朝。
薄いカーテンから差し込む光を瞼の奥に浴びながら、微睡みの中を浮かんでいた。
長かった夜が明け、また、いつもの冬の日が始まる。
アタシは鈍く痛む頭を揺すりながら、体を起こした。
確かに睡眠時間は十分とはいえなかった。
時計を見るとちょうど7時半。
アタシはベッドから抜け出して、カーテンを左右に開ける。
網膜に飛び込んでくる白。
痛いくらいの純白。
今日も、いい天気で・・・。
まるで、夢の続きのように・・・。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
白雪「おはようですの、鈴凛ちゃん」
鈴凛「あ、久しぶり、白雪ちゃん」
白雪「はい?」
鈴凛「え・・・いや、あれぇ? アタシ何で久しぶりなんて・・・」
・・・う〜ん、毎日会ってるはずなのに・・・。
白雪「亞里亞ちゃんも、おはようですの」
亞里亞「すぴ〜・・・」
鈴凛「って言うか寝てるし」
亞里亞「・・・おはよすぴ〜・・・」
挨拶の途中で寝るし・・・。
鈴凛「いつもより重症ね・・・」
亞里亞「お馬さん・・・・・・ぱかぱか・・・」
明らかに夢の中だった。
亞里亞「お馬さん・・・・・・おいしい・・・☆」
鈴凛「喰ってんかよ!」
いや、馬刺しとかあるけど・・・。
白雪「鈴凛ちゃん、今日は大目に見てあげてくださいですの。
亞里亞ちゃん、昨日鈴凛ちゃんが帰って来るまでずっと起きてたみたですのから」
鈴凛「ずっと・・・?」
白雪「でも、おにぎりを食べ終わってすぐに眠ってしまいましたけれど」
鈴凛「それはずっと起きてたとは言わないね」
でも、昨日のことでは、亞里亞ちゃんに随分と心配をかけてたみたいだ・・・。
白雪「姫がなんとかしますから、鈴凛ちゃんは先に行っててくださいですの」
すでに、朝食を食べているような時間さえなかった。
鈴凛「・・・じゃあ、お願いするね」
夢の中で朝ごはんの亞里亞ちゃんを白雪ちゃんに託して、アタシはひとり鞄を背負った。
白雪「いってらっしゃいですの」
白雪ちゃんに見送られて、ひとりで家を出る。
雪の残る風景を眺めながら、アタシは寒空の下、学校への道を急いだ。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
朝食を抜いたためか、思ってたより早く学校についた。
この時間に学校へ来る生徒が一番多いのか、雪の積もった校門は制服姿で溢れ返っている。
道すがら数人のクラスメートから声をかけられる度に、いつの間にかこの町に馴染んでる自分に気づく。
アタシがこの雪の町で生活を始めてから、3週間近くが過ぎていた。
色んなことがあった。
ホントに、色んなことが・・・。
声「おはようございますっ」
どグワしゃァっ、と体を分断されるような衝撃がアタシの背中に飛び込んできた。
悶絶しながら、視線を後ろに向ける。
鞠絵「えーっと・・・。 すみません、嬉しくて斬○刀・一文字斬りを真似してみました」
よく知った少女が、見たことのない姿で申し訳なさそうに木製バットを持っていた。
鈴凛「・・・・・・」
アタシは、とっさに何も言葉を返すことができなかった。
背部強打による呼吸困難で・・・。
ただ脳裏をよぎったのは、この一言。
『あんたは嬉しいと木製バットで人をぶん殴るのか!?』
鈴凛「・・・鞠絵ちゃん」
鞠絵「はいっ」
真新しい制服に身を包んだ鞠絵ちゃん。
丁寧に両手を前で揃えて、木製バットを大切そうに抱えていた。
鞠絵「今日から一生懸命お勉強です」
鈴凛「そのバットでなんのお勉強をするの?」
鞠絵「がんばりますっ」
鈴凛「だから何を!?」
鞠絵「そうだ、今日は一緒にお昼を食べませんか?」
アタシの言葉は徹底的に無視。
こういう場合の対策は心得ている・・・・・・つもりだ・・・。
鈴凛「アタシは、別に構わないよ・・・」
構ってもらうことを諦め、話を進める・・・(泣)
鞠絵「でしたら、4時間目が終わったら鈴凛ちゃんのクラスに・・・」
不意に表情が曇る。
しかし、それも一瞬のこと。
鞠絵「あ・・・やっぱり、学食で待ち合わせましょう」
鈴凛「そうね・・・」
鞠絵「それでは、わたくし行きます」
ぺこっとお辞儀をして、生徒の流れに身を任せる。
そして、途中でくるっと振り返り、大きくバットを振る。
鞠絵「待ってますから。 遅れたら一刀両断ですよっv」
鈴凛「バットじゃ無理でしょ」
鞠絵「鈴凛ちゃんのおご―――」
鈴凛「イヤっ!!」
鞠絵「鈴凛ちゃん反応早いですっ」
こと金に関しては、アタシは負けない自信がある!!
