今日は4時間で終わり。
 おそらく、この教室の中で授業に集中している生徒は数えるほどだろう。
 大半の生徒が午後からの事に思いを馳せている中、先生の声だけが淡々と響いていた。

鈴凛(・・・1時に駅前)

 ちなみに、アタシもその大半の中のひとりだった。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「あっ」

 駅前のベンチに座っていたストールを羽織ったメガネの女の子がアタシの姿を見つけて元気よく手を振る。

鞠絵「こにゃにゃちわ、鈴凛ちゃん」
鈴凛「天才一家!?」

 ベンチの方に歩いてツッコムと、鞠絵ちゃんも駆け寄ってくる。

鞠絵「いいお天気になって良かったですね」

 眩しそうに青い天井を仰ぐ。

鞠絵「きっと、わたくしの日頃の行いのせいですね」
鈴凛「だからこんなに寒いんだ」
鞠絵「あ、鈴凛ちゃんがひどいこと言っています」
鈴凛「わーーっ!! 鞠絵ちゃんが酷いもの出してますーーっ!!

 メガネの少女が、ドスを突きつけて非難の声を上げる。

鈴凛「それにしても、何時から待ってたの? まだ約束の時間まで30分以上もあるでしょ?」
鞠絵「今来たところですよ」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・どうかしたんですか?」
鈴凛「・・・いや、いいボケどころだったのに・・・何も来ないから・・・」
鞠絵「・・・・・・迂闊でした・・・

 本当に悔しそうな顔をする。

鞠絵「・・・そろそろ行きましょうか?」
鈴凛「そうね、ここで向かい合っていても仕方ないし」
鞠絵「寒いですし、ね」
鈴凛「それで、どこ行く?」
鞠絵「確か約束しましたよね? 次はわたくしが知っている場所に案内しますって」
鈴凛「もう切り札使うの?」
鞠絵「出し惜しみし過ぎて結局出さないまま終わるのは愚者のすることですから」

 ・・・『裏鞠絵』?
 裏の存在は亞里亞ちゃんだけで手一杯だって言うのに・・・。

鞠絵「と言うわけなので、わたくしが案内します」

 ストールの裾を合わせて、ゆっくりと歩き出す。

鈴凛「この次元なの?」

 この子は本当に滅茶苦茶な女の子だから注意しないと違う世界に連れて行かれる・・・。

鞠絵「そうですよ。 4〜5分くらいはかかりますけど」

 振り返って答える。

鞠絵「わたくしたち、いつも同じ場所で会っていましたから、たまには散歩もいいです」
鈴凛「確かにそうね」

 アタシも鞠絵ちゃんの後ろに続いて歩く。
 平日の駅前は、まだまだ人通りもまばらだった。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


 鞠絵ちゃんと並んで雪の道を歩いていると、どこか覚えのある場所に出た。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん、この場所を覚えていますか?」
鈴凛「確か咲耶ちゃんの食い逃げにまんまと共犯にされて引きずりまわされた挙句辿り着いたところ」
鞠絵「そうなんですか?」

 笑いをこらえるような表情で問い返す。
 アタシには死活問題だったんだぞ!

鈴凛「で、鞠絵ちゃんと出会ったのよね?」
鞠絵「はい」

 穏やかに頷く。

鞠絵「鈴凛ちゃん、その時のこと覚えていますか?」
鈴凛「ある程度なら覚えてるよ」

 咲耶ちゃんに引きずられてきたこの場所・・・。

 1000万パワーを遥かに超えるような猛突進を、命からがら回避した直後、
 小さな悲鳴が聞こえて、そして雪の上に座り込む少女と出会った・・・。
 紙袋の(怪しい)中身を広げて、雪と同じくらい白い肌のその少女は、戸惑ったようにアタシ達を見ていた・・・。

