4時間目の授業も半分を終わった頃・・・。

衛「・・・ねえ、鈴凛ちゃん」

 後ろの席の衛ちゃんが、小声で話しかけてくる。

衛「あの人・・・またいるよ」
鈴凛「あの人って?」

 同じくらいの小声で返す。
 そして、返してからその言葉の意味に気づいた。
 窓の下。
 雪の覆われた冷たい場所の中心。

鈴凛「・・・・・・」

 いつからその場所にいたのかは分からない。

衛「女の人でしょ? なにやってるんだろうね」

 たったひとつの足跡が辿り着くその先に、雪のように白い肌の少女が立っていた。
 ストールを羽織り、髪を三つ編みにし、メガネを掛けている。
 間違いなく鞠絵ちゃんだった。

鈴凛(・・・はぁ)

 思わずため息が出る。
 もしかしたらとは思っていたけど・・・。

鈴凛(・・・・・・まぁいいか)

 勿論よくないけど、授業中だからどうにもできない。
 それに、無下に追い返すことが忍びないのも事実だし。


    キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン・・・


 しばらくして、4時間目の終了を告げるチャイムが響いた。


亞里亞「鈴凛ちゃんは今日も学食?」
鈴凛「ううん、アタシは外」
亞里亞「・・・?」
鈴凛「じゃあね、亞里亞ちゃん」
亞里亞「・・・? もうボケたの?」

 ・・・アタシは今、何も聞かなかった。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


鈴凛「・・・やっ」
鞠絵「こんにちは」
鈴凛「寒くないの?」
鞠絵「もちろん寒いですよ。 でも、暑いよりはいいですよ」
鈴凛「そう? アタシはどっちも嫌だけど」
鞠絵「服をたくさん着ることはできますけど、服を脱ぐことができる枚数には限りがありますから」」

 いつもと変わらない笑顔で、にこっと微笑む。

鞠絵「それに、暑いとバーチャル海ごっこができなくなります」
鈴凛「だったらバーチャルじゃなくて普通の海行こうよ!」
鞠絵「分かってます」

 分かってて言ったのかよっ!

鈴凛「もしかして、この場所が好きなの?」

 ふと思った疑問を声にする。

鞠絵「どうしてですか?」
鈴凛「いつもここにいるから」
鞠絵「そんな事ないですよ。 ちゃんと色んな場所で目撃されていると思いますよ。 “彼ら”に」
鈴凛「誰ッ!?」

 ・・・さすがあの千影ちゃんの妹だけあるなぁ・・・。

鈴凛「じゃあなんでここにいるの?」

 最初は誰かに会いに来たと言った。
 次はアタシと話をするために来たと言った。

鞠絵「わたくしがここにいる理由ですか?」

 少女が首を傾げる。

鞠絵「実は、わたくしにもよく分からないです」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「わからない答えを探すために来ている、という答えはどうですか?」

 微かに垣間見せた、今までとは明らかに違う表情。

鞠絵「鈴凛ちゃん・・・」

 不意に、鞠絵ちゃんが笑顔を見せる。

鞠絵「今の台詞、ちょっとかっこいいですよね?」
鈴凛「全然」
鞠絵「ひどいです。 最初に考えた人が可哀想ですよ」
鈴凛「それってパクり!?」

 いつの間にか、いつもの悪女(?)に戻っていた。

鈴凛「しかし、いつまで風邪引いてる気?」
鞠絵「わたくしに聞かれても困ります」
鈴凛「医者は何て?」
鞠絵「聞くだけ無駄みたいなので聞いてません」
鈴凛「聞けッ!」
鞠絵「冗談です」


    ぐぎゅる゛る゛る゛・・・


鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・怪獣?」
鞠絵「テレスドンです」
鈴凛「“てれすどん”?」
鞠絵「はい、地底怪獣テレスドン」
鈴凛「地底怪獣がなんでお腹の中にいるの?」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「じゃあお腹怪獣で」
鈴凛「そう言う問題なのか?」
鞠絵「・・・・・・」
鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「・・・お腹すきました」
鈴凛「あ、認めた」

 なんか勝った気分になったため、ついガッツポーズをとってしまった。

鈴凛「アタシだって、まだ何も食べてないのよ」
鞠絵「困りましたね。 ここには雪しかありませんよ」
鈴凛「雪なんか食べたら、絶対に腹壊すわよ」
鞠絵「おいしいですけどね」
鈴凛「食べたの!?」
鞠絵「かき氷みたいですから、シロップをかけて・・・」
鈴凛「シロップなんて持ってきてるの!?」
鞠絵「今はないので諦めますけど」

 お腹を押さえて小さく微笑む。
 ぐぎゅる゛る゛る゛、ともう一度テレスドンが鳴いた。

鈴凛「・・・分かった、アタシが何か買ってくる」
鞠絵「学食ですか?」
鈴凛「そうね」

 学食の購買部に行けば、サイドイッチでもカレーパンでもなんでも売っているだろうし。

鈴凛「なんでも好きなの買ってきてあげる」
鞠絵「・・・・・・今年の冬は猛暑になりそうですね」
鈴凛「どういう意味?」
鞠絵「本当になんでもいいんですか?」
鈴凛「ただし、ここまで持って帰ってこられるものね」
鞠絵「・・・ちぃッ!
鈴凛「何その舌打ち!?」
鞠絵「分かりました・・・」

 ふてくされながら、一呼吸置いて、鞠絵ちゃんが呟く。

鞠絵「カエルの丸焼きが―――」
鈴凛「おちょくっとんのか?
鞠絵「おちょくってません、わたくしはカエルの丸焼きがいいんです」
鈴凛「・・・・・・」

 この目はマジだ・・・。

鈴凛「か、カエルの丸焼きって・・・あのゲロゲロ鳴くカエルの?」
鞠絵「あ、もちろん食用で」
鈴凛「それ以前にそんな物・・・」
鞠絵「ヤドクガエルは毒がありますから」
鈴凛「・・・鞠絵ちゃん」
鞠絵「はい?」
鈴凛「なんでよりによってカエルの丸焼きなの?」
鞠絵「大好物なんです」

 注) この話と実際の鞠絵の好物とは異なります! 本気にしないように!

