チョークを箱の中に戻して、4時間目の先生が教室を出ていく。
これで名実共に昼休みになったわけだ。
亞里亞「お昼・・・今日はどうするの?」
千影「私はいい・・・・・・食欲がないんだ・・・・・・」
鈴凛「なんかの儀式の準備?」
千影「・・・・・・そう、だな」
どうでもいいというように、気のない返事をする。
亞里亞「・・・・・・」
千影「・・・鈴凛くんは・・・・・・どうするんだ?」
鈴凛「アタシは行くトコあるの」
千影「・・・・・・そう、か」
亞里亞「鈴凛ちゃんは、1年生の女の人と食べてる、なの」
そう、2年生のあなたより年上の1年生・・・
鈴凛「・・・って、なんで知ってんの」
亞里亞「前に、鈴凛ちゃん言ってたの。 風邪で休んでる1年生の女の子って・・・」
そう言えばそんなことを言ったかも。
亞里亞「ただ死ぬのを待ってるおばかさん、って」
鈴凛「それは亞里亞ちゃんが言ったのね」
千影「・・・・・・」
しかし、亞里亞ちゃんにこんなことを言われるなんて意外ね。
亞里亞「あ・・・亞里亞、学食だからもう行くの」
キャンディー袋を持って、そそくさ立ち上がる。
鈴凛「財布持ってかなきゃ買えないよ」
衛「じゃあ、ボクが届けるよ。 ボクも学食にしようと思ってたし」
亞里亞ちゃんの財布を持って、衛ちゃんが亞里亞ちゃんの後を追う。
千影「・・・・・・」
結果的に、アタシと千影ちゃんだけ取り残される形になる。
千影「・・・・・・」
視線を合わせることもなく、同じ窓の外だけを見ている。
鈴凛「じゃあ、アタシも行くから」
千影「鈴凛くん・・・」
千影ちゃんが抑揚のない声で呼び止める。
千影「・・・ひとつだけ・・・・・・答えてくれ」
相変わらず外を眺めたまま、千影ちゃんが小さく呟く。
千影「・・・その子のこと・・・・・・好きなのか?」
鈴凛「・・・・・・多分ね」
寂しげに雪の中に佇んでいた女の子・・・。
今、千影ちゃんがそうしているように、悲しげに窓の外を見つめていたメガネの少女・・・。
千影「・・・・・・異性として・・・・・・かい?」」
鈴凛「・・・え?」
千影「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
千影「・・・いや・・・・・・なんでもない」
鈴凛「・・・・・・」
それっきり、黙り込む。
アタシは、無言のまま千影ちゃんの前から立ち去った。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
鞠絵『鈴凛ちゃんっ』
アタシの姿を雪の中で見つけて、また拡声器を使ってアタシの名前を呼ぶ。
鞠絵『ちょっとだけ遅刻です』
鈴凛「うるさい。 ちょっと教室にいただけよ」
鞠絵「ところで、今日は体育館で何かあるんですか?」
鈴凛「何でも、放課後に舞踏会があるらしいよ」
鞠絵「鈴凛ちゃんはツッコミですよ、ボケなくていいんです」
鈴凛「・・・いや、本気で・・・」
鞠絵「・・・・・・」
目を広げて、呆気に取られていた。
アタシは鞠絵ちゃんのやっていることよりは、数段理解の範疇だと思うんだけど・・・。
鞠絵「武闘会って、ちょっと憧れますよね」
鈴凛「43点、基本的なボケね」
鞠絵「採点はわたくしの役目ですよ!」
自分のネタを取られたと思い、頬を膨らませて少し不機嫌をアピールする。
鞠絵「でも、武闘会も憧れますよね」
鈴凛「だったら、何か武術でも学べばいいじゃない」
鞠絵「え、あ、わ、わたくしは全然ダメですよ」
鈴凛「・・・何で?」
鞠絵「素手で戦うのって向いてないんです・・・」
恥ずかしそうに自分の掌をじっと見る。
鈴凛「確かに、普段から凶器持参だからね」
鞠絵「どうして人が気にしていることはっきり言うんですか!」
鈴凛「え? 気にしてたの!?」
・・・そんなバカな。
鞠絵「・・・そんなこと言う人、刀の錆にします・・・って、鈴凛ちゃん笑わないでくださいっ!」
鈴凛「いや、ゴメン。 鞠絵ちゃんも、普通の人間らしい感情があるんだなぁと思って」
鞠絵「当たり前ですっ」
当たり前と言えるような立場ですか、あなたは?