鞠絵「・・・運命」

 鞠絵ちゃんがポツリと呟く。

鞠絵「確か、咲耶さんがそう言っていましたよね」
鈴凛「そうだったっけ? そこまでは覚えていないけど」
鞠絵「わたくしは全部覚えていますよ。 その日のこと、全部。
   わたくしにとって、本当に大切な思い出ですから」
鈴凛「思い出って言うほど昔のことでもないでしょ?」
鞠絵「鈴凛ちゃん・・・おもひでに時間は関係ないです」
鈴凛「何故急に旧仮名遣いに?」
鞠絵「その人にとって、その一瞬がどれだけ大切だったか・・・どれだけ意味のあることだったか・・・。
   それだけだと思います」
鈴凛「・・・そんなに貴重な時間だった?」

 思い返しても、いつものように咲耶ちゃんの横暴に振り回されていたという記憶しかない。

鞠絵「だって、あの時の鈴凛ちゃんと咲耶さんの漫才、面白かったですから」
鈴凛「漫才じゃない・・・」
鞠絵「わたくし、あのあと家に帰ってずっと笑っていました」
鈴凛「咲耶ちゃんはともかく、アタシは普通よ」
鞠絵「ソウデスネ」

 楽しそうに棒読みで頷いて、そして再び歩き出す。

鞠絵「行きましょう、鈴凛ちゃん。 目的の場所はまだ遥か彼方ですから」
鈴凛「4〜5分じゃなかったのっ!?」

 それから10分ほど歩くと、林道が大きく開けた場所に出た。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「ここでやんす」

 くるりと振り返って、満面の笑顔で大きく手を広げる。

鈴凛「・・・最近なりふり構わなくなってきたよね・・・」

 その後ろで、さらさらと水の流れる音が規則的に聞こえていた。

鈴凛「・・・こんな場所あったんだ」

 そこは、雪を実らせた木々に囲まれた、大きな公園だった。

鞠絵「わたくしの切り札です。 しかも、誰もいないです」

 確かに、アタシたち以外は全く人の姿がなかった。

鈴凛「よく考えると、平日だもんね」
鞠絵「人気ないんです

 ・・・ミもフタもない答えが返ってきた。

鞠絵「良かったですね。 貸し切りですよ」
鈴凛「野球だってできるね」
鞠絵「バーチャル海ごっこだってできますね」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「バーチャル海ごっこ」
鈴凛「何もこんな所に来てまでバーチャル海ごっこしなくても・・・」
鞠絵「ダメですか?」
鈴凛「ううん、全然ダメじゃないよ」

 半分は開き直っていた。
 もう半分は鞠絵ちゃんが(亜空間)ポケットに手を入れたから。
 今度は一体何が飛び出すんだったんだか・・・。

鈴凛「今日は両腕がちぎれ飛ぶまでバーチャル海ごっこよ」
鞠絵「ええ、嬉しいです」

 文字通り手放しで喜んでいる鞠絵ちゃんを見て、ため息をつく―――


    ばっさーーーん


鈴凛「・・・・・・」

 ―――間も与えられずに雪をぶっかけられる。

鈴凛「やったなぁ」

 でも、せっせと雪をかき集めている鞠絵ちゃんの嬉しそうな表情。

鞠絵「きゃ・・・、わたくしは病人ですよ」
鈴凛「え? あ、そう言えば・・・」

 そんな少女を見ていると、バーチャル海ごっこもいいかなと思う。


    ばっさーーーん


鈴凛「・・・卑劣」
鞠絵「うふふっ・・・v 戦争に卑怯もクソもないです」


 結局、腕はちぎれなかったけど、アタシが一方的にやられる結果のみでバーチャル海ごっこを楽しんだ(?)。


鞠絵「・・・さすがにちょっと疲れましたね」

 噴水の縁にもたれかかるように座って、雪のついたメガネを拭く。

鈴凛「しかし、平日の真っ昼間に誰もいない公園で
   (低体温症で)倒れるまでバーチャル海ごっこしてるアタシたちって、いったい何なんだろうね・・・」
鞠絵「そんなの決まっています・・・」