しかし鞠絵ちゃん、今日はトバしてるなぁ〜・・・。
鞠絵「冗談ですよっ」
一際大きくバットを振る。
通りすがりの数人の生徒が、鞠絵ちゃんの姿をちらりと視界におさめて、
何事もなかったかの様にまた歩き出す・・・ってオイ、バット持ってんのよ!!
今の生徒には、鞠絵ちゃんの姿はどう映っているのだろうか?
って言うか一般人にもどう映ってるんだろうか?
アタシは、何気なく咲耶の・・・じゃなかった、昨夜の言葉を思い浮かべながら、歩き出した。
『奇跡を起こせばいいんです』
『奇跡は起きるものじゃなくて起こすものだから・・・』
『・・・でも』
『起こせないから、奇跡、なんですよ』
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
幸い、亞里亞ちゃんはギリギリのところで遅刻を免れていた。
『音速の壁を越えたの・・・☆』
そう言って、肩で息をしていた。
それは世界新云々より人間じゃない。
でも、あれであの超級おっとり系からは信じられないくらい足が速いのかもしれない。
1時間目、2時間目、といつも通りの風景が流れていた。
アタシが転校してきてから3回目の月曜日の授業。
窓の外は雪景色で、黒板には白い文字が連なっている。
横を向くと、よだれ垂らして寝てる亞里亞ちゃんの姿が・・・って亞里亞ちゃん、机喰べちゃダメだよ。
その後ろには、千影ちゃんが座っている。
登校して来たアタシに、普段と何も変わらない不気味な挨拶をしてきた、千影ちゃん・・・。
千影「私は・・・・・・普通に挨拶しただけだが・・・・・・」
昨夜、鞠絵ちゃんと出会わなければ、すべて夢だったと思えたかもしれない。
千影「堂々と無視か・・・・・・。 いい・・・・・・度胸だな・・・・・・」
あ〜、はいはい、分かったから人の心読まないで。
授業中なんだから、話聞いてないとまた留年するよ。
千影「・・・・・・」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・
やがて、4時間目の授業が始まって、そして終わった。
アタシは、亞里亞ちゃんの誘いを断って、ひとりで学食へ向かった。
いつもながら小奇麗な学食は、相変わらずたくさんの生徒でにぎわっていた。
鈴凛「おーい、鞠絵ちゃーん」
学食の入り口でそわそわとしている鞠絵ちゃんの姿を認めて声をかける。
鞠絵「あ、鈴凛ちゃん・・・」
安堵の表情でアタシの方にやってくる。
鈴凛「こんな所で待ってなくても、先に座ってればよかったのに」
鞠絵「緊張してしまって・・・。 初めてなんです。 学食に来るの」
そう言って、怖々と学食の中を覗き込む。
鞠絵「人が、たくさんいますね」
鈴凛「そりゃあね」
鞠絵「爆破していいんですよね?」
鈴凛「ダメ」
鞠絵「でも制服着てますし」
鈴凛「制服に何の効果を期待しているかは知らないけど、そんな効果はないからヤメナサイ」
鞠絵「はい・・・」
不服そうに、先端に細いひものついた長さ20センチくらいの筒状の物とライターを、
ふところにしまう鞠絵ちゃんを引っ張って、学食の中へ。
ちょうど向かい合わせの席が空いていたので、鞠絵ちゃんに座っていて貰う。
鈴凛「鞠絵ちゃんは何がいい? アタシとってくるけど」
鞠絵「えっと、それでは鈴凛ちゃんと同じものでいいです」
鈴凛「アタシはカレー頼むけど?」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・どうしたの?」