鞠絵「こう見えても、わたくしだって目指しているものがあるんですから・・・」
ころころと表情が変わって、本気で恥ずかしがっているようだった。
・・・一体何に恥ずかしがっているかは謎だけど・・・。
鞠絵「それに、武器持参だって立派に武士(もののふ)になれます」
鈴凛「武士(もののふ)って・・・もしかして、女侍でも目指していたの?」
鞠絵「鈴凛ちゃん、斬りますよっ」
・・・アタシは一体何に対して怒らせてしまったんだ?
鈴凛「それはそうと、お昼食べないの?」
鞠絵「一言で話を逸らさないでください」
鈴凛「カエルの丸焼き買ってきたんだけど」
鞠絵「今すぐ食べましょう」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
鞠絵「そう言えば、今日はわたくしの書いた小説を持ってきました」
鈴凛「小説・・・って、昨日言ってたやつ?」
鞠絵「ええ、そうですよ」
鈴凛「確か、純愛学園モノだったよね?」
鞠絵「恥ずかしいですけど、約束ですから」
そのままカエルの丸焼きを口に含む。
鞠絵「やっぱり、おいしいです」
やっぱり、気持ち悪いです。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
刺さっていたものがなくなった串をとりあえず雪の上に刺して立ち上がる。
パタパタとスカートについた雪を払い落とす鞠絵ちゃん。
鞠絵「・・・本当に読むんですか?」
鈴凛「モチロン」
鞠絵「月の『うさぎの餅つき』を信じる地球人の心が、月で結集して餅つきのうすを実体化させてしまった、うす怪獣のことですか?」
鈴凛「マニアック過ぎ!」
テレスドンの時といい、この子は怪獣にでも詳しいのか?
鞠絵「分かりました・・・」
鞠絵ちゃんがそこら辺で売ってそうな普通のノートを取り出して、恥ずかしそうにアタシに手渡す。
アタシは、そのままノートの表紙をめくった。
鈴凛「・・・・・・」
『第1話 悪を断つ剣なり』と、サブタイトルらしい文字が、でかでかと書かれていた・・・。
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・これは・・・分かった・・・弟の書いたスーパー○ボットモノと間違えて持って来たのね」
鞠絵「いえ、一番最近に書いた純愛学園モノです・・・。 それとわたくしの姉妹は姉上様だけです・・・」
鈴凛「・・・・・・」
とりあえず数ページ読んでみる。
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・どうですか?」
鈴凛「ナメとんのか?」
スーパー○ボットが出てきてる。
いや、それ以前にまず学園ですらない・・・。
なんだこのアース○レイドルって?
鈴凛「・・・さて、そろそろ教室に戻ろ」
鞠絵ちゃんにノートを渡す。
鞠絵「あ、感想を言ってください」
『ナメとんのか?』は感想じゃないのか?
鈴凛「・・・その前にひとつだけ聞きたいんだけど」
鞠絵「・・・はい?」
鈴凛「純愛学園モノって、ロボットに乗って敵を斬る話だっけ?」
鞠絵「“斬る”ではないです、“断つ”です」
ンなこたぁどーでもいい。
鞠絵「鈴凛ちゃん、恋愛面は後々出て来るものなんですよ」
鈴凛「“純愛”でなく“学園”の説明を要求します」
鞠絵「だから言ったじゃないですか。 あまり学園モノになっていない・・・って」
“あまり”の次元は遥かに越えている。
どういう話かというと、まず主人公の女の子(あだ名は『マリー』らしい)が、
肩に装着されたドリルを腕にはめ、そのままロケットパンチをする攻撃や、
特殊な液体金属を使用した、使用目的に応じて刀身を変化させることが可能な剣を主要武器にした、
なんだかどこかで見たことあるようなロボットに乗って、異星人やら地底人やらと戦うと言う話になっていた。
いや、一応主人公は学生らしいけど・・・。
鈴凛「学園モノになっていない・・・って言うか学園モノにする気すらないでしょ」
鞠絵「ひどいです、鈴凛ちゃんっ」
そうか?
鈴凛「いや、アタシは一般論を話しただけだけど・・・」
鞠絵「もっとひどいです・・・」
自覚あり、なのか?