 鞠絵ちゃんがアタシの方を向きながら、当然と言うように答える。

鞠絵「デートですよ」
鈴凛「なるほど・・・そうかもしれないね・・・」

 同じように噴水に座って、鞠絵ちゃんの方を向く。
 女同士、と言うことは不思議と頭から抜けていた。

鞠絵「風邪が気持ちいいです・・・」
鈴凛「1文字多いよ・・・」

 雪をかけられまくった体に、冬の冷え切った風が駄目押しをかけた。
 仰向けに倒れるように空を見上げると、真っ白な雲の隙間から太陽が見え隠れしていた。

 今、何時くらいだろ・・・。

 アタシは時計を持ち歩かない設定だし、それは鞠絵ちゃんも同じだった。

鈴凛「そういえば、お腹減ったね」

 正確な時間は分からないけど、1時に待ち合わせだったからお腹が空いて当然だ。
 しかし、この辺りにお店があると思えない。

鞠絵「そうですね・・・。 もうすぐ3時ですから」
鈴凛「なに、時計持ってたの?」

 余計なものはたくさん持っているくせに。

鞠絵「持っていませんよ。 わたくし、時計って苦手なんです」
鈴凛「アタシも腕時計はしないけど、別に苦手じゃないし・・・」

 アタシの場合めんどくさいだけ。

鞠絵「時計なら底にあります」

 噴水の中を覗く。

鞠絵「ツッコンでください!」

 今のはボケだったらしく、ツッコマなかったため怒られた。

 鞠絵ちゃんの視線の先・・・。
 公園の中程に、大きな街頭時計が立っていた。

鞠絵「2時50分・・・」
鈴凛「思ったより時間が過ぎていたんだね・・・。 道理でお腹が空くわけよ」
鞠絵「そうですね・・・。 そろそろお昼にしましょうか?」
鈴凛「もしかして、何か食べ物持ってきたの?」
鞠絵「食べ物ですか・・・? ・・・業物ならたくさんありますけど」

 言いながら、スカートのポケットから刀を取り出す。
 ・・・ホント何でもアリだなこのポケット。

鈴凛「・・・いっぱいあり過ぎ」
鞠絵「・・・えっと、これで全部ですね」

 あっという間に、噴水の縁が露天の武器屋になっていた。

鞠絵「・・・食べます?」
鈴凛「モノを見て言え・・・」
鞠絵「そうですよね」
鈴凛「ところで、全部でいくらするの・・・?」

 ちなみに刀は結構な高級品だ。

鞠絵「名刀以外にも駄作、妖刀、他色々入ってますけど・・・あげませんよ」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「やっぱり、そう考えてましたね」

 口元にちょこんと指を当てる。

鞠絵「それはいいですけど、お昼ごはんは困りましたね」
鈴凛「全然よかないけど、確かにね」

 少し時間はかかるけど、商店街に出るしかないかもしれない。

鞠絵「えっと・・・たまにですけど、カエルが間違って冬眠から起きていますよ」
鈴凛「この時期に?」
鞠絵「ですから、たまに・・・です」
鈴凛「・・・って言うかそれと昼食とどう関係が・・・?」

 ・・・嫌な予感がした。

鞠絵「一応、行ってみますか?」

 アタシを無視し、自信なさげに立ち上がって、そして公園の奥の方をみる。

 ・・・絶対アタシの予感通りだ・・・。

鞠絵「日頃の行いが良ければ、カエル起きているかもしれませんよ」
鈴凛「それは普通の人にとっては日頃の行いが悪ければじゃないの?」

 にこやかに歩き出す鞠絵ちゃんと一緒に、昨日まで知らなかった公園を奥まで歩く。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鞠絵「ほら」

 嬉しそうに振り返った少女のその先に、寝ぼけたカエルのカラフルな皮膚が蠢いていた。

鈴凛「・・・現地調達?」
鞠絵「はいv

 白い肌の少女の一言で悪夢は現実のものと化した。

 結局、真冬の公園でカエル狩りをする鞠絵ちゃんの姿を、目を覆う指の隙間から見ながら、
 この後アタシの身に起こるだろうことに対して覚悟を決めることとなった。
 ・・・何となく予測していた事態ではあったけど。