鞠絵「カエルの丸焼きじゃないです・・・」
鈴凛「だったらそれ食べれば?」
鞠絵「いえ、わたくしもカレーをお願いします」
鈴凛「分かった。 ちゃんと席取っておいてね」
鞠絵「イエッサーっ」
ぽんと自分の胸を叩く鞠絵少尉を残して、アタシはひとり席を立った。
程なくして、アタシと鞠絵ちゃんの目の前にカレーライスがふたつ並ぶ。
スプーンの先端をぎゅっと握りしめ、福神漬けののったカレーを見つめる鞠絵ちゃん。
鞠絵「尾意死祖卯出巣根」
鈴凛「暴走族?」
ちなみに、今のは「おいしそうですね」と読む。
鈴凛「アタシ、辛党だから結構辛口だよ」
鞠絵「点点点点点点」
鈴凛「“・・・・・・”が漢字になってるよ」
カレーを見つめてボケる鞠絵ちゃんを、いつも通りツッコミながら、カレーを口に運ぶ。
鞠絵「いただきます」
アタシにならうように、鞠絵ちゃんもスプーンを・・・
鈴凛「スプーン、先端握ってるの気づいている?」
スプーンをちゃんと持ち替えて、そのままカレーすくい取り、口に運ぶ鞠絵ちゃん。
鞠絵「・・・・・・」
スプーンをくわえたところで、鞠絵ちゃんの動きが止まる。
鞠絵「ЪВЁРЯЙБИФЯД・・・」
鈴凛「日本に帰ってきて〜」
全てロシア字。
文字化けしてないかが不安だ・・・。
鈴凛「・・・だ、大丈夫?」
鞠絵「ЖЮЭЫФПЧЯЗ・・・」
うんうん、と頷くものの、やはり言葉はロシア字だった。
鈴凛「・・・水、飲む?」
差し出した水を、一気に傾ける。
グビグビ・・・と喉を鳴らしながら、コップの水を半分くらい飲み干したところでふところに戻す。
鈴凛「それ鞠絵ちゃんのじゃないんだから、きちんと返しとくんだよ」
鞠絵「・・・ふぅ」
ほっ、と息をついている。
鈴凛「どうしたの?」
鞠絵「どうしたもこうしたもありません・・・辛過ぎです」
鈴凛「あ、やっぱり」
鞠絵「やっぱり、ってどう言うことですか!?」
鈴凛「だって同じものでいいって言うから・・・」
鞠絵「・・・何倍ですか?」
ジッと睨みながら聞く。
鈴凛「・・・10倍」
鞠絵「・・・非国民」
鈴凛「・・・なんでそこまで避難されなきゃならないの?」
鞠絵「穢多(えた)! 非人!!」
鈴凛「・・・じゃあ、カエルの丸焼きでも食べときな。 買ってきてあげるから」
鞠絵「当然の報いです・・・」
怨めしそうにうなだれる鞠絵ちゃんを残して、もう一度カウンターへ。
いつものカエルの丸焼きを買って、すぐに鞠絵ちゃんの元に戻る。
嬉しそうにアタシの手から受け取って、心底嬉しそうに、頭からかぶりつく。
鞠絵「・・・ウー」
鈴凛「いつもは山奥に隠れていて、雪の呼ぶ声に応えて吹雪とともに現れる伝説怪獣?」
鞠絵「さっきからずっと! 鈴凛ちゃんはツッコミで、ボケなくていいんですよ!」
・・・怒られた。
鈴凛「で、今度はどうしたの?」
鞠絵「舌がひりひりします・・・」
鈴凛「・・・時間はあるからね、ゆっくり食べな」
鞠絵「・・・はい」
界王拳10倍カレーライスを(ふたり分)食べるアタシと、カエルの丸焼きをゆっくりと食べる鞠絵ちゃん。
この不気味な取り合わせ(特にカエル)は、案の定、とても目立っていた。
周りに座っている生徒や、横を通りかかった生徒が、奇異の視線を送っている。
学年も違えば雰囲気も違う女の子ふたり。
だけど、周りがどう思おうと今のふたりは恋人同士だ。
鈴凛「そうだよね、鞠絵ちゃん」
鞠絵「なんじゃらほい?」
急に声をかけたのに、しっかりとボケて・・・・・・いや、素か?