鈴凛「それ以前にパクるのはどうかと思うよ」
鞠絵「えっ、バレちゃってました?」
明らかに参考にするものの選定を間違えてるけど。
鞠絵「・・・はぁ・・・やっぱり、わたくしは小説を書くなんて向いてないんですね」
鈴凛「まぁ、誰かに見せるつもりじゃないんだし・・・自分が楽しめればいいんじゃない。
こんなどう考えても純愛でも学園でもないからただの自己満足で終わるけど」
鞠絵「・・・鈴凛ちゃん、それって励ましてるんですか? それとも、とどめですか?」
鈴凛「一応トド・・・励ましてるつもりよ」
鞠絵「・・・“トド”って何ですか?」
鈴凛「空耳じゃないの」
鞠絵「・・・・・・」
しばらくの間、微妙に納得の行かない顔をしてた。
鞠絵「・・・うふふ、それもそうですね」
そして、くすっと笑って表情が綻ぶ。
鞠絵「趣味ですから、パクっても気にしません」
鈴凛「いや、せめて今後の参考程度に留めようよ」
鞠絵「・・・そう・・・ですね」
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・
鞠絵「あ・・・昼休み、終わってしまいましたね」
名残惜しそうに微笑む。
鈴凛「・・・鞠絵ちゃん」
鞠絵「・・・はい?」
鈴凛「今日、もう一度会える?」
鞠絵「鈴凛ちゃんが誘ってくれるなんて珍しいですね」
それは自分でも思う。
鈴凛「それで、どう?」
鞠絵「そうですね・・・」
頭のてっぺんに指を当てる微妙に間違った仕草で、うーん・・・思案する。
鞠絵「えっと、大丈夫だと思います」
鈴凛「だったら、放課後に・・・・・・場所は?」
鞠絵「アース○レイドルでどうですか?」
鈴凛「ンなモンはドコにもねェっ!!」
鞠絵「きゃぁっ、鈴凛ちゃんが本気で怒りました」
鈴凛「・・・この前の(人気のない)公園じゃダメ?」
目的を考えると、あの公園が一番いいような気がした。
鞠絵「分かりました。 それでは、4時に例のカエル広場で待っています」
鈴凛「やめてアレ思い出すからっ!」
鞠絵「・・・分かりました。 じゃあ噴水でいいです」
鈴凛「じゃあそこで」
鞠絵「楽しみです」
鈴凛「じゃあ、またね鞠絵ちゃん」
鞠絵「はい。 またです」
鞠絵ちゃんと別れて、駆け足で教室に戻った。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・
チャイムが鳴って、アタシはそそくさと帰り支度を始める。
亞里亞「鈴凛ちゃん、放課後なの・・・って、うわ。 もう帰る体勢になってやがる!」
鈴凛「じゃあね、裏亞里亞ちゃん」
亞里亞「・・・う、裏?」
戸惑う亞里亞ちゃんを残してアタシは真っ先に教室をあとにする。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
鞠絵「・・・あ、鈴凛ちゃん」
噴水の前で、ぽつんと鞠絵ちゃんが立っていた。
鈴凛「ここって、本当に人気がないのね・・・」
鞠絵「忌み嫌われてますから」
何か遭ったのか、ここで?
鞠絵「今日も日本晴れです」
とたとたとアタシのところに駆け寄る鞠絵ちゃんが、大きく伸びをする。
風は穏やかで、そして陽の光は確かに暖かかった。
鞠絵「やっぱり、わたくしの日頃の行いですよね」
鈴凛「それはない」
水の流れる音。
降り積もった雪が、微かな風にさらされて、白く舞っている。
突きつけられた刃は、アタシの喉もとの薄皮一枚を、破るか破らないかの微妙なところで止められていた。
鈴凛「と、とりあえず座ろ、鞠絵ちゃん」
動揺する心を抑えながら、現状を改善しようと、
媚びを売るように噴水の縁に残った雪を払いのけて、そして、先に鞠絵ちゃんを促す。
鞠絵「ありがとうございます、鈴凛ちゃん」
鞠絵ちゃんは笑顔でサバイバルナイフをしまい、そしてゆっくりと腰を下ろす。
鞠絵「本当に・・・いいお天気・・・」
鈴凛「そうだね・・・」
本心からそう思う。
間近で聞こえるくらい激しく波打つアタシの心臓の音・・・。
鞠絵「鈴凛ちゃんも、座ってください」
鈴凛「そうだね・・・」
頷き、鞠絵ちゃんのすぐ横に腰掛けた。
今も鼓動する心臓は、確かな生の実感を味あわせた。
鞠絵「・・・今、ちょっと思ったんですけど」
噴水の縁に、ちょこんと腰掛けた鞠絵ちゃんが、ふと思い出したように顔をあげる。