鈴凛「・・・・・・」
鞠絵「カエルの丸焼き、嫌いですか?」
鈴凛「嫌いです」

 ここは日本だ・・・。

鞠絵「食わず嫌いはいけませんよ」

 そう言う問題じゃない。

鈴凛「本当にカエルの丸焼きがいいの?」
鞠絵「はい」
鈴凛「でも、そんなの学食にある訳―――」
鞠絵「自分が嫌いだからって買ってこないつもりですか?」
鈴凛「いや、そうじゃなくてね、そもそもこんな所でカエルの丸焼きを―――」
鞠絵「酷いです! 鈴凛ちゃんはそんな事する人間じゃあないと思っていたのに!」
鈴凛「だから、そうじゃなくて―――」
鞠絵「って言うか人間じゃないと思いますよ!」
鈴凛「あー、分かった、買ってくる、買ってくるから!」
鞠絵「ありがとうございます」

 急にコロッと態度が変わる。

鈴凛「そんなのあるわけないと思うんだけど・・・」
鞠絵「あ、鈴凛ちゃん」

 校舎に戻りかけたアタシを、鞠絵ちゃんの真剣な声が呼び止める。

鞠絵「食用ですよ、ヤドクガエルなんて買ってこないでください!」

 もう、苦笑するしかなかった。


    ・・・・・・

    ・・・・・・

    ・・・・・・


 もう、苦笑するしかなかった。

鞠絵「・・・おいしい」

 木の串をぱくっとくわえて、鞠絵ちゃんが嬉しそうに目を細める。

鈴凛「そりゃ、おいしいかもしれないけど・・・」

 まず喰いたいと思わない。
 何故うちの学食にこんなものが!?
 カエルの丸焼きを販売する異常な学風にため息をつきながら、アタシもカツサンドをくわえる。

鞠絵「鈴凛ちゃんは、カエルの丸焼き食べないんですか?」
鈴凛「医者に止められてるの」
鞠絵「そうですか、じゃあ仕方ありませんね」
鈴凛「鞠絵ちゃんこそ(頭が)大丈夫なの・・・?」
鞠絵「わたくしはお医者様に止められてはいませんから」

 普通はそんな事言わないし、なにより喰いたいと思わない。

鞠絵「・・・むぐ・・・おいしい」

 こんがりキツネ色に焼けた表面のカエルの肉を、口に運んで豪快にかぶりつく。

鈴凛「・・・・・・」

 ちなみに、こっちは見ているだけで気持ち悪い。

鞠絵「鈴凛ちゃんも、一口食べ―――」
鈴凛「結構ですッ!!

 言い終わる前に断った。

鞠絵「残念です・・・」

 アタシのために差し出したカエルの丸焼きを仕方なく自分の口に運ぶ。

鞠絵「やっぱり、おいしい・・・」

 真冬の中庭で、雪に囲まれてカエルの丸焼きとカツサンドを食べる。
 校舎の隙間から出てきた黒猫が、時折にゃあにゃあと鳴いていた。

鈴凛「・・・せめて校舎の中で食べない?」
鞠絵「ダメですよ・・・わたくしこんな格好ですから」

 自分の服装を見下ろしながら、鞠絵ちゃんが首を横に振る。

鈴凛「見つからなかったら大丈夫だって」
鞠絵「絶対に見つかると思いますよ。 “力”のある人間に」
鈴凛「なんの!?」
鞠絵「わたくし、“力”は使えませんけど、それなりに“力”は高いらしいですから」
鈴凛「だからなんのっ!?」
鞠絵「それに・・・」

 鞠絵ちゃんが言い淀む。

鞠絵「えっと・・・なんでもなかとね」
鈴凛「なぜなまる?」

 そのまま視線を逸らしたので、特に追求はしなかった(なまった事じゃないよ)
 やがて、特に会話を交わすこともなく、昼休み終了のチャイムが鳴った。
 結局、昼休みの時間全てを使って、昼食をとったことになる。

鞠絵「この次元では、ゆっくり食べても食べられる危険がないからいいですね」
鈴凛「この次元ってどういう意味!? って言うか食べられるって何っ!?」

 アタシは今日何度目かのツッコミを入れた。

鞠絵「また、来てもいいですか?」

 スカートの雪を払いながら、鞠絵ちゃんが立ち上がる。

鈴凛「昼休みの時間だけならね」
鞠絵「イエッサー」
鈴凛「・・・・・・」

 ・・・アタシはそんなにショタキャラなんだろうか?

鈴凛「でも、本当は先に風邪を治した方がいいと思うけどね」
鞠絵「・・・そうですね。 それでは、今日はこれで帰ります」

 お辞儀をして、ゆっくりと校門に向かって足跡をつけていく。

鞠絵「鈴凛ちゃん・・・」

 くるっと雪の上で振り返って、後ろの三つ編みがふわっと風に舞う。

鞠絵「また明日です」

 にこっと微笑んでいた。
 そのあとは振り返ることもなく歩いていく。

鈴凛「また明日ね・・・」

 とりあえず鞠絵ちゃんが制服姿で現れる事を願いながら、アタシも校舎に戻った。


更新履歴
H15・9/24:完成
H15・10/16:微修正
H16・11/13:誤字脱字修正


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