キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・


亞里亞「鈴凛ちゃん・・・お昼休みなの」

 いつものように亞里亞ちゃんが嬉しそうに駆け寄ってくる。

亞里亞「・・・なのに千影ちゃんいないの・・・くすん」
鈴凛「そこに居るんじゃ・・・あれ?」
亞里亞「居ないの・・・くすん」
鈴凛「ひとりで異世界に旅立ったんじゃないの?」
亞里亞「でも、それなら一言声をかけてくれるの・・・」
鈴凛「・・・・・・」
亞里亞「・・・・・・」
鈴凛「・・・ツッコミは?」
亞里亞「なににツッコムの?」
鈴凛「・・・・・・」

 って事はつまり、それは普通の事なのか?
 ・・・若干在りうるから否定しきれない・・・。

亞里亞「・・・鈴凛ちゃん」

 亞里亞ちゃんが声を落として、囁くようにアタシの名前を呼ぶ。

鈴凛「なに?」
亞里亞「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
亞里亞「・・・・・・すぴ〜・・・」
鈴凛「・・・・・・」

 ・・・寝てる。

鈴凛「せめて最後まで言ってから寝てよ」

 そう言う問題じゃない。

亞里亞「・・・鈴凛ちゃんはお昼・・・またお外?」

 あ、起きてた。

鈴凛「そうね・・・」

 いつの間にか、真冬に外で食事を取ると言う、この不思議な習慣がすっかり板についていた。

鈴凛「亞里亞ちゃんはどうするの?」
亞里亞「・・・・・・すぴ〜」
鈴凛「・・・・・・」

 ・・・ひょっとして今のは寝言だったのか?


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「や」
鞠絵「・・・ぜー・・・はー・・・・・・ぜー・・・はー・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「おはよう・・・・ございます・・・鈴凛ちゃん・・・」
鈴凛「おはようございます・・・って時間でもないでしょ」

 冬場は一部例外を除いて誰も近づかない雪の中庭。

鞠絵「実は・・・・・・はぁ・・・・・・さっき・・・起きたところ・・・・なんです・・・・・・はぁ・・・」

 北風の吹き抜ける校舎で、その例外のふたりが雪の上で向かい合っていた。

鞠絵「ちょっとだけ・・・・・・・・走ってきました・・・・・・」
鈴凛「間違いなく“ちょっと”じゃないね。 思いっきり元気じゃない」
鞠絵「契約して“彼ら”を“憑依”してきましたから」

 首を傾げるように笑った少女の表情は、少し憑かれた様子だった・・・って、え!?

鞠絵「ああ・・・代価として魂が吸い取られていきます・・・」
鈴凛「何ィーーーッ!!」
鞠絵「・・・なんて、冗談ですよ」
鈴凛「・・・・・・」

 ・・・本気にしか見えなかった。

鈴凛「何度も言ってるけどあんまり無茶苦茶な事しないで、ツッコミきれないから・・・」
鞠絵「何度もボケてますけど、鈴凛ちゃんは大丈夫です」

 いいえ、いつも冷や冷やしています。

鞠絵「それに、こんなにいい人材なのに埋もれさせて置くのは勿体ないです」
鈴凛「でも、いいツッコミはアタシだけじゃないんだから・・・」

 もっとツッコミの上手い人が居るかもしれない。
 家族だって、友達だって、いいツッコミ役かもしれない。
 それに、風邪が治ればもっと色んなところでツッコミを探せるだろう。

 だからアタシを解放してくれ!

鞠絵「そんなことないですよ。
   もっと良いツッコミはまだまだ居るかもしれませんけど、鈴凛ちゃんのツッコミとは違うんですよ。
   ですから、すごくもったいないと思います」
鈴凛「話が繋がってない」

 最初にあげた文章が、あとの文章とまったくもって繋がりを持っていない。
 間違いなくボケだった。

鈴凛「・・・にしても、寒いね」
鞠絵「首吊って来ます・・・(鬱)」
鈴凛「違う違う! 鞠絵ちゃんのボケじゃなくて気温の事!!」
鞠絵「・・・あ、そっちですか」
鈴凛(でも寒い時もあるけどね・・・)
鞠絵「・・・今、変なこと考えてませんでした?」
鈴凛「別に・・・」
鞠絵「・・・・・・まぁ、いいです。 確かに、寒いですね」