鞠絵「今のわたくし達って、百合小説でよくありそうなシュチエーションだと思いませんか?」
鈴凛「シ“チュ”エーションね。 あと、百合って花の?」
鞠絵「いいえ、女の子同士の恋愛のジャンルのことを百合と言うんです。 ちなみに男同士は薔薇」
鈴凛「鞠絵ちゃんって、同性愛モノよく読むの?」(←今までが異常過ぎて脳がやや麻痺してるため普通のことに感じている)
鞠絵「わたくし、こう見えてもそう言うジャンルが好きなんです」
鈴凛「スパ○ボ系は?」
鞠絵「それも好きです、特に親分さんが」
鈴凛「それはちょっと意外かも」
鞠絵「そうですか?」
鈴凛「何となく、ね」
だからさっきのパクり小説にも、ゼ○ガー少佐の真似した女の子がロボットに乗って大剣振り回してた訳か。
鞠絵「家にいると、本を読むかゲームするくらいしか、やることがないんです」
鈴凛「ところで、百合小説だとこれはどういうシーンなの?」
鞠絵「・・・そうですね。 ありきたりですけど、キスシーンです」
鈴凛「普通に男女のと変わんないんだね」
鞠絵「そうですね、所詮女同士の絡みを目的としていますから。 だから、単純なモノでも萌えるんです」
“萌え”って・・・(汗)
鞠絵「でも、わたくしはそう言うありきたりは嫌いではありません。
だって・・・現実じゃ在り得ないんですから、そう言うほのぼのとした展開でもいいじゃないですか」
アタシは鞠絵ちゃんの大量の凶器持参の方が在り得ないと思う。
鞠絵「現実では不幸になるのが普通・・・。
実現不能なことだから・・・だから、紙の中に作った世界では自由にイチャつかせて・・・
それがバレても、平気にしたいんだと、わたくしは思っていますから」
どこか寂しそうに笑いながら、小首を傾げる。
鞠絵「ちょっと、かっこいいですよね・・・禁断の関係を貫くって」
鈴凛「鞠絵ちゃん・・・」
鞠絵「はい?」
鈴凛「アタシ、小説はあんまり読まないけど・・・でも、今ここで、そんなありきたりな展開を見てみたい」
鞠絵「・・・え?」
アタシの言葉に、驚いたような、戸惑うような声をあげる。
口にしたアタシ自身・・・驚いていた。
鞠絵「・・・どうして、ですか・・・?」
鈴凛「鞠絵ちゃんのこと、好きだから」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「アタシ、ずっと一緒にいたいと思ってる」
・・・どんなにやってることは滅茶苦茶でも・・・。
鈴凛「これから、何日経っても、何ヶ月経っても、何年経っても・・・」
・・・それが命懸けの茨の道でも・・・。
鈴凛「鞠絵ちゃんのすぐ側で立っている人が、アタシであって欲しいって思う」
・・・大丈夫か、アタシの脳は?
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「本当に、百合小説みたいですね・・・」
鈴凛「そうね・・・」
鞠絵「・・・鈴凛ちゃん」
鞠絵「わたくし、ダメです」
小さく、それでもはっきりと言葉と続ける。
鞠絵「鈴凛ちゃんの気持ちに、応えることはできません・・・」
そこにあったのは、確かな拒絶の意志だった。
鈴凛「・・・そうだよね」
鞠絵「・・・わたくし・・・今日は帰ります」
立ち上がって、落としたサバイバルナイフも拾わずに、頭を下げる。
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・鈴凛ちゃん」
背中を向けたままで・・・。
鞠絵「・・・申し訳ありません」
そして、走り出す。
鈴凛「・・・ゴメン、鞠絵ちゃん」
鞠絵「・・・謝らないでください。 悪いのは、全部わたくしなんですから・・・」
鈴凛「・・・・・・」
お互い言葉が続かなかった・・・。
やがて、鞠絵ちゃんの背中が見えなくなる・・・。
鈴凛「アタシ・・・何考えてるんだろ・・・」
相手は女の子なのに・・・。
鈴凛「雰囲気にでも流されたの・・・?」
誰もいない公園でひとり、答えの返ってこない問い掛けをした。
鈴凛「・・・アタシも、帰ろ」
静かな公園に、水面を叩く噴水の音だけが響いていた・・・。
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