか。 ・・・ちょっとだけ悲しいです」
俯いて、まだグログロしい中身の残ったお弁当を見つめる。
鞠絵「でも、モルモットになってもらえて嬉しいです」
鈴凛「コラ」
鞠絵「もし雲耀の速さで叩っ斬られたらどうしようかって、本当に心配だったんです」
心底ほっとしたような表情で、コップの中のお茶を傾げる・・・って飲み物でもモルモットにされてたんだ・・・(泣)
鈴凛「鞠絵ちゃん、よく料理とかするの?」
鞠絵「実は・・・・・・お料理も、お弁当も、初めて作ったんです」
鈴凛「今日が全くの初めて?」
鞠絵「はい・・・そうなんです・・・。
ですから、食べられるものができてるか本当に心配だったんですけど・・・・・・大丈夫だったみたいですね」
鈴凛「材料の選定で間違ってる」
うふふ・・・と照れ笑いを浮かべてアタシの言葉を無視する鞠絵ちゃん。
その表情に、微かに憔悴の色が混じっていた。
鞠絵「ふわ・・・」
手のひらを口元に当てて、小さくあくびをする。
鈴凛「鞠絵ちゃん、大丈夫・・・?」
鞠絵「大丈夫です・・・。 ちょっとだけ眠たいだけですから・・・」
疲れたような表情で、それでも笑顔で・・・。
鈴凛「結果はともかくとして・・・ありがとうね、鞠絵ちゃん」
鞠絵「引っ掛かる言い方ですね・・・」
鈴凛「気ニシナイ気ニシナイ」(←棒読み)
鞠絵「このくらい平気です。 だって、すごく楽しかったですから。
メニューを考えて、材料を調達しにこっそり部屋に忍び込んで・・・」
やっぱ調達元はちかピーの部屋か・・・。
鞠絵「魔術の本を見ながら、ひとつひとつ作っていくんです」
鈴凛「本の調達場所もそこ!?」
鞠絵「失敗もいっぱいいっぱいしましたけど・・・。
知っていますか鈴凛ちゃん? マンドラゴラは引き抜くときに、恐ろしい悲鳴を上げるんですよ」
鈴凛「ちょっとマチナサイ、それって猛毒じゃなかったけ・・・?」
・・・味なんて分かんなかったけど、一応全種類に手をつけちゃったぞ(そう目で訴えてきたから)。
鞠絵「そうなんですか? だったら失敗してよかったです」
九死に一生!!
鞠絵「それから、それから・・・・・・あっ!」
鈴凛「どうしたの?」
鞠絵「すっかり忘れてました・・・」
そう言って、ごそごそと何かの包みを取り出す。
鞠絵「実は、デザートも作ってきたんです」
どんっ、と第3のお弁当箱が机の上に出現する。
鈴凛「ジーザス・・・」
鞠絵「やっぱり食後はデザートですよね」
嬉しそうに、髑髏のハンカチをほどく。
鈴凛「
鞠絵「戻ってきてください」
鈴凛「うふふふ・・・聞こえる〜、ギロチンの鈴の音が聞こえる〜」
鞠絵「鈴凛ちゃーんっ!!」
意識の飛ぶアタシを、肩を掴んで激しく揺らす。
鈴凛「・・・絶対に無理」
鞠絵「まだ何も言っていませんよ」
鈴凛「もう食べたくない・・・(泣)」
鞠絵「大丈夫です」
鈴凛「・・・根拠は?」
鞠絵「はい」
フタを開けると、中には色とりどりの果物がぎっしりと詰まっていた。
鈴凛「神様ありがとう!!」
鞠絵「メカっ娘の鈴凛ちゃんが神様に感謝するのを見ると、やけに気になります・・・」
鈴凛「気ニシナイ気ニシナイ」(←棒読み)
鞠絵「はい、うさぎさんです」
うさぎの耳に見立てて包丁が入れられたりんごを、嬉しそうに掲げて見せる。
鈴凛「左右の耳の大きさが違うね」
鞠絵「先の大戦で片方の耳に名誉の負傷を負ったうさぎさんです」
・・・・・・。
鈴凛「・・・こ、こっちは片方の耳が・・・」
鞠絵「仲間を守るため敵の銃弾を浴びて・・・」
鈴凛「いや、説明しなくていい・・・って言うかしないで」
どうしてそう言う設定のうさぎにするかなこの子は。
お互い楊枝を持って、りんごのうさぎをつまみ口に運ぶ。
しゃりしゃりと言う音だけが聞こえる。
無言でりんごをかじる。
ゆっくりと、ゆっくりと・・・。
鞠絵「鈴凛ちゃん」
鈴凛「・・・ん?」
鞠絵「作ってる時、楽しかったです・・・」
不意に鞠絵ちゃんの表情が曇る。
泣き笑いのような表情に、微かに涙が滲んでいた。
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「でも、好きな人に食べてもらっている時の方が、もっともっと楽しいですよね」
りんごのうさぎを頬張ったまま、今、この瞬間を心から楽しむように・・・。
涙のにじむ目を細めて・・・。
精一杯の笑顔で何度も何度も頷いていた・・・。
鈴凛「ねぇ、鞠絵ちゃん」
鞠絵「なんですか?」
鈴凛「・・・ねぇ、明日学校サボらない?」
鞠絵「悪い子ー」
こくんと飲んで、鞠絵先生がアタシを注意する。
鈴凛「学校サボって、朝からずっと一緒にいよう」
鞠絵「・・・・・・」
限られた時間、アタシは少しでも長く鞠絵ちゃんと一緒にいたい。
それは決して言えない言葉。
鞠絵ちゃんと約束したから。
だから、アタシはこれ以上の言葉を続けることはできない。
鞠絵「・・・・・・」
鞠絵ちゃんの言葉をじっと待つ。
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・
やがて、鞠絵ちゃんの言葉が続き、そして、昼休みを終了するチャイムの音。
また、1日が終わる・・・。
更新履歴
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