 見た目がどんなに晴天でも、この冬の寒さは隠しようがなかった。

鞠絵「風も強いですし」

 建物の合間を吹き抜ける風が、今日は一段と強かった。

鞠絵「わ・・・飛ばされそうです」

 右手でストールを押さえて、左手でメガネを持っている。

鈴凛「パンツ丸見え・・・」

 どう考えても押さえ方を間違えてる。

鞠絵「鈴凛ちゃんのスケベ! えっち! ヘンタイ!」
鈴凛「この風の中スカートを押さえない鞠絵ちゃんが悪い!」
鞠絵「そんなコト言う人、パンツの無い状態で同じ事させますよっ!」
鈴凛「パンツをどうやって脱がす気か知らないけど、そうなってもあいにくアタシは手で押さえる」
鞠絵「・・・なら両腕を断―――」
鈴凛「ちょっと待てぇーーーっ!!」

 鞠絵ちゃんの(亜空間)ポケットから、いかにも回転しそうなチェーンの付いた刃が顔を覗かせていた。

鈴凛「・・・アタシだって、いつも黙ってる訳じゃないんだよ」

 と言っても、鞠絵ちゃんの発言のようなR指定なものではなく、軽くくすぐる程度に抑えておくけど。
 とても意味が無いどころか間違いなく鞠絵ちゃんが怒ると思うが、この際なので気にしないことにする。

鞠絵「・・・なんでにやにやしながら近づいて来るんですか」

 怯えたように一歩後ずさる。

鈴凛「軽くくすぐるつもりだから」
鞠絵「・・・本気デ壊シマスヨ

 ・・・声が本気だった。

鈴凛「も、もも、もちろん冗談よ」
鞠絵「・・・本当に冗談ですか?」
鈴凛「ほんとほんと!」

 ・・・だからチェーンソーをしまって下さい。

鞠絵「・・・それならいいんですけど」

 チェーンソーをしまって、少しだけ微笑む。

鞠絵「・・・でも」

 風に持って行かれっぱなしのスカートは無視してる。

鞠絵「今日は、ちょっと大変ですね・・・」

 最初は緩やかだった風も、今ではスカートどころか鞠絵ちゃんごと飛ばされそうな勢いで吹き荒れていた。
 って言うか、前に飛ばされそうになったのに何で今日は平気なんだ?

鈴凛「・・・今日は、さすがにここでお昼ってわけにはいかないね」
鞠絵「きゃあ! ポケットから刃物が、刃物が!」

 返事はなかったけど、アタシと同意見みたいだった。

鈴凛「じゃあ、今日はこれで解散ね」
鞠絵「・・・そうですね、仕方ありません」

 残念そうに頷く。
 いいから散らばった刃物を取りに行きなさい、危ないから。

鈴凛「でもさ、まだ風邪治らないの・・・?」
鞠絵「・・・・・・・・・もう少し、ですよ」
鈴凛「もう少しって、どれくらい?」
鞠絵「・・・そうですね。 来月の頭には」
鈴凛「・・・あと2週間もあるじゃないの」
鞠絵「2週間も、じゃないです。 2週間しか、です」
鈴凛「2週間も休むと、もう1回1年生になるわよ」
鞠絵「・・・大丈夫ですよ」

 今も吹き荒ぶ刃のインパクトにかき消されて、聞き逃してしまいがちになるくらいの小声だった。

鞠絵「鈴凛ちゃん、明日の約束覚えてますか?」
鈴凛「明日・・・」
鞠絵「まさか忘れたりしてませんよね」

    チュイイイイィィィィン・・・

鈴凛「・・・もちろん・・・覚えてる」

 だからチェーンソーのスイッチを切ってください。

鞠絵「良かったです」
鈴凛「覚えてるけど・・・でも、ヒント」
鞠絵「・・・何ですか、ヒントって」
鈴凛「作品を作ったり、問題を解決するための手がかり。 参考文献:旺○社 国語辞典 改訂新版 1965年 初版発行」
鞠絵「破壊シマスヨ・・・」
鈴凛「・・・えっと」

 ・・・本気でヤバイかも・・・。

鞠絵「・・・覚えてないのなら、それで構わないです」
鈴凛「・・・え?」

 そう言って頷いた鞠絵ちゃんは、気のせいかもしれないけど、何処か寂しそうに見えた。

鞠絵「変なこと言って、申し訳ありませんでした・・・」
鈴凛「午後から遊びに行くって約束でしょ?」
鞠絵「・・・鈴凛ちゃん」
鈴凛「・・・えっと」
鞠絵「・・・覚えていたんですか・・・?」
鈴凛「もちろん」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「ごめん・・・ちょっと、からかっただけだったんだけど・・・」
鞠絵「鈴凛ちゃん・・・本当に嫌いになりますよ」