鞠絵「うふふっ・・・美味しそうですv」
鈴凛「・・・そう・・・だね

 誰も居ない場所で、真冬にカエルの狩りをする少女のおぞましい姿に青ざめる。
 何気ないやり取り(?)のひとつひとつが、鞠絵ちゃんの言ったこととは正反対の意味で思い出に還っていく・・・。

鞠絵「鈴凛ちゃん、そっちに鈴凛ちゃんの分が行きましたよ」
鈴凛「・・・イラナイから・・・アタシの分はイラナイから・・・
鞠絵「一番肉付きの良さそうなのですよ」
鈴凛「アタシにはできない・・・目の前で息絶える瞬間を目撃したものを食すなんてできない・・・
鞠絵「大丈夫ですよ、食べる分しか獲らないのが自然のルールですから」

 こんな時間なら早く過ぎ去ってしまえばいいのに、と純粋にそう思えた。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「そう言えば、鞠絵ちゃんって趣味とかないの?」
鞠絵「趣味・・・ですか?」

 公園で悲惨な昼食を食べ終えた後、アタシたちは商店街に向かって歩いていた。
 時間はまだ3時過ぎ。
 解散するには早すぎたし、アタシたちもまだ遊び足りなかった。

鈴凛「刃物コレクションとカエルを食べる事以外に」
鞠絵「両方趣味じゃないです」

 後者はともかく前者は趣味じゃなかったら何なんだ?

鞠絵「・・・趣味ですか・・・そうですね・・・」

 暫く歩いて、ふと立ち止まる。

鞠絵「わたくし、小説を書くことが好きです」

 言ってから、気恥ずかしそうに目を細めて照れたような笑顔を覗かせた。

鞠絵「最近は書かなくなりましたけど、昔は原稿用紙を持ってよく小説のネタを探しに行っていました。
   今日の公園も、その時に偶然見つけたんです」
鈴凛「小説って、陵辱モノとか?」
鞠絵「純愛学園モノです。 それに・・・続編もよく書いていました」
鈴凛「結構本格的なのね」
鞠絵「まだまだ下手ですけど・・・でも、お話を書いていると楽しいんです。
   何もなかった所から文字と言うものを媒介に新しい世界が生まれる。
   そして、最後にはひとつの物語りがその中にできあがるんです」

 いつの間にか、アタシたちは再び歩き出していた。
 編み目に張った枝の隙間から青い空が覗き、光に透けた雪がきらきらと光る。
 雪の町でしか見ることの出来ない、どこか神秘的な情景の中を歩く。

 この風景も、鞠絵ちゃんは物語に描いたんだろうか・・・。

鞠絵「でも、わたくし下手ですから、あんまり学園モノになっていないんです・・・」
鈴凛「今度読んでみたい。 鞠絵ちゃんの書いた小説」
鞠絵「断ります。 恥ずかしいですから・・・」

 顔を赤くして足元を見る。

鈴凛「どうしても読みたい」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「大丈夫だって、アタシ小説なんてほとんど読まないから、良い悪いなんて評価できないって」
鞠絵「・・・どうしてもですか?」

 視線をあげて、アタシの顔を覗き込む。

鈴凛「全部じゃなくていいから」
鞠絵「分かりました・・・。 今度持ってきます。 
   でも・・・絶対に笑わないでくださいね」
鈴凛「大丈夫だって。 笑ったりしないから」
鞠絵「はい。 約束ですよ」

 やがて、雪の林道に出口が見えてきた。

鞠絵「破ったら落とし前つけてもらいます」

 そのすぐ先は、もう商店街だった。(ドスを取り出した隣の少女は無視)



 特に目的地があるわけじゃないけど、鞠絵ちゃんとふたりで商店街を出て何気なく町中を歩く。

鞠絵「ただ歩くだけでも楽しいです」

 そう言って微笑んだ鞠絵ちゃんの言葉に心から頷く。



 やがて、その視界の先に休日の校舎があった。



鈴凛「さすがに静かね・・・」

 午前中で生徒は帰らされたので、校舎の中は無人のはず。

鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「どうする鞠絵ちゃん? まだ時間あるけど・・・」
鞠絵「・・・そうダスね」
鈴凛「もう少し考えてモノを言った方がいいよ」

 何が見えるのか、校舎の方をじっと眺めているようだった。

鈴凛「どっか、行きたい場所とかあるの?」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「アタシの知ってる場所でいいなら、今から連れていってあげるよ」
鞠絵「・・・行きたい場所」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・・・・学校」
鈴凛「こんな時までボケないで、ややこしいから」
鞠絵「・・・学校に、行きたいです」

 とつとつと言葉を呟く。

鈴凛「・・・ひょっとして、素?」
鞠絵「・・・・・・」

 校舎から視線を逸らすこともなく、どこか泣きそうな表情だった・・・。

鞠絵「・・・・・・」

 時折、ボケの合間に鞠絵ちゃんが見せる表情・・・。
 そして、そんな表情を覗かせたときの、鞠絵ちゃんの次の台詞はいつも一緒だった。

鞠絵「・・・冗談です」
鈴凛「・・・・・・」

 見せたくない表情をボケで覆い隠すように・・・。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃん?」
鈴凛「乗り込むよ、今から」
鞠絵「・・・え?」

 鞠絵ちゃんの小さな手を引っ張って、いつも通ってるはずの校門を越える。

鞠絵「わっ。 だ、ダメですよ」
鈴凛「どうせ誰も居ないから大丈夫」
鞠絵「でも、もし見つかったら怒られます」
鈴凛「その時は“ゲート”使って逃げる」
鞠絵「溶けますよ
鈴凛「溶け・・・どう言うトコなのさっ!?
鞠絵「それに開くための短刀も置いて来てますし・・・」
鈴凛「じゃあアタシがおんぶして走る」
鞠絵「・・・ホントデスか?」
鈴凛「キャラ違う」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「ちょっと校舎の中を歩くくらい問題ないって」
鞠絵「・・・そうですね。 了解しました長官」
鈴凛「じゃ、日が暮れる前にミッションスタートよ」
鞠絵「イエッサーっ」

 複雑な表情で校舎を見つめる鞠絵ちゃんを促して、
 懐かしい返事のあと、開いた昇降口から中に忍び込む。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「ホント、誰もいないね・・・」
鞠絵「そうですね・・・」

 こつこつとオルハルコニウムの床を叩く音だけが長い廊下に響いていた。
 生徒はもちろん、先生の姿さえ校舎の中にはなかった。

 ふたり分の足音を残しながら、廊下をただ歩く。

 やがて、鞠絵ちゃんがひとつの教室の前で足を止めた。

鈴凛「ここって・・・1年生の教室・・・」
鞠絵「・・・・・・」

 開いたドアから教室の中をじっと見ていた鞠絵ちゃんが、こくんと頷く。
 そして、誘われるように教室の中へと入っていく。

 ゆっくりと、本当にゆっくりと・・・。

 まるでそこが思い出の場所でもあるかのように、鞠絵ちゃんが教室を歩く。

鞠絵「・・・・・・」

 教室の中程で足を止める。

鞠絵「ここがわたくしの席・・・」

 しかし、その机からは乱雑に爪痕や血痕が残されており、とても人間の机のには見えなかった。

鞠絵「今は、違いますけどね」

 教室に入ってから、初めて鞠絵ちゃんがアタシの方を向く。

鞠絵「1学期の始業式の日、ひとつ前の席の女の子に、思い切って話しかけたんです。
   わたくしも一人だから、これから友達になろうって・・・そう・・・言ったのに。 その子・・・喜んでくれたのに・・・」
鈴凛「鞠絵ちゃんのこと、ずっと気にかけてくれたみたいよ、その子」
鞠絵「・・・え?」
鈴凛「偶然会ったの、そのピアノ女と」
鞠絵「ピアノ女?」

 アタシの言葉に疑問を感じつつも、すぐに視線を外して、また教室の中を歩き始める。

鞠絵「・・・鈴凛ちゃんの席はどこですか?」
鈴凛「アタシの座ってる場所?」
鞠絵「はい」
鈴凛「アタシは・・・」

 コツコツと床を鳴らしながら、窓際の後ろの席まで歩く。

鈴凛「ここ」

 一番窓側の、後ろから2番目の席。
 2階と3階の違いはあるけど、同じ場所。

鞠絵「・・・・・・」

 椅子を引いて、その席に座る。
 そして、四角い窓から、外の風景を眺める。

鞠絵「これが、鈴凛ちゃんの見ていた風景なんですね・・・」
鈴凛「ここは3階だから、ちょっと見えるものは違うけどね」
鞠絵「大丈夫ですよ・・・。 この空は、鈴凛ちゃんと同じですから」

 差し込む光に目を細めながら、どこまでも広がる空の風景を仰ぐ。

 絶えず姿を変えながら、どこまでも流れていく雲のかけらを、
 雪のように白い肌の少女がただじっと眺めていた。

鞠絵「今日はいいお天気ですよね」

 ガラス越しに降り注ぐ、眩しいくらいの日差し。

鞠絵「明日もあさっても、ずっと日本晴れだったらいいですね」
鈴凛「干ばつが起きる」
鞠絵「だったら、今月中だけでもいいですよ」
鈴凛「そうね、それくらいならいいかもね」
鞠絵「はい」

 じっと窓の外を見つめたまま、時間と雲が流れていく。

鞠絵「鈴凛ちゃん」

 やがて、ぽつりと呟く。

鞠絵「分からない答えを探すために来ている」

 それは、今まで何度も鞠絵ちゃんがパクってた言葉。
 どうして、毎日アタシに会いに来るのか、尋ねたときの答えだった。

鈴凛「それで、見つかったの」
鞠絵「まだですね・・・きっと・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「わたくし、姉上様と違って、狡猾じゃないですから」
鈴凛「ひとつ聞いていい?」
鞠絵「・・・はい」
鈴凛「・・・1日しか学校に来なかったって、どういう意味?」
鞠絵「言葉通り、ですよ」
鈴凛「随分と体を張った冗談ね・・・」
鞠絵「冗談じゃ、ありませんよ」

 視線は窓の外を見たまま、

鞠絵「新しい学校で、新しい生活が始まる、その日に・・・わたくしは倒れたんです」

 まるで空のその先にある風景を見ているように思えた。

鞠絵「それっきりです」


  窓に映る鞠絵ちゃんの表情は、


鞠絵「本当は、その日もお医者さんに止められていたんです。
   でも、どうしても叶えたかった夢があったんです。
   姉上様と同じ学校に通うこと・・・姉上様と同じ制服を着て、そして一緒に学校に行くこと・・・」


  ただ穏やかだった。


鞠絵「カエルの丸焼きを一緒に食べて、学校帰りには大地を腐らせ、商店街に刃物をばら撒く・・・」

 オイ

鞠絵「生まれつき体が弱くて、ほとんど療養所にこもっていた、わたくしのたった一つの夢」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「そのことを言ったら、姉上様、腹を抱えて笑っていました」
鈴凛「笑い過ぎ」
鞠絵「それだけじゃ済ませないって・・・」
鈴凛「この地球(ほし)を壊すつもりっ!?」
鞠絵「でも、そんな些細な夢さえ、」
鈴凛「他の人にしてみたら些細じゃ済まない!」
鞠絵「わたくしは叶えることができなかったんです」



  窓に映る少女は、それでもボケて、



  どこか開き直りに似た、そんな表情だった・・・。


更新履歴
H15・10/31:完成


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