鞠絵「えっと・・・すみません、お話を聞いていなかったんですけど・・・・・・でも、わたくしもそうだと思います」
口元に手を当てて、うんっと頷く。
その何気ない仕草が、本当に嬉しかった。
鈴凛「でも、ずっとカエルの丸焼きばっか食べてると、呪われるよ」
鞠絵「趣味でメカ作ってる人間の言う台詞ではないですね」
鈴凛「あ、覚えててくれたんだ」
鞠絵「えっへんっv」
鈴凛「でも、カエルの丸焼きばっか食べるわけにもいかないでしょ?」
鞠絵「でしたら、明日はお弁当を作ってきます」
鈴凛「お弁当・・・うん、それもいいね」
鞠絵「はい。 ちゃんと鈴凛ちゃんの分も作りますからね」
鈴凛「うん、期待しとく」
鞠絵「はいっ、期待されてSP50回復です」
鈴凛「分かった。 見た目以外期待しとく」
鞠絵「見た目も期待してくださいっ」
すねたように横を向いて、
鞠絵「そんなこと言う人、八つ裂きにしますよv」
直後、いつものように残虐な言葉を吐く。
そこには、本当にいつも通りの鞠絵ちゃんの姿があった。
・・・嫌ないつも通りだなぁ・・・。
鈴凛「・・・ところで、どう? 久しぶりの学校は」
鞠絵「えと・・・クマさんがいました」
鈴凛「なんじゃそりゃ?」
鞠絵「でも、楽しいです。 みんな、わたくしが学校に来たことを喜んでくれます・・・。
嬉しかったです・・・。 本当に、嬉しかったです・・・。 本当に、本当に・・・」
鈴凛「・・・・・・」
楽しい昼休み・・・。
だけど、不意にそんな風景が虚構に思えて・・・。
鞠絵ちゃんの笑顔が遠くに見えて・・・。
日常が霞むように・・・。
風景がモノトーンになったように・・・。
鞠絵「・・・どうしたんですか? 親ビン」
鈴凛「どこの子分キャラさ?」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
気がつくと、放課後だった。
驚くくらい早く、時間が流れていた。
傾く夕日に目を細めながら、1日がこんなに短かったのだと初めて気づく。
いつものように家に帰って、
いつものように夕食を食べて、
リビングでテレビを見て、
お風呂に入って、
まだ届いてないメカ製作の道具と材料が届いたらなにを作ろうか考えて、
そして部屋に戻る頃には、今日もあとわずかだった。
何気なくカーテンを開ける。
窓の外には、ゆっくりと雪が降りていた。
町の光を遮るように、白い結晶が流れる・・・。
やがて・・・。
今日が終わり、明日が今日に変わった。
更新履歴
H15・12/3:完成
H15・12/4:微修正
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