 いつものボケは、今の鞠絵ちゃんにはなかった。

鈴凛「ごめん・・・悪気はなかったの・・・」
鞠絵「わたくし、ずっと楽しみにしていたんです・・・明日のこと・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「ひどいです」

 アタシの目を、真正面から見据える。

鈴凛「・・・ごめん」
鞠絵「・・・・・・」

 今まで気づかなかった。
 鞠絵ちゃんがアタシとの約束をどれだけ大切に考えていたか。

鞠絵「・・・でも、いいです。 わたくしも冗談が過ぎる事が多いですから、これでおあいこです」
鈴凛「ごめんね・・・本当に」

 真剣な表情の鞠絵ちゃんを見てると、さすがに軽率だったと思う。

鞠絵「それに鈴凛ちゃん、ちょっと間違っています。
   午後から遊びに行く、じゃないです。 午後からデートする、です」

 そう言って顔を上げた鞠絵ちゃんは、間違いなく笑顔だった。

鞠絵「それでは、今日はこれで帰ります」

 こくんと首を傾げて、軽く目を伏せる。

鈴凛「気をつけて帰ってね」
鞠絵「大丈夫です。 それほど病弱じゃないですから」

 ・・・・・・。
 
 ・・・何故かツッコミたくなった・・・。
 何故?

鞠絵「それと・・・明日、楽しみです」

 もう一度お辞儀をして、そのまま刃物の中を歩いていく。

鈴凛「・・・って片付けて行きなよっ!」

 結局、刃物の後片付けを見ながら、アタシは校舎に戻った。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


 扉をくぐって廊下に戻ってくると、廊下に一人の女生徒が・・・

タイヤキ屋の娘「・・・・・・」

 ぴ、ピアノ女が何故ここにッッ!!?

 その子は何故かアタシの方をじっと見ていた。

 きょ・・・共犯がバレたのか・・・?
 いや、あれはハメられただけだ・・・!

ピアノ女「・・・あの」

 思わず後ずさる。
 不幸にもアタシの後ろは壁だった。

ピアノ女「・・・今、外から出てきましたよね?」

 制服のリボンが緑色なので、多分1年生だろうけど・・・この学校に年齢と学年なんて関係ない。
 どう考えても心当たりは共犯しか見当つかなかった・・・。
 ヤバイヤバイ・・・

ピアノ女「・・・さっき、一緒にいたメガネ・・・鞠絵ちゃんですよね?」

 かなり躊躇した末、やっとと言う感じで言葉を続ける。

鈴凛「鞠絵ちゃんの事・・・知ってるの?」

 もしかすると、この人は鞠絵ちゃんのクラスメートなのかもしれない。
 そう考えると納得できる。
 って言うかそうじゃなかったら「グランドピアノだッ!!」と上からアタシを押しつぶして、「無駄無駄ァーッ」言いながら上から殴りそうだ・・・。

ピアノ女「1回だけしか話したことないんだけど、さっきの人に間違いないと思います」
鈴凛「・・・えっ、鞠絵ちゃんのクラスメートじゃないの?」

 さすがに、クラスメートだったら1回しか話をした事がないなんてことはあり得ないだろう。

ピアノ女「・・・いえ、クラスメートです」

 伏し目がちに、首を横に振る。

ピアノ女「鞠絵ちゃん・・・1学期の始業式に1回来ただけなんです・・・」

 ピアノ女の口から、予想してなかった言葉が漏れる。

鈴凛「・・・1回だけ・・・?」
ピアノ女「本当に、それっきりだったんです・・・。
   その後、鞠絵ちゃんがどうして学校に来ないのか・・・先生も教えてくれませんでした・・・。
   誰も知ってる人の居なかった教室で、最初に話しかけてくれたのが鞠絵ちゃんだったのに・・・。
   ・・・最初の客・・・じゃなくて友達になれると思ったのに・・・」

 その話の意味を理解するのに、数秒を要した。


    『でも、病気で長期に渡って休んでいる女の子って、ちょっと小説の話みたいでかっこいいじゃないですか』


 そう言って笑ってた。
 屈託なくボケる少女の、そのボケの向こう側にあるのもの・・・。

 いつか感じた形のない疑問・・・。

鈴凛「・・・・・・」

 いつの間にか、なかったはずの形がすぐ目の前に広がっていた。

 心身と降り積もる、真夜中の雪のように・・・。


更新履歴
H15・10/19:完成
H15・12/30:超微修